しゃるてぃあの冒険《完結》   作:ラゼ

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百合表現があるのでお嫌いな人は見ない方がよろしいかと


アレを探して三千里

「待たせたな」

 

 シャルティアを伴ったイビルアイは仲間が待つカフェに戻る。危うく貞操の危機であったが、なんとか抱擁という名の拘束から抜け出した彼女は仲間を紹介しようとシャルティアを横に立たせて仲間の紹介を始めた。

 

「おかえりなさい……その子は?」

「おかえり……最高のお土産」

 

 絶世の美少女であるシャルティアを見てティアは喜びの声を上げる。黄金の姫と名高いこの国の第三王女すら超えた美貌は、同性愛者の彼女からすればまさに黄金よりも貴重に見えるのだろう。ライオンの前に黒毛和牛を置いた如し、猛然と立ち上がり親交を深めようとする。

 しかしシャルティアからすれば人間など下等な玩具でしかない。ナザリック以外の者に向ける親愛など欠片も持ち合わせていない、故にそうなったのはある意味必然だ。

 

「わらわに物怖じせずに向かってくるとは、そこだけは褒めてあげんしょう。けれど無礼の詫びは体で払ってもらいんすよ、人間」

 

 人間如きが自分を抱きしめようとしてくるとは何たる不遜。そういってティアの体をその人外の力でもってふわりと投げ飛ばす。そしてその事実に驚愕するイビルアイを除いた『蒼の薔薇』のメンバー。

 

 ティアは変態だが、その実力は間違いなくアダマンタイト級なのだ。彼女を子供のように軽々とあしらう者などそれこそイビルアイ以外には見たこともない。結果、その膂力と仲間が害されかけた事実により戦闘態勢に移行しかける彼女達。

 

「ふふ……ほら、犬のように指を舐めなんし。そう、上手でありんすよ。ご褒美をあげんしょう、下僕」

「ぺろぺろ」

 

 仰向けになったティアのお腹の上に腰をおろし、衝撃に驚く彼女の開いた口の中へと指を突っ込むシャルティア。嗜虐に歪むその口元は性奴隷としてなら悪くないとティアを睥睨し、その白魚のように美しい指先はぬるりとした舌を舐るように蹂躙しその口内を犯しつくす。

 

 つまり、だ。どうみても相性抜群です本当にありがとうございました。なんて言葉がティアの脳内を埋め尽くしたのはもはや運命という名の予定調和に違いない。絶世の美少女が自分に跨り、蕩けたような妖艶な笑みで自分を嬲る。これがご褒美以外のなんだというのか。ティアは無心に指先をしゃぶりつくす。

 

「……」

「……」

「店員、ショートケーキを一つ」

「かしこまりました」

 

 イビルアイは我関せずと店員に注文を取ってもらった。店員も店員で気にしていないあたりが『蒼の薔薇』の普段のイメージを物語っている。

 

「首輪が欲しいところでありんすが……今は手持ちがありんせんから我慢しんしょう。そいでそのうち可愛い尻尾もつけるでありんすから期待して待ちなんし」

「わん」

 

 そこには完全にお嬢様と犬の構図が出来上がっていた。一瞬魅了系統の魔法を疑ったラキュースであるが、魔法の発動は一切感知できなかったためその可能性は切って捨てた。まああれ程の美女なら仕方ないかと倒れた椅子を戻して座りなおす。

 これでティアのセクハラの矛先が変わるというならば中々のメリットだ。そんな風に思ってしまうあたりが悲しいところではある。

 

「……で? なんなんだありゃ?」

「さて、なんと言うべきか。言ってみれば……そうだな、世界最強クラスの迷子といったところか」

「ああ?」

 

 ガガーランに問われたところでイビルアイ自身もシャルティアの事は碌に知らないのだ。むしろ全員で情報を共有したいからこそ先にここへ連れてきたともいえる。取り敢えずは先にあった経緯を話し簡単な事情だけを知ってもらう。そしてシャルティアに視線を投げかけて氏素性を紹介してもらおうとしたが、まずは変態のじゃれあいを止めなければとため息をついた。

 

「そろそろいいか? まずは自己紹介から頼む。こちらはさっき話した通りだ」

「少し待ちなんし……くふ、悪くない座り心地でありんすね」

「ん……」

 

 もはやドン引きレベルの痴態を晒す二人であったが、周囲は華麗にスルーした。これも一種の優しさなのかもしれない。

 

「わらわは世界最高のギルド『アインズ・ウール・ゴウン』が拠点、ナザリック地下大墳墓の階層守護者シャルティア・ブラッドフォールン。残酷で非道で冷血な真祖の吸血鬼。至高の御方によって創られたこの身と出会えたことを誇りに思うがいいでありんす」

