しゃるてぃあの冒険《完結》   作:ラゼ

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こいこい7でありんす

「一体何が起こっている……!?」

 

 王国が誇る最強の戦士長ガゼフ・ストロノーフはこの異常な事態に直面し、混乱していた。無論彼は歴戦の戦士であり、そして知能のほうも低くはない。こと戦闘に於いての判断力ともなると素晴らしいものがある故に、このような事態になっても対応は出来ている。

 

 情報は極秘にしているものの物事に絶対はない。たとえ王都から離れていようとも陽光聖典を狙った暗殺者がこの街に来る可能性も想定の範囲内ではあった。しかしそれでも今目の前に広がる無差別殺人のような光景を想定していた訳ではない。

 直接自分に害を及ぼすような策はないだろうと判断していたため、警戒するのは諜報について。特にガゼフはその方面に特化した者の隠形を見破れるほどの自信はない、故に貴重なマジックアイテムの使用や、監禁場所へ行く際回りくどい手順を踏んでその可能性を出来る限り潰していた。

 実力行使があるとすれば、それは街の住人を人質にした暴力――つまり、いきなりの戦闘や武力行使など考慮には値しないのだ。それは己が実力に対する自信。そう、過信ではなくではなく自信なのだ。実際に今のフル装備のガゼフを倒せるものなど、世界を見渡しても極々わずかなものであろう。

 

 だからこそ血に塗れた暗い路地が存在し、あまつさえそこで襲われることなどありえないと、そう思っていたのだ。

 

「てめえに死が近付いてんだよぉ!」

「ぐぅっ!」

 

 しかしそこについては彼もうかつと言わざるを得ないだろう。彼はつい先日目にしたのだから。自分より強大な恐ろしい天使を。そしてそれすら上回る化物を。

 

「おらぁっ! ……っち。クソ」

「悪いがそう易々とくれてやるほど私の命も安くないものでな。一応聞くが、投降すれば少なくともこの場での命は保証しよう。どうする?」

「くっ……ひゃひゃ! この英雄級のクレマンティーヌ様に向かって命は保証するってぇ? 何様ー?」

「そうか。手加減する余裕はなさそうだから聞いてみたのだが……状況はどうあれ名乗られたのなら私も作法に則ろう。王国戦士長、ガゼフ・ストロノーフだ」

「――っ!」

 

 そう名乗りを上げた途端、ガゼフの目の前の女性――クレマンティーヌがピタリと動きを止めた。そしてその眼にはありありと驚きが浮かんでいる。

 だがそれも仕方ない事だろう。かの有名な王国戦士長が王都から離れこんな街で深夜に出歩いているなどと誰が想像しようか。

 

「ふーん……マジで言ってる?」

「私の冗談はあまり受けがよくなくてな。進んで笑いをとろうとは思わん」

「……」

 

 戦士に必要な技能は多岐に渡るが、その中でも上位に挙げるとするならば『闘争心』『勇猛さ』『自信』などがあるだろうか。そして優秀な戦士であるクレマンティーヌは当然のごとくそれらを持ち合わせてはいるものの、その一方で異常ともいえる一つの嗜癖を持っていた。

 

 『嗜虐性』『残虐性』『サディズム』 人によってはご褒美でもあるような性的嗜好ではあるが、しかし彼女のそれは常人とは一線を隔すほどに歪んでいた。特に彼女は腕に自信のある高位の冒険者などを狩ってはその欲求を満たし、自身の強さを実感できる趣味として楽しむことすらあった。

 

 必死に抗い命を掴もうとする弱者はなんたる滑稽さだろうか。あるいは無様と言い換えてもいい。彼女はそれが楽しくて仕方ない。いつから歪んだのか、それとも生まれついての異端者か。彼女はそんなことに興味はないし、考える意義すら見いだせない。

 彼女にとって大事なことは自分の楽しさ、自分の命、そしてある男への復讐だ。それ以外に意味はなく、興味もない。だからこそ狂人でありながら冷静な思考も併せ持つ彼女は、今の状況をどうしようかと思案しているのだ。

