規格外れの英雄に育てられた、常識外れの魔法剣士   作:kt60

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連鎖する被害

「カレン………?」

「いないのか?」

「うん………。」

「リリーナやミリリも、帰ってきていていいころなのに……」

 

 マリナが小さくうなずくと、ミーユがつぶやく。

 完全に無意識と思われる仕草で、オレの腕に腕を絡ませくっついてくる。

 体は激しく震えていた。

 

「おばけ………こわい。」

 

 マリナもオレにくっついた。

 ミーユと同じく、ぶるぶる震えて泣きそうだ。

 オレはその体勢のまま、ミリリとリリーナの帰還を待った――が。

 

「遅いな……」

 

 ふたりは帰ってこなかった。

 

「ミリリはともかくリリーナもいる以上、おいそれとやられるとは思えなかったんだが……」

「だけどリリーナ、今は子どもになっちゃってるし……」

「手分けして――はさすがに危ないから、三人で行こうか」

 

 オレたちは進んだ。

 リリーナたちが探していたはずの二階の部屋たちを、軽く覗いて見て回る。

 そしてふと、金色のなにかが煌めいているのに気がついた。

 

「これは……リリーナの髪の毛か?」

(すん………。)

 

 マリナはレインから髪を受け取り、においを嗅ぐとつぶやいた。

 

「たぶん………そう。」

「わかるのか?」

「あなたのにおい………ちょっとついてる。」

 

 あくまでも、オレが基準のマリナであった。

 ついさっきまで、オレのにおいがたっぷりと染みつく

 勢いでエロいことをしていた甲斐もある。

 

「となるとふたりは、ここで襲われた可能性が高いっていうことか」

「うううぅ……」

 

 ミーユの怯えが強さを増した。

 歯をカチカチと鳴らして震えている。

 

「マリナは、どう考える?」

「あなたは………?」

「まず敵は、不意打ちが得意っていうことだよな」

「………?」

 

「カレンはともかく、ミリリとリリーナのふたりが正面から負けるとは考えにくい。

 というかあのふたりなら、強敵がでてきたら一旦さがる。

 なのにさらわれたってことは、不意打ち以外には考えられない」

 

「すごい………。」

 

 マリナが頬を赤らめる。

 大した推理ではないと思うが、マリナはそういう子である。

 隙あらば、オレのことを好きになる。

 そういう子である。

 

「あとはたぶん……相手は人間じゃない」

「ふええっ?!」

 

 ミーユが露骨に怖がるが、オレは淡々と続ける。

 

「リリーナ相手に不意打ちをできる相手が、人間だとは考えにくい」

 

「おおおおっ、おばけなの?!

 やっぱりやっぱりおばけなのっ?!」

 

「その可能性も、わりと真面目にでてきたな」

「ふえええっ……!」

 

 恐怖の限界がきてしまったらしい。ミーユはガチで泣いてしまった。

 大粒の涙が、ぽろぽろはらはらこぼれている。

 おもらしをしている可能性もありそうだ。

 

「マリナはどうだ? 平気か?」

「へいきじゃない………けど。」

 

 マリナはじっと、オレの目を見て言った。

 

「あなたがいるから。」

「そうか」

 

 オレはすっくと立ちあがった。

 部屋が無人であることを確認し、ミーユとマリナを部屋へと入れる。

 

「レイン?!」

「不意打ちをかけてくるやつが相手なら、オレがひとりのほうがいいんじゃないかって思って」

「ダメだよ! そんなの! レインになにかあったら、ボク……」

「わたしも、あなたがいないと………。」

 

 ミーユとマリナが、そろってオレの手を握る。

 ふたりの手は温かくって照れる。

 

「レインがひとりになるぐらいなら、ボクが……」

「わたしが………。」

「ふたりとも、怖いんじゃないの?」

「おばけとかは、怖いけど……」

「あなたがいなくなるほうが、こわい。」

 

 そんな感じだ。

 こうなるとラチがあかない。

 

「それじゃ、全員でバラける?

