ある日の休日。
今日も朝からラビットハウスの開店の為の準備を始める。
まぁ、準備と言っても掃除は終わって後は開店時間を待つだけだ。
まだ時間もあるので、僕とココア姉はチノの淹れてくれたコーヒーを飲む。
ミルクに角砂糖二つを入れ、かき混ぜてから一口飲む。
「うん、美味しい」
自然と口からそう出る。
「だよね!私もチノちゃんに淹れてもらってからハマっちゃって!なんでかな?」
「ココアさんのはただのカフェイン中毒です。テイさんはまだ味の違いが分かる分マシですが」
チノはそう言って自分のコーヒーを飲む。
「お前ら、そろそろ開店だぞ」
リゼさんがカウンターから声を掛けて来る。
「はーい!」
ココア姉が立ち上がり、飲み終えたカップを流し台へと持っていく。
「そう言えば、ラビットハウスのカップってシンプルだよね」
「シンプルイズベストです」
チノはそう言ってテーブルを拭く。
「でも、もっといろんなのがあれば皆楽しいと思うよ」
「そうでしょうか?」
「この前面白いカップ見つけたんだ。今度買いに行かない?」
「へぇ、どんな?」
「えっとね、ロウソクがあって、いい匂いがして…」
ココア姉、多分それアロマキャンドルだよ……………
と言う訳で、今日の学校が終わった後、ココア姉とリゼさんと合流し、僕たちは店へと向かった。
「わー!かわいいカップがいっぱいー!」
ココア姉ははしゃぎ、店の中を歩きだす。
「あんまはしゃぐなー」
「あうっ!?」
リゼさんが言った傍からココア姉はよそ見をし、棚にぶつかる。
倒れそうになったココア姉をリゼさんが受け止め、落ちる写真立てをチノが受け止め、僕は落ちかけたカップを二つ片手で支え、落ちるカップ三つをもう片手で持ち手に指を引っ掛ける様にして、受け止めた。
流石ココア姉、予想を裏切らない……
「あはは……ごめんね……」
ココア姉は苦笑いをしながら謝る。
すると、チノの持っていた写真立ての写真に気付く。
その写真はカップに小さい兎が入っている写真だ。
猫鍋ならぬ兎カップかな?
「カワイイ!ティッピーでもやれば人気出るんじゃないかな?」
「いや、流石にティッピーが入れるカップはないだろ」
「ありましたよ」
あるの?
チノが指さした先には一体何に使うのか分からないほど大きなカップがあった。
チノが両手で抱えても若干重そうにしてる大きさだ。
試しにティッピーをカップに入れる。
「……なんか、思ったのと違う」
「……ご飯に見えるな」
カップの模様も合わさって、今のティッピーはどんぶりに盛られたご飯にしか見えなかった。
「これなんていいかも……」
「あ……」
暫く見てると、ココア姉の手が誰かの手と触れ合った。
「こんなシチュエーション漫画で見たことあります」
「よく恋愛に発展するよな」
「ココア姉が恋!?」
ココア姉が恋と聞き、色んな想像が頭を過る。
「………駄目だよココア姉!そんなの早過ぎる!ましてや同じ女の子の恋人なんて!?」
「テイさん!?どうしたんですか!?」
急に取り乱した僕にチノが驚く。
「ココア姉が女の子の恋人を………僕は認めない……相手が男であっても認めない………ココア姉を誑かす男は皆僕がこの手で…………」
「まずいな。テイの奴、色々想像し過ぎて頭がオーバーヒートしてる………」
「大丈夫だよ、テイ!お姉ちゃんは結婚なんかしないから!ずっとテイと一緒だよ!」
ココア姉はそう言い、僕を抱きしめる。
「あれ?僕は何を………?」
「リゼさんもしかしてテイさんって……」
「ああ、恐らくだがココアと対を成す存在、シスコンだ……」
「テイさんがシスコンだなんて………」
チノとリゼさんがこそこそ何か話している。
何を話してるんだ?
てか、ココア姉はなんで僕を抱きしめてるの?
