しゃるてぃあの冒険《完結》   作:ラゼ

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なんか最終回っぽいタイトルですが最終回ではありません。

でも年内には完結するよ!


しゃるてぃあの冒険

 シャルティアが爆発する数分前、神殿の最奥では感動の再会劇が繰り広げられていた。

 

「…ん?」

「…! シャルティア」

「っ! アルベドっ!? ぬし何故ここに……いや、私は…? っ! モモンガ様っ!」

「落ち着きなさい、今説明するわ。いえ、まずどこまで覚えているのか聞きたいわね」

「どこまで…? ……イビルアイと森に向かって……そう、竜を殺そうと…」

「記憶が朧気ということね。支配されていたと思っていたのだけど、魅了されていたということかしら」

「はあ~? 吸血鬼の真祖たるわらわがそんなバッドステータスにかかるわけがありんせん。ついに脳みそまでゴリラになったでありんすか?」

「…」

「な、なんでありんすの、その顔は」

 

 シャルティアの想像では、このままウナギだゴリラだなどと言い合いになるだろうと予測していた。しかし返ってきたのは哀れな者を見るかのような瞳とため息。肩透かしを食らったシャルティアはとにかく今何が起こっているのかを問う。

 

「ここはナザリック……ではありんせんな。何がどうなっていんすの?」

「簡潔に言うわ。貴女がワールドアイテムによって操られ、モモンガ様の深い慈悲によって今洗脳が解かれた。これ以上は必要ないわね?」

「なっ…!」

 

 アルベドは冷たい瞳でシャルティアを見やる。目の前の少女がナザリックの同僚であり、必要な存在であることは彼女も理解している。しかしたかが一配下のために慎重さをかなぐり捨てて行動しているモモンガを見て、アルベドは彼女に怒りを抱いていたことも事実。

 

 なにより、愛している存在が他の女のために心を乱しているのを見続けていたのだから、その心中が穏やかでいられた筈もないだろう。きっとモモンガがシャルティアを許す――それどころか彼女に謝罪することすらあると見越しての、精一杯の嫌がらせだ。守護者たる者が、守護すべき存在に助けられたという汚名を自覚させるために。

 

 ――が。それは言葉の裏をちゃんと読み、一語一語をしっかり考えて行動する者にしか通じない。いわんや、あんな少ない言葉でシャルティアに自覚を促すというのは不可能に近いだろう。

 

「つ、つまり――わらわという姫を助けるために! モモンガ様が救いの御手を! ああ、ペロロンチーノ様……わらわが『えろげ』の『ひろいん』ということでありんしたのね!」

「こ、こ、こ……誰がヒロインですってヤツメウナギぃー!? モモンガ様の正妃はこの私に決まってんだろうが!」

「あー、おばさんの嫉妬は見苦しいでありんす。さ、モモンガ様のところへ案内しなんし、わ・き・や・く」

「ぐ、ぐ……ぐぉらーーっ!!」

 

 両手をがっちり掴み合って押し合い圧し合い、重圧で部屋の壁が物理的に軋むほどいがみ合う二人。止め役が居ないためにこのまま法国が滅びかねない勢いであったが、状況が状況であるため珍しくアルベドの方から折れた。

 

「ぜぇ……とにかく、今はそんなことをしている場合じゃないわ。神殿の外に出るわよ。《ゲート/異界門》は使えるわね?」

「神殿と言われても、そもそもここが何処かも知らんでありんすよ」

「記憶に無い筈は無いわ。そもそも魅了とは基本的に普段通りの行動をさせつつ、特定の行動に対する違和感を覚えさせないというものでしょう? 通った道も覚えていないなんてことは有り得ない。白い神殿、扉の前に天使の像。覚えてない?」

「…なんとなく、うーん……《ゲート/異界門》。お、いけんした」

 

 なんとなく記憶の片隅にある神殿の情景に、なんとなく魔法を使って、なんとなく《ゲート/異界門》を出現させたシャルティア。彼女には理屈より感覚でやらせた方がいいということの証明だろう。横で見ていたアルベドの方も呆れ気味である。

 

「モモンガ様! いま会いに行くでありんす!」

「あっ、ちょっと待ちなさい!」

 

