ネオ・ボンゴレⅠ世も異世界から来るようですよ? 作:妖刀終焉
交渉はハーメルン側に優位に働いている。黒ウサギが確認したところ、今回のギフトゲームに何の不備もないことが発覚したのだ。勝利条件も参加者でありながら封印された白夜叉についても何も不当なことはなかったのだ。
この異議申し立ては魔王側にとって予想通り。そしてこの審判決議が彼女等にさらに有利な条件を整える材料となった。
必要条件を揃えた上で有利に進めていたゲームを不当に中断されたのだ。当然である。
「ここにいる人達が参加者側の主力と考えていいかしら?」
言葉を発したのは
軍服の男ヴェーザー、布の面積が少ない白装束を身に纏う女ラッテン、そしてツナが倒した巨兵シュトロム。
"ハーメルンの笛吹き男"の伝承で子ども達が亡くなった原因にはヴェーザー川で溺れ死んだ、嵐による土砂崩れにより死亡、そして当時、鼠が原因で起こった流行り病である
彼女のギフトが黒死病を発生させるものであれば早くて二日で発病してしまい、再開の日取りの最長である一ヶ月など待っていたら全滅は免れない。
「いや? 生憎もう一人は白夜叉が心配だっていうのと話し合いには向いていないっていう理由でここには来ていないぜ」
ペストの疑問に答えたのは十六夜であった。
「沢田綱吉……ね」
「へえ、そいつはどうだったんだ。マスター?」
「シュトロムが一撃で破壊されたわ」
ヴェーザーは「ほう」と感心したような顔を見せて、ラッテンは笑いながら指先で銀色の笛を回している。彼女の能力からして操り人形にでもしようと企んでいるのだろう。
「それなら提案しやすいわね。この場のメンバー全員……それと白夜叉が"グリムグリモワール・ハーメルン"の傘下に降るのであれば他のコミュニティは見逃してあげてもいいわ」
「あら? そのサワダって子はいいの、マスター?」
シュトロムを破壊した。それなら逸材としては申し分ないのではないかと疑問に思ったラッテン。ヴェーザーも特に何も言っていないが、内心ではそう思っているだろう。
「いらないわ、不要よ」
「そ、そう?」
ラッテンの意見をあっさりと却下するペスト。
黒死病の死の怨念すらも飲み込んで調和してしまったあの炎を彼女は嫌う。彼女は彼を見たことがないがあのオレンジ色の炎を知っていた。それは彼女を召喚しようとしていた者の禍根なのかもしれない。
ギフトゲーム名"The PIED PIPER of HAMELIN"
プレイヤー一覧、現時点で三九九九九九九外門・四〇〇〇〇〇〇・境界壁の舞台区画に存在する参加者・主催者の全コミュニティ("箱庭の貴族"(今回は黒ウサギのこと)を含む)。
プレイヤー側・ホスト指定ゲームマスター、太陽の運行者・星霊、白夜叉(現在非参戦のため、中断時の接触禁止)。
プレイヤー側・禁止事項、自決及び同士討ちによる討ち死に。休止期間中にゲームテリトリー(舞台区画)からの脱出を禁ず。休止期間の自由行動範囲は本祭本陣営より五百メートル四方に限る。
ホストマスター側勝利条件、全プレイヤーの屈服・及び殺害。八日後の時間制限を迎えると無条件勝利。
プレイヤー側勝利条件、一、ゲームマスターを打倒。二、偽りの伝承を砕き、真実の伝承を掲げよ。
休止期間、一週間を相互不可侵の時間として設ける。
宣誓、上記を尊重し、誇りと御旗とホストマスターの名の下、ギフトゲームを開催します。
"グリムグリモワール・ハーメルン"印
以上が改正の内容である。
一週間後にすべては決まる。
◆
交渉から二日が経過し、黒死病を発病した者が徐々に増えて来ている。発病した者や発病の疑いのある者は感染者を増やさないために施設に隔離する等の対応を取っているが、このペースで増え続ければ施設は足りなくなってしまうだろう。
昔は不治の病と言われた黒死病だが、現在では特効薬が開発されている。しかし、人数分の薬があるわけでもなく、ここがゲーム盤の上になってしまっている以上、外界から薬を仕入れることもできない。