 

 言っていることは尊大ながらも恰好がついている、しかし視線を下げればこぶりなお尻の感触を堪能しているティアの姿がある。色々と台無しである。

 そして見栄を切ってはみたが情報を収集しなければならないことを思い出し、さっそく問いかけてみるシャルティア。特に先ほど紹介されたラキュースはかなりの情報通らしいと聞いて期待する。あまり期待しすぎれば反動もくるだろうが、今の彼女はイビルアイと出会う前とは違う。今度絶望する時がくるならば、それは地上の全てを探し終えた時だろう。それまではひたすら突っ走ると決めたのだ。おバカな思考も時には役立つもので、今の状況においてはこれ以上ないほどに希望を与えてくれているといえよう。

 

「うーん、聞いたことないわね……貴族関係の情報収集は私がやるわ。裏関係はティナと……いえ、ティナが。だからおとなしくしていてね?」

 

 イビルアイにこっそり耳うちされたシャルティアの推定戦力。それが事実ならば出来る限り穏便に過ごしてもらわなければいけない。言葉の端々から感じる人類への蔑視は無視出来ないが、戦えば結果は見えているとなれば刺激しないように立ち回らなければならない。彼女を放置して、どこぞの馬鹿がちょっかいを出した結果王国が滅びましたなんてことになれば目も当てられないのだから。 

 

 ちなみにティアを含めなかったのは生贄には丁度いいと考えたからであり、彼女がねちょられている間は時間稼ぎが出来るだろうという酷すぎる作戦である。まあどちらも悦んでいるのだから問題ないだろうと判断したのはその通りではあるのだが。

 

「待つのは性にあいんせん。わらわも――――っ」

 

 その言葉に青くなって慄き何とか行動させないようにしなければと思うラキュースであったが、青褪めるシャルティアを見てどうしたのかと訝しがる。なんだか胸の辺りをまさぐっているようだが、何か落とし物でもしたのだろうかと推測した。

 

「い……いつから……く、冗談ではないでありんすよ」

 

 相も変わらずぺったんこの胸を見下ろして戦慄するシャルティア。おそらく前夜に森や村の上空を彷徨っていた時に落としてしまったのだろうと考え、忍者と紹介されたティアをキッと見下ろして抱きしめる。探知系のスキルを一切修めていない故に、己だけでは到底回収出来るとは思えない。しかし何という幸運か、新たな性の玩具はその方面に役立ちそうではないか。全てを取り戻せたならば性奴隷からお気に入りの下僕くらいには格上げしてやろう、そんな思考をしながらシャルティアは翼に力を込める。

 

「行くでありんすよ!」

「うん……もうイキそう」

 

 真祖の吸血鬼の象徴ともいえる立派な羽を広げ、ティアを連れて《フライ/飛行》よりも圧倒的な速度で大空へと飛び立った。それもむべなるかな、彼女にとってパッドとは体の一部ともいえるほど大事なものだ。というよりまさに体の一部として偽装しているのだから。

 ティアを抱き、羽を広げ、見えなくなるまで遠くへ飛んでいくのにおおよそ数秒。あまりの速さにほぼ全ての客と通行人が気付かなかったのは不幸中の幸いだろう。ラキュースは胃が痛くなるのを感じながら、追いかけても無駄であることを察してナザリック地下大墳墓の調査を優先することに決めた。

 何を探しにいったのかは知らないが、後はティアに全てを託し――もとい押し付けて、冷め切った紅茶を飲みほすのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「体の具合は如何ですか? 賢王様」

「うむ……もう全快に近いでござる。なんとも忝い、この恩は必ず返すと誓うでござるよ」

「そ、そんなこと……私達が今まで安全に暮らせていたのも賢王様の縄張りのおかげなんです。こんなことで恩を感じることなんか、全然ないですよ」

「……縄張り、でござるか」

「あ……」

 

 王国に数ある村の一つ、トブの大森林にほど近い平穏なこの村の名前はカルネ村。その中にある一つの家の前で伝説の魔獣が鎮座していた。この白銀の獣はトブの大森林という未開の地でも一際強大な存在であり、森の賢王という異名を付けられ畏怖の対象であった。その魔獣が何故こんなところにいて、なおかつ人間と親しげに話しているのか。それは昨日の晩に端を発する。

 

 森の賢王は自分の縄張りを侵すものに容赦はしない。つまり森林の南側は賢王のテリトリーであり、だからこそカルネ村は森林の近くに村を構えているというのに外敵の脅威にさらされにくいのだ。そのおかげでなんの変哲もない村娘でも森の浅い場所程度ならば薬草を摘みに行けるほどに。

