規格外れの英雄に育てられた、常識外れの魔法剣士 作:kt60
マリナと話してから二週間ぐらい経ってからのことであろうか。
ミーユの様子がおかしくなり始めた。
「ごめん……。今日は、ちょっと……」
まずそんな風に、夜の生活を断り始めた。
これ単体は、珍しくない。
元々マリナとカレン以外は、休憩日を挟む。
(最初はミリリも毎日やっていたのだが、ふらふらになったり次の日の朝も腰が抜けて立てなくなってしまうことが何回かあったのでやめた。
カレンが毎日できているのは、本番をしていないからである)
しかしそれが一週間も続くと、ちょっとおかしい。
それだけではない。
オレといっしょに歩くのを避けたり、食堂でも離れて座るようになった。
しかも友人のフェミルがきても、そこはかとなく上の空であったりする。
学校の授業も、座学はでるが実技のほうは休み始めた。
こうなると気になる。
オレを避けるだけならオレのことが嫌いになっただけとも言えるが、授業にもでていないとなるとちょっと異常だ。
夜になって寝る前に遊びにきたリンといたすついでに尋ねたりもしたが――
「わっ……わたくしも気になってはいるのですが、細かいことは――くハッ、はッ、ハあァ……♥♥」
こんな感じだ。
肌を重ねあわせながら聞いているので、ウソがあれば気配でわかる。
だがリンに、そんな気配は微塵もない。
直接聞くしかなさそうだ。
なんて風に思っていると、ドアからノックの音がした。
オレは服を着て、ドアの前に行く。
「誰だ?」
「……ボク」
「ミーユか」
ドアをあけた。
ミーユを中へ招き入れ、あいさつ代わりのキスをする。
「ん……」
ミーユは静かにキスを受け入れた上、自分から舌を絡ませてきた。
「……」
唇を離す。
ミーユはどこか物寂しげな、切なげな表情でオレを見つめた。
その表情を見ても、オレを嫌っているということはなさそうだ。
ミーユは静かに口を開いた。
「怒らない……?」
「怒らない」
「叩かない……?」
「叩かない」
「ボクのこと、嫌いに……ならない?」
「ならないよ」
そこまで言ってやると、ミーユは息を整えて言った。
「できちゃった……」
ホワッツ?!
衝撃を受けるオレは、確認の意味でも尋ねた。
「それはいわゆる、ベイビー的な?」
ミーユは小さくうなずくと、小さなおなかを静かに押さえた。
「毎月きてくれないと困るものが、こないっていうか……こない」
「使ってたよね……? 避妊魔法」
「使ってたよ! 特に最近は激しかったから、解けないように三重で!!」
服を着たカレンたちがやってきて言った。
「レインのせーえきは、避妊魔法も突き破る勢いだったっていうことぜな……?」
「………ありえる。」
「ありえるです……にゃあ」
「否定はできませんね……」
出された時のことを思い返しているのだろう。
マリナとミリリとリンの三人は、頬を染めてつぶやいた。
ちなみにリリーナは、この場にいない。
学園で仕事をしているため、忙しいことも多いのだ。
「お名前は……、レイン様とミーユ様をお取りして――ミーン様ですにゃ……?」
「それはセミみたいだぜな……」
「それではレイユ様ですにゃ……?」
「今度はラー油みたいだぜな……」
「でしたらでしたら……」
ミリリはしばし頭を悩ませ、名案を閃いたとばかりに叫ぶ。
「ミレイユ様などどうですにゃっ?!」
「それはいいと思うぜな!」
「オレもいいと思う」
オレはミリリを抱きしめ撫でた。
ご褒美のような形をしてるが、実際のところはオレの動揺を鎮めるためだ。
いいとか悪いではなく、単純に驚いて動揺している。
まさかミーユにできるとは。
「はにゃあぁ~~~~~~~~んっ♥♥♥」
猫の獣人でもあるミリリは、喉をころころと鳴らして悶えた。
マリナが言った。
「わたし、ミレイユには反対。」
「どうして?」
「二人目、三人目ができた時はどうするの?」
「「「あっ」」」
それは考えていなかった。
さすがマリナと言うべきか。子どもができたあともエッチする前提で考えている。
「まままま、待って待って待って!」
「どうした?」
「産む方向で……いいの?」
「それはそうだろ」
「ミリリは普通に、そういうものかと……」
「アタシもだぜな……」
「レインとの子どもなら、半分はレイン。」
「だけどボク……、オトコって設定だよ……? 家の跡を継げるの、オトコだけ……だから」
そういえばそうだった。
しかしミーユが妊娠を望んでいないならばともかく、そうでないなら諦めてほしくない。
オレは言った。
「男だけど妊娠したってことでいいじゃん!」
「それは無理じゃないかなぁ?!」
「ご主人さま……」
「ぜなぁ……」
ミーユから突っ込まれた上に、ミリリとカレンからも気まずいものを見る目で見られた。
やはり動揺はしているようだね。
「………手紙は?」
「手紙……?」
「赤ちゃんができたこと、レインのことが大好きなこと、自分がこれからしたいこと、レインのことが大好きなこと、全部手紙に書きこんでから、レインのことが大好きって書く。」
「オレのことを大好きって書く回数が多いね……」
「わたしが手紙を書くとしたら、そうなると思ったから。」
マリナは淡々とつぶやいた。
かわいい。
「でも手紙って案自体はよさそうだよな。返事が最悪なものでも、その形なら守れる」
「ごめん……」
「気にするなって」
オレはミーユの頭を撫でる。
「でもその前に、ちょっといいか?」
オレはミーユをベッドに座らせ、ゆっくりと仰向けにさせた。
腹部に耳を当ててみる。
「なに……?」
「聞こえるかなーって思って。心臓の音とか、動く音とか」
「まだ一ヶ月とか、そんなもんだし……」
「それもそうか……」
しかし耳を当ててると、じんわりと落ち着いてくる。
まだまだ実感は沸かないが、ミーユの腹部が温かでやわらかなのは間違いない。
新しい命が生まれるための、命のゆりかごという感じがすごいする。
「ミーユ」
腹部に負担をかけないように、ミーユを横にして抱きしめる。その唇にキスをした。
愛おしさが込みあげる。
「レイン……」
「うん」
オレのミーユが、オレの唇にキスのお返しをしてきた。
オレはミーユを抱きしめたまま、甘えるままに甘やかしてやった。
「ありがと……」
ミーユはそれだけ言い残し、穏やかな眠りに入っていった。
オレのマリナが向かいに転がり、ミーユの頭をやさしく撫でる。
「………楽しみ。」
「うん」
オレはマリナとキスをした。
初めての子育てには不安も多い。
でもオレたちだったら、どうにでもなるような気がした。
だがオレたちは甘かった。
心のどこかで、ミーユの両親もミーユを愛しているに違いないと考えていた。
孫ができれば、なんだかんだで祝福してくれるに違いない――と考えていた。
それは大きな間違いだった。
どうしようもなく救えない性質を持つ人間も、世の中にはいる。
そんなひどいやつらでも、親という人種になることはできる。
一週間後オレたちは、それを思い知らされる。