しゃるてぃあの冒険《完結》   作:ラゼ

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めっちゃ壊れです。閲覧注意!


狂気を晒す王女 今日樹を探す老女

 王都リ・エスティーゼ。この街を首都とするリ・エスティーゼ王国は、一部の識者から見ればもはや詰んでいると評される。それは王国の上層部――すなわち貴族の腐敗、国民の諦観、裏組織の横行と様々な要因があるわけだが、その最たるものといえばやはり帝国との戦争にあるだろう。

 

 秋の収穫の時期に、見計らったように王国に戦争を仕掛ける帝国。事実それは王国の国力低下を睨んだ政略の一手でもあり、そしてそれを金に目がくらんで手伝う者が貴族の中に存在するということが、この国のどうしようもなさを表していると言えようか。

 

 幸いと言えるのかは解らないが、国のトップである王の派閥だけは比較的まともな部類に入り、彼等がその手腕を十全に振るうならば国民が今ほど困窮することもないだろう。

 

 振るえるならば、ではあるが。

 

 残念ながら今この国で一番声がでかいのは、王ではなく貴族だ。何をするにも貴族の顔を窺い、派閥間の力関係の調整を余儀なくされる。強行に出れば貴族が離反し、国そのものが瓦解しかねないだけに何事も慎重を期さなければならない――たとえそれが理不尽で卑怯な罠かもしれないと解っていてもだ。

 

 直近の一事で言うならば、ガゼフが村を焼きまわる集団の討伐に赴いた際、装備をはぎ取られ戦士長にあるまじき貧相な装備であったこともそれが理由である。

 

 しかしその事実で王を憐れむというのはありえない。国を纏めるのはトップの役目であり、それができないならば王足り得ない故に。民を想うだけなら誰でもできる。それを実現して初めて『王』と名乗れる資格があるのだ。

 

 この国の王、ランポッサⅢ世は民を思う気持ちは本物だが、やはり能力に関しては凡夫と言わざるを得ないだろう。それこそバハルス帝国の皇帝、ジルクニフ・ルーン・ファーロード・エル=ニクスと比べてしまえば愚王とさえ言えるかもしれない。

 王の派閥は脆弱で、舵取りは容易ではない。

 

 しかし、だ。潜在的な勢力――特に戦力に関しては貴族派閥を遥かに凌駕しているとも言えるのだ。それは王国戦士長ガゼフ・ストロノーフしかり、アダマンタイト冒険者チーム『蒼の薔薇』もどちらかと言えば王寄りであることから窺える。もちろん冒険者は国を越えて活動する権力外の存在ではあるが、だからとって個人の感情までが縛られる訳もないだろう。王とはさして面識のない彼女らも、王国の第三王女『ラナー・ティエール・シャルドルン・ライル・ヴァイセルフ』とは交流が深い故に、心情的に王に肩入れするのは仕方のないことだ。

 

 何よりも、王女の神算鬼謀は人類という枠組みすら超えているのではないかという程の異常な能力であり、そしてそれがあるからこそ彼女達は王女と縁を深くするのだ。もちろんリーダーのラキュースなどは幼いころからの馴染み故に付き合いがあるということもあるのだが、それを差し引いても彼女の能力は王国の――王派閥の立て直しを可能にするのではないかと期待できるほどのものなのだ。ラキュースもこの国の未来を憂う貴族だからこそ、民のことを考える王を応援しているのである。

 

――当の王女本人が国のことなど一切考えていないのは、ともすれば滑稽にさえ見えるほどだが。

 

「……」

「ど、どうしたの? シャルティア?」

 

 そんな王女とシャルティアの初コンタクト。容姿端麗で物腰も柔らかいラナ―がシャルティアを紹介されて何か問題を起こすとは思えず、そして人類一とも言える頭脳の持ち主の助言はシャルティアにとっても有り難いだろうと思い、ラキュースはこの場を立てた。

 しかし顔を合わせた瞬間、シャルティアはラナーの瞳を凝視し動かなくなったのだ。

 

