規格外れの英雄に育てられた、常識外れの魔法剣士   作:kt60

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リチャードさんはまとも

 

 吹き飛ばされたニールに、リンが言った。

 

「まだまだ……ガードが甘いですね」

「ガードとかの問題なのぜな……?」

「気によるガードができておりませんでした」

 

「いったいなにを言ってるんだぜなぁ?!」

「ミリリはもちろん、マリナ様やレイン様もできていますよ」

「アタシはそもそも、『気によるガード』の意味を聞いているんだぜなっ!」

 

「武器を構える相手に対し、

 『ここには打ち込んでも意味がない』と、

 立ち振る舞いで伝える技術です」

 

 つまりは隙ということだろうか?

 オレがそう思った直後、カレンが代弁してくれた。

 

「つまりは……隙ということぜな???」

「…………」

 

 リンはなぜか黙ってしまった。 

 

「どうして黙るぜな?」

「どうしてわざわざ、小難しい言葉で言おうとするのかと思いまして……」

「気のガードのほうが難しいぜなっ!」

「そうでしょうか……」

 

 ボケているわけではないらしい。

 リンは眉をひそめていた。

 

「気でガードされている部位は、黄色く薄い膜がぼんやりと見えているわけですから、むしろわかりやす……」

「すごい技術が前提にでてきたぜなっ?!」

「はうっ?!」

 

 リンは、ビクッと戸惑った。

 

「そこそこに訓練を積んだかたなら、普通は見えているものなのでは……?」

「そうなのぜな?」

 

 カレンはオレに聞いてきた。

 オレは首を左右に振った。

 マリナやミリリも左右に振った。

 オレは父さんを見る。

 

「どこに打ち込めばよいのかというのは、

 気の盾などはなくとも相手を見ればわかるものと思うのじゃが……」

 

 やはり父さんはおかしかった。

 英語で言えば、YTOだ。

 だがリンが、そんなスキルを持っていたとは。

 奴隷学校的なところでも、最も優秀だったらしいだけのことはある。

 

「さすがです……」

 

 一撃で打ちのめされたニールも、完璧に感服していた。

 

「ちなみにそんなわたくしより――ミリリのほうが強かったりしております」

「はにゃっ?!」

「勝利したでしょう? わたくしに」

「一応、勝利はしましたが……」

 

 ニールの尊敬の眼差しが、ミリリにも移動した。

 

「はにゃあぁ……」

 

 照れくさいらしい。ミリリはオレの後ろに隠れた。

 元が劣等生だったミリリは、賛美や尊敬に慣れていない。

 なのですぐに照れたり隠れたりする。

 かわいい。

 

(とんとん)

 

 カレンがニールの肩を叩いた。

 胸に手を当て、胸を張る。偉そうな態度だ。

 ぜなぁ……! という擬音が聞こえてきそうな勢いである。

 

(アタシも、ニールには勝っているぜなよ?)

 

 という声が、立っているだけなのに聞こえてくる。

 

「えっ……、えっと……。はい。

 カレンさんの戦いかたも、見習わないと……とは、思い……ます」

 

「どうして歯切れが悪いぜなっ?!」

 

 カレンはグワッと叫んだが、オレたちは笑った。

 そんな時間をすごしていると、メイドのメイさんがやってきた。

 

「お客さまです。レリクスさま」

「どこの誰じゃ?」

「リチャード=グリフォンベール、と名乗られておりました」

 

「ダンソンを捕虜にしたワシに、手紙を寄越した男じゃったのぅ」

「はい」

「手紙を読んだ限りでは、よくも悪くも、実直そうであったが……」

 

 父さんは歩きだす。

 オレもついてく。

 マリナが腕にくっついてきた。

 

「ええっと……」

「じゅうでん………。」

 

 それなら仕方ないか。

 オレはゆっくり歩きだす。

 ミーユとニールが、遠慮がちについてきた。

 ふたりについては、関係者だから当然とも言える。

 

 応接室に入ると、リチャードらしき男はすでにきていた。

 引き締まった体躯に、整った顔立ち。金色の髪に瞳。

 ダンソンと違って精悍であるが、貴族らしさはあまりない。

 言葉で語るよりも拳で語るほうが好きそうである。

 父さんは、椅子に座ると端的に尋ねた。

 

