タラ・ダンカンと空白少女   作:オタクさん

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第14話 日常

モワノーの吃りが治った次の日。

エレンはタラの部屋で別世界【オートルモンド】の事を勉強をしていた。タラも別世界【オートルモンド】に関する本を読んで勉強している。

 

実はこの行動自体も昨日からの罰則の内容である。

反省文を読んだシャンフランは、エレンには別世界【オートルモンド】の事を勉強をする事を義務付け、タラには悪魔の呪いが解けるまでの間、大人しく自室で待機する事になった。

 

本来ならば危険な状態であるタラは、大人の監視が必要なのだが、エレンを近くに置いておけば大丈夫だろう、と放って置かれていた。

 

でも、その対応の方が良かった。

 

タラは悪魔の呪いの影響で怒りやすくなってしまっている。だからと言って、独りで過ごしていれば良からぬ事を考え、精神的に疲れてしまい、もっと悪い方向に行ってしまう。

大人の高等魔術師を側に置いたら置いたで、何かの拍子で怒ってしまうと、最悪の場合殺してしまう可能性が少なからずある。

 

けど、友達であるエレンと一緒なら、怒らせる可能性はほぼほぼない。

 

こうして、ゆったりと穏やかに、二人だけの空間を満喫するのであった。

 

 

コンコン

部屋の主であるタラが返事する前に、ガチャとドアが開かれる。タラは少しムッとし、エレンはムッとしたタラを警戒する。

 

「タラ、エレン、遊びに来たわよ!」

 

二人だけの空間に、吃りが治ってからずっと機嫌の良いモワノーが、ファミリエのシーバを連れて遊びに来た。

 

「...何だモワノーなのね。...もう!入ってくる時は返事するまで待ってよ!」

 

「えへへ、ごめんね。昨日から気分が良くて...ずっとテンションが上がりぱっなしなの」

 

部屋に入ってきたのがモワノーだと分かると、タラはホッと一安心をする。けど、友達だからとは言え、勝手に部屋に入ると心臓に悪いので注意する。

 

注意されてもモワノーはニコニコ笑顔を絶さなかった。それ程吃りが治った事が嬉しいのだ。

 

ニコニコしているモワノーを見て、タラはこれ以上怒る気は出なかった。タラは溜め息を吐きながら、モワノーの分のお茶を用意し始める。

 

「はい、どうぞ」

 

「ありがとう」

 

モワノーはタラが用意してくれたお茶を嬉しそうに飲み始めた。ある程度飲むとコップをテーブルの上に置く。

 

「病気が治って良かったね。モワノー」

 

「ええ。ありがとうエレン」

 

エレンはモワノーがコップを置いたのをみはらかってから話し出す。モワノーは先程よりもニコニコしながらお礼を言う。エレンはその姿を見て心底嬉しそうに笑った。

 

ニコニコしていたモワノーだったが、急に真面目な表情になるとタラとエレンの顔を伺う。不思議に思ったエレンとタラは首を傾げた。そんな二人の様子にモワノーはクスッと笑ってから語り出す。

 

「昨日は本当にありがとうタラ、エレン。タラはアンジェリカをやっつけてくれたし、エレンも私の為に怒ってくれてもの。ふたりとも本当にありがとう」

 

「何言ってんのモワノー!そんなこと当たり前じゃない!私達は友達なのよ!」

 

「そうだよ!タラの言う通りだよ!友達を助けるのは当たり前だよ!!」

 

「うふふ。二人ともありがとう。でもこれは、私が言いたかった事なの。気にしないで」

 

エレンとタラが必死に言い訳する姿に、モワノーは幸せそうに笑いながら見ていた。

 

「もう、タラもエレンも、気にしすぎだからこの話はお仕舞いにするね。ところで、罰則はどう?順調?」

 

「私は勉強するだけだから大丈夫。でも、覚えられないと思う」

 

「私はこの部屋から出なければ大丈夫よ。けど...食事の時間が問題ね。突っ掛かってくる人がいるから、耐えられるかしら...」

 

