しゃるてぃあの冒険《完結》   作:ラゼ

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ギャグはあんまりありません。というか前回と前々回は少しやりすぎだと言われちゃいました……わらわ反省。


それぞれの道

「おひさーカジっちゃん。元気してた?」

「クレマンティーヌ!? 貴様……いや、何も言うまい。体は大丈夫か?」

「は? なに言ってんの?」

「…いや、いい。お前がそれでいいなら、きっとその方がいいんだろうよ」

「…?」

 

 ここはエ・ランテルの墓地の一角。およそ人が住むような場所ではなく、死の気配がそこかしこに満ちた陰鬱な場所である。定期的に冒険者がアンデッドの駆除をする以外はあまり人が寄り付かず、それ故に隠れて何かをおこそうとするにはうってつけだろう。

 

 つまり彼――カジット・デイル・バダンテールがここを拠点にしているのは、人にはとても言えない悍ましい計画を実行しようとしているからに他ならない。それは自身が持つマジックアイテム『死の宝珠』に負のエネルギーを溜め、永遠を生きるエルダーリッチへと生まれ変わる恐ろしい計画だ。

 進んで化物になりたければ放っておけばいいじゃないか、とも思うかもしれない。しかしそのような奇跡の御業を行うに何の代価も無しとはいかないだろう。死の宝珠に負のエネルギーを溜める……それはすなわち、人に関するあらゆる不幸が必要ということだ。

 

 短絡的に言えば、人の死などがそれに当たるだろうか。その他にも嘆き、悲しみ、恐怖、怒り、人のありとあらゆる負の感情が死の宝珠の糧となる。そしてそのような行為を陽の当たる場所で堂々と行えるわけもなく、カジットは地に臥し陰に潜み粛々と行為に及んでいるのだ。

 

 それは偏に死した母親を生き返らせるためであり、人が生きられる短い人生ではとてものこと蘇生魔法の極みになど達せないと、そうカジットが判断したからである。エルダーリッチになった暁にはその永遠の時を研究に注ぎ込み、最愛の母親を取り戻す。それ以外のことは彼にとって些事でしかない。

 

 ズーラーノーンへ所属しているのも、クレマンティーヌと利用し合う関係になっているのも、法国を出て信仰を捨てたことも、全てはどうでもいいこと。母親さえ戻れば全てを取り戻し幸せの絶頂に再び帰る事ができると、そう思うことに彼はなにも疑問を抱かない。

 

 敬虔な信者であった母親がそのような悪魔の所業を聞いてどう思うかも、法国の人間故に人以外を忌避――エルダーリッチなど以ての外だろう――するだろうことも、そもそもどのような研究をしたとしても死体すらない母親を生き返らせることができるのかという疑問さえ、彼は覚えていない。

 

 『死の宝珠』 それは負を溜め込み、負を撒き散らす呪われた秘宝。本人の実力以上の力を持ち主に与えるマジックアイテムである。しかし実力が足りなければ精神は汚染され、思考を操られる――とまではいかないが、ある程度の誘導程度なら難なく実行できる『思考するマジックアイテム』なのだ。

 カジットの母親への愛情は真摯なものであり、生き返らせたいと思うこと自体は何ものにも代えがたい純粋で真っ当な願いだった筈だ。しかし、尋常ではない数の犠牲者を出してまで彼がそれを実行に移すかといえば、それは否定せざるを得ないだろう。

 

 彼は優秀で、そして常識と優しさも普通程度には持っていた。それが歪められたのは、この宝珠の存在によるものだ。母親を蘇生する上で邪魔だった倫理観や罪悪感などは捻じ曲げられ、母親さえ戻ればその他はどうでもよくなった。全てはこの宝珠の策略だ。カジットの母親を想う気持ちを利用し、世界に負のエネルギーをばら撒きたいという自身の存在理由を全うせんがために、宝珠はカジットを歪めたのだ。

 

