しゃるてぃあの冒険《完結》   作:ラゼ

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キャラが喋るままに任せていたらプロット崩壊。はあ……刹那で忘れちゃった、まあいいかあんなプロット。


鮮血舞う王城

 

 王都。法国の動きが事実らしいとようやく気付いた貴族達は、遅まきながら戦力を整えようと奮戦していた――が、時すでに遅し。法国は持てる力の大部分を動員し、けれどそれを使うことすらせずに王城を制圧していた。

 

「制圧完了。上層部はほぼ捕らえました。王国戦士長の投降も確認、ほぼ作戦完了で間違いないかと思われます」

「気を抜くな。いつ不測の事態がおこるとも限らんのだ。王国の無能共はともかく、既に評議国が何かに感づいているとも限らん」

「は。しかし漆黒聖典に加えあの二体もいるのであれば、万が一もありえぬかと」

「確かにな。だが往々にして予想外の事態とはこういう時にこそ起こるものだ」

 

 これから起こる戦に備える事を考えれば、犠牲は少なければ少ないほど良い。つまり効率よく国を吸収するというならば、頭を叩けばいいということだ。風花聖典と水明聖典の情報網を駆使し、火滅聖典による潜入暗殺とゲリラ戦の巧みさを加えればその程度はなんなくクリアできる。

 数より質が重要であるが故のやりかたであり、なりふり構わなくなった法国の戦力を踏まえればこの結果は自明の理でもあった。人類の守護者たるが故に、人類の愚かさを許容してきた。けれど今の状況を思えばそのようなことは見逃せる筈もない。

 

 評議国との本格的な戦争というものは、そういうことなのだ。火滅聖典によるエルフ王国への侵攻も、竜王国への陽光聖典派遣も、亜人の討伐すら放り投げて尚足りぬ。

 

「なにより洗脳がいつ解けるかも知れぬのだ。できれば全ての竜王と相打ちで消えてほしいものだがな」

「であれば、やはりカイレ様の同行は必要であったのではないでしょうか」

「終えた議論だ。外に出せば何らかの事態が起きる可能性は常に付きまとう。法国の奥深く、絶死絶命と共に居ればそこより安全な場所はあるまいて。カイレを外に出すならば、逆に絶死絶命の同行は必須だが――それこそ本末転倒だろう。竜王が覚醒した神人を感知できる術を心得ておらぬとは言えん。連鎖的にツァインドルクス=ヴァイシオンの現状を知られるのは最悪と言ってもいいだろう」

 

 ワールドアイテムの機能を知り尽くしているわけではないからこそ、法国は慎重に行動を重ねている。元々洗脳の対象は一人限定であると伝えられていたというのに、使用してみればこの現状だ。洗脳の効果が弱まることも視野に入れているのだ。

 

「ところで『蒼の薔薇』はどうなっている? 冒険者とはいえ王族と親交があり、そもそもあの吸血鬼の仲間だ。戦士長と同じく要警戒だった筈だが」

「それが足跡を追えず……あるいは王都を離れた可能性もあります。強者であるとはいえ冒険者。国の諍いに手を出すべからずという不文律は犯さないということでしょう」

「ふむ…」

 

 その不文律は『国が理不尽を強いていない』ことを前提にしているのだ。仲間を洗脳などされたなら、大義名分がどちらにあるかなど言うまでもないだろう。しかし同時に法国と――というより『国』と事を構えることの愚かさも、冒険者ならば理解しているだろう。アダマンタイト冒険者とはいえ、一国家全てを相手にすることなど到底不可能であるのだから。

 

 故に逃走ということなのだろうかと、男は思った。仲間を洗脳した国に恭順など示したくはない。しかし対立はしたくないとなれば、国を離れる選択肢もないとはいえない。

 

「…何にしても、既に詰んだ盤面か。この後の段取りは問題ないな?」

「は。不要な貴族は既に火滅聖典により粛清されております。王族は恭順を示しておりますので」

「抵抗も無し、か? 彼奴らは力の差を本当の意味で理解していたと? …少々、きな臭いな」

「は…? しかし、確かに奴等は――」

「力の差というものは戦わねば理解できぬ。王国が愚かであるのはその政策と上層部の在り方そのものだけであり、自らの弱さを理解しておらぬ部分について無知を馬鹿にする道理はない」