 

 その日もカルネ村に住む娘エンリは少しでも家計の役に立つために採集を勤しんでいた。特産という程でもないが、この森の薬草でつくるポーションは高名な薬師も扱うほどに質が良い。多少の危険は目を瞑る程度の金額にはなるし、ポーションにまで精製せずとも多少の手間をかければそれなりに効能があるこの薬草は神官など居る筈もないこの村では充分役に立ってくれるのだ。

 

 こんな日常も慣れたもので、危ないことが起きる前にエンリはさっさと採集を終えて帰路につこうとしていた。しかしそんな彼女の前に現れる大きな白い影。それはエンリが腰を抜かし下着を濡らしてしまうほどの威容を携えて現れたのだが――しかし、怯えながらもよくよく見てみると体中は傷だらけで巨体を引きずるように移動していた。

 

 痛々しいその姿で森の出口に向かっているその様は、何かから逃げるようにというのがもっとも適切な表現であるようにエンリは感じた。事実自分には目もくれず通り過ぎようとしているのだから。自分がおとなしくしていれば何事もなく過ぎ去りそうだと安堵したのも束の間、魔獣は巨体をビクリと震わせた後にその場に蹲ってしまった。

 

エンリはおそらく体を休めて回復に努めているのだろうと推測し、判断に迷う。自分に気付いていないのか、それとも気付いてはいるが取るに足らないと思われているのだろうかと逡巡し、動けば刺激してしまうのではと不安に思って体をそのまま固まらせる。

 

 そのままで一刻ほど過ぎただろうか。恐怖感も薄れて、というよりは麻痺したのかエンリは魔獣を隅々まで観察するほどの余裕を見せていた。心なしか最初に見た時よりも傷跡がほんの少しだけマシになっているように見える。ただの村娘の自分には想像も出来ないが、これが強大な魔獣の回復力なのだろうかと感心し――そして再度恐怖する。見るからに強そうなこの魔獣がここまで傷つくというのはどんな事態なのかと、今更に思い至ったのだ。

 

 急いで村長に報告したほうが良さそうだと判断し、固まっていた体を叱咤して走り出そうとして――立ち止まる。目の前の魔獣から聞こえる苦し気な唸り声。それはエンリにとって恐怖と、そして憐憫を湧き上がらせてしまった。一撫でされただけで自分を殺せそうな魔獣に対して何を思っているのだと頭を振り、しかし続いている呻き声は彼女の生来の優しさをちくちくと責め立てる。

 

 愚にもつかない馬鹿なことをしているのは自覚しているが、それでもエンリは行動してしまった。採集した薬草は手順を踏んで精製しなければ効能など無いに等しいが、それでも無理やり絞ってエキスを傷口に擦り込んでも多少の効果はある。なにより魔獣の回復力を考えれば十分な相乗効果も見込めるだろうと、そう思ってエンリは巨体に近付いて治療を始めた。

 

 ビクンと体を震わせる魔獣。矮小な存在が傍にいることには気付いていたが、何か出来るわけもないと思って放置していたのだがまさか自分から近付いてくるなどとは思いもしなかったのだ。いったい何を企んでいるのかとくりくりとした目を向け、今度こそ驚愕した。だがそれも当然だろう。まさか治療行為を始めるとは想像の埒外であったのだから。鋭敏な嗅覚は間違いなく薬草だと嗅ぎ取っているため毒という線もない。僅かな効能を実感しながらも、この人間の雌はいったい何が目的なのだろうと考えたが結局は何も思いつかない魔獣。

 

森の賢王などとは呼ばれているが別段この魔獣は頭がいいというわけではない。もちろん人語を解する以上人間と同等以上の知能はあるが、賢い王とまで言われているのは名前負けも甚だしいのである。

 

 その後エンリが手持ちの薬草を使い切ったところで魔獣との会話が始まる。普段なら縄張りに侵入してきた人間など追い返すか殺すかしてしまう魔獣だが今は状況が違う。縄張りは既に放棄しているし何よりも治療の恩がある。この魔獣は義理堅く一本気な性格をしているために恩を仇で返すような真似は決してしない。

 

 多少の会話の後一人と一匹は共に村へと向かうこととなった。それはもうすこし効能のある傷薬があるとエンリが申し出たという理由もあれば、普段よりも危険が増しているだろうこの森を抜けるために恩返しの一環として護衛すると魔獣が決めたという理由もある。

 

 そう、魔獣がこんなことになっているのは森に謎の外敵が多数出現したからなのだ。普通の存在ではない、かなりの強さをもつ蝙蝠や狼の群れが縄張りに侵入してきたのが発端であった。当然排除しようと動いた魔獣であったがあまりの強さに手痛い反撃を食らってしまったのだ。