 宝珠の野望は、この城塞都市エ・ランテルを死で埋め尽くす筈だった。そう、筈だったのだ。宝珠を超える厄災がこの街に来なければ。

 

「王国戦士長の慰み者にされたからといって、儂は貴様に同情もしなければ憐憫も向けん。何よりお前がそれを望むまい。さっさと計画を進めるぞ、クレマンティーヌ」

「はあ!? ……はあぁ!?」

「巷で噂になっておった。王国戦士長の乱行と、それを助けたシャルティア・ブラッドフォールンなる女の噂がな。被害者の名前こそ秘匿されておったが、ズーラーノーンの情報網に隙は無い。人の口に戸は立てられぬということだろうよ」

「おっ……ばっ……どぅっ…――」

 

 それはさておき、カジットは急に消息を絶ったクレマンティーヌの行方を追っていた。クレマンティーヌの存在そのものはどうでもいいとはいえ、彼女の持つ法国の秘宝はカジットの計画を大幅に短縮できる魅力的なアイテムだ。『叡者の額冠』と、あらゆるアイテムを使うことが出来るタレントの持ち主『ンフィーレア・バレアレ』の二つ。それさえあれば、さらに数年はかかる筈だった彼の計画は明日にでも実行できる。

 

 その計画の騒ぎに乗じてクレマンティーヌは法国の追っ手を撒くことができるし、カジットは長年夢に見たエルダーリッチへと転生できる。利用し利用される関係とはいえ、どちらにとっても損はない――貧乏くじは街の住人が一身に背負う――故に、カジットにとって彼女の存在は必須であった。

 

 しかしいざ探してみれば、彼女の存在はまさに忽然と消えていた。どのような魔法を用いても痕跡は追えず、いきなり街から消えたようにしか思えない。そして情報を追っていく内にカジットは一つの事実に突き当たる。

 

 『王国戦士長が強姦に及び、しかも通りすがりの女性に気絶させられた』『被害者の名前はクレマンティーヌ』『多数の死体が消失した』『幽霊だ』『いや、吸血鬼だ』

 

 などと全く真実には思えない憶測が飛び交っていたのだが、カジットには少しだけ心当たりがあった。王国戦士長が事に及んだ日の夜、カジットは多数の死体からゾンビを作成していたのだ。それは本当に偶然、陰鬱な墓地の空気にうんざりし、気分転換にたまたま出歩いていた夜のことだ。深夜故に人気がほぼない街を散策し、綺麗な空気を肺いっぱいに取り込んでいた時のこと。

 

 墓地とは違う新鮮な空気を堪能していたというのに、急に鼻腔をくすぐってきた血の匂い。見ればそこかしこに横たわる凄惨な躯達。よくよく見てみれば法国の匂いを感じる者達で、つまりはクレマンティーヌを追ってきた聖典の者だとカジットはすぐに察することができた。

 

 もうすぐ計画を発動する時期だというのに、いったい何をしてくれているんだと憤ったカジット。計画まではあまり騒ぎにしたくないと、わざわざ死体を全てアンデッドに変え、人目を避けながら墓地へと帰ったのだ。

 

 時系列に並べると、まずはクレマンティーヌが追っ手を惨殺しガゼフがそれを発見。戦闘に発展した後シャルティアが乱入し、クレマンティーヌが連れ去られる。通報者が倒れているガゼフを発見して兵士の駐屯所へと向かい、その道すがら散乱する死体を発見。そして兵士へ説明している間にたまたま現場へカジットが通りがかり、死体をアンデッドに変えて墓地へ帰る。最終的に兵士達がこの場所へ着いた時にはガゼフのみだったという寸法だ。

 

 偶然が生み出した奇跡のタイミング。死体とガゼフはそこまで離れてはいなかったが、カジットが死者の気配を感知する魔法を使用したため発見されなかったことが幸いしたのだろう。この世界で一般人がころころ通信の魔法等使えるわけもなく、駐屯所が少し離れていたのもまた偶然。カジットにとって幸いなのか戦士長にとって幸いだったのかは不明だが、とにかく彼等の運命はすれ違った。

