しゃるてぃあの冒険《完結》   作:ラゼ

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※この作品は『ギャグ』のタグがついています


シャルティアの覚醒

 

 モモンガは神殿を案内されている道すがら、洗脳を解くにあたっての身の振り方を考えていた。シャルティアの解放は竜王の解放と同義である――そのことについてだ。敵対を前提にするならば、そもそも現時点で殺しておけばいいという結論になるわけだが、さりとて評議国との敵対を安易に決することは難しい。

 

 先に拘束をして、洗脳を解いた後に武器をちらつかせながらの相談など悪い結果にしかならないだろう。しかし洗脳を解いた瞬間に襲い掛かってくる可能性もあるのだ。少なくとも先を歩く神官長はそのことを疑っていない。

 

 とはいえ竜王の戦闘力が聞いた限りでしかないならば、これだけの人数が揃っていて負けることなどありえないのもまた事実だろう。これでさらに慎重を期すべきだと考えるのならば、それはただの臆病者だ。配下を信用していないとも言えるかもしれない。

 

「お待たせいたしました、こちらが神殿の最奥に御座います」

「ああ」

「カイレ、私だ。入るぞ――なっ!」

「…?」

 

 神官長が扉を開き部屋の中を視認した瞬間、絶句する。そこに居るはずの老婆の姿はなく、あるのは飛び散った血の跡のみ。ここまで悪魔が侵入した形跡はなく、アンデッドは言わずもがなだ。絶死絶命が一緒に連れ出したという話は聞いておらず、そもそもこの血の跡こそが異常事態だということを如実に物語っている。

 

「馬鹿な…! この場所に辿りつける者など、いや、まさか最初からここが狙いだったとすれば…」

「…どうなっているのだ」

「っ! も、申し訳ございません! 操者が何者かに攫われたようでございます。この一連の流れを考えると、恐らく悪魔の軍勢も死者の群れも囮であるかと。特に悪魔の方は相当高位な魔物との報告が上がっております……あるいは別に『ぷれいやー』が存在する可能性も…!」

「なん……だと…」

 

 普通にその当人が居なかっただけならば、モモンガはまたもやぶち切れていただろう。しかし自分が呼び出した悪魔の軍勢のせいで街が混乱し、結果としてワールドアイテムを持った者が攫われたというのだから始末が悪い。悪魔が高位だから『ぷれいやー』の存在が示唆されている……モモンガがやったことなのだから当然の事である。

 

 つまり死者の軍勢は超位魔法の変質などではなく、自分達とは別の何者かが囮で放ったものだということだ。少し責任を感じるモモンガであったが、そもそもカウンター魔法なのだから覗こうとした方が悪いと内心で開き直る。

 それに死者の軍勢程度でここまで大わらわになっている上に、この秘密の部屋の存在と行き方まで知られていてはどのみち攫われていただろうと考えた。悪魔の軍勢関係ない、と。

 

「くぅ…! 悪魔の軍勢さえいなければ装備も万端で、死者の群れ程度に『絶死絶命』が出張ることもなかったのだ! この場所を離れることもなかったのだ!」

 

 床に崩れ落ち地面を両手で叩く神官長を見て、モモンガはなんだか冷や汗を掻いている気分になった。横に居るシャルティアの目が冷たくなったように感じ(被害妄想)、後ろに侍る配下達の視線が生暖かくなったことを確信した(被害妄想)

 

「う、ううんっ……ち、血は固まっていないな。そう離れてはいないだろう。パンドラズ・アクター、チグリス・ユーフラテスさんの姿を取れ」

「はっ!」

「セバス、王都に残したエイトエッジ・アサシンを呼び寄せろ。道は私が開く」

「かしこまりました」

 

 とにかく賊がワールドアイテムとその使い手を持ち出したことは間違いない。転移して逃げた可能性も十分に考えられるが、やれることはやるべきだろうとモモンガは矢継ぎ早に指示を下す。

 

「アルベドとマーレを除き、二人組で分かれて捜索にかかれ。連絡手段がある者と無い者でだ。コキュートス、お前は私と共にこい」

「ハッ! 光栄ノ至リ!」

「アルベドよ、お前はシャルティアと部屋に残れ。こうなった以上敵対する可能性もあるだろう。そうなった場合は守勢を貫き時間を稼げ。目を離して居場所が分からなくなることだけは避けたいのだ。相手を殺さず、自分も死なぬことにかけてはお前を一番信頼しているぞ」

