規格外れの英雄に育てられた、常識外れの魔法剣士 作:kt60
ミーユとのことが終わった時と前後した日のこと。
父さんとオレは、ダンソンたちからの使者を待っていた。
『どうしましょうか、父さん』
『領主自らが参戦する場合、遺言状を書くのが普通じゃ。その遺言状には、戦死の際には誰が家を継ぐのかも記す』
『はい』
『領主が捕虜になった場合、そこに記されていた者に統治権が移る』
『なるほど……』
『その統治権を持っている領主からの使者を待つのが、一般的な作法……ということですか?』
『そういうことじゃ』
ということだったので、待っていた。
待っていると使者はきた。
宣戦布告を告げてきたのと同じ、王国の使者だ。
オレは領主である父さんと、当事者とも言えるミーユと並んで外にでる。
ワイバーンからおりた使者は、父さんを見ると言った。
「まさか、勝利なされるとは……」
「危ういところもあったがの」
「それでも勝ってしまうとは……さすがは、七英雄の中でも『最強』と謳われたレリクス様ですな」
「それよりも手紙じゃ。持ってきたのであろう?」
「はっ、はいっ!」
使者の人は、巻物状の手紙を渡した。ワイバーンに乗って去って行く。
父さんは、巻物状の手紙を広げた。
「ハハハ。なるほどのぅ」
「なんて書いてあったのですか?」
「それについては、ダンソンめの前で読みあげるとしよう」
父さんは、メイドのメイさんに指示をだす。
十分後。
縛りあげられているダンソンとその妻に、ミーユということになっている少年が現れた。
「三公のワシに、このような無礼を働くとは……!」
「七英雄だか知りませんが、田舎領主の分際で……!」
「…………」
ダンソンとその妻はいまだ見苦しくうめくが、偽ミーユである少年は押し黙っていた。
「その件なんじゃがの……」
父さんは、巻物状の手紙を読みあげる。
「親愛なるレリクス=カーティス殿へ。
私は叔父のダンソンとは違い、細かな謀略が苦手である。
ゆえに率直に言おう。
私は今回の件、ダンソンの行動を擁護しない。
正義や道理というものはよくわからないが、領主たるもの、戦争に敗北することは許されない。
敗北は、兵を損耗させる上、家の威信を傷つける。
威信というと、貴族の見栄と思われるかもしれない。
しかし威信が傷ついた家は、交渉などでも不利になる。
本当に負けられない戦いの時も、集まってくれる兵が減る。
それゆえに、戦争に負けてはいけないのである。
自らしかけた戦争となれば、なおさらである。
個人的な感情としても、ダンソンにはよき印象がない。
今回の件は、『起こるべくして起きた』が正直なところだ。
しかしこちらの立場上、『殺してくれ』とは言い難い。
捕虜になってしまっているなら、『返してください』と言わざるを得ない。
そういう意味では、ダンソンの身柄を一応は求める。
その道中でなにがあろうと、貴公に責を求めはしない。
盗賊に襲われ死したとしても、そういう定めであったのだろう、と思うだけだ。
以上である。
ダンソン=グリフォンベールの代理人・リチャード=グリフォンベール」
すさまじい嫌われっぷりであった。
これはもう、帰れたところで居場所がないのではないだろうか。
しかしダンソンの行動を思えば、これぐらいは当然だ。
権力のもとに好き勝手やっていた人間が権力を失えば、当然こうなる。
「以上を踏まえて、どうするかのぅ」
父さんは剣を抜く。
試すような視線を、三人に向ける。
オレは無言でミーユを見つめた。
ミーユは無言で首を振る。
「レインたちにしたことは……、許さないし、許せない。二度と関わってほしく……ない」
ミーユは、涙ぐみながらもつぶやいた。
感傷はある。
悲しみもある。
どんなに酷い人間とはいえ、親は親。
愛してほしい未練の気持ちが、消えてなくなるはずはない。
が――。
「貴様――! なんという口の聞き方だ!!!」
「そもそもあなたが、もっとしっかりしていればこんなことにはならなかったというのに……!」
ダンソンとその妻は、ふたりそろってミーユを責めた。
ミーユは無言で目を伏せる。その目には、白い涙が光っていた。
オレはミーユの手を握る。その手は小さく震えていた。
愛してほしいということと、愛されるということは違う。
どうしようもない人間は、どうしようもない。
親になってはいけないような身でありながら、親になった人間はいる。
