オリキャラの出番が比較的多く、またショッキングな描写ありなのでお気をつけて・・・
全三話。今回は序。
幻想郷で、真に恐ろしい事と言うのは何だろうか。あちこちに妖怪がいる以上、人間にとってはそれが十分な恐怖対象・・・のはずだが、現在はそういう訳ではない。最近の幻想郷ではいわゆる「共存」を大切にしておこう、という方針が強まりつつであるのだから。
そう、本当に恐ろしい事というのは、予想もしていない所から生まれるものである。この前の呪いの屋敷の噂騒動や、香霖堂への立て籠もり事件などだ。預言者のような人物でもいれば話は別だが、現在の幻想郷では、易や占いに頼るのが精一杯というところである。この前起きたある事件は、そんな予想だにしない、考えられない出来事がきっかけであった。
その日の僕は、珍しく久しぶりに店の外に出ていた。最近は外の世界の道具や外来本を探しに行ってなかったな、とふと思い立ったためである。すでに目的地は決まっていた。
「さて、見つかるとは限らないけど、探してみよう」
今僕は、人里の外れの荒れ果てた大地に立っている。下道荘の一部ではあるが、耕作地に使用されていない荒地である。以前からここでは、無縁塚と同じくらい、いやもしかしたらそれ以上の頻度で、外の世界の道具や外来本が見つかるという。新聞を大量に溜め込んでいた僕は、その事実を知るまでに時間が掛かっていた。そういえば、天狗の迅六が発見したというあの爆発物も、下道荘で見つけたと言ってたっけ。
「おっと・・・早速大漁だな」
いきなり僕の目に飛び込んできたのは、大量の外来本と思わしき本である。だが―
「う、これは・・・」
思わず僕は眉を潜めた。そのほとんど、というかほぼ全部が卑猥な春画本であった。
「まあ、外の世界の春画はかなり質がいいから・・・鈴奈庵で高く買い取ってくれるだろうな」
これは直接鈴奈庵に行って買い取って貰うのが一番だ。それも小鈴が店番をしていない時に、だ。彼女にはちょっとまだ刺激が強すぎるだろう。
「あれ、店長」
後ろから急に、聞き覚えのある声が僕の耳に届く。うわ、何か嫌な予感がする。
「外界の品の調達ですか、飽きないですねえ」
その明るい声に思わず振り返った僕の目に入ったのは、いきなりのカメラのフラッシュと、それを構える鴉天狗の記者・岡村迅六の姿であった。
「ちょっと、写真を撮るときは被写体に許可をだね」
「あ、すいませんつい癖で」
全く悪びれる様子の無いヘラヘラとした態度に、僕は思わずイラッとしたが、直ぐに冷静になる。
「まったく、注意しても反省の態度が見られないのは正直腹が立つよ」
「いやー申し訳ない、こういうのって条件反射という奴で・・・。あ、早速掘り出し物ゲットですか」
迅六は僕の手にした外来本に目をやる。大量の春画に。
「うわあ・・・ドン引きですね。いや失礼、目の保養に良さげですね」
迅六の顔が微かににやけている。笑いを堪えているようにも感じた。
「・・・」
僕は迅六を呆れ顔で見据えた。うん、これは一言、ちゃんと言っておかないとまた大変な事になるぞ。
「迅六、この前の件、忘れてないだろうね。あの記事の事について」
「あっはい、あの時はすいませんでした。早とちりして」
「・・・」
「えっと、何か」
迅六は困惑した表情で僕の顔を見ている。わかっているのだろうか?僕の言いたい事は。いや、わかってなさそうだな。
「今の状況を、そのまま記事にするつもりかい?」
「は?」
「香霖堂の店主が、外来本の春画をたくさん持っていたって。そんな記事を書きたいかい?」
「あー、えっと」
「これは全て鈴奈庵に持っていって買い取って貰うつもりだよ。それははっきり言っておく」
「あ、そうだったんですか」
迅六はぽかんとした表情に変わり、すぐに面白くないと言った顔つきになる。
「んー・・・」
「なんだい?不満そうだね。そんなに僕を好色な店主に仕立て上げたかったのかい?」
「いや、違いますけど」
「まったく、面白い記事を書きたい気持ちはわからないでもないけど、書かれる方の身にもなってほしいね。ってこの前話をしたばかりだろう」