 

 故に不可解が過ぎる、と男は考えた。わざわざ竜王と吸血鬼を従えてきたのは、力の差を見せ付けるためなのだ。それは王国のみならず、そこらに存在する各国の間諜に向けてのメッセージでもある。周辺諸国最強と名高い戦士長が片手間……いや、それどころか指一本程度であしらわれる様は、どんな愚者でも力の差を思い知るだろう。

 

 人は比較対象なしに何かを測ることはできない。法国にとっては戦士長だろうが何だろうが、そこらの雑兵と変わらないと認識されて初めて、本当の意味で恭順を促すことができるのだ。

 

 それを男は理解している。優秀であるからこそ、とんとん拍子に事が進むことをしっかりと疑っているのだ。

 

「…とにかく、警戒を怠るな」

 

 だが現状は問題が起きていないこともまた事実。なにがしかの異変を察知すれば、聖典はすぐに気付ける筈なのだから。一抹の不安を胸に、男は占拠した城に足を進めたのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 モモンガにとって怒りとは制御できる感情の一つに過ぎない。人間だった頃の残照が燃え上がるような怒りを滾らせたとしても、次の瞬間には沈静化しているものだ。もちろん強い感情であれば小さな波が打ち寄せるように持続はするが、それとて長時間維持されるものではない。

 

 故にシャルティアを洗脳された事を知った時のモモンガとは違い、今のモモンガは只管にクレバーな思考をしていた。あらゆる感情を排し、対シャルティアにおける自分の引き出しを脳内で並べ立てる。戦闘……ユグドラシルにおいては基本的にNPCをどれだけ強化しても純粋なプレイヤーはそうそう負けるものではない。

 

 相性が悪い、戦闘特化ではないビルドならばガチ編成のNPCに後れを取ることもあるだろうが、似たような職業構成で負けるプレイヤーなどまず居ない。何故ならそれはNPCが自我を持たないからだ。どれだけ素の力が強かろうとも、パターン化した行動を取る存在であれば対処もしやすい。

 

 例外があるとすれば異常なまでに緻密に組まれたアルゴリズムを持つ者――つまりユグドラシルの運営が用意したルーチンではなく、製作者が自ら行動パターンをプログラムした場合のNPCだ。それはプログラマーの腕がそのままNPCの強さに直結するという事である……となれば、とどのつまり結局はゲームを楽しむだけのプレイヤーの、趣味の範疇に収まる程度のものでしかなくなるわけだ。

 

 隆盛を誇ったとはいえ、多岐に存在するゲームの一つであるユグドラシル。その中でもNPCを最強レベルに引き上げるギルドはごく一部だろう。もちろん100レベルにする、という意味ではなく装備も含めての話だ。最高クラスの装備など自分の分を揃えるだけでも難易度が高い。それをNPCにもつけさせるというなら、相応のギルドでなければ不可能であるし、そこまでいけば立派な廃人と呼ばれる人々だ。

 

 何が言いたいかというと、そこまでのトップ勢の中に一流のプログラマーが存在する確率などゼロに等しいということだ。一流というだけならプレイヤーの中には居るだろう。しかしその中で廃人と呼ばれるまでのめりこみ、NPCに力を入れる大手ギルドに所属するとなれば篩にかけると一粒二粒程度だろう。

 

 そしてギルド『アインズ・ウール・ゴウン』にはその一粒が存在した。シャルティアの戦力はガチ勢に匹敵するし、初見という縛りを入れるならば行動パターンからのハメ殺しなどもまずあり得ない。1500人からなる軍団が『アインズ・ウール・ゴウン』に攻め入った時も、それなりの人数をキルせしめたといえばその凄さが解るだろうか。

 

 反してモモンガはといえば、PVPの勝率は高くもなく低くもない。しかし彼の職業構成を含めて考えると、その率は一種異様とも言える数字だというのも事実だ。戦闘で勝利するためではなく、見た目と一致した職業で揃えるロマン編成でガチ勢を倒す。それを考えればモモンガの戦績は素晴らしいものがあるし、事実その一事をもって彼はユグドラシル内でも一目置かれていたのだ。

 もちろんそこだけではなく『アインズ・ウール・ゴウン』のギルド長であり、ワールドアイテムを利用した理不尽な一撃を持つことこそが一番の要因ではあったが。

 

