規格外れの英雄に育てられた、常識外れの魔法剣士   作:kt60

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あのね、あたしたち好きな人に、もう一度会うため生きてただけよ

 レインが静かに剣を構えた。タンと地を蹴る。

 反動だけで地面が抉れるほどの蹴りは、残像さえも残さない。

 一般人には瞬間移動としか見えない速度で迫る。

 

 首を刈る斬撃。

 ネクロはサーベルを立てた。

 

 だが剣は、鋼鉄のサーベルをまるでハリボテのように切り裂いた。

 ネクロは頭を後ろに下げる。アゴの真下を剣が通るが、その首筋には届かない。 

 

 回避されたレインだが、隙はまったく生まれない。

 返す刃で袈裟切りを放つ。

 剣を切られているネクロは、咄嗟に腕を突き立てた。

 

 右腕が飛んだ。

 赤黒い血が吹きだす。

 けれども、そこはブラッドマスター。

 流れでる血に魔力を流し、新しい腕にした。

 

「接近戦では、勝てそうにないねぇ……」

 

 ネクロはサッと左手を構え、マジックアローを飛ばしてくる。

 レインは瞬時に軌道を察し、回避した。

 前に進もうとして――立ち止まる。

 血の杭が、地面から飛びだした。

 もし無考えに進んでいたら、足を刺されていた格好だ。

 

「……防ぐか」

「トラップがあるってわかってるなら、引っかかるバカはいねーだろ」

 

 血のトラップは、ネクロの魔力に呼応している。

 発動する刹那には、ネクロの魔力がトラップに注がれる。

 その間をしっかり感じ取れれば、回避することは容易い。

 もっともこれは、リリーナとの戦いを見ていたからわかったことでもあるのだが――。

 

 考えているうちにも、背後のほうにひとつの気配。

 レインは視線をやることもしない。

 頭の後ろに手を伸ばし、血液の矢をキャッチした。

 

「引っかからないって言ってんだろ」

 

 一気に燃やす。

 

「そういうことなら、奥の手を使わせてもらおうか……」

「奥の手……?」

 

 ネクロはマントを静かに広げた。

 血の詰まった試験管のほかに、薄ぼんやりと光るナニカが入った試験管もある。

 

 これはまずい。

 直感的に察したレインは、剣に自身の魔力を込めた。

 

 魔力の斬撃を飛ばす。

 しかし直線的な軌道は、速くはあっても読まれやすい。

 ネクロは狂気めいた視線をこちらへと寄越しつつ、半身ズラして回避した。

 

 背後にあった木々が切り飛ぶ。

 ネクロが詠唱を開始した。

 

「人は言う。我々に訪れる死は定めなのだと。

 命の不可逆性は絶対であり、親友の死も肉親の死も恋人の死も、受け入れるべきなのであると。

 夜の闇に沈んだ我らに、それを受け入れろと言う。

 それが人の理なのだと。ならば我らは理《ことわり》から外れ、人であることをやめよう」

 

 ネクロの試験管が光り輝き、千の亡霊となって飛びだした。

 

「嗚呼――夜がくる。サウザント・ステーシー!」

 

 ネクロの周囲に現れるのは、青く淡い輝きを放つ死の精霊(ステーシー)

 ひとりひとりが、槍や鎌のような武器を持ち、赤い涙を流してる。

 

  ◆

 

 ネクロが召喚したステーシーたちが、レインに向かって突き進む。

 怒涛のごとき攻撃をいなしたレインは、鑑定を使ってステーシーのステータスを見た。

 

 ステーシー・ジェシカ

 レベル1500

 

 ステーシー・ノエル

 レベル1200

 

 ステーシー・ビルテルマ

 レベル2580

 

 レベルやステータスで言えば、レインの敵であるとは言えない。 

 しかしステーシーに乗り移っている思念が、レインを苦しめていく。

 

 ステーシー・ジェシカ。

 生前の彼女は、野生の狼に襲われて死んだ。

 彼女には、将来を約束した恋人がいた。

 彼女が最期に見たものは、二度と見えぬ空だった。

 

 ステーシー・ノエル。

 生前の彼女は奴隷として売られた。

 彼女には、大好きだった幼馴染がいた。

 しかし家庭の事情から、とある貴族に売り払われた。

 凄惨なる趣味を持つ彼は、ノエルを串刺しにして楽しんだ。

 彼女が最期に見たものは、串刺しにされた心臓から流れでる己の赤い血であった。

 