 

 自身が英雄級であるのは驕りではないと自負しているし、事実客観的に見た場合間違いなくその通りである。しかし彼女の前に立つ男もまたその領域に足を踏み入れている者であり、勝負の行方は揺蕩っている……それは偏に装備の差だと言ってもいい。漆黒聖典に所属していた当時の装備ならば間違いなく圧倒できると確信しているクレマンティーヌだが、現状は魔法効果があるものも一部装備しているとはいえ、かつてのそれとは比べ物にならない。

 

 王国の秘宝クラスを装備しているガゼフと戦うには少々心もとないだろう。むしろその状態で拮抗していることこそが、彼女の実力を何よりも物語っていると言えようか。

 

 彼女は対等な勝負が好きなのではない。勝つのが好きで、弱者を甚振るのがもっと好きな変態なのだ。ここで王国戦士長と死闘を交えた場合のメリットはなにもない。人目につく可能性があがり、自身の追っ手に捕縛される確率もあがり、そして彼女にとって認めたくないことだが命を散らす可能性もでてくる。

 

 法国の暗部、六色聖典が一つ『漆黒聖典』 それに所属していた彼女はあろうことか聖典を、国を裏切り、果ては秘宝とも言える法国のマジックアイテムまで持ち出した。当然のごとく追っ手がかかり、その執拗な手を躱すために、世界を股にかけて暗躍する秘密結社『ズーラーノーン』に所属しているというわけだ。この街に着いても追っ手である風花聖典の追跡は止むことが無く、それ故に趣味と実益を兼ねて追跡者を嬲り殺しにしていたクレマンティーヌ。その真っただ中でガゼフと出くわしたのはやはり日頃の行いの悪さのせいだろうか。

 

 彼女はここで戦い続ける愚は犯したくない。最悪漁夫の利と言わんばかりに自分とガゼフを一挙両得される恐れだってあるだろう。そんなことになれば業腹なんてものではない、とクレマンティーヌは戦いながら考えていた。

 

「っく! はっ……なんかいきなり張り切っちゃってるしー、きめぇんだよハゲ」

「私はハゲていない」

「ハゲはみんなそう言うんだよねー。カジッちゃんもそうだし」

「ハゲてなどいない!」

 

 最近薄毛が気になる戦士長。つまらない挑発だと解ってはいても受け流すことなどできはしない。法国が神を崇め奉るように、ガゼフも髪を信仰の対象に入れるかどうか迷っているほどなのだから。

 

 と、つまらない冗談はさておいてここで絶賛戦闘継続中の彼等の心中を推し量ってみよう。

 

 クレマンティーヌからしてみればさっさとこの地を去りたい――追っ手の目を眩ますために同じ『ズーラーノーン』の幹部に協力し、街を死都に変えるおぞましい儀式の片棒を担いでいたのだ。そもそも長く滞在する予定もない。ガゼフが存在することでその計画の先行きも怪しい今、尚更この街に留まる意味は薄い。この戦闘も出来る限り速やかに終えて街を出たいと思うのも当然のことだろう。

 

 一方ガゼフにしてみれば、実のところこちらも戦闘は中断したいと考えていた。今がどういう状況かを考えた時、すなわちそれは己の足止めが目的なのではないだろうかと推測していたからだ。突然の意味不明な状況ではあったものの、今この時たまたま無差別快楽殺人者が居たなどと考えるよりは、法国の関与を疑うべきだと彼は判断したのだ。

 

 数少ない己と同格の存在が、今この街に居る。そしてどういう経緯であろうが今戦闘をしている。

 

 これら二つのことから導き出される答えは、法国による陽光聖典奪還の試みであるという結論であった。王国の貴族がこれほどの強者にそんな伝手がある訳もないのだから、そちらの方面は切り捨ててもいいだろう。つまり目の前の女性が自分を足止めしている今この時、陽光聖典が助け出されている真っ最中だとガゼフは考えたのだ。

