スキマ妖怪、邁進す   作:りーな

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クーデター

その日は快晴だった。前日までの雨が嘘のように、澄み渡った青空が広がっている。窓から差し込む陽光を浴び、ラキュースは心地よさげに目を細めた。それを見てくすくすと笑ったのは、第三王女のラナー。黄金とまで称される美しい顔を緩ませ、一流の冒険者として名を馳せる友人の間の抜けた表情に忍び笑いが漏れる。それを聞き咎めたラキュースが拗ねたように口を尖らせるが、普段より幼く見えるだけで全く怖くない。軽く笑いながらの謝罪ののち、取り留めのない話に花を咲かせるその光景は、平和と称するに不足のないものだった。

この時までは。

 

異常を最初に察知したのは、ラキュースの付き添いで来たティナだった。次いでラキュースが訝しげに眉を顰め、少し間が空き、ラナーの護衛をしていたクライムも気付く。ラナーは目を白黒とさせているが、やがて難しい顔に変わった。

悲鳴、怒号、破壊音────そして断末魔。王宮に相応しくないそれは、着々と近づいていた。

 

「……何事でしょうか?」

「分かりません。兎に角、ラナー様はお下がりください」

 

ラキュースとティナは正規ルートで王宮に入った関係上、武器を仲間に全て預けている。魔法と忍術で各々戦えないわけではないが、戦力としては大きく低下している。クライムもまた、ラナーと気心の知れた相手とのお茶会ということで軽装。剣こそ持っているが、鎧を着ていない為に防御力では期待できない。

扉を見据える四人の鼻腔を突いたのは、血と硫黄の匂い。戦闘者の三人が盛大に顔を顰めた。嫌という程嗅いだ匂い。あの濁流の如き敵軍の攻勢と、首魁の桁外れの強さを思い出して苦々しい思いが去来する。悪夢にも似たあの夜の幻影を頭を振って追い払い、扉の先に集中する。

チャッ、チャッ、という硬質なものが床を軽く引っ掻きながら迫る音がした。獣に王宮を歩かせたらこんな音がするだろうか。喘ぐような息遣いと共に、硫黄の匂いが一層強くなる。

突如、扉が撥ねるようにして開いた。同時に飛び掛かってきた影を各自が躱し、ラナーを引き離しながら影との間に体を滑り込ませる。然程距離も離れていない中、その影の正体を知って、ラキュースの目に険が宿った。

それは、漆黒の犬だった。異様に赤く、煌々と殺意と悪意に塗れた目。口から溢れるのは硫黄の匂いと業火。すらりとした筋肉に包まれた体。その存在を、彼らは知っていた。

 

「────地獄の猟犬(ヘル・ハウンド)!」

 

クライムの声に応えるように、地獄の猟犬(ヘル・ハウンド)が口を開けた。仄赤く発光する口腔内に、炎が揺らめく。

 

「《不動金剛盾の術》」

 

放たれた炎を、ティナの忍術が迎撃する。炎は盾を越えることなく、数秒でその威勢は衰え、消えた。

そこにクライムが踏み込み、剣を大上段から振り下ろす。地獄の猟犬(ヘル・ハウンド)は獣らしい俊敏な動きで躱そうとするが、そこにラキュースの《ホーリーレイ/聖なる光線》が飛ぶ。光が地獄の猟犬(ヘル・ハウンド)の足を撃ち抜き、体がぐらついたそこにクライムの剣が叩き込まれた。

一撃で首を飛ばされた地獄の猟犬(ヘル・ハウンド)は断末魔すら上げずに、靄のように消え去った。

 

「なんで悪魔が、こんな所に……」

 

流れるような連携で地獄の猟犬(ヘル・ハウンド)を滅ぼしながらも、ラキュースの顔は晴れない。悪魔は、基本的に召喚されない限りは現世に現れない。偶然できた時空の歪みから這い出た悪魔や、オーエンのように自力で出現できる程に強大な悪魔は話が別だが。

地獄の猟犬(ヘル・ハウンド)に自力の現界を可能とする程の力は無い。だが前例のない王宮、それも王族が暮らすような深部に出現するのは余りにも不自然だし、そもそも第三王女の部屋で戦闘が行われたというのに人っ子一人来ないとはどういう事か。

 

暫しの時を経て、騒がしい足音と鎧の金属音を響かせながら、漸く一人の騎士が姿を現した。騎士の顔はその場の全員に見覚えがあった。第二王子の側付きの騎士の一人だったはずの男である。

 

「ご、ご無事、でしたか」

 

ぜぇはぁと荒い息を繰り返す騎士を落ち着かせ、ラナーは何事かと問うた。悪魔の出現が、否応無く危機感を刺激する。

 

「ク、クーデターです、第一王子がクーデターを起こしました!」

 

一瞬思考が停止する。第一王子は最近権勢に陰りが見える。それ故だろうと予想はつくが、それと悪魔になんの関係があるのだろうか。まさか本当に偶然か、と考えたが、続く騎士の言葉に背筋が凍った。