 喜び勇んで黒い靄に突撃するシャルティアを引き留めるアルベドであったが、制止の声も空しくそのまま少女は消えゆく。なんだか記憶にあるよりも馬鹿に拍車がかかっていないだろうかと嘆息し、《ゲート/異界門》が消えない内に自分も潜らなければと足を踏み出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ぐ、おおぉ……いったい何が起きんした…?」

「あれは……森に居た吸血鬼…? そうだ、なんとなく思い出してきた」

「なんでさっきので生きてるのかしら!」

「ど、どうしようお姉ちゃん…!」

「謝れば大丈夫だって。だいたいいきなりあんなとこに出てきたあいつが悪いのよ」

 

 シャルティアの姿を見て段々記憶を取り戻しつつあるツアー。番外席次が彼女の存命に驚愕し、マーレがアウラにしがみつきながら必死に姿を隠そうとしている。

 そしてシャルティアの方もまた、ツアーを見て一気に記憶を取り戻す。

 

「…あの竜はっ! …殺す…っ!」

「っ! やはり世界を汚す存在か!」

 

 記憶のぶり返しは条件反射のように両者を戦闘に移行させ、先程の焼き直しのように高位の魔法と未知の魔法がぶつかり合う。そして同じようにアルベドが《ゲート/異界門》を潜り抜けて攻撃に晒される――つまり天丼というやつである。

 

「待ちなさいシャル――ぬぅあああぁぁぁ!! どらぁああ!!」

「おおっ……流石アルベド」

「僕の攻撃を完全に耐えた…!」

 

 しかし彼女はなんといってもナザリック地下大墳墓の栄えある統括守護者。そして条件さえ揃えば超位魔法すらダメージを受けることなく耐えうる最硬の存在。彼女の真骨頂はその防御力にあるのだ。突然の魔法に身をさらされながらも、鎧の効果に自分のスキルを重ね合わせて全てを無傷で耐えきった。アインズは思わず感嘆の声を出し、ツアーは驚愕に動きをとめた。

 

「はぁ…っ! どういうつもりかしらシャルティア?」

「どうもこうも、邪魔でありんす! さっさとどきなんし!」

「んだとゴラァ…!」

「シャァァ…!」

 

 完全に場は混沌。誰かが動けば誰かが動きそうで、つまり誰も動かない。ツアーも機を外されて動けない――そもそもシャルティアのように魅了の効果から抜け出たばかりの上に説明してくれる人物もいなかったのだ。呆けた頭で、それでも覚醒した神人を目の前にして役目を果たすことで頭がいっぱいだっただけとも言える。

 

 しかしようやく状況を把握……というより推測し、そして周囲の存在にも目が行くようになったため冷静に思考を回す。最も永く生きているドラゴンロード、『ツァインドルクス=ヴァイシオン』は元来思慮深く温厚なのだ。

 

 空中で停止するツアー。睨みあうシャルティアとアルベド。固まっているモモンガ。その横で黙って控えるパンドラズ・アクターに、これまた立ち竦んだままのカジットと漆黒聖典の者達。番外席次は新たな強者の出現に警戒――男だったら結婚相手候補なのに、などと二人を見て呟いている――し、蒼の薔薇もまた動けずにいた。

 

 アウラは震えて抱き着くマーレを撫でて落ち着かせ、デミウルゴスとセバスはいまだ神殿の通路である。

 

 それなりの数が居る中でまず誰が動くのかと考えれば、一人だけ動かざるを得ない女性が居る事を思い出さなければいけないだろう。逃走の末に捕まり、いまなお至高の存在に抱きしめ続けられる栄誉を賜っている女性。正直モモンガもその腕に捕らえていることを忘れかけており、怒涛の展開で無意識に腕に力が入っている現状、クレマンティーヌは潰れる手前のヒキガエル状態である。どうにか動かなければ圧死が待っているのは間違いないだろう。

 

「…かひゅっ! …た……けて」

「…ん? うおっ!(なんか付いた!)」

 

 女性として色々出してはいけないものが出ているクレマンティーヌ。彼女の絞り出すような声に、モモンガはようやく賊を捕らえていることを思い出した。しかし自分の体に謎の液体が付きそうになっているのを見て、思わず放り出してしまったのだ。自分でやっておきながらあまりにも酷い支配者である。

 

「がふっ、ごほっ…! はぁっ……ぐ、ぅ」

「ちっ…」

「お任せを、モモンガ様」

 

