突如出現した、明らかに高位の装備を身に纏うエルダーリッチらしきアンデッド。そしてそれに付き従うような雰囲気を見せる三人の人物も、見るからに強者の雰囲気を漂わせている。忍者である双子がここまで気付かずに接近されたことからもその実力は窺い知れるだろう。とにかく『蒼の薔薇』の面々はラナーを守るように彼女を背の後ろに下がらせた――が。この突拍子もない事態において最初に発言をしたのもまた黄金の王女であった。
「お初にお目にかかりますわ。私はこの国の第三王女『ラナー・ティエール・シャルドルン・ライル・ヴァイセルフ』と申します。ギルド『アインズ・ウール・ゴウン』の御方々とお見受け致しますが、いかがでしょうか」
「突然の事に驚いているだろうが……えっ?」
「シャルティア様には良くして頂いておりました。このような状況になってしまったのは私達にとっても残念なことでしたが…」
「えっ、ああ……うん。はい。いや、そうか」
アインズ・ウール・ゴウン、もしくはそれに連なるものを探すため、ラナーは情報を余さず把握していた。シャルティアの主観が主なため、明らかに偏った部分もあるのだがそのあたりは彼女の頭脳で補正してかみ砕いていた。
彼女の天才性は多岐に渡るが、特に頭の回転の速さといえばアルベドやデミウルゴスにすら勝りかねない程のものがある。故に今の状況――この国最高峰と言ってもいい隠密と看破のスペシャリストである双子の忍者に気付かれない接近術と、リーダーらしき骨に双子のダークエルフを見て正しく正体を導き出したのだ。
「ここにこうして来てくださったということは、シャルティア様を救う手助けを……いえ、失礼致しました。私達『が』多少なりとも一助になれると見做していただけたということでよろしいでしょうか」
「(何この人、怖い)ああそうだ……それとシャルティアが世話になったようだな。そして、なるほど。守護者最強の存在に対し導き手を称しただけのことはあるようだ。その賢しさ、確かに黄金に勝るものではあるな」
ちょっとしたお茶目も含んだ突然の出現。多少の悶着はあれど、シャルティアと仲良くしているような人物であれば説得も容易いと踏んだモモンガ。しかし蓋を開けてみれば動揺もなく正体を看破されるわ、こちらの事を考えて遜った態度で接するわと、その判断の速さに目を剥いた。目はないが。
モモンガも王都について短い期間で調べられる程度の情報は把握しているし、この町で何が有名かを問うなら黄金の王女や王国戦士長が筆頭に挙げられるだろう。頭脳までゴールデンとは知らなかったが、このまま話し続けていれば間違いなくボロが出ると確信させられるやりとりであったのは、モモンガにとって事実である。故に天才は天才同士で喋ってもらおうと、全員をこの部屋に招集することを提案した。
「話が早いというのは歓迎すべきことだ。しかし急くと追いつけぬ者もいるだろう。そして私は情報の共有を軽視すべからざるものと考えている」
「お褒めにあずかり光栄です。急いで支度致しますわ」
「(説明してないのに理解するのやめて)なに、その必要はないとも。淑女の部屋に無断で立ち入り、その上連れ出すほどの無礼は控えておこう」
仲間が他に居て、情報の共有をしたいから呼んでくるね!(意訳) と伝えようとしたモモンガだが、言葉半分の時点でそれを察して自分が赴くと言う王女に更にびびる。あ、これデミウルゴス的な人だわと既に断じ、至高の御方フィルターがかからない彼女とはできる限り話さないようにしなければと心に決めた瞬間であった。
「それと話についていけてない者もいるだろう。そちらにも――ああ、こちらにもだ。アルベド、私は残りの守護者を迎えに行く。頼みたいことは解るな?」
「はい、モモンガ様」
とにかく一息つきたい、と部屋からでようとするモモンガ。マーレとアウラは、シャルティアと仲間だ友達だと言っている彼女達を見て困惑し、そのまますぐに姿を現してラナーと話し始めたモモンガについていけず、頭にはてなマークが浮かんでいる状態だ。それをしっかり認識していたモモンガは、アルベドに説明を頼むと言い残して守護者を迎えに行く。
その間ラナーは『蒼の薔薇』に、アルベドは姉弟に今の現状を説明した。王女は、ここにきて完全なるどんでん返しが成った事を。統括守護者は、明らかにこちらより敵を知っている『蒼の薔薇』と王女から情報を得、そしてシャルティアが世話になっていたらしい事で至高の御方は彼女達に慈悲を掛けるのだということを。
なるほど、と頷いた部屋の住人達。説明が終わり言葉が途切れた事で双方見つめあう。
「あー……その、ううんっ」
「……」