「くふぅっ…! か、必ずやご期待に応えます!」

「マーレは外に居る竜王を見張れ。アウラと会話はできるな? 状況を知らせておくのだ」

「は、はいっ」

 

 パンドラズ・アクターを探索、探知の得意なギルドメンバーに変身させ先行させる。ワールドアイテムを奪われたというなら、シャルティアと竜王に新たな命令が下される可能性も考慮してアルベドとマーレにそれぞれ対応を任せる。自分が単独で行動することは誰も認めないだろうし、する気もない。故にコキュートスを護衛につけ自らも捜索に加わる。

 

 それぞれが任された任務を遂行せんと動き出し、主の役に立つために全力でそれに臨む。

 

「…」

「…」

「…では、行きましょうかセバス」

「…はっ、デミウルゴス様」

「…モモンガ様と共に行動することを許されている点に鑑みても、我々に差などあって無いようなものだと思うんだがね。様はいらないとも」

「ええ、解りました。デミウルゴス」

「…」

「…」

 

 『残りは二人組』で――そもそも指示を出された者以外は二人である。微妙な雰囲気のまま、それでも任務には全力であたる二人であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ナザリックを守護する存在で、アウラ個人の強さにおける格付けを行うならば下の方に位置づけられる。もちろん主力のレベル100、という括りにおいてだが。しかし持てる力の全てを使って、と考えたならばそのヒエラルキーは頂点に君臨しかねない。彼女の力は自身の腕力や武術などに依存するものではなく、自身のスキルによる配下の召喚、強化を主としているからだ。

 

 数の暴力どころではなく、質をも持ち合わせた軍勢はたとえカンストしたプレイヤーであっても単騎ではまず抗えない。セオリーとしては召喚者自身を狙えばすむ話なのだが、この世界ではユグドラシルと違い召喚系のスキル――召喚された魔物の自由度がかなり上がっている。結果としてアウラという戦力も強化されたに等しいのだ。

 

「お前さん、手を貸してくれるって言ってくれたのはありがてえんだがよ…」

「何よ」

「いや、振り上げた俺の武器はどこに振り下ろせばいいんだ?」

「あそこにちょうどいい棒があるけど」

「作業用の槌と一緒にすんな!」

 

 数に対抗するにはどうすればいいか。アウラはその答えを身をもって示した。すなわち、数である。彼女が召喚した高レベルの魔物達は、アンデッドの悉くを瞬く間に殲滅し『蒼の薔薇』の仕事を完璧に奪ったのだ。

 

「話に聞いていた以上に凄まじいな…」

「一体で国一つ滅びそうね。シャルティアが召喚する眷属なんかはそこまでの強さじゃなかったのに」

「そりゃ私はこっちがメインだもの。それより――ん、どうしたの? マーレ」

 

 アウラとマーレが持つどんぐりのネックレスを使用した通信。それによってアウラは現状を把握し、雑魚しか存在しない戦場のせいで緩まっていた気を引き締める。シャルティアが元に戻るまで後ほんの少しだと思っていたからこその余裕であったのだが、こうなると彼女も浮ついてはいられない。

 

「――そう。私もそっちに向かうから……うん」

「なにかあったのか?」

「シャルティアを操ってた奴がそのアイテムごと攫われたって。とにかく私は神殿の方へ戻るから」

「なんだと! …なら私達も一緒に向かおう。どのみちこれ以上やることはあるまい」

「…好きにすれば」

 

 アウラ以外の全員が頷きあって神殿に踵を返す。確かにアンデッドの方は既に壊滅状態だ。残りは元々抗っていた陽光聖典と神殿の警備だけで片がつくだろう。遅れてしまってはたまらないと、アウラが全員を魔物に乗せてやり――いわゆるツンデレである――その場にはアンデッドの残骸と蹂躙の後、そして救われた住人だけが残された。

 

「ダークエルフなんぞがなんで俺たちを助けたんだ…?」

「それにオークも居たぞ…」

「…神都に何が起こってるんだ」

 

 ちなみに、全員全裸である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ワールドアイテムとは、『世界』の名を冠する通り尋常ならざる性能をもつ。同じように『世界』の名を持つものでしか抗えないものでもあり、通常のアイテムとは一線を画しているのだ。しかしそれでも分類や系統は他のアイテムと同様に分けられる。

