しゃるてぃあの冒険《完結》   作:ラゼ

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なんか上手いこと書けなくて、面白いかどうか解りません。すまぬ。


色々

 帝都の皇城、謁見の間。騎士が侍り、皇帝が玉座に座って謁見者を睥睨する。主席魔法使いは興味津々といったふうに、皇帝の前にもかかわらず礼を一切尽くさない客人を見つめていた。当然皇帝の側近がその無礼を咎めようとするも、皇帝自らの手によってそれを制される。

 

「よく来た、シャルティア・ブラッドフォールン。それとクレマンティーヌよ。なにぶん忙しいものでな、こちらから闘技場に出向くつもりではあったのだが結局このように招待する形になってしまった」

「確かに無礼もいいところでありんすが……わらわの寛大な心でもって許してあげんしょう」

 

 その言葉が謁見の間に響いた瞬間騎士たちは殺気立ち、傍付きの者達は我が耳を疑った。帝国の皇帝という、世界単位で見ても最高クラスの権力者に対して何たる不遜な態度であろうかと。闘技場で活躍している『その程度』でここまで傲慢になれる者などそうはいない。それこそ常軌を逸した狂人か、物の道理も解らぬ愚者でしかあり得ないような対応だ。その態度に皇帝がどう出るか――視線が集まる。

 

「それはそれは。何ともありがたいことだ……ところで参考までに聞きたいのだが、シャルティア殿はどこから来られたのかな? つい先日王都で――」

「回りくどい事は嫌いでありんすの。一言しか言いんせん、よく聞きなんし。『風向きは彼女が決めます。私は手綱を持たぬ御者のようなもの。私の望みは貴方も知っていることでしょう』…でありんすぇ。正直よく解りんせんが、どうするでありんすか?」

「…ふむ。それは『金言』ということだろうか」

「然り、でありんす」

 

 皇帝は言葉の意味を考える。いや、考えずとも意味自体は理解しているが――言わせた意味のほうだ。『金言』……そのままの意味ではなく黄金姫の言葉ということ、そして目の前の少女がその手の者だということは理解できた。少女があまりにも強く、少女の意思で全てが決まり、完全に制御出来ずとも黄金が指示を出せる関係性だということも理解した。それに黄金姫の望みは言うまでもなく理解している。

 

 だからこそ、皇帝には理解し難かった。たとえどのような化物であろうと帝国が総力を挙げれば対処できない筈もなく、それこそ主席魔法使いと四騎士が組めばどんな難敵でも問題はないだろう。しかし黄金姫の言葉は、こう語っているのだ。

 

『その少女の強さは見ての通り。お前はもう詰みかけている。回避したくば私の望みを叶えろ』と。

 

 不可解なのは少女の強さについての言及だ。闘技場での活躍は確かに素晴らしいものはあれど、国を脅せる程の脅威だと言うには少々語る言葉が少ないのではないだろうか。にもかかわらず、彼女については『言うまでもない』といった意図を感じる。その齟齬の部分はいったいなんだろうと考え――横の主席魔法使いを見て皇帝はふと気が付いた。

 

 フールーダが持つタレント。国の主席魔法使いともなればある程度情報は出回っているし、そのタレントについても知られてはいるだろう。魔力の多寡で位階を判別するタレントは珍しいが、居ない訳ではない。しかし、その詳細を黄金姫が勘違いしている可能性がある。冒険者や戦う者でもない姫にとって、そのタレントの詳細を詳しく知っているかという疑問だ。

 

 つまり。シャルティア・ブラッドフォールンが謁見する際にはフールーダ・パラダインが同席するのは間違いないと判断し、彼の位階の判別結果こそが『言うまでもない』という結果をもたらすだろう、と姫が考えた可能性。

 

 実際にはこの類のタレントは魔力系のマジックキャスターのみを判別するものであり、信仰系のそれには一切反応しない。フールーダの反応を見ればシャルティア・ブラッドフォールンが後者であることは間違いないだろう。

 

 皇帝は考える。だとすればこの少女の強さは――

 

「…ふむ、あい解った。了承したと伝えてくれ」

「ほう、今ので解ったでありんすか……ぬしもあの女と同じ類でありんすかぇ?」

「まさか、よしてくれ。あれと同列にされてはかなわん」

 

 未知数。故に保留と、そして意味の無い了承の言葉だけを皇帝は返した。別にここで了承しようが彼にとって大した意味はないのだ。たとえそれを反故にしたところで咎める者は相手のみ。そもそも条約を取り交わしてすらいない口約束に信などある筈もなく、相手もそれは承知の上だということにも疑問の余地はない。

 

 帝国の皇帝が一も二もなく頷くだろうと、黄金姫が予測した――もしくはそう思わせるためだけの策略の線もある――のなら、つまりはそういうことなのだろう。その位階は8か9か、それとも上限か。取り敢えずはそういうことにしておいて、後々その実力を確かめていけば真実も知れる。実際に黄金姫の言う通りなのだとしても、彼女に愛国心など無いことは皇帝もよく知っているのだ。やりようはいくらでもあると彼は考えた。