 

 カジットは噂を聞いて、精査し、そして自身の心当たりからもそれを真実とみなした。おそらく心に傷を負ったクレマンティーヌは、どこぞに閉じこもってしまったのだろう。そのシャルティア・ブラッドフォールンとやらが戦士長を凌ぐ強者だというのなら、そして傷心のクレマンティーヌに協力しているのならこちらが足取りを掴めないのも納得がいく。

 

 しかし、彼女は帰ってきたのだ。約束を全うするために。きっと心の傷も癒えないままに。だからこそ、カジットは彼女に根掘り葉掘り尋ねるほど無粋な真似はしなかった。素知らぬ顔をして、なんでもないような顔をして計画を進める事こそが、彼女にとって一番なのだろうと考えて。

 

 ああ、酷い勘違いである。クレマンティーヌが奇怪な言葉を発しながらも絶句するという妙技を披露しているのも解るというものだ。

 

「かはっ、カジッちゃんっ、それっ! どういうことだコラァァァ!!」

「どうしたもこうしたも、そういうことだろう」

「あんなハゲに私が犯されるわけないっしょ!? 英雄級の実力者たる、この私が!」

「…うむ。そうだな。ああ、よく考えればお前がオトナシクサレルガママニナッテイルワケモナイ。ワシハシンジルゾ」

「後半棒読みなんだよハゲ! 殺すぞ!」

「儂はハゲてなどいない、訂正しろクレマンティーヌ」

「えっ、ああ、うん…」

 

 そう、彼は確かにハゲてはいない、剃っているのだ。神など役にたたぬと気付いたから。だから髪を切り捨てたのだ。その覚悟はまさに慙愧と怨唆に塗れた常軌を逸する執念。故にその片鱗を感じ取ったクレマンティーヌは少し引いた。というかハゲと言われた瞬間、表情の一切が抜け落ちたカジットにドン引きした。

 

「さて、とにかく戻ってきたのなら問題はない。手筈通りンフィーレア・バレアレを手中に収め…」

「あー、それパス。もう計画に加担する必要もなくなったしねー」

「なに? どういうことだ」

「んー……まあ、こういうこと」

 

 クレマンティーヌがそう言うか言わないかのところで、墓地からアジトへと続く階段から一人の少女が降りてくる。巷で噂の正義の美少女、シャルティア・ブラッドフォールンその人である。優雅に歩きながら物珍し気に周囲を観察しているのは、自身が身を置いていた場所も墳墓だからなのかもしれない。とはいえそうであっても、規模が違い過ぎて苦笑するしかないのは間違いないだろうが。

 

「ふむ、中々悪くない趣味をしているではありんせんか。とは言ってもわらわが住もうなどとはさらさら思いんせんけど」

「…何者だ」

「誰かを問うならまずは自分で名乗りなんし。人間如きがわらわを前にその態度、不遜が過ぎるでありんすぇ」

 

 おきまりの文句で見栄を切るシャルティア。心底思っているわけではないものの、やはりそうあれかしと定められたものだけに取り敢えずは言っておかなくてはいけないのだ。お約束というやつである。

 

「…クレマンティーヌよ。いったい――」

「さっさと名乗らないと殺されちゃうよ? 元同僚のよしみで忠告してあげてんだから、素直に聞いとけばー?」

 

 嘲笑ともつかぬクレマンティーヌの忠告に、しかしカジットは嘘を感じられなかった。いや、嘘を感じないというよりは、忠告の無視は死体が一つ出来上がる事と同義である――そう目が語っている。それも自身がやるのではなく、少女がそれを為すことを疑っていない。

 

 彼女の言葉通り、元同僚――つまり裏組織『ズーラーノーン』の幹部、十二高弟に相応しい実力をカジットが有していると知ってもなお、だ。

 

「…カジット・デイル・バダンテールだ」

「ほう、素直でよろしいでありんす。後数秒遅ければぬしの首がそこに転がっていんした」

「……」

「ま、どっちにしても変わんないかもだけどね」

「クレマンティーヌ、貴様…」

 

