香霖堂の外では、退治屋たちが心配と焦りの表情を浮かべている。
「参ったな、あれから動きが無い」
「中の人たちは大丈夫でしょうか・・・」
「皆さん、落ち着いて下さい!」
口々に言う退治屋たちを早苗は一喝した。
「・・・あと少しの辛抱ですから」
彼女はひたすら、ただ時が経つのを待っていた。
(もう少し・・・もう少しだけ持ちこたえて下さい。)
「ほらほら、さっさと道具の場所教えて」
少女はヘラヘラ笑いながら魔理沙に問う。
「これ以上痛い思いしたくないでしょ、早く早く早く!」
ゆっくり持ち上げられていく少女の腕は、僕の胸の方に狙いを定めているようである。
駄目だ、このままじゃ・・・
「・・・あそこの奥の、テーブルの上にある奴」
ふいに魔理沙が口を開いた。目は少女を睨んだままである。
「オッケー、オッケー」
少女は僕たちの様子を何度も、ちらちらと伺いつつ、奥へゆっくり歩いていく。
「変な動きしたら、体に風穴が開くよー」
少女は僕たちに向かってそう叫ぶ。・・・少しぐらい隙を見せてほしいものだ。だが、この少女の性格からして、こちらが妙な動きを見せた時点で、ためらいもなく致命傷を負わせてくるだろう。
少女はにとりがいじっていたミニ八卦炉を手に取り、こちらに戻ってきた。
「ふうん・・・これが」
くそ・・・あれが魔理沙の手元にあれば・・・
「なんかビームみたいなのが出るのか?へー」
少女は物珍しそうに八卦炉を見ている。
・・・やはりここは隙を見て、思い切り飛びかかれば・・・僕は駄目だけど魔理沙だけなら逃げられるかも―
「香霖」
「?」
魔理沙が少女に悟られないような、蚊のなくような声で言う。
「こんな状況で・・・ごめんな・・・」
魔理沙は僕の手を握ると、何故か微かな笑顔を浮かべた。
「・・・?」
僕に語り掛ける魔理沙の声が、何故だかとても心に響くような気がした。
「ずっと前から私、お前の」
「ぐげぇぇええええええぇぇぇぇえええええぇぇぇえええ!!!!」
突如、物凄い呻き声と共に、怨霊の少女は立ったまま苦悶し始めた。
「な、何だ」
魔理沙が思わずビクンと体を震わせる。
「一体何が・・・あっ!」
怨霊は手にミニ八卦炉を持ったまま激しく悶えている。もしや・・・。僕は直感した。
「にとりの改造だ!!」
「え!?」
「さっき言ってただろ?使う人がダメージを受けるとかなんとか―多分それだ!」
これ以上考えている暇は無い。とにかく今がチャンスだ。怨霊の少女の自由が効かなくなったこの時しか―
「魔理沙!外のみんなを呼んで!早く!」
「でも香霖・・・」
魔理沙は倒れているにとりの方を見る。
「いいから早く!僕に任せろ!」
「おう!」
魔理沙は痛む足を引きずりながら扉の近くまで行き、大声を上げた。
「助けてくれ!!」
魔理沙の怒鳴り声に近い救いの言葉が、外の退治屋たちの元に届いた。
「みんな来てくれ!今がチャンスだ早く!」
「来ましたね」
―この時を待っていた。早苗はグッと祓い棒を握りしめた。
「突入しますよ、いいですか!?」
「おう!」
退治屋たちは、一斉に香霖堂に向かって突進した。
僕は倒れているにとりを引きずるようにしながら、必死に扉のほうに向かっていた。
足が猛烈に痛い。意識がある本人が聞いたら怒るだろうが、異常に重く感じる。意識の無い人―いや彼女は河童か―というものは、意識のある者より運ぶのが大変だとは理解していたが、こんなにも辛いものだろうか。