モワノーの質問に顔をしかめるタラとエレン。

モワノーはそんな二人に同情をする。特にタラに関しては他人にも問題があるからだ。いや、タラとその仲間達にとっては、他人の方が問題であると考え、何とかしないといけないのはそっちの方だと思っていた。

 

「そうね...。もうここで食事をする許可を貰っておく?」

 

「貰えるものなら貰いたいわ。でも、許可をくれないでしょうね。ファミリエのギャランでさえも、ドラゴッシュがうるさかったらしいわね。こんな状態で許可をくれるのかしら...はあぁ...」

 

タラは今ある幸せが逃げてしまう程の大きな溜め息を吐いた。そんなタラを見てエレンは同情しながら呟く。

 

「何でタラを苛めるのかな?何がそんなに気にくわないのかな?」

 

「そんなのこっちが知りたいわ!!」

 

エレンの言葉に怒鳴るタラ。

エレンはびっくりをして黙り、タラもエレンを驚いた姿を見て猛反省する。

 

「ご、ごめんなさいエレン。貴女は何も悪くないのに当たってしまって...」

 

「う、ううん...。仕方ないよタラ。タラは今、追い詰められているだもん。気持ちに余裕が持てないから、仕方のないことなのよ」

 

「そう言ってくれてありがとうエレン。...悪いけど、これ以上この話を続けるとイライラして気持ちが落ち着かなくなるから、違う話に変えるね。カルとファブリスは来なかったけど何か予定があったの?」

 

「そうねぇ...。廊下でばったり会ったけど、カルは他の友達と遊びに行くって言っていたわ。ファブリスは図書館で勉強をするって聞いたわ」

 

「あの男の人は?」

 

「あの男の人?あの男の人って誰?......もしかして、ロバンの事?」

 

エレンからの曖昧な問いに、首を傾げながらも何とか答えるモワノー。答えても反応しないエレンにモワノーは更に頭を悩ませるが、エレンが彼の名前をまだ覚えていないだけの事に気が付く。

 

「やっぱり昨日会った男の人でしょ?その人の名前はロバン・マンジルよ。...彼はまだ私達とあまり仲良くないから来ないわ。だって、こうしてゆっくり話せる場所はタラかエレンの部屋だけですもの。異性の部屋に遊びに行くのって、結構難易度が高いものよ」

 

「そっか...。そうなのね...。分かった。彼はロバンという名前なのね」

 

「ええ、そうよ。頑張って覚えてね」

 

物忘れが激しいエレンをモワノーは心から応援をする。

 

「そっか...。カルは元々この世界の住民だから、他に友達いるもんね。しかし...いつも私達と居たから、何だかいないと寂しいわ」

 

「うん、私もなんだか寂しく感じる。やっぱりずっと一緒に居たからかな?」

 

「そうよね...。私と会う前から、一緒に居たもんね」

 

タラが寂しがり始めると、エレンにも伝染して寂しくなり始める。モワノーはタラ達との出会いを沁々と思い出して共感をする。

 

「しかし...ファブリスはここで勉強をしなくて大丈夫かしら?私のせいで嫌がらせを受けなければいいのだけど...」

 

「そうだよね。ここで勉強をすれば良いのに!」

 

「大丈夫よ。ここで勉強をしないという事は、もう周囲に溶け込めたという事よ。ほら、男の子の方が周囲に溶け込みやすいじゃない!」

 

「そうだよね。男の子の方が馴染みやすいよね。...本当に羨ましいわ。私なんか...アンジェリカのせいで!!」

 

ファブリスの事を純粋に心配していたタラだったが、アンジェリカの事を思い出してしまい、怒り狂ってしまう。このままだと、また喩えを使ってしまう前にタラは深呼吸をして落ち着きを取り戻す。

 

「......ごめんなさい。また暴れそうになってしまって...」

 

「大丈夫よタラ!まだ被害は出ていなから!」

 

