シェムに腕を引っ張られて連れてこられた場所は、シェムの執務室だった。
シェムの執務室は鍾乳石の洞窟でできており、辺りには金貨や宝石が山の様に積み上げられていた。エレンが金貨や宝石に反応する前に、シェムは簡単な手の動作で金貨や宝石の山を消し去る。大事な作業を終わらせたシェムは二人分の椅子を用意し、片方の椅子をエレンに座らせ、その真正面に自分の分の椅子を置いて対面する。
一通り準備が終われば話が始まる。勿論話の内容はエレンの故郷幻想郷の事だ。
シェムは必死になって、エレンに色んな風景の写真を見せて少しでも思い出させようとした。だが、思い出せた事は、幻想郷が山の中にある事と住んでいた時の思い出だけだった。
シェムの話が終わり、エレンがシェムの執務室を出た頃にはもう夕食に近い時間帯だった。
エレンはボサボサになった髪の毛を櫛で櫛でとかしながら歩く。本当はシェムの話の最中にも、髪を直したかったが、怒られてしまった為に出来なかった。
エレンが髪をとかしながら歩くと、後ろから声を掛けられる。
「やあ、オーレウス」
エレンが振り向くと、そこには燃える赤い瞳の長身痩躯の吸血鬼の男性が立っていた。吸血鬼らしく犬歯を見せつけながら微笑んでいる。
「はい。...誰ですか?」
「私の名は、サフィール・ドラゴッシュだ。覚えておきたまえ。それよりもこれから、授業を始める。着いて来なさい」
「えっ...今日は確か...」
「あぁ。君の言う通り今日は休みだ。だが、アンジェリカは勉強するべきだと言ったのだ。君達も彼女を見習いたまえ」
何も知らないエレンに碌に説明もせず、ドラゴッシュはさっさと歩いて行ってしまう。エレンは訳も分からないまま渋々、早歩きで着いて行くのであった。
ドラゴッシュに着いて行って、辿り着いた場所はトレーニングルームと言う部屋だった。
トレーニングルームとは、学校の体育館の様に何も物が置いて無く運動をするには最適な所で、広さは体育館よりも三倍以上もあり、周りには見学する為のスタンド席があった。トレーニングルームの中心には、生徒以上の数の座れるクッションが置かれていた。
前の方の席にはブレア、トリシア、アンジェリカとその子分であるモニカとキャロルが座り、真ん中辺りの席にはロバン、スキレール、ジャヌ、タンギー、後ろの方の席にはタラ、カル、ファブリス、モワノーが座っていた。
エレンが入ってくると、まるで人食い化け物が部屋に入ってきたかの様に、初級魔術師達は恐怖でぎょっとした顔付きで見る。
例外だったのはただじっと見詰めるロバン、先程の自分達の行いに後ろめたさを感じてかぎこちない笑みを向けるタラ達だけだった。
エレンは手を振りながらタラ達の近くの席に座ろうとしたが、ドラゴッシュに肩に手を置かれ行けなかった。
「駄目だ。君にはこれから、授業で実践してもらう。前に来なさい」
ドラゴッシュはエレンを連れて前に行く。
エレンが通るだけで、ロバンとタラ達以外は大袈裟に身体を避けた。エレンとドラゴッシュが前に立つと、ドラゴッシュは授業を始めた。
「ええ、皆さんにはこれから、自分の基礎技術を見直してもらいます。ではやってみようか、オーレウス」
そう言うと、ドラゴッシュはエレンにこわばった指を指した。
「何を?」
具体的な内容ではないので、話が伝わらずエレンは首を傾げる。
「自分のローブにデコリュスのおまじないを掛けてみなさい」
「デコリュスのおまじないって何?」
ドラゴッシュはしまったっと顔に手を当てる。
ドラゴッシュはすっかり、エレンが地球から来たばかりだと言うことを忘れていたのだ。あれだけの魔術を操っていられたから、もう高等魔術師として認識してしまっていたのだ。