「…? お初にお目にかかります。リ・エスティーゼ王国第三王女、ラナー・ティエール・シャルドルン・ライル・ヴァイセルフと申します。お噂はかねがね聞いておりますわ。事情はラキュースから聞いていますので、微力ながらお手伝いさせていただきますね」

「――くきっ」

 

 事前に事情を細かに説明されていたため、見事な礼を持ってラナーはシャルティアへと挨拶をした。しかしその返答はというと、奇怪な――笑い声ともつかぬ、嘲笑を含んだ吐息であった。

 

「シャ、シャルティア?」

「何か不手際でもありましたかしら」

「く、ふっ、くひゃひゃっ! ああおかしい! どうしたもこうしたも、こんなおかしいことがありんしょうか!」

「…ラキュース?」

「…私にも解らないわよ」

 

 困惑するラキュース達をそっちのけで、狂ったように笑い続けるシャルティア。ラナーはいったい何が彼女の琴線に触れたのかとその明晰な頭脳で考えるが、この部屋に入ってから今までの短い間、どう思い返しても変なことは起きていない。もしや吸血鬼にだけ笑えるヴァンプジョークでもあったのかとイビルアイに視線を向けるが、どうやらそれも違うようである。

 

「ふっ、ふぅ……ああ、失礼したでありんす。あまりにもぬしらが滑稽でありんしたので、つい。許しておくんなまし」

「何がおかしいんだシャルティア。私には何も笑えるところなどなかったが」

「ああイビルアイ。ぬしも。ぬしもでありんすか。人を見る目というのは意外とあてになりんせんな。ああなんて滑稽で、なんて楽しいんでありんしょう。わらわ、人間が好きになれそうでありんすよ」

 

 ラキュースはシャルティアが何を言っているのかはよく解らなかったが、しかし状況からみてラナーの事を貶めていることだけは理解した。そして同時に疑問もわき上がる。一度顔を見ただけ、それもほんの数瞬でシャルティアはラナーのことを理解した――理解した気になっている。それは何故、と。

 

「…それはラナーの事を言っているの?」

「それ以外にどう聞こえんしたかラキュース? ぬしは言っていたでありんすな。博愛精神が豊かで、慈愛を持ち、民のために立ち上がる優しき王女と。くふ、これが? ちゃんちゃらおかしくて涙が出そうでありんす。ああ、なんてわらわ好みの澱んだ女人。クレマンティーヌも中々でありんしたが、こやつは群を抜いて狂っているでありんすな」

「……」

「な、なに言ってるのよ。ラナーは…」

 

 何を唐突に――と口に出そうとするラキュース。しかし内心で彼女はそれを荒唐無稽と切って捨てる事はしなかった。否、出来なかったのだ。偶に……極稀にラナーを恐ろしい怪物かと錯覚するような気分に陥ることがあった。特に幼少時はそれが顕著で、しかし成長と共にそのような面もなくなり気のせいだと思いこんでいた。

 

 けれどそれは間違いだったのかと、シャルティアの様子を見て疑念が再度湧き上がる。成長と共に隠すのが上手くなっていただけだとしたら? ならば今彼女はいったい何者なのだ。ラキュースはそう考え、身震いをする。

 

「シャルティアさん? よろしければ二人でお話しいたしませんか?」

「くふ、ああ恐ろしい。鬼毒酒でもきこしめせと命令されるでありんしょうか? それとももっと酸鼻を味わわせてくれるのかしら」

 

 シャルティアはあまりおつむがよろしくない、それは自他ともに認めるところであろう。けれど彼女は愚図ではない。頓馬でもなく、阿呆と紙一重でありながらも彼女は慧眼だ。

 

 イビルアイが多少の打算を含んでいるのも、クレマンティーヌが猫を被っているのも、誰もかれもが自分を中心にしているわけではないことを、彼女は知っている。あえて彼女は興じているのだ。

 

 道化を演じる訳でなし。彼女は彼女以外を道化と見做す。ナザリック以外を愛そうと思えばこそ、彼女はそうすべきだと心に綴り、誰にともなく諳んじる。

 