 

「さて、ではシャルティア・ブラッドフォールン殿。君の望みを聞こう」

 

 そして言葉の裏に含まれた『目の前の少女の願い事を聞け』という部分も、彼はしっかりと読み取っていた。『手綱を持たぬ御者』とは言い得て妙だが、言ってみれば単なる利用しあう関係でしかないということを仄めかしているだけだ。シャルティア・ブラッドフォールンにはまた別の思惑があり、帝国での行動は彼女達の思惑が一致しているだけという可能性が高い。そして黄金姫は言っているのだ。帝国はシャルティア・ブラッドフォールンに恩を売れる可能性があると。

 

 帝国が彼女に与えられるものを知りもしないのに、随分なやり方だと皇帝は思う。彼女がこちらに靡かないと確信があるのか、それとも他に思惑があるのか。深く読み過ぎれば澱みに嵌まるが、どちらにしても彼女が素晴らしい実力を持った人物だということだけは間違いない。恩を売れるというなら損はない、取り敢えず願いを聞いてみるだけならタダだ――などと商人のように考えるケチ臭い皇帝であった。

 

「『ナザリック地下大墳墓』『ギルド、アインズ・ウール・ゴウン』『ぷれいやー』『えぬぴーしー』この辺りの情報を知りたいでありんす」

「ふむ……どれも聞いたことがない。一応調べさせておこう……話はそれだけでいいのかな?」

「ええ、それ以外に興味はありんせん」

 

 穏便に謁見は終わった――無礼討ちを今か今かと待っている騎士達を除けばだが。そしてフールーダがシャルティアの退出前に少し話を振る。彼は魔法狂とも言える研究馬鹿なのだが、実のところ信仰系のマジックキャスターにはそこまでの興味を抱いていない。そもそも魔法に人生を捧げているのなら、まずは法国に行った方が手っ取り早いのだ。にもかかわらずこの国に腰を据えているのは、法国のマジックキャスターは信仰系……神官が多いからである。

 

 しかしそうは言っても高位の魔法を使用できると言うならば気にならない筈もない。ここで発言をするのは彼にとって当然であった。

 

「シャルティア・ブラッドフォールンと言ったか。お前は何位階までを使用出来るのだ? 闘技場ではかなり高位の魔法を使用していたと――っ!?」

 

 けれど彼は少し不用意だった。皇帝が謁見の途中、上からの物言いを止めたのにも気付かなかった。無礼な物言いを一切咎めなかった事にも疑問は抱かなかった。それはそういった事に疎い、いわば浮世離れしていると言ってもいい魔法馬鹿のなせるわざだったのだろうが、今日に限ってはまずかった。酌量の余地があるとすれば、シャルティアの容姿と自分の強さへの過信だろうか。幼いとすら言えるシャルティアの容姿は、数百年を生きる大魔法使いが謙るにはいささか子供すぎたのだ。

 

 魔法を使う者は皆、己より下であることが当然だったが故に彼はこの過ちを犯してしまったのだろう。シャルティア・ブラッドフォールンに無礼な口を利くという、命知らずな真似を。

 

「――少し教育が必要なようでありんす。……私はテメェ如きに気安く呼ばれる存在じゃねえだろ? ああ!? ぶち殺されたいか? 人間!!」

 

 豹変。まさにそう言い表すに相応しい程の変わりようであった。その濃密な殺気は辺りを極寒の地にでも変えたかのように、その場に存在する者達を震わせた。廓言葉ですら鳴りを潜め、彼女は激昂していた。ちなみにクレマンティーヌは既に謁見の間の扉まで疾風走破している。

 

「《サモン・モンスター・10th/第10位階怪物召喚》」 

「あ、あぁ…?」

 

 シャルティアが呼び出した三つ首の魔獣、ケルベロス。そしてそれを召喚する時の詠唱は、殺気に静まり返っていた謁見の間によく響き渡った。間違えようもない『第10位階』という言葉。召喚された獣はその位階に相応しく、人間の鈍い生存本能すら超えて彼等に死を想起させた。

 

「声も出ねえ……ごほんっ、声も出ないようでありんすねぇ。わらわは――――っ!?」

 

 しかし先ほどフールーダがシャルティアの殺気に絶句して言葉を止めたように、今度はシャルティアが息を止めた……いや、驚きで止めざるを得なかったのだ。何故なら、今しがた殺そう――とまでは思っていなかったが、恐怖に陥れようとしていた老魔法使いが視界から消えていたのだから。そう、ケルベロスを見て痴呆にでもなったかのようにだらしなく口を開けていた老人が、消えたのだ。

 

「神よ!」

「うぎゃぁっ!?」

 

 正しく言うならば、消えたように見えるほど素早くシャルティアの足元にひれ伏していた、が正解だ。その素早さは正に神速。主人を守るべき役目を持つ筈のケルベロスでさえ見失ってしまったほどだ。いや、召喚主であるシャルティアすら一瞬見失ってしまい驚きの声を上げたのだから、この三つ首の魔獣を責めるというのも酷な話だろう。

