規格外れの英雄に育てられた、常識外れの魔法剣士   作:kt60

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vsネクロ 02

 覚悟を決めたレインが、閃光を迎え撃つべく力を溜めた。

 そんなレインの真横を、白い影のようなものが通った。

 ドンッ! 剣を振るう音が響くと――。

 

 

 閃光が、真っ二つに裂けた。

 

 

 モーゼに割られた滝のように閃光を裂いた斬撃は、攻撃の余波で竜化したステーシーも裂いた。

 さらに男は、飛びかかってきた二体の竜も一瞬で裂いた。

 レインですらも苦戦したステーシーをものともせずに倒した男は、自身の剣を背負って佇む。

 そんなことができる男を、レインはひとりしかいない。

 その背を見つめ、ぽつりとつぶやく。

 

「父さん……!」

「細かい話は、マリナから聞かせてもらった」

 

 レインの父――レリクス=カーティスは、後ろのほうをチラりと見やった。

 

(はあっ、はっ、はあっ………。)

 

 疲労困憊のマリナが、絶え絶えな息を吐いていた。

 

「っ………!」

 

 マリナはよろよろ駆け寄ると、レインの胸板に飛び込んだ。

 

「しんぱい、した………!」

「ごめんな」

 

 レインはマリナを抱き返し、背中と頭をやさしく撫でた。

 

「まさかキミがくるとはね……レリクス」

「息子の危機と聞いた以上、親であれば助けに走るのが――」

 

 レリクスがセキ込んだ。

 口元に当てた手に、赤い血がついている。

 

「父さんっ?!」

「魔竜を倒した時の関係でのぅ……。

 軽い運動であれば問題がないのじゃが、全力をだすと古傷がの……」

「え……」

 

 それを聞いたレインの脳裏に、かつての父の姿が浮かんだ。

 周囲から異常、おかしいと言える自分のことを、軽く越える父の姿が。

 しかし今の話し振りでは――。

 

(今までの父さんは、軽くやっていてアレだったの……?)

 

 すごいと思ってしまうと同時に、肩の力がふうっと抜けた。

 そして力が湧いてきた。

 

「すいません、父さん」

「む?」

「ここから先は、ひとりで戦わせてください」

 

 レリクスは、レインとネクロを交互に見つめると言った。

 

「それでは、そうさせてもらうかのぅ」

 

 息を吐いてどさりと座る。

 マリナがなにか言おうとしてたが、袖を引いて言った。

 

「大丈夫じゃ」

 

 レインが地を蹴りネクロに向かう。

 風のごとき速さで向かい、剣を鋭く横に振る。

 ネクロは折れているサーベルの、柄をレインの剣へと当てた。

 キイィン――と高い音が鳴り、レインの剣が折れ飛んだ。

 

「魔力はほぼ使い果たしてしまったボクだけど、キミも剣も相当くたびれていたようだからね。

 もろくなっているところを狙って折るぐらいはできるさ」

 

 それはかなりの達人技だが、実行できるのが七英雄。

 ゆえにレインは驚かず、自身の拳をネクロに放つ。

 ネクロの整った顔に、レインの拳がめり込みかけた。

 ネクロは体を半回転させ衝撃をいなす。

 

 そしてレインの拳の勢いを乗せた、渾身の膝蹴りを放つ!

 レインは肘と膝を使って、ネクロの膝を挟んだ。

 ぐしゃっと鈍い音が鳴る。膝が潰れた音である。

 

 しかしネクロは、もはや自分の肉体の痛みなどはどうでもよいという境地に達していた。

 右の拳がレインに刺さる。

 苦痛に顔をゆがめつつ、レインは頭突きでダメージを返す。

 

 原始的な殴り合い。

 レインが徐々に押していく。

 ネクロの頭に浮かぶのは、恋人だった少女の姿。

 

 出会いは平凡なものだった。

 貧乏で平凡だった絵描きの自分と、花売りの少女。

 街を歩くたびに見かけ、話しあって笑いあった。

 

