タラ・ダンカンと空白少女   作:オタクさん

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第13話 病気

厩舎の仕事を終えたエレンは、へとへとになりながらも週に三回の厨房当番の仕事を始める。厨房当番の仕事の内容は野菜を切ったり、料理人の代わりに様子を見たり、魔術で料理の数を増やす事だ。

 

今回の監守はドラゴッシュだった。ドラゴッシュとは先程喧嘩したばかりエレンにとっては、気になってとても居づらかった。

他の当番の中にタラ、カル、モワノー、ファブリスが居てくれた為、エレンの心は大分楽になり、有り難い存在だった。

 

罰せられたばかりなのにアンジェリカは、当番に入ったタラ達を思い切り睨み、特にタラには親の仇のように睨み付けていた。

 

アンジェリカ、モニカ、キャロルは料理人の指示の下、ステーキの火加減を見たり、スープを煮込みすぎないように注意している。カル、モワノー、ファブリスは、料理人から渡される料理を魔術を使って二倍に増やす仕事でエレンとタラは野菜を切る係りだ。

 

エレンはじゃが芋などの皮をテキパキと剥いている。

タラは色んな事がありすぎて、ぼーっとしてしまっているが、それでも人参の皮を少しずつ剥いている。

 

「お腹すいたなあ~」

 

辺りを漂う美味しそうな匂いに釣られて本音をこぼすエレン。だが、ドラゴッシュから「夕食前につまみ食いをするのは禁止だ。もししたら、分かってるな?」と言われた事を思い出し、つまみ食いをしたい気持ちを抑えた。

 

エレンは早く終わらせて、食べに行こうと張り切ってじゃが芋の皮を剥こうとするが...

 

 

「そこ!何をしている!!」

 

急にドラゴッシュの怒鳴り声が部屋中に響き渡る。気になったエレンは、作業を一時中断して振り返って見ると、ドラゴッシュがカルの首根っこを掴んでいた。近くに居たモワノーは恐怖で後退りをしていた。

 

「えっ...なんで...?」

 

呆然と呟いてからエレンは様子を伺った。

よく見たら、カルの足元近くには食べかけのパイが落ちていたのだ。どうやら、つまみ食いをしようとしたのがバレて、言い付けを守らなかったから怒られてしまったようなのだ。

 

その時だった─

 

「あっつい!?」

 

髪の毛が静電気でパチッと鳴るのと同時に、エレンの足下には熱くネバネバしたスープの海がいつの間にかできていた。エレンはこれ以上被害を遭わないように、直ぐ様飛んで回避する。

スープの海は人だけではなく、大鍋もキャセロールも容器もスープまみれにしてしまい、調理台の火さえも消してしまう。唯一救いだったのは、厨房のドアがスープの海を塞き止めたお陰で、他の部屋には被害が出なかった事だ。

 

空腹で頭が上手く働かないうえに、いきなりスープが波となって襲い掛かってきて軽くパニック状態のエレンだったが、それでも必死に回転させ、周囲の様子を把握しようと、何度も何度も右、左、上、下を目で追える範囲はくまなく見回すのであったが...

 

 

 

「...あっは...あはははは!ああははは!.イッイヒヒヒヒヒヒ!!」

 

スープまみれのタラが、お腹を抱え込んでヒステリックに嗤っていた。

 

「...タ、タラ...?」

 

あまりのできごとに呆然を越えてドン引きするエレン。エレンはタラが何故嗤っているのかを考え込んだ。

すると、バタン、バタンと何か重たい物をひっくり返した音が耳に入った。その音は一回だけではなく何度も何度も繰り返し聞こえてくる。音の正体は、スープのせいで立ち上がれなくなったドラゴッシュだった。

 

カルを掴んでいた筈だが、スープの海に気をとられて放してしまったらしい。カルは解放された隙に逃げ出したみたいだ。

ヒステリックに嗤うタラを見て、ドラゴッシュの堪忍袋の緒はあっという間に千切れてしまった。

 

「お前は...!!お前は...!!わざとやったんだな。そうに違いない。滅茶苦茶になったこの厨房を掃除しろ!バケツとスコップだけでな!魔術を使うなよ。さもないと...」