 這う這うの体で逃げ出すクレマンティーヌだが、弱り切ったその体で成功する筈もない。舌打ちをしながら再び捕まえようとするモモンガ――そしてそれを制して動きだすパンドラズ・アクター。これでは精々が数メートルから十数メートル逃げられれば御の字だろう。けれどその距離は、シャルティアに気付いてもらうには充分な距離でもあった。

 

「…クレマンティーヌ? なにしていんすの、そんな無様な格好で。わらわのしもべたる者には品格というものも求められるでありんすよ。……で。テメエがこれをしたってことでいいいんんだよなぁぁ! ドッペルゲンガアアア!」

「っ、これはシャルティアお嬢様。御帰還のほど、お喜び申し上げましょう! ところで何かお気に障ることでも?」

「ああ? 誰だよテメエは! このシャルティア・ブラッドフォールンのものに手を出して生きて――」

「シャルティアよ」

 

 ナザリックの中でパンドラズ・アクターを知る者は少ない。宝物殿に領域守護者が居ることぐらいは知られているが、NPCが立ち入る場所ではなく、立ち入ってよい場所でもない。故にシャルティアもクレマンティーヌを襤褸切れのようにした下手人であろうドッペルゲンガーを見て、怒りを露にした。自分の知らぬところで自分の玩具が壊されていたとあっては、腹立たしいことこの上ないと。

 

 しかし――そんな彼女に、そんな彼女が、誰よりも望んだ、何よりも欲した神の言葉が掛けられる。

 

「…あ……ああ!! モモンガ様! モモンガ様! 至高の御方…! わらわは……私は…! モモンガ様…!」

「よい、何も言うな。それより随分と迎えが遅れてしまったようだ……すまんな、シャルティア。我がナザリックが誇る最強の階層守護者よ。許してくれるか?」

「許すも、許さぬも…! そのお言葉一つで……ひぐっ。あ、頭をお上げください…! わらわは……私は、もう、ひっく……捨てられんしたかと…」

 

 アルベドにモモンガが迎えにきていると知らされても。嬉々としてナザリックの事を話している時でも。国を回って探し求めている時も。

 

 ずっとずっと、頭のほんの片隅では恐れ続けていた恐怖。至高の41人がナザリックを去った時のように、モモンガが自分を捨てたのではないかと。己は既に廃棄物なのではと。その絶望は片時も離れず彼女を蝕んでいた。

 

 ちゃんとした廓言葉を知りもせず。けれど使っていればいずれ迎えに来てくれるのではと、意味があるかも分からない希望に縋り。彼女はずっと耐えていた。

 

 彼女が何よりも望んだ言葉は『迎えにきた』の一言だった。

 

 本当の本当にナザリックを探しに行くならば、本気の本気でナザリックを見つけたいのならば、もっと効率的なやりようはきっとあった。それでも彼女が自分を誤魔化していたのは、ナザリックを探し当て――『何故帰ってきた?』と聞かれるのが何よりも怖かったからだ。

 

 モモンガに必要とされた。それだけで安堵が彼女を満たし、希望が彼女に溢れる。嗚咽を漏らし、不敬と知りながらも膝から崩れ落ちる。

 

「…シャルティアよ」

「ば、ばい」

「お前が居て。お前が揃って。お前が存在してようやく『アインズ・ウール・ゴウン』だ。この世界にきて……そうだ、竜王国というところに飛ばされたのだがな。お前が居ない間は対外的に『アインズ・ウール・ゴウン』を名乗っていない。その意味は……解るな?」

「…はい゛っ…! モモンガ様……モモンガ様。シャルティア・ブラッドフォールンっ、た、ただいま帰還、し、しんした」

「ああ、よくぞ戻った。そしてこれからも頼むぞシャルティア・ブラッドフォールン」

 

 それはシャルティアの旅の終わり。それは『アインズ・ウール・ゴウン』の始まり。涙を必死に堪え、片膝をついて帰還を告げるシャルティアは――神官職が示す通り、神に仕える美姫であった。誰も邪魔をしない、誰も邪魔をできない主従の契り。神々しささえ感じられるその一場面。

 

 ――そして視線を下げれば泡を吹いているクレマンティーヌ。台無しである。

 