 そうすることで愛おしさも嘲りも、侮蔑も嫌悪も湧き出す悪意もなにもかもを綯交ぜにして彼女は生きられる。ナザリック以外のものは大事にできないけれど、オモチャとしてなら大切にできる。それはどちらが表でどちらが裏なのか、彼女にも解らない。

 

 彼女は自分を騙しているのだ。

 

 ああ、愛おしい。ああ、殺したい、嬲りたい、犯し尽くしたいと彼女は滾る。悪であれと創造された彼女は、そう思わずにはいられない。

 

 けれど創造主を絶対とする彼女は、それを探すために全力を尽くさねばならない。だから、だから彼女達は大切にしなければならない。そう――思いたい。

 

 ああ、愛おしい。ああ、殺せない、嬲れない、犯し尽くせないと彼女は嘆く。廃されたと想像できない彼女は、そう思わずにはいられない。

 

 イビルアイが愛おしい。ティアが愛くるしい、ラキュースが愛らしい、クレマンティーヌが愛愛しい。なるほど、それは事実だ。彼女の性的嗜好は誰憚ることなく常に開け広げなのだから。

 

 だからこそ壊したくて仕方がない。それが彼女のナザリック以外への愛情表現だから。

 

「そそりんす。殺したいでありんす。嬲って、犯して、引き千切りたい」

 

 紅い目をギラつかせて、彼女は嗤う。その稚気といえるような殺気は、たとえ歴戦の冒険者でも身を竦ませるほどの奔流で、実力的には一般人にも劣るラナーが正気を保てる筈もない。

 

 元が正気ならば――の話だが。

 

「…少し落ち着かれては? 隣の部屋の彼女達も貴女の本性は量れていないのでしょうね。表も酷くて裏も非道い。傍若無人で浅慮な暴君と予想していましたが、全く違うのですね。貴女は貴女で彼女達を気に入っているのでしょう? 鎖で繋いで抱きしめて、優しく壊したい。それに愉悦を感じて、その後で大切な物を失くしたと悲嘆に暮れる。歪み過ぎです」

「ぬしが言いんすか、狂人」

「私はそこまで歪んでいません。愛しい人と二人でいつまでも過ごせればそれでいいなんて、些細でささやかな少女の願いでしょう? けれど貴女は彼女達を好きなのに、貴女は彼女達を壊したい。それに気付かれたくもない。もう一度言いますが、歪み過ぎです」

 

 努めて冷静に。相手が興奮していても、自分が動じなければ沈静化していくものだ。恨みを買っていれば話は別だが、そういったことでもない。ラナーは自分を見て――自分の歪んだ部分を見て嗤うシャルティアを、冷めた目で見つめる。

 

 あっちが執着しようが、こっちはどうでもいい。自分に執着する者など掃いて捨てるほど見てきたものだ。それが貴族でも、オークでも、吸血鬼でも関係はない。その全てが剣を持っていれば、彼女に抗う術などないのだから。オーク程度に殺されるラナーが、オークの百倍強い存在を目の前にして恐怖が変わるわけもない。結果はなにも変わらない、それゆえに。

 

「…これは失礼。最近少々溜まっていんしたゆえ、自制がきかなかったようでありんす。わらわ反省」

「あら、意外と素直なのね。それにしても何故あのような状態に? 私になにかありましたか?」

「ふむ…」

 

 シャルティアも内心で首を傾げていた。我を忘れるほどラナーに執着するほどの何かがあっただろうかと。確かに美しいが、しかし好みで言うならイビルアイの方だ。ならばと考えてふと気づく。そして、ああなるほどと自答した。

 

 彼女はこれまで出会った者達の中で一番カルマ値が低い――ナザリックの者達のように。

 

 彼女はこれまで出会った者達の中で一番美しい――ナザリックの女性達のように。

 

 彼女はこれまで出会った者達の中で一番聡明な雰囲気を携えている――ナザリックの守護者統括か、もしくは守護者の悪魔のように。

 

「く、くく。たかが人間を見た程度でわらわが郷愁を? ああ、有り得てほしくはありんせんが…認めずには進めんせん。わらわも孤独には耐えられんということでありんしょうか、ペロロンチーノ様」