「デコリュスのおまじないとは、飾り付けるおまじないの事だ。そして、こう言うんだ。『デコリュス【飾り付ける】のおまじないによって、服を飾りなさい。私の模様を照らし出すのだ』で、ローブを飾り付けなさい」
「何でデコリュスのおまじないで、自分の基礎が解るの?それにローブに飾り付けるなら、裁縫でちょちょいのちょいだよ」
初級魔術師達はエレンの発言に唖然として口をポカーンと開け、ドラゴッシュはかなり面倒くさい少女だと認識する。
例外なのは、意地悪そうに嗤うアンジェリカとその子分であるモニカとキャロル、ドラゴッシュに思い切り反感する態度に感心しながら笑うカル。ドラゴッシュは面倒な気持ちを隠しきれずに、溜め息をこぼしながら説明をする。
「良いか。服の模様が自分の思う模様にどれだけ、近く再現出来るのか。複雑な模様にすればするほど、魔術の操作が難しくなる。模様で、どこまで出来るのかが解るのだ。それに、このおまじないなら失敗しても、被害はそれほど出ない。だから初級魔術師達にとって良い腕試しだ。解ったら、やるのだオーレウス」
エレンの失礼な態度もありドラゴッシュは途中から、少し怒鳴り気味の声を投げやりになっていた。
「うん、分かった」
エレンは軽く言うと一歩前に出て考える。
(さて、どうしようかな?服の飾りを魔法でやろうとは一度も思った事もないし...)
エレンが魔法を使う時は戦闘の時か、空を飛ぶ時か、魔法薬を作る時か、料理などで火を使う時か、何かを保存する時に冷やす時か、洗濯物を乾かす時か、片付けをする時ぐらいだ。エレンは魔法を使ったり、受けたりすると髪の毛が静電気でパチパチして酷くなるので、あまり使いたがらない。
けど、今は授業だから使わないといけない。それに異世界の魔法にもかなり興味はあるのだ。
慣れているとは言え、普段、唱える事はなく身振り手振りで魔法を行う。はっきりと想像出来るからこそ唱えなくていいのだ。けれど普段使わないところに、異世界の魔法を皆の前で初めてしよう。普段使う時よりも集中をして上手くいく姿を青と銀色のローブを見て想像する。
(よーし、可愛いのにしよう。模様は...ハートを使ってと。私の作った光弾の中にハートあるしね。デコリュスのおまじないかぁ...長いなぁ。そうだ!デコリュスって短く言おう。それに短く言っても、ちゃんと発動するか確かめられるしね)
「デコリュス!」
エレンは短めに叫んで人差し指をローブに指す。
唱えた瞬間、髪の毛にパチッとする音とポンッと軽い音が鳴る。すると、エレンのローブには赤いハートと線で可愛いく彩られたのだ。
エレンはこの結果が自分が望んだ通りなので、大いに満足したが、ドラゴッシュはかなり気に入らないかった。
「ちゃんと呪文を唱えなさい。オーレウス」
「でも、出来たから良いでしょ?」
「...もういい。君では見本にすらなれなかったようだな。アンジェリカ、教えてあげなさい」
ドラゴッシュはゲンナリとした顔でアンジェリカを指名する。
「はい、先生」
エレンは用済みになったので、そそくさとタラ達の近くの席に向かう。すれ違い様にアンジェリカは、勝ち誇った嫌みたらしい笑みを向ける。子分達もクスクスと意地悪そうに嗤う。
エレンには、何故ここで、勝ち誇った顔をしているのかが分からなかった。そもそも彼女とは勝負をしていない。エレンは彼女の事を再度、嫌な女としか認識しなかった。
エレンがクッションに座ると、アンジェリカの発表が始まった。
「デコリュス【飾り付ける】のおまじないによって、飾りなさい。私の模様を照らし出すのだ」
アンジェリカが大声で唱えると、複雑な模様がローブに浮き彫りになった。
