紫とマジスターの戦いは苛烈なものであり、流れ弾が凄まじく、二人だけの世界に入ってしまったせいで周囲の人達にも被害が及んでいた。タラ達はその場でしゃがんで怯えていることしか出来なかった。エレンだけは戦慄を覚えながらも、流れ弾を魔法で弾き返したりして対応していた。
怯えていた彼らに救いの手が指し伸ばされる。
「こちらへ!」
紫が作り出したのであろう無数の目が漂う黒い空間から、姿は見えないが紫とは違う女性の声が聞こえてくる。
逃げたい気持ちが強すぎるあまり、行きは躊躇していた黒い空間にさえも喜んで飛び込もうと走り出す。
「待て!タラ、エレン、グロリア王女!」
「余所見をするとは良い度胸ね」
マジスターが逃げ込むエレン達を邪魔しようとするが、苦無型の段幕がマジスターの動きを阻害して、エレン達をスムーズに脱出させる。
エレン達は再び黒い狭間に落ちていく。浮遊感に襲われたお陰で、エレンとギャラン以外の人達は暗闇と無数の目に支配された空間を見なくて済んだのは不幸中の幸いだった。
「痛!」
行きと同様に乱暴に落とされるエレン達。
タラ、カル、モワノー、ファブリス、ロバン、ソクラテス、シーバ、ブロンダン、マニトゥーは痛がっていた。飛べていたギャランも黒い不気味な空間に不満があり、嘶いて文句を言っていた。飛べていたエレンもギャランも怒っていたが、彼女達以上にファフニールは怒り狂っていた。ファフニールを含む小人達は高所恐怖症で高い所が大嫌いなのだ。今この場で紫が出てきたら、自前の斧で首に突き立てるつもりだ。ファフニールが怒り狂っている間、痛みが引いたエレンとタラは周囲の様子を伺う。
エレン達が突き落とされた場所はとても暗い場所だった。
太陽が出ているとはいえども、仕事をほぼ放棄しているようで昼なのにとても暗かった。地面には植物が生えているのだが、地球のような緑色の植物ではなく、何と青色の植物が生えていたのだった。青色の植物は密集し高く生えていることから、どんな動物も隠れられるのだろう、とタラは植物を見ながら考え込んでいた。動物が隠れられる程生えている植物も厄介であるが、別世界【オートルモンド】の世界の動物は魔術を使える。この植物で姿を隠しながら、魔術を使って襲われたら一溜りにもないわ!とタラは更に怖くなる。タラが段々と悪い方向に考えていた時彼女が現れる。
「皆様大丈夫ですか?」
エレン達の後ろから女性の声が聞こえてくる。声からしてあの時黒い空間の中から呼び掛けてきた女性だと察する。
一番先に反応したのはファフニールだった。高い所から乱暴に突き落とされた彼女はその恨みを晴らすべく、姿を見ないまま声が聞こえてきた方向に斧を振り下ろす。振り落とされた斧は甲高い音が鳴ると共に動きが止まる。
「全く...紫様が言っていた通りに...小人の方は攻撃的ですね」
女性の姿を見た一同は驚きのあまりに声を失う。
女性がファフニールの攻撃を受け止めたからではない。女性の姿が変わっているからだ。女性の容姿はとても美しい。風になびく金色の短い髪の毛、凛とした金色の瞳を持ち、紫同様にグラマラスな体型の女性。ここだけなら美人な女性程度の認識で終わるのだが、彼女の頭には獣の様な耳が生えており、帽子からでも耳の形がはっきりと分かるようになっていた。ゆったりとした漢服の様な服を着ているのも印象的だが、九本も生えている狐の尻尾が服の珍しさを消し飛ばす。同じ狐仲間であろうブロンダンが熱心に九本の尻尾の臭いを嗅いでいた。
女性は何らかの力でファフニールを軽く吹き飛ばすと、ブロンダンを持ち上げて迷わずカルの元に返す。
「初めまして。私の名前は八雲 藍【やくも らん】です。以後お見知り置きを」
女性─藍は丁寧にお辞儀をする。
優雅に礼儀正しく接する藍にファフニール以外の人達は見惚れていた。もう一度ファフニールは藍に襲い掛かるが簡単に攻撃を防がれ、まるで母猫が子猫を運ぶ時の様に首根っこを捕まれる。
「は、放しなさい!この!!」
「私に敵意を向けるのは構いませんが、今はその様な事をしている場合ではないでしょう。早くその魔力を消さないとエグゾルドの儀式が行えなくて追放されるのですよね、ファフニール・フォルジャフー」
藍がファフニールの名前を知っていた事に全員が驚く。
他の人達が驚いている最中、モワノーだけは同情に満ちた眼差しでファフニールを見詰めていた。ファフニールの故郷である小人の国ではエグゾルドの儀式はとても大切なものである。この儀式で成人への仲間入りする為の宣言をしないと、仲間達から尊敬すべきメンバーとして認められないのだ。認められないと小人の国から永久追放をされる。ファフニールが小人の国に帰れなくなったのは魔力を持ってしまったせいである。小人はこの世から存在を消したい程魔力を毛嫌いしているのだ。
