規格外れの英雄に育てられた、常識外れの魔法剣士   作:kt60

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無能なるダンソン

「やりますねぇ、クトゥフフフ」

 

 オレが斬撃を放つと、ゼフィロスは楽しげに笑った。

 剣を打ち合う。

 

「しかしわたしのプリズンを、あのような方法で回避なさるとは」

 

 ゼフィロスは、地面のほうに目を向けた。

 そこにあるのは大きな穴だ。

 ナイフが刺さる直前、オレは地面に穴をあけた。

 

 そこから潜って突き進み、ゼフィロスに奇襲をかけた。

 生憎防がれてはしまったが――。

 ゼフィロスの右手が怪しく動く。オレはファイアボルトで牽制を入れる。

 でていたナイフが弾かれる。

 

「これは少々、本気をだしてみたくなりますねぇ」

 

 ゼフィロスは、大きくさがって距離を取る。

 

「今までは、本気じゃなかったっていうのか……?」

「まぁ、はい」

 

 ゼフィロスはうなずいた。

 右手でじゃらりと、ナイフを取りだす。指の付け根に挟まれたそれは、合わせて四本である。

 

「わたしが得意としている魔法は、よっつあります。ひとつ目が洗脳。ふたつ目が幻影。みっつ目が幻想世界――イモータル・ワールド。そしてよっつ目が――」

 

 ゼフィロスは、右手と左手を交差させた。四本のナイフが八本になる。

 

「任意の物質の数を二倍に増やす技法――『ダブル』です。

 性能も質量もまったく同じ物体を、そっくりそのまま複製できます」

 

「ナイフを増やしていたのは、手品じゃなかったっていうわけか」

「その通りですねぇ、クトゥフフフ」

 

 ゼフィロスは、またも不敵な笑みを浮かべた。

 

「そしてこのダブル、ひとつ特徴がございまして……」

 

 ゼフィロスは、自身の帽子に手を当てた。

 すると――。

 

「「わたし自身も、増やすことができます」」

 

 ひとりのゼフィロスがふたり。ふたりのゼフィロスが四人に増える。

 

「「「「ナイフと違い、四人が限界ではございますが――いかがですかな?」」」」

 

 四人がそれぞれ突っ込んできた。

 オレは二人目と三人目をファイアボルトで牽制し、先頭のやつと剣を混じらす。

 鍔迫り合い。

 そこに四人目がやってくる!!

 

 タイミングで言えば回避不可。絶体絶命の状態。

 だがオレは、意外にも余裕があった。

 四人目のゼフィロスに目をやり、イメージを固める。

 ゼフィロスが斬撃を放とうとした瞬間――。

 

 ひとつの影が表れて、ゼフィロスに斬撃を放つっ!

 

 斬撃は、四人目のゼフィロスの胸元をかすめた。

 致命には至らなかったが、怯ませるには十分だった。

 目の前にいたゼフィロスの剣も弾いて距離を取る。

 

「「「「それは……」」」」

「真似させてもらったよ」

 

 オレがだしたのはオレだ。雷と炎を混ぜて作った、オレの形をした魔力塊だ。

 その数は三。

 オレ本体も含めれば、ゼフィロスの数と同じ。

 

 互いに交差し、剣劇をかわす。

 ひとりのオレがゼフィロスを斬ると別のオレはゼフィロスに斬られ、最後の分身は相打ちになった。

 オレの本体とゼフィロスは、斬撃をかわしあう。

 ゼフィロスが言った。

 

「以前から、温めていた技なのですか?」

「アンタのダブルを見るまでは、考えてもいなかったよ」

「それでこの精度とは……」

 

 ゼフィロスは腕を振る。虚空から鎌《シックル》を召喚し、『ダブル』で増やす。

 一本を二本。二本を四本に増やし、そのうち二本を投擲してきた。

 オレは二本の鎌をいなした。刃が頬をかすめるが、治癒魔法で治す。

 

 ゼフィロスが突っ込んできた。

 雷を剣にまとわせ、ゼフィロスに対抗する。

 二本の鎌を振るゼフィロスの、破壊的な斬撃を受ける。

 ゼフィロスの瞳が怪しく光った。

 オレの意識がぐらりとゆれる。

 

(幻影魔法か……?!)