 

スープを滴らせながら叫んだドラゴッシュは、カルを追い掛ける為部屋を出ていった。ドラゴッシュの後を追うようにファブリス、モワノーもカルを追い掛ける為部屋を出ていった。

 

後に残された者もまたスープまみれだった。彼らはタラに対して激しい非難の視線を浴びせた。

今までヒステリックに嗤っていたタラだが、流石に非難の視線を浴びても嗤っていられる程の神経の持ち主ではなかった。その顔色は恐怖で青ざめ首をすくめた。

 

これを好機にアンジェリカは怒鳴り声を上げる。

 

「まったく!あんたっていう人は!本当にあんたは危険な人ね!あ~あ、早くパパに告げて、こんな化け物をどこか遠くに追放してもらわなくちゃ。こんなのが居たら、私達いつか死んでしまうわ!」

 

「ちょっと!そんな言い方ないじゃない!それに、まだ、タラがやったとは決まってないよ!」

 

何も言わないタラの代わりにエレンが反論する。でも、その心は、タラがヒステリックに嗤っていたのを見ていたせいで自信はなかった。

 

エレンは言い訳として、ただ単純に、嫌いな人が無様な姿をみせた事で笑いたくなっただけかも?って考えてみたが、それはそれで人として駄目じゃん!と自分が出したあんまりな案に頭を抱え込んだ。

考え込んでいる内に、これも悪魔の呪いなのでは?と言う考えに至ったが、それを言ってしまえば、タラがやったと認めてしまうのと同じ事だった。

 

エレンがうーんと頭を捻っていると...。

 

「じゃあ、エレンあんたが犯人なのね!」

 

アンジェリカの矛先がエレンに変わった。

 

「えっ!?違うよ!」

 

驚きのあまりに思わず叫んだエレン。タラもこの珍回答に呆れて声も出なかった。

何も言い返さない二人に、アンジェリカは勝ち誇った笑みを浮かべる。

 

「だって、あんたならこれくらいの事できるでしょ。それに、自分のファミリエの事も忘れてしまう最低な奴が、こんな事してもおかしくないわ!」

 

「そうね!私達に手を出そうとしたしね!」

 

「たかが世間話に、勝手に勘違いをして魔術を使って痛みつけようとする人はまともではないわ!」

 

キャロルとモニカも、アンジェリカの言葉に合わせて掩護射撃をするように同意し出した。

これには怒りを通り越して、何言ってんの貴女達は?と呆れ顔として思い切り出たエレンとタラは、互いに顔を見合わせると、同時に長い溜め息で馬鹿にするように吐くのであった。

 

けれども、二人の予想に反して、周りの人達はアンジェリカの意見に同意する。

 

「そうだな。俺もファミリエいるけど、その事を忘れるって、かなり...いや、相当最低な人でもありえないぞ」

 

「悪魔の呪いのせいだとしても、危険な存在にはかわりないものね」

 

「そうそう、現に二回もやられたし」

 

「そのうち死人出てもおかしくないわ」

 

「そういえば、タラお前、シャンフラン先生に凄い目付きで睨んでなかったか?」

 

絶句したエレンは声が出ず、口をパクパクする事しかできなかった。タラは怒りで顔を炎のように赤く染め上げ噴火した火山の如く叫び始めた。

 

「アンタ達ね!いい加減にしなさいよ!!そもそも!何でこんな事をしたのか分かっているの!?アンジェリカが煽るからよ!やった私も悪いけど!煽る方も同じよ!少しは考えなさいよこのアンポンタン!何の為に頭があるのよ!考える為でしょ!...だいたい...アンタ達は...少しは自分で考える力がないと...」

 

「タラ!駄目!」

 

このままでは、また喩えを使ってしまいそうなタラを止める為に、エレンは急いで黄色の丸弾を当たらないギリギリの距離でタラの顔に向けて放った。

 

「まるできゃっ!?」

 

思わず悲鳴が出たことでタラの喩えを阻止する。

一旦、冷静になれたタラは、自分が何をしようとしたのかを理解したのか顔を青ざめて両手で口を押さえた。

 

