しゃるてぃあの冒険《完結》   作:ラゼ

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最終章入ります

独自解釈がだいぶ入ってきたので、原作設定重視の方は少々お気を付けを。


始まり

 

 その日、世界が動いた。青天の霹靂とも、急転直下とも言える急激な動き。それは法国から周辺諸国への宣戦布告――否、それすらも通り越した降伏勧告から始まった。

 人類の守護者を標榜する彼等は、その時から人類の支配者を暗に宣言していたのだ。支配はしない、暴虐も尽くさない、しかし我等の傘下に入れと彼等は言い放つ。人類の戦力を一個に纏めるのだと法国は躍起になっていた。

 

 人類同士の戦いは常に静観してきた彼等。どの国も全貌すら把握できていなかった彼等はついにその重い腰を上げた。それは人類の愚かな同士討ちに耐えかねて――という訳ではなく、誰もが予想すらできていなかった一連の出来事から始まってしまった。

 

 彼等は人類の存亡を掛けた、乾坤一擲の勝負に出ざるを得なかったのだ。最強の手駒を『手に入れてしまった』が故に。

 

 

 シャルティア・ブラッドフォールン。ツァインドルクス=ヴァイシオン。

 

 彼等という矛を手に、番外席次という鉾を手に、法国は突き進む。滅びか繁栄か、オルタナティヴの道へと彼等は走り出したのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ツァインドルクス=ヴァイシオン。その名は人間の国でこそ全く知られる事のないものだが、こと人間の勢力圏外――特に評議国ともなれば誰もが知る最強の存在だ。アーグランド評議国永久評議員であり、この世に十といないドラゴンロードの頂点でもある。

 かつてこの世の覇権を握った存在と対立し、しかし現存するのが彼だけであることを考えればその強さの一端が解るだろうか。たとえドラゴンロードの殆どが滅ぼし尽くされ、覇権を握った存在の最後は単なる自滅であったとしても、彼の強さを疑う理由にはならない。かつての覇者に立ちはだかったならば『生き残る』ということすらどれだけ難しかったか、その時代を知る者にしか解らないからだ。

 

 そう、彼は今を生きている。それがただ一つの答えなのだ。百年毎に現れる存在を警戒し、しかし法国も放置すべきではないとその動向を類稀なる感知能力で探り続ける。

 

 ツァインドルクス=ヴァイシオン――彼をよく知る者はツアーと呼ぶが、彼は法国の中でも特に憂慮すべき存在、漆黒聖典の動きを遥か異国の地から感じ取っていた。いや、正しくは感じ取ってもいたが……詳細を把握しすぐに行動を起こせるように、白金の騎士の出で立ちで王国の地を踏みしめていた。

 

 もちろんドラゴンたるその巨体を鎧の中に入れている訳もなく、いわば遠隔操作できる人形のようなものだ。人形とは言ってもその性能は現地の人間など軽く凌駕する性能を秘めており、そのまま王国を滅ぼそうとすれば苦も無く成功させる程の実力を備えているのだ。

 

 そしてそれが数日前の事。

 

 彼は今この地に騎士としてではなく、プラチナム・ドラゴンロードとしてその身を空に浮かべていた。ここ数日で得た情報――すなわち漆黒聖典が目指しているものが、人間と異形種にある戦力差を変化させる危険を秘めていることを感じたからだ。

 

 『破壊の竜王』 

 

 ツアーもその存在を知っている訳ではないが、仮にも法国というドラゴンロードをよく知る存在がそのような不吉な名を付けているのだから、その脅威は推して知るべしだろう。そしてその存在を法国が支配できるとなれば、黙って見ている訳にはいかないのだ。彼は国を守るためにも――あらゆる意味で、だ――普段身を置いている場所から離れる事はまずないと言っていいが、この時だけは例外となった。

 