 

 大事な犯罪の証人が失われれば増々貴族共の腐敗が広がり、それは王派閥にまで広がっていくだろう。そんなことを見逃せるガゼフではない。とはいえ今は戦闘中。ガゼフが見る限りクレマンティーヌは消極的な戦法――回避と防御に重きをおいた戦い方をしているが、さりとて後ろを見せれば即座に隙を突かれることは想像に難くない。それに追ってこられれば挟撃の形になることも視野に入れなければならない。

 

 手詰まりだ。

 

 折しも戦っている両名が戦いをやめたがっているとは皮肉であるが、しかし互いの胸中など窺い知れるものではない故に、彼らの戦闘は続く。

 

――真祖の吸血鬼が居なければ、の話だが。

 

「ちょいと待ったぁ! ……待ちなんし!」

「あぁん?」

「む…?」

「か弱い乙女を襲う不埒で不逞な無頼漢! この残酷非道の冷血鉄血吸血鬼! シャルティア・ブラッドフォールンが成敗するでありんすよ!」

 

 満を持して登場したのは、残念悲惨の貧血熱血吸血鬼である。まあ貧血というよりは血が流れていないだけなのだが。ちなみに熱血の部分がラキュースに感化されたせいなのかどうかは彼女だけの秘密である。しかしかっこいい名乗りとともに見栄を切る彼女は、確かにその影響を感じさせるものであった。残念なことに。

 

「いきなり出てきて誰だよテメーは」

「む、貴殿はもしや…」

「問答無用でありんす!」

「なっ、待っ、グワァアアアーーー!?」

 

 開始2秒、それがガゼフが持ちこたえた時間だった。これは称賛すべきほどの偉業だと言っても過言ではないだろう。本気ではないとはいえ、手加減しているとはいえ、殺さぬよう細心の注意を払っているとはいえ、シャルティア・ブラッドフォールンと相対して数秒持ちこたえたということは、誉を受けるほどのことなのだ。

 

「…え?」

「くふ、弱っちいでありんすえ。女を手籠めにしたいなら相応の強さは必要というものでありんす。このわらわのように」

 

 茫然自失。今のクレマンティーヌを表現する言葉はそれ以外にないだろう。自身に近い実力を有する、世界有数の強者であるガゼフ・ストロノーフ王国戦士長がただ一撃の下に伏せられた。油断でもない、慢心でもない、謎の乱入者に警戒していたのは見て取れていた。攻撃された瞬間こそ警戒が一瞬緩んでいたようではあるが、どちらにせよクレマンティーヌをしてその攻撃がほとんど視認すら出来なかったことは間違いようの無い事実だ。

 

 気絶したガゼフの状態を認識出来た時点で言葉を失い、そして目の前の化物が自分に近付いてきたことで彼女は恐怖した。クレマンティーヌが強者であるからこそシャルティアの強さに気付いた、気付けたのだ。それはかつて所属していた漆黒聖典のトップが同じく化物だからこそであり、少なくともそれと同格、もしかしなくとも凌駕しているのではないだろうかと彼女は判断した。

 

 故に、正しくここは死地である。ガゼフと同じように牙を向けられて無事でいられるとは到底思えず、されど逃げる事すら叶わないと知っている。

 

 そう、クレマンティーヌは、恐怖で身を震わせていた。

 

「おや、どうしんした? もう怖い者などおりんせん。安心するがいいでありんすよ」

「ひっ……!」

 

 恩を売る――ひいては情報を得るために努めて優しい声で語りかけるシャルティア。怖いのはテメエだよ馬鹿野郎と言いたいクレマンティーヌではあるが、言えるわけもない。なんだか下心のあるようないやらしい手つきで抱きしめてくるシャルティアの、その体温は人に非ず。それに気付いた瞬間クレマンティーヌは更なる恐怖に包まれた。

 