「うぐぐぐぐうう・・・ぐうう・・・待て・・・この」
まずい。怨霊の意識がこっちに。狙いを定められたら終わりだ。
「しぃいねぇ!!」
怨霊の少女の腕が僕の体に向けられる。くっ、これまでか。・・・反射的に目をグッと閉じる。
「・・・ぐぅえッ」
攻撃は飛んで来なかった。呆気ない断末魔が一言、その後怨霊の少女の体は一気に霧の如く薄くなり、跡形もなく消え去った。ほぼ同時に、扉の外から、守矢神社の巫女が勢いよく中に入ってきた。
「怨霊、たいさーん!!!!」
早苗の高らかな声が香霖堂内に響いた。
「ふひー、マジで死ぬかと思った」
「僕も、寿命が相当縮んだ感覚があるね・・・」
「・・・大変でしたね。二人とも。でも、怪我も大したことが無くて良かった・・・」
早苗が安堵の表情で言う。
「ああ、でもこれも、ある意味にとりのおかげだよ」
「だな」
魔理沙が苦笑する。
「にとりさんが?どうしてですか?」
早苗はきょとんとした表情になった。
「にとりがミニ八卦炉を改造していたおかげだよ。自分にダメージがいく状態になってたらしい。それであの怨霊は自爆したんだ」
「それが無ければ、私たちは・・・あれ」
怨霊が落としたミニ八卦炉を見た魔理沙の顔色が変わった。一体どうしたんだろう。
「どうしたんだい?」
「これ・・・よく見ると手が付けられてないぞ」
「何だって?」
僕は魔理沙からミニ八卦炉を受け取った。・・・確かに、全然、改造する前の奴じゃないか。
「あの時、にとりはまだ八卦炉の構図を見ていただけで、改造までは取り掛かっていなかったんだ」
「おいおい、それじゃ一体何だったんだよ、あの怨霊が苦しんだ原因は」
「ああ、それならきっと・・・」
「見事なり!」
後ろから早苗に声が浴びせられる。
「御苦労であった。守矢の風祝」
パチパチと手を鳴らしながら、下道真兵衛が歩み寄ってきた。
「真兵衛!いたのかよ」
「災難であったな、ダンナ、霧雨の嬢ちゃん」
「そうか、君の呪術だったのかい?」
「左様。最初から、彼奴には遠くから呪いの術は掛けていた。即効性のあるものが一番だったが、距離が在りすぎて失敗する可能性もあったからな。仕方なく時限式で発動する他なかった。ただ、ここに逃げ込んだのは計算外であった」
「その後なんとか時間稼ぎさえ出来れば、自然に行動不能になりますからね。ただ、あの怨霊は情け容赦ない性格でしたから―」
早苗の顔が暗くなった。
「あれは真に恐ろしい奴だ」
真兵衛が真顔で呟く。
「妖精を無差別に襲撃、その後に人里へ逃走。最悪の事態を覚悟した。だが、偶然其方が里に居たのが幸いであった」
真兵衛が早苗の方を見る。
「ええ、なんとか襲われそうになった人は庇いましたけど・・・あの様子だと何人も殺る気は満々でしたね」
怨霊は辻斬りうんぬん言ってたが、止めたのは早苗だったのか。だが、もしもその場に早苗がいなかったとしたら・・・
「・・・想像したくねぇ」
魔理沙が青い顔で呟いた。
「ここに籠った後も、人質を連れて逃走する恐れもあった。そこで、私は香霖堂の周囲一帯を封鎖するように結界を掛けに行っていたというわけだ」
真兵衛が香霖堂の周辺を見回すようにしながら言う。
なるほど、用意周到だな。・・・もっともあの怨霊の場合、あのまま時間が経ってたら人質を盾に、なんて回りくどい事はせず、そのまま確実に僕たち二人とも殺めていただろうけど。
「妖精たちのほうはどうなっている?」
真兵衛は早苗に顔を向けて尋ねる。
「そちらは神奈子様と諏訪子様がすでに」