 それほどに法国、そしてプレイヤーを警戒していることの証左でもある。法国と評議国は――否、法国とドラゴンロード達は一つの盟約を取り交わしている。それが破られた時、法国と評議国の全面戦争は免れないものだ。その盟約に鑑みて、今漆黒聖典が行っていることは少々グレーなゾーンであり、けれど決定的ではない。強いて言うならば竜王すらコントロールできるというアイテムの存在は抵触気味ではあるが、戦争に発展するには少々弱い。

 

 これが例えば血を完全に覚醒させた神人の存在などであれば両国の関係を破綻させるに足るものだろう。しかし今この場にいるのは『半端者』程度の存在であり、少々手を焼くことはあれど力の差は見て取れる。

 

 つまりツアーが今決めていることは、破壊の竜王という存在を滅すること。そして漆黒聖典が持つ洗脳アイテムを破壊、もしくは奪うことである。後者については出来る限り破壊が望ましいのだが、彼の知識はユグドラシルについても中々造詣が深い。『ワールドアイテム』であろうかのドレスが破壊不可能だと知っているのだ。

 

 ツアーは破壊の竜王の存在を知った時点で、その感知能力でもって周囲を詳細に探っていた。しかし感知範囲にはそのような存在らしきものは見当たらず、故に漆黒聖典を泳がせて所在を知ろうとしていたのだ。聖典の者が発見した時点で彼等諸共『始原の魔法』と呼ばれる、今は真なる竜王以外使うことのできない古代魔法で全てを消滅させようとしていた。

 

――結果的に、それは最悪と言ってもいいほどの悪手だった。皮肉を利かせて言うならば、自らが盟約を破って先に手を出した罰と言ってもいいのかもしれない。

 

 ツァインドルクス=ヴァイシオンはその日、数少ない『真なる竜王』の中で最も屈辱に塗れることとなった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「トブの大森林へ……でありんすか?」

「はい。あのハ……こほん、王国戦士長が『己を取り戻すため』と言って出奔したそうです。情勢が変わった今、少々彼の存在も必要になりました。特にやることもないのでしたらお願いできますか?」

「ふむ、まあ借りもありんすからそれはいいでありんすが……わらわがやるとなると無理やり引きずって帰らすぐらいしかしんせんけど?」

「それで大丈夫ですよ。むしろ無理やり帰還させられる人物があまり居ないことが問題ですので」

 

 なるほど、と頷いてシャルティアは即座に転移魔法を唱える。このレスポンスの速さが素晴らしい、と王女は既に消えかけているシャルティアの背中を見て笑顔を作る。

 何をするにも逐一王派閥と貴族派閥の折衝と議論をしなければならない政治状況とは雲泥の差だ、と。後ろで『師よぉー!』と言って転移魔法で追いかける老人は無視した。

 

「イビルアイ…」

「な、なんだラキュース」

「解ってるわよね」

「べ、別にシャルティアとあいつだけで充分だろう?」

「実力はね。でも常識は?」

「うぐ…」

 

 この場でシャルティアに追いつけるのは、転移魔法を使用出来るイビルアイのみだ。シャルティアの使う高位のそれとは違い、彼女は単独転移までしかできない。故にお目付け役としてお前も行け、とラキュースは言っているのだ。

 

「しかしだな、その、なんだ」

「もう……そんなにフールーダさんと顔を合わせたくないの? もしかして初恋の君とか?」

「そんなわけあるか! 少し顔見知りなだけだ!」

「じゃあなんで?」

「う、それはだな…」

「おいおい、さっさと行かねえと見失うぞ。飛ぶとしたらカルネ村かトブの森のどっちかだろ?」

「くっ……ああ解ったよ。すぐに帰る」

「いってら」

「おみやげヨロ」

「がんばイーちゃん」

「やかましい!」

 

 まったく、と口の中でもごもごと愚痴を垂れ流しつつイビルアイはカルネ村へと転移する。そもそも転移系の魔法は高位低位に関わらず、見知った場所でないと移動はできない。フールーダはどうやって転移したのだろうと首を捻るが、まあ自分と同じく数百年も生きていれば大抵の場所は移動できるかと思い直して、視界に新しく飛び込んできた村の入り口を見やる。