「何用じゃ?」

「ダンソンが捕虜になった以上、グリフォンベール家の実権はわたしに移る。

 しかし今回の戦いは、無能なるダンソンがここにいる『ミーユさま』を偽物と決めつけたことが発端だ。

 もし『ミーユさま』が、自分は偽物ではないと声をあげれば――」

 

「戦争になるかもしれないってことか」

「そうなってしまうぐらいなら、わたしはミーユさまにゆずろうと思う」

 

 リチャードは、だされた紅茶を静かにすすった。

 

「わたしはミーユさまを、ダンソンの子どもであると思っていた。

 ダンソンと似て横暴であり傲慢であり、グリフォンベール家を衰退させる存在に感じていた。

 しかし調査をしてみると、学園での評判は違う。

 暗愚でも暴君でもないのなら、ゆずってもよいと考えた」

 

 そしてリチャードは、ミーユをじっと見つめた。

 

「さらにこのような話を聞いても、平静でいる」

「…………」

 

 ミーユは、申し訳なさそうに縮こまる。

 これで激怒は沸点が低すぎる気もするが、ダンソンであれば激怒していた。

 ダンソンとそっくりだった、すこし前のミーユでも同じく激怒していたと思う。

 リチャードが望む『変化』とは、その程度でよいらしい。

 

 そしてゆがんでいる人間には、二種類いる。

 環境のせいでゆがんでしまった人間と、生まれた時からゆがんでいた人間だ。

 ミーユは前者。

 ダンソンは後者。

 今はこうして、反省していることが証拠だ。

 

「ゆえにわたしは、ミーユさまがその気であるなら、爵位をゆずるつもりでいるが……」

「ええっと……」

 

 ミーユはもじりと身をよじる。

 

「実はボク。こういうわけで……」

 

 オレの腕にくっついた。

 ふにゅっ、ふにゅっ、ふにゅっ。

 胸を強調するかのように、オレの腕に押しつける。

 

「……?」

「つまりね…………オンナノコなの…………」

 

 ブーーーーーーーーーー!!!

 紅茶をすすっていたリチャードが、盛大に吹きだした。

 

「?!?!?!?!?!」

 

 混乱大パニックで、オレにくっつくミーユを見ている。

 

「グリフォンベール家の当主やるより、レインのボクをしたいなぁ……って」

 

 すり……、すり……、すり……。

 オレのミーユは、オレの腕に顔をこすらせた。

 

「そういうことなら、グリフォンベール家はわたしが引き受けることにしましょう」

 

 リチャードは、白い布で顔を拭く。

 父さんが、瞳に威圧を込めて尋ねる。

 

「時におヌシは――ミーユが『ゆずれ』と言えば、本気でゆずる気でおったのか?」

 

 心にやましいことがあるなら、昏倒はまぬがれないような威圧だ。

 横で眺めているだけで、肌がピリピリとしてくる。

 だがリチャードは、さらりと流した。

 

「わたしにとって重要なのは、グリフォンベール家の存亡。

 無能なるダンソンのせいで威信が落ちてしまっているところで家督争いなどすれば、三公からの失脚もありえる。

 そのようなことになれば――」

 

 意味深につぶやいたリチャードは、しかし言葉を途中で止めた。

 

「やめておこう。

 それよりも、ミーユさま。

 わたしに家督をゆずるなら、ここに一筆いただけないでしょうか?」

 

 リチャードは、契約書を二枚だす。まったく同じ文面のそれは、オレたち用とリチャード用だ。

 変な仕掛けも文面もないことを確認し、ミーユとリチャードは両方にサインした。

 

「それでは、これで」

 

 リチャードは、丁寧に頭をさげた。

 馬に乗って去っていく。

 

「えへへへ、へへ……」

「どうした? ミーユ。変な声だして」

「三公じゃなくなったっていうことは、ボクはもう、レインのボクなんだなぁ……ってさ。

 えへへへ、へ……」

 

 かわいい。


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