ツナは現在、レティシアや耀と共に病人の看病を行っている。感染を避けるために直接の接触は避けているが、医療品の配達や食品の配給のようにできることは幾らでもある。
飛鳥はこの場にはいない。ラッテンとの戦いの際にジンや耀を逃すために囮になり、攫われてしまったからだ。向こうが新興のコミュニティ故に新しい人材を欲しがっていることから殺されることはまずないだろうがツナや耀は楽観視できなかった。
特に耀はあの場にいたのにまた守られてしまったと後悔している。
「ねえ、少し休んだら?」
「だ……大丈夫」
耀の様子がおかしい。彼女も十六夜や黒ウサギ程ではないにせよ体力がある方だ。なのにさっきから顔を真っ赤にしながら変な汗をかき、肩で息をしている。昨日はそうでもなかったが。
「……ちょっとごめん」
「な、何を」
ツナは自分の掌を彼女の額に当てる。
――酷い熱だ。
「レティシア!」
「分かった、すぐに部屋を用意する! すまないが主殿は耀を頼むぞ!」
ツナは頷き、レティシアは駆け出していった。
「大丈夫……だから」
「全然大丈夫じゃないでしょ。ホラ、横になって」
ツナは半ば無理矢理耀を寝かせることにした。
「私も……戦いたい。……皆の力になりたい」
確かに耀はまだ動けるが、ゲーム再開まで後5日もある。これから悪化していくことを考えると到底参加できるとは思えない。
「ダメだ、そんな状態で戦えないよ。病気を治すのが先だ」
ツナは頭が良い方ではないが、それくらいのことは容易に想像がついた。だから彼も譲らない。
「それでも戦いたい」
「ふざけるな!!」
ツナの一喝に耀は身体をビクリと震わせる。戦い以外でこのように大きな声を出すのは始めてみるかもしれない。
「何のために戦うと思ってるんだよ!」
「え――」
今の耀は嵐の守護者戦で何が何でも勝とうとしていた獄寺に良く似ていた。確かにまだ付き合いは浅いけれど、十六夜も飛鳥も耀も黒ウサギもジンもレティシアも、そして"ノーネーム"の子ども達もツナの大切な仲間だ。
「また皆で笑っていたのに、君が死んだら意味ないじゃないか!!」
ツナの真剣な顔に気圧されて耀は何も言えない。
「ごめん……なさい」
やっと彼女が搾り出した言葉は彼への謝罪の言葉だった。
◆
ゲーム再開前日になっても十六夜はゲーム攻略の目処が立っていない。
気晴らしにと彼は耀が休んでいる個室に来ていた。
『偽りの伝承を砕き、真実の伝承を掲げよ』。つまり偽りの伝承が描かれたステンドグラスを砕いて真実の伝承が描かれたステンドグラスを掲げる。ここまでは彼も辿り着いた。
"ハーメルンの笛吹き"は展示物を通してこの祭りに参加していたのだ。
問題は
「十六夜はどれが偽者だと思ってる?」
十六夜は「
「《ラッテン》、
発病にばらつきのある黒死病で一度に130人もの人間が死ぬなんてまずありえない。だからペストは"ハーメルンの笛吹き"ではない。
なら彼女を倒してしまえばいいのだが、それだともう一つの勝利条件とかぶってしまう。
「そういえばツナはどうしてるの?」
自分のことを諭してくれた彼が気になってさり気なく十六夜に尋ねてみた。でも十六夜は見抜いていたようで一瞬ニヤッと笑う。
「沢田か? あいつならそこら辺の手伝いと、白夜叉をどうにかして助けられないかを考えてるぜ」
「そういえばどうやって封印したんだろうね。夜叉を封印するような一文がハーメルンにあるのかな?」
「まさか。夜叉はどっちかっていや仏神側だ。それに白夜叉は正しい意味の夜叉じゃないらしい。本来持ってる白夜の星霊の力を封印するために仏門に下って霊格を落としてるんだと」
「本来の力?」
「ああ。なんでも白夜叉は太陽の主権を持っているらしい。太陽そのものの属性と、太陽の運行を司る使命を――――」
そこで急に十六夜の言葉が途切れる。手にしていた本を物凄いスピードで読み返すと、今度は顎に手を当てて数分黙り込む。
「そうか、これが白夜叉を封印したルールの正体か。なら連中は1284年のハーメルンじゃなく……ああ、くそ。完全に騙されたぜ」