「ちょっと待って!魔力を消さないといけないと言っているけど、魔力って消せるものなの!?肌の色が黒いとか、鼻が大きいとかと言うことが同じ様に、変えたいとは思ってはいても魔力は生まれ持った力を消す事は出来ない筈よ!」
ファフニールを知っている事に驚いていたタラだったが、魔力を消せるという言葉に大きく反応をする。彼女もまた、魔力によって今までの生活が目茶苦茶にされた為に魔力が大嫌いになっていた。ファフニールが魔力を消したいと言っていた事は覚えていたが、本当に消せるとは思ってはいなく、サングラーヴ族の要塞から脱出する事や自分達を襲ってきた黒い不気味な空間の事しか考えていなかったのだ。藍が肯定するまでは出来るものだと思っていなかった。
「ええ、消せますよ。詳しくは...ファフニールさんから聞いて下さい。今はそんな事よりもこの場所から出来るだけ離れて助けを呼ぶ事を優先するべきでは?」
藍の言い分に他の人達は一先ず納得をして話を進める。
「そうね...。で、どうやって私達はランゴヴィ王国に帰れば良いのかしら?私達をこのまま突き放すの?」
「私としてもランゴヴィ王国に帰してあげたいのですが...残念ながら紫様がマジスターと戦っている間は貴方達を送ってあげる事は出来ないのですよ。私が貴方達に出来る事と言えば...食料や武器を渡して道中安全に進められる様に手助けをする事だけです」
説明をしながら藍は、持っていたリュックサックをタラやロバンに受け渡す。
「ええー!僕達を帰してくれないのですか!その空間で僕達を帰す事は出来ないのですか!?そしたら僕達にわざわざ道具を渡す必要がないのに!」
「この力は紫様の力です。私の力ではないから貴方達を転移させる事は出来ません」
カルがわざと大袈裟に話しをして藍を批難するが、気にも止めずに淡々と準備を進める藍の態度にカルは諦めて挑発を止める。
「では、ご武運を祈っております」
藍は一礼をすると暗闇の中に消えてしまった。
後に残されたファフニール以外は呆然とし、ファフニールは藍の態度に切れながらも先に進もうとした。
「あんた達!そこで立ち止まっている暇はないわよ!」
藍に怒りを感じているものも、藍の後を追い掛けるのは時間の無駄だと悟り、さっさと魔力を消したいファフニールは張り切って斧を振り回しながら張り切る。
「説明は後よ!魔力を消せる方法は歩きながら説明をするわ!私に着いてきなさい!」
「どこに行くのよ!大体地図もないのに...あ!そうだったわ!」
ファフニールが行こうとする前に、モワノーが紫から地図を貰っていた事を思い出してエレンのポケットの中をまさぐる。
「え!?ちょっと何!?」
困惑をしたエレンを余所にモワノーは地図を取り出す。
「随分待ったよ!すっかり退屈をしてた。ポケットの中でカビるなんてまっぴらだからね!」
何と取り出された地図はひとりでに話し出したのだ。
これには全員驚いて立ち止まる。真っ先に正気を取り戻したファフニールがモワノーから乱暴に地図を取り上げる。乱暴に取り上げられた地図は痛い!もっとデリケートに扱え!と文句を言っていたが、ファフニールの耳には入っていなかった。
「地図よ、さっさと教えなさい!この辺りに町はないの!それか悲しみの沼に行きたいのよ!」
地図は教えなかった。そこでモワノーは呪文を唱えてお手本を見せる。
「デタイユス【細かく示す】の呪いによって、私達がどこにいるのか教えておくれ。そして、安全に通れる道を見せておくれ」
文句を言っていた地図は呪文を聞くと仕事を始める。
地図はエレン達が居る場所と安全に通れる道を次々と示していく。みんなが圧倒する中、モワノーが淡々と地図に尋ねる。
「この近くに町と悲しみの沼はあるのか、行けたとしてもどのくらいかかるのか、教えてちょうだい」
「そうだな...悲しみの沼なら歩きでも二、三日でも辿り着く。だが、逆に、小人の国ヒムリアには一番近い国境までも一ヶ月かかるぜ。最低でもだよ」
身を乗り出して覗き込んでいたファフニールは、絶望的な声を上げながら地面に倒れ込む。
「周りに何にも無いじゃないの!この辺りには一つくらいは町があると思ってたのに...扉を使おうと思ったのよ...。これじゃ着けっこないわ!エグゾルドまであと六日もないって言うのに!...あんた達!あの紫という女と連絡を取れる手段はないの!?あの人と連絡を取れれば解決するわ!」
絶望に打ちひしがられたファフニールにだったが、紫のことを思い出して調子を取り戻す。調子を取り戻したファフニールは体当たりではねる勢いでエレンに詰め寄って質問するが、ファフニールの勢いにエレンはたじろいでしまって話せなくなってしまった。ロバンが代わりに説明をする。