 つまり今回シャルティアに掛けられた『傾城傾国(ケイ・セケ・コゥク)』の効果は、分類としては魅了系のアイテムの枠に入っているわけだ。どう見ても支配系だろうと突っ込みが入りそうな効果なのだが、名前が『傾城傾国』なので運営が無駄に拘った結果である。

 

 魅了と洗脳ではどちらかというと後者の方が使い勝手がいいのだが、一つ大きな相違点がある。それは洗脳された者がその間の記憶を完全に保持しているという点だ。故に殺してはならない者から情報を抜き出す際は魅了の方が使い勝手がいいと認識されている。

 

 そして効果の解除について。これも通常のアイテムとはことなり、この『傾城傾国』は時間制限がない。というよりかはこの世界では時間制限がなくなった、という方が正しいだろう。ユグドラシルでそんな既知外じみた性能にしていては、いくら糞運営に慣れたプレイヤーと言えども発狂するレベルだ。

 

 ワールドアイテムには漏れなく中二病染みたフレーバーテキストが用意されているのだが、そちらの方に少し寄ったのだろう。『星に願いを』や『ウロボロス』の願いの範囲が異常なまでに広がった点と同様である。

 

 この世界において『傾城傾国』の効果を消去するにはどうすればいいか。一つは使用者が解放すること。二つ目は使用者が死ぬこと。三つめは使用者がアイテムの所有権を失う事だ。最後の部分はもちろん強奪といった無理やりなものも含まれる。

 

 そして『所有権』と『強奪』の定義。アイテムを脱いだだけで効果が切れてはおちおち風呂も入れないため、この『傾城傾国』はアイテムを手放しても一定時間効果は保証される。『強奪』された場合はその瞬間に。そして何をもって強奪とするかは、実のところ人間の意志が関係しているのだ。

 

 今回で言えば、クレマンティーヌがカイレからアイテムを剥ぎ取った際『強奪』とは見做されなかった。何故かというならば、このアイテムは使用者が限定されるため、彼女にとって老婆はいまだ使い手でいてもらう必要があったからだ。

 

 しかし。

 

 今この瞬間――『傾城傾国』はカイレの死亡と共に力を失った。正しく言うならクレマンティーヌが殺害したから、である。保険としてカイレには生きていてもらう必要があると判断した彼女だが、今の状況がそれを許さなかったのだ。

 

 スキルでもない。魔法でもない。直感に優れた彼女の本能が警鐘を鳴らしていたから。何かに追われている気がするという、ともすれば強迫観念のようなそれを彼女は迷うことなく真実だと断じた。戦士としての直感というよりは、ここ最近で培われた生存本能のようなものだ。

 

 故に少しでも速く走るために荷物を置いていったのだ。もし追手が『絶死絶命』であれば、おそらくカイレの死体を優先する筈だろうと考えて。

 

 しかし彼女の与り知らぬことであったが、追手はチグリス・ユーフラテスに姿を変えたパンドラズ・アクター。人間の死体など放置して、この神殿を一番速く動いている存在を捕捉して追跡を続ける。おそらくこの速度ならば神殿を出るか出ないかのところで追いつくだろうと。

 

 ――そしてそこに役者は集っているようだ、と。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 『絶死絶命』はアンデッドの掃討を中断して神殿に向かっていた。自分でも相当苦戦するだろう魔物がアンデッドを駆逐していく状況を見ての判断だ。いったい何が起きているのかを把握したい、そしてできる限りカイレから離れてはいけないと厳命されていた故に。神都が滅んでは元も子もないため少し戦場に姿を現したものの、収まりかけているというならばこの判断は間違いではないだろう。

 

 けれど間違いではないということが正解である、というのはまた違う話だ。

 

「…『世界盟約』は破られていたようだね。残念だけど法国には滅んでもらう」

「踏んだり蹴ったりっていうのはこういうことかしら…」

「ふ、二人とも動いたらこ、殺しますー…」

 

 神殿に戻った彼女の目の前には、悲しそうな目で『絶死絶命』を――『覚醒した神人』を見つめるプラチナム・ドラゴンロードが中空に佇んでいた。そしてあわあわと慌てる可憐なダークエルフがその下に。態度とは裏腹に、言っていることは非常に物騒である。