 どうやって仲良くなったのか。それはもはや覚えていない。

 覚えているのはただひとつ。

 おんぼろ宿屋の屋根裏と、青い空と白い雲。

 ひとつのパンをふたりでかじった。

 空から差し込む白い日差しと彼女の笑顔を、奇妙なほどに覚えてる。

 

 忘れようと思ったことが、ないわけじゃなかった。

 新しい恋を見つけようと思ったことが、ないわけじゃなかった。

 

 けれども、できなかった。

 空を見れば思いだす。

 雲を見れば思いだす。

 まぶたを閉じれば思いだす。

 

 死霊術に手をだして。

 ひとり孤独に暮らしても。

 たったひとつの夢のため、ひたすら生きて生きてきた。

 

 世界を旅して本を読み。

 遺跡に潜って敵と戦い、時には孤独に死にかけた。

 人からは狂人と疎まれて。

 それでもひとつの夢のため、ひたすら生きて生きてきた。

 

 いっそ果てればよいのにと。

 思うこともなくはなかった。

 それでもひとつの夢のため、死ぬことだけはできなかった。

 

 レリクスたちと過ごしている時間は、嫌いではなかった。

 口に笑みが浮かんだことも、一度や二度ではないほどにあった。

 月が照らす夜の中。浴びた焚き火のぬくもりは、今もしっかり覚えてる。

 

 けれども、同時にさびしくなった。

 レリクスたちと過ごす時間を、楽しいと思えば思うほど。

 思ってしまって仕方なかった。

 

 

 どうして、彼女はここにいないんだろう――。

 

 

 それが辛くて悲しくて。

 文献にある魔竜の心臓を材料に作れるという、蘇生薬の存在だけを心の拠りどころにして生きてきた。

 薬のことを考えると、楽しくなったりもした。

 自分の大切なエリスを、レリクスたちに紹介したいと思ったりもした。

 魔竜を討伐したあとは、残りの材料を探すための旅にでた。

 

 けれども、願いは叶うことがなかった。

 時間があまりに経ちすぎていたのだ。

 ステーシー化させるほどの残滓も残っていない状態では、魔竜の心臓を使った秘薬でも、命を取り戻すことはできない。

 載せられていた期待と希望が、失望と絶望に変わった。

 

 それによって、ネクロは壊れた。

 もっとも、それは正確ではない。

 壊れた心をかろうじて繋ぎ止めていた希望が、ヒビ割れ砕けて地に落ちた。

 絶望と失望でうずくまりながら日々を過ごし、それでも世界を恨まないようにした。

 

 彼女とすごした日々はよかった。

 花は綺麗で空は青くて、白い雲は輝いていた。

 

 彼女と食べたパンが好きだ。

 彼女と見つめた虹が好きだ。

 彼女と過ごした世界が好きだ。

 

 レリクスたちと過ごした日々も、けして悪いものではなかった。

 世界はよいのだ。すばらしいのだ。

 そんな風に言い聞かせ、絶望に囚われるのを防ごうとした。

 しかし壊れてしまった心は、ネクロの心を徐々に狂わせ――。

 

 肉体的にはいつ倒れてもおかしくないダメージを受けたネクロは、朦朧とする意識で問いかけた。

 

(ねぇ……レイン=カーティスくん)

(なんだ……?)

(もしキミがボクの立ち位置にいたら、同じことをしていないと言えるかい……?)

 

 レインに拳を放つがよけられ、カウンターをみぞおちに受ける。

 よろめいたところに、レインの言葉。

 

(そうなった時にどうなるかなんて、そうなってみないとわからねぇよ)

(そうか……)

(それでもなにか、言うとするなら)

(するなら……?)

(父さんやリリーナがオマエの立場に立ってたら、オマエはいったいどうしてた?)

(なるほど……それは…………)

 

 レインの拳が、ネクロの胸板に刺さる。

 ぐらりと前のめりになったネクロは、思った。

 

(命に代えても、止めてるねぇ……)

 

 倒れかけたネクロを、レインは咄嗟に腕で支えた。

 決着である。


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