悩める古道具屋   作:與七

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2話目 破


それぞれの思惑

下道荘(しもつみちのしょう)で大量の外来本を手に入れてから何日か経過したある日、僕はそれ以外の場所でも拾った外来本を一まとめにし、人里へと足を進めた。もちろん目的地は鈴奈庵、外来本を全て買い取って貰うためである。

 

丁度その日は鈴奈庵の主人が在宅だったため、僕はご主人に買い取りの査定を頼んだ。最も、最初は小鈴が自信満々で査定は自分に任せて下さいと胸を張っていたのだが・・・大量の春画を見るや否や顔を真っ赤にしていた。まったく、こういうのはどうにも気まずい。

 

査定を待つその間、僕は小鈴と話をしながら時間を潰す事にした。

 

「店主さんには、本当に感謝してますよ」

小鈴は僕にニコニコ笑いながら話しかける。

「いつもたくさん外来本を持ってきてもらって、おかげで貸本のレパートリーも増えつつあります」

「どういたしまして」

僕は小鈴に笑顔を返した。

「あーあ、それに比べて、湯浅さんときたら・・・」

小鈴の表情が曇り始めた。文吉が何かしたのだろうか?

「何かあったのかい?彼と」

「ああ、実は外来本を買い取りたいって頼みに行ったんですけど、断られちゃったんです」

ふむ、なるほど。収集家である彼なら断るのもわかる気がする。僕だって、鈴奈庵には売りたくない本があるのだから。

「新聞で読んだんです。外来本を大量に見つけたって」

ああ、例のあれか。確かにあの時は大収穫だったからな、彼。

「それで、何冊か売って貰えないかなと思ったんですけど・・・駄目でした」

小鈴は大きな溜息を付いた。

「あーあ、全部欲しいとは言ってないのに・・・たった一冊だけでもいいんですよ。でもあの人、収集家として手放す気は無い、って頑固に言い張るんです」

うーん、彼なら言いそうだな。収集家としては、一度自分で手に入れたものは、やはり手放したくなくなるのだろうか。

「まったく、本当に酷いですよあの人」

小鈴がふくれっ面で僕に愚痴る。

「外来本は、貴重な情報がいーっぱい載っているんですよ。なのに独り占めしてるんですから」

「まあ、それは仕方のないことだと思うよ。外からの落とし物は、正直拾ったもの勝ちだからね。それが貴重な品物だったら尚更だ」

「でも・・・」

小鈴はどうにも不満気な表情である。やれやれ、彼にも困ったものだな。ならば少し、小鈴に助け舟を出してみるとしよう。

「よし、彼の所に行って、説得してみる事にする」

「えっ、本当ですか?」

小鈴の表情が一気に明るくなった。

「ああ、辛抱強く頼めば、彼もわかってくれるんじゃないかな。きっと」

「ううん・・・でも、結構あの人、強情でしたよ。何を言われても断固拒否みたいな感じで」

「それは僕自身よくわかっているよ。どうにかして説き伏せて見せる」

「・・・わかりました。それじゃ、お願いしてもよろしいでしょうか?」

「ああ、なんとか頼んでみるよ」

僕は買取査定が終わった後、鈴奈庵を経ち、文吉の家へと向かった。

 

文吉の家は、人里の集落からはかなり離れた場所にある。その離れた場所に彼の家と、その分家の家が隣接して建っている。その二軒は、遠くから見てもわかる程に立派なお屋敷である。まさしく長者の屋敷、と言ったところだろうか。流石に紅魔館や白玉楼よりかは小さいが。

 

「お断りします」

・・・話題を少し出しただけで、この一言、けんもほろろである。どうやら全く本を売る気は無いようだ。

「・・・一冊くらい、いいじゃないか。それに君の財力なら写本だって―」

「ってのは冗談ですよ、冗談」

「はあ?」

思わず僕は間抜けな声を挙げてしまった。

「といっても、ちょっと何日か待ってほしいんですよね。実は、妹の誕生日と両親の結婚記念日が立て続けにあるんですよ。そこで、その祝宴の料理を作るために、あの外来本がどうしても必要なんですよね」

「へえ、そうだったのか」

なるほど、そういう事情があったのか。ならば、何日か小鈴には待ってもらうしかないな。

「ただ、鈴奈庵の娘にも言った通り、全部売る気はありませんからね。せいぜい、五、六冊、うちではあまり使わなそうなやつを」

「いや、それで十分だよ。君の事だから、まったく売る気は無いと言われるかと思ったよ」

「いやー、やっぱり収集家としてはあんまり手放したくないですからね」

文吉は頭を掻きながら申し訳なさそうに言う。

「それにしても、今からもう準備をするのかい?なんだか奥が忙しそうだけど」

「ええ、そうですよ。仕込みって言うのは、ものにも依りますけど、時間がかかるものですから。拘りの料理だと特に」

「へえ・・・」

「採れたての野菜や山菜やキノコをふんだんに使った料理にする予定です。俺自身も、この後手伝わされます」

文吉は苦笑しながら言う。

「うーん、結構大変そうだね」

「そうなんですよ。隣の分家の人たちも全員来ますから。人数がたくさんいるとそれだけで一苦労です」

「そうか、なんか忙しい時にお邪魔しちゃったようだね。それじゃ、また数日後かな。その時はよろしく頼むよ」

「ええ、わかりました」

僕は笑顔で見送る文吉を背にしながら、湯浅邸を後にした。

 