「そうだ。アンジェリカ、良い見本だ。次は、ジェンディ。やってみようか」
アンジェリカは、終わるとエレンに意地悪な笑みを浮かべながら自分の席に座る。それと入れ替わるように赤毛の少女が前に立った。
「デコリュス【飾り付ける】のおまじないによって、服を飾りなさい。私の模様を照らし出すのだ」
理解不能な象形文字がすぐに出てローブを飾った。
次に金髪の少女が前に出て唱える。
「デコリュス【飾り付ける】のおまじないによって、服を飾りなさい。私の模様を照らし出すのだ」
けど、何も起きなかった。
「口先だけでは駄目だ。ちゃんと心の底から想いなさい。もう一回だ」
「デコリュス【飾り付ける】のおまじないによって、服を飾りなさい。私の模様を照らし出すのだ」
顔を真っ赤にしながら叫ぶと、努力が実って六つの模様が現れた。
他の初級魔術師達もローブを飾り付けるのであった。
この頃には、エレンは疲れからか眠気でウトウトしてしまって、誰がどんな模様にしたのか、あまり覚えていなかった。覚えているのは友達のか印象が悪くないロバンのだけだった。
ファブリスのローブには虎とライオン、モワノーのローブには花、カルのローブには跳び跳ねる狐、ロバンのローブには木と植物が現れた。
エレンが本格的に眠りに入る瞬間雷鳴が轟き、アンジェリカの叫び声と共に、エレン以外の人達が一斉に飛び上がった。
すっかり目が覚めたエレンが辺りを見渡すと、アンジェリカのローブに何百匹もの蛇が這い回り、子分達のローブにも鶏、七面鳥、ダチョウが飛び回っており、ドラゴッシュのローブにはニヤニヤした死人の不気味な顔が浮かび、タラのローブには銀色の立派な馬が跳ね回っていた。
飾りを付けた一部の人達にも変化があった。
モワノーのローブは花から王冠や王杖と言った、きらびやかな装飾品が浮かぶ。綺麗な変化と言えども、モワノーはいきなり変わった事で酷く怯えていた。ロバンのローブは木や植物が生えている森の景色から、争いをするエルフの戦士へと変わり、この事でロバンは完全なパニック状態に陥ってしまっていた。
「一体何のつもりかな、お嬢さん?」
ドラゴッシュには誰がやったのか直ぐ解るようで、タラを血走った目で睨んだ。
「ごめんなさい。でも、私。ここまで望んでないんです!」
タラは自分が起こした状況に、パニックになってしまい自分自身にも恐がっている。
「望まないと、呪いは掛けられんよ。望んだのなら、話は全く違うがね。お前は、自分の才能を見せつけて、友達があっと驚くことを望んだのではないかな?それでは、お前がどれ程強いのかお手並み拝見といこうか?」
ドラゴッシュはわざと足音鳴らしながら近付き、タラの前まで立つとローブに指を指し怒鳴った。
「ノルマリュス【元に戻す】のおまじないによって、消えなさい。ローブは殺風景になるのだ」
ドラゴッシュの呪文によりローブの中の馬は震えて消える。
「それではお嬢さん。馬達をもう一度出現させなさい」
「で、でも...」
先程の失敗でタラは嫌がる。
「私が言った通りにするんだ!」
ドラゴッシュは頭ごなしに怒鳴り付けた。
この方法は寧ろ悪影響だった様で、怖がる事を止めたタラは無表情で唱える。
「デコリュス【飾り付ける】のおまじないによって、飾りなさい。私の模様を照らし出すのだ」
タラの魔術は失敗した。
本来であれば慌てたりする場面だ。けれど、エレンから見るとタラは失敗してホッとしている事に気が付く。だが、この事に気が付いていないドラゴッシュは残忍な笑みを浮かべる。