自分の勝ちを確信したアンジェリカは、エレンとタラを大袈裟に怖がりながら言う。

 

「ほら!また喩えを使おうとしたわ!私達本当に死んでしまうところだったのよ!それに、みんな、あれ見て!」

 

アンジェリカはある場所に向けて指を指す。

皆が一斉に振り向くとそこは、エレンの放った丸弾の跡だ。丸弾の当たった場所は少し焦げていた。

 

「今のような事を、私とキャロルとモニカに向けてきたのよ。エレンも危険な人物なのは分かるよね?」

 

タラの喩えの未遂とエレンの魔法の威力にビビった初級魔術達は顔を青ざめ、まるで怪獣に襲われた町の住人のように一目散に逃げ出した。

 

逃げ出した彼らを見ながらアンジェリカは言う。

 

「キャロル、モニカ、私達もここから離れないと殺されてしまうわ。...では、さようなら。もうあんた達とは会うことはないでしょうね!だって...牢屋に閉じ込められるからね!」

 

アンジェリカはオーホホホと嗤いながら出ていく。

 

「私達に手を出した事を後悔させてあげる!」

 

「アンジェリカの言う通りよ!貴女達みたいな危険人物は牢屋行きよ!」

 

キャロルとモニカも言うだけ言うと部屋を出ていった。

後に残されたのは、エレンとタラと静寂だけだった。

 

 

 

エレンとタラは暫くの間、ただただ立っている事しか出来なかった。タラの怒りを抑える為にずっとしている深呼吸だけが響く。

約一分間程の深呼吸を終えたタラは、エレンに話し掛けようとして見上げる。

 

タラの口からプッと無意識の内に空気が漏れた。次第にタラの体は小刻みに震え段々と震えが大きくなる。

タラの変化にエレンは?を浮かべる。エレンが大丈夫?と聞こうとした瞬間──

 

 

「あっはははは!」

 

またもやお腹を抱え込んで笑っていた。

でもヒステリックな嗤いではなかった。楽しそうに面白そうに笑う。タラが笑った理由はエレンの頭、正確に言えば髪の毛だった。

 

エレンの髪の毛は何故か、魔法を使ったり受けたりすると静電気が走り、髪の毛をアフロのようにボサボサになってしまうのだ。スープの海に触れ、それなりの間空に浮かび、丸弾を放つ。現に魔法を大分使ったエレンの髪はかなり酷い状態になっていた。

 

アフロになりつつも、中途半端に元の状態を残しているせいで、アンバランスな状態になっていた。それがまたタラを笑いへと誘う。

 

「わ、笑わないで!」

 

恥ずかしさのあまり顔を真っ赤にして叫ぶエレン。

エレンに注意されても笑いを止められないタラ。

 

「もう、知らない!」

 

そんなタラに怒りを感じたエレンは、どこかに飛んでいく。

 

タラはそんなエレンの後ろ姿を見て、何か悲しそうに呟いていたが、エレンには知る由しもなかった。

 

 

 

自分の部屋に戻ったエレンは、スープまみれになった足を念入りに洗い、髪の毛を元に戻るまでとかし、靴と靴下を新しいのに取り換えて身支度を整える。

整え終えたエレンは、ソクラテスを抱き抱えて食堂に向かった。

 

食堂に辿り着くとエレンはソクラテスをおろした。ソクラテスは直ぐ様ファミリエ用の場所まで走り去っていく。

それを見届けるとエレンは、いつも一緒に食べる仲間達の元へと向かう。いつもみたく楽しそうな笑顔ではなく仏頂面で向かう。

 

そこにはカル、モワノー、ファブリスが仲良く喋りながら夕飯を食べていた。

 

エレンは直ぐ座らずに...