 

「先程の無礼、真に申し訳ありませんでした! この世の神とも言えるべき御方になんということを! しかし恥知らずにも申しあげます、なにとぞこの未熟なる魔法使いに教えを授けてくだされ!」

「な、な、な…」

 

 シャルティアをして予想外なフールーダの反応。激昂したことも、言ってみれば単なる『振り』に近かったのだ。周りの人間から感じられる怒りと侮りに、少しだけ稚気を込めて意趣返しをしたに過ぎない。しかし返ってきた反応は、ナザリックの僕が至高の41人に向けているような尊敬と忠誠に近い反応だった。

 

「…ふむ。わらわの下僕になりたいと?」

「その知識を御教授いただけるならいかようにしていただいても構いません!」

「くふ、そう。しかしそうであるなら、真の忠誠を量らなければなりんせんなぁ……足を舐めろ、下僕」

 

 帝国の重鎮――シャルティアにそこまで知る由はないが、どう見ても地位の高い人物であるフールーダが、この衆人環視の中で這い蹲って自分の足を舐める。自尊心を粉々に砕くようなその行為を強要する、それ自体に彼女はぞくぞくと身を震わせた。いくらなんでもそこまではできまいと、羞恥と怒りに身を震わせる老人を想像し愉悦に耽る――当然のことながら、彼女の予想は再度覆されるのだが。

 

「……」

「……」

 

 ペロ、ペロ、ペロ、と靴を舐める音が、凍り付いた空間に静かに、しかしよく通った。皇帝の顔は無表情で、シャルティアの顔は逆になんとも言えない表情だ。自分から言ったのだからやめろとは言い辛い、けれど爺に足を舐められて喜ぶ趣味は流石のシャルティアにもなかったようだ。これが若かりし頃のフールーダなら喜んでいたかもしれないが――とにかく場は静まり返っていた。そしてその静寂を破るように犬の鳴き声がシャルティアに掛けられる。

 

「くぅん…」

「あ、ああ。もういいでありんすから、消えなんし」

「わん、わん」

「え? 時間が経たないと消えられないでありんすか? …うむむ、ならば時間まで適当に街を散歩でもしてきなんし」

「わん!」

 

 ケルベロスは所在なさげに佇んでいたのだが、主の意を汲むために意を決して命令を問うたのだ。しかし無情にもシャルティアの答えは、もう必要ではないというものであった。ケルベロスは尻尾をダランと下げてその命令を受けようとするが、そもそも召喚されたものは時間が経たないと消える事はない。どうすればいいかと再度聞けば、散歩をしてこいと返ってくる。

 

 ケルベロスは喜んだ。まあ犬の好きなものと言えば散歩、御飯、ブラッシングにフリスビーというのは常識だ。彼は喜び勇んで謁見の間から出ようとするのだった。

 

「いや待てぇい! そんな怪物が街に出れば大問題だ! やめてくれないか!?」

「グルルル…」

「唸っても駄目! シャルティア殿もなにか言ってくれ!」

 

 シャルティアの無茶苦茶な提案に物申す皇帝。というか恐ろしい怪物に唸られているにもかかわらず、メッ! と言った感じでケルベロスを諫めようとしているあたり、彼の傑物具合は相当なものである。

 

「むぅ……ではそこらで伏せときなんし」

「くぅん…」

 

 召喚主に言われては抗える筈もない。しょんぼりと頭を項垂れさせて、ケルベロスは謁見の間の片隅に腰を降ろした。その際に横切られた騎士は少しちびってしまったようであるが、それを知って笑う者はきっと居ないだろう。

 

「さて、ぬしの名は…」

「フールーダ・パラダインと申します、神よ! いえ、我が師よ!」

「ああ、そうでありんした。フールーダ、ぬしはわらわに何を捧げられるのかしら。能無しなど連れて歩く気は一切ありんせんの」

「それは勿論す――」

「全て、などとつまらぬ答えは期待していんせん。凡百の人間の全てを捧げられたところで、わらわに意味などありんしょうか。せめて見目が麗しいのなら、役立たずといえども玩具にはなりんすが……ぬしはそれすら覚束ない有様。もう一度聞くでありんすが――ぬしは何を捧げてくれんすの?」

 

 フールーダは答えに窮する。自分が持ち得る最大のものと言えば勿論魔法の知識と技術だが、それを教えてもらいたい相手に差し出す意味など有る筈もない。彼女が欲しがっているものといえば先ほど皇帝に言っていた情報なのだろうが、帝国の情報網を使ってそれを調べるのなら己が出る幕などないだろう。

 

 いや、正確に言えば帝国の情報網はフールーダの魔法に頼っている部分が大きい。つまり自分を超えるマジックキャスターであるシャルティアが頼んでいる情報は、魔法に依らない手段を欲しているからだろうと彼は推測した。

 

「…貴女様には及ぶべくもない矮小な身でありますが、これでも『逸脱者』などと呼ばれている者でございます。ともすれば不遜にも聞こえましょうが、私が師事しているという事実こそが貴女様にとって好ましい効果を及ぼすかと」

