規格外れの英雄に育てられた、常識外れの魔法剣士   作:kt60

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死霊都市の探索

 死霊都市を進む。

 死霊都市と言うだけあって、様々な死霊が発生していた。

 ハエの死霊やゴキブリの死霊。ハエの死霊を食べるクモの死霊などもいた。

 

「レインレインレイン!

 ゴールドカブトムシがいるぜな!

 捕まえて売れば、おカネになるぜな!」

 

 カレンが指差した先には、木にとまっているカブトムシがいた。

 八メートルほど離れているが、樹液を吸っているらしいことがわかった。

 名前の通り金色だ。

 カレンはタッタと走りだし、カブトムシに手を伸ばす。

 

「ぜなぁ?!」

 

 しかし手は、木とカブトムシを素通りした。

 カブトムシは、羽を広げて飛んでいく。

 

「どうなっているぜな……?」

 

「ここは死霊都市だ。

 木に止まっているカブトムシですら、『木の死霊がだしている樹液の死霊をすする、カブトムシの死霊』なのだ」

 

「ずいぶん徹底してるんだぜな……」

「だから死霊都市なのだ」

 

 とても不思議な都市であった。

 

「しかしこれだけ都市が死霊であふれているのに、外部に死霊があふれてこないってのも不思議だね」

 

「死霊とはつまり、肉体を失って魂だけになった生命体だ。

 しかし魂は、基本的にもろい。

 魂だけの状態で生命を維持するには、高度な魔力を必要とし続ける。

 そして瘴気には、通常の空気よりも濃い魔力濃度が確認されている。

 ゆえにこの都市は、蚊やクモのような低い魔力しか持っていない存在であっても、形を維持し続けることができるわけだ」

 

「まぁ要するに……魔力はすごいってことか」

「端的に言えばそうなるな」

「でもその原理なら、瘴気が濃い空間では魔法の威力も高まりそうだね」

「実際にそうだ」

 

 リリーナは、カレンのほうをチラと見た。

 視線でしゃがむようにうながす。

 

「ぜな……?」

 

 カレンがしゃがむと、脇の下に手を入れて――。

 

「ぜなあぁーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!!」

 

 ぶん投げた。

 

 落ちてきたカレンをお姫さま抱っこでキャッチする。

 反動で、地面がズドンとへこんだりした。

 

「このように――、わたしの身体能力強化魔法も、いつも以上に好調だ」

「投げてみせる意味はあったぜなぁ?!」

 

「いや……すまん。

 わかりやすいかと思ったので、ついな。

 詫びとして、クッキーのひとつでも……」

 

「くれるぜなっ?!」

「ああ」

 

 リリーナは、懐をまさぐった。

 

「む?」

 

 体のあちこちをまさぐった。

 

「いや……、すまん。

 もうすこし、もうすこし待ってくれ。む、うっ、はぐうぅ?!」

 

 クッキーはでてこない。

 それらしき袋を逆さに振ったりもしたが、わずかな粉がでてくるだけだ。

 

「もう食べちゃったりしてたぜな……?」

「……すまん」

「ぜなあぁ……」

 

 カレンの瞳が、うるうるとうるむ。

 期待させられた分、失望も大きかった。

 裏切りの代償は涙であった。

 

(とん、とん。)

「なんだぜな……?」

「はい。」

 

 マリナがクッキーを差しだした。

 

「りんご味。」

 

 形もりんごを象った、かわいらしいクッキーだ。

 

「まりなあぁ~~~~~~~~~~!」

 

 カレンは口を、あーん、とあけて、かわいらしいクッキーを食べた。

 

(んぐんぐんぐ)

 

 その顔に浮かぶのは、満面の笑み。

 つい先刻に投げ飛ばされた過去は、完全に消えている。

 クッキーひとつでトラウマジェノサイドだ。

 オレはマリナの頭を撫でた。

 

(………。)

 

 マリナの頬が、うれしげに染まった。

 心が和む。

 一方で、一般人のローリアはぼやいた。

 

「いくら魔法が強化されるとはいえ、人をあんな高さまで投げ飛ばせるようになるのはおかしいと思うっす……」

 

 しかしこの程度は今さらであったので、誰も気にしなかった。

 ミーユが言う。

 

「だけどどうしてこの都市にだけ、こんなに瘴気が……?」

 

「文献は軽く漁ったが、『原因は不明』のひと言だったな。

 記録の上では、五〇〇年ほど前から瘴気があふれ、都市の死霊化が始まったらしいが」

 

「調査団の派遣とかは?」

 

「王国の騎士団にしても領主の私兵団にしても、

 既存の魔物や動物に、有益なアイテムが確実にでる迷宮の探索で忙しいからな。

 大した脅威がない上に、有益なアイテムの発見例がないこの都市を本格的に探索することはないな」

 

「探せばなにかある可能性はあるけど、その可能性が高くないので……ってことか」

「黄金でも見つかれば、また変わるのかもしれんがな」

「なるほど……」

 

 オレたちは、改めて進んだ。

 都市の中心部に進むに連れて、死霊の種類が変化してきた。

 顔と口のところに穴があいたヒトガタの死霊に、野良犬の死霊などがでてくる。

 