 

 察したオレは、気合いを発した!

 

「ハアアッ!!」

 

 その一喝で、幻影は剥がれる。

 

「クトゥフフフ、楽しいですねぇ。クトゥフフフ」

「オレはできれば、さっさと終わらせたいところだけどなっ!!」

 

 オレはゼフィロスに突撃をしかけた。

 

  ◆

 

 レインが七英雄・ゼフィロスと互角の戦いをくり広げていた時分。

 レリクスは、十六人の騎士を相手に無傷であった。

 斬撃をいなし、飛んでくる矢を睨むだけで爆破。魔法は素手で軽く切り裂く。

 丈夫さを自慢しているヨロイの男を、拳で吹き飛ばしたりもした。

 

「ふぅむ……」

 

 しかし相手は倒れない。

 殺気をまとっていないせいだ。

 

 レリクスは英雄だ。

 レリクスは善人だ。

 困っている人をほうってはおけず、自らの身をいとわずに魔竜を倒した。

 雨に打たれる赤んぼう――レインのことを放っておけず、実の息子として育てた。

 

 しかしそれでも、相手が自分を殺すつもりであるなら容赦はしない。

 そこでためらわない程度には、現実を知っている。

 しかし目の前の騎士たちは、殺気を一切まとっていない。

 

 こういう相手に、レリクスは弱い。

 殺さずに制圧を――と考えてしまう。

 

 しかしながら騎士たちは、十六人でレリクスにかかれば、手加減をしているレリクスの足止めぐらいはできる。

 とは言うものの、ギリギリだ。

 神器を借りて必死になって、かろうじて立っていられる。

 それでも傍目から見ていると、レリクスが押されているように見える。

 

 ゆえにそんな状況を、快く思わない者もいた。

 ダンソンだ。

 

「おのれっ、おのれっ、おのれぇ……!

 神器を借りておきながら、老いぼれひとりに手間取るとは……!」

 

 無能なるダンソンは、十六人の奮闘に気づかない。

 思い通りにしたいことと、思い通りになることの区別がつかない。

 つかないままに、金色の神器を取りだす。

 本物のミーユということになっている少年が、反射的に声を発した。

 

「それは別動している四神将の方々をこちらへと転送する、転送の神器では?!」

「その通りだが?」

 

「それはいけません。現時点において、ゼフィロス様の策に乱れはございません。

 父上のなさろうとしていることは、計画の破綻を招きかねません。

 ましてその神器は、ひとたび使えば丸一年のあいだは霊峰にて月の魔力を浴びせる必要があるという神器。

 このような場面で使うべきものでは……」

 

「ハッ」

 

 実の息子ということになっている少年の忠言を、ダンソンは鼻で笑った。

 それに同意するかのように、ダンソンの妻が言った。

 

「あなたはいつから、わたくしたちに意見ができるような立場になったのですか?」

「…………」

 

 少年は押し黙った。

 それを言われると弱い。

 

 自分は所詮、替え玉だ。

 実の娘でさえも平気で取り換える親ならば、ただの替え玉を取り換えるなどは造作もない。

 ダンソンは、神器に自身の魔力を込めた。

 そうすることで、事前に神器のカケラを渡していた相手をここに呼び寄せることができる。

 

  ◆

 

 ダンソンが暴走を始めたのとほぼ同刻。

 マリナたちの戦線は半壊していた。

 リンがクロガネの槍に腹部を突かれ、ミリリがロッカの矢雨を受けて倒れる。

 カレンはルークスが飛ばした斬撃に、体を真っ二つにされた。

 

『やりますねぇ、クトゥフフフ』

 

 そしてゼフィロスが笑う。

 陽炎のようにゆらいだ体が、半透明に透けている姿だ。

 

「貴様か……!」

『ここにいるのは、四神将の方々の魔力を借りている姿ですがね。

 軽い自我と幻影魔法は使用できても、それ以外はできません。クトゥフフフ』

 

 ただしその『軽い』魔法で、リンとミリリとカレンは絶命の幻影を見せられた。

 致死には至っていないものの、丸三時間は目覚めない。

 ミーユは倒れてこそいないものの、自我を保つので精一杯だ。

 リンやミリリたちとは違い、父母から受けた罵倒のトラウマを見せられている。

 

 一方のリリーナは、自身の力で弾いてる。

 マリナも、『ヘヘッ、マリナ。実を言うとオレは、オマエなんか大嫌いだぜ?』などと言うレインの幻覚を見せられたりしていたが、ツララを飛ばし――。

 パァンッ!