 

もちろん一体一体が自分より強いなどということは無かったが、かなりの数であり自分に目もくれず散らばろうとする群れに対して広範囲に軽い攻撃を繰り出したのが間違いであったのだろう。敵性のものと判断されたのか一斉に襲い掛かられることとなった。油断と慢心、それに自我が存在しないかのような統率のとれた猛攻にそれでも魔獣は伝説の名に違わぬ奮闘を見せた。かなりの傷は負ってしまったが襲い掛かってきた群れはなんとか掃討することが出来たのだ。

 

 しかし魔獣は200年を生きる伝説の賢王。少ないとはいえその知識にはモンスターなどの生態への理解もある。その知識が魔獣に理解させたのは、今しがた屠った群れはおそらく純粋な生命体ではなく召喚され何者かに指示されただけの存在だという事実だ。

 魔獣が感知した存在は群れの一部程度であり他がどこまで行ったのかは解らない。しかしもはやこの森が安全ではないのはその身に刻まれた傷が物語っている。なにより召喚者が召喚したモンスターより劣ることなどないのだから、恐ろしい存在がこの森を闊歩していることは疑いもないだろう。そこまで考えが至った頃には魔獣は森を後にすることを決意していた。安寧の地ではあったが命には代えられない、それに常々思っていた自分の番を探すことを考えれば森でじっと待っているよりは自ら探すほうがよほど有益だ。

 

 と、そんなことがあったとエンリに話す魔獣。それを聞いた彼女は青褪め、村の安否を一刻も早く確認したい衝動に駆られた。そしていつそんな恐ろしい存在が現れるのかと暗い茂みに視線をやり体をぶるりと震わせる。

 

 歩を速めて村へと向かい、無事に到着した一人と一匹。当然てんやわんやの大騒ぎとなったのだが、人語を解し深い知性を感じさせ、襲う素振りも見せない魔獣に人々は何とか落ち着き――事情を聞いたその後は更なる混乱が村を襲った。

 

急いで王都へ連絡しなければと言う者もいたがそれは少数派だ。彼らは理解しているのだ、国に期待するだけ無駄なのだと。王国の上層部が腐敗していることなど彼らには知る由もないが、それでもこんな辺境の村にわざわざ貴重な戦力を派遣してくれることなどあり得ないと思う程度には理解していた。

 

そもそも伝説の魔獣が恐れる存在を人がどうにか出来るのかという疑問がある。最終的には村を離れるべきだという意見と残るべきだという意見がちょうど半分ほどに割れたのだが、どちらにしても訪れるのは破滅ではないかと多くの村人が薄々感じながらも言い出せずにいた。

 

 村を無断で捨てれば王国の犯罪者としての道が待っている。残れば恐ろしい存在に殺される未来が待っている。諦観の雰囲気が場に流れ、結局どうすべきかの決断が下されることは無かった。進めば地獄、待つのも地獄、どう足掻こうが苦難が待っているのならば決断を伸ばして現実から目を逸らすのも一つの選択肢なのかもしれない。

 

 そんな人間の苦難はよそに傷薬をエンリとその妹のネムに塗ってもらい回復を待つ魔獣。劇的に効いているというわけではないが回復速度は間違いなく上がっている。この分なら明日には殆ど傷も気にならない程度になっているだろうと推測し、恩を返すためにも滞在する間は村を守護するのも吝かではないと考えていた。

 

 エンリを守るのが第一ではあるが、村民はエンリの仲間なのだ。いずれは出会いたいと思っている番、ひいてはまだ見ぬ同族の仲間達。魔獣は仲間や家族の大切さは尊いものだと考えていた。それらをなくして悲しむのならば恩を返せたとは言い難く、なにより無邪気に笑いながら薬を塗るネムに少し絆されたというのもある。

 

 かくして魔獣は暫くエンリの家の軒先を借りることになった。畏怖と畏敬の念をうけながらも暢気に眠る姿は子供達から愛されているようである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 明くる朝、魔獣は不穏な気配を感じ取っていた。エンリが不味いことを聞いたと、縄張りに関しての話題を逸らそうと考えているのをよそに殺気混じりの集団の気配を察してエンリに警戒を促す。

 

 エンリもその真剣な声に圧されて即座に村の仲間達へ広場に集まるよう言って回る。村に近付いてきているのならばもはや逃げる時間は無いだろうし、賢王が守ってくれると言っているのだから一塊になっているほうが守られやすいと考えてのことだ。

 

 それを聞いて村人達がスムーズに集まれたのは前日に聞いた事情あってのことだろう。森から何かが攻めてくる可能性があればこそ、最低限の心構えは出来ていた。結果として村に侵入される前に全員が集まれたのは不幸中の幸いであろうか。

