エレン、タラ、シェムの魂はいつの間にか現実に戻ってきていた。三人は直ぐ様自分の体の中に戻る。
三人は体に戻って瞼を開けるとカル、モワノー、ファブリス、祈祷師とその助手が顔を覗き込んでいた。無事に目が覚めるのが分かると手を取り合いとても喜んでいた。
喜びを充分に分かち合うとカルから話し出す。
「無事でよかったよ!」
「ほ、本当に、そ、そうね!」
「ああ、本当だ!」
「取り敢えず、確認しますね」
祈祷師はタラのおでこに手を当てようとする。その前にハイテンションになったタラが立ち上がり、空中浮遊の魔術を使い飛び上がった。
タラが天井にぶつかりそうになる前にカルが捕まえる。
「おい!?何やってんの?」
「ねぇ!見て!このネックレス良いでしょう!私が助け出した色達なのよ!エレンとお揃いなのよ!まあ気分が良いわ!」
タラは説明することはなかった。エレンはそれを不思議がった。当たり前だ。だって、色達から贈られた模様をあまり喜んでいなかった。そもそも、解毒はまだ終わっていない。なのに元気いっぱいだからだ。
「...エレン。煉獄で何があったんだ?」
カルが尋ねる。エレンは首を横に振って分からないと意思を示す。
「分からない。と言うか、本当は治っていないの」
「はあ!?それはどういうことだよ!」
カルが思わず叫ぶ。
戸惑っているエレンの代わりにシェムが答える。
「うむ。実は...」
「「「「え-------!?悪魔の支配者に喧嘩を売った?!」」」」
煉獄に行けなかった一同は事情を知り、驚きのあまり部屋中反響する程叫んだ。病気でどもるモワノーでさえも普通に話せてしまう程だった。
「しかし、まあ...。また突拍子のないことをやるなあ...。タラは」
ファブリスが呆れてため息をつく。
「えっ?前からそうだったの?」
驚いたエレンはファブリスに質問をする。
「うん、そうだよ。ここに来る前にタラと僕と、後、ベティという女の子がいたんだけど、三人でかくれんぼして遊んだ時。タラが魔術を使って、僕を吹き飛ばしたり、トラクターや納屋は壊しちゃったし...」
「ほほう、それでそれで他には?」
興味津々となったカルが話をせがむ。
「他にもデブで乱暴者のパスカル・ゲンタールっていう奴がいたんだけど、あいつがタラの髪の毛を切ろうとしたから、魔術を使って吹き飛ばしたりね」
「へぇ~中々やるね」
「何よ!トラクターはファブリスが運転してきたから悪いのでしょうが!!」
「い、い、今は、そ、そんな話をしている、ば、場合じゃないでしょ!タ、タラも、お、落ち着きなさい!」
感心して話し込んでいるカル、ファブリス、タラ、エレンをモワノーは思わず怒鳴った。モワノーに叱られた事によって四人の意識は現在起きている問題へと向かう。
「まあ...しかし...。悪魔の支配者にしては、病気と闘う力よりも、あえて弱らせると思ったのだが...」
子供達の話をそっちのけに腕を組んで考え込んでいた祈祷師が言う。
「タラが治す力がないって馬鹿にしたからのう。傷付ける事よりも、プライドを優先したのではないか?」
シェムが推測で祈祷師の疑問を答える。
「でも...あんなに元気いっぱいでも、まだ毒液があるのですね?それに、悪魔の支配者の呪いということは...相当恐ろしいものが...」
祈祷師の助手がタラの様子を見ながら言う。
「そうじゃ。まだタラの体内には、アルピーの毒液が残っておる。今はこの毒をどうにかせんと、タラは死ぬぞ!」
すると何か案が思い付いたカルが言う。
「先生、サングラーヴの仮面は何も通すことはできないの?それとも顔を隠す為のただの幻影?」
「ただの幻影じゃ。そうでなければ、あいつらは呼吸することはできないからな。何故急に?」