 カジットは考える。目の前の少女がカジットを遥かに超える実力者だとして、今ここに来た意味を。まさかクレマンティーヌを送ってきたという可愛い理由などではないだろう。恐らく戦士長を下したシャルティア・ブラッドフォールンと名乗った人物に違いないと推測し、そしてそれがクレマンティーヌを伴いアジトへやってきた経緯を考える。

 

 噂通りの正義の人物であれば、ここまで厭らしい笑みを浮かべることができようか。それにクレマンティーヌが従っているような気配も鑑みると、計画を乗っ取りにやってきたか、それとも潰しにきたか。いずれにしても碌な理由ではないだろうとカジットは考える。つまりはクレマンティーヌの明確な裏切りだ。カジットは声を荒げ非難しようとするが、所詮は利用し利用される関係だったことを思い出して、詮無い事かと口を閉じた。

 

「…儂を殺すつもりか」

「くふ、それがご希望とあらばわらわが介錯して差し上げんしょう。無様に命乞いをするならそれに相応しい結末を。けれど、ぬしにはもう一つだけ選択肢がありんす」

「なに?」

「わー、よかったねーカジっちゃん。パチパチ」

「っ、何を白々しい…」

 

 彼は生を諦めない。どのような状況になろうとも只管に足掻き、泥を啜り地を這い蹲っても『生きる』覚悟がある。それは妄執に憑りつかれた怨念のような想いではあるが、人間としての本能でもある。

 ここにきてようやくカジットにも解ったのだ。死人を操り、死人を創るネクロマンサーたる自分の眼に間違いがなければ、目の前の少女は吸血鬼に相違ない。いや、クレマンティーヌが従っているであろうことを考慮すれば、伝説に聞く吸血鬼の王ということすらあり得ると。

 

 逃げの目は残っているのか、戦闘になれば勝てるのか。吸血鬼とはいえ、死の宝珠を持つ自分ならば支配することも可能ではないのか。あらゆる考えを取捨選択しつつ、カジットは油断なく二人を見つめる。とにかく、そのもう一つの選択肢とやらを聞くべきだろうと。

 

「とにかく『網』と『手』と、それに『足』が保険としても必要でありんすの。あの小娘の掌に乗ったままでは、風向きが変わろうものなら簡単に裏切るでありんしょう。けれどわらわに知識が足らぬのも事実。まったく、本当に難儀なことでありんすぇ」

「何のことだ」

「あら失礼。考えることが多くてつい独り言ちてしまいんした。これ以上は蛇足でありんすね……くふ、先程は選択肢を提示しんしたが、実のところ結果はもう決まっていんす。安心しなんし、下級よりは上等にしてあげんしょう。それにぬしはきっと許してくれるでありんす。だって、大切な大切な、主さまがやったことだもの」

「ぐっ…! なっ――!?」

 

 化物の中の化物で、吸血鬼の最上位たる真祖。その牙は何人たりとも抗えぬ絶望の象徴。化物の中の化物で、可憐で冷徹なシャルティア・ブラッドフォールン。その強さは何人たりとも寄せ付けぬ守護者の象徴。彼女に沙汰を下されたなら、それは地獄の沙汰よりなお重い。

 

 紅い眼と、鋭い牙。体温を失い、体の重さすら消えてゆくカジットが最後に思考できたのは、そのたった二つだけだった。

 暗い暗い墓地の中、生者が住むには冥すぎる。故に生を失い、死を得たのは此処では正常。とてもとても長い道の果てに辿り着く筈だった、人間の成れの果て。

 

 結果はそれより上等で、けれど彼にとっては最低で。それでも実は最良で、行く先は元より地獄の果てだった筈だから、彼にとっては上々だろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――ああ、やっと手に入れたポーション、使えなかったな。

 