「私がお前に呪いを掛けたのだ。お前がどんな小狡い奴でも、直ぐに解くことは出来ない。これでお前も呪文を正確に唱えられない無能な魔術師の仲間入りだ!私の授業を混乱させると、どういう事になるか身に染みただろう!」
それからドラゴッシュは、他の魔術師達の方を向いて大声で叫んだ。
「デコリュス【飾り付ける】のおまじないによって、一人一人の願いが叶うように」
タラの魔術によって変わったアンジェリカ、ジェンディ、ゴットヴェルダム、モワノー、ロバンのローブが元の模様を取り戻した。
タラの件が終わると丁度一時間経ち授業が終わる。
ドラゴッシュは部屋を出る時に、ドラゴッシュやアンジェリカ、その子分達は悪意に満ちた眼でタラの事を睨みながら出ていった。他の魔術師達もタラの近くを通らないように避けて歩いた。
けど、エレン達やロバンにはタラがわざとやったとは思わなかった。
ロバンは励ます様にタラの肩を優しくポンと叩いてから出ていき、カルはドラゴッシュ先生に危うく食って掛かりそうになった。エレンもドラゴッシュ先生とアンジェリカとその子分達に思い切り睨み付けた。ファブリスとモワノーはタラに友情を込めた視線で見詰めながらタラの隣に立った。
「あの薄汚い野郎は、やっぱ、何か企んでいるに違いない!」
カルはいつの間にか、厨房から生温かいミートパイを半ダース程持ってきおり、それを分け合うと吐き捨てるように言う。
「何を企んでいるの?」
魔法をいっぱい使ってお腹が空いたエレンは早速食べながら聞く。
「実はトレーニングルームに向かう途中に、ドラゴッシュ先生が謎の会話をしていたのを聞いたんだ」
「謎の会話って?」
「消えた四人の魔術師についてさ。この件で高等魔術師達は、初級魔術師達を守る為に王宮の回りに呪いを掛けて、秘密警察も呼んで警戒体制に入ったんだけど、未だに何の手懸かりも無いんだ。それなのにドラゴッシュは、よく捕まえたとか言い出したんだ。もし捕まえたのなら、今頃四人の魔術師は戻ってきているし、犯人だって捕まって、王宮中の噂になるから誰がって直ぐに解るし。そもそも、一体何を捕まえたんだ?怪しすぎるのに、にやけた顔でどっか行ったんだぜ!」
「それに!何でこんな風にタラを侮辱するんだ!タラは
わざとやったんじゃないぞ!タラのローブに呪いを掛けて、皆に、タラは呪いを掛けられないと思わせようとしたんだ。クソッ!本当に頭に来る!」
「へぇー。そうだったんだ。でも本当!タラに対して酷すぎるよね。けど、呪文は唱えなくても発動出来るもんだよ」
「えっ!そうなの?...あ、そうか!さっきから、エレンはそんなに呪文を使わなかったな。...後、さっきは態度悪くてごめん」
「私からもごめんなさい」
「私もごめんね」
「僕からもごめん」
怒りから一転して、罪悪感から下げ気味になった視線でエレンの顔を伺いながらすまなそうにカル、モワノー、タラ、ファブリスはエレンに謝る。
「......気にしていないと言えば嘘だけど。そこまでしなくて良いよ。...って、モワノーの喋り方が普通...?」
エレンもその事で多少不満を感じていたが謝罪を受け入れる。それよりもエレンはモワノーの話し方の方が気になっていた。
「あ、本当だ!モワノー、もうどもっていないじゃん!」
「怒っている時は、何故かどもらないの。とにかく私は物凄く怒ってるのよ。タラ、私達が何とかするから、見て」
モワノーは顔を恥ずかしさで真っ赤にしながら質問に応えた後、手を広げ大きな声ではきはきと唱える。
「ノルマリュス【元に戻す】のまじないによって、消えなさい。ローブは殺風景になるのだ!」
モワノーのローブから花の模様が消え、元のローブに戻った。
カルは口笛を吹いて喜ぶが、エレンにはこの事が何故先生への対抗になるのかが理解出来なかった。