 たとえ魔法を使用できるアンデッドであろうと彼女にとって敵ではないが、目の前の化物は別である。ただの吸血鬼などという生易しいものではないことが本能で理解できたのだ。

 

「ほらよしよし……くふ、猫耳と尻尾が似合いそうでありんすねぇ」

「ひぃぃ…」

 

 もはや狂犬のようであった面影は無く、一匹の震える子猫がそこにいるだけであった。むしろ彼我の戦力差を考えると人間と子猫以上の開きがあるだろう。

 そんなクレマンティーヌの様子に気が付くこともなく、さっそくシャルティアは目的である情報収集を始める。人間如きを救ったのは、恩を売るためでしかないのだから。

 

「さて、落ち着いたところで質問がありんす。ぬしはナザリック地下大墳墓という場所を知っていんすか?」

「……し、知らない」

 

 目的は不明だがとりあえず即座に殺されることはなさそうだと、クレマンティーヌは喉の奥でほんの少しだけ安堵の息をつく。しかし嘘でもついて機嫌を損ねようものなら即座に屍を晒すことになるだろう。そもそも基本的にアンデッドは人間の敵なのだから。吸血鬼なら尚更、自分をたっぷり血の詰まった水筒にしか感じないことは予想できるものだ。

 

「…まあそう簡単にいくわけありんせんか」

「…知ってることならなんでも話すから、こ、殺さ…」

「うん? それはいい心がけでありんすが……ふむ、なるほど。これがイビルアイの言っていた『行いは鏡』というやつでありんすか。くふ、わらわの美貌と優しさがあってこそとはいえ、確かに拷問よりも効率がいいかもでありんすな」

 

 イビルアイがこの光景を見ればちぎれそうになるまで首を振るだろう。違う、そうじゃない、と。

 

「では次。法国について明るい人物を知っているか……もしくはぬしがそうであったりしんせんか? 深い部分まで知っていればなおよしでありんす」

 

 ナザリックに関して否定の言葉が出てきたのを聞いてシャルティアが落胆したかと言えば、実はそんなことはない。砂漠で最初に拾った砂粒が、探し求めていた一粒の砂金だったなどということがあり得る筈もないのだから。法国についても同様だ。王国領の街で法国について明るい者、それも貴族であるラキュースがもつ情報以上のことを知っている者など、まず居ないだろう。

 

 しかし彼女は存外に運が良いようだ。何故なら――

 

「知ってる! 超知ってる! 知りすぎてヤバいくらい!」

「ほんとでありんすか!?」

「むしろ私以上に知ってる人間なんてほとんど知らないくらい知ってる!」

「なんと! ぬし以上に知らない人間が知ってる、知ら……んむ?」

 

 クレマンティーヌのテンパリ具合と、シャルティアのアホの娘具合が合わさって奇妙な空間が形成されている。とにかくなんとか役に立つことを主張して、殺されないようにしなくてはと彼女も必死だ。そもそも法国の情報をどれだけ垂れ流そうが彼女にとってはどうでもいいことであるし、懐も痛まない。むしろ鬱陶しい虫を継続して送り込んでくる鬱憤を晴らせるというものだろう。

 

「とにかく、知ってるというなら好都合でありんす。付いてきなんし」

「へ? うぇっ!?」

 

 付いてこいと言いながら、手を引っ張って黒い空間にクレマンティーヌを引きずり込むシャルティア。抵抗らしい抵抗も出来ずされるがままの彼女だったが、そもそもの筋力が違い過ぎて抵抗していたとしても気付かれなかっただろう。

 

 こうしてクレマンティーヌは期せずして風花聖典の追っ手――『草』などと呼ばれている者達から完全に逃れることに成功し、王都に連れ込まれることと相成った。彼女が次に相対するは、草ではなく薔薇である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「イビルアイ! イビルアイ! 帰ったでありんすよ!」

「なんだ騒々しい……誰だそいつは?」

「暴漢に襲われていたところを助けてやったでありんす……さらに法国のあれこれを知っていんすの。疑っていたわけではありんせんが、ぬしの言っていた通りになりんした。感謝致しんしょう」