 

「ふむ……ああいたいた。シャルティア!」

「おや。わらわ一人で充分だというのにご苦労なことでありんすな」

「もっともだが、お前が言うな。それよりフールーダはきていないのか?」

「うん? 見ていないでありんす」

「…となるとトブの大森林の方か、面倒な。というかお前は何故こっちにきたんだ? 武者修業に森へ行ったとの情報だろうに」

「あれでそこそこ強いのでありんしょう? ならば修業相手に、この村にいる森のナントカというアレに会いに行くのが道理ではありんせんか。あやつらがどこぞで共闘していた覚えがありんすよ」

「…っ!? そ、そうか」

 

 思いのほか理知的なシャルティアにイビルアイは言葉が出ない。もしや偽物かと疑うが、この世界にシャルティアが使う転移魔法を使用出来る者などまずいないため、その考えは却下した。王女の知恵が少し感染でもしたのかな、と益体もないことを考えつつ彼女はシャルティアと共に森の賢王が居るであろうエンリ宅へと歩を進めた。

 

 ほどなくして着いた1軒の家の戸を叩き、中からどうぞという声が聞こえたため彼女達は扉を開いて家の中に入る。

 

「失礼する。私は蒼の薔薇のイビルアイという者だが、ここにガゼフ・ストロノーフという男が来なかったか?」

「あ……こんにちは。この前は村の危機を救っていただいて、本当にありがとうございました!」

「ん? ああ、それについては報酬も貰っているから気にしないでくれ。それより先ほどの件なんだが…」

「あ、はい。戦士長様でしたら、賢王様とネムと一緒に森へ行きました。あのお二方と一緒なら薬草を取りに行くのも安全ですし……なんだか申し訳ないですけど」

「ふふん、ドンピシャリでありんすな。イビルアイ、わらわを褒めたければ存分に褒めなんし」

「わーすごーいさすがしゃるてぃあー」

「そうでありんしょうとも!」

 

 あからさまに棒読みなイビルアイを気に掛けず、シャルティアは高笑いをしながら上機嫌で頬に手の甲を添える。いわゆるオホホ笑いというやつだ。

 

「しかしなんとも贅沢な護衛だな。雇おうとなればアダマンタイト冒険者並に金が掛かるぞ、その面子は」

「あはは…」

「まあ、それなら丁度いい。フールーダを回収しつつ戦士長も回収出来るしな。シャルティア、くれぐれも手荒な真似はしてくれるなよ?」

「それはあやつの対応次第でありんすな」

「…はぁ」

 

 エンリに薬草が分布している範囲を大まかに聞いて、今度はトブの大森林へと転移する二人。鬱蒼と生い茂る草木を掻き分け、二人と一匹の痕跡を探す。

 

「そういえば……二人で行動するのは初めてでありんすな」

「ん? ああ、そういえばそうか。だ、だからと言って変な事はするなよ?」

「失敬な。ぬしはわらわを変態か何かと勘違いしていんせんか?」

「(そのものズバリじゃないか…?)ああ、いやまぁ気にするな。そういうつもりで言った訳じゃないんだ」

「まったく……これでもぬしには感謝しているでありんすよ? 身の振り方というものは全てぬしに学んだと言っても過言ではありんせん。ぬしが居なければ、今頃は重要な情報ごと人間社会は滅んでいたでありんしょう」

「はは、お前はいつでも自信家だな。実力を考えれば自惚れとは言わんだろうが、法国に気を付けることだけは忘れるなよ? 前にも言ったが、お前は大事な仲間だ」

「…」

「お前が私達をどう思っていようが気にはせんよ。ナザリック地下大墳墓を見つけたならそこがお前の帰る場所なんだからな。ただ――まぁ、偶に思い出してくれればそれでいいさ」