「本当に...あの意地悪な人たちをどうにかしないと駄目だね...」

 

モワノーはタラを励ましエレンはボソッと呟いた。

しかもエレンの呟いた言葉がタラに聞こえてしまった。

 

「そうなのよ!!私がこうやってイライラするのも、全部あいつらが悪いのよ!!アンジェリカもそう!子分達もそう!その教師であるドラゴッシュもそう!大体、ファミリエなら入れても良いのに!ギャランは入れてはいけないって!単純に私の事が気にくわないからでしょ!!」

 

「まあまあ、怒る気持ちは分かるけど落ち着いて。ギャランだって、今ここに居るから良いじゃない。...エレン余計な事を言わないで。せっかく落ち着いていたのに...」

 

「ごめんなさい....」

 

モワノーはタラを宥めながらエレンを小声で叱る。

エレンはシュンと首を垂れる。話を変えようとモワノーが考えているとある事に感じ取る。

 

「......そう言えばタラ、その黒のラブラドールのマニトゥー事なのだけど...」

 

「マニトゥーがどうかした?」

 

モワノーは真剣な表情で訊ねる。

モワノーの雰囲気に呑まれたタラは、怒りを忘れて唾を飲み込む。

 

「マニトゥーはファミリエではないのよね?」

 

「ええ...そうだけど...。それがどうかしたの?」

 

「トラヴィアの王宮には、ファミリエ以外の動物は連れて来てはいけないのよ。エレンもソクラテスを連れて来ているけど、みんな勘違いしているから一応大丈夫よ。でもタラは言い訳出来ないわ。どうするの?」

 

「あ...そうだった...。どうしようかしら...」

 

エレン、タラ、モワノーは三人一斉に考え込む。

暫くすると良い案を思いついたモワノーが、声高く話し出し始める。

 

「じゃあさあ!ファブリスにファミリエができるまでの間、預かってもらうのはどう?ファブリスは幼馴染みだから、安心して預けられると思うわよ。それに、ファブリスもファミリエを欲しがっていたから、快く引き受けてくれるわよ!」

 

「それは名案だわ!」

 

「ファブリスなら安心できるもんね」

 

タラ、エレンもモワノーの案に賛成する。特にタラは問題になる前に解決出来て心底喜ぶ。

 

「そうと決まれば!マニトゥーを説得よ!マニトゥー!悪いんだけど、ファブリスのところで暫くの間預かって貰うわよ。相手はあのファブリスだから、大丈夫でしょ。...マニトゥー聞いてる?ねえ!マニトゥーってば!」

 

タラは早速、ソファーで眠っているマニトゥーの前にしゃがみ込み説得し始める。

その光景にエレンとモワノーは首を傾げた。説得をするならマニトゥーではなく、世話をしてくれるファブリスの方が先だと思ったからだ。それに、快く引き受けてくれるのは予想であって、まだ話してはいないから、引き受けてくれるのかは分からないのである。

 

素っ気なく眠っていたマニトゥーがウーウーと唸りだした。タラの話が気にくわないようだ。唸り声から次第に吠える。その様子はまるで何かを伝えたいようであった。

マニトゥーは吠え続けていたのだが、諦めたのか吠えるのを止める。しかし、口はまだパクパクと動いていて、どうしても諦めたくないようだ。暫くの間口をパクパクと続けていると...

 

「...ウー....ウー...。呪われた犬め!やっと人間の言葉で話せるようになったわい」

 

何とマニトゥーが人間の言葉で喋りだしたのだ。

その声は老人のようにしわがれていた。その光景にエレンとモワノーは驚きのあまり、開いた口が塞がらず、一言も発する事が出来なかった。逆にタラは全然気にしていなかった。タラはマニトゥーがただの犬ではない事を知っていたみたいだ。

 

「ねぇ!タラ!犬が喋っているよ!!」

 

「ええ、そうよ。だってマニトゥーは、私の曾お爺ちゃんですもの」

 

「マニトゥーが貴女の曾お爺さん!?それってどういうこと!」

 