 そして睨みあう神人と竜王の前に、これもまた強大さを感じさせる魔物とその上に乗った可憐な女性達(一人除く)が姿を見せる。

 

「ツアー!」

「…キーノ? 悪いけど今は――」

 

 久しぶりなようで、けれどつい最近どこかであったような気がする旧友との邂逅。そもそも今がどういう状況下であるかもツアーは把握していない。しかし確かなことは法国と評議国……というより竜王と法国が交わした絶対にして最大の盟約が破られているということだ。彼にとってそれはなによりも優先すべき事柄である。

 

 そして一触即発の場に更なる闖入者が現れる。占星千里が探し当て、漆黒聖典に追われていたカジットである。かつてのカジットならば逃げるという選択肢すら取れることなく死んでいただろうが、吸血鬼になったおかげで得た身体能力によってほんの少しだけ活路が開かれていたのだ。

 

 とはいっても死までの数秒が数十秒に延びた、程度の事ではあるが。灯台下暗しとばかりに神殿の近くに潜んでいた彼は、炙り出されて神殿の真ん前に追い立てられたというわけだ。

 

「ぬうぅ、クレマンティーヌはまだか…! そもそもこやつらは王都に向かった筈ではなかったのか。当てずっぽうな推測を立ておって、あの小娘…!」

「もう逃げられんぞ――っ!? なっ…!」

「竜王が既に…!? 神都では解放しない筈ではなかったのか!?」

「番外席次と鉢合わせたとなると、もはや戦争は免れませんね」

 

 見下ろす竜王と、見上げる『絶死絶命』。その二人を視界に入れて警戒するマーレとアウラ、そして漆黒聖典の面々。状況が不明なために動けない蒼の薔薇とカジット。空気が張りつめ段々と限界に近付いている中、またもや新たな登場人物が場に加わった。

 

「ぐ……っ、追いつかれる…! 外に身を隠せる場所……あるわけないか」

「その手に持つアイテム…! コレクター魂が燃え上がりますよお嬢さん!」

 

 神殿の扉まで後数メートル。出て数秒もすれば捕まるだろうという諦観が彼女にはあった。くねくねと変なポーズを取りながら自分を追う化け物(変態)に、いったい自分がどうなってしまうのかと彼女は身を震わせた――が。終着点は『それ』ではなく、扉の向こうで待ち受けていた更なる化け物であった。

 

「くっ……ぶぁっ!?」

「ああ失礼、少しよそ見をしていたようだ。だがこうして抱き留めたのだから、許してくれるだろう?」

「エッ、エルダーリッチ…!? ぐ、あっ……放しやがれ、このっ…」

「情報を吐かせたいところだが……どういう状況だこれは? 竜王が解放されているというならば、ふむ…」

「おおっ! お手を煩わせてしまい誠に申し訳ございませんモモンガ様!」

「なに、ここまで追い込んだならば充分な手柄だとも。それより姿を戻しておけ」

 

 パンドラズ・アクターからの通信により先回りしていたモモンガは、今まさに竜王と何者かが戦闘に入りそうな光景に警戒する。むしろ自分が現れたことこそがゴングの合図、その呼び水にでもなったかのように竜王が魔法を放つ。ユグドラシルの魔法全てを知識に修めるモモンガですら見たことのない攻撃――そしてそれを迎え撃つは、この世界で自分達以外が使用するのを初めて見る、高位の魔法であった。

 

「わわわ…! え、えいっ」

「ちょっ、マーレっ!?」

 

 そして魔法をいつでも放てるようにしていたマーレもそれに加わる。早押しクイズの出題をいまかいまかと待っていたような心境であった彼は、他の者が押しそうだったからつい条件反射でやってしまったのである。三方向からこの世界最高の力がぶつかり合い、開幕の合図であるかのように爆発する――その刹那。

 

 遂に運命の《ゲート/異界門》は開かれた。

 

「ああ、ようやくお会いできんした! 最愛の至高のおんぎゃぁぁ!」

「シャ、シャルティアァァーー!?」

 

 丁度攻撃がぶつかりあう交叉点にて、転移してきたシャルティアが攻撃の全てをその身に受けたのであった。ちなみに一番ダメージが高かった攻撃は言わずもがな、青い顔で姉の後ろに高速移動したダークエルフの少年の魔法である。

 

 

 





シャルティアには爆発オチがよく似合う…

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