 

 そして蹂躙は始まる。

 

 帝国の騎士に扮した法国の兵士達。彼らの任務は王国の村々を襲って回り、王都にいる周辺諸国最強の戦士長ガゼフ・ストロノーフを誘き出すことにある。末端の兵士達には大したことは知らされていないが、それで蹂躙される王国の民にはたまったものではないだろう。

 

 法国の理念は人類の守護である。戦士長一人を殺すために数百数千を殺す。数百数千を殺しても数万数十万が救われるのならば問題なし。それを守護と言っていいのかは解らないが、法国を動かす者達にとっては間違いではないのだ。

 

 腐敗した王国は既に手遅れで、法国が管理しなければ人類はますます衰退してしまう。円滑に国を吸収するためには戦士長は大きな障害となる。それが狙われる理由であり、この世界においての強さは数よりも質が重要だと解る判断だ。

 

 繰り返すが、末端の兵士――つまり今カルネ村を襲わんとする彼らはそんな崇高か邪悪かを議論するような上の判断など知りはしない。あるのは命令に従う忠誠と、自らの信仰する神の代弁者ともいえる上層部の意思を実行する理念だけである。

 とはいえそんな敬虔な信者だけで軍隊が構成されるわけもない。中には下卑た下心を持った人間もいるし、逃げ回る人々を狩ることに爽快感を覚える下種もいる。

 

 だが、そんなことは何も関係が無かった。有象も無象も区別なく、魔獣は全てを蹂躙する。無抵抗に逃げ回る哀れな村人を狩るだけの仕事は、無抵抗に逃げ回ることしかできない現実となって彼らに返る。

 

 視認すら難しい尾の一撃は容易く鎧を貫通し、見た目とは裏腹に鋼鉄の如き硬さの毛皮は剣を軽々と弾き返す。賢王の名に違わず魔法を使用できる魔獣は《チャームスピーシーズ/全種族魅了》をもって大半を行動不能にし、指揮官も兵士も関係なく狩っていく。さしたる時間も掛けずに殲滅しつくした魔獣は残党が居ないことを確認した後、村人達へ危機の終わりを告げる。

そして残る死体を見て驚く村人達。鎧に刻印されている帝国の紋章を確認していったい何が起こっているのか不安になりながらもひとまず命の危険は去ったと安堵した。

 

だが死体を埋葬し装備は村の一財産になると、村を捨てる選択肢に僅かなりとも幅が出来たと喜んでいたのも束の間。新たに兵士の一団が村に現れる。それは先の兵士達がまさに目的としていた王国戦士長、ガゼフ・ストロノーフその人であった。明らかに強い雰囲気を醸し出している魔獣を警戒しながらも戦士長は何があったのかを問う。

 

 村長が代表して前に出て事のあらましを話し始める。その間も兵士達の警戒が止むことはなく、そして森の異変を聞いていく内にその顔は驚愕に彩られ、村を守ったくだりになると厳しい視線もある程度は緩んだ。

 

 そして王国戦士長は魔獣へ頭を下げる。村を守ってくれて感謝すると。その事実だけでこの戦士長の器が解ろうというものだ。いかに伝説の賢王といえども所詮は魔獣の一体。感謝があろうとも獣に頭を下げる上流階級のものがどれだけいようか。それは驚く兵士と村人の顔を見ても容易に推測できるだろう。

 

 魔獣としてもこれだけ真摯に対応されれば対等に向き合わないほど狭量ではない。むしろ自らの武人気質と似たような匂いを嗅ぎ取ったことで親しみが湧いてくるのも当然のことだったのかもしれない。あるいは本能レベルでその実力が対等に近いことも察してのことだろうか。

 

 とにかく、今もって危機は去っていないと聞いて顔を険しくする戦士長。目の前の魔獣が恐れて逃げ出すような存在ならば今いる戦力ではとても足りないだろう。王国のアダマンタイトチーム『蒼の薔薇』そして『朱の雫』を共同で当たらせることも視野にいれて、王国戦士長は村人に確かな対応を約束する。どちらにしても放っておけない案件ではあるのだ。

 自分に対する貴族の対応を考えれば私財を投げ打って雇うことも考えなければな、とため息を一つ溢しながらも村人の感謝を受け取る戦士長。

 

 しかし事態はそんな予断を許さない。部下の報告でマジックキャスターの集団がこの村を取り囲んでいることを知ったガゼフ。狙いを推測するならば、現状からして恐らく自分の命。もしくは伝説の魔獣を屠るために法国が動いたというのもなくはない。先日トブの大森林で打ち漏らした魔獣を追ってきたと考えれば可能性としては低くはないだろう。