 勝率の秘訣はモモンガの知識と前準備――下調べを怠らない慎重さが所以だ。つまりシャルティアの編成はおおまかに知っているし、装備も大体は把握している。純然たる相性は悪いが、下準備が存分にできるということでの相性は悪くない。突発的なPVPでの勝率となれば、モモンガは極端に悪くなるのだから。

 

 残る懸念は世界の違いと自我の有無。ここはユグドラシルではなく、NPCが意識を持ったリアルな世界だ。そして洗脳されたシャルティアは戦闘において強くなるのか、弱くなるのか。考えても詮なきことではあるが、近づく戦闘にモモンガは思考を回す。

 

 シャルティアを洗脳された事実は耐えがたい怒りだ。いや、耐える必要もなく怒りをぶちまけるべきであり、その対象はもう目前だ。

 

 しかし、冷静なモモンガはどこまでそれを拡げるべきかも同時に考える。法国の全てか? 否。ドラウディロンとの交友のおかげか、彼の人間の残照はまだまだ強い。『国』と『国民』は違うのだ。むしろモモンガの前身――鈴木悟の常識で考えれば、国民とは国にとって搾取の対象でしかない。もっというならば『国』すらも大企業の傀儡でしかなく『人』とは単なる駒でしかない。

 

 指し手が悪手を打った。責められるべきはチェックを受けた当人で、わざわざ駒を砕く必要がどこにあろうか。

 

 許されないのは洗脳した人物と、それを利用している人物だ。末端――つまり兵士、騎士、戦うべきもの達はどうでもいい。法国の舵を取っている者、直接シャルティアに命令をしている者、それだけは何があろうとも許されない。

 

 命をもって贖うべきだ、とモモンガは考える。怒りが頂点に達していた時は『永遠に煉獄を』どうたらこうたらなどと言っていたモモンガだったが、冷静に考えてアレはないと骨の表面を真っ赤(緑)に染めていた。というか拷問だろうがなんだろうが、それには必要なコストがかかる。それにかける人員も、その時間も勿体ない。

 

 なによりそんなことをして友人であるドラウディロンにドン引かれるのは流石に少し気まずい。普通に舐めた真似をした礼をして、普通に上層部を処刑して、普通に各国への友好を顕わにしようとモモンガは考えていた。身分は竜王国が保証すると確約されていたし、法国を降したのならばちょっかいをかけてくる阿呆もいないだろう、と。

 

 つまり今は目の前のことに集中すべきだ。既に王座を奪ったと考える彼らを、その王座にて待ちかまえる。堂々と、不遜に、魔王のように。

 

 悪のギルドの象徴だった『アインズ・ウール・ゴウン』をこの世界で再現するつもりはモモンガにもないが、この時だけは、この瞬間だけはそれに則ろうと。

 

 この王国転覆の首謀――その責任者が王座に座ることによって、それをもって終戦の合図となる。だからこそ、その王座にて待ちかまえるのだ。

 

 王座の間には法国の部隊、火滅聖典が列をなして頭を垂れる。デミウルゴスの支配の呪言により強制的に跪く彼らは、しかし苦悶の表情は見せていない。

 

 どう出るか。どう来るか。慎重さを重んじるモモンガは、それに反して王座に凭れ掛かり敵を待つ。ギルド『アインズ・ウール・ゴウン』に相応しく、悪の頂点に相応しく。その傍には悪の僕が今か今かと敵を待つ。ギルド『アインズ・ウール・ゴウン』に相応しく、悪の配下に相応しく。

 

 ――そして、運命の扉は開かれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 王座の間の扉。地獄へ通ずる門か、はたまた黄泉への入り口か。

 

 ――つまり、同じだ。神官長の一つ下の役職に位置しこの王都の統治を任された男も、それを守護する漆黒聖典も、この扉を潜れば道は一つ。例外は虚ろな目をした吸血鬼のみ。

 

 キィと小さな音が鳴り、役者はここに集う。

 

 男は静かな王城をその足で進んできた。違和感しかないその様子に、しかし漆黒聖典の者は異常なしと首を振る。迎えがない事が不審であれども、王座に座るが上の命。傍らに魔神、後ろに漆黒、王城上空には竜王。何が起ころうともこの布陣ならば盤石と、それでも僅かな予感が警鐘を鳴らす。