「…………ふむ。おい、そこのお前。悪いことは言わん、さっさと帰れ。いくらアホ……おっと、純真無垢そうに見えても詐欺の相手はもっと選べ。死ぬぞ」

「はぁ!?」

「…詐欺?」

 

 意気揚々と宿屋に帰ってきたシャルティア。他の面子は既に就寝しているようだが、当然アンデッドであるイビルアイに睡眠など不要だ。裏手に生えるピニスンに水をやり終えたところで騒がしいシャルティアと鉢合わせたのだが、話を聞いてみればまさに詐欺に騙されるアホの娘そのもの。そんな都合のいいことが探し始めた当日に起これば苦労はしない。イビルアイは考える間もなくただの詐欺行為だと断じた。

 

 だがそれに焦ったのはクレマンティーヌだ。嘘をつく気など毛頭なかったのにもかかわらず、シャルティアの殺気の籠った視線を浴びせられ――ただの被害妄想だが――必死に否定する。

 

「詐欺じゃないから! ほんとに! いい? 説明するけど! まず法国の成り立ちはかつて(~中略~)そして法国の暗部を司り六つからなる六色の聖典の内の一つ、最強の戦力を誇る『漆黒聖典』の内の一人、元第9席次こそこの私、クレマンティーヌ! 英雄級の強さを持つ(~中略~)それで、聖典はそれぞれ役割が異なってるけど、基本的には人類の守護者であろうとしてる。例えば小国が亜人の攻勢による危機に晒されていれば陽光聖典が出向くし、不吉な予言がなされれば風花聖典が調査に出向き、緊急の事態と判断されれば漆黒聖典が対応する。色ごとに巫女姫と呼ばれる存在が居て(~中略~)それで、例えば儀式魔法の力を借りて超高位階の魔法を使用することもあるの。存在を秘されている『ぷれいやー』の血を色濃く受け継ぐ者達は神人とか呼ばれてて、異常な力を持ってる。実際のところは解らないけど、真なる竜王とも対等に戦えるらしくて……えーっとあと、あれ。世界を支配できるとも言われる超高性能なマジックアイテムがいくつか保存されてるとかどうとか! ……これでどう!?」

「お、おう」

「…? ふむ。…? んん?」

 

 疾風怒濤の情報暴露である。もはや幼児のオムツもかくやと言わんばかりの垂れ流しっぷりであり、法国の上層部がこの光景を目にしていれば脳の血管が2、3本ブチ切れること請け合いだろう。ちなみにもし竜王がいれば法国との全面戦争開始の合図である。神人の存在が暴露されるというのは、そういうことなのだ。

 

「……本当だったようだな、すまん。というかそんな事まで言ってお前は大丈夫なのか?」

「全然大丈夫じゃねえよ! バレたらあのクソガキが殺しにくるわ!」

「う、うむ、すまん」

 

 彼女が漆黒聖典を抜けた程度で、彼等は動かない。何故なら漆黒聖典の隊長は、それ以外のメンバーが束になってかかったところで一蹴できる強者だからだ。

 彼女が風花聖典の秘宝を盗んで逃げたところで、彼等は動かない。何故なら聖典の横の繋がりは薄く、それぞれに面子というものもあるからだ。

 しかし彼女が神人の存在を吹聴しようとしたならば、法国はその全てをもって彼女の存在を抹消するだろう。正直テンパリ過ぎて言わないでおこうと思ったことまで言ってしまったクレマンティーヌは、涙目である。もはや口調も元に戻っているようだ。

 

「はぁ……どうしよ」

「あー、その、なんだ。『元』と言っていたが、今はどうなんだ? それにそんな実力者が暴漢に襲われていたというのは少し信じ難いんだが」

「暴漢っていうか、その、なんだろ。なんか王国戦士長だったらしいけど」

「…なに? それはガゼフ・ストロノーフの事を言っているのか?」

「そそ。あと『元』ってだけに今は法国に追われててさー、あっちが殺しにかかってくるんだから当然こっちも殺すじゃない? その現場を見られて誤解から戦闘になっちゃってねー」