 

「第一王子は大悪魔オーエンを召喚し使役、オーエンの軍勢が貴族派の兵に協力する形で戦火が広がっています!悪魔の数が圧倒的で対応しきれていません!」

 

オーエンを召喚?あの第一王子が?頭の悪さに定評のある、あの第一王子が?一体何の冗談だ。徹頭徹尾利用され続ける未来しか見えない。騎士は使役していると言ったが、寧ろ使役されているのは第一王子の方だろう。悪知恵を吹き込んでいる存在が、害悪貴族からオーエンに変わっただけである。奸策も弄する悪魔である分、貴族などよりも性質が悪い。

今までに無いほどに全員の意見が一致して沈黙が続く中、その静謐を破ったのは一つの咆哮だった。ひぃ、と騎士がか細い悲鳴をあげる。ラキュースも聞いたことのある声だった。鱗に身を包まれた強大な悪魔の声だった筈。イビルアイの言葉によれば鱗の悪魔(スケイル・デーモン)だったか。残念ながら詳細な能力までは知らなかったが。

 

「────逃げましょう」

 

ラナーの言葉に、全員が目を向けた。

 

「あの大悪魔がいるのならば、この場に留まるほどに状況は悪くなります。堅固な城は、私達を閉じ込める檻になる。そうなる前に脱出しなければなりません」

 

ラナーが一人一人に視線を投げかけ、それに応えて各々が頷いた。騎士曰く、主人である第二王子は先の咆哮の悪魔────鱗の悪魔(スケイル・デーモン)を筆頭とした悪魔の群れに連れ去られたとのこと。第一王子がどうする気なのかは知らないが、生存は絶望的と言っていい。救出など絶望的を通り越して不可能だ。少なくともラキュース達には。

ラナーが部屋の一角を押し込んだ。ずず、と石と石が擦れる音と共に、ぽっかりと空いた隠し通路が現れた。

 

「各王族の部屋に、専用の通路があるのです。その位置と出口を知るのは、その部屋を王より賜った王族本人のみ」

 

全て知るのは王くらいでしょう、とラナーは語った。

 

「これ、どこに出る?」

「大抵どこにでも。道が枝分かれしていて、出口は王都全域に複数箇所あります。それこそ近場から遠くまで」

 

凝った作りだ、という感想すら感じる暇はない。一番近い出口は、王城の側にある家屋の地下室にあるという。全員が隠し通路に身を投じ、最後尾のクライムが再度壁をぴたりと合わせて道を隠した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

謁見の間。玉座の置かれているその場は、王城でも最も豪華絢爛な場所である。その空間に相応しい豪奢な格好で、その座に相応しくない男は玉座に我が物顔で座していた。その横に立つのはオーエン。男はそれを横目で見る。視線に気付いたオーエンが訝しげな顔をするのを何でもないと制し、満足げに笑った。

男────バルブロは、人生で最高の喜びは今だろうと確信していた。王国の誰もが翻弄されたオーエンを従え、王の位を手中に収めた。オーエンがいる以上、誰も逆らえない。唯一対抗出来るだろうモモンは魔導国の所属になっている。しかも、国家の事柄に関与出来ない冒険者だ。オーエン及びその配下の悪魔らは既に()()()()()()()()()()()()

国軍の一員である悪魔に、その行動に、冒険者達は関与出来ない。

この案はオーエンがバルブロに提案したものだった。モンスターの扱いに手慣れている冒険者達に抵抗されると面倒だな、というバルブロの呟きを拾い、ならば付け入られるような隙を与えなければいい、と答えて。

クーデターも、それに伴う内乱も貴族の粛清も、()()()()()。クーデター側の戦力であると主張してしまえば、悪魔に冒険者は手を出せない。悪魔を討つ事は、現王側に味方する事に繋がるから。故に政治に関与してはならない冒険者は、悪魔を殺してはならない。とどめに貴族派の部隊を随伴させれば完璧である。その都度他人の目につく形で宣言すればいいのだ。この悪魔は我々の軍勢の一員である、と。

誰彼構わず生者を苦しめる存在である悪魔が人間と群れをなして協力しているとあれば、各々のリーダーを必ず思い浮かべる。人間側は貴族派の貴族、或いはバルブロ。では悪魔は?そこまで考え、大悪魔の再来という答えに行き着く。民衆よりも、冒険者や兵士達の方がより早く、正確に。

オーエンという分かりやすい抑止力。しかし面子を考えれば悪魔を放置する訳にもいかない。そんな冒険者に、規則という名の大義名分を与えてやる。

 

()()()()()()()()()

 

その思惑は様々だろうが、十中八九冒険者は動かない。例外は付き物だろうが、総数から考えれば微々たる数。ならば対処は容易い。

悪魔らしい狡猾な策に、バルブロの口角も上がった。実際、効果的だった。オーエンが予想した通りに冒険者は動かず、兵士は紙屑のように悪魔に蹴散らされ、着実に王都制圧を進めていた。