「あ、はい、そうでしたね」
まいったな、ろくに反省してなさそうだぞ、彼は。まあ、今日はとりあえず大丈夫だとは思うけど・・・
「あれ、香霖堂の店主さんじゃないですか」
後ろから急に青年の声が掛かる。おっと、この声はお得意様の―
「うげ、天狗の記者もいるのかよ」
「おーっと、これはこれは。今日も絶賛収集中って所ですか」
迅六は青年に向かって、パシャパシャと何枚もカメラのシャッターを切る。その度に青年は迷惑そうに目を瞑った。
「ったく、毎日毎日お前も飽きないよなあ、天狗の記者さんよ」
呆れた調子で迅六に言う青年に対して、迅六は意にも介していない様子で話しかける。
「その様子ですと、今日はまだまだこれからって所ですかね」
「ああそうだよ、見りゃわかるだろうが馬鹿垂れ」
「相変わらず口が悪いですねえ、お父上と全く変わりませんよ、その口調」
「お前も昔から全然変わってないって、父ちゃん爺ちゃんはぼやいてたぞ」
青年は嫌な奴に会ってしまった、という気持ちを遠慮なく出しながら言う。
青年の名は湯浅文吉(ゆあさぶんきち)。里に住む者の中でも指折りの長者で、様々な物品の収集家としても知られていた。そのため、香霖堂にも度々訪れており、気に行った外の世界の道具をよく買っていくお得意様の一人であった。
「あーあ、取材は別にいいけど、邪魔はするなよ。それからこの前みたいなデタラメな記事書いたら承知しないからな。ねえ、店主さん」
文吉は僕のほうを見て苦笑する。
「この前は天狗の記事のせいで大変でしたね、御愁傷様です」
「いや、まあそれは解決したから別にいいんだけど」
「良くないでしょう、こいつ絶対反省してないし」
文吉は迅六の顔をジロリと睨み付ける。
「いやいや、本当すみませんもう勘弁してくださいってば」
迅六は慌てた調子で言うが、僕も文吉も信用ならないという目で彼の方を見た。
「うう・・・ごめんなさい」
「まあいいや、さっきも言ったけど、邪魔だけはするんじゃねーぞ、いいな」
文吉は迅六から目を逸らすと、僕に向かって笑顔を見せながら言う。
「さて、俺はこれからまだまだ探す予定ですけど・・・。店主さんも様子を見るに、探し足りないですよね?」
「そうだね、もう少し見て回ろうかと思ってる」
「ほいじゃ、ちょっと競争と行きますか?どっちがたくさん見つけられるか」
「おいおい、競争だなんて、そんな―」
「おおお、火花散る戦いの始まりですか、この勝負、見届けさせて頂きましょう」
元気を取り戻した迅六が、大声で僕たちに言う。
「何度も言うが、取材はいいけど邪魔するなよ」
文吉がやれやれといった呆れ顔で迅六に言う。
「わかってますって。さあ、どちらが勝利するのでしょうか―」
「うーん、こうなるとプレッシャーだな・・・探しにくいよ」
後ろの迅六の目を気にしながら探さなくてはならない。見られているとちょっとやりずらい気がする。まあ、仕方ないか。
「よし、ちゃっちゃとお宝探しといきますか、店主さんには負けませんよ」
文吉は気合満々だ。うーん、勝手に競争扱いにされてしまったけど、そこは気にしないでおこう。うん、僕は僕でマイペースに探すとしよう。
「ふう・・・今日はこのぐらいにしておこうか」
数時間後、僕の手元には最初に見つけた春画本と、河童が喜びそうな機械の部品が何種類か集まっていた。一方の文吉はというと―
「こっちは全部外来本ですね。しっかしすごい量だ」
文吉の戦利品を見た迅六が驚きの声を挙げる。
「へへ、単純な数だけなら俺の勝ちですね。ただ、その機械、結構貴重な物だったりするんじゃないですかね」
文吉が僕の戦利品を見ながら言う。
「それはまだわからない。ちゃんと鑑定してみてからかな」
「うーん、甲乙着け難しか」
迅六が悩んだ表情をしている。・・・この競争を記事にするんだろうな、やっぱり。
「新聞に書いてもいいけど、変なふうにするなよ」
文吉が迅六に向かってまたも釘を刺す発言をした。
