ネオ・ボンゴレⅠ世も異世界から来るようですよ? 作:妖刀終焉
ペストが不敵に笑った直後に、すぐ後ろから大きな炎が迫ってくる。ペストの後方にサンドラが回り込んで放った出来る限り最高の炎。
それに対してペストは避ける動作も、防ぐ動作もない。何もしなかったのだ。
「かゆいわ」
「そ、そんな……」
ペストは炎が直撃した首筋を蚊にでも刺されたように掻いている。今の彼女にとってあの程度の攻撃に何かする必要などなかったのだ。
「さあ、まずは試運転させて貰おうかしら」
ペストが発生させた死を運ぶ黒い風に霧の炎が加わって形を成していく。
蝶だ。黒と藍色の斑模様が特徴の蝶々がペストの周りを飛びまわる。
「へえ、中々洒落てるじゃねえかよ、斑ロリ」
「随分と余裕ね。一匹一匹が死を運ぶ蝶だというのに」
十六夜が軽口を叩くと、ペストは周りの蝶を解き放った。ペストの元から解き放たれた蝶は一斉にこの場にいる仲間達へと襲い掛かる。
「へっ、しゃらくせえ!!」
十六夜は飛んで来た蝶、数匹を蹴り飛ばす。触れるだけで死をもたらす蝶でも十六夜の正体の分からないギフトであれば無効化は可能ではあるが、死ぬ気の炎までは無力化は出来ない。
「熱っつ!」
十六夜は炎の高熱により足の裏を負傷してしまうが、まだ動けるようだ。
大空の7属性の中では攻撃力の低い霧の炎であっても、密度を高めれば鉄を焼き切るくらいは可能である。特殊なギフトでもない限り迂闊に触れることすらままならない。
「死ぬ気の零地点突破・
残りの蝶もツナが死の恩恵ごと凍らせて砕け散った。
「やっぱり直接殴ったほうが速そうね」
「なっ!? グハッ」
蝶を凍らせた直後にペストの拳がツナの腹部に炸裂する。その細く小さな腕からは予想できないような破壊力のある一撃に、消耗しているツナは耐え切れず吹き飛ばされてしまった。
「ツナさん!!」
黒ウサギは己の耳のお陰でゲームの進行具合を理解している。
だから知っていた。ツナの吹き飛ばされた先には――
「受けとめなさい、ディーン」
「DEEEEEEeeeEEEEEEEN!!」
紅き鋼の巨人、ディーンを従えて帰ってきた久遠飛鳥がいると。
ツナはディーンの左手に受け止められてそれ以上吹き飛ばされずに済んだ。
「く……どう……?」
「ええ、そうよ」
彼女はラッテンに連れ去られた後、"ラッテンフェンガー"とのギフトゲームでディーンを入手。そして先程ラッテンと戦い、勝利したのだ。
「あれが魔王ペスト? 蝶々みたいな羽が生えているのね」
「ッ……ハァ……。あれはペストが修羅開匣した姿だ」
「修羅開匣って沢田が前に言ってたアレ?」
飛鳥の問いにツナはヘロヘロになりながら立ち上がって首を縦に振る。
「畜生、全然効いてねぇぞ!」
悪態をつきながら十六夜や黒ウサギ達も飛鳥のところまで退がってきた。元魔王のアルゴールを殴り飛ばした攻撃すら修羅開匣したペストにはまるで通用しない。もっと強力な一撃が必要だ。
前の方ではペストが更なる攻撃のために黒と藍色の混ざった巨大な陣風を起こそうとしている。この町全てを飲み込まんとする大きさだ。先程いった皆殺しというのを実行するつもりだろう。
「十六夜、頼みがある。お前のギフトであれを叩いて欲しい」
「あん? さっき見てただろ。俺じゃあまだ死ぬ気の炎は……」
打ち消せないと言い掛けた十六夜はツナの確信めいた目を見て口を止める。そして口を吊り上げた。
「おもしれぇ、何か考えでもありそうだな。黒ウサギ、後どんだけかかりそうだ?」