「ねぇ、モワノー。こんな事して、何の意味があるの?」
「意味?意味ならあるわよ。だって、先生が付けたおまじないを消せば、私達にはそれなりに力があるって証明出来るから、あんな奴の力は大したことはないって事も証明出来るしね。......それにあんな奴が付けた飾りなんて、いらないでしょ?」
モワノーは悪戯っ子の様な笑みを浮かべてウインクをした。
「最高だぜ!モワノー!さあ、次は僕の番だ!」
カルは興奮しながらよく響く声で呪文を唱えた。カルのローブも元に戻る。
「私は呪文を掛けられていないけど、まあ、欲しくてやった訳じゃないから...。いらない!」
エレンは呪文ではなく拒絶の言葉で、軽くポンッと音を鳴らして元のローブに戻した。
ファブリスは少し苦労して、二回目の呪文で元のローブに戻す。彼らの様子をじっと見ていたタラは、彼らの優しさに嬉しくて涙を浮かべていた。
「貴方達は本当の友達だわ。有り難う。とにかく私は魔術を掛けることは駄目なのよ。だって、お祖母ちゃんの命を危険にさらすことだもの」
「何で?タラが魔法を使うと、お祖母ちゃんの命が危ないの?」
「それはこの前に言ったでしょ。”血の約束”って」
「あぁ、あの時の話か。でもあれ、条件があるからそう簡単には死なないよ」
「...ちょっと待って、この事は、私達以外で知っている人はいるの?」
「シェム先生は知っているわよ」
「そう...。だとしたら、他の人達には伝わっているのかは分からないけど。もし、伝わっていたら、タラのお祖母さんが死ぬかもしれない事を分かっていて、やらせたの?」
必死に頭を働かせながら話を聞いていたモワノーは、この考えに至って恐怖のあまりに顔を青ざめた。
「...あ。..本当に、あの野郎!最低な奴だな!やっぱり何か企んでいるに違いない!」
ぼっけとしていたファブリスは、話を理解すると堪忍袋が切れて激昂をする。
「こう言う事って他の人達に伝えるもんなの?」
タラは考えながら白い髪の毛をカシカシと噛む。
「解らないわ。けど、誰かの命に関わる事ならば、伝わっていても可笑しくないわ」
「じゃあ何で、タラは魔法を使ったの?」
エレンの疑問に、カル達はタラに咎める様な目線を投げ掛ける。タラはその視線を受け身を縮めさせた。
「それは......私だって...使う気は無かったわ。只、授業を見ていて、私のローブに馬が付いていれば綺麗だろうなと思っただけよ。後、面白そうと思ったからよ」
「へぇー。タラもエレンと同じく呪文を唱えずに出来るんだ。それは凄いや!」
「でも、そうだとしたら、タラはこれから魔術を使う授業に参加しない方が良いじゃないの」
「そうね。シェム先生にでも言って、これからは見学にさせてもらうわ。と言うか、シェム先生はこの事を知っているのに、何故私に授業に参加させたのかしら?」
「それに、今日は元々休みだったのに!あの性悪アンジェリカが、授業をやろうと言い出したんだ!勝手にやるぶんにはあっそだけど、僕達も巻き込むな!それにあいつらも、エレンが変な事を言う度に嫌みたらしく嗤っていたし!」
「そうそう!本当にあの人達性格悪い!何で一々笑われないといけないの!?」
「それは、嫉妬よエレン。あの人達なんて貴女の魔力の八分の一以下よ。だから少しでも、有利になればマウントしたくなるのよ」
「もしかしたら、アンジェリカもドラゴッシュと一緒にグルだったりして」
モワノーがエレンを宥めていると、ファブリスが冗談げに言う。
「まさか!アンジェリカは性悪だけど、それと同じくらいに臆病なんだぞ。でき来ないって」
「まあ、冗談だよ」