「…くっ、くくっ。ティアとティナが居れば鼻を摘まむ臭いセリフでありんすな」

「おまっ、人が真剣に言っているというのに――」

 

二人は森を進む。朗らかな雰囲気で、穏やかな雰囲気で吸血鬼の少女達は森を進む。イビルアイも最近はシャルティアに気を使うことなく接するようになった。その行動にこそ気を揉むことはあれど、自分を害することはないと確信する程度には仲良くなったと考えているのだ。

 そしてそれは過信や自惚れなどではなく、確かな事実でもあった。シャルティアが先ほど言葉にしたように、彼女はイビルアイに感謝しているのだ。

 

 強さに自負はあった。守護者最強の存在であれと創られたからこそ、そこに疑いの余地は一片すらない。しかしいざナザリック地下大墳墓を離れてしまえばどうだ。右も左も解らぬまま、衝動のままに熟考することもなく行動しようとしていた。それは今の現状から考えると明らかな悪手であり、そしてそれを止めてくれたイビルアイだからこそ彼女は感謝し、信を置いているのだ。ついでに色欲塗れの視線も向けているのだ。

 

「ふふ…」

「…? どうしたでありんすか? 気色の悪い顔をして」

「せめて変な顔と言ってくれ。いやその、なんだ。心の底から対等以上に付き合える者というのは久しぶりでな。その、友達というのは、こんなものなのかなって…」

「ああああぁーーー!!」

「うわぁっ!?」

 

 もじもじと俯いてそんなことを言うイビルアイに、シャルティアが少し壊れた。頭を横の大木にぶつけ、へし折った幹を掴んで空の向こうへと投擲した。いったいどうしたんだと、イビルアイが心配そうにのぞき込む。

 

「ど、どうしたんだ。その、私と友達なんて、嫌だったか…?」

「ぐふぅっ! わ、わらわはどうすればいいでありんすか、ペロロンチーノ様……がふっ!」

「血を吐いたー!?」

 

 血の通っていない吸血鬼が血を吐いた。神秘である。

 

「そんなに嫌だったか。その、すまん……友というのに思い入れでもあったか?」

「早まりんせんの。別にそういうわけではありんせん。ただわらわは友というものにからきし縁がありんせん。仲良くあれと、仲悪くあれと定められたことはあれども、友というものを設定されてはいんせん」

「…な、なら私が最初の友達だな! シャルティア!」

「そ、そうでありんす……か?」

「そそ、そうだ!」

「そうでありんすか…」

「うむ、そうだ」

 

 イビルアイ――本名『キーノ・ファスリス・インベルン』 古い時代に仲間はいたし、今も大事な仲間に囲まれてはいる。しかし友となると、数百年単位でいない年季の入ったぼっちである。仲間と友達は似て非なるものだ。彼女はなんだかんだで自分より弱い者を対等に扱うことはない。大事な仲間は信頼していても、同時に守るべきものでもあるのだ。確かに『青の薔薇』は自分を倒して仲間にしたが、個で己に敵うものは存在しないのもまた事実である。

 

 しかしシャルティア・ブラッドフォールンは自分と対等どころかぶっちぎっており、それでいて種族まで同じ類のものだ。しかも友達初心者であり、友達中級者(自称)の自分が上から見ることができる(願望)唯一の存在だ。このチャンスをふいにしてしまうと、下手をすれば一生ぼっちだ――

 

 などと残念なことを考えているイビルアイであった。

 

「しかし友とはどういうものでありんすの? 仲間のようなものでありんしょう」

「ふふ、それは違うな。友達がいたことのある私が色々と教えてやろう」

「ふむ…」

「まず友達とは、リボンの交換をすることから始まる!」

「…リボン?」

 

 ペロロンチーノの影響を受けたシャルティアの影響をさらに受けたイビルアイは変な電波を受信していた。まあ彼女たちは魔法少女であるからして、リボンの交換が友誼を結んだ証となるのは間違っていないが――それは残念ながらお別れフラグでもある。

 