 

 扉を開けたそこには、果たして――

 

「…っ」

「何をしている? ここへ座するのだろう。進まねば手には入らんぞ」

 

 開ききった扉からは王座がよく見える。そこに続く豪奢な絨毯の横を、火滅聖典が平伏し侍る。男が王座に着くのを称えようと列をなしている――訳もなく。男はこれをやったのが……やらせたのが王座に座るアンデッドだと確信する。

 

「シャルティアよ」

「…」

「迎えが遅れたようだ。支配者としての無能を赦せ」

「…」

 

 ぴくりとシャルティアの腕が震える。それは敵の可能性がある存在への反射か、遂に願いやまなかった邂逅への反応か。

 

 男は歩を進める。奇襲ができた筈なのに、不遜に構えるアンデッドが罠を張っていることはないだろうと。一歩。また一歩。漆黒聖典はそれに続き、吸血鬼もまた同じ。

 

 男の思考は目まぐるしく回転し、何をすべきか考える。『何が起きているか』はもういいと。『どうすべきか』を考えろ、と。魔神を迎え入れる存在――つまり『ぷれいやー』だ。

 

 何故ここにいる? 言わずもがな魔神を迎えにきたのだろう。

 

 強さはどうだ? 魔神より弱い『ぷれいやー』は少数だ。

 

 戦わねばならぬのか? 配下を洗脳した存在を許すだろうか。

 

 男は優秀であるからこそ、今が事の分水嶺か、それともとうにそれを過ぎているのかを判断しかねる。ただシャルティア・ブラッドフォールンが目の前の彼らと同格だとすれば、事態は既に詰みかけている。そこだけは取り違えてはいけないだろう。

 

「…」

「…」

 

 かつん、と。進めていた歩みを止めて両者は向き合う。

 

「私は法国のし――」

「神ィッ!」

「ちょ、おまっ」

 

 名乗り、謝罪を尽くす。もし許されたならば『ぷれいやー』――つまり『六大神』の再来を喜び、喜んで従属するべきだ。

 

 もし許されなければ『ぷれいやー』――つまり『八欲王』の再来を嘆き、全霊をもって滅ぼすべきだ。

 

 信仰とは狂気と妄信なくして語れない。何かを求めるから、何かを欲するから、救いを与えてほしいから神を敬い信仰するのだ。しかし時が経ち、組織として体をなしていく中で手段と目的が変化することは往々にしてよくあるのもまた事実。

 

 敬いが先に来て、信望が先を行く。何も与えられずとも全てを捧げ、果ては他人にもそれを強要するようになれば……そこまでいけば信仰は狂信となり、信徒は狗となる。

 

 男は聡明で、神に捧ぐのは『信仰』だ。神が人に仇なす存在となれば神とは認めない。人に救いあればこそ捧ぐのだ。しかし先ほど叫んだ者――クアイエッセ・ハゼイア・クインティアは違う。彼のそれはまさに狂信であり、神のためならば全てが許されると考える。

 

「神よ!」

「…っ!? …そ、そうだ。私が神だ」

 

 魔王の死の宣告をばっちり決めようとしていたモモンガは一転、冷たいものを背筋に感じた。叫んだ男からは、信ずるもののためならばその命を平然と投げ捨てることができる、そんなおぞましい目の輝きを見て取れたのだ。それはもしかするとナザリックの部下たちにも似たところがあるものかもしれない。

 

 名乗られ、名乗りかえし、そして死を宣告しようとしていたモモンガはタイミングを外されて少し肩を竦め……横に侍る部下の瞳に『主が神と呼ばれるのは当然』という光が宿っていることに慄いた。マジかよ、と。

 

 部下の期待を裏切らない上司。それがモモンガである。神と言われたからには、そしてそれを当たり前だとしている部下が居るのならば、肯定せざるを得なかった。

 

 

「ああ! やはり! 大罪を犯せし者たちによって放逐されたなど偽りの伝承でしかなかったのですね!」

「…死の支配者たる私を誰が放逐できると言うのだ」

(ひ、人間違いならぬ神間違い? 早く戦闘に入らないとまずい気がする)

 