「もう少々お待ち下さい。あの炎のせいか発動が邪魔されてるみたいなんです」
これについては黒ウサギも計算外であった。とにかくあのペストの巨大な攻撃をどうにかしなければ全滅もありえる。
「さあ、死になさい」
巨大な陣風が解き放たれ、右腕と左足を負傷した十六夜を、消耗しきったツナを、ジャミングを押しのけようとしている黒ウサギを、冷や汗をかいているサンドラを、街の盾になろうとしている飛鳥とディーンを包み込まんと襲い掛かる。
十六夜とツナはそれに真正面からぶつかって行った。
「そらよっとぉ!!」
十六夜の残りの力全てを注ぎ込んだ渾身の一撃。ヴェーザーを倒した時程ではなくとも、死の風を払うには充分過ぎる威力があった。
「あら、死の恩恵が消えてしまったわ」
ペストが無表情でわざとらしく呟く。彼女にとってはこれくらい何も痛手ではない。 この密度の霧の炎であれば、この場にいる者全てを焼き殺す位は容易いからだ。
十六夜は殴りつけた直後にバックステップでツナの後方まで退避した。そして退がる瞬間にツナの額の炎が不規則にノッキングしているのを視認した。
(あの凍らせる技か? だがあの手の形は何だ……)
ツナは胸の前で両手の甲と掌の部分を向けて親指と人差し指で菱形つくるような構えを取り、霧の炎を受け止めた。
そう、死の恩恵という不純物がない今であればツナのあの奥義を使用することが出来る。
「炎が……小さくなっている……?」
誰かの呟きの通りだった。
ペストが解き放った巨大な霧の炎がツナの目の前で徐々に小さくなっている。
無論、ペストが力を緩めた訳でもなければ、炎が霧散した訳でもない。
炎がツナの手に吸い込まれているのだ。
「死ぬ気の零地点突破・改」
XANXUSとの戦いでツナが見出した自分自身の零の境地。死ぬ気の炎を凍らせて無力化するのではなく、吸収して更に自分の力に変えることでパワーアップする。
額や両手から吹き出る炎は標準時の倍以上になるまで上昇している。
「クッ、私の炎を利用するなんて」
ペストはまたもツナに余裕の表情を歪まされることになる。
「何処を見ている?」
「へ?」
ほとんど瞬間移動に近いスピードでツナはペストの真横へと移動し手刀を繰り出す。それに対してペストは反射的に腕を上げてガードをする。
そう、ペストは修羅開匣してから相手の攻撃に対して初めてガードをした。
「ツナさんが押し返しました!」
「ああ、だけどまたさっきみたいなのが来たらやべーかもな」
ツナの"死ぬ気の零地点突破・改"を知った以上、ペストはもっと工夫した攻撃をしてくる可能性がある。下手すれば住民達を盾に取られるかもしれない。
「心配ご無用! やっと準備が整いました。今から魔王とここにいる主力――――まとめて月にご案内しますよ」
黒ウサギの宣告と共に、景色が一転した。
◆
まず最初に皆の肌が感じ取った急激な気温の低下。地面はそこかしこにクレーターがあり、周囲には石碑のような白い彫像が乱立している。周囲は数多の星が輝いて、天には箱庭の世界が逆様になって浮かんでいた。
今、ツナ達はアポロ11号が初めて降り立ったとされる月にいる。
「チャ……"
「YES。このギフトこそ我々月の兎が招かれた神殿。帝釈天様と月神様から譲り受けた月界神殿でございます」
ギフトゲームの中でもかなり難易度の高いゲーム盤の移動。ペストが無意識に行っていた霧の炎によるジャミングで手間取っていたが、今ようやく成功した。
「そ、そんな!」