「……」

「醜態を晒してしまいんした……粗相の埋め合わせは幾何無く返しんす。わらわの本性はあやつらには黙っておいてくれなんし」

「ええ解りました。私のことも言わないでくださいね? あの子達に距離を置かれては取れる手段が狭まりますから」

「くふ、本当に歪んでいんすな。まあそれはわらわにとってどうでもいいこと……本題はぬしの協力でありんす。先程のやり取りだけでわらわの性をわずかなりとも見抜いたのは、中々の賢しさ。黄金、聡明叡知という呼称が大層な妄言でないというなら、わらわのためにそれを振るいなんし。見返りは言わずとも解りんしょう?」

「別に自称しているわけではありませんが。とはいえ非常に魅力的な提案ですので、受けずにはいられませんね」

 

 にっこりと笑顔を作って握手を求めるラナー。心底笑っているようで、その実空虚な空笑い……否、それも違う。確かに彼女は嬉しいのだ。シャルティアとの出会いが。

 

 彼女は自分とそれ以外を、人間と家畜ほどに差があると考えている。何故この程度が解らない? 何故この程度も解らない? 何故貴方達はそう愚鈍なの? 幼い頃は何度もそう思っていたが、成長と共にラナーは世界は『そう』なのだと実感できた。自分が異質で、彼等は普通なのだ。

 

 だから彼女は世界をくだらないと切り捨てて、だから映るもの全てが灰色だった。

 

 クライムに会うまでは。

 

 彼と出会って世界が色付き、彼と出会って世界が意味を持ち、そして彼と出会って彼女は狂った。狂気の種は元よりあれど、芽吹く筈もなかったその種子が、男と出会って萌芽した。異性によって価値観が変わることなど有り触れて余りあるが、彼女のそれは常軌を逸する。

 

 彼女にとっての愛とは、誰にも理解できない狂気を孕んだ執着心。クライム以外の一切がどうでもよく、クライム以外の全てが消えても、彼さえ残ればどうでもいい。

 

 まあ平たく言えばただのヤンデレである。それ以上でも以下でもない。

 

 ならば何が常軌を逸しているかといえば、それは彼女の智謀だ。ヤンデレは割とその辺にいる。天才も極稀に存在する。しかし超絶天才黄金ヤンデレ究極美女ティック王女様は中々居ないのだ。いや、絶対に居ない。断言してもいいだろう。

 

「ところで後学のために聞いておきたいのですが、何故私が狂っていると? 自分が狂っているという自覚さえあれば、狂気などいくらでも誤魔化せる――そう思っていましたし、貴女もそうではありませんか」

「眼。匂い。勘」

「あっはい」

 

 なんとなく以上のものはない。シャルティアは勘が良いスーパー吸血鬼なのだ。

 

「さて、では戻りんしょうか。しかし先ほどのやりとりはどう誤魔化したものでありんすか…」

「大丈夫ですよ。私の黄金の脳細胞を以ってすれば常人を誤魔化すことなど造作もありません」

「おお! 心強いでありんすな! で、どうすれば?」

「ええ。とりあえず話を合わしつつ、タイミングよく指示をだしますのでそれに従っていただけますか?」

「何ですって? わらわに命令をだそうとは、少々不遜が過ぎるでありんすえ」

「これから私の判断に基づいて行動することが多くなるでしょう? それに一々噛みつかれては本末転倒。そうなってしまうなら、私が貴女に協力する意味も義理も義務もありません」

 

 シャルティアが頼るのはラナーの頭脳。彼女の指示に従わないというのなら、どのみち彼女と縁を結ぶ意味はない。前述通り、シャルティアは自分の知識の無さとおつむの悪さは自覚しているのだ。ラナーが評判通りの頭脳の持ち主ならば、無下にするにはあまりに惜しい。

 

「むぅ……仕方ない、か。わらわに指示を出せる栄誉を賜うてやろうではありんせんか」

「あらそれはそれは。光栄の至りでございます」

「うむ! ではこれからぬしはわらわの司令塔。名を呼ぶ時はシャルティアと呼びなんし」

「では私のこともラナーと」

 

 