カルの頭を思い切りどついた。

 

「う、うゎ!?」

 

驚いたカルは食器の中に顔を突っ込みそうになったが、何とか姿勢を崩さずにすみ、顔面をベタベタに汚さずにすんだ。

 

「な、なんだよいきなり!...って、エ、エレン!?」

 

カルは振り向いて怒ろうとしたが、犯人がエレンだと分かると困惑して何も言わなかった。

 

エレンは困惑したカルを無視して睨み付ける。

エレンがカルに怒るのは当たり前の事だった。

 

そもそも、カルがつまみ食いをしなければ、エレンが怖がられることなくタラも問題を起こさないからだ。

エレンは怒鳴る。

 

「カル!何であの時つまみ食いをしたの!カルがつまみ食いしたせいで、私とタラが怖い存在に成っちゃったじゃない!!」

 

「それはどう言う事何だい?!」

 

カルは黙って聞いていたが、エレンの”私とタラが怖い存在に成っちゃったじゃない!!”と言う発言に、気になって質問をする。

 

エレンはプンスカ怒りながらも説明をする。

 

「タラが魔法を使っちゃった......かも...。その事を必死に...言い訳を考えていたのだけど...何故か私が犯人扱い。それで怒ったタラが、喩えを使おうとして...。止められた事は止められたんだけど......この後の生活はもう目茶苦茶だよ!!私も!タラも!」

 

自分が何か仕出かした事に、気が付き始めたカルは顔を青ざめる。

エレンはカルの変化を露知らずに、怒りに身を任せて語り続ける。

 

「みんな!みんな!あの意地悪な人の話ばかりを、信じて!誰も私達の話は聞いてくれないの!!」

 

訴え続けていたが、終いには泣き出してしまうエレン。

 

カル、モワノー、ファブリスだけではなく、周囲の雰囲気も重たくなる。

気まずそうにひそひそと話している人。罪悪感を感じる人。逆ギレをする人。そんな雰囲気を感じる程の余裕のないエレンはヒックヒックと泣いていた。

 

誰もが動かない中、一番始めに動きを見せたのはカルだった。

 

「そ、それは!話を聞かないあいつらが悪いんだ!!」

 

「そうだよ。カルの言う通りだよ。そもそも、喧嘩を吹っ掛けてきたのは、アンジェリカ達だし」

 

「そ、そうよ。カ、カルは、わ、悪くないわ。つ、つまみ食いが、げ、げ、原因だとしても...。エ、エレン、きょ、今日は色んな事が、あ、あ、ありすぎたから、つ、疲れてしまって、イ、イライラしてしまうのも、し、仕方ないわ。だ、だから、ね...?」

 

罪悪感を感じるものもカルは認めなかった。

ファブリスはカルをフォローする。モワノーもまたカルをフォローしつつ、エレンを宥める。そんな気まずい雰囲気の中タラが帰ってきた。

 

「...あれ..?何があったのあなた達?」

 

泣いているエレンとそれをフォローするカル、ファブリス、モワノー。周囲はひそひそ話。

明らかに異常な光景にタラは戸惑ったが、エレンの頭を優しく撫でてあやす。

 

ファブリスが皆の代わりに話し出す。

 

「あ、あの、実は...。...ほら、カルがつまみ食いをしただろ」

 

「ええ、したわね。...そのせいで、私は...」

 

「また!スープを作り直したのよ!それも、三千リットルもよ!」

 

タラもまた怒っていた。

タラの場合は、カルのつまみ食いや話を聞いてくれない他の初級魔術の話ではなく罰則の内容だった。タラはエレンの頭を撫でるのを止めると、乱暴に椅子に座り食べ始める。

 

「全く!掃除をちゃんとしたのだから、スープまで作らせる事はないじゃない!...それに、作らせるのならば、アンジェリカ達の方よ!」

 

タラは不満を思い切り叫んだ。

この発言に周囲の人達は文句を言おうとしたが、タラがギロリと、一睨みすると、そそくさ目をそらす。アンジェリカだけはぶつくさと文句を言っていた。

 

アンジェリカの文句を無視して話を続けるタラ。

不満が相当溜まっているらしく、段々と饒舌になっていく。

 

「確かに!私が魔術を使ったわ。けど!たかが、つまみ食い程度で、あそこまでする必要なんて、ないじゃない!!」

 

「そうだ!そうだ!」

 

カルは嬉しそうにタラを大声で擁護する。

タラは更に話を続ける。

 