「ふうむ……いやまて、ということはつまりあの男シャルティアに…」

「どうだろ。死んではなさそうだったけど」

 

 シャルティアのことをそっちのけで話し込む二人。ポケーと話を聞いているシャルティアは、先ほどのクレマンティーヌの長い説明を咀嚼するのに時間が掛かっているようだ。ハテナマークが頭上に乱舞しているのが見て取れる。

 

「で、追われてる理由はなんだ? やはり裏にかかわりが深い者の離脱をゆるさないからか? 踏み込んで悪いが、簡単に信用すると言うのも無理な話でな。何故王国に来た?」

「抜けた理由は言いたくない。王国にきたのは単なる目晦ましだし、理由はないかなー。追われてるのはどっちかって言うとー……行きがけの駄賃に秘蔵のアイテムかっぱらってきちゃったからかな」

 

 テヘペロ、と頭を掻くクレマンティーヌ。法国の至宝とも言える逸品を盗んでおいて見上げた根性である。イビルアイもなんとなく彼女の性格を察してきたようで少し呆れているようだ。とはいえその内の狂気と歪みには気付かない。それはクレマンティーヌが上手く隠しているというのもあり、嘘をつくのではなく言葉をわざと少なくして勘違いさせるように持っていっているからだ。

 ここまでのシャルティアとイビルアイの行動と言動から二人は間違いなく善よりの存在だと確信しているため、不興を買うような言動をわざわざすることもない、と。

 

 大変な間違いである。

 

「ところでー……『イビルアイ』って『蒼の薔薇』のだよね?」

「ん? ああそうだ。そういえば自己紹介もまだだったな、私はイビルアイ。そっちがシャルティアだ」

「クレマンティーヌ。ふーん……やっぱりそうか」

 

 戦う者として、強者の情報は嗜みとして調べるものである。というよりか強ければ自然と名が通り、国すら越えて聞こえてくるとなればそれは『本物』だ。

 さきほどクレマンティーヌが戦ったガゼフ然り、諸国に名が通るほどの者となれば漆黒聖典の下位程度の実力は有しているといえよう。

 

 シャルティアが発した『イビルアイ』の一言でクレマンティーヌが彼女の正体を察したのは当然でもあり、音に聞こえたアダマンタイト冒険者チーム『蒼の薔薇』のマジックキャスターだということはすぐに気付いた。クレマンティーヌはマジックキャスターに大した興味はないが『蒼の薔薇』所属の戦士『ガガーラン』のことは多少の情報は知識にある。自分に勝てはしないまでも、善戦できる存在の把握は重要なのだ。

 

「…さっきからその視線はなんだ?」

「ううん。もしかして貴女も吸血鬼なのかなーって」

「――っ! ……シャルティア。仮面と外套はどうしたんだ」

「鬱陶しいから脱いだでありんす」

「あほー! 私の正体までバレたじゃないか!」

「別に気にするようなことでもありんせん。その女もわらわに恩を感じているのだから問題ないでありんしょう? そう言ったのはぬしでありんすえ」

「いや、言ったが……言ったけど。くっ…」

 

 そんな単純に捉えることじゃないだろうと突っ込みたいイビルアイだが、自分の言い分を受け入れて、そしてそれが成功して喜ぶシャルティアに水を差す気にはなれない。恩を感じていても人は裏切るのだと言ってしまえば、先日の話の説得力など皆無だろう。

 

「あー、別に気にしないけど。マジで危険なアンデッドなら冒険者とかやってないでしょ? まあ法国出身者が言っても信じられないだろうけどさー」

「まあ……そうだな。聖典というからには敬虔な信者の集まりではないのか? いつだったか亜人の集落を襲っていた法国の者達と一戦交えたことがあるが、あいつらの人間以外への侮蔑と嫌悪は根っからのもの――そう教え込まれてきたものだろう」