ペストは自身の力が急激に弱まっていることに気がつく。ハーメルンの街から離れてしまったことでフィールドからのブーストを受けられなくなってしまったのだ。
「そうだ。貴方さえ倒せば……」
ペストは黒ウサギに標的を変更し、死ぬ気の炎で強化された死の風巻き起こした。
「太陽に復讐を、ですか? ならこの輝きを乗り越えてごらんなさい」
黒ウサギがギフトカードを掲げると、太陽にも似た黄金の輝きが黒ウサギを包み込んで黄金の鎧となって死の風を消し去り、弱体化した炎を弾いた。
インドの叙事録『マハーバーラタ』の不死身の英雄カルナが着ていたとされる太陽の輝きを放つ強力な鎧だ。
寒冷期に猛威を振るった黒死病には効果適面のギフトと言える。
ペストは軍神、月神だけでなく太陽神まで操れる黒ウサギに驚愕した。
「今です! 飛鳥さん」
黒ウサギはツナと十六夜がペストの相手をしている間に、飛鳥にとあるギフトを渡していた。
こちらも黄金の鎧と同じくカルナが持っていたとされる"インドラの槍"。その破壊力故に、ギフトゲーム中に使用できるのは一回のみという制限があるものの、穿てば勝利をもたらす槍。
それを黒ウサギの合図で今、発動する。
「撃ちなさい、ディーン」
「DEEEEeeeeEEEEEEEEN!!!」
ディーンが撃ち出した黄金の槍は千の天雷を束ねてペストへと襲い掛かる。
ペストはこれは拙いと判断したのか、この場を離れようとする。
「なッ!?」
「一矢、報いてやったぞ」
ペストを炎の鎖が拘束する。それをやったのは歯牙にもかけないと侮っていたサンドラであった。弱体化している今なら、数瞬であればサンドラでも拘束する程度のことは出来る。
そしてそれだけの時間があれば充分だった。
太陽の槍はペストに突き刺さり、圧倒的な熱量で内側から焼かれていく。
「負・け・て・た・ま・る・かァァァアアアアアァァアアアア!!!!」
8千もの怨念と彼女自身の勝利への執念が彼女を突き動かしたのか、拘束を解かれた彼女はインドラの槍を押し返そうともがき出す。彼女の死ぬ気に羽根が呼応するかのように羽根が巨大化した。
「嘘、あれを押し返していると言うの……?」
飛鳥はインドラの槍の威力を十二分に発揮させていた。タイミングも完璧であった。しかし、死ぬ気というものはそういう計算の上を行ってしまう力だ。
「こんな……一本の槍如きで……まだ……」
「そう、一本じゃ貴女を倒すのは無理だったのね」
飛鳥は肩を落とした。
「――――じゃあ二本ならどうかしら? ディーン!」
飛鳥はディーンに横へずれろと命ずる。
巨体が横へ動けば、そこには後方へ柔の炎を放ち、もう片方の手に剛の炎を充填しているツナがいた。
ペストはここで自分が過ちを犯していたことに気がつく。ゲーム盤が移動したことで気が動転し、標的を黒ウサギに変えたことでツナを見失ったこと。あの時点でツナから目を離すべきではなかったのかもしれない。
「おいしいところをくれてやるのはちょっと癪だけど……決めなさい!」
飛鳥はダメ押しにと己のギフトでツナにブーストをかける。
インドラの槍を押し返すだけで精一杯のペストに避ける術などなかった。
「X BURNER
最大出力を超えたX BURNERの勢いがインドラの槍にプラスされ、ペストにより深く突き刺さり、ツナの大空の炎が全身を包み込んだ。
「そ……んな……」
皆が見上げる中、激しい雷光とオレンジ色の炎が月面を満たし、魔王と共に爆ぜた。
(か……身体が焼ける……。あ……つい……え? 違う……温か……い……?)
