規格外れの英雄に育てられた、常識外れの魔法剣士   作:kt60

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レイン十四歳。知識チートを使う。

 

 屋敷についた。 

 オレは裏庭に回り、アイテムボックスを解除する。

 

 ずどーん!

 

 巨大なる氷塊が、音を立てて落ちた。

 このサイズの氷塊を持ち歩くのは、さすがに魔力を消費した。

 おかげでほとんどカラである。

 

 あとはこの氷を溶かし、蒸発させて塩を取れればよいのだが…………。

 

「海の塩分濃度ってわかりますか? 父さん」

「えんぶん…………なんじゃと?」

 

 そこからか。

 

「100リットルの水を蒸発させた時に、どの程度の塩が入っているかっていうことです」

「考えたこともないのぅ……」

「錬金術士でもない限り、必要としませんからね……」

 

 父さんが言うと、メイさんが補足した。

 

「ただレインさまたちがお出かけになった地方の海は、塩がよく取れるといいます。

 平均的な海よりも、豊富に含まれているかと」

 

 平均的な海よりも濃いのか。

 となるとますます、ちゃんと調べる必要があるな。

 

 計量カップなどはないそうだけれど、それはそれでやり方がある。

 氷塊の維持をマリナに任せ、天秤と鉄製のコップに、銀貨一〇〇枚を用意してもらった。

 

 左のコップに銀貨一〇〇枚を投入し、右のコップには切り取った氷塊の一部を溶かしてそそぐ。

 大雑把に注いだら、天秤のつり合いが取れるよう、慎重に調整していく。

 

 調整が終わったら、コップの水を蒸発させる。

 残った塩と銀貨の天秤が、何枚目で釣り合うのかを調べる。

 

 銀貨を一枚。銀貨を二枚と入れていく。

 九枚目で釣り合った。

 持ってきた海水に含まれる塩分は、およそ九パーセントであるとわかった。

 

 オレは大きな鍋を用意してもらい、下のほうと上のほうに目盛りをつけた。

 海水を下の目盛りまで注ぎ、真水を注いで上の目盛りにまで合わせる。

 数字で言うと、一〇倍に薄めた。

 

「完成…………かな」

「それが、薬なのですか……?」

「飲めばすぐ効く特効薬ってわけじゃないけどね」

「…………」

 

 オレは軽く答えたが、おっさんはほうけてた。

 とてもではないが信じられないといった顔だ。

 

「ワシの目には、海水を薄めたようにしか見えなかったのじゃが……」

「わたくしの目にも、同様です……」

 

 父さんとメイさんも、キツネに摘ままれたような顔をしている。

 

「それでもおヌシが効くと言うなら、信じるとしようか」

 

 ただ父さんは、しっかりとうなずいてくれた。

 薬のことは信じることができずとも、オレのことは信じてくれるらしい。

 本当に、いい父さんである。

 

「なにかあった時の責任は、このワシが取る」

 

 村長のおっさんも、父さんの一言で黙った。

 

 オレたちは村に行く。

 すこし離れたところからでも、悪臭が漂う村だった。

 

「排泄物などは、どのようにしているのですか……?」

「どこと言われますと、そのへん…………ですかな」

 

 おっさんは、そんな風に答えた。

 異世界のクセに、イヤなところがリアル中世である。

 

 ウチにはトイレが存在している。

 地球と比較しても遜色のない、水洗のトイレだ。

 だから当然、ある物であると、思っていたけど……。

 

「おトイレがついているのは、貴族のかたのお屋敷か、大きな都市ぐらいではないかと……」

 

 オレが絶句したせいだろう。

 おっさんは、言い訳がましく答えた。

 

 事情は理解できたけど、実際に接するとキツい。

 応急処置が終わったら、公共トイレと下水道も整備する必要がありそうだ。

 

 だが今は、病気の人たちの処置である。

 かなり大きい寸胴の鍋をふたつ用意し、氷を入れる。

 軽く火をかけ氷を溶かし、下の側の目盛りに合わせる。

 真水を入れて一〇倍に薄めた。

 

「それでは病気の人…………は難しいと思うので、病気の人が身内にいる人たちを呼んでください」

「はっ、はいっ!」

 

 村長は、よたよたと去って行った。

 

『領主さまのご子息が、延命薬を作ってくださったぞ!』

『ご子息が?』

『病を治すほどの効果はないが、治癒魔法士(リリーナさま)がきてくださるまで命を繋ぐことはできるそうだ!』

『しかし……』

 

 話を聞いていた村人は、一四歳のオレをチラと見やった。

 強い不安を感じたことが、遠目からでもよくわかる。

 

『不安なのはわかる。

 しかしあの(・・)領主さまのご子息だ!

 自作した魔法の道具を使って、ククルーよりも速く走る姿も確認しておる!』

 

『確かに、領主さまのご子息なら……』

『鬼神であろうと鬼謀があろうと、むしろ当然とも言えるな……』

 

『そもそもあの領主さまが、常識で言ったらありえない存在であるしな……』

『ご子息さまも人外でなければ、逆におかしいと言えるかもしれん』

 

 

 マジでおかしい(積みあげた)行動の数々(実績)が見せる、抜群の信頼がそこにはあった。

 

 

 行列ができた。

 コップでは容量が足りないので、みんなどんぶりを持っている。

 

「基本的には、じわじわと飲ませてください」

「じわじわ……とは?」

 

「一回の食事にかける時間と同じくらいの時間をかけて、どんぶりの半分の水分を飲み干すぐらいのペースです。

 特に下痢をしたあとは、絶対に飲ませてください。

 でないと――――」

 

 オレは声を一段低くし、脅すように言った。

 

 

「命の保証はできません」

 

 

「はっ、はい!」

 

 そんな注意を入れながら、たくさんの人に薄めた海水を配った。

 それは一定の効果をあげた。

 弱っていた人も死にかけていた人も、体力を取り戻す。

 

   ◆

 

〈病気で死ぬ〉とは、人口に膾炙している概念だ。

 しかし厳密なことを言うと、人が病気で死ぬことはない。

 死ぬ時は、その病気が引き起こす症状で(・・・)死ぬ。

 

 ヘリクツのような話だが、重要な概念である。

 病気によっては、この概念の有無で話は変わる。

 

 今回オレが対策した病気は、その代表である。

 病気の症状を聞いたオレには、ひとつの病名が浮かびあがった。

 

 コレラ。

 

 地球にもあったそれと、症状は同じだ。

 数十万人を殺したという記録も存在している、恐ろしい伝染病。

 だが実際に、コレラで死ぬ人はいない。

 

 コレラによって下痢をして、脱水症状で(・・・・・)死ぬのである。

 

 ならば話は簡単だ。

 水分を取らせればいい。

 水分を取っていれば、脱水症状で死ぬことはない。

 

 単純な話だが、むかしの人は知らなかった。

 だからこそ、数十万人が死んだという記録も存在している。

 

 と言っても、ただの水では効果がない。

 熱射病対策には、塩分の入った水が必要である。

 コレラで下痢をしている人にも、塩分が必要だ。

 

 そのための海水である。

 

 あとは糖分も必要とか聞いたような気がするので、果物も食べるように言っておいた。

 

 治癒魔法士がくるまでの二週間。

 死者はひとりもでなかった。


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