 ヒトガタの死霊は、半ば朽ちた建物の隙間からこちらを見ているものがいれば、宙を漂っているものもいた。

 成人男性と思われるものや老人、幼い少女の死霊もいた。

 

「不思議なゾーンだな……。

 空が紫がかっていることもあいまって、絵画の中にでもいるみたいだ」

 

「ボクちょっと、気分が悪くなってきたかも……」

「もぐもぐ………する?」

 

 顔色を悪くするミーユに、マリナは小さなりんごを渡した。

 さくらんぼぐらいの大きさをした、金色のりんごだ。

 

「ありがと……」

 

 ミーユは、しゃくりと咀嚼した。

 

「グルルルルル……」

「ファイアボルト!」

 

 野犬の死霊が威嚇してきたので、ファイアボルトで迎撃した。

 

「ご主人さま……。

 おさすがですにゃ……」

「なぁミリリ。次にあいつがでたら、対応しないか?」

「ミリリがですかにゃ?!」

「オレだと一瞬で終わるけど、ミリリ的にはちょうどいい相手もしれない」

「りょ、了解です……にゃあ」

 

 ミリリは、緊張の面持ちでうなずいた。

 十メートル進んだあたりで、野犬の死霊が再びでてくる。

 今度は四体。

 

「よし、やってみろ。ミリリ」

「は、は、はいです……にゃあ」

 

 ミリリはカチカチに緊張していた。

 能力は高いミリリだが、生真面目すぎてプレッシャーに弱いところがある。

 

「わたくしも参加しましょう」

 

 リンがミリリの隣に立つと、野犬の群れに突っ込んだ。

 槍を突きだす。

 けれど相手はゴーストだ。

 銀色の槍は、命を穿つには至らない。

 

 背後から、別の野犬が飛びかかってくる。

 リンはくるりと身を翻し、野犬の死霊を横に払った。

 しかしやっぱりゴーストだ。

 槍は虚空を通過する。

 リンは身を低くして、ゴーストの下を通過した。

 

「本当に……槍は効かないようですね」

 

 淡々とつぶやくリンであるが、気づけば野犬に囲まれた。

 ミリリに目線で合図を送る。

 ミリリは半ば反射のように、地面に手をつけて叫んだ。

 

「ミリリの敵を串刺しに! アースエッジです、にゃあ!」

 

 野犬の足元が隆起した。

 土の杭が発生し、野犬たちの体を貫く。

 本来は『相手の足元に出っ張りを作る』程度の魔法だったが、このゾーンではかなりの威力になっていた。

 

「やりましたね、ミリリ」

 

 リンはニコりとほほ笑んだ。

 ミリリは緊張しがちな子である。

 それでも仲間がピンチになると、プレッシャーをはねのける強さも持ってる。

 リンのサポートは、それを見越したものであった。

 

「はにゃううぅ……」

 

 しかしミリリは、一発でダウンした。

 

「魔力切れか」

「この領域は、魔法の威力があがる代わりに、魔力の消費が激しくなるようですね」

「ボクも気をつけないとな……」

「いくら全魔力をそそいだとはいえ、この若さでこれほどの規模のアースエッジをあつかえる子が、奴隷っす……?!」

 

 驚愕したローリアが、近くにいたカレンに尋ねる。

 

「あのミリリという子は、どこかの亡国のお姫さまとか、宮廷魔術師のお子さんだったりするっすか……?」

「ミリリは、普通の子だったと思うぜな」

「普通の子なのに、あの年齢であのような魔法を……?!」

 

 ひたすらに驚愕するローリアであった。

 

「で、大丈夫か? ミリリ」

「おすこし休めば、なんとかなると思いますです……にゃあぁ……」

 

 ダメそうだった。

 緊張していた分もありそうとはいえ、なかなかのダウンっぷりだ。

 

「………。」

 

 そしてマリナが、巨大なベッドを背負ってた。

 

「ええっと……。それは……どこから……?」

「落ちてた。」

 

 マリナは、背後の建物を見やった。

 その建物には、マリナがあけたと思われる穴があり、ベッドの消えた寝室らしき空間があった。

 家主がいない家とは言っても、『落ちてた』と表現するのはダイナミック感覚すぎると思う。

 

 ずしん!

 マリナはベッドを地面におろした。

 

(じ………。)と、ミリリを見つめる。

「さすがにミリリが、ベッドでひとり、おやすみするのは……」

(………。)

 

 マリナはちょっぴり、しょんぼりとした。

 ベッドを持ちあげ、元あった場所に戻す。

 しかしすぐに戻ってくると、オレのミリリをおんぶした。

 

「ん………。」

「はにゃっ?!」

「これもだめ?」

 

「だ、だ、だめということは、ないですが……」

「が………?」

「恐れ多いです、にゃあぁ……」

 

 かわいいミリリは、マリナの背中の上で恐縮した。

 お尻の尻尾もくるんと丸まり、足と足の合間に納まる。

 

「わたしは、大丈夫だから。」

 

 マリナはそのまま歩きだす。

 とても面倒見がよい。


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