 法国には六色聖典という特殊部隊があり、その中の一つは異常なほどの戦力を抱えていると戦士長の立場上、噂程度には聞いたことがある。高位の召喚士が数をたよりに魔獣を追い立てたのならば伝説の魔獣とはいえ不覚をとることもあるかもしれない。

 

 そんな可能性を視野に入れながら戦士長は作戦を立て、魔獣へ協力を願った。あの人数のマジックキャスター、そして万全ではない自分の装備を考えると部下だけでも逃がすべきかと思ったが、この魔獣が協力してくれるならば話は別だ。自分を狙っていたのならば、それ以上の戦力を持っている魔獣は想定外であり、魔獣を狙っていたならば自分の存在もまた想定外だろう。かの国の理念を考えれば魔獣を見逃せといっても聞こうとはしないだろうと判断し、もし狙いがそれだったならば自分たちが引きつけている間に包囲を突破してくれと魔獣へ話を通す。

 

 当然ながら村を守り、そしてエンリを守るためならば魔獣にも否やはない。自分の存在が敵を招いているならばそのまま村をでて番を探しにいくと約束した。向かうならば評議国が望ましいと、ガゼフは諭す。どのみち人間の使役獣にでもならない限りは相容れるものではないし、騒ぎになってしまうのだからと。

 

 そして兵士達は魔獣に怯える馬を宥めながら包囲を突破しようと試みる。マジックキャスターを相手取るに包囲された陣形は愚の骨頂。ひとまずは敵の包囲網を崩し、陣形に穴を空けることが肝要だ。

 しかし彼らには予想外だった。マジックキャスター全員が超一流の証、第三位階を使用出来るなどとは。一つの到達点であるとも言えるその位階を使えるものがパッと見でも3、40人。いったい何の冗談だろうかと悪態をつき、先に足となる馬をやられて機動力を奪われ籠の鳥と化してしまった。

 

 だが、予想外の出来事だったのはマジックキャスター達も同様だ。恐るるは戦士長ただ一人、そう考えていた彼らにとって魔獣の助勢は最悪の事態であった。《チャームスピーシーズ/全種族魅了》で抵抗出来なかったものは木偶と化し、《ブラインドネス/盲目化》により視界を奪われたものは同士討ちを避けるため動けない。最初の奇襲は成功したものの、戦士長と魔獣により召喚した天使を次々と倒されていく内に焦りが渦巻いていく。逆に兵士たちの士気はあがっていくとなれば作戦の失敗が脳裏に過るのも当然のことだろう。

 

けれど。

 

 焦燥の内にいる彼らに希望の声が掛けられる。それは希望が見えた兵士には絶望の福音でもあった――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 パン、パン、パン、と手を打ち鳴らす音が場に響く。その音の元はマジックキャスター達の指揮官、ニグン・グリッド・ルーイン。彼こそが本国にて戦士長抹殺を命じられた人物であり、このエリートの集団を統率するに足る能力も有している隊長だ。彼は部下が醜態を晒している最中だというのに余裕の笑みを崩さない。

 

「流石と言えよう、王国戦士長ガゼフ・ストロノーフ。いかに予想外の魔獣が居たとて、部下のみで事足りると思っていた私の予想を覆したことには敬意を表しよう」

「ならば引くがいい。既に半壊状態の貴公らと削りあいをしたいとは思わんのでな。そちらが退くというならば我々もこれ以上は戦闘は望まない」

「それがしも同様でござる。あの村に手を出さぬと約束するなら、でござるが」

 

 優勢といえど勝敗はいまだ揺蕩っている。部下が命を散らし、最後に勝った時は己と魔獣のみなど認められない。故にガゼフはそう進言した。たとえ明らかに聞き入れようとはしていない雰囲気であったとしてもだ。それに今の言葉で標的が自分であったことも確認できた。これ以上無関係の者を巻き込むのも気が引けるガゼフ。

 賢王も同様だ。この戦いだけとはいえ仲間は仲間。見殺しにしようとは思わない。

 

「悪いがそれは聞けんな。人類の繁栄のための犠牲となれ、ガゼフ・ストロノーフ。そして汚らわしき魔獣よ。見るがいい! これこそが最高位天使! 人間にはけして扱えぬ第七位階の魔法を行使し、魔神をも超える実力を有した存在だ!」

 

懐から取り出した水晶を掲げ、勝利を確信した表情で天使を召喚するニグン。そしてそれは正しく事実であった。難度にすれば200を超える最高位天使『威光の主天使』はたとえ周辺国家最強と言われるガゼフ、そして伝説の魔獣『森の賢王』であろうとも抗うことすら愚かしい。威圧感を持って宙に浮きガゼフ達を見下ろしている様は余裕の表れのようであり、人の身では到底敵わぬことを強制的に理解させられる。