再び鈴奈庵に戻った僕は、小鈴に事情を説明した。

「というわけで、あと数日待ってほしい」

「そうだったんですか。でもそうならそうと、私にもちゃんと言ってほしかったです」

小鈴はまだ若干、不満そうな顔つきである。

「君の場合、全部売ってもらう事に拘ったからじゃないかな」

「いや、そんなふうには言ってませんよ」

小鈴は慌てて弁明する。

「どうだろう、向こうはそう聞こえたんじゃないか」

「失礼ですね、もう」

小鈴はムッとした表情で僕の顔を見据えた。

 

それからまた数日が過ぎた。いつも通りのゆるりとした一日を、僕はほとんど読書に費やして過ごしていた。たまに買い物に来るお客さんと、雑談をしながら、である。

 

「いつもの茶ではないのか」

真兵衛は複雑そうな表情を浮かべながら、湯呑の茶を音を立てて啜る。

「これはこれで味があって好きだよ、僕は」

「残念ながら、某はいまいち好きにはなれそうにない」

「今までが贅沢過ぎた、そう考えるべきかもしれないね」

「納得がいかぬ」

「みんな最初はそう言うと思うな。特に霊夢なんかは」

「だろうな」

「恐らくは、他のみんなもそうだと思うよ。よくここのお茶を飲んでいて、味をすっかり理解しているからね」

「しかし、舌が肥えるのも考えものだ。文句を言う者ばかりになる」

「それはそれで良い意味で受け取るべきかもしれない。僕の出すお茶を気に言ってくれてる証拠だからね」

「よくそんな言葉が言えるな。ここは茶店では無いと、散々文句を言っておいて」

「・・・確かに新聞の僕のコメントはそんなふうに書いてあったけど、そこまで酷くは言ってないよ」

「困ったものだ。天狗の意図的な印象操作も相変わらずと言ったところか」

真兵衛とそんな談義を交わしながら、僕は文吉の事について考えていた。確か、今日と明日は祝宴が続くんだったな。あの時拾った外来本が料理に大いに役に立っている事だろう。そういえば・・・

「真兵衛」

「何だ」

「ちょっと聞きたい事があるんだ」

「ほう。何についてだ?」

 

―文吉と、迅六との帰り道の、あの時の事。あの時の真兵衛は、紫と二人で何をやっていたのか。どうしても気になるんだよな。聞いてみる事にしよう。

 

「何日か前、下道荘の近くで君を見たよ」

「うむ」

「紫と二人で一緒にいる所をね」

「ほほう」

真兵衛はいつものニヤッとした不気味な笑い顔を見せる。

「逢引現場を見ていたのか、其方」

「・・・こっちは真面目に話してるんだけどな」

僕は真剣な眼差しで真兵衛の顔を見る。

「これは失敬」

「それで、あの時、何をしていたんだい?」

僕は真剣な表情を崩さぬまま、真兵衛に尋ねる。

「結界の修繕」

「ふーん・・・」

「どうだ?これだけで満足か?」

「まあ、そんな所だろうと思ったよ。紫からも、結界の調子が変だとか何とか聞いていたからね」

「なんだ其方、既にご存知ではないか」

真兵衛はまたニヤリと笑い顔を作る。

「そんなに気にする事では無いぞ。スキマは念のために立ち会いたいと申しただけで、普段の私の仕事と何ら変わりはないからな。何も心配する事は無い」

「・・・」

僕は無言のまま、顎に手を当てて考えていた。

「ん?如何した?」

「その時、取材を断ったのは何か訳があるのかい?」

「ああ、鴉天狗の事か」

真兵衛はやれやれというふうに肩をすくめる。

「どうにも某は天狗の取材が鬱陶しく思えてな。いつもの務めであって大した事では無いし、邪魔をされては困ると思って思わず追っ払った。まあ、今思えば別に取材を受けても良かったのだが」

「ふうん、そうか・・・」

「納得したか?」

「うーん、それならまあ、いいんだけどね」

僕は真兵衛とは対照的に笑顔がどうしても出てこなかった。

「前に怨霊の事件があっただろう?あれは里の結界が壊れた事が―」

「いいや、それが原因では無い」

真兵衛は僕の言葉を遮ると、話を続けた。

「仮に結界が壊れたとすれば、外の世界からの侵入者が爆発的に増える。素人目にもわかる程にな。だがあの怨霊は偶発的なものだ。いやいや、左様な深刻な顔をしなくても良い。どうも其方は、些細な事を気にし過ぎる。湯浅殿と同じだな」