「あの時のドラゴシュッ先生を見て、怖くなってしまって、つい...やってしまうのは、仕方のない事じゃない!カルを止める方法はいくらでもあったのだから!...エレン、貴女は何も悪いことをしていないのだから、気にしなくて良いわよ」

 

「...うん、でも......分かった」

 

モワノー、タラの言葉によって、少しずつ納得するエレン。

 

納得したエレンは今までの空腹を満たすかのように、勢いよく食べ始める。そんなエレンを見てタラ、カル、ファブリス、モワノーも食事を再開する。

 

「本当に今日は色んな事がありすぎたね」

 

「そ、そうね」

 

「全くだ。僕なんか一千リットル作り直しだ!」

 

「あっはは。本当に捕まるよりはましだろ?」

 

「それは...そうだけど...」

 

今日の出来事を思い思い語るエレン以外のメンバー。そんな彼らに誰かが近づいてくる。

 

「やあ、タラ」

 

近づいてきたのは背の高い大柄の少年初級魔術師だ。その少年はタラに親しげに声をかける。

 

「厨房では本当にありがとう。貴方が来てくれなかったら、夜までかかっていたところだわ!」

 

タラは熱っぽく微笑みながら少年に感謝を伝える。どうやらタラの話だと、この少年が掃除を手伝ってくれたようだ。

エレンが何か違和感を感じて、ファブリスの方を振り向くと、ファブリスは何故か少年の事を睨み付けていた。

 

「ファブリス...?」

 

エレンが呆然としながらも声を書ける。

ファブリスは暫くの間少年の事を睨み付けていたが、エレンの視線に気がつくと、エレンに取り繕くように元の柔和な笑みへと戻る。

 

ファブリスに睨み付けられた少年は首をすくめていた。

 

「あんな事何でもないよ。誰だってあの場に居れば、同じ事をするよ」

 

「そうだよな」

 

ファブリスは渋々に少年の意見に同意する。

 

「何日間か、ドラゴシュッ先生を避けた方が良さそうだ。僕に対して相当怒り狂ってるみたいからね」

 

カルは場の雰囲気を変える為別の話題に変えた。

 

「そう言えば、彼奴、怒りすぎて耳から湯気が出ていたよ」

 

話題を変えたお陰で、先程まで機嫌が悪かったファブリスが、自分からふざけて言うくらい機嫌が良くなった。

 

「違うわ。湯気が出ていたのはスープよ!」

 

タラもふざけ始める。

 

「そうそう!鼻にはセロリの切れっぱなしが突っ込まれて、耳からは人参の欠片が出てたよ!身体中からスープを滴らせて悲鳴をあげながら、カルの後を追っかけていったなあ」

 

ファブリスはをドラゴシュッ姿を思い出して笑いながら言う。

 

「あ、あ、彼奴の、あ、後をつけるのは、か、簡単だったわ。だ、だ、だって王宮じゅうに、ス、スープの跡をつけて、ま、まわっているのですもの」

 

モワノーも笑い出す。

 

「そうしたら、彼奴、全身が汚れているからって、いきなり執事から石鹸を渡されたのよね!」

 

「ちょうど、まさにカルを捕まえられそうになった時にね!...彼奴の顔ったら真っ赤になっちゃって...」

 

「そうそう、奴はまさしく"ミルク入りのスープ"って事さ」

 

(※フランス語で"ミルク入りのスープ"は怒りっぽい、という意味がある)

 

カルがそう締め括るとエレン以外の五人は、顔を見合わせて笑いこける。

 

「いやあ、その場面を見られなくて残念だったなあ」

 

笑いすぎたせいで涙が出た少年は涙をぬぐう。

 

「もう止めて!止めて!笑いすぎてお腹が痛いわ!」

 

「そうだな。僕達もこれ以上笑うとヤバいから、話を変えようか。....ところで、エレン。君はさっきから静かだったけど、どこか具合悪い?」

 

タラの叫びでドラゴシュッの話題は終わった。

 

ふとカルは、エレンがずっと黙っていた事に気がついた。そこでカルはエレンに話し掛ける。けどエレンはカルが話し掛けても気づかず、上の空でモグモグと噛み続けている。

 