独り呟いては納得していく十六夜。
「ナイスだ春日部。おかげで謎が解けた。あとは任せて枕高くして寝てな!」
「そう。頑張ってね」
耀はよく分からなかったが、あの様子だと十六夜は何かヒントを掴んだようだ。本当にどんな頭の構造をしているのだろうかと気になりながらベッドの中に潜り込む。
『あの小僧……本当に信用して大丈夫なんかなぁ、お嬢』
「大丈夫だよ。彼はああ見えて仲間想いみたいだし」
ツナが言っていたように、きっとまた皆で笑っていられるだろう。自分が今できることは病気を治すことだ。
「ナッツ、元気にしてるかな……」
『おじょぉぉぉおおおおおおおお!!? わしだって猫なのになんであのちびライオンばっかりぃぃぃいいいいい!!』
病気が治ったら思いっきりナッツと遊ぼうと思う耀と男泣きする三毛猫であったとさ。
◆
ついにあれから一週間。この夕暮れ時にまもなくゲームが開始される。
ここに集められたのは参加資格を持ち、かつ黒死病が発病していない者。僅か500名ほどで全体の一割にもならなかった。
ざわつく観衆の前に、やや緊張した面持ちのサンドラが毅然を装い声を張り上げる。
「今回のゲームの行動方針が決まりました。マンドラ兄様、お願いします」
傍に控えていたマンドラが読み上げたのは簡単に言うと、"サラマンドラ"とジンが率いる"ノーネーム"がペスト、ヴェーザー、ラッテンの相手をして、その他はステンドグラスを捜索し、指揮者の指示に従って破壊、もしくは保護するという内容であった。
その一方で、黒ウサギと十六夜はその様子を宮殿の上から見下ろしていた。
黒ウサギは後悔していた。
魔王に襲われ、もしくはコミュニティ存続を賭けたゲームに負けて、親を失い雛も全滅することなど箱庭ではざらだ。だから彼女がそれ以上に悔やんでいるのは十六夜達のこと。
以前白夜叉は飛鳥と耀に『魔王のゲームの前に、力をつけろ。お前達の力では――――魔王のゲームを生き残れない』と忠告をしていた。
黒ウサギはその忠告を軽んじた結果、飛鳥は敵に捕まり、耀は病に侵されてしまった。自分はその責任を取るべきだと。
「十六夜さんお願いがございます。聞いていただけますか?」
「聞くだけなら」
「魔王の相手はこの黒ウサギに任せていただけないでしょうか」
彼がどれほど魔王との対決を望んでいたかは知っている。その上で譲って欲しいと彼女は口にした。
「勝算は?」
「あります。いえ、たとえ無くても、相討ってでも」
「それ、あの底抜けの御人好しが聞いたらブチ切れるだろうぜ」
「え? ツナさ」
黒ウサギが喋ろうとしたのを唇を押さえて止めて、呆れたように笑う。
例え黒ウサギが犠牲にならずとも勝てる算段は充分ある。今回のゲームはタイムリミットつきだ。そして向こうの目的は人材の確保。であればタイムオーバーを狙って消極的な動きをせざるを得なくなる。
「黒ウサギ。まずサンドラと黒ウサギ、それとツナの三人で確実にペストを抑える。その間に俺とレティシアでラッテンとヴェーザーを倒す。主力だ集まったら黒ウサギの切り札でペストを倒す。――――これがまあ最善だな」
十六夜の具体的な作戦案に目を輝かせる黒ウサギ。
「ですが、十六夜さんはそれでいいのですか?」
「別に構わねえよ。魔王と戦う機会はまたある。帝釈天の眷属の力ってやつを今回は楽しませてもらうさ」
「YES! 帝釈天様によって月に導かれた"月の兎"の力。とくと御覧くださいまし。……ところで」
「?」
「ツナさんはどちらに? そろそろゲームが始まる頃ですが」
「トイレだってよ」
ニヤッと笑いながら答える十六夜。それを聞いた黒ウサギは思わず笑ってしまった。
凶悪化した元・魔王であるアルゴールや魔王であるペストを相手に一歩も引かなかった彼でも緊張をするのだと思って少し安心してしまったのだ。
彼女もまた彼の非凡な平凡さが少し分かって来たのかもしれない。
緊張するとトイレに行きたくなりますよね