爆発の中、己の身体が消滅していく中で、ペストは身体を焼く痛みではなく、母親に包み込まれているような温かさを感じた。
(さわだ……つなよし。何て顔……してるのよ……)
消え行く中で見えた彼女を倒した少年の顔は、悲しそうな顔をしていた。
◆
ハーメルンとのゲームに勝利してから二日後、多くの人々が活気を取り戻して祝勝会が開催された。
つい先日まで黒死病に苦しんでいた耀も、病み上がりだというのに料理に釣られて布団から這い出てきた。 現在も病み上がりとは思えない勢いで出される料理をパクついている。
横では三毛猫がナッツにリベンジマッチを挑んでいた。
十六夜と飛鳥は用事があるらしく、何処かへ行ってしまった。
そんな中で、ツナは一人ブルーな気分だった。
「ツナ、これ美味しいよ?」
「へ? あ、ありがとう」
皆に声をかけられても上の空で心配されていた。
「どうしたの?」
ツナは少し悩んで、耀に打ち明ける事にした。
「……これで良かったのかなって思ってさ。ペストだって叶えたい願いがあって戦ってた。なのに……」
彼女だって悪意だけで戦ってたわけではない。そんな彼女の思いを潰してしまった良かったのか。ツナはずっと悩んでいたのだ。
「綱吉、それがギフトゲームというものだ」
「「白夜叉(さん)」」
「どうじゃ? やってるか?」
白夜叉は酒瓶を片手に二人の近くへ座る。貴賓席から降りてきて二人の様子を見に来たようだ。
「綱吉、お前は戦うのには少し優しすぎるのかもしれんな」
白夜叉は神妙な顔をして話す。きっとコップに酒を注いでなければもっと真剣に見えたことだろう。
そしてツナは、以前九代目にも同じような言葉を言われたことを思い出す。
「"コミュニティ"は皆、夢と目標を込めて旗を掲げる。負けてしまえば全てを奪われて何もかもを失う。今の"ノーネーム"だってそうじゃろう?」
「白夜叉さん」
「綱吉。優しいことは悪い事ではない。だが、その優しさは仲間達に向けるものだ。敵に情けをかけることが必ずしも正解ではないということを覚えておけ」
今回のギフトゲームは今までで一番シビアなものだったのかもしれないが、『打倒、魔王』を掲げる"ノーネーム"はきっと今回のようなシビアなゲームが増えていくことだろう。ここで立ち止まってはいけないのだ。
「さて、堅っ苦しいことは置いておいてツナの女性関係でも暴いてやろうかの」
「色々台無しだーーーー!!!」
ここに来た時に白夜叉がそんなことを言っていたことを思い出す。
「そういえばまだ聞いてなかった」
「何で春日部さんも乗り気なの!!?」
シリアスが持たない面子だったとさ。
◆
一週間が経過し、皆が"ノーネーム"の本拠地に帰って最初に始めたのは農地の復興であった。
新しい加入メンバーである地精メルンであれば土地の修復に目処が立つかと思っていたのだが。
「むり」
「そんなあっさり!?」
荒れ果てた農地を見て、メルンはばっさりと言い捨てた。
「ど、どうしても無理かしら?」
「むーり」
可愛い見た目と舌足らずな喋り方の割りに厳しい性格をしているようだ。
メルンの発言で"ノーネーム"の子ども達は肩を落とす。
「き、期待させるような真似してごめんなさい」
しょんぼりする飛鳥を黒ウサギと耀が励ます。
そんな中、十六夜は土を見て、あることを思いついた。
「おい、極チビ」
「ごくちび?」
「土壌の肥やしになるものがあったら、それを分解して土地を復活させることは出来るか?」
その言葉を聞き、少し考え込むメルン。
「……できる!」
「ホント!?」
「かも」
その言葉にやや右肩下がりにガクっと気が抜ける飛鳥だが、試してみる価値はあるらしい。
皆は早速肥料になりそうなものを集めだし、飛鳥はディーンを召喚して土地を耕し始める。
「あ、じゃあオレは貝殻とか拾ってくるよ」
以前どこかで貝殻を砕いて肥料にするような話を思い出したツナは海の方へと走っていった。
『綱よ……君……聞こ……かい』
「えっ?」
近いうちにツナの新技とかも考えておかないと