 ステーシー・ビルテルマ。

 生前の彼女は、暴漢に襲われて死んだ。

 彼女はあした、結婚式を挙げる予定であった。

 しかし神の気まぐれとしか思えないような不幸によって、幸福を奪われた。

 自分の首を絞める男のゆがんだ顔は、呪いと化して瞳と脳裏に焼きついている。

 

 無念を残して死んだのは、彼女ら三人だけではない。

 ステーシー・タリス。ステーシー・ティアラ。ステーシー・アリア。ステーシー……。

 

 彼女たちはみな、想いを持って生きてきた。

 行き場を失くし命を亡くした身でありながら、想いだけは無くすことができなかった。

 千に届く彼女らは、今日も今日とて夢を見る。

 いつの日か。嗚呼いつの日か。

 想い人と出会えることを。

 それが許されないなら。

 

 

 そんな世界は、滅べばいい。

 

 

 レインは必死に攻撃をいなす。

 霊体である彼女たちには、一切の物理が通じない。

 しかしレインは、魔法を使うことができない。

 彼女たちを燃やして切って殺すための魔法を、イメージすることができない。

 

〈あのね、あたしたち好きな人に、もう一度会うため生きてただけよ〉

 

 そんな声が頭に響く。

 ステーシーの剣が振り下ろされる。

 かろうじて回避する。

 

 槍と鎌、弓にメイスに斧に氷に闇の魔法がでてくる。

 剣を振るって槍を落として、炎をまとった右手で鎌を掴んで焼き溶かす。

 弓とメイスは気合いで弾き、斧は身を翻して回避する。

 

 氷と闇の魔法については、炎の壁で打ち消した。

 剣とナイフと槍と鎌とレイピアと、弓にメイスの攻撃がくる。

 剣は剣で撃ち落としたがナイフを脇腹にかすらせてしまう。

 槍と鎌は二本とも素手で掴んで滅するが、同時に剣を落としてしまう。

 弓を左の肩に受け、メイスはギリギリで回避した。

 

 頭蓋を砕く一撃が、前髪の先をかすめた。

 体が痛む。傷が痛む。

 それ以上に心が痛む。

 

 一際大きな悲しみの気配。

 ネクロであった。

 生きた肉体を持ちながら彷徨える怨霊(ステーシー)として、レインに攻撃を仕掛けてくる。

 剣はすでに折られているため、拳のラッシュ。

 

「さぁ、どうする、レイン=カーティス! 彼女たちを砕けるか?!

 わたしのことを砕けるかっ?! 指も骨も思い出も、すべて砕くことができるかっ?!」

 

 空虚な悲しみの乗った拳が、まっすぐに飛んできた。

 レインは腕をクロスさせて受ける。

 殺しきれない衝撃で、体は激しく吹き飛んだ。

 

 直感的にわかる。右の骨にヒビが入った。

 ステーシーたちが飛んでくる。

 同時にレインは、考えていた。

 

 どうしてこんなやりにくいのか。

 彼女たちが、不幸な身の上を持ってここにいるから。

 

 それはもちろんあるだろう。

 彼女たちが、悪と言える存在ではないから。

 

 それももちろんあるだろう。

 けれども、一番大きな理由を言えば――。

 

 

 マリナと似てる。

 

 

 見た目や強さの話ではない。

 その性格が、自分のマリナととても似ている。

 マリナもきっと、自分が死んだらステーシーになる。

 だからレインは攻撃をためらう。

 けれども、同時に――。

 

「おおおおっ!!」

 

 レインは裂帛の気合いを放った。

 心を燃やす。ためらいを燃やす。飛びかかってくる少女を燃やす。

 

 彼女たちはマリナと似ている。

 そしてマリナは、彼女たちと似ている。

 もしも自分になにかあったら、ステーシーになるだろう。

 だから自分は負けられない。

 心がしくしくと痛むなら、その痛みごと焼き払う。

 

 オレはマリナの恋人だっ!!

 一〇〇を殺して二〇〇を殺し、三〇〇を殺す。

 

 魔力と肉体が軋み始めた。

 さすが七英雄の眷属と言うべきか、魔法を軽減(レジスト)する能力を持っている。

 対魔法障壁を張れる個体も多くいる。広範囲の魔法では火力が足らない。

 ひとりひとりを、魔力を込めて焼き尽くす。


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