そのような人間に愛されたいと願うことは、それがすでに大いなる悲劇だ。
ミーユも頭と理性では、それをしっかり理解している。
理解しつつも、心がそれを否定する。
愛されたいと願い続ける。
これほどのことをされたというのに、父母に怒りをいだけない。
怒らない。
怒らない。
怒らない――から。
ボクを大事にしてください。ボクのことを愛してください。
そんな想いが、手を繋いでいるだけで伝わってきた。
ミーユのためにも、こいつらは殺すべきではないかと思った。
手を向ける。
その時だった。
ミーユということになっている少年が、口を開いた。
「お助けください」
「……」
「正直に言えば、おれはミーユ様の偽物です。
ミーユ様が学園から戻ったあたりで、『入れ替える』予定でした」
偽のミーユは、淡々と語った。
しかし『入れ替え』を受けた本物のミーユがどうなるのかは、バカでもわかる。
怒りの気持ちが強くなる。
「そうして、おれは、ダンソン様に拾われた身です。
ダンソン様がいなければ、飢えか寒さで死んでいくはずでした。
思い通りに動く人形として――ですが、それでも拾われ、救われたのです。
『ミーユ』としての、ぜいたくもしました。
味のよいものを食べ、温かなベッドで眠ることもできました。
親子としての愛情はありませんが、食事と寝床の恩義はあります。
ここにいるふたりは、偽のおれに騙されたということにでもしてください」
「そうなると、オマエの処刑は確実なんだが?」
「ダンソン様と出会わなければ、飢えと寒さで死んでいました」
「なるほど……」
オレは手を向けたまま押し黙る。
偽のミーユは、瞳を閉じて覚悟を決める。
体は小さく震えていた。
それでなお、恩は恩として返そうとしている。
ミーユがか細くつぶやいた。
「こっちの『ミーユ』は、許してあげて……」
涙を、ぽろぽろとこぼす。
「この『ミーユ』も、ボクだから……」
意思を持たない操り人形。
情に飢え、ゆえにそれを与えてくれた人に従う。
たったひとつの選択肢しか与えられなかったがゆえ、たったひとつの選択肢を選んだ。
ここの『ミーユ』も、つまりはそういう存在だ。
「はぁ……」
オレはため息をついた。
父さんに目線で確認を取ると、ダンソンとその妻の拘束を解く。
「好きにしろ」
「ほ……」
「今回ばかりは、『ミーユ』に免じて見逃してやる。だからさっさと、どっか行け」
「とっ、当然だな。『三公』を処刑したとなれば、ほかの三公も黙ってはおるまい」
と言いながら、ダンソンはズボンについた泥を払った。
どうもダンソンの頭の中では、『理屈はこねたが三公の威勢に屈した』ということになっているようだった。
妻といっしょに去っていく。
拘束されている『ミーユ』のことは、一瞥もくれなかった。
「さて……」
オレは残った『ミーユ』を見下ろす。
偽のミーユは、なにも言わずにうなだれていた。
オレにはまるで、首を差しだしているように見えた。実際、そうなのだろう、と思った。
けれども、体は震えていた。
死への恐怖に、怯え切った姿であった。
オレはすっと右手を伸ばした。
バチンッ!
魔法で拘束を弾く。
「っ……?」
「オマエのことは、ミーユが『助けてあげて』って言ったし」
「あれは、ダンソン様のことでは……?」
「いや、オマエだよ」
「…………」
『ミーユ』はしばし押し黙る。
置かれている状況が、今ひとつ飲み込めないようであった。
ぼんやりしたまま、父さんを見たりした。
「いかに卑賤な輩と言っても、恩人は恩人として義理を通そうとする姿……立派じゃ……!」
父さんは泣いていた。
押さえられた目頭の隙間からも、滲んだ涙が見えている。
「年を取ると、涙腺がもろくなっていかんのぅ……」
殺されることはないと悟ったらしい『ミーユ』の水色の瞳から、涙がはらりとこぼれて落ちた。
「えっ……、あっ、あっ……」
涙をこぼす自分自身に戸惑いながらも、涙そのものは止まらない。
ぽろぽろはらはら、こぼれ続ける。
「ふえっ……えんっ、ごめんな、さい。ごめんな……さい…………」
「謝ることはないだろう?」
「はい……」
『ミーユ』は、深く頭を下げた。
この偽ミーユは、屋敷の使用人として雇われることになった。
ダンソンが許されたことに釈然としないかたは、ご安心ください。
罰は次回で入ります。