「あははー。私が敬虔な信者に見える?」

「うむ、まったく見えんな」

「ああ!?」

「そこは怒るのかよ!」

「経験なら、わらわ豊富でありんすよ!」

「シャルティア、少し黙っていてくれ」

 

 ぐだぐだになりそうなところをなんとか留めるイビルアイ。シャルティアの正体が吸血鬼だとバレたのは、法国の人間――それも元暗部出身だというのなら当然とも言えるだろう。そしてそんな吸血鬼と親しく喋っている者が顔も姿も隠していれば、疑われるのも仕方ない。

 

「整理しよう。お前は法国の裏組織出身で、今はそれに追われている身なんだな? 抜けた理由を言いたくないというのならそれはいいが、何か目的はあるのか? あとこれは単なる好奇心だから断ってくれてもいいが、法国の秘蔵のマジックアイテムとはどんなものなんだ?」

「質問ばっか。そうねー……目的はあるっちゃあるけどー。ま、どっちにしても今は達成できるとは思えないからね。とりあえずうざい追っ手も撒けたし適当にうろつくかな。アイテムは欲しいならあげるけど」

「なに? そんなぞんざいな……法国秘蔵の品なら値段がつけられんほどのものだろう」

「使い道が限定されすぎて使いようがないのよ。持ってきたのも嫌がらせみたいなもんだし」

 

 彼女が法国から盗み出してきたものは『叡者の額冠』と言われるものである。使用者に多大なデメリットはあるものの、その者の限界を超えた位階魔法を儀式によって扱える、秘宝と呼ばれるに相応しい逸品だ。とはいえ適性がなければ使えない、適性は百万人に一人レベル、使えば廃人一直線の呪いのようなマジックアイテムだ。彼女にとって価値があるとは言えないだろう。

 

「ほう、これが……ふむ、確かに異様な力を感じるな」

「へえ? わかるんだ」

「ふん、その漆黒聖典とやらがどれだけの集団かは知らんが、私も伊達にアダマンタイト冒険者を名乗っているわけではないぞ? お前が戦った王国戦士長程度なら、状況にもよるが完封できる自信もある」

「…へえ」

 

 漆黒聖典の面々は、諸国が王国戦士長『程度』を最強と目していることに失笑を禁じ得ないと見下していたが、しかしクレマンティーヌは思う。戦力の量り間違いはこちらも同様だったのではないだろうかと。少なくとも今目の前にいる内の一人は漆黒聖典の隊長、それどころか番外席次の域にまで達しているかもしれないほどだ。そして今言われた言葉が真実ならば、イビルアイと名乗った彼女も聖典上位に食い込む強者なのだ。

 

 イビルアイの方はともかく、シャルティアと名乗る少女が――そんな存在が今まで全くの無名だったということには意図的な何かを感じずにはいられない。そもそもそんな存在が居るとすれば、それは――

 

 そこまで考えて彼女は気付いた。そう、それは『百年の揺り返し』に関係するものではないだろうか。

 

 法国では上位に位置している漆黒聖典に所属していた彼女に、多少なりともその知識があるのは必然だ。そしてこの世界において隔絶した強さを持つ者は『竜王』か『ぷれいやー』の関係者くらいのものなのだから、シャルティアをそうだと思うこともまた自然な流れだろう。

 

「もしかして……『ぷれいやー』?」

「ほう、やはりそういったことにも詳しいのか。だが生憎と、シャルティアは『えぬぴーしー』だ」

「げ……ま、魔神?」

「さてな。お前達が何を指して、どの状態をなんと呼んでいるか知らんが、シャルティアは『百年に一度の来訪者』に間違いはない。その辺についても聞きたいのだが…」

「うーん……私もそこまで詳しく知ってるわけじゃないんだけど」

 