ファブリスがおどけると、夕食を告げる銅鑼の音が鳴り響く。
「お腹空いたし、行こうか!」
待ちに待った夕食でカルの機嫌がすっかり直った。
「そうね。けど、ちょっと待って」
タラは呼び止めると、口をきゅっとして神妙な顔つきになる。
「?どうしたの?」
エレン達は首を傾げて立ち止まる。
「まだ大事な話があるの。けど、これからご飯だし..。だから、また今度、話を聞いて欲しいの。良い?」
「何だそんな事か。良いよ。友達だもん。幾らだって聞くよ」
カルの何時ものおちゃらけた表情ではなく、真剣な表情で返した。エレン達も真剣な表情だけど、優しく母親の様な笑顔を浮かべた。言葉を言わなくても、カルと同じ意見だ。
そんな姿を見て、タラはまた、目に涙を浮かべてはにかんで笑った。
「うん、有り難う」
「じゃあ、行こう」
ファブリスの言葉で食堂に向かう。
タラがまだ話していない別世界【オートルモンド】に行くまでの間に起きた出来事が、彼らまでにも襲いかかるとは露知らずにいたのであった。
ご飯を食べ終えたエレンは、疲れたのはさっさと寝る事にした。
朝食ギリギリまで寝ているつもりだったのだが、あまりにも騒々しい物音だったので、仕方なく起きた。ここまで五月蝿くされると流石に気になる。エレンはいつも着ている服に着替えて、その上にローブを羽織り部屋を出る。
物音のする方向に向かうとタラ、カル、ファブリス、モワノーが先に着いていた。
彼らの視線の先には十数個以上の檻が置かれている。檻の中には奇妙な生き物が入っていた。どうやらの話せるらしく何かが檻の中で喚いていた。
「あれは何?」
「あれはアルピーだ!」
カルはかなり驚いた。
「アルピーって何?」
「アルピーとは、上半身が人間の女性で、下半身が鷲の生き物だ。あの爪に消えつけろ!あの爪には毒を持っていて、未だに解毒剤が出来ていないんだ。こいつらの毒は強力で、もし引っ掛かられたら百パー死ぬ」
「うぇえ」
思わず近付こうと思ったファブリスは、勢いよく後退りをした。
「しかし、こいつらは何で喚いているんだ?」
「ああ、これ?これが、こいつらにとってのコミュニケーション法なのさ。僕達みたいに普通に話す事は出来ないんだ。話したかったら、こいつらみたいに話さなきゃ駄目だ。今やるから、ちょっと見てて」
カルは悪戯っ子の様に笑うと、前に出て檻の前に着くと喚いた。
「おい!頭の可笑しいカラスの糞みたいな、ぺしゃんこの虫けら野郎と牛の糞野郎の娘達!」
アルピーは直ぐに静かになった。その内の一匹が悪臭を放つ羽を落としながら、檻の扉の前まで跳ねてきた。アルピーは鳥の様に頭を傾げてグルグルと鳴き始める。
「グルル、あんた達の夕食がやって来たよ!ほら、このキャンキャン鳴いている小さな負け犬を見てご覧よ!」
近づいて来たのにも関わらずカルは落ち着いてる。そして、からかうようにアルピーの前で身を屈めた。
「ハゲちょろで老いぼれ鳥のアルピーさん、お尻も汚いねぇ。その足で食べるのかい?お前達の臭いを嗅いだら、ジャッカルさえも胸糞を悪くしそうだ!」
「まあまあだね」
別のアルピーが跳ねて来て、カルの罵りスタイルを勝手に評価し始めた。
「でも罵りの言葉には、もっと早く言うんだ。そこを直すともっと良くなる」
続いて聞こえてきた悪態に、エレンはもう嫌になって耳を手で塞いで聞こえない位置まで離れた。
だからこそ、エレンは直ぐに気が付かなかった。
檻を乱暴に揺らす音、扉が開く音、誰かの悲鳴が重なり、魔法が発動した様な不思議な音が聞こえてくる。
エレンが騒ぎに気付いて様子を見に来た時には、タラが倒れていた。その身体をよく見るとアルピーの猛毒の爪で引っ掛かれていたのだった。