 と弾いた。

 

「今のは………にせもの。」

『わかるのですか?』

「ほんものは………、もっと………、かっこいい………。」

 

 マリナが生みだした幻影はかなり美化されていたのだが、それでも全然足りなかった。

 

『なるほど、なるほど。クトゥフフフ』

 

 ゼフィロスは、帽子を押さえて笑った。

 

『しかして五対二のこの状況。果たしてどうなるのでしょうねぇ。

 リリーナがいる以上、これでもまだまだ、我々が不利とは言えますが』

 

「それは即ち、わたしを高く評価している――ということか?」

「治癒魔法のオーバーブーストによる身体強化は、なかなかに驚異的ですからねぇ」

 

 などと言うゼフィロスであるが、声にも顔にも余裕がでていた。

 自分が鍛えた四人であれば、いかにリリーナがいても分があると踏んでいた。

 実際、読みは当たっていた。

 

 リリーナとマリナは、徐々に押される。

 単純な戦力の差に加え、精神的な余力の差もある。

 ルークスたちは、リリーナとマリナ、もしかしたらミーユも……? と、三人に気を配るだけでいい。

 

 六人に配っていた意識が鋭角化され、マリナたちに向かっていく。

 ことここに至ったのなら、ミーユは自分も戦おうと思った。

 だがしかし、幻影が苛んできた。

 父母の幻影が見える。自分をひどく罵倒してくる。

 レインの幻影も見える。幻影のレインも、やはり自分を罵倒してくる。

 

『オマエなんで生きてんの?』

『こんなに人に迷惑かけて、よく平然としていられるな』

『オマエがいなけりゃ、ここにいる誰も傷つかないんだけど?』

 

 ゼフィロスの精神体が放った幻影は、〈その本人がもっとも言われたくないこと、思いだしたくない記憶、危惧していること〉が脳裏に浮かぶ。

 今のミーユは、もっともレインに言われたくない言葉を、直接に受けている。

 

 頭が痛い。

 吐き気がひどい。

 歯を食い縛って耐える。

 

 マリナは死ぬなと言ってくれた。死んではダメだと言ってくれた。

 マリナはレインの恋人だ。一番の恋人だ。

 そんなマリナが言うのなら、レインも同じに決まってる。

 

 これは幻影。幻影だ。

 必死になって言い聞かす。

 

 ミーユのその踏ん張りは、戦いにも影響を与えた。

 ひとりでもそこにいる限り、四神将はミーユから意識を外すことはできない。

 リリーナとマリナだけではなくて、リリーナとマリナとミーユに意識を配分する必要がある。

 

 わずかひとり分ではあるが、今はその差が大きい。

 ふたりの戦線を維持している。

 

 しかしそれにも、限界がきた。

 カレンたちにも補助をかけていたリリーナが、わずかに崩れる。

 ルークスの凶刃が、リリーナの頭部へと迫る。

 

 二〇センチ、一〇センチ。

 五センチ、四センチ、三センチ。

 そしてコンマ〇・二センチまできた。

 

「まったく……」

 

 リリーナは全力を開放し、刃をぶち切ってやろうとする。

 

 そのときだった。

 

 ルークスの体が、突如光り輝いた。

 リリーナに届くはずだった刃が、リリーナの体をすり抜ける。

 

「なっ……?!」

 

 そうして、消えた。

 クロガネ、ロッカ、ソフィーネの体も、白い光りに包まれる。

 

「これは……」

「いったい……?!」

「ダンソン様の、転送の神器……?!」

 

 三人も消えた。

 その三人の魔力を借りて顕現していたゼフィロスも消えた。

 ルークスたちは、レリクスと戦うことになる。

 

 そして危機は去った。

 リンやミリリは気絶したままであるが、ミーユの幻影も消える。

 しかし――。

 

「う、え、えっ……?」

 

 ミーユが、青ざめてうなった。


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