沈黙に耐え切れず、何を話せばいいのかとイビルアイが口を開くが、自己紹介は全員が集まってからの方がいいだろうし……と悩み歯切れ悪く言葉を詰まらせる。無言でこちらを推し量るように見てくるダークエルフの少年少女に気圧され、しかし言い出したからには何か話さないと、とシャルティアが楽しそうに話していた守護者の事を思い出して口に出す。
「アウラ……とマーレだったか。シャルティアが話してくれたダークエルフの階層守護者の話……その二人か?」
「そうだけど……ていうか人と話す時は顔くらい見せたら?」
「む。そ、そうだな。すまん」
どう接するべきかと悩んでいるのはアウラの方もだが、まず顔も体も隠しているのはどうなんだと突っ込みを入れる。自分に対しても無礼だが、何より至高の御方に相対するというのにそれは不敬が過ぎるというものだ、と。
「ふぅん……吸血鬼だったんだ」
「ああそうだ。まあ驚くわけもない、か」
「そりゃね。あんたがシャルティアの友達……ねぇ」
「わ、悪いか?」
「別に」
ナザリックの配下で誰よりもシャルティアを心配していたのは、実のところアウラであった。もちろんモモンガも心配はしていたが、結局NPCとしてのシャルティアにしか接触したことはないのだから、友人が創造した存在とはいえども少々実感が伴わないというのはある意味仕方のないことであり、責めることはできないだろう。
逆にアウラは実際に彼女との思い出がある――その記憶が本当にあったことなのかどうかはさておいて――ため、仲が悪いと設定された、しかし仲の良い二人であるからこそ心配が募っていた。
守護者として優先すべきことはナザリックと主。それは当然の事ではあるが、やはり心配することだけはやめられる筈もない。そうこうしている内にシャルティアが洗脳されたという事実が明るみになり、それを助けにきてみればナザリック以外の存在がシャルティアを心配し、危険を顧みず助け出そうとしていたのだ。
アウラは複雑な心持ちだった。それは同僚がナザリック以外を拠り所としていた事に対する冷ややかな気持ちでもあり、しかしだからこそ目の前の冒険者がどうしても気になってしまう。
「…シャルティアは私のことなんて言ってたの?」
何より、そう。言ってしまえば、自分の友達が知らない誰かと仲良くしているのを見て微妙な気分になる、そんな気持ちだろう。嫉妬とは少し違う、なんとも言えない感情だ。
まあぶっちゃけると『ふっ……これが若さか』的なアレである。
「あ、ああ。確か……『至高の御方が創造されたに相応しく美麗で』」
「えっ」
「『けれどその強さは見た目に反して守護者最強である自分に比肩し』」
「う、うん…」
「『口に出したことはありんせんが、守護者の中でも一目置いていんす』……と言っていたな」
「へ、へぇ~、ふーん。そ、そう。……ふふ」
だからこそ、シャルティアが自分の事をどう言っていたのか気になるのも当然と言えば当然だ。まったく気のなさそうに(主観)イビルアイに問いかけ、しかしどうせ碌な事は言っていないだろうなと推測していたのだが――まさかの高評価である。なんだなんだ、可愛いところあるじゃんか……と口の端がにやけそうになるのを我慢するアウラ。
「アウラ」
「な、なに? アルベド」
「もう少し守護者に相応しい言動をしなさい。あとにやけすぎよ」
「うぐ…」
我慢はしたが、やはり人伝に聞く自分の評価が高いと嬉しくなるものだ。しかもそれがシャルティアの、となれば嬉しさ倍増と言ってもいいだろう。統括守護者にたしなめられ、少し姿勢を正してシャンとするアウラ。気を取り直してもう一度イビルアイに話しかけようとするのだが……目が点になっている彼女に首を傾げる。
「どしたの?」
「え、あ、いや。その……アウ、ラ…?」
「だから何よ?」
「…マーレではないのか?」
「マーレはあっち。私は姉のアウラよ」
「すまん、逆に覚えていたよう……ん? 『姉』? いや、え?」
「私が姉で、マーレは弟。…まぁ解らなくもないけどさ、次から間違えないでよね」
「そ、そうか。すまん」
勘違い――そう、勘違いだ。女の方がアウラ、男のほうがマーレと聞いていたのだからこの勘違いも仕方のないことだろう。つまり、非常に残念ながらイビルアイの口にした評価は全てマーレのものである。ちなみにアウラへの評価は最初に彼女が想像した通りであった……まあ勘違いしたままのほうが良いこともあるだろう。統括守護者はちゃんと察しており、にやけるアウラを憐れそうに見ていたが。
「そちらはアルベド……殿で本当に間違いないか?」