「あっはい、そりゃもう」
「・・・わかってないように聞こえるね」
僕は思わず肩をすくめた。
「俺もそう聞こえます」
文吉も僕に同意した。
「あの、信じてくださいよ、反省してますから」
「・・・」
「うう、ごめんなさい、もう許してくださいよー」
信用ならぬという目をした僕たち二人の視線に、迅六が悲鳴のような声を挙げた。
「ふう、今日は大漁で気分がいいや。母ちゃんも婆ちゃんも喜んでくれそうだ」
下道荘から人里の中心部へと向かう道の最中で、文吉がご機嫌な表情で言う。
「ほほう、してその心は?」
迅六が文吉に質問する。メモ帳を手にしたままと言う事は、それも記事に書く気だろうか。
「今日見つけた外来本は、料理や食材について書かれた本がかなり多かったんだ。うちは食材には拘って食事を作ってるから、きっと重宝するだろうと思ってな」
「ふむふむ」
迅六はすかさずメモを取っている。中々仕事熱心だな。
「でも、その点店主さんはそういう事考えなくていいから気楽でいいんじゃないですか?」
「ああ、そういえば食事は摂らずとも平気でしたよね、店長」
二人が同時に僕の顔を見る。それは確かに、理屈の上ではそうなのだが―
「僕だって、美味しいものを食べたくなる事はあるよ。確かに食事はしなくても平気だけどね」
「でも、大体それが原因でそれで引きこもり状態が続いてるわけですよね。ちょっとそれはどうかと思いますよ」
文吉が苦笑しながら言う。まあ、それはそうかもしれないけど・・・
「確かに、それは良くないかも・・・あ」
迅六の足が急に止まった。そして、遠くを見据える視線になる。
「ん?」
「どうしたんだい?」
僕と文吉も足を止め、思わず迅六の方を見た。
「すいません、ちょっと失礼しますね。取材対象が増えました」
そう言うと、迅六は鴉の翼を広げ、勢いよくこの場から飛び去っていく。
「どうしたんだろう」
首を傾げる僕に、文吉が言う。
「店主さん、あの人たちじゃないですか」
「え?」
僕は文吉の視線の先と、迅六の飛び去った方向に目をやった。現在は地質が悪いためか、放棄された耕作地が広がっている場所である。普段はまず人が近づかない―それこそ、訪れるのは外の世界の品物を求める僕や文吉ぐらいのものだろう―寂しい枯れた土地に、二つの人影があった。
「あれって、拝み屋さんと、確か―」
「八雲紫」
僕は短く呟いた。
「そうだ、妖怪の賢者さんでしたね。新聞や雑誌で見てはいましたけど、実際にはあんまり見かけないから誰かと思いましたよ」
「でも、あんな所で何やってるんだろう」
「逢引ですかね」
「まさか」
僕はじっと二人の様子を見ていた。真兵衛と紫か。下道荘が近いから真兵衛はともかくとして、どうして紫まで―
「あ、迅六がなんか話しかけてますね」
二人の元へと、迅六が降り立ったようだ。新たな取材開始、と言ったところだろうか。
「ったく、気になる事があると、どこでもすぐに向かうって、本当に昔から変わらないですよ、あいつは」
文吉が迅六たちから僕の方に視線を移した。
「それだけ仕事熱心なんだろう。熱心過ぎて、空回りする事もあるみたいだけどね」
「ああ、その気合の空回りも昔から変わらないって、よく父や祖父から聞きました」
「三つ子の魂、何とかまでって奴か。妖怪も人間もその点は変わらないのかな」
僕は思わず苦笑しながら言う。
「おっと、もう取材終了か?こっち戻ってきますよ、あいつ」
文吉が驚いた表情で、こちらに飛んでくる迅六を見ている。
だが、飛んでくる迅六の表情は、どうにも納得がいかないというような、憮然とした顔つきである。
「おかえり。随分早いな」
「ええ、まあ。端的に言えば取材拒否ですけど」
迅六は憮然とした表情のまま口を尖らせる。
「重要な作業の最中だから、お引き取り願いたいと」
「ざまあないな、まあ妖怪の賢者が相手だから、仕方ないな」
文吉は迅六に対してニヤニヤ笑いながら楽しそうに言う。
「笑い事じゃないですよ。納得いかない」
迅六は不満全開の表情で呟く。