 つい見栄を張ってしまう癖はデミウルゴスやアルベド、パンドラズ・アクターに『さすモモ(流石モモンガ様)さすモモ(流石モモンガ様)さすモモ(流石モモンガ様)』と日常的に言われていた弊害だ。最初に訂正していれば大した問題ではなかった事を大した問題にするのも流石モモンガ様である。

 

 もう有耶無耶にしてさっさと戦闘に入るかと立ち上がろうとし、しかし『死の支配者』と言葉にした瞬間目の前の男達は全員跪いた。

 

(なんだこれ。なんだこれ)

 

 どんだけだよ、と思いつつモモンガはどうするかを考える。シャルティアを洗脳した事実を許すなどということは有り得ない――が、いきなり信仰を捧げられるのも想定外すぎる。しかしまあ、情など感じない以上戦闘に移行する術など有り触れているだろう。その危険を前に何もしない者など存在しないのだから。

 

「そして貴様らは死の支配者たる私の、大切な守護者を汚したということだ。よもや命をまっとうできるとはおも――」

 

 ぶしゅうっ! と鮮血が降り注いだ。クアイエッセが自らの首を掻き切った音である。

 

「…ごぼっ、我が神よ……この命でもって、あ、贖いだぐ…」

(いやいやいやいや!? なにこの狂信者!?)

 

 マジでこと切れ5秒前。鮮血を降り注がれている周りの人間も一切動じずに平伏し続けていることが、モモンガドン引きの一因でもある。そして目の前の男は倒れたクアイエッセを一瞥だけして、言葉を紡いだ。

 

「…う、む」

 

「神の従属神を汚した烏滸の沙汰、死を以てしても雪ぐことは出来ません。しかしどうか、どうかその万死に値する罪、我が命とクアイエッセの首で赦してはいただけませんか。元はと言えば破滅の竜王を支配せんと行動し、その際に起きた事故のようなものでございます。結果、人類が滅ぶか評議国が滅ぶかの二択を迫られました。人類生存のため従属神様をいいようにした事実は釈明しようもありませんが、なにとぞご慈悲を…!」

 

(烏滸の沙汰ってなんだろう…)

 

 営業でドジを踏んで必死に頭を下げている自分――そんな姿を幻視して、モモンガは拳の振りどころを迷ってしまった。言ってしまえば、戦争のためにシャルティアを支配下に収め調子に乗っている輩を嬲り殺しにしようと考えていたわけで、いきなりガチな謝罪を受けて命までいらぬと言われれば出鼻を挫かれたようなものだ。

 

「…我が配下の洗脳を解け。話はそれからだ」

 

 とにもかくにも、シャルティアの救出が最優先であることに変わりはない。こちらに被害なく奪還できるならば、法国の扱いはさておいて先ずは洗脳を解かせるべきだろう。そう考えて、モモンガは代表らしき男にそう言い渡した。

 

「神の御命令とあらばすぐにでも。しかし一つ問題が御座います」

「…言ってみろ」

「貴方様方が遺した世界の至宝、それがあったからこそ従属神様は我々の如き矮小な身でも味方になっていただく事ができました」

「…」

「が、至宝の性能を全て把握できていない事もまた事実。傾城傾国の対象は個のみの筈でしたが、にも拘わらず竜王と従属神様の両者がその対象になっております」

「それがどうしたと言うのだ」

 

 幾度かの強制的な精神安定化と共に、モモンガは男の話に耳を傾けた。世界の至宝とはおそらくワールドアイテムで間違いないだろう。神というのはつまるところプレイヤーを指し、従属神というのはNPCを。法国が崇めている存在がかつて存在したプレイヤーであり、自分と種族を同じくしていた可能性が高いことも推測できた。

 

「竜王は……真なる竜王は神の、『ぷれいやー』の降臨を恐れております。それは偏に、かつて隆盛を誇った竜王の悉くが神に滅ぼされたからに他なりません。我々が従属神様を支配してしまった経緯もそこにあり、かの御方を我々諸共滅ぼそうとしたプラチナム・ドラゴンロードを迎撃するにあたり、何故か同時に支配の影響がかかってしまったのです」

「…ほう」

「故に、従属神様を解放すれば竜王もそれに倣う形で自由を得るでしょう。その際、我らに抗う力は有りません。そもそも解放された瞬間、我らへの報復を選ぶか従属神様への攻撃を再開するかも不明です」