 誰が言ったか――馬鹿と天才は紙一重。危険なものは馬鹿と天才の組み合わせ。ラナーとシャルティアのコンビはまさに鬼に金棒……いや、吸血鬼に黄金棒である。

 

「またせたでありんすな!」

「お待たせしました」

「う、うん。それで、さっきのはどういうことなの?」

 

 半ば確信したような問い。先程のラキュースの反応。ラナーはその黄金の脳細胞によって、予知とも言えるほどの正確な未来を弾き出した。すなわち、ラキュースに元々あった疑念が膨らんでいる今、どのような言い訳も意味はない、と。

 

――つまり。

 

「ええ……それなんですが――今ですシャルティア! 吸血鬼パンチを!」

「えっ」

「速く! 間に合わなくなっても知りませんよ!」

「わ、解りんした。きゅっ、吸血鬼っ、パーンチ!」

「ちょ!? ま、ぐえっ!」

「次は吸血鬼チョップです!」

「了解でありんす!」

「お、おい、何を……ぐわっ!」

「残りは纏めてやっておしまい!」

「あらほらさっ……ぬし、調子に乗ると殺しんすよ?」

「冗談です」

 

 つまり『物理的に記憶を失ってしまえー』作戦である。まさに灰色の脳細胞を超えた黄金の脳細胞。これ以上はない最高の作戦だろう。

 ラキュースは側頭部にパンチ(弱)を受けて昏倒し、イビルアイは首筋に手刀を受けて気絶した。かなり空気気味だった他のメンツは吸血鬼カカト落しによって仲良く地面とキスをする羽目になってしまったようだ。

 

「ラナー。ぬし、本当に頭のほうは大丈夫なんでありんしょうな。いえ、頭大丈夫?」

「心配しなくても大丈夫ですよ。むしろ彼女達の頭を心配してください」

「わらわが加減を失敗するわけないでありんしょう」

「ふふ、そうですか。ならば後は王家秘伝、忘却のツボを突いて…」

 

 別に伝承はされていない。王家秘伝でもなければそんなツボもないが、雰囲気込みだろう。ぶっちゃけるとラナーははっちゃけていた。それは滅びゆく王国において、どれだけ最高の手を打とうとも避け得ぬクライムとの別れ――その可能性が激減したことに対する喜びだ。シャルティアが単騎で王国すら滅ぼせる化物だと言うのなら、彼女さえいれば取れる手段は格段に多くなる。もはや『蒼の薔薇』との交流さえただの保険程度にしか見えなくなったのだ。

 

「ふふ、うふふふふ……ああクライム。もうすぐよ…」

「…なんだか激しく選択肢を間違ったような感覚でありんす」

 

 シャルティアの敵は法国。ラナーの敵は帝国。敵は2倍だが、彼女達が力を合わせれば数字は乗算だ。王国の未来に希望の光が少しだけ差し、帝国の明日に暗い影が差す。

 

 きっと今の法国:王国:帝国の戦力比は50:30:1ぐらいである。

 

 頑張れ皇帝。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ご苦労様です、ニグン殿。ご無事のようでなにより」

「は。この度はとんだ失態を」

「そう遜らないでください。同じ六色聖典の隊長同士ではないですか」

「ご冗談を。形式上はともかく、どれほど実力に差があるとお思いですか。人類の守護者としては比べるべくもないでしょう。ましてや…」

 

 ニグンは漆黒聖典隊長の傍にいる老婆に目を向ける。まごうことなき法国最上位に近い人物だ。そして何よりも目を引くのが、その身に纏うチャイナドレス――そう、ニグンは笑いを堪えるのに必死だった。歳考えろよババア、と。

 

 という冗談はさておき、ここは草木生い茂る人類未開の地『トブの大森林』 何故ここに六色聖典の内の二つ、漆黒聖典と陽光聖典が一堂に会しているかというと、それは魔物討伐のためである。

 

 前者は巫女姫による予言から破滅の竜王を支配下におくため。後者は漆黒聖典が竜王を探す際に気付いた、ゴブリンの異常繁殖を抑えるためだ。無論ゴブリンの群れなど漆黒聖典からすれば烏合の衆に過ぎないが、さりとて破滅の竜王と対峙する前にくだらない小事に気を取られては危険が増す。