 死の淵に立ち、もはや体も動かせぬ彼女はそんなことを考えていた。痛みは体の不調をしらせる大事なサインだというけれど、既にそれを感じない彼女の体は、もう終わりを迎えているのだろう。下級の冒険者なりに頑張って、少しは階級も上がって、それでも無理をしないと買えなかった大事なポーション。どのみち時間と共に劣化するのだから、惜しむことなど愚かとしか言いようがない。

 それでも自分の努力の結晶だからと、ほんの一瞬躊躇した。たとえ使ったとしても運命に変わりは無いことなど、彼女には痛いほど理解できている。そもそも躊躇せず使おうと考えていたとしても、取り出せていたかさえ疑問だ。

 

 それほどに速く、それほどに正確な斬撃だった。所詮は低位の冒険者である彼女に、それがどこまでの領域に達しているかなど解る筈もない。理解できたのはこの臨時的なパーティが間違いなく壊滅するだろうということと、それでも自分の命が全くの無駄ではなかったというほんの少しだけの安堵だ。

 

 悪名高い野盗の集団にここまでの手練れがいることなど想像の埒外ではあったが、彼等の脅威は後ろに控えていた者に充分伝わっただろう。彼が逃げ切り、街に伝われば冒険者として最低限の役目は果たせたことになる。あとは更に高位の冒険者が編成され、野盗の群れなど鎧袖一触とばかりに駆逐される筈だ。

 

 基本的には自分だけが良ければそれでいいという典型的な冒険者の彼女だが、命が残り僅かともなればそんな殊勝な考えが過っていくのかもしれない。

 

「はっはは! あー良いカモだぜまったく。装備はありがたく頂戴するからよ、アンデッドに化けて出てくるなよ? 雑魚の癖にポーションなんぞ持ち歩いてさぞかし頑張ったんだろうが、これも世の常ってやつだ」

「しっかしそろそろここらを離れねえとヤバいんじゃねえか? ブレインさんがいなけりゃ相当マズかったぜ」

「確かになあ。まあ潮時だったし、今度は帝国の方でもいってみるかあ?」

「ま、お頭とブレインさん次第だろうよ。つーかどっちにしても帝国はねーだろ。クソみてーな王国あってこそ、俺達の商売が捗るってもんだぜ」

「まあな。しかしこの女、勿体なかったなあ…」

「ああ? 女ならアジトにいるじゃねえか。何を好き好んでこんなの欲しがってんだ」

「ほれ、勝気な女冒険者を屈服させるシチュエーションとか燃えるじゃねえか」

「同意を求めるな、同意を」

「ははっ、違えねえ」

 

 『死を撒く剣団』 それはリ・エスティーゼ王国で主に活動する傭兵団の名称である。とはいえそれは戦時における場合のみであり、普段は野盗の真似事をしている――というより野盗そのものである。強盗、殺人、人身売買など何でもござれの俗物集団だ。

 しかしその数は70前後と、一般的な野盗を物差しに考えればかなりの大所帯である。さらに戦時は傭兵をしているだけはあり、食い詰めた農民などが止むを得ず野盗になった場合などと比較すれば、その実力には大きな隔たりがある。

 

 まあそんなことをしていれば、性質の悪いならず者集団を討伐してほしいと冒険者ギルドに依頼が入るのもまた当然の事だったのだろう。しかし冒険者達にとって想定外だったのは、『死を撒く剣団』に用心棒がいたことだろう。そもそもいくら戦時は傭兵をしているとはいえ、所詮は冒険者で成り上がることすらできなかった者達だ。

 

 本当に実力があるならば冒険者になった方が遥かに稼げるのは常識であり、冒険者の気風が合わなかったとしてもワーカーという選択肢がある。故に、中位の冒険者達がチームを組んで討伐に向かったならば、そうそう後れをとることなどありはしないのだ。

 

 だから、彼等は単に運が悪かっただけなのだろう。まさか王国戦士長と対等に戦えるような――冒険者のランクに換算するならば、最高位のアダマンタイトを冠するような存在が『死を撒く剣団』に居たのは。