 

「せめて一瞬で殺してやろう。貴様という人物は気高く有能であったが、仕える人物を誤ったな。運が悪かったと諦めろ」

「――――くっ!」

「不味いでござるな……」

 

 ゆっくりと動き出す天使に何も出来ず立ちすくむ一人と一匹。生半な攻撃は通用しそうもない、仲間を見捨てて逃げ出すわけにもいかない。これ以上ないほどの窮地に、それでも何か活路はないかと死ぬ気で考えるガゼフ。

 

 しかし、現実は無常でありたとえ彼が万全の装備であったとしても結果は変わらない。難度が倍する相手との実力を埋めるような、そんな都合のいいものはこの世界にはありはしないのだ。

 

「さあ! 最後だ……んぉっ。ちっなんだこの汚らわしい白い塊は。いよいよと言う時に水を差すとは」

 

 平原の真ん中で相対していた両軍。ニグンは後方よりに位置をとっていたが、最後の瞬間であり作戦の成功を確信したためにガゼフ達へ向けて歩を進めていた。しかし緑の平原にそぐわぬ白い布のようなものに足を滑らせて転びかける。勝利に浸る自分に水を差すとは不愉快千万、苛立ちながらぐりぐりとそれを足蹴にして土に塗れさせる。そして気をとりなおして死の宣告を再度告げる。いや、告げようとしたその瞬間――

 

「威光の主天使よ! あの者達へその御名において安らかな死を与えるのぎゃあぁぁーーー!」

「なんだ!?」

「ござっ!?」

 

――戦場へ、紅い死神が舞い降りた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ティアは自分の常識が粉々に崩壊していくのを実感していた。シャルティアに抱きしめられて空の旅と興じていた……もとい柔らかさを堪能していた彼女であるが、シャルティアから探し物を手伝えばご褒美を与えると言われ自分の技能の全てを駆使してパッドをかき集めていた。

 

 見知らぬパッドを探す忍術とはいったいなんなのだろうかという部分に触れてはいけない。とにかく彼女は全力を尽くしてそのパッドの大部分を探し当てたのだ。げに恐ろしきは人間の底知れぬ欲望である。

 

 そして最後の一つがこの近辺にあると推測したティアによって平原の上空へと到着したのだが、そこで起きていたことこそがティアに常識を疑わせる要因となったのだ。

 一つの街に一人居れば御の字の第三位階魔法を使用するマジックキャスターが数十人いることがまず驚きで、その集団に勝利しかけているものが存在することが更に驚きで、その一人と一匹を棒立ちにさせる天使が召喚されたことはもはや言葉に出ない驚きだ。

 自分では眼下に見える魔獣ですら勝機は薄いだろう。もちろんチームで戦えば話は別だが、とティアは冷静に下の状況を観察する。

 

 ティアは知り合いのガゼフが絶望的な状況にあるのは理解しているが、それで一も二もなく飛び出すほど直情的ではない。リーダーのラキュースが居たならばともかく、この状況で首を突っ込むほど彼女は情に厚い性格ではないのだ。それは元暗殺者であることと無関係ではない、がやはりラキュースが居ても止めていただろうと彼女は思う。

 

 見ただけで戦力を量れるわけではないが、おそらくあの天使相手では『蒼の薔薇』全員で臨んでも敵わないように思えるのだ。ガゼフと魔獣が力を合わせれば『蒼の薔薇』にすら匹敵しかねないことを思えば、それを歯牙にもかけなさそうな天使の実力は言わずもがなだろう。

 

「シャルティア、逃げよう。あれには誰も敵わないと思う」

「名を呼ぶことを許可した覚えはありんせん……とはいえ役立ったのも事実。特別に許しんしょう、そこだけは」

 

返ってきた言葉に首を傾げるティア。そこだけは許す、というのは不可解だ。そこ以外のどこに許せない要素があったというのか。

 

「あんな下級天使に敵うものがいないとは失笑ものでありんす。このわらわがあの程度のゴミに及ばないと考えているならば、たとえ優秀な下僕と言えども仕置きは免れないと知るがいい」

「――――っ」

 

 最後は口調まで変わり、殺気をむき出しにするシャルティアに彼女は見とれていた。自信過剰な自惚れとは思わない。いつのまに変わったのか紅く、邪悪で、神々しい鎧に奇妙な形の槍を携えているその姿は確かに眼下の天使など相手にもならないような奇妙な確信を予感させた。

 