「ぬし、リボンなど持っていんしたの?」

「…」

 

 持ってねーよ、などとは口が裂けても言えるはずはなく、早口で言い訳をまくしたてるイビルアイ。238年ぶりの友達獲得のため、彼女も必死なのだ。

 

「い、いまのは比喩表現だ! つまりその、なんだ。大事な物を交換しあうというのが重要なんだ」

「ふむ……なるほど。ならばわらわはぬしの処じ――」

「違ーう! もっとこう……物理的に大事なものだ!」

「むう…」

 

 あわや貞操の危機に陥りかけたイビルアイは、冷や汗を流しながら懐をごそごそとまさぐってとあるアイテムを取り出す。かなり貴重なものではあるが、自分から言い出したことなのだから、とそれを差し出す。

 

「これは対象人物と場所を入れ替える装備アイテムでな。動くなよ、今つけてやる…」

「ちょ、ちょっと待ちなんし……あ…」

 

 パキン、と音がしてアイテムが壊れる。カツンと足元の小石に残骸が当たり、静寂な森の中を木々のざわめきが支配している。シャルティアはカースドナイトの職業をとっており、そのペナルティ故に一部の低位の装備を付けることができない。イビルアイが渡したアイテムは、その一部に見事抵触したようだ。

 

「…」

「…」

「わ、わらわ、低級の装備は付けられんせん…」

「…」

「…な、泣き止みなんし。わらわはこれをあげる……うぅ、貸すでありんすから、ほら。わらわと、わらわの持ち物すべては至高の御方とナザリック地下大墳墓に帰属しんすから、これで許してくんなまし」

 

 ぎゅっと手を握り締めて涙を耐えるイビルアイに、シャルティアはおろおろとしながら自身の一番大事なアイテムを手渡す。正直アイテムの交換、と言われた時点でシャルティアはそれを断る心づもりであった。その身の一片までもナザリック地下大墳墓のためにある彼女は、自身の持ち物を与えるなどありえないことなのだから。しかし、げに恐ろしきは金髪美少女の涙である。

 

 吸い込まれるようにしてナザリック産のアイテムがイビルアイの手に渡ってしまったのだった。

 

「うん……他に、渡せるもの…」

「気持だけで結構でありんすよ。別にそれをしなければ友達の資格がない、なんてことはありんせんでしょう?」

「だ、だが…」

 

 自分だけが渡さずに、貴重なアイテムを受け取ったのでは気まずいことこの上ない。何かないかと考えを巡らすものの、しかし先ほどのアイテムが壊れるのならば、手持ちのアイテムはほぼアウトだろうと肩を沈ませる。

 

 なにか――と悩みぬいたところで、ふと思いつくものが一つだけあった。もう名乗ることもなくなった、それでも捨てられぬ自身の大切なもの。

 

「シャルティア……ならば一つだけ。私の名前を受け取ってくれないか」

「名前…?」

「『キーノ・ファスリス・インベルン』 それが私の本当の名で、今は名乗れずとも大事なものだ。受け取ってくれるか?」

「…しかと受け取りんした。これからはそう呼べばいいでありんすか?」

「いや、普段は今まで通りにしてくれ。今みたいな二人の時なら、その、呼んでも構わない」

「ぐふぅっ!」

 

 またもや血を吐くシャルティアに、イビルアイは首を傾げる。というか口から出てる以上もしかして血を吸っているのか? などと若干疑念がよぎっていた。

 

「しかし見当たらんな。そこまで深く入っているとは思えんのだが…」

「ふむ……はっ。もしや人が居ない森であることをいいことに、そのネムとやらを襲っているのではありんせんか?」

「いくらなんでもそれはないだろう…」

 

 ハゲ、強姦魔に続きペド野郎の誹りを受けそうになっている戦士長。レベルダウンもそうだが、だいたいシャルティアのせいなあたり戦士長にとって彼女の存在は疫病神としか言いようがない。

 