「あ、忘れていんした。クレマンティーヌ! 死んでいんせんか?」

「…そいつとは知り合いか? シャルティア」

「はい、新しいシモベでありんす」

「そ、そうか……うむ、そうか(マジか)」

「そういえばそやつは誰でありんしょうか? シモベにしては見たことがありんせんが…」

「ん? ああ、こいつはパンドラズ・アクター。私が制作したNPCであり、宝物殿の領域守護者だ」

「紹っ! 介っ! に与りましたパンドラズ・アクターと申します! 以後お見知りおきを、シャルティアお嬢様!」

「うわぁ……ださいわー…」

「うわぁ…」

 

 片手を胸に当て、大仰にもう片方の手を振りながら自己紹介をするパンドラズ・アクター。本人がこれを格好いいと思ってやっているところが悲しいところであり、その理由が当時のモモンガもこれを格好いいと思っていたから、というのが更に悲しいところである。子は親に似る――NPCは製作者に似る――つまり、そういうことなのだろう。

 

「あー、とにかくポーションを使うか…」

「有難うござりんす。至高の御方手ずから癒していただけるなど、こやつも望外の幸運でありんしょう」

「…ほう」

 

 シャルティアの様子を見てやはり、とモモンガは興味深そうに声を上げた。シモベか、それとも仲間か――どちらにせよ『人間の女』を『至高の存在』が手当することに彼女は異を唱えない。もちろんナザリックにおいてそういう態度をとる者は沢山いるだろう。

 

 しかしカルマ値が極悪に位置しているシモベなら必ず止める筈だ。至高の御方がわざわざ人間如きに手間をかけるまでもない、と。

 

「すまんなシャルティア、こいつを殺しかけたのは私だ。敵か味方かも知れなかったのでな」

「っ! もしやこやつがモモンガ様に何か粗相を…?」

「いや、そういうことではないんだが……というか私もどういう状況なのかいまいち不明瞭でな。その、クレマンティーヌだったか。そいつに聞いた方が早いだろう。ああ、それと『蒼の薔薇』にも世話になった……良い人間関係を築いているようで何よりだ」

 

 どばどばとポーションを贅沢に降り注がせるモモンガ。否、もはやぶちまけているというレベルだ。それは彼に残った人間の残照が、クレマンティーヌの恥を――『人としてやってしまいたくないこと』トップ10に入る恥を隠してあげるために行った慈悲でもある。主に下半身へ集中的にかけている、といえば誰にでも意味は解ってしまうだろうが。

 

「さて、と……ああ、随分待たせてしまったな。動かずにいてくれたことを感謝しよう、ツァインドルクス=ヴァイシオン」

「…この状況で動けというのも難しい話だからね。それにしても――ああ、なんだか懐かしいな…」

「…?」

「ああ、ごめんねこっちの話。それで、君は『プレイヤー』ってことでいいのかな」

「そうだ。そしてお前がそれを知ってどうするつもりなのかが、目下気になっているところだ」

「そうだね……うーん、どうしたものか。君が法国に与するなら、『世界盟約』も意味を成さないし…」

「勘違いしてもらっては困るが、別に法国に味方をしているわけではないぞ? お前が洗脳されていたのと同様に、私のシモベも洗脳されていたからわざわざここに足を運んだだけだ」

「そうなのかい? なら君は僕の恩人ということになるのかな」

「…っそう、だな。考え方によってはそういう見方もあるか」

 

 クレマンティーヌがすぐに起きる気配もなかったため、ようやくモモンガは渦中の人物――その中心にならざるを得なくなっているツアーに声を掛けた。シャルティアに攻撃を仕掛けたことについて業腹ではあるものの、明らかに混乱していた様子を見ては多少考える余地もあるだろうと。

 

 そしていざ話してみれば、思いのほか友好的……といっていいのかは不明だが、敵対的でないことにモモンガは少し驚いた。『プレイヤー』に対して攻撃的ではないのか、『NPC』に対して好戦的ではないのか、と。神官長から聞いていた話とは随分異なる様子に疑問を覚えるモモンガであったが、そもそも敵対している国同士が相手の事を良く言う筈もないか、と至極真っ当な考えに行きついた。

 嘘がないのは確認したが、本人が真実だと思っていることと実際の真実がどうであるかはまた違うということなのだろう。

 