 

 丁度陽光聖典が帰還のため大森林の近くにいたということもあり、お鉢が回ってきたのだ。ニグンは人類守護の本分とも言える任務に張り切り、そうでなくとも名誉挽回のチャンスであるため奮起した。

 

「さて、そろそろ気を引き締めてかかりましょうか……しかしあの少女は惜しい人材でした。王国に対してあまり良い感情を持っていなかったところも素晴らしかったのですが」

「ああ、先程言っていたカルネ村の少女のことですか。確かにかの魔獣は相当なものでした……それをテイムしているともなると、法国へ引き抜きたいというのも解ります。同じ魔物を操る者としても気になるのでは? 一人師団、クインティア殿」

「クアイエッセで構いませんよニグン隊長。クインティアの名は、本国に戻れば顔を顰める者もいるでしょうから」

「おお、失礼しました。妹御様のことは残念でした…」

「妹が愚かであっただけのこと。スルシャーナ様の加護を自ら放棄したのならば、どのみち未来は見え透いているでしょう」

 

 今現在この地に居る者だけで、もはや国を落とせるほどの異常な戦力。法国の秘中の秘である神人すら出張ってきていることからも、力の入れようが解るというものだろう。神人である漆黒聖典隊長を筆頭に、一人師団と呼ばれる殲滅力に優れた『クインティアの片割れ』の兄の方――ぶっちゃけるとクレマンティーヌのお兄ちゃんである――などなど、これからちょっと王国を滅ぼしますよと言われても納得の面子だ。

 

「では我等はここで別れましょう。任務の成功を祈っております」

「ええニグン殿。クインティア、しっかり頼んだぞ」

「隊長、わざと言ってますよね」

 

 前述通り、漆黒聖典の方の戦力はあまり割くことはできない。故に一番殲滅力に優れた『ビーストテイマー』であるクアイエッセ・ハゼイア・クインティアが陽光聖典と共にゴブリン掃討を請け負ったのだ。彼は、英雄級の存在でもなければ倒すことが難しい高位の魔物を、少なくとも十体は召喚できるほどの実力を持つ。低位の魔物の同時召喚も含めればその殲滅力は筆舌に尽くしがたく、故に『一人師団』なのだ。けっして、嫌われていて師団なのに独りぼっちだからとかそういう訳ではない。

 

「全聖典の者、傾聴せよ。――我等は人界万里の防衛線! 我等こそが人類最後の大砦! 愚かな国の、愚かな民を、それでも我等は救済しよう。何故ならそれが神の御意思だからだ。救えぬ者は確かにいる、救われぬ愚者はさらにいよう。それでも我等は諦めてはならんのだ! 脆弱なる種族の、守護者であるが故に!」

「はっ!」

「この作戦が成功しなければ人類はさらなる窮地に陥るだろう。この作戦が成功しても王国の民は窮地に陥るだろう。だが躊躇してはならん。何故ならそれこそが、ただ一つの救済への道しるべだからだ! 各員――全力を尽くせ!」

「はっ!」

 

 漆黒聖典隊長の叱咤激励は、各隊員の意気を最高にまで高めた。これこそが人類最強クラスの神人。これこそが人類最高クラスの守護者。

 

「ではニグン殿、そちらもご武運を。勝手にそちらの部下の方達にまで、すみませんね」

「いえ、最高の激励となりました。必ずや任務は成功するでしょう」

 

 これより始まるは人類救済の第一歩。世界に破滅を齎す竜王を支配せんと、彼等は命を懸けて立ち向かう。それは十三英雄の残した偉業を遥かに超えて、悠久に語り継がれる英雄譚。かつて空を裂いて顕現し、未曽有の恐怖をばら撒いた破滅の竜王――魔樹『ザイトルクワエ』 『世界』の名を冠するアイテムを手に、彼等は決死に立ち向かう。

 

――魔樹はもう、死んでるけれど。





エンリ「ゆけっ! 森の賢王!」

クアイエッセ「なんの! 避けろギガントバジリスク!」

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