アウラとマーレを間違えていたように、アルベドの方も勘違いしていないか心配になったイビルアイ。アルベドも三姉妹と聞いていた上に似たような名前であるし、何より聞いていた容姿と随分かけ離れていたため疑問に感じたのだ。
「ええ、そうよ。それと一つだけ言わせてもらうけれど、シャルティアと交友があったからといってこちらに――モモンガ様に気安く接するような真似は許されないわ。そちらの王女はよく解っているようね」
アルベドは、イビルアイの疑念をその優れた頭脳で正確に察していた。故にアウラのように自分の評価を聞くことはしなかった……まあ、そもそも気にもしていなかったともいうが。
「(アルベドとやらは大口ゴリラではないのか…?) 了解した。ナザリック主への畏敬はシャルティアにもよく言い含められていた。重々承知している」
「(アルベドといえば大口ゴリラではないのか…? とか思ってる顔ね、あれは。戻ってきたらぶん殴ろうかしら) 解っているならいいわ。…………ところで後ろの人間達は先程からいったい何をしているのかしら」
「うん? ……っ!? 何をしているんだお前達!」
アルベドに問われ後ろを振り向くイビルアイ。果たして視界に入ってきた光景はラキュース、ガガーラン、ティアに羽交い絞めにされているティナの姿であった。しかしそれでもなお前進しようとしている様は、並々ならぬ執念を感じさせる。鬼気迫る、という言葉がふさわしい形相だ。
「ぬぅぅ……理想郷がすぐそこに…! 離して」
「ちょっとティナ! 状況を考えなさい! …くぅ、なんて力なの!?」
「どうなってんだおい! くっ、もっと力いれろティア!」
「気持ちが解るだけに抑えづらい」
「言ってる場合かよ!?」
「何をやっているんだお前達…」
吸血鬼だというのに冷や汗がでそうなイビルアイ。呆れと羞恥と怒りと焦燥が入り混じったなんとも言えない表情で仲間に再度問いかける。
「ぬぅぅ……マーレきゅん…!」
「ひぃっ!?」
その言葉でイビルアイはおおよそを理解した。ティナは重度のショタコンであり、マーレという美しくありながらも少年である奇跡の存在に我を失ってしまったのだ。竜王国のロリコン冒険者に通じる気持ち悪さにマーレは悲鳴をあげる。ささっとアウラの影に隠れ、半身で様子を窺っているようだ。
「あんた達、冒険者の階級は?」
「アダマンタイトだが……なんだ、藪から棒に」
「…」
竜王国にはアダマンタイト冒険者は一組だけであり、その内の一人がどうしようもない変態だった。そして今見ている限りこのパーティに変態が最低でも一人。アダマンタイト冒険者=変態という図式がアウラとマーレの脳内に刻まれた瞬間であった。
「…ふっ!」
「なっ、消えっ…!?」
「遁術だ!」
忍者のスキル、自身の装備を犠牲に囮を作り逃走する『遁術』と、スキルに依らない暗殺者特有の特殊な動きでもってティナは拘束から抜け出した。急に手ごたえがなくなった感触にラキュースとガガーランはたたらを踏み、ティアは何が起こったか理解はしていたものの、姉妹であるティナの気持ちが痛いほどに解ったため――『姉妹だから』ではなく『同じ変態だから』ではあるが――つい手を放してしまったのだ。
そして当然向かう先は王子の理想形、マーレ。妄想の中の産物を更に凌駕して現れた尊い存在、ただそこに向かってティナはひた走る。ちなみに遁術は己の装備全てをロストするスキル――つまり今の彼女は半裸である。
そしてその様子を呆れて見ていたアルベドとアウラであったが、忍術を使用したティナを見て少し警戒する。竜王国最高の冒険者であっても、ユグドラシル換算でいえば30に満たない低レベルであったのだ。にも拘わらず目の前の女は忍術を使用した――つまり最低でもレベル60以上の存在である。
と言える筈なのだが、そもそも監視していたシモベからもそんな報告はきていない。アウラから見てもそのような高レベルとは言えず、だからこそ、その不思議さに警戒したというのが正解だ。
まあ危害を加えるとは到底思えないが、とりあえず弟を変態から守るかとアウラはティナの前に立ちはだかった。
「義姉さん、どいてほしい」
「義姉さん!?」
が、予想外の呼び方に突っ込まずにはいられないアウラ。その僅かな隙をついてティナは遂に辿り着いた。理想の王子様の、眼前に。
「あ、ぼ、僕…」
「大丈夫、全部任せてくれればいい。筆下ろしはガガーランの専売特許じゃない」
怯える子犬のようなマーレに舌なめずりをしながら抱きしめようとするティナ。狙うはその可愛らしいスカートに隠された『マーレ自身』 小さくて可愛らしいモノが出てくるか、実はこういう子に限って意外と巨大なモノを持っていたり……などと妄想を膨らませている。