数秒経った後に話し掛けられている事に気が付いたエレンは慌てて質問に応える。

 

「...ううん、何でもないよ...。今日物凄くお腹空いちゃったから、食べるのに夢中になっていただけだよ...」

 

「それならいいんだけど...」

 

エレンの不貞腐れ気味の態度に訝しげになったカルとタラ。けど、数秒も経たない内に気にしなくなった。

 

「...あ、そうだ!ロバンとこれからもっと仲良くなりたいから、談話室に行かない?」

 

「良い案だわカル!...けど、私、反省文を書かされているんだよね...」

 

「大丈夫だよ。反省文を書きながら話せばいいじゃん!」

 

「それもそうね!」

 

カルの案に嬉しそうに乗るタラ。ファブリスとモワノーもカルの意見に賛同する。そんな彼らを横目に、エレンは何かを考えるかのように、ジト目で注視ながらゆっくりと食べるのであった。

 

 

 

広い空間に、机と椅子のセットが数十個分に置かれた部屋、通称談話室に集まったエレン達。

エレン達はどこか良い席がないかと探していると、アンジェリカ達も談話室に居ることに気づく。

 

エレン達はアンジェリカ達の目の届かない遠い席に座ることにした。

理由は簡単でもうこれ以上厄介事は嫌だからだ。

 

席に座ると早速エレンとタラは反省文を書き始める。

 

エレンは黙々にやるつもりだったが、あることを思い出したカルは呟く。

 

「......なあ、エレン」

 

「なあに?」

 

 

「ソクラテスは本当にファミリエじゃないのか?」

 

それは今日の騒ぎの元凶とも言える、お話しだった。

固唾を飲んで真剣な表情となるタラ、カル、ファブリス、モワノー。ロバンと呼ばれていた少年も、その雰囲気に呑まれて姿勢を正す。

 

「えっと...エレン。その白い猫は、君のファミリエじゃないの?」

 

「違うよ!普通の猫だよ!」

 

恐る恐る訊ねるロバンに、元気よく自信一杯に、連れてきたソクラテスをエレンは皆が見易いように持ち上げる。

ソクラテスをまじまじと凝視するタラ、モワノー、ファブリス、カル、ロバン。一番始めにある事に気付いたモワノーが息を飲んでから叫ぶ。

 

「こ、こ、こ、こ、この子は!ファ、ファミリエじゃないわ!め、目が、き、き、金色ではないですもの!ふ、普通の、ね、猫と同じ、う、薄い黄色だわ」

 

「本当だわ!ギャランと目の色が違うわ!」

 

タラは自分の肩の上に乗っている小鳥サイズのギャランの目と、ソクラテスの目を何度も見比べながら叫んだ。

 

「...ほ、本当だ......」

 

カルは驚きすぎて茫然自失となる。

 

「ほら!私の言った通りでしょ!」

 

「そ、そうだねエレン」

 

呆然としながらも何とか応えたファブリス。

自分の話をやっと認められて嬉しくなったエレンは、あの時からずっと気になっていたあの事を質問する。

 

「教えて!!”ファミリエ”って、なに?」

 

元の状態に戻ったカルが説明をしだした。

 

「”ファミリエ”って言うのは、魔術師《ソルスリエ》とっての、魂のパートナーさ!」

 

「魂のパートナー?」

 

「そう!魂のパートナーさ!どんな時でも側にいて、喜びは分かち合い、悲しい時は寄り添ってくれるからね!ブロンダンもそうさ!」

 

カルは自分のファミリエである赤い狐を自慢げにみせる。赤い狐のブロンダンはコンッと元気よく返事のように鳴いた。

 

「わ、私の、シ、シーバだって!」

 

モワノーも負けじに銀色の豹を自慢する。

銀の豹のシーバは誉められているにも関わらず、興味なさそうに欠伸をする。

 

「魂のパートナーかあ...そうね、私もギャランと結ばれた時、恐怖や孤独をもう感じる事はないと想ったし、愛されている事を実感したわ」

 

タラはギャランとの出会いをうっとりと思い出しながら語る。ギャランもヒヒーンと鳴いて同意する。

 