 そんな風に雑談をしつつ、更に奥へ行こうかと相談した時、森の奥から剣戟が聞こえてきた。

 

「森の奥で剣の音…? 一人はガゼフだとしても、どういうことだ?」

「行ってみれば解りんしょう」

 

 二人はその音に向かって歩き出した。しかしその音は、絶望の始まりを奏でている――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一連の出来事は、全てがほぼ同時に起こったと言ってもいい。ただ始まりだけが一つ先んじて、それ以外が瞬時に過ぎ去った。

 

「…弱くなったな。それとも俺が強くなったのか?」

「両方だろう。お前が強くなったのは間違いない――そして俺は弱くなった」

「ああ? 降伏するってことか?」

「それはありえんよ。事実を述べたまでだ……ハアッ!」

 

 大森林の中で、一つの再会があった。かつて至高の闘いを繰り広げ、紙一重の差で勝った男と負けた男。年月を経て再び相まみえた彼らは、焼き直しのように剣を交し合う。ただしかつて勝利を手にした方が劣勢という形にはなってしまったが。

 

「いつから法国などに与した? お前にかの国の流儀が合うとは思えんが」

「――オラァッ! はっ、ついさっきの事なんで流儀もクソもねえよ。ただ入って早々にお前と戦えるってなあ……神様とやらの存在も満更眉唾ってわけじゃねえのかもな!」

「っく……! その神とやらを呪いたくなってきたな」

 

 ネムが賢王に震えてしがみつき、その闘いを見守る。周りには漆黒聖典、そして陽光聖典の者が整列して剣戟を観察していた。状況がこうなっているのも偏にブレインの強い要望故であり、それが受け入れられないのであればガゼフに与すると断言したために、許可せざるを得なかったのだ。

 

 森の賢王、ガゼフ・ストロノーフ、ブレイン・アングラウスの三人を相手にするのは彼らにとっても少々面倒なことだろう。隊長の戦力を抜きにすれば漆黒聖典といえどもそれなりの被害を覚悟しなければならない程だ。ならば要望を聞き入れた方がデメリットも少ない。

 

 森にて突然の邂逅――陽光聖典がガゼフ抹殺の使命を果たせるまたとないチャンスに沸き、それをブレインが遮ったのだ。己が強さを求めた理由そのものを他人に搔っ攫われること、それは彼にとって許せることではなかった。法国がガゼフを狙う理由など知りもしないが、どのみち事がここに至ったのならば自分の手で打倒したい、と。

 

「隊長」

「まだ動くな。あの魔獣は闘いの後でいい……ブレインも邪魔されたくはないだろう」

 

 法国の特殊部隊『六色聖典』は極秘の存在だ。各国上層部ならば多少なりとも知識にあるとはいえ、その内実を理解しているものまではほとんどいないと言っていいだろう。ならば先ほどガゼフに『無事に帰す』と約束した少女のことも、当然ながら見逃すことはあり得ない。共闘されるのも面倒だったために、適当な事を述べたまでだ。

 

「…しかし噂ほどではなかったようですね。終始ブレインに圧倒されています」

「ああ……いや、先ほどの言葉通り何かあったのだろう。あの程度の男に執着していたとも思えんしな」

 

 一度死んだことによるレベルダウン。それを取り戻そうとこの地にやってきたというのに、結果的に最悪の選択肢になってしまった戦士長。剣が交錯するたびに劣勢をひしひしと感じ、詰め将棋のように逃げ場が無くなっていく。

 

「――まさかお前のために作った武技すら使えねえとは、な。あばよ、ガゼフ・ストロノーフ」

 

 ただ只管に。自分に勝利した男を打ち負かすためにただ只管に修練に明け暮れた。そしてその果てに開発した究極の武技『領域』 周囲の音、空気、気配。全てを認識し知覚できる、そんな世界に達する技。

 