加えて、オーエンは見せしめを行なった。貴族派の兵の主張を聞いたにも関わらず、悪魔に攻撃した二組の冒険者チーム。彼らに対してオーエンが派遣した悪魔は全員の首を捻じ切り、魔法詠唱者の首を二つ自身の首の先に繋げ、残りは悪魔に命じて磔にさせた。逆らえばこうなる、と実例を作って端的に示したのである。

冒険者組合長が、規則を破ったのは冒険者の方の為に抗議は出来ない、と判断した為に抵抗する冒険者は今の所出ていない。悪魔達も手は出せないが、相互不干渉を貫けるなら安いものだろう。

 

「くくっ」

 

意図せず、バルブロの口から笑いが漏れた。何もかもが上手くいっている。王都が制圧できてしまえば、後は貴族達に追認させれば済む。最悪、悪魔達を使って圧力をかけてもいい。あと少し。あと少しで、王国に君臨する正当なる王となれる。その輝かしい未来を思い描くだけで、バルブロは天にも上りそうな心地だった。

その気分に水を差したのは一つの連絡だった。ラナー王女の姿が見当たらないという。ザナックは処刑すると決めていたが、ラナーは外交でも内政でも使える手札だ。古今東西、政略結婚は有用な手段であったが故に、ラナーは極力確保するよう命じていた。優先順位としてはザナックよりも高かったくらいだ。

バルブロはオーエンに意見を求めた。オーエンは悪魔らしく頭が回る。考える事が得意ではないと自認するバルブロにとって、オーエンの万能さはありがたかった。

 

「多分国外に逃げようとしてるんじゃないかな?」

 

何でもないように、オーエンはさらりと告げた。まだ微妙に分かってないような顔をするバルブロを見て、付け加えるように説明した。

 

「王都はじきに制圧できる。そうなれば、君が王位を継承したと貴族達に追認させる為に外へと兵を向ける事は予想できる。どこかの貴族の家に潜伏したとしても、安全を得る為に売られる可能性だって十分ある。国内の者達は頼れない。関係の深い“蒼の薔薇”リーダーの実家などのごく一部を除いてね。それはこちらとて了解している。よって除外。ほら、残るのは国外位なものだろう?」

 

むむ、とバルブロは唸った。国外に出られると不味い。内部と外部の双方から叩かれるのが下策であるのはバルブロとて分かる。ラナーの亡命は他国の軍を招き寄せる原因になってしまう。

 

「最も可能性が高いのはどこだ?」

 

だから、聞く。バルブロに策謀の才は無いから。才のあるオーエンに聞く。

 

「魔導国は心情的に微妙。国外に出るなら必ず通るから可能性は高いけど、先の戦争の虐殺がネックだ。帝国は魔導国の同盟国という名の属国だから自動的に除外。竜王国はビーストマンにかかりきり、しかも遠い。聖王国に向かうには位置的には近いけどアベリオン丘陵を越えなければならない。評議国は論外。こちら側が悪魔を傘下に加えていることも考えれば、法国が最も確率が高いかな」

 

戦力としても申し分ないしね、と付け加えて締めくくった。

むむぅ、とバルブロは更に唸った。周辺国家最強の保有戦力を誇る法国は、宗教国家の性質上、信仰系魔法詠唱者(マジック・キャスター)が多い。つまり、悪魔との相性が悪いのだ。オーエンの麾下である悪魔は兎も角、貴族派の兵で構成されている人間軍は纏まりが悪い。練度など比べることすら烏滸がましい。法国軍に抗えるとは、流石のバルブロをして思えなかった。

 

「とは言え、だ。少々疑問も残る。考えるだけならどうとでもなるが、戦えもしない王女がこれだけの包囲網から逃げられるとは思えない。制圧が終了した時に王女が見つかればそれで良し、見つからなければ────王女側に戦える協力者がいる。それも腕利きの。多分“蒼の薔薇”かな。因縁もある事だし」

「………制圧ペースを上げろ。終了次第、悪魔の半分をラナーの捜索に回せ」

「ふふ、焦ったのか?……了解した。悪魔達に通達しておこう」

 

面白がるように軽く喉を鳴らしたオーエンをじとりと睨むも、オーエンは堪えた様子もなく肩を竦めた。動作に気品が窺えるのが妙に気に障る。

ふん、と鼻を鳴らして、バルブロは不貞腐れたように目を瞑った。隣のオーエンは嘲笑を浮かべ、ただ黙ってそれを眺めていた。




・バルブロに対する評価
妥当である。

・隠し通路
王城ならあるよね、という独断と偏見に基づいて登場。

・冒険者の扱い
「国家に関わってはならない」なら、やりようは幾らでもある模様。今回は「悪魔の国軍化」。

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