「...へぇー...。そんなに良いものなんだね。少し、羨ましいなぁ...」

 

「僕にもファミリエがいて欲しいなあ」

 

エレンとファブリスが少し羨ましがった。

そんな二人を見てカルは自慢げになり、少し威張るように語り始めた。

 

「へへ、良いだろう?僕とブロンダンとの出会いはね、去年の高等評議会の最中なんだ。ブロンダンが僕を選んだのと同時に、僕もブロンダンを選んだんだ」

 

「どうすれば、ファミリエは僕を選んでくれる?」

 

話を聞いている内に、ファミリエが欲しくなったファブリスは訊ねる。

 

「それは...自然と勝手に解決するものさ。ほら、成長すれば、背が伸びたりするし、乳歯が抜けるだろ?それと同じで、時間の問題さ。気長に待っていればいい」

 

カルは安心させるように語る。

カルの話を聞いたファブリスはほっと胸を撫で下ろす。エレンはカルの話を聞いて、ある理不尽な事を思い出してしまう。

 

「......そう言えば、何で、皆、私にファミリエが居る前提だったの?そのせいで私は、最低な人間扱いだったのだけど!!」

 

語っている内に思い出して怒りで叫び机を叩くエレン。

そんなエレンを見て苦笑いするとカルは、宥めるように話し出す。

 

「そりゃあ...エレンなら。もうファミリエが居ても不思議じゃないからなあ...」

 

「私はここに来たばかりなのに?」

 

「えっ!!?エレン、君は!別世界【オートルモンド】人ではないのか!!?...あ、そうか...」

 

「ほらね」

 

他の初級魔術師の考え方が、ロバンの驚きっぷりに表れていた。そんなロバンをカルとモワノーが苦笑いする。

もうファミリエの話はいいだろうと、カルが別の話題に変えようとした時だった──

 

 

「カ、カ、カリブリス女史が、わ、私に言ったのよ。ド、ドラゴシュッ先生とすれ違った時、く、く、首に....」

 

「アハハハハ!!アンジェリカ!演技とても上手だわ!」

 

「本当ね。あの能無しにそっくりだわ!」

 

いくら、アンジェリカ達の班から遠く離れていたとはいえ、大きな声で騒いでいたから聞こえってしまったのであろう。

エレン達が居ることを知ったアンジェリカ達のグループが、わざと大きな声で聞こえるようにモワノーの真似をしてきたのだ。

 

怒りのあまりに言葉を失うエレン達。

アンジェリカ達はタラやエレンではなく、モワノーを標的として選んだのだ。大人しくて何も反撃できなそうだからだ。

 

魔力ではエレンとタラに勝てない。体格さでは男性陣に勝てない。

だからモワノーを選んだ。魔力は人並みで、体格的にはモワノーより大きいアンジェリカの方が有利だ。

 

そんな卑怯な事しか出来ないアンジェリカ達は会話を進めていく。

 

「そ、そ、そ、それから、ど、ど、どうしたのよ!あ、貴女が、あ、あんまり、た、た、た、た、たどたどしく喋るから、わ、わ、私は膨らんじゃうわ!」

 

アンジェリカが言い終わる前に、タラの怒りがコントロールが効かない魔術へと変わる。

アンジェリカの体は、ギリギリまで空気を入れた風船のように膨れ上がり、そしてそのまま、風船と同じようにアンジェリカは天井まで上がっていく。

 

あまりの出来事にアンジェリカは、談話室に居る全員の鼓膜を破るほどの悲鳴を上げ続けた。

 

「...もー!うるさい!」

 

そんなアンジェリカを心底うるさそうに嫌がるエレン。

するとエレンは、右腕をチャックを閉めるようなジェスチャーを横向きでする。

髪の毛がポンッと、電気で鳴るのと同時にアンジェリカの悲鳴を止めた。いや、アンジェリカの口を強制的に閉めさせたのだ。

 

エレンの行動に唖然とする最中、アンジェリカの仲間達はエレンに文句を言おうとするが...。

 

「...何?先に手を出したのはそっちだよ。...まさか、私の大事な友達に手を出して、なにもされないと思ったの?」

 