「人間として話すのは初めましてじゃな。お嬢さん方。タラの代わりにわしが説明しよう」

 

興奮して早口になりながら質問をするエレンとモワノー。タラは遅かれ早かれこうなる事が分かっていたから冷静だった。マニトゥーもタラと同様の考えなのか冷静だった。

 

「わしの名はマニトゥー・ダンガン。タラの曾お爺ちゃんだ。でも曾お爺ちゃんと言われてると、年寄りに感じてしまうから、わしの事はマニトゥーと気軽に呼んでくれ」

 

「でも、何で、マニトゥーさんは犬の姿をしておられるのですか?」

 

モワノーがごもっともな質問をする。

マニトゥーはその質問に尻尾をだらんと下げた。あまり聞かれたくない質問のようだ。

 

「実は......永遠の命を老い求め、呪文を唱えたばかりに......」

 

「失敗したんだね」

 

「そうじゃ。失敗したんじゃ」

 

ばっさりと言うエレン。

そんなエレンの言い方にモワノーは焦ったが、当の本人は気にしていなかった。いや、気にする余裕がなかっただけだ。モワノーは雰囲気を変える為話を進める。

 

「じゃ、じゃあ、ファブリスのところに預ける事は出来ないわ。だって犬の姿だけども、家族をそう簡単に預けてはいけないわ。例え相手が幼馴染みのファブリスでも」

 

「で、でも!そんな事!許されるの!?」

 

タラが凄い剣幕でモワノーに寄り詰める。

それでもモワノーは一歩も引かなかった。

 

「いや、だって、家族でしょ。そうそう簡単に離れては駄目よ。ここまで一緒に来たのだから、また許可を取れば良いのじゃないの」

 

「そうだよ!家族は一緒の方が良いよ!!」

 

「タラ!わしがここまで一緒に着いて来た理由を忘れてしまったのか?!わしはタラを守る為に来たのじゃ!」

 

エレンとマニトゥーも必死の形相でモワノーに意見に賛同する。特にマニトゥーは人間の言葉を忘れ、途中途中犬として吠えてしまう程だ。

 

モワノー、エレン、マニトゥーの必死の説得も虚しく、タラは鼻にしわを寄せて納得をしていなかった。

 

「そんな事を言ったって!ドラゴッシュが絶対に納得をする訳ないじゃない!!」

 

「この際ドラゴッシュの事は放っておきなさい!他の先生から許可を取れば良いだけの話でしょ!!先生は他にもたくさん居るからね!」

 

「そうじゃ!何なら、シェムに許可を取れば良い!シェムはわしの事を知っておるしな!」

 

「そうよ!シェム先生はランゴヴィ王国一の高等魔術師よ!シェム先生が許可すれば、他の先生は文句を言えないわ!ドラゴッシュの意見何て、道端の石ころと同然よ!」

 

「そうなの...?なら...良いわ。許可さえ取れれば、マニトゥーと離れる理由は別にないし...」

 

モワノーとマニトゥー説得の甲斐あってタラは納得した。その様子にモワノーとマニトゥーは嬉しく笑う。特に口を出していないエレンでさえも喜んでいた。

 

「じゃあ折角だし、お菓子があるんだけど、食べない?」

 

「食べるわ。ありがとうエレン!」

 

「良いわね!じゃあ私は、部屋の主らしく、お茶を用意するわ!」

 

「わしも食べても良いかね?」

 

「犬の体にクッキー...大丈夫なの?」

 

「大丈夫じゃよ。人間用の食べ物はよく食べるからな」

 

「そうなんだ」

 

エレンは雰囲気を良くなったところに、自分が焼いてきたクッキーを取り出す。機嫌が良くなったタラは、人数分のお茶を用意する。

その後は、タラが怒るなどの特に問題が起きる事もなく楽しくお茶会をするのであった。

 

しかし、平和な日々が今日で最後になってしまう。

 

 

翌日、タラが誘拐されてしまったのであった。


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