「思い付いたことがあるんです。でも、それには、先生の助けを借りなくちゃならないんです」
カルはこれから行おうとすることを皆に説明をする。大人たちは大反対したが、これしか方法がなかったので、最終的に納得するしかなかったのであった。
結果は驚く程簡単に成功した。作戦はこうだ。
まず、意識を失ったふりをしたタラは大人しく担架で運ばれる。
そして次に、シルヴィヌの森に着いたサングラーヴ族は、タラの様子などを確認するとマジスターが待っている部屋へと転移する。意識を失っていると勘違いしたままのマジスターはアルピーの解毒剤をタラに飲ませる。
その時にタラの体の下にクレープのようにぺちゃんこになって隠れていたカルが、マジスターの顔に向かって胡椒が入っている瓶をおもいっきり投げつける。
相手が痛みにのたうち回っている内にカルが薬を奪い取る。薬を奪い取ると直ぐ様タラがポキュス【金縛り】のおまじないを唱えようとしたが、マジスター達は何故か消えてしまった。
疑問は多少残ったが、どう考えても疑問が解決出来ないので、一先ず疑問は置いとくのであった。
トラヴィアの王宮に戻ったタラは急いで残った分の薬を飲む。
数分後祈祷師が手をかざして確認する。
「完全に治っています」
宣言した祈祷師は助手と共に荷物をまとめて満足そうに部屋から出ていく。
タラ、ファブリス、エレン、カル、モワノー、子供組は喜びのあまりその場で踊る。少し落ち着くとタラは真面目な表情でお礼を言う。
「カル。私の命を救ってくれてありがとう」
カルの頬にキスをする。照れたカルの顔は熟した林檎のように真っ赤にして、餌を求める金魚のように口をパクパクしてしまった。
そんな時に宮廷人がカルを迎えにやって来る。国王夫妻がタラの奇跡の救出の話を聞きたい為に呼ばれたのだ。
急遽話をすることになったのでカル、タラ、シェムは王座の間に行きエレン、ファブリス、モワノーは他の宮廷人と一緒に話を聞くことになった。
「大変だったわね。とても危険な目に遭ったのですって?」
王妃が優しく体をいたわるように声をかける。
「はい、陛下。シェム先生と仲間達が私の命を救ってくれました。特にエレンとカルは、勇敢で、私と一緒に悪魔の城やサングラーヴのところまで付いてきてくれたのです。それに、カルの聡明な案により、見事サングラーヴから薬を奪い取り、逃げ出すことが出来ました」
エレンやシェム以外全員が恐怖で身震いをする。だが、直ぐに気を取り直してカルを称える拍手へと変わる。
照れたカルは顔を赤くして頭を掻いた。そんな姿を大人達は微笑ましく見つめる。
タラは一部始終を語り出す。タラが喉のくぼみの模様を見せた時、部屋中の若い女性達が羨ましがった。エレンのも見せる事になった時もまた若い女性達が羨ましがった。若い女性達の反応にエレンは誇らしげに笑い、綺麗な姿勢で立ち、その後ろからドヤッという音が聞こえてきそうだ。しかし──
問題が起きてしまった。
それは悪魔の城の話の時だった。
「私達は、恐怖のあまり氷の様に凍りつきました。何故なら...」
タラが言った瞬間、エレンの髪の毛が静電気でパチッと鳴る。
「えっ?」
エレンとその周りに居た人達は思わず驚いてしまう。
エレンの髪の毛が静電気にやられる事は、自分が魔法を使ったか、誰かが使って掛けられたのかの二択だ。しかし、今のはタラが話をしているだけであって、呪文を唱えたのではない。
不安がるエレンをよそに事態はどんどん進んでいく。
ブオーと冷気を纏った風が部屋の中に吹き荒れ、ピキピキと部屋が凍りつき青くなっていく。
(どうしよう!?防御魔法で壁を作っても、この冷風がいつまで続くか分かんないのに耐えられるかな...。もういっそ!火で燃やしてしまう!?)