「あれ?てかシャロじゃないか」
「り、リゼ先輩!?」
リゼさんは相手の女性が誰か知ってる人らしく声を上げる。
「知合いですか?」
「高校の後輩だ。ココアと同い年」
「え?リゼちゃんて年上だったの?」
「今更!?」
「シャロは何か買ったのか?」
「いえっ!わ、私は見てるだけで十分なので」
「見てるだけ?」
「はい!この白くすべらかなフォルム…はぁ〜……」
そう言ってその人はカップを指でなぞりながら自分の世界にトリップする。
「それは変わった趣味ですなー」
ココア姉も同じだと思うよ。
「取り敢えず紹介するよ。高校の後輩のシャロだ」
「桐間シャロです」
「シャロ、こっちは私のバイト先の仲間の」
「香風チノです」
「保登ココアだよ!で、こっちが私のカワイイ弟の!」
「保登テイです」
ココア姉に抱きしめられたまま、シャロさんに自己紹介をする。
「ところで、御二人は学年が違うのに、どうやって知り合ったんですか?」
チノがシャロさんに尋ねると、シャロさんは答えてくれた。
「わ、私が暴漢に襲われそうになった所を助けてくれたの」
リゼさんが暴漢に襲われそうになっているシャロさんを助ける…………
「流石リゼさん、かっこいいですね」
「違うぞ、テイ!私はそんなことしてない!本当は」
リゼさんの話によると学校の帰り道、シャロさんの前に不良野良兎が居座り、通れなく、そこを通り掛かったリゼさんが追い払ってくれたのがきっかけらしい。
「うっうさぎが怖くてわっ悪い!?」
悪くないと思うけど。
人の苦手な物なんて千差万別だし…………
その後は、シャロさんも交え、五人でカップを見て回る。
「このティーカップなんてどう?香りがよく広がるの」
「カップにも色々あるんですね」
「こっちは取っ手のさわり心地が工夫されてるのよ」
「なるほどなー」
「詳しいんだな」
「上品な紅茶を飲むにはティーカップにもこだわらなきゃです!」
カップにもこだわるとはなかなか通だな。
「うちもコーヒーカップには丈夫で良いものを使ってます」
「私のお茶碗は実家から持って来たこだわりの一品だよ」
「何張り合ってるんだ」
「僕のこだわりのマグカップは、引っ越す時、割れました」
「テイ、何故それを今言った……?」
なんとなく、流れに乗るべきだと思ったけど、こだわりのマグカップが割れたのは事実だし…………取り敢えず言っておこうと思っただけです。
「でもうちの店コーヒーが主だからカップもコーヒー用じゃないとな」
「えっ!そうなんですか!?リゼ先輩のバイト先行ってみたかったのに……」
本気で残念そうだ。
「コーヒー苦手なんですか?」
「に、苦いのが嫌いなわけじゃないわよ!た、ただ……」
「ただ?」
「カフェインを摂りすぎると異常なテンションになるみたいなの。自分じゃよく分からないんだけど」
「コーヒー酔い!?」
そういう体質の人もいるんだ………
「ねぇ、あのカップおしゃれだよ!みんなどうかな?と思ったら高い!」
ココア姉が見ていたカップの値段は五万と書いてあった。
カップなのに凄く高い…………
「アンティーク物はそのくらいするわよ」
「あれ、これ……昔、的にして撃ち抜いたやつじゃん」
「「「「!?」」」」
リゼさんの言葉に、僕たちは驚く。
撃ち抜いたにも驚きだが、五万のカップを躊躇いも無く的代わりにするって………
そう言えば、リゼさんのお父さんって軍人って言ってたっけ。
チノとココア姉は二人でカップ見てるし、リゼさんはシャロさんと話をしてる。
暇だな………そうだ。
マグカップでも買おう。
お気に入りのは捨てちゃったし、この機会に新しいのを買おう。
そう考え、僕もカップを見始める。
う~ん、良いのが無いな…………
「テイさん、何を探してるんですか?」
マグカップを探してるとチノが近づいて来る。
「チノ。新しいマグカップを買おうと思ってたんだけど、いいのがなくて………」
「マグカップですか?………あ!アレなんかどうです?」
そう言ってチノが指を差したのは、白いマグカップで側面に兎のイラストの描かれた物だった。
あ、これいいかも………
直感的にそう感じ、手に取る。
取っ手を持つと、まるで昔からずっと使ってる様な感じで手にしっかりと張り付く感じがある。
これにしよう。
「チノ、このカップすごくいいよ。ありがとう」
「いえ、どういたしまして」
チノにお礼を言い、レジに持っていく。
「お客様、こちらの商品、こちらのマグカップとセットの物になりますが」
そう言って店員さんが同じ白いマグカップに今度は黒い兎のイラストが描かれたマグカップを出す。
セットか………流石にマグカップは二つもいらないし………別のにするかな…………
そう思った時、ふとチノの顔が思い浮かんだ。
そうだ、チノが選んでくれたんだし、お礼ってことでチノにプレゼントしよう。
「構いません。二つ貰います」
「はい。では、こちら1500円になります」
財布からお金を出し、商品を貰う。
「テイさん、マグカップは買えましたか?」
「うん。いいのが買えたよ。はい、チノ」
袋からもう片方のマグカップを出し、チノに差し出す。
「……これは?」
「あのマグカップ、セットの商品だったんだ。チノに上げる」
「え?そんなの、悪いですよ……」
「選んでくれたお礼。はい」
無理矢理渡すような感じでチノにマグカップを押し付ける。
「えっと………ありがとうございます」
チノはそう言い、マグカップを大切そうに受け取った。
後日
マグカップを見つめてにこにこしてるチノの姿をティッピーとタカヒロが目撃した。