「かたじけないな。二柱にも感謝せねば」
「永遠亭と病景様(やみかげさま)が大変でしょうけど・・・」
早苗が苦笑しながら言う。
前にも大量に負傷者が運ばれたからなあ。・・・どうやらまた呼び出しを食らったようだな、あの癒しの神様は。
「みなさーん、立て籠もり事件と聞いて飛んできましたー」
遙か遠くから聞き覚えのある声がする。・・・うわぁまいったな。一難去ってまた一難か。
「むぅ、天狗連中のお出ましか」
「やだな、流石の私も今日の取材は勘弁してほしいぜ・・・」
魔理沙が苦虫を噛み潰したような顔をしている。
「まあ、いつものことですけどね」
早苗も苦笑いを浮かべている。・・・まったく、こっちの事情も考えてほしいな。
「某はお暇させてもらう。手柄は全て其方に譲るぞ、風祝」
真兵衛は早口で早苗に告げる。
「ええっ、それはいくらなんでも・・・」
早苗は困惑した表情を見せるが、真兵衛は構わず背を向けた。
「待ってくださいよ、ちょっと・・・」
「天狗はどうにも苦手だ」
真兵衛は足早に去っていく。・・・よっぽど嫌なんだな。あの事件の影響もあるんだろうけど。
香霖堂立て籠もり事件から日が経ち、僕たち自身の足の傷が癒えてきたところで、ようやく永遠亭ににとりをお見舞いに行ける事が可能になった。
「ひゅい・・・二人とも、ありがとう。感謝してもしきれないよ」
ベッドに横たわったにとりは、疲れた顔で僕たちに言う。怨霊の攻撃を食らった影響は大きいらしく、もうしばらくは入院が必要だという。
「良かったな、本当に。一時はどうなる事かと思ったぜ」
「ああ、本当に良かった」
後で永琳から聞いたことだが、あれは河童―というより妖怪―であったから良かったものの、人間がもろに直撃を受けていたら助からなかったらしい。それを聞いて魔理沙は顔を白くしていた。ちなみに、妖怪と人間のハーフの僕の場合は助かるそうだ。こういう場合はやはり、妖怪の血の影響が強く出るのだろう。
永遠亭からの帰り道、僕と魔理沙は奇妙な会話をしていた。
「なあ魔理沙」
「ん?何だ?」
「あの時・・・」
そう、まさしくあの時。怨霊が苦しみ出す直前、魔理沙が何か言いかけていたような・・・
「あの時って、どの時だ?」
「・・・」
「香霖!」
「・・・あ、ごめん」
「何だよ、質問しておいてボーっとして。何の話だよ?」
「いや・・・何でもない」
これ以上あの嫌な事件の事は、なるべく思い出したくは無かった。あの迷惑な客のせいで、店内の修理にいくらかかったか・・・幸い道具に被害があまり無かったのは助かったけど。
「なあ香霖」
「ん?何だい?」
「あの時・・・」
「あの時って、どの時だい?」
「・・・メチャクチャ格好良かったぜ」
「はい?」
「あの立て籠もりの時だよ」
「・・・そう」
「何だよそれ!その態度は!」
魔理沙が声を荒げる。
「少しは喜ぶなり、感謝するなりしろよ!」
「ごめん、あんまり思い出したくないよ、もうこりごりだ。あの事件」
「あーそうかよ。ったくもう」
魔理沙はぷいっと横を向いてしまった。しまった、もう少し気を遣ってやるべきだったか・・・
香霖堂には様々なお客さんが訪れる。常連さんもいれば、中には二度と来てほしくない者も訪れる。それでも僕は、この店でずっと店主を続けていくことだろう。たとえどんな事が起きようとも、だ。ここに来るのを楽しみにしている人たちは大勢いる。僕はそんな人たちの笑顔を見るのが大好きだからだ。