 マリナがこの部屋。ミーユが隣。オレが廊下でそれぞれ待機。

 なにかがでたら、声や物音を立てて知らせる。

 どこからでてくるかわからない敵だから、部屋の中でも安全とは限らないし」

 

「うん……」

「わかった………。」

 

 ふたりはうなずいてくれた。

 宣言通り、マリナが部屋の奥にいき、ミーユが隣の部屋へと入る。

 

 ばたん。

 ドアが閉まった。

 薄暗い屋敷の中で、ぽちゃん、ぽちゃんと音がする。

 雨漏りの音であった。

 

 壁に背を預け、天井を見上げる。

 

(薄暗くって不気味だけど、なにかあるような気配はないな……)

 

 ただし全身には、炎と雷のマナをたくわえる。

 オレの全身が光り輝く。

 もし遠くからオレを見た人がいれば、それこそ幽霊と思うかもしれない。

 

   ◆

 

「はあぁ…………」

 

 レインと離れ、ひとりになったミーユはため息をついた。

 

(おばけ怖い、おばけ怖い、おばけ怖い、おばけ……)

(レインレインレインレイン……)

 

 レインのことで頭をいっぱいにしていなければ、押し潰されそうなほどであった。

 ただしレインは、扉を挟んだ先にいる。

 一応ドアをノックした。

 

「レイン……」

「ミーユか?」

「そこにいる?」

「いるよ」

 

 その一言を聞くだけで、ほうっ……と落ち着けた。

 ドアから離れ、部屋の中を静かに見渡す。

 怪しいモンスターの姿は、影も形も存在しない。

 

「うぅ……けほ、けほ、」

 

 ミーユは小さくセキをした。

 金銭的な意味での育ちはよかったので、小汚い部屋は苦手だ。

 

 窓に近づく。

 一歩、一歩と近づくごとに、恐怖がじわじわ這い登る。

 目隠しをして歩いている時の感覚と言えば、非常に近い。

 

 足をあげる。

 前に進める。

 地面におろす。

 たったそれだけの動作をするだけで、目まいがしてくる。

 

 それはそれなりに経験を積んできた、魔術士としての本能だった。

 その本能が、窓の近くにいってはいけない。窓をあけたりしてはいけない。

 そんな風に告げていた。

 

 そもそもミーユが幽霊を怖がってしまったのも、屋敷の『異形』を、無意識で感知したからだ。

 ミーユがひどく怯えていたのは、ライオンを前にした小鹿が怯えるかのごとき――純粋な本能だったのだ。

 

 しかしながら今のミーユは、感情の正体がわからなかった。

 恐怖の理由はレインが存在しないことであって、目まいの理由は、部屋の空気が悪いから。

 

 そんな風に考えてしまった。

 だから窓に近づいていく。

 一歩、また一歩と近づいてくる。

 

 冷たいガラスに手をかけた。

 今は雨がやんでいるとはいえ、いまだ濡れた冷たい窓を。

 

 ギィ……。

 錆びついた音がした。窓がゆっくりと開く。

 

 ひんやりとした冷気が頬を撫でる。

 雨上がり独特の、冷たくも心地よい匂いが鼻腔をくすぐる。

 ミーユは窓枠に手をかけた。深呼吸をひとつする。

 

「はあぁ……」

 

 肉体の緊張がほどけたことで、暗く淀んでいた気分もほぐれた。

 だがしかし、その瞬間にミーユは気づいた。

 

 窓の真下の外の壁。

 自分が手をかけている窓枠のすぐ前に。

 黒いナニカが張りついていることを。

 

 そのゼリー状の物体の、目と思わしき器官が光る。

 血のように赤く、夜のように暗い光りだ。

 生物学的に醜いとでも言うべき異形の姿に、ミーユは悲鳴をあげることさえ忘れた。

 異形がミーユの顔に飛びつく。

 

(んんっ!)

 

 上半身を食われたミーユは、外に引きずりだされそうになった。

 

(んんっ、んっ、んんんっ……!)

 

 必死にこらえて踏ん張った。

 足をバタバタ動かして、壁を二回、三回と蹴った。

 

「ミーユ?!」

 

 音を聞いたレインが飛び込んでくる。

 

 ずるり。

 

 ミーユの体が、異形に飲まれた。


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