本気で怒っているエレンに何も文句を言えなくなった。

彼女達は魔術を唱えて宙に浮かび、アンジェリカを天井から力ずくで引き離そうとするが、何故か強力な接着剤を塗られたかのように剥がす事は出来なかった。呪文を唱えて引き離すという方法はあるが、その方法は逆効果になる可能性がある為却下される。

 

「みんな!手伝って!」

 

モニカが助けを求めた。

その呼び掛けにスキレールや他の男子初級魔術師達、カル、ロバンが手伝う事になり、彼らは全力で引っ張ったのだが駄目だった。

 

降りてきたモニカは嘆く。

 

「駄目だわ。高等魔術師を呼んで来なくちゃ。アンジェリカを天井から剥がすことはできないわ...」

 

「なんか平らな、ケーキサーバーみたいな物を使えば?」

 

カルは笑いながら無邪気に提案をする。

 

「カル!」

 

あんまりな提案にキャロルは叫ぶ。

 

「何よその言い方!アンジェリカはケーキじゃないわよ!酷い...酷すぎるわ!...どうにかしなくちゃ!」

 

憤ったキャロルは叫ぶ。

彼女はもう一度アンジェリカを天井から剥がそうとする前に、エレンとタラを睨んでから宙に浮かんで飛んでいく。

 

それから十分程あれこれやってみたが無駄だった。そこで遂に、カリブリス女史に助けを求めた。

カリブリス女史の魔力により、アンジェリカを天井から剥がす事は成功したが、体は風船のように膨らんだままだ。このままでは不味いので、医務室に連れていく事になったが、それはアンジェリカを醜態に晒す事と言うだった。

 

アンジェリカはローブの先に繋がれて、カリブリス女史によって連れていかれる。アンジェリカの仲間達も一緒に後を追い掛けていく。

 

その光景を見たタラとモワノーは嗤っていた。

エレンは興味なさそうに反省文を書きに戻ろうとしたが...

 

「ところで、貴女がしたんでしょ?全くなんて人なのタラ!よくやったわ!」

 

なんとモワノーが普通に話し出したのだ。エレンは驚いて書く手が止まる。

 

「おい、モワノー、どもってないじゃないか!」

 

カルは自分の事のように嬉しそうに指摘する。

 

「そう?ちょっと待ってて...」

 

指摘されたモワノーは、早口言葉を何度も繰り返して確認をする。

モワノーは自分のどもりが治った事を実感すると、喜びのあまり頬を赤らめた。

 

「...もうどもらない...どもらないわ!!凄い!やったー!」

 

嬉しくなったモワノーは部屋中響き渡る程叫んだ。

先程まで眠そうにしていたシーバでさえも、モワノーと同じくらい嬉しそうにして踊り跳び跳ねる。

 

「でも、どうしてかしら?ママは!ランゴヴィの中でも一番優秀なお医者さん魔術師《ソルスリエ》の所に私を連れていっても治らなかったのに?」

 

我に戻ったモワノーは首を傾げる。

 

「......あんたは一度痛い目に遭う必要があったのよ。あんたがどもると私は......何て言うか......殺したくなるのよ」

 

それの質問に答えたのはタラだった。

残酷的な言い方にエレン達はドン引きをする。けど上機嫌なモワノーは冗談だと思い微笑む。

 

「じゃあ、私は貴女に感謝しなきゃならないって訳ね。凄いわ!」

 

モワノーは歌い出す。

ゆっくりと本調子を取り戻す為に。

 

見事な歌いっぷりにカルが称賛の声を上げた。

 

「ブラボー!!」

 

「凄い!」

 

「とても綺麗な歌声だよ」

 

「凄じゃないか!」

 

「ええ、とても素敵よ!」

 

「...もっと聞きたい?」

 

皆の称賛に照れながらも嬉しくなるモワノー。

 

「...いや、充分だよ。兎に角良かった」

 

カルはモワノーの喉を気遣う。

歌を止めたモワノーは興奮が抑えきれずに今度は鼻唄で歌い出す。

 

まだまだ色々な問題はある。

けど、今は、モワノーのどもりが治った事を心よりお祝いしようと想うエレンであった。

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