「僕達にあの人と連絡を取れる手段は無いよ。だけど、僕に掛けられている魔術が発動をしたら高等魔術師達が助けてくれる。発動するのは二日後だ」
「ふん...ここでも魔術なのね鬱陶しい!まあ、良いわ。その魔術とやらで助けてくれるのなら感謝してあげる!」
「ちょっと!そんな言い方はないじゃない!そもそもどうやって魔力を消すのよ!」
「さっき言ったでしょ、歩きながら説明をするって。話を聞きたければ歩きなさい」
友達であるタラの叱責を受けてもファフニールは平然としていた。
ファフニールの偉そうな態度にエレン達は苛ついたが、ここで喧嘩をしても意味はないと悟って黙って着いて行くのであった。
「で...どうやって魔術を消すのよ」
「ガンディスの南部にある悲しみの沼にある植物が生息しているの。魔術師の誰もが恐れている植物よ。ローザ・アンニイリュスって呼ばれているわ。黒薔薇で、その汁は魔術を徹底的に妨害をする特性を持っているの。花弁を煮て、煎じた汁を飲めば、一切魔術の効果が失くなるのよ。この黒薔薇を見付けるのは、とても難しくて、摘んだ者はみんな呪われるって言うけど、そんな事を気にしないわ。これが私のただ一つの望みの綱なんだから!で、タラ、あんたはどうするの?あんたも魔力を嫌っていたわね、あんたも私と一緒に消す?」
「そうね...確かに魔力は大嫌いで、平和な日常を取り戻す為に消したいのは山々だけど...今魔力を消したら、サングラーヴ族に襲われたら一溜りもないわ。それに、黒い薔薇って見付けるのが大変なだけでずっと生えているのでしょ?だったら、消すのは事件が終わった後で良いと思うのよ」
「そう...人間ってか弱い生き物なのね。魔術に頼らないといけないなんて。小人なら斧で充分なのに。まあ、好きにしたら良いと思うわよ」
「ちょっと話を変えるけど良い?」
タラとファフニールの会話が終わると直ぐにカルがファフニールに質問をする。
「何よ?」
「そんなに魔術が嫌いなら、単純に普通の子の振りをしている訳にはいかなかったの?」
「小人は正直なのよ。嘘をつくことなんて知らないの」
「そんな...!!」
ファフニールが眉をひそめてまで答えた内容に、愕然のあまりカルの顔色は真っ青になる。
泥棒一族の彼にとっては嘘をつけないのは致命的な問題になるからだ。真っ青になったカルを見てファフニールは言い直す。
「えぇと、少なくともね。私達の間では嘘はつかないわ。小人の商人だけは特別に嘘をつく事を許されているけどね。だから、両親が私の力に気が付いた時も二人は直ぐに評議会に報告したのよ」
ここでも小人は嘘をつかない事を証明するかの様に、ファフニールは過去の自分の行動を正直に語る。
「普通の子の振りをしていようと思ったわ。でも、この馬鹿馬鹿しい魔術をコントロール出来なかった。尖った物や危険な物を投げ付けられると、カチン!って力のバリアーの様なものが私の周りに自動的に張り巡らされてしまうのよ。身を守る為にね。何とかそうした力を消そうとした。でもどうしようもなかったの。上手くいかなかった。そして、追放されたって訳」
魔術が大嫌いになったタラでさえも、自分の身を守る為の力さえも拒絶するファフニールの姿にぞっとせずにはいられなかった。
「何でそんなに魔法を嫌っているの?」
「あんな気持ち悪いものに嫌う理由はないわ」
エレンの無邪気な質問にもファフニールは吐き捨てる。
小人にとって魔術は今すぐも消えて欲しい程大嫌いな存在なのだ。
気まずい雰囲気になった最中、突然マニトゥーとブロンダンが唸る。シーバも毛を逆立てている。ファミリエ達の変わった様子に、無意識にみんなは互いの肩を寄せて半円形に並ぶ。ファフニールとロバンが武器を構えた瞬間──
夜の闇と見間違える程の黒い物体がエレン達に襲い掛かる。
人物紹介
八雲 藍【やくも らん】
東方projectorのキャラクター。
金色のショートヘアー、金色の目、グラマラスな体型をした女性。頭には金色の狐の耳、腰からは9本の金色の狐の尻尾が生えている。服装は漢服の様な服を着ており、ゆったりとした長袖ロングスカートの服に青い前掛けの様な服を被せている。彼女がこの様な服を着ている理由は、主人である紫の戦闘服に合わせたからである。
種族は妖獣で、式神を操る程度の能力を持っている。式神を操る程度の能力を持っているが、彼女自身も紫の式神である。
性格は真面目で穏やかで礼儀正しく、相手から嫌がらせでもしない限り自分から襲う事はない。礼儀正しい藍だが、プライドが高い一面もあり、相手に下賤といった表現を使う事がある。主人である紫に対しては大妖怪として純粋に尊敬と畏怖の念を抱いており、自身がその式神である事に誇りに思っている。紫からの命令には真面目に忠実にこなしている。