「随分と色々こじれてしまっているようだ。どうだ、ここはひとつ場を変えて話でもしないか。竜王国などどうだ? この世界で誰の味方をしているか、という話なら私はそこの味方というのが一番近い。あの国は法国に良い感情をもっているわけでもないし、評議国に関しても同じだろう。種族がどうのというならば、ドラウディロンは竜王の血が混じっている。思いつく限り一番中立な立ち位置だと思うんだがな」

「ブライトネス・ドラゴンロードの系譜か……うん、僕に異論はないね」

 

 竜王にとって『プレイヤー』は『世界を汚す者』、『世界を守る者』、『世界を傍観する者』のいずれかだ。ツアーにすればかつて仲間だったこともあるのだから、一概に決めつけて敵対しない事は当然である。とはいえ八欲王のようにあからさまに強欲、もしくは邪悪であるならば話は別だろうが。ちなみにシャルティアは見るからに邪悪、の枠である。

 

「死の神よ、少しお待ちいただけませんか」

「お前は……漆黒聖典とやらの隊長だったか。なんだ」

「我らもその席に着くことを御許し頂きたいのです。貴方様の叡智を疑ってはおりませんが、竜王は永い時を生き、その老獪さははかり知れません。かつて神々が放逐された経緯も竜王が裏で手を引いていたやも…」

「随分な言いぐさだね。僕がスルシャーナを陥れただって? 大切な友人を? 自分達の愚かさを他人のせいにするのはやめてくれよ。人の全てを愚かだと言うつもりは毛頭ない、でもかつての君達を見ているとそうとしか言えないね。僕の目には、今の君達があの時よりもなお酷く見える」

「神を堕とした愚か者達と我らを同じと言うのか!」

「よく聞いてくれないかな? もっと酷いって言ってるんだけど」

「えぇー……どんだけ仲悪いんだよ…」

 

 いがみ合う漆黒聖典の隊長とツアー。元々相容れようもない関係の両者だが、ここは前者の胆力を褒めるべきだろうか。彼にしてみれば――法国にしてみればモモンガ達が評議国に味方するパターンが最悪のシナリオになる。話し合いの席で法国を一方的に悪者呼ばわりなどされてはたまったものではないというものだ。しかし一方的に話を進める隊長に、蚊帳の外になっていた番外席次が近づき苦言を呈する。

 

「ねえ、私を無視しないでくれない? だいたい最高神官長の許可も得てないのに勝手に…」

「今は黙っていてください。貴女が出張ると話がややこしくなります」

「なっ! …ふーん……またボコボコにされたいのかな」

「交渉事など何一つ学んでいないでしょう? 今は私が適任です」

「むぅ…」

「(さっきのって交渉なのか…? 交渉ってなんだったっけ)」

 

 若干ついていけていない感があるモモンガであったが、とにかく戦闘の空気が雲散霧消したことにほっと安堵の息をつく。やるべき時にやることについては覚悟している――けれどやらなくてもいいのならばそれに越したことはないというのも事実。『一つだけ』絶対にやらなければならないことはあるが、今は棚上げだ。

 

 何処とどうなるかはともかく、戦争となれば被害無しなどということはありえないだろう。いまだNPCが復活するかすら確信には至っていないこの状況で泥沼化は避けたいというのが本音だ。友であるドラウディロンが戦争を望んでいないというのも実は大きい。

 

 大きい戦争になれば我が国は木っ端のように散ってしまうのじゃ、と涙目になっていたのを見た手前あまりそういう方向にはしたくないのだ。ちなみにこんな感じで偶に見せる素の彼女には当然気付いているが、モモンガは大人なので見て見ぬ振りをしている。

 

「各々話し合うこともあるだろうし、会談については三日後、竜王国の首都にて行わせてもらう。ドラウには事後承諾になるが……まぁ大丈夫だろう。異論がある者はいるか? …いないようだな。ならば我々は先に失礼するとしようか」

 

 その言葉を合図にシモベ達はモモンガのもとに集まる。ちょうどセバスとデミウルゴスも合流し、『蒼の薔薇』とアウラ、そしてむずがるマーレもシャルティアの方に駆け寄った。

 