 

「ったく、腕試しにもなりゃしねえ…」

「あ、ブレインさん。お疲れさまです」

「おいおい、こんなんじゃ疲れもしねえよ。もうちっと歯ごたえのある敵でも用意してくれねえか?」

「はは、無茶言わないでください。ブレインさんが手こずるような化物が出たら、俺達生きてらんねえっすよ」

 

 表面上は和やかだ。それが冒険者の屍の傍での会話でなければ、ではあるが。愛用の刀を手に不満を漏らしているのは、『ブレイン・アングラウス』 かつて王国戦士長と互角の戦いを演じた、この世界でも有数の強者だ。間違ってもこんなところで用心棒などしている器ではない。

 それが何故こんなことをしているかと言えば、単なる武者修業のためである。かつてガゼフに僅差で負けたブレインは、その悔しさをバネに厳しい修練を課し、それと同時に己に相応しい装備も収集した。オリジナルの武技を開発し、ついにはガゼフすら超えたと確信に至った彼は、ちょっとした腕試しも兼ねてこのような行為に勤しんでいるというわけだ。

 

 強さを追い求めるといえば聞こえはいいが、控えめに言っても下種な行為だということにかわりはないだろう。彼自身は傭兵団の犯罪行為に興味を示さず、女を犯しもしなければ強盗を手伝ったこともない。しかしその畜生にも劣る行為を黙認し、あまつさえ討伐に訪れた冒険者を殺害しているのだ。弁解の余地があるとは言えないだろう。

 

「さて、じゃあ後始末をして帰る――ん?」

「どうした……っておいおい、今日は豊作じゃねえか」

 

 彼等が居たのは道から少し外れた場所だ。程々に目立ちにくく、一見しては死体の存在には気付かないだろう。そんな場所から遠目に見えた、10人には満たない集団。遠目にも装備の質は良く、普段の彼等ならば伏して通り過ぎるのを待つしかなかった筈だ。しかし彼等を調子に乗せたのは、乗らせてしまったのは、やはり英雄の領域に足を突っ込んだ『ブレイン・アングラウス』という存在だ。彼ならばたとえオリハルコンの冒険者チームすら相手取り、下すことも可能だろう。それはブレインの腕試しという目的にも合致しており、彼等は手に入るであろう良質な装備にどれだけの値がつくかを皮算用していた。

 

「――ありゃ強えな」

「でもブレインさんなら楽勝でしょ?」

「……」

 

 強者は強者を知る。強さを量る技能とは別に、強者には何かしらの『凄味』というものがある。雰囲気や表情、極端な話装備が凄ければ強く見えたりもするが、それでも遠目に見て感じた程度ですら彼等は強者だとブレインは直感した。

 

 故に、少し躊躇する。数とは力なのだ。彼等が一人であったならば嬉々として襲撃をしただろうが、ブレインをして殆どが強者であると感じる人間が10名前後。腕試しで死んでは話にならず、そもそもブレインは個人の実力に固執しているのだ。彼等の内の一人と戦い、負けて殺されるならまだ納得はできるだろう。しかし数におされて、質では勝っていたのにもかかわらず命を落とすのはいくらなんでも避けたい。

 

「じゃ、俺等が引きつけますんでブレインさんは後ろに回り込んでください」

「なっ、おい待て!」

 

 自分達では敵わない冒険者から装備を剥ぎ取り、死体を屈辱に塗れさせた。その事実が彼等の気を大きくさせていたのかもしれない。自身の実力が変わった訳でもないのに愚かな事ではあるが、それが人間という種族の悪い癖でもあるのだろう。往々にしてこういったことはよくあるものだ。

 

 しかし、今は間が悪いとしか言えない。とはいえ、そもそも彼等は既に随分離れた所から感知されていたし、行かずとも向こうから来たのは間違いないのだが――

 

