スキマ妖怪、邁進す 作:りーな
息を潜め、只々急ぐ。悪魔の姿が見えたら身を隠し、常に全方位に注意を向け続ける。休まる時の無い逃避行は容赦なく神経と体力を擦り減らしてくるが、足を止めている暇はない。
蒼の薔薇の五人とラナー、クライムの計七人が馬に乗って道を進む。馬に慣れないラナーはクライムと同じ馬に乗っている。その周りを蒼の薔薇が囲み、周囲に視線を巡らせていた。
蒼の薔薇の面々の胸にはプレートが無い。冒険者組合が今回の件に手を出さないことは、八本指の一件で散々ネームバリューで押し通してきた蒼の薔薇はよく分かっていた。さしもの冒険者組合とて、今一度オーエンを相手にしようとは思うまい。
だから、
そうして国の為に動けるようになった蒼の薔薇だが、それは逆に悪魔達も自由にできるということである。悪魔は確保対象のラナーには兎も角、蒼の薔薇には機械的な殺意と溢れんばかりの悪意でもって接した。
彼女らを捕捉する為に、バルブロ────もといオーエンは、悪魔を広く浅く広げた。少数の悪魔を一組とし、ある程度絞ったルートを狙って国中に散らばらせ、その連絡を以って近くの部隊を派遣するという方法を採ったのだ。
一度、彼女らはその網に引っ掛かった。数体の悪魔の群れを先手必勝で屠った数分後、数十体の部隊で攻められるという悪夢を味わった。どうにか全滅させた後撒いたが、それからは悪魔に気を張って過ごす事を余儀なくされてしまう。致し方ない場合には速攻で殲滅し、全速力で離脱するという中々にハードな旅路となった。その間にも各地の都市が反乱軍に帰順し、貴族がバルブロの王位継承を追認していく。彼らは身の安全の為に、命じられるがままラナーを血眼になって探す。捜査網の一部を貴族が担うようになれば、その分の悪魔が都市制圧に回る。そうした循環を組み込んだ人海戦術で、バルブロ軍は前線を押し上げていく。贅沢な兵力の使い方は、かつての王都襲撃の際の作戦にも通じるものがあった。
息を吐き、馬を止める。都市が次々とバルブロ側に押さえられている以上、馬の代わりは無いと思った方がいい。旅路はまだまだ先がある。悪魔や貴族派の兵の警戒がある上に馬を潰す訳にはいかない為、どうしても思ったように進まない。疲れ切ったラナーを降ろすクライムを横目に、ラキュースらは移動経路の相談を始めた。
一行が目指すのは────魔導国。
「……まだ見つからんのか」
「そのようだね」
苛立ち混じりのバルブロの問いに、淡々とオーエンは返した。悪魔の死んだ位置と順番から、アベリオン丘陵に沿うようにして移動していたのは分かっている。特に法国方面を重点的に警戒させているものの、網に掛かったのは一度きり。精神的にも肉体的にも疲労困憊しているのは容易に想像が出来るが、それでもここまで粘るのは流石と言うべきか。
悪魔から共有された情報から、蒼の薔薇が協力していたことが判明。バルブロは我が意を得たりとばかりに冒険者組合に抗議を行ったが、彼女らは“引退”していた。詭弁なのは分かりきっているが、それでも冒険者組合への攻撃は一旦取りやめる他ない。オーエンがいる以上負けることはないが、わざわざ冒険者を突っついて戦闘を引き起こす必要も無い。次がある事を考えれば、戦力の低下は避けたいところだった。
「それに、王国戦士団も取り逃がしたようではないか」
「過半数はきっちりと狩ったとも。残りを悪魔どもに探させているが…見つからないとなれば、匿っている者がいるのかもね」
今は亡きガゼフ・ストロノーフが率いていた、王直属の戦士団。彼らは悪魔を用いたバルブロのクーデターに反抗し、悪魔に攻め潰された。逃げた戦士達は未だに見つかっていない。悪魔達が索敵に向いていない事もあるが、単純に手が回っていないのだ。ラナー王女の追討、法国方面に対する警戒、各都市への示威行為、王城やバルブロの警護。いくら悪魔の頭数が多いとはいえ限度がある。貴族派の兵も暇ではないし、単純に戦士達は王国の中でも指折りの精鋭。生半な捕縛部隊など、さっくり処理されてしまう。しかし戦士風情がオーエンを突破してバルブロを害するなど天地がひっくり返ってもあり得ないので、重要度としてはほぼ最低。様々な要素が重なり、次々と対処を後回しにされているのが実情だった。
「全く、火種がすぐ近くにあったのでは枕を高くして寝られんではないか」
「私が護衛では不服かな?」
「そういう訳ではないのだが…」
バルブロは不満を零す。自分が居を置く都市に、分かりやすい反対勢力があるのが心の底から気に入らないのだ。とは言えクーデターという形で極めて暴力的に────しかも悪魔を使役して────政権を奪った以上、反対派が生まれるのは当たり前の話。精々が表面化するかしないかの違いである。ましてランポッサ三世は、無能ではあったが暗愚ではなかった。信頼できる人材を見抜く目があり、必要ならば危険に身を晒す度胸があり、民や我が子を思いやる慈愛があり、己の無能を恨める賢しさがあった。どれもバルブロには足りないもので、不要と本人が無意識に断じてきたものだった。
だからこそランポッサ三世の遺志を継いだ者達は少なからず居て、利潤と契約、そして恐怖で纏まっているだけのバルブロ軍はあらゆる面で彼らを上回っていながら一歩も二歩も彼らに劣る。
利潤に擦り寄る貴族共が如何程に使えようか。
契約で手を貸す悪魔が如何程に信用できようか。
恐怖で束ねられた兵が如何程に役立とうか。
それすら知らないから、知ろうともしないから────バルブロは、使い捨てられる定めなのだ。
玉座の背にもたれかかりながら、オーエンは密かに嗤う。人ならざる身ならばいざ知らず、人の世は盛者必衰。悪魔が絡めば尚の事。所詮は脆弱で矮小な人間たるバルブロの虚構の栄華を演出しながら、近い将来に現実のものとなる零落を愉しげに眺めんとする悪魔の姿がそこにはあった。