「シャルティア! 良かった……本当に心配したぞ…!」

「ぬしらもいんしたの。ふふん、わらわがどうにかなってしまうなどと本気で思っていたでありんすか?」

「いや、なってたろオイ…」

「まあとにかく良かったじゃない! ナザリックに帰れるんでしょう、シャルティア! おめでとう……本当に良かった…!(貞操的な意味で)」

「ラキュース……ぬし、そこまで……ぅ、ううんっ! ま、まあわらわを助けんしたのは至高の御方でありんすが、世話になったと言うからにはぬしらも毛一本程は役立ったのでありんしょう。一応礼は言っておくでありんす」

「シャルティアが感謝してる」

「偽物?」

「…ティア、ティナ、よほどお仕置きされたいようでありんすな」

「わーい」

「私の分はティアに譲る」

 

 和気藹々と再会の喜びに興じる彼女達。その様子を見た統括守護者が、至高の存在を前にあまりにも無礼だろうと鬼の形相で近付くが――当の存在がそれを手で制す。そして一頻り話し終えたことを確認したのち、《ゲート/異界門》を開き王都に繋げる。『蒼の薔薇』を送るためでもあるし、一応の協力者に報告ぐらいはすべきと考えてだ。

 

 潜った先にはいまだ火滅聖典が跪いており、そういえばデミウルゴスに解除させるの忘れてたなーとモモンガは哀れそうに視線を送る。何故かと言うならば、何人かの足元には水たまりができているからである。まあ何時間も動けないと何人かはそうなるよね、と送っていた視線を気まずそうにそらした。後ろ部分が不自然に盛り上がっている者は完全に無視である。

 

「デミウルゴス」

「はっ……『自由にしたまえ』」

 

 解放され泣いて喜ぶ火滅聖典に事態が既に終わっていることを簡単に告げ、モモンガは特に何事もなく帰した。殺す意味もない――むしろさっさと異臭の元に去ってもらいたかったというのが彼の本心である。なんで鼻がないのに臭いは感じるんだよ、という突っ込みを自分自身の体にいれながら。

 

 囚われている王族や貴族は無視し、ラナーの部屋へ向かうモモンガ。部屋へ入ると優雅にお茶を飲んでいる王女が彼等を迎え入れた。身内や配下が囚われてるのにどんな神経してんだこいつ、と内心でドン引きしながら起きた事を淡々と告げる。

 

「なるほど……皆さんが御無事で安心致しました。とはいえあまり喜んでもいられませんね。法国と評議国の戦争はまだ十分にあり得そうですし」

「それは私にとってどうでもいいことだがな」

「ごもっともです。ふふ、今はシャルティアさんのご無事とあなた方の再会を祝福させてください」

「む……有難く受け取っておこう」

 

 ラナーの本性を知っているシャルティアからすれば抱腹絶倒ものの猫被りであるが、至高の御方がその程度のことに気付いていない筈はないと無言を貫く。シャルティアの狂気とも言える忠誠と信望を見切っていたラナーの予想通りである。

 

「ところでクレマンティーヌ様の死体はどうされるのですか?」

「ちょ、ラナー、あの子死んでないからね?」

「あら、失礼いたしました。ピクリとも動いていなかったものですから…」

 

 シャルティアに抱かれたまま連れてこられているクレマンティーヌは、いまだ目を覚まさない。体は回復しているのだからいくらなんでもそろそろ起きていい筈だ、と全員の視線がそちらに向かう。そもそも気絶していてもまったく動かないのは少々不自然だ――とイビルアイが指摘しようとしたところで、クレマンティーヌがパチリと目を開いて飛び起きる。

 

「あ、あれー、ここはどこ? 私はいったいー…」

「やっと起きんしたか。ぬし、何故神都にいんしたの? 王都からいなくなったと聞いたでありんすが」

 

 汗をだらだらと掻きながら視線を泳がせるクレマンティーヌ。既に覚醒しており、化け物達と会話をしたくなかったという態度が見え見えである。もう敵ではなさそうだと判断できても、自分を殺しかけた存在に恐怖しないということではないのだ。自分を見つめてくる骸骨に意識が遠のきそうになり、でかい虫やら洒落た悪魔やら変なハニワを見て震えながらシャルティアに抱き着く。

 