あまりにの寒さに物騒な事を考えるエレン。残った理性が下手な事を出来ないと判断した為、モワノー、ファブリス、カルや宮廷人と一緒になって足踏みしながら振るえるのであった。サラタール一人だけは怒り狂っていた。
タラだけは何も被害がなかった。けど、タラ本人はこの事態に恐怖を感じて、石像のように動けなかった。
何かに気づいたシェムは呟くとタラの方を向いて言う。
「親愛なる悪魔めが、タラ、お前にちょっとした贈り物を送ったんだ。『私達は悪魔の支配者様のご好意で、少しずつ暖められます』と大声で言ってみてくれんかね?」
最初は納得していなかったタラだが、渋々納得して叫ぶ。
「『私達は悪魔の支配者様のご好意で、少しずつ暖められます』」
タラが叫んだ瞬間、エレンの髪の毛がバチッと鳴り、吹雪は止まり氷は溶けて部屋が暖まる。
エレン達が濡れた髪の毛や体を拭いている最中、サラタールだけは濡れた毛を目の中に入ったまま、クッションから降りて話し出した。
「何が起きたのか、説明してもらおうではないか」
その声は怒っているのにも関わらず、不気味な程落ち着いていた。
その様子にシェムはかなり困惑しながら説明をする。
「煉獄に行った時、タラは迂闊にも、悪魔の支配者に対して、治せるものなら治してみろと挑発してしまったのじゃ。悪魔はそれができない腹いせに、タラに新しい力を贈り物をしたようなのじゃ。それは、タラが何かを例えて言うとその"喩え"が本当の事になってしまうのじゃ」
「じゃあ、あの時サングラーヴの人達が突然消えたのは、タラが『二人とも地獄に落ちればいいのよ!』と言ったから?」
カルがハンカチで頭を拭きながら訊ねる。
「そうじゃ」
「...って事は、タラが例えば、『我慢できなくて燃え尽きそう』とか『炎のように情熱的に』何て言ったら、皆焼けちゃうって訳?」
「まあ、そうだろうな」
他の人達が恐怖で何も言えなくなる中、カルはニコニコと親しげにタラに笑みを浮かべて言う。
「タラ、僕たちを串焼きにしたくなかったら"喩えは"絶対に言わないようにしてね」
タラは自分の現状に恐怖を感じて完全に動けなくなる。
そんなタラをフォローするかのようにエレンが一歩前に出る。
「それなら、別に話さなければ大丈夫だね。何か伝えたいことがあったら紙とペンで伝えられるし。それに魔法だってあるでしょ。喋ったらじゃなくて、"喩え"を使ったらでしょ?呪いが解けるまでの間、必要最低限だけにすれば大丈夫だよ」
「そうじゃ。エレンの言い通りじゃ。とは言え、何か被害が出る前に治せばならん」
「ならば、高等魔術師達の力を借りよう。でも、ここだけでは数が足りないから、オモワに行かなくてはならんな」
「オモワだと?」
サラタールの意見に眉を潜める国王。
「あの帝国に頼み事をしろと言うのか?あの女帝や将軍が、このタラに掛けられた呪いを解くために、オモワの高等魔術師達の力を使って良いなどと言うと思うのか?」
良い方向に流れていたが、王の意見に打ちのめされてしまう。
けれどもシェムはお辞儀して否定する。
「陛下、ご心配は無用です」
その言葉にここに居る全員が安堵の為息をついた。
「高等魔術師同士が話し合えば大丈夫です。どんな政治的な問題があろうと、我々のどちらかが危険にさらされたり、傷ついたりすれば、相手を助けたり治したりする為に、力を合わせる事になっているからです」
「宜しい。では、タラを治すのは、お前に全て任せたぞ」
タラの事を前から嫌っていたサラタールは、厄介払いが
出来ると思い少し嬉しそうに言う。
「直ぐには参りません」
シェムの言葉にサラタールだけではなく、他の宮廷人もがっかりする。今にも文句を言われそうだが、シェムはそれらを無視して話を進める。
「いくら、協定で決められているとは言え、あちらとも事前に話をしなければいけません。ですので、一週間程を目処に出発したいと思います。...タラ、それまでの間、用心を怠らないように」
そう言われたタラは黙ってお辞儀をして下がった。
タラが通る度に怯える宮廷人。エレンはそんな姿を悲しげに見詰めながら考える。
(呪い...これだけですめばいいんだけど...)
周りへの被害は酷いのだが、話をしても"喩え"を使わなければ良いのだ。言い方を気を付ければいいだけの問題。
(悪魔と呼ばれる生き物が、こんな簡単に回避出来る方法を残しておくものなの...?これは表向きの罠で、他にもまだ呪いがあるっていう...嫌なパターンじゃないよね...)
エレンは泣きたくなる現実を溜め息に変えて流す。
仲間達は泣きそうに退出していったタラを気にしているので、エレンの様子に気づいていなかった。
せっかく難を乗り越えたのに、助けを求めた所で、また難を貰う皮肉な結果となっただけになってしまった。