「まあ、重要な作業って言うんだし、邪魔をされたら困るんだろうね。その点は割り切るしかないよ。仕方ない事だ」
僕も迅六に向かって言う。
「ええ、まあ・・・そうですけどね」
迅六は元気の無い顔で言うと、僕たちに向かって背を向けた。
「すいません、わしはもうこれで失礼します。なんかちょっとやる気なくしちゃいまして」
「おいおい、賢者さんに口汚く罵倒でもされたのか」
文吉は揶揄うような調子で言うが、迅六はそれには答えなかった。
「それじゃ、今日は取材に協力して頂き、ありがとうございました」
そう言うと、迅六は再び大空に浮かぶと、妖怪の山へと飛び去っていく。小柄な迅六の体は、あっという間に見えなくなった。
「何だよ、あいつ」
文吉が呆気にとられた表情で呟いた。
「何か厄介な事情でもあるんですかね」
文吉の視線が、迅六の飛び去った方向から僕の顔に移る。
「厄介な事情か―」
僕はふと考えていたが、迅六の言っていた言葉が少々気がかりでもあった。
「結界の事かな」
「え?結界?」
僕の呟きに文吉がおうむ返しに答える。
「以前から、幻想郷の結界の調子がおかしいって、紫や霊夢から聞いていたんだよ。特に、人里周辺の結界が気になるってね。もしかしたらそれかもしれない」
「結界の調子がおかしい、ですか。言われてみれば―」
文吉が考え込む仕草を見せる。
「前に人里近くで、凶暴な怨霊がいきなり現れた事がありましたね。ほら、あの香霖堂襲撃事件」
「ああ、あれか」
思い出したくもない出来事だ。そうだ、今思えば霊夢がこんな事を言っていたな―
「神社はまだしも、里近くの結界が壊れたらかなり大変なことになるわよ。特に今の状況だと、ちょっとした弾みで、外の世界の悪霊とか悪魔とか、邪神とか、そういうのがわんさか幻想郷に訪れる可能性があるんだから」
「本当に凶暴なのが来たら、洒落にならないから」
まさか、幻想郷、特に人里周辺の結界に異常が起こっているのではないか?でなければ、妖怪の賢者である紫が早々出てくる事態にはならないはずだ。
「もしかしたら、重要な結界の修繕作業なのかもしれないな」
「ですかね。でもそれなら、博麗の巫女も来るんじゃないですか」
文吉が首を傾げながら言う。
「さあね。霊夢も色々忙しいって聞いているからね。この前に本人がそうぼやいてた。それにここは下道荘の近くだから、良く知ってる真兵衛を呼んだんじゃないかな」
僕はそう言うと、もう一度真兵衛と紫の方に目を向けた。
この前の呪いの屋敷の事件は、何か関係あるのだろうか?いや、あれに関してはもう考えても仕方のない事だ。それよりもやっぱり、結界の調子がおかしいっていう話は気がかりだな。
「あの、店主さん」
文吉が僕に遠慮がちに言う。
「不謹慎かもしれませんけど、これも結界の調子が悪い事が原因だったりするんですかね」
文吉は今日手に入れた戦利品を指差しながら言う。
「ん?どういう事だい」
「里の結界の調子が悪いから、外の世界の品が大量に落ちてくるんじゃないか、って事ですよ。それも無縁塚以上に」
文吉が複雑そうな表情で僕の顔を見た。
ああ、言われてみれば確かにそうかもしれないな。以前はこんなに外の世界の品物が人里近くで見つかったことは無かった。結界の調子が悪いという話題が出てから、急に人里近くでの外の世界の品物の発見が増えたような―
「うーん、俺たちの知らない所で、なんかおかしな事が起こってるんじゃないかって、不安になりますね」
「・・・そうだね。ただ、それを完全に知る事は出来ないけどね」
人間である彼の場合は尚更だろうな、と僕は思った。僕も彼の何倍も長く生きてはいるが、まだまだ幻想郷について知らない事も多い。胡散臭い彼女が妖怪の賢者である時点でそれは仕方のないことかもしれないが。
「裏で何かやってたって、俺たち人間には知る術がないですからね。あ、でも店主さんは半分妖怪でしたね」
「いや、僕も君たち人間には、立場的には近いものがあるよ」
僕たちはそんな会話を交わしながら、互いの家路へと足を進めた。