「状況から見て、単身神都でシャルティアさんを洗脳していたアイテムを奪取しようとしていたのでは? 悪魔の方はともかく、アンデッドの群れの方はクレマンティーヌ様だと思います。私は法国が戦力の大部分を差し向けてくるだろうと思っていましたが、彼女は最大戦力が動かないのを知っていたのでしょう。それでも成功確率は相当低かったでしょうし、彼女は一度法国を裏切っていますから失敗すればどうなるかは目に見えていた筈ですが…」

「(なんでさっきの情報だけでそこまで推測できるんだ…)」

 

 まあ悪魔の方はどうせこの人達だろうな、と推測しつつも言葉にはしないラナー。わざわざ『謎の悪魔の軍勢』と言ったからには、自分達がやったことだとは認めていないことになる。そしてモモンガの方はというと、詳細には話していない上に意図的に隠している情報もあるというのに、先程一緒に神都に居たのではないかと疑うほど状況を把握している王女に恐れを抱いた。色々見透かされてないよな? と。

 

「クレマンティーヌ、ぬし…」

「へっ? いや私はクソ兄貴に――」

「なんという無茶をするんだお前は……というか、まさか前に見せてもらったあのアイテムを使ったのか?」

「うん、まあそうだけど……いやそうじゃなくて」

「ちょっと、一般人にまで被害がいってたのよ!? なんてことを…!」

「リーダー、あのまま戦争に突入してたらもっと被害が出てた。ベストじゃないけどベター」

「う……でも」

「おいクレマンティーヌ。裏組織に、漆黒聖典に所属してたんならそういう物騒な考えになるのは仕方ねえのかもしんねえけどよ、俺達はそういう事をしねえ。『次』からは絶対にそういうことすんな……一番怒ってんのはなんの相談もなかったとこだけどな」

「んー…」

 

 命を懸けてシャルティアのために動いた。間違いではないのだが、正しくもないその説明に素っ頓狂な声をあげて否定しようとしたクレマンティーヌだったが、心なしか化け物達から感じる威圧感が減ったように感じて口を閉じた。ちなみにガガーランの言葉は右から左に流れていったので適当に返事をしただけである。内容すら理解していない。

 

「あー、はは……まあお嬢が戻ったんなら良かった良かった。えー、とそれでこの人達が、その、お嬢?」

「いかにも! 至高の存在にしてナザリック地下大墳墓の支配者、モモンガ様でありんす。あとその他大勢とわらわでギルド『アインズ・ウール・ゴウン』であ・り・ん・す!」

 

 シャルティアの言葉が耳に入った瞬間――アルベドのこめかみにビキリと筋が入り、デミウルゴスが眼鏡をくいっと上げて光らせる。コキュートスの方からシューッと奇妙な音がして、セバスの眉がピクリと動いた。マーレはいまだにおどおどと姉の後ろに隠れているが、その姉はというと腰につけた鞭に手を伸ばしかけている。パンドラズ・アクターは平常運転だ。

 

「ひいいっ」

「ん? どうしんした、クレマンティーヌ」

 

 威圧感が物理的に力を持ちかねない程シャルティアに叩き込まれ、しかし彼女は柳に風のよう……というよりは蛙の面に小便といった方が正しい。だがその腕の中にいるクレマンティーヌには効果覿面である。もう一度気絶したいと思いながらも、恐怖が過ぎて逆に気絶できないジレンマ。蒼の薔薇も多かれ少なかれ気圧されている――ついでにモモンガも。意に介していないのはラナーだけというあたり、支配者に相応しいのは実のところ彼女なのかもしれない。

 

「さて、ではそろそろお暇しようか。王女よ、現状をどう伝えるかは知らんが敵対するようならどうなるかは理解させておくことだな」

「はい、必ず」

「『蒼の薔薇』……お前達はいずれナザリックに招待しよう。シャルティアが世話になった礼もしたい」

「いえ、そんな…」

「――モモンガ殿、いやモモンガ様。私も三日後の会談に付き添う事はできないだろうか……ませんか。ツアーの方とは古い知り合いなん、です。私が居ればどうにかなるとは言わ、言いませんが、多少円滑に進むかもしれない。なにより知らぬところで友が決裂しあうのは……嫌なんだ」

「…ふむ」

 

 懇願してきたイビルアイに、モモンガはどうしたものかと考える。彼女が言う通り、いわば国同士の話し合いに知り合いが現れたからといってたいして結果が変わるとは思えない。しかし連れていく必要性もまた薄い――が。自分を強い瞳でしっかりと見つめてくるイビルアイに、モモンガは少し羨ましさを覚えた。