「どのみちあの辺りに最後のアレがありんしょう? ならば……あぁぁぁーーーー!!」

「……南無」

 

 天使を操る男が何かに滑ったと思えば、それは間違いなくシャルティアのパッド。何を思ったのか男はそれを踏みつけて汚している。当然シャルティアは激昂し、ティアは男の未来を想像して両手を合わせた。

 

 かくして紅い死神は戦場に姿を現し、供の忍者はそれに付き添う形で並び立つ。起こるは喜劇か悲劇かは解らない。しかし確かなことは、彼女が戦場に現れた瞬間に勝敗は決したということだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「何が……起こった?」

「それがしにもよく解らんでござるが、勝機でござる!」

 

 そういって賢王は股ぐらを押さえてうずくまるニグンに更なる攻撃を仕掛けようと突進する。たとえ天使が強敵であろうとも操る者を無力化すれば問題ないと考えての事であったが――今の状況では間が悪すぎた。

 

 ニグンの横に立つシャルティアは、もう使い物にならないパッドを握り締めて悲しみにくれていた。それ一枚で約5ミリ。たかが5ミリ、されど5ミリ。偽物と笑わば笑え。それでもこれは確かに自分の一部であったのだと涙を流す。

 イビルアイとの約束あればこそニグンを殺さないでいたシャルティアだが、今にも噴火しそうなその怒りは鎮まりそうもない。そしてちょうど手ごろなところに破壊しがいのある巨大な天使が浮いている。後は御察しだろう。

 

「焼け死ね……《ヴァーミリオンノヴァ/朱の新星》」

「熱いでござるーーー!」

 

 天使に向かって放たれた攻撃だが、突進していた賢王の尻尾の先にほんの少しだけ掠ってしまった。転がりながら熱い熱いと騒ぐ賢王だが、シャルティアは我関せずと翼をしんなりさせて落ち込む。だがそんな彼女に希望の声が掛けられた。

 

「裁縫は得意」

「本当でありんすか!?」

 

 パッと花が咲いたように笑うシャルティアを見てグッと親指を立てるティア。忍者でアサシンな彼女は小器用さには定評がある。単純な作りのパッドなどお茶の子さいさいである。むしろ素材がよくわからない弾力を備えているためそっちの方が難しそうだと考えるが、翼をピンと立てて喜んでいるシャルティアを見ればそんな苦労など苦労の内には入らないとティアは頬を染める。

 

 最初はその美貌に酔って悪ノリしつつ楽しんでいたのだが、今は内面――嗜虐の表情と子供のような一面のギャップや、強いものに惹かれる本能がティアをそれ以上に引きつけていた。さながら小悪魔のような魅力に、ティアは吸血鬼の間違いか、と内心で笑いながらシャルティアの手を握る。

 

「ティアって呼んで」

「……む。まあ許しんしょう、アレの事はよろしく頼むでありんすよ。あとわたしの名を呼ぶときは至高の御方への敬意を忘れないようにしてくんなまし」

「りょうかい、シャルティア」

 

ティアはそれ誰? と突っ込むことはしなかった。表情を見ればどれだけそれが大切なことなのか理解出来たからだ。彼女がどういう経緯でここにいるのかは知れないが、至高の御方とやらのおかげでここに居るのならば言われなくとも感謝したい気分になるものである。

 

「では戻りんしょう」

「おっけー」

 

 心なしか王都を出た時よりもしっかりと互いに抱き合いながら彼女達は飛び立つ。後に残されたのは金的をクラッシュさせられたニグンと最高位天使をあっさりと撃破され放心状態のマジックキャスター達。それにぐったりしている賢王と、やっと女性の片方が『蒼の薔薇』のティアだと気付いたガゼフ。

 

 突っ込みどころは多々あるが、とりあえず帰ってから事情を聴こうと思い立ち周りを眺める。兵士達はまだまだ戦える、比べて相手の指揮官は意識不明で性別も不明になってしまった。マジックキャスター達は士気もなにもなくどうしたらいいのかと立ちすくんでいる。

 

「投降するならば命は保証しよう……まだ戦うか?」

 

 その言葉に対する答えは、杖を地面に落とす乾いた音が示していた。兵士達は勝鬨を上げ、カルネ村の平穏は無事守られた。残るはトブの大森林に居ると思われる存在だけだ。

 ティアに話を聞くついでに頼もうと考え、長い一日だったと剣を鞘にしまう。取り調べで忙しくはなりそうだが、これを材料に法国の暗部や貴族との暗い関わりを暴くことが出来れば王の権力を取り戻す一助になる。ガゼフはいまだぐったりしている賢王に礼を言いながら軽い笑みを浮かべるのであった。

 


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