「ほう。ふむ……どう思いんすか、クレマンティーヌ……あれ、居ない」

 

 シャルティアが周囲を見渡してクレマンティーヌを探すと、入り口の扉の横にある太い柱から顔だけ覗かせている彼女の姿が目に入った。視線がばっちり絡み合うと、彼女はおそるおそるシャルティアのもとへ戻ってきた。

 

「何していんすの?」

「いやー、ははは。ほら、巻き込まれたら怖いなって」

「まったく。それよりクレマンティーヌ、ぬしはこのフールーダ・パラダインとやらに勝てるでありんすか?」

「え? ……うーん、戦ってみなくちゃ解らないけど……ちょっと厳しいかな。今の間合いでよーいどんならいけるかも。たぶんイーちゃんと似たような実力だと思うけどねー……漆黒聖典でも要注意人物だったし」

「ほう、イビルアイと。ならば存外役に立つ可能性もありんすか…」

 

 皇帝は端々に聞こえてくる重要な情報に少し頭が痛くなった。帝国最高戦力ともいえるフールーダが離れていきそうなだけでも大概だが、王国の冒険者――しかも王女と懇意にしていることで有名な『蒼の薔薇』のメンバーがフールーダと同格だと言うのだ。そしてクレマンティーヌの方も絶対に勝てないとは言わなかった上に、法国の裏組織――噂に聞く『聖典』の者だと公言した。

 

 ここまでどうすればいいのか解らない状況に陥ったのは、彼としても初めてに違いない。主席魔法使いを失いたくはないものの、ここでシャルティアとの師弟関係を邪魔しようものなら間違いなく恨みを買うだろう。そうなるくらいならば、彼の後押しをしてやって恩を感じてもらう方がまだ有意義に違いないと、皇帝は言葉を発した。

 

「周辺諸国で最高のマジックキャスターと名高いフールーダを弟子にしたとなれば、色々と捗ることも多いと思うぞシャルティア殿。私としてもフールーダを弟子にしてもらったとなれば……つまり貴殿が『帝国の主席魔法使い』の師となったならば、尽力せざるを得んだろうな」

「ふむ……なるほど。ならばこれもまた巡りあわせでありんしょう。ぬしをわらわの下僕として『蒼の薔薇』の一員にしてやるでありんす」

「え?」

「おお、感謝いたします神よ! それと皇帝陛下、恩に着ますぞ!」

「え? いや、ちょっとま――」

「うむ、では行きんしょうか。フールーダ、クレマンティーヌ」

「い、いや待ってくれ、蒼の薔薇とはどういう――って消えた!」

 

 ささっと転移の魔法で消えた3人。シャルティアに待ったをかけようとしていた皇帝の腕は、彷徨うように空中を掻いていたが、暫くした後ダランと垂れ下がった。まさかシャルティアが『蒼の薔薇』に所属していたなどとは夢にも思っていなかったのだ。フールーダがシャルティアに師事しつつも帝国主席魔法使いのままでいてくれるのならまだ問題はなかったし、事実先ほどの言でそのように認識させた筈だった。

 

 しかし王国の冒険者となったことが認識され始めれば、それは皇帝の求心力低下……ならびに王国のバカ貴族を調子づかせることに他ならない。王国には性質の悪い真性の馬鹿が割といるのだ。冒険者の規律など無視して蒼の薔薇を強制徴用して戦争に駆りだす事も考えられる――と、そこまで考えたところで皇帝は気付いた。

 

 そうなれば馬鹿な貴族が減るだけか、と。

 

「皇帝陛下、いったい何がどうなっているのですか! 主席魔法使い殿の処遇は――」

「勿論フールーダは今もって主席魔法使いだとも。10位階を使用できるマジックキャスターに師事し、帝国に恩恵を齎してくれることに疑いはないだろう?」

「な、本気でそんなことを…」

「黙れ。なんにしろ、彼女を見る限りやりようはいくらでもある。言葉が理解できて会話が可能ならどうとでもなるものだ」

 

 謁見の間に居る護衛の騎士が十と余人。加えて文官が数人と、そこまで多くはないことに皇帝は少しだけ安堵の息を漏らした。醜態を晒したとは思わないが、先程のやり取りをそう吹聴されるわけにもいかないだろう。

 

「先程起きた全てを他言無用とする。口の緩い者には相応の報いがあると知れ……それと、ふむ。どうしたものか」

「なっ!? 皇帝陛下、危険です! おやめ下さい!」

 

 隅の方でスフィンクス座りをしているケルベロスに近付いていく皇帝。ハッ、ハッ、ハッ、と涎を垂らしているその口は人間などそのまま一呑みにできそうなほど大きく、そして鋭い牙を持っていた。皇帝はその前まで躊躇なく歩み、立ち止まった後は腕組みをして視線を交わす。

 

「…散歩、行くか?」

「ウォンッ!」

 