そして遂にその毒牙が突き立てられようとした時――プツン、と何かが切れる音が響いた。
「へぶっ!?」
「…」
「ちょ、マ、マーレ…?」
「…」
自分に飛び掛かってきたティナを――俗に言うルパンダイブである――抱きしめ、天使の笑みで受け入れるマーレ。予想外の行動にティナも体勢を崩して変な声を出し、様子のおかしい弟にアウラもおそるおそる呼びかける。
「…!? う、ぐぅ…!」
「ちょっと、マーレ!」
「…」
まさか愛を受け入れたなどということは有り得ないだろう、と様子を見るアウラだったが――ティナが苦し気な呻き声を上げ始めたことで何が起こっているかをやっと把握した。飛び込んできた虫を、握りつぶそうとしているのだ。
流石にまずい、とアウラはそれを止めようとする。もちろんティナを心配しているわけではなく、主が共闘すると言った相手を殺してしまうのは問題だと判断したためだ。マーレは前衛職程ではないが、ドルイドの割にはかなりの剛腕の持ち主だ。そもそも相当なレベル差があるのだから、本気を出せば一秒も立たず挽肉が出来上がるだろう。
故に、一応手加減を忘れるほど我を失っている訳ではないのだろうとマーレの顔を覗き込むアウラだったが……その瞳は姉の彼女ですらドン引きするレベルで瞳孔が開いていた。
「マーレ目こわっ!」
絶対手加減していない、と確信できる混乱具合だ。ならば何故ティナは死んでいないのかというと、当然忍術を使用しているからである。『不動金剛の術』という物理攻撃に対して圧倒的な防御力を誇るスキルであり、その上でティナはその術にほぼ全MPを使用していたのだ。忍術に位階という概念はなく注ぎ込むMPの量で効果が上がっていくため『素のマーレの筋力』に対して『物理防御特化忍術+全MP』という犠牲を払ってようやく死を免れているというわけだ。
しかしどの道このままでは忍術が切れた瞬間死んでしまうだろうと、なんとか引きはがせないかと両者を覗き込むアウラ。『蒼の薔薇』の面々もハラハラしながら見守っており、アウラがどうにかしようとしているのを見ているのだが――
二人の顔を覗き込んだ彼女は、ため息をついてその場を離れてしまった。
「お、おい。止めてくれないのか? 正直私達ではどうしようもないんだが…」
他力本願とはいえども、どうしようもないものはどうしようもない。ガガーランがその剛腕でマーレを引きはがそうとしたところで、ピクリとも動かないのは想像できることだ。アウラとアルベドが何もしてくれないと言うのならば、彼女達にできることは何もないと言っていい。
が、アウラの顔を見る限りそういうことでもないようだ。
「…あれ」
くい、と抱きしめあう二人に首を向け、顔を伏せるアウラ。『蒼の薔薇』の面々はいったいどうしたのだと、アウラと同じように両者の顔を覗き込み……そしてアウラと同じようにため息をついて離れた。
既に、逝っている。
否。
既に、イッテいる。いやイキ続けている。紛うことなき真正の変態がそこにいたのだ。
「モモンガ様はまだだろうか、アウラ」
「そろそろ戻ってくると思うけど……えーっと」
「イビルアイだ。あれはあのままでいいと思うか?」
「…いいんじゃない? イビルアイ」
「そうか」
「うん」
なんとなく友情が芽生えた二人であった。
それはさておき、沈黙を保っている統括守護者が何をしているのかというと――
「美しい…! あれこそ真の愛と言うべきものだわ! ああ! 私も死ぬまでモモンガ様に抱きしめられ続けたい…!!」
身もだえしながら妄想に耽っていた。そもそも彼女は防御特化の構成なので、どんな存在に抱きしめられようがダメージは負わない……というのは野暮なのだろう。
ティナという変態を晒したことに恐縮していたイビルアイであったが、あちらにも変態がいるということでほっとした様子である。そしてそんな騒動のさなかに、遂にモモンガが守護者を伴って戻ってきた。
「待たせたな……うおぉぉっ!? ナニコレ!?」
自分が少し外した隙に、部下が半裸の女性を抱きしめていた。モモンガでなくとも驚くだろう。
結局、コキュートスとセバスがせーので力を合わせて引きはがすところから話し合いは始まるのであった。
pixivでここにも掲載しているまどか☆マギカ二次の投稿始めました。加筆修正しつつ、最終話からエピローグの間の話をそれなりの話数投稿します。オバロの短編等も投稿予定なので、気が向いたら見てやってくだされ。あ、腐向けではないですよ。
完結した話に追加するのはちょっとあれだろ、と言われたのでまどマギに関してはpixivのみの予定です。