 

 守護してほしい、と。男はそう言外に滲ませる。そして心の内で冷徹に、冷静に法国の行く先を案じる。神の再臨――そのような都合の良い事など、彼は一切信じていない。『ぷれいやー』であることに間違いはなくとも、同一人物などという事があるものかと。自身の観察眼に間違いが無ければ、目の前のアンデッドは配下を奪われて怒り、いきなり狂信を見せ付けられ動揺し、遜られて狼狽える、神の名を騙っているだけの存在だ。

 

 力はあるだろう。ならば別に過去の神でなくとも今の神になってもらえば済む話だ。そして神にならなくとも、評議国にぶつけられるのならそれはそれでいい。竜王が『ぷれいやー』を警戒しているのは事実だが、いきなり敵対から入るということもない……だがそれでは困るのだ。

 

 彼等には評議国と敵対してもらわねばならない。彼らが勝って神として迎え入れるにしても、負けて評議国を疲弊させるにしても、法国は上手くそれを利用しなければ生き残れない。男にとって『神』とは、人類の『ため』になる存在だ。それ以上でも以下でもない。

 

 言葉に嘘はない。真実を語ってはいないが、何かを騙っているわけでもない。策を弄し、言葉を弄する。その程度ができずして人類の守護者たりえない。

 

 そんな懇願に対し、死の支配者は――

 

「《ドミネイト・パースン/人間種支配》 …先ほどの言葉に嘘があったならば、自害せよ」

「…」

「…ふむ。どうしたものか」

 

 モモンガも馬鹿ではない。男の言から、自分達と評議国を敵対させる方向に持っていっているのは明白だ。しかし狂信と忠誠の雰囲気もまた事実。自分の判断のみでは難しいが、明らかにナザリックの方向性を決める判断を部下に仰ぐのもまた憚られる。ならば残された手段は、この世界にきて手に入れた『魔法』しかないだろう。先程の言葉に嘘が含まれていたならば、もはや敵対に躊躇もない。

 

 配下を洗脳し、更には自分を謀ろうとまでしたのなら容赦する必要もない。そう考えたモモンガが使った魔法は《ドミネイト・パースン/人間種支配》。完全に人間を掌握する魔法であり、故に虚偽の心配などする必要もない。知りたいのは先程の言葉が真実か――それだけなのだから。

 

 果たして、支配された男がとった行動は沈黙。つまり先ほどの言葉は嘘偽りなきものだと判断できる。ならば次に考えることは法国と評議国のどちらを取るか、だ。

 

 現実問題として話し合いは不可能なのか。評議国は異形種を受け入れるのか。戦力比はどの程度なのか。とはいえシャルティアの解放と評議国の敵対が同義であるなら、考える余地は一片すらない。前者程に大切なものなどそうはないのだから。

 

「いや……考えるまでもない、か」

 

 引き延ばして、考えて、その間シャルティアをどうするというのだ。仲間が残した彼女を、これ以上自我無き人形にしたままおいておける訳がない。まずはなによりも彼女の事だ。後はどうとでもなるし、どうにでもすればいい。そうモモンガは考えた。

 

「今すぐ解放できるのか?」

「いえ、操者は法国の神都にて待機しております。お望みとあらばすぐにでも召喚致しましょう」

「よい。その時間すら私を不愉快にさせることを理解しろ。転移魔法を使う故、場所を詳しく話せ」

「はっ!」

 

 男は賭けに勝った。内心で安堵と緊張が入り混じり、それでも今期の『百年の揺らぎ』は利を運ぶものであったと内心で笑みを浮かべる。強者に勝つことはできずとも、操縦することはできるのだ。最後に笑うのはやはり頭を使う者なのだ、と。

 

 死の支配者が鏡のようなものを取り出し――それと同時に漆黒聖典の隊員から声が上がる。モモンガが警戒を緩め、常時展開しているもの以外の情報系防御壁を解いた時点で《メッセージ/伝言》が入ってきていたようだ。

 

「…神官長」

「神の御前だ。私語は慎め――」

「神都が陥落しました」

「――は?」

 

 動乱は続く。それは誰も予想がつかない方向に。結末はまさに神のみぞ知るということだろう。

 




クアイエッセ「」
蒼の薔薇「」

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