 その日、神の獣と言っても過言ではない魔獣に乗って街中を練り回る皇帝の姿が多数目撃された。それを見た者は、皇帝がなんだか現実逃避しているように見えた――などと荒唐無稽なことを噂していたとかどうとか。

 

 求心力は逆に上がったらしい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 皇帝との謁見から数時間後。帝都でやることもなくなったため、シャルティア一行は王国へ帰還する準備をしていた。とはいえ転移の魔法があればどこへ行くにも準備などは必要ない。クレマンティーヌの荷物やフールーダの私物等を纏めた後は、アルシェと一言だけ交わそうと彼女の家にやってきたのだ。

 

 シャルティアにとって彼女の存在がなんと言うべきかを考えれば――いわゆる現地妻的な位置づけである。《メッセージ/伝言》でアルシェを呼び出し、一度王国へ帰還する旨を伝えようとしたのだが、彼女は予想外な人物に出会い驚きの声を上げた。

 

「先生?」

「む? おお誰かと思えばアルシェではないか。急に学院を辞めたかと思えば……なるほど、お前も師に教えを請うていたのだな。確かにどこの誰に習うよりも素晴らしい選択だろう」

「え? ……あの、シャルティア?」

 

 どういうことなの、といった表情でシャルティアを見つめるアルシェ。その疑問に彼女は無い胸を張って、尊大な態度で疑問に答えた。

 

「このフールーダがわらわの教えを対価に忠誠を誓ったというだけでありんすよ。そもそも使用する魔法の系統が違うというのに、酔狂なことでありんすが」

「師よ、それは違います。信仰系の魔法と魔力系の魔法は過程こそ違いますが、根幹は同じくしているのではないでしょうか。でなければ同じく魔力を使用している事実と相反してしまいます。信仰系の魔法は神への信仰を糧に発動する……とは言いますが、実際にその神が存在しなくとも魔法は発動可能でしょう。私自身、信仰系の魔法も修めておりますればこそ神への信仰など必要とは思っておりません。それに鑑みれば――」

「解った解った、解りんした。まったく、一事が万事この調子でありんすな。まあ確かにわらわが信仰対象にしている神は至高の御方によって打倒されていんしたが、問題なく魔法は使用できんすからその仮説は間違っていないのでありんしょう」

「おおやはりそうでしたか。しかし師が忠誠を誓う至高の存在とは、もはや想像がつきませぬ。ああ、是非私も拝謁の栄誉を賜りたいものですな! このフールーダ、師がナザリック地下大墳墓に帰還するための労は惜しみませんぞ」

「当然でありんす」

 

 そんなやり取りを見てアルシェはおおかたの事情を把握する。フールーダをかつて師と仰いでいた時分から、彼の魔法キチな部分は充分伝わってきていたのだ。シャルティアが夜に語ってくれたナザリック地下大墳墓の話や至高の存在が事実であり、彼女の実力もその話に違わぬものならフールーダが師事するのはむしろ当然のことだろう。

 

「そんなことより、アルシェ。わらわは取り敢えず王国へ戻るでありんす。何か情報でも掴みんしたら《メッセージ/伝言》で伝えてくんなまし」

「シャルティア、《メッセージ/伝言》はそんな遠くまで届かない」

「む、そうでありんすの?」

「師よ。《メッセージ/伝言》の通信可能距離と正確さは当人の強さと魔力の多寡に影響されるものでございます。師から《メッセージ/伝言》を使用するぶんにはおそらく王都から帝都までの距離も問題はないでしょう」

「ほう。なるほどなるほど……意外と役に立ちそうではありんせんか、フールーダ。ここの魔法はわらわが認識している効果と少々違う場合が少なからずありんす。故にそのあたりの認識の齟齬をぬしが埋めてくれんしたら、わらわも助かるでありんすよ」

「お任せください、必ず師の役に立ちましょうぞ」

 

 うんうんと頷いてシャルティアは満足な笑みを浮かべる。使用出来る位階の上限はさておいて、魔法の講釈に関してフールーダの右に出る者はまず居ないだろう。少々面倒くさい部分はあれど、悪くない人材を手に入れたようだと満足げな様子だ。

 

「そういうことでありんすから、いずれまた。今度はつまらぬ借りなどつくらんように気をつけなんし」

「うん。あと金貨500枚だから、頑張る」

「…今なんて言いんした?」

「頑張る」

「その前!」

「うん」

「ざれごとは好かんでありんす。あまり戯けるようならお仕置きしんしょうか?」

「…ごめんなさい」

 

 項垂れながらアルシェは事の次第を説明した。あの後、借金取りが親にまたぞろ甘言を弄して金を貸し付けたのだ、と。貴族に相応しい生活を――などと言えばなんの苦労もなく金を借りてくれるのだから、彼等にとってこれほど御しやすい客も居ないだろう。なまじ娘が借金を完済したなどという前例を作ってしまったが為に、散財することへの躊躇もなくなってしまったという事実が皮肉を利かせている。まあ元々躊躇などあったかと聞かれれば疑問でしかないだろうが。

 