 

 自分が友に対してこんな態度であったのならば、こんなに強くあれたのならば。あの時、仲間同士が喧嘩して決定的に亀裂が入ることもなかったのではないか、と。小さな罅が広がっていくように仲間が消えゆくこともなかったのではないだろうかと。

 

「まあいいだろう……その、なんだ。冒険者枠の意見も必要かもしれんしな」

「ありがとう……ございます」

「さっきから気になっていんしたが、随分と歯切れが悪いでありんすなイビルアイ。どうしんした?」

「…敬語なぞ百年以上使っていないんだ。察しろ」

 

 バツが悪そうに目を逸らすイビルアイ。シャルティアに常識がどうの良識がどうのと語っておきながら、至高の存在限定とはいえ彼女でさえ使える敬語が使えないのは気まずいのだろう。というよりかは馬鹿にされそうで悔しいのかもしれない。そして、その通りである。

 

 そっぽを向くイビルアイの頬をつついて厭らしく笑いながら弄ろうとするシャルティア。しかしモモンガの『冒険者枠』という『言い訳』を聞いてラナーが即座に反応し、二人のじゃれ合いを止めた。

 

「…あら。でしたらモモンガ様、冒険者枠だけでなく王国や帝国の枠も必要かと存じますわ。『どちらかというなら』戦争など無い方がいいと考えている……そうお見受けしておりますが、お間違いありませんか?」

「う、む……まあそうだな。どちらかというなら、だが」

「シャルティアさんの仰っていた通り偉大で、そして優しい御方です。わたくし、これでも知識と知見に関してはそれなりのものと自負しております。知識そのものでは貴方様には及ばずとも、国の関係や詳細、その機微に関してはお力になれると思います」

「そ、そうか……あー……帝国に関してはどういうつもりだ?」

「帝国の皇帝は利に聡く無駄な事は好みません。戦争は一つの手段であり、損の方が大きければ、もしくは他に得することがあるならば別の方法を考える御仁ですわ。それに頭も回ります。わたくし共と貴方様を同列に語るのは些か不遜ではありますが、敵対している派閥を言葉で友好的に――そこまではいかずとも不干渉を約束させるなら、『そう』させたい派閥が多い方がなにかと有利ではありませんか? 組織の影響力という点ではお力になれませんが……人も、竜も、吸血鬼も、ゴブリンも、たとえオークであっても言葉を扱うならば『数』の利というものはございます」

「あ、はい」

 

 もうどうでもいいや、とモモンガは匙を投げた。この王女怖い、と。まるでデミウルゴスやアルベド(真面目モード)と喋っているようで――けれど彼等は曖昧に答えた部分は勝手にいい感じに解釈してくれる。間違っても言葉尻を捕らえて付け込んでくるようなことはありえないのだ。

 

 このままでは化けの皮が剝がされそうで、モモンガは一時撤退を決めた。骨なので皮はないが。

 

「調整をそちらでやるというならば好きにしろ。迎えは出す」

「ありがとうございます」

 

 満面の笑みで王女は深々と礼をする。そう、彼女にとっては言葉こそが武器だから。叡智溢れる支配者も、永く生き知識を蓄えた竜王も、法国の頭脳も、帝国の皇帝も、『席に着く』なら同列だ。言葉に地位はない。たとえ奴隷と王であっても対等なのだから。

 

 ――ああ三日後が楽しみだ、と『賢い』王女は『賢しらな』支配者に微笑んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 法国某所。

 

「おのれクレマンティーヌぅぅ!! 自分だけ助かるか普通!? シャルティア様ぁぁぁ!!」

「うるさい吸血鬼だ……それよりこのおかっぱ頭は巫女姫と呼んでいいのか?」

「巫女……巫女……うーむ、巫女王子?」

「いや、おかしいだろう」

「まさか男でこのアイテムを使えるとはな。しかし格好はどうにかならんのか…」

「まさに。目の毒だ」

「えっ」

「えっ」

 

 神都を脱出するため、カジットの冒険が始まる。

 

 




あ、二人ともこの後助け出されました。

次が最大の山場なんですが、戦闘シーンがとにかく苦手なんであまり期待しないでね…

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