「おっとそこでストップだ、兄さん方」

「へへ、悪いな。運が悪かったと思って諦めてくれや」

「……ふむ。道から外れたところで何をしているかと思えば、本当に愚かしい。いや、これが王国を象徴しているとも言えるか…」

「隊長、どうします?」

 

 死を撒く剣団の団員に止められ、歩みを止める集団。その表情からは何の焦りも窺えず、まるで日常の一コマであると言わんばかりの平静さだ。それどころか、逆に質問をし返す余裕すら見せている。

 

「一応何か知っていないとも限らない……が、さて。お前達、この辺りで何か不審なものを見なかったか? あるいは何かの破壊の跡や、それに準ずるものを」

「おいおい、状況解ってんのか? ……まあ俺等は優しいから答えてやるよ。不審な人物ってなあ――」

「俺達の事だよなあ? はっはは!」

「違えねえ! ぎゃははは――あ?」

 

 会話を引き延ばしつつ、ブレインが後ろに回るまでの足止めを敢行する。たとえ強い冒険者集団だとしてもブレインが駆逐するまでの間は数を頼りに逃がさず、そして防御に徹すればなんとかなるだろう――そんな浅い考えは、彼等の命で支払う羽目になった。

 

「あ? え?」

「時間の無駄だったな。過去の罪は、その命で贖え」

 

 足止めされた集団の内、数人が動いた。ただそれだけだ。それだけで、彼等の前方に雁首を揃えていた20人程の盗賊はその首を落とされ、あるいは急所を突かれ、頭が消し飛びと惨憺たる有様になってしまった。死を撒く剣団を相手にした冒険者は不運であったが、彼等のそれは因果応報。

 

 ここでこの集団に――『漆黒聖典』に喧嘩を売ってしまったのが運の尽き。彼等は人類を守護する者達であるが、それを為すための障害に容赦はしない。たとえそれが無辜の民であったとしても、だ。

 

「…あと一人。隊長、別格です」

「なに?」

「二人以上であたるか、もしくは隊長に出ていただいた方がよろしいかと」

「ふむ…」

 

 死を撒く剣団の団員が動き始めた中、ブレインが何をしていたかというと――実のところ、一切動いていなかった。所詮は雇われ用心棒。馬鹿の尻拭いで自分の命を危険に晒すことなどありえない。彼等の強さを量りつつ、通り過ぎるのを待とうと伏せていたわけだ。

 

 しかし法国が誇る『漆黒聖典』のメンバーは多岐にわたる能力を保持しており、感知に特化した者も当然ながら在籍している。ブレインの存在など初めから気付いており、そして実力の程も今この瞬間に看破された。

 

「ちっ、どうしたもんか…」

「貴方も彼等の関係者ですか?」

「…まあ関係ないとは言えねえな」

「こちらを害する意思は?」

「…? いや、無いが」

「そうですか。それともう一つ質問させていただきたいのですが、この辺りで何かおかしなものを見かけませんでしたか? どんな些細なことでも結構です」

「…それも無いな」

 

 彼等は人類の守護を目的とし、動いている。故に強者には一定の敬意をはらい、そしてなるべく死んでほしくはないのだ。いずれやってくる亜人の脅威を考えれば、強者はいくら居ても足りないだろう。人類が保有する戦力は貴重で、限りがあるのだ。量よりも質が左右される世界であるが故に、こういった判断がなされているわけだ。

 

「ああ、あと最後の質問です」

「…なんだ?」

 

 そしてその強者はできる限り、法国が所有したい。ある程度の餌をぶらさげてでも――抜けた第9席の穴を埋める意味でも。

 

「――もっと強くなりたいと思ったことは、ありますか?」

 




破滅の竜王が見つからない。つらたん。とりま周辺で聞き込み→第9席次、ゲットだぜ!

あ、あと別にブレインが漆黒聖典二人分というわけではありません。二人ならばよほどの想定外が起きてもまず勝てると踏んだだけです。むしろ漆黒聖典の中だと下の方になるのかな?

次の話のネタばれをするのはあれなんですが、ブリちゃん死んでないから安心してね。

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