「…はぁ。ぬしは何故そんな屑の為に苦労を背負っていんすの? わらわには理解できんせん」

「…解ってる。解ってるけど、産んでくれた……育ててくれた親だから。でもこの借金を返したら、もう妹達を連れて家を出るって決めてるから…」

「そう言って、そう思ってずるずるとここまで来たのではありんせんの? この次は、この次はと先延ばしにして、ぬしのそれは愛情ではなく未練でありんすな。踏ん切りをつけたいなら今ここで終わらせなんし。ぬしを見ていると、とてもじゃありんせんが言葉通りに行動できるようには見えんせん」

「…それは」

 

 自分にとって害でしかないから。デメリットしかないから。もう充分恩は返したから。そんな言葉をつらつらと並べても、家族の絆は絶ちがたい。たとえ今の親が不幸の種だとしても、かつて幸せに暮らしていた日々が消え去るわけではないのだから。『親を見捨てる』などと言葉にすればたったの一言ではあるが、それを実行しようとするには心の負担というものが大きすぎる。少なくともアルシェにとっては。

 

「なんて、わらわのキャラではありんせんな。既に情けはくれてやったでありんす。後はぬしが勝手に選びなんし」

「うん…」

「…親鳥が無意味に籠を装飾する愚昧なら、その小鳥も相応しく愚か。壊れた鳥籠を自ら欲する有様は、さしずめ狂った小鳥でありんしょうか。獣でも親離れなど幼い内に済ますというに、人間というのはやはり滑稽でありんす……ではアルシェ、おさらばえ」

 

 そんな捨て台詞のような言葉を吐いて、シャルティアは転移の門を創りだす。その瞳からはアルシェへの興味が失せてしまった事実がありありと見て取れる。ぷいとそっぽを向いて黒い靄をくぐろうとして――しかし後ろからかけられた、弱弱しさの消えた声に再度振り向いた。

 

「シャルティア」

「…なんでありんすか?」

「また、ね」

「…それもぬしが決めること。恙無く仕舞えば巡り遭わせもありんしょう」

 

 手をひらひら振ってアルシェに背中を向けるシャルティア。けれど先ほどの退屈そうな瞳は消え失せて、口元は少しだけ緩やかだ。クレマンティーヌとフールーダも靄に消え、一人残ったアルシェは目を瞑る。

 

「…」

 

 彼女はいったいどんな気持ちだったのだろう。親を探して彷徨い、家を求めて流れ歩く彼女はいったいどんな気持ちで先ほどの言葉を紡いだのだろうか。そんなことを考えながら、アルシェは家の扉を――鳥籠の扉を開けたのだった

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 王都リ・エスティーゼ。最近ぐっと治安が良くなったこの街で、一人の少女が宿屋の裏で樹に向かってぐちぐちと呟いていた。とはいえこれは彼女が狂人の類であったり危ない人であったりというわけではない。その樹の正体が意思を持つ樹木――ドライアードであるからだ。

 

「まだ帰ってこない…」

「だからって私の葉っぱを一枚一枚千切るのはやめてよ!」

「明日には帰ってくる、帰ってこない、帰ってくる、こない」

「やーめーてー! はげちゃうよ~!」

「まだ何千枚もあるから大丈夫」

「何万本もあるからって自分の髪の毛が一本一本抜かれていったら君はどう思うのさ!」

 

 はっとした顔で確かにそれは嫌だなと、葉を千切り続ける悪魔の所業を中断したティア。申し訳なさの滲んだ顔でピニスンに謝罪したが、それをするなら初めからこんなことはやめろとピニスンはぷりぷり怒っていた。だがここのところティアはシャルティアにまったく会えていないので色々溜まっているのだ。

 

「まだ帰らないのかな…」

「というか何処に行ってるの? あの人」

「帝国……って言っても解らないか。此処より遠いところ」

「ふーん…? もしかして私の新しい住処を探しに行ってくれてるのかな? わぁ、きっとそうだ! 楽しみ!」

「……」

「どうしたの? 変な顔して」

「気のせい」

「もちろん私は樹の精だよ!」

 

 ポンコツドライアードに憐憫の眼を向けるティア。どうやったらここまでポジティブな思考ができるんだろうと考えつつ、そういえばここには水やりに来たのだったと思い出して如雨露の水をちょろちょろとピニスンにかけていく。実態は樹であるピニスンだが、人間に近い姿を取っている方も物理的な接触は当然可能だ。異形ではあるが幼子に見えなくもない彼女にティアは頭から水をかける。

 

「美味しい?」

「いや、別に人間みたいに味を感じる訳じゃないから。ていうかかけるならあっちの本体にかけてくれないかな」

「でも体は悦んでる」

「いや喜んでるけどさ! いかがわしい言い方はやめてよ!」

「減らず口を叩いても、こっちの方はびしょ濡れ」

「いま君が水をかけたからだよ!」

 