 そしてそれを最大限に生かすため、正確さと速さを極限にまで突き詰めた至高の一閃『神閃』 その二つをもってして放つ最高の一撃を『虎落笛』と名付け、ガゼフ・ストロノーフを間違いなく打倒しうると確信を抱いたブレインだったが――結局それを使わずとも勝利できそうな現状に落胆を覚えていた。

 

 しかしそれでもかつて目指した頂に手が届いたというのは、一つの到達である。達成感こそ少し削がれたが、遂にその首に剣が届く感触にブレインは興奮と落胆、その他様々な感情を溢れさせながら剣を振りぬく――

 

 

 

 

 ――瞬間、全てが動いた。

 

 

 

 

「っ! 隊長! 破滅の竜王と思しき存在を感知――っ隊長!?」

 

 漆黒聖典の眼とも言える、他人の実力を感知する術に長けた隊員から焦燥の声が上がる。多少なりともガゼフとブレインの闘いに見入ってしまったため、感知が遅れたのだ。すぐさま陣形をとるべきだと隊長に声を掛けた瞬間、自分よりも更なる焦燥を顕わにした彼に驚愕する。

 

 突然上空を見上げた隊長に、隊員達は何事かと訝しがる。今は何を置いても破滅の竜王を最優先にすべきだと、その場の誰もが命令を待たずに陣形を整えようとし――

 

「全員撤退――――くっ、間に合わんか!!」

 

 何を、と問う間はなかった。その場の全ての存在が、白金の輝きへ向かう紅い流星をその目にしたからだ。

 

 全ては一瞬だったのだ。シャルティアが現れた瞬間からその禍々しさを感じたツアー。まさに破滅の竜王と確信を抱き、漆黒聖典に近づいた瞬間、始原の魔法で全てを無に帰さんと力を解放する。

 

 それに隊長が気付き、しかし全ては遅かったのだと――竜王には筒抜けだったのだと顔を歪ませ、せめて相打ちにと手に持つ槍の真価を発揮させようとした。が。

 

 漆黒聖典隊長という強者が気付いたのなら、当然シャルティアも気付く。間違いなくこの世界であった中で最強の存在であると確信した瞬間……それが明らかに攻撃態勢に入っていると判断した瞬間、自身の最強装備を瞬時に身に纏い空へと躍り出た。

 

「あああああぁぁぁ!!」

「…っ!」

 

 ツアーの攻撃は、全てに先んずる筈だった。何が起ころうとも間に合う筈だった。

 

 けれど唯一の誤算は、シャルティアに気を取られていたせいで気付くのが遅れた、かつての仲間の存在――キーノ・ファスリス・インベルン。そして自分が仲間に委ねたアイテムを持つ存在――ガゼフ・ストロノーフ。この二人に直前で気付いてしまったが故に、彼は一瞬だけ判断を鈍らせた。

 

 そして、それが最悪の結果を齎した。

 

「カイレ様!?」

 

 法国の秘法、あらゆる耐性を無視して対象を支配するマジックアイテム『傾城傾国』。それを身に纏う老婆、法国の幹部カイレは今の状況に我を失っていた。ワールドアイテムを使用できる適性があったがためにこの地へ赴いた彼女であったが、実のところ戦闘者ではない。法国のため命を掛ける覚悟はあろうとも、いざ命の危機に瀕した時冷静な判断ができるとは言い難いのだ。強大な竜が頭上に浮かび、今にも攻撃を放とうとしていればどんな人間でも恐怖を感じてしまうだろう。

 

 だからこそ、彼女は一度使ってしまえば長いリキャストタイムを必要とする『傾城傾国』を使用してしまった。対象も定まらず、とにかく恐怖に駆られて彼女は上空へ支配の光を放ってしまった。

 

「シャルティア!? ツアー!?」

 

 イビルアイの叫びが響く。誰もが今の状況を理解していない。誰もが何が起こったか理解できていない。空中で静止した一人の少女と一体の竜。

 

 

 

 

 ――その日、世界が動いた。





傾城傾国は対象一人限定っぽいんですが、その変については次話

色々突っ込みどころあるけど、ごめんして。

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