 おおまかに『ぷれいやー』関連のことを話すクレマンティーヌ。結局はイビルアイが知っている以上の事が話されることはなかったが、しかし元々欲していた情報――法国の戦力や構造はしっかりと収集できたようだ。そして先ほど耳にした神人の情報は、やはりイビルアイにとっても絶対に漏らせないものとなった。

 竜王と法国の戦争が始まれば、その周辺の国家も余波だけで滅びかねない。最悪人類が滅ぶレベルなのだから、もはや記憶から抹消したいぐらいのものだろう。

 

「ふむ……やはりシャルティア一人の戦力でどうこうできるものではなさそうか……?」

「さあねー。どっちが強いかなんて戦ってみなきゃわかんないし?」

「わらわが勝つに決まっていんしょう。この身は至高の御方に創造された最強の守護者でありんす故に」

「それはそうかもしれんが、やはり数が問題だ。お前と同格か、少し下回るとしてもそれが複数人いて間違いなく勝てるとは言い切れんだろう? それはいくらなんでも慢心が過ぎるし、そのつけは死に直結しているんだ。私はお前がナザリックに帰還できるまで協力すると約束したんだ、だからお前も自分の命を大事にしてくれ」

「む…」

 

 『ぷれいやー』に負けた記憶が彼女の脳裏に蘇る。かつてのナザリックへの大侵攻、たとえ数の暴力に蹂躙されたという言い訳ができたとしても、彼女が負けた事実は変わらない。それに攻めてきた存在の殆どが彼女と同格の存在であるのは間違いようない事実だったのだから。

 至高の存在によってその侵攻は当然のごとく半ばで終わったが、それでも守護するべき御方らの手を煩わしたという事実はなにものにも代えがたい屈辱である。

 

 そして、その時分には居た至高の41人が、今は居ない。同僚すら居ない。たとえ死んでも復活させてくれる者は、ただ一人として存在しない。たった1回の選択ミスがナザリックへの道を完全に閉ざしてしまうとすれば、いくらシャルティアがアホでも慎重にならざるを得ない――つまりイビルアイの提言を素直に聞く必要があるだろう。

 

「…難儀なことでありんす。まぁ少しでも前進しんしたのは喜ばしい、か。クレマンティーヌ、でありんしたね。これからもわらわのために励むことをゆるしんしょう。特別に、名を呼ぶこともゆるしんす」

 

 もう少し《ゲート/異界門》の範囲を広げるための散策をしてくる、と言いのこしてシャルティアは飛び去った。残ったのは驚愕に彩られた表情のクレマンティーヌと、苦笑いをするイビルアイである。

 

「…え?」

「あー……なんというか、すまん」

 

 恩を与えればもはやそれは僕のようなもの、とシャルティアは認識したようだ。もっともっと噛み砕いて説明するべきだったかとイビルアイは後悔し、クレマンティーヌに憐憫の目を向ける。

 

「逃げるか? 私は追わんが」

「…法国と魔神に追われて、ついでに王国にも指名手配くらいそうな状態になれって?」

「はは、中々楽しそうだ」

「ううう……アダマンタイト冒険者チームと、あんなのの近くに居たら目立つどころの騒ぎじゃない…」

「…仮面と外套、貸そうか?」

「ダサいからいい」

「くっ、どいつもこいつも…」

 

 一流の戦士、一流の信仰系魔法詠唱者兼神官戦士、一流の元暗殺者二人、伝説の吸血鬼に、それを遥かに凌駕する吸血鬼の真祖。新たに加わる七人目は、英雄の領域に踏み込む人間種最強クラスの剣士。もはや蒼の薔薇だけで一国の戦力を超えている有様である。

 

 溜息をつき、どうしてこうなったんだとクレマンティーヌの叫びが宿屋に響き渡った。『うるさい!」と隣の部屋からカベドンをくらった彼女は、かつてないほどに情けない顔をするのであった。

 





レズ、ショタ、中二病、童貞食い、金髪ロリ吸血鬼、銀髪ロリクレイジーサイコレズ吸血鬼、快楽殺人者。

楽しそうなパーティでなによりです。

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