 重症である。ここまで色惚けた責任の一端はシャルティアにもあるだろうが、やはり元々の性的嗜好が変態というのも大きい。如雨露の先端を股で挟み込み、ピニスン相手に疑似放尿プレイをしている様はアダマンタイト冒険者の名が泣くレベルである。いや、実際たまたま宿屋の裏手にきた従業員が青褪めて踵を返したくらいだ。

 

「一日千秋とはこのこと」

「だからって私で慰めないでね」

「…そこの突起、ちょうど良さそう」

「何に!?」

「ナニに」

「やめろぉ!!」

 

 もはやなんでもよくなってきているティア。あわれピニスンの体が変態の手に落ちると思われたその時、ティアがピクリと何かに気付いて立ち止まる。何かを探っているような素振りを見せ、次の瞬間には猛烈な勢いで駆けだした。

 

「あ、危なかった…! 人間って、みんなこんなに変態なのかなぁ…」

 

 その姿を見送るピニスンはほっと息をつき、おそらくシャルティアが帰ってきたであろう宿屋へと視線を向ける。いいところ見つかったかなぁ、と楽しい妄想をしている彼女に、理想の楽園が訪れる未来はあるのだろうか。それは誰にも解らないが――少なくともシャルティアにとっては間違いなくどうでもいいことである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「帰ったでありんすよ、皆の衆」

「…やっと帰ってきたか。いったい何をしていたんだ? 私達にも言えないことなのか?」

「別にそういうことではありんせん。単に大勢で行く意味がなかった……むしろ、蒼の薔薇の名が逆に悪い方に作用する可能性の方が高いとラナーが言いんした。血生臭い事にはなっていんせんから、心配せずともよいでありんす」

「おかえり。待ってた」

「くふ……そう物欲しそうな目で見つめんせんの。空いた分、今晩は可愛がってあげんしょう」

「おかえりシャルティア、クレマンティーヌ。そして私はリーダーとしてものすごく言いたいことがあるのだけど」

「ただいまキューちゃん。どしたのそんな怖い顔してー」

「エ・ランテルに一人置いていったからでしょう!? せめて王都まで送ってくれたってよかったじゃない! 意気消沈した戦士長との二人旅がどれだけ気まずかったか…!」

 

 何の説明もなしに帝国へ出立したシャルティアとクレマンティーヌ。ラキュースは必死に二人を探した挙句、結局エ・ランテルには居ないようだと諦めて王都へ戻ったのだ。ラナーに聞いてみれば帝国へ行ったとのことであり、リーダーである自分に何の断りもなく――というかせめて出発の報と王都への転移くらいはしてくれたっていいじゃないかと憤慨したのである。

 

「つーかよ、その爺は誰だ?」

「うむ、蒼の薔薇の新しい面子を連れてきてやったでありんす。喜びなんし」

「…あのね、シャルティア。別に男子禁制なんて言う気はないけど、私達は一応アダマンタイト冒険者なのよ? そんなホイホイとパーティを増やすわけにも……実力だってそれに見合ってないと――」

「実力ならラキュース、ぬしよりも強いでありんしょう。そうでしょう? フールーダ」

「…確実とは言えませんが。勝ちの目も負けの目もあり得るでしょう、師よ」

 

 その名をシャルティアが紡いだ瞬間、ラキュース以外のメンバーが驚きの表情で老人を見た。かの高名な帝国主席魔法使いが何故こんなところに、と。ラキュースだけは先の憤慨やら興奮やら呆れやらで気が付いておらず、仕方なしに面接チックなものを始めようとし、羽根ペンをチロリと舐めて羊皮紙メモをゴソゴソと取りだした。

 

「もう……じゃあ取り敢えず話だけは聞くわ。名前は?」

「フールーダ・パラダインと申します」

「フー……ルーダ……と。今までどのような事を?」

 

 イビルアイが仮面を深く被りなおし、ガガーランと双子がラキュースをギョッとした目で見ている。鈍いってレベルじゃねーよ……というよりはもはや正気を疑う領域である。

 

「帝国にて魔法の研究や学院の設立などをしてきましたな」

「ふむふむ……なるほど、マジックキャスターということね。位階はどの程度まで使用できるのかしら」

「六位階までを使用しております」

「六位階……と、あら凄いわね。得意な魔法はどんなものかしら」

 

 イビルアイが外套を体に巻き付けるように身を捩らせ、ガガーランと双子が壊れたテレビでも見ているかのようにラキュースに視線をやった。

 

「《フライ/飛行》で上空から《ファイヤーボール/火球》を降らしたり……後はアンデッドの使役や召喚も研究しておりますぞ」

「ふーむ……うん、解りました。申し訳ありませんが貴方はこの『蒼の薔薇』でやっていくには少々役不足かと…」

「うぉい!? そろそろ突っ込んでいいのか!? どこが役不足……いや、ん? 役不足なら合ってんのか…?」

「どうしたのよガガーラン。第六位階くらいなら……第六位階ぃ!? っていうかフールーダって…!」

「遅いわ!」

「キューちゃんやっぱ頭が…」

「リーダーの座からそろそろ転落? リーダー……ううん、ラキュース。アンパン買ってこイギャッ!?」

「ボスの座はそろそろ交代。ボス……ううん、ラキュース。メロンパン買ってこムギュッ!?」

 