真兵衛は苦笑いを浮かべながら僕の顔を見ている。が、僕は最後の真兵衛の言葉を聞き逃さなかった。

「湯浅殿も、っていうのは、文吉の事かい?」

「左様」

「もしかして、文吉も君に尋ねたのかい?紫と一緒にいた時の事を」

「そうだ。湯浅殿も、心配そうな表情で私に尋ねて来てな。あの時、スキマと一緒に何をしていたのか、異様とも思える程気にしていた」

真兵衛は先程と同じく、肩をすくめる仕草を見せる。

「まあ、気になるのも無理はなかろう。何といっても、妖怪の賢者が易々と里に出るのは稀であるからな」

「そうだったのか・・・」

まさか、文吉も気になって真兵衛に直接訪ねていたのか。まあでも、大した事では無いと言う真兵衛の言葉が本当なら、心配する必要は・・・ない、はずだ。多分。

「・・・」

「やはり其方、疑っているな、某の言う事を」

「え?いや別に」

「顔に書いてあるぞ、わかりやすい」

真兵衛は三度、ニヤリとする笑顔を作った。

 

香霖堂を後にした真兵衛は、目を伏しながら考えていた。

(あやつは中々鋭いな・・・ふむ、香霖のダンナの目を欺けるのも時間の問題やもしれぬ。ギリギリの所で誤魔化せるのも限度があるぞ、八雲のスキマ。其方の考えている程事態は深刻化していないのが幸いではあるが・・・)

「あらあら、さっきの明るい調子とはえらい違いねえ」

どこからか、揶揄うような少女の声がしたかと思うと、真兵衛の右斜め上から突然にその姿は現れた。

「ごきげんよう。首尾は上々、といったところかしらね」

真兵衛を見下ろすように宙に浮かぶ八雲紫は、緩い笑顔を見せながら言う。

「いや、そうでもないぞ」

真兵衛は眉を寄せると、紫の顔をじっと見据えた。

「あら、何とか大事になる前に結界は全部修復できたじゃない。もうなんにも心配はいらないわ。何の問題があるのよ?」

「わかっておらぬな。香霖のダンナの事だ。あれはやはり、相当怪しんでいる様子」

「ああ、あの時の話ね。霖之助さんも随分心配性なのね」

「いいか、こうした綱渡りの連続では、流石に怪しむ者が出てくる」

「何よ、適当に誤魔化しておけばいいのよ。そんな事」

「簡単に言ってくれるな。其方」

真兵衛は厳しい表情のまま、紫の顔を見ている。

「別にいいじゃない。万が一があれば、私が全て解決してあげるから」

紫はクスリと笑うと、真兵衛に顔を近づける。

「何と言ったって、私は妖怪の賢者だもの。この幻想郷の統括者よ」

紫は妖艶な笑みを浮かべながら、真兵衛に囁いた。

「全て解決か。まさか、そう容易いわけが無い」

真兵衛も負けじと、ギョロ目で紫の顔を見据える。

「邪魔者は消しちゃえばいいの。簡単な事よ」

「其方の隙間に吸い込むか」

真兵衛は先程と変わらず、大きな瞳で紫の顔を見つめている。

「ふふ、まあ、今のは冗談だけどね」

「ふん・・・」

真兵衛は、紫の顔から目を逸らすと、ぼそりと呟いた。

「冗談の通じない者も世には大勢居る。気を付けられよ」

 

香霖堂の外は、生憎の小雨である。とは言っても、年中店の中で過ごしている僕にとっては、あまり関係のない事である。やはりこんな日は―というか、それしか選択肢は無いのだが―じっくりと読書をするに限る。朝から読み進めていると、それなりにページが進む。うん、今日は結構順調に読めそうだ。

 

―しかし僕のそんな思いは、一通の知らせによって儚くも崩れ去る事になる。

 

バァン!という勢いよく扉が開ける音と共に、一人の少女が店の中に入ってきた。まったく、扉はもう少し易しく・・・あれなんだこのデジャヴは。

「店主さん!」

髪と服をぐっしょり濡らしたはたては、僕に大声で呼びかけた。

「どうしたんだい?うわ、びしょ濡れじゃないか、風邪引くよ。早く中―」

「それどころじゃないんです!大変なんです!」

はたては僕の言葉を遮ると、早口で捲し立てた。

「人里の湯浅さんって、御存知ですよね?店主さんは」

「あ、ああ。ここのお得意さ・・・」

「みんな・・・亡くなったって」

「え?」

僕は咄嗟に、彼女の言っている事が理解できなかった。

「家族全員、皆亡くなったそうです」

はたては掠れた声で、同じ言葉を繰り返した。

「なく・・・なった?」

「死んじゃったって・・・みんな」

死んだ。湯浅一家が全員。ということはもちろん文吉も。まさか、そんな・・・どうして。一体何が。彼とその家族に・・・何があったって言うんだ。

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