 調子に乗った双子にラキュースが鉄拳制裁を下す。シャルティアにすら可哀想な目つきで見られていることに、彼女は耐えられなかった。よくよく見てみればなんとなく凄みを感じるその老人に、ラキュースは慌てて謝罪した。そしてシャルティアに事の次第を問いただす。

 

「ど、どういうことなのシャルティア? なんで帝国の重鎮がこんなところに…」

「弟子になりたいと懇願してきんしたから、慈悲深いわらわとしては断る術を持ち合わせていなかったのでありんす」

「いやいやいや……あの、フールーダさん? 本気で『蒼の薔薇』に?」

「師の指示ならば如何ようにも。特にこだわりはありませんな」

「えええ……どうすればいいの…? こ、こういう場合はリーダーが決めるべきよね。リーダー!」

「お前だよ!」

 

 マジで大丈夫か、という声がガガーランから上がったが、混乱するラキュースはリーダーを求めて視線を彷徨わせる。リーダー、リーダー、リーダー……

 

「リーダー……って私じゃない!」

「おい、本気で大丈夫か? キリネイラムに乗っ取られかけてたりしてねえか?」

「だ、大丈夫よ! えー、うー……イ、イビルアイはどう思う?」

「結局そこかよ!」

「わ、私は、ケフンケフン。私は、んん、ゴホン。反対だ」

「お前までおかしくなるのかイビルアイ……どうしたってんだ、いったい」

 

 イビルアイの視線が仮面越しにも解るほどフールーダを捉えていた。気まずさの漂う雰囲気を見せ、まるで正体がバレるのを警戒しているかのような素振りだ。いや、とガガーランは思い返す。両者の生きている年数と実力の程を考えると、実際に知り合いでもおかしくはない。

 

「何故でありんすか、イビルアイ。こやつは吸血鬼がどうのと気にするような性質でもありんせんし、色々役立ちそうでありんしょう?」

「う……いや、そのだな」

「師よ、この者も吸血鬼なのですか?」

「うむ。わらわ程ではありんせんが数百年を生きる吸血鬼で、それなりの強さも持っているでありんす」

「いきなり暴露はやめてくれシャルティア……最近アレだが、結構な秘密だというのに」

「ふむ、しかし何故仮面を? 師もそうですが、吸血鬼の正体などそうそうバレはしますまい。さして意味などないように思えますが」

「そ、そこには触れてくれるな」

 

 挙動不審なイビルアイを全員が見つめ、その事実に気付いた彼女はわたわたとシャルティアの後ろに隠れて体を隠した。臍を曲げた――とは少し違う、何故だか居心地の悪さを感じているような様子だ。

 

「ま、まあどうしてもと言うなら私は別にいい。あとはお前らで決めてくれ」

「…? うーん……じゃあ多数決で決めましょうか。フールーダさん加入に反対の人はいるかしら?」

 

 その問いに誰の手も上がることなく、フールーダの加入は決定した。少し頭を下げた彼は、いまだシャルティアの影に隠れているイビルアイを見て首を傾げたが、気のせいかと思い直して各々に挨拶を始めた。

 

「しっかしこりゃあなんつーか、ちいと戦力過多じゃねえか? 人数も随分多くなっちまったしよ」

「ふふふ……間違いなく名実ともに最強ね。我が『蒼の薔薇』は!」

「お前のなのか…?」

「そうだフールーダさん、冒険者プレートなんて持ってませんよね? 早速作りに行きましょう! 最強の銅……うふふ。見える、見えるわ。『おいおい爺、年寄りの冷や水にしちゃあ過ぎるぜ? 冒険者は遊びでやってんじゃねえんだよ』からの『な、なんで銅の冒険者があんなに強いんだ…!?』そして『フールーダ・パラダインってまさかあの!? お、俺達はなんてやつに喧嘩を吹っ掛けちまったんだ…!』きっとこんな感じね! さあさあ、行きましょう!」

「最強の銅はどう考えてもシャルティアじゃねえか…?」

 

 片手を上げて意気揚々と冒険者組合に向かうラキュースを見て、ガガーランは色々突っ込みたい衝動に駆られたが我慢した。兎にも角にも、全員揃って冒険者組合に行くのは初めてのことだ。何もなければいいが……と思う彼女だったが、まあ無理だろうなと諦めのため息をついた。

 

 何事か話しながらラキュースとフールーダが先頭を歩き、少し愚図っているイビルアイをシャルティアが無理やり引っ張って連れ歩く。頭を押さえて呻いている双子をクレマンティーヌが笑って見ている。王国も帝国も――ついでにシャルティアのことを考えれば法国だって荒れそうだ。渦中の薔薇が散らないか、ガガーランは少し不安に思ったが……なるようになるか、とシャルティアの能天気そうな顔を見て呆れ笑いをするのだった。

 

 

 





フールーダハーレムルートではありませんよ。

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