悩める古道具屋   作:與七

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3話目 急

幻想郷での脅威は妖怪のみに非ず


哀しい定め

湯浅家の葬儀が終わった後の僕は、何日かは抜け殻のように過ごしていた。一日中、僕は安楽椅子にどっさりと腰を下ろし、そのままじっと動く事なく、ひたすら時が経つのを待つかのような状態にあった。

 

僕は椅子に座ったまま、積み上げた天狗の新聞を手に取ると、あの恐ろしい事件の記述をもう一度読み返した。

 

文吉や分家の一家を含む湯浅家の人々は、全員が食中毒により死亡したという。それも、中毒の原因は祝宴の料理の中に含まれていた毒キノコによるものだったそうだ。湯浅邸が人里の集落からかなり離れていた事もあって、事態が発覚するまでに時間が掛かった。そのため、最初の発見者が湯浅邸を訪れた際にはもはや事実上手遅れの状態にあった。生存者もその時点では何人かいたものの、結局全員助かる事は無かった。

 

発見が遅れた事もあり、その現場は極めて凄惨な状態にあったという。家の中の遺体は皆苦悶の表情に満ちており、さらに辺りは大量の吐血のためかあちこちに血だまりが出来ていた。しかも遺体や血の跡の状況から、皆相当もがき苦しんだ様子が多数見受けられたとされている。

 

里の長者一家が全滅というこの大事件は、人里のみならず、幻想郷中に大きな衝撃を与えた。原因が毒キノコによる中毒と言う事もあり、里の市場からはキノコが一斉に撤去され、「しばらくはキノコを採る事を禁ずる」という里長による異例の宣言も出された。

 

そして、原因解明にあたって、キノコの道では専門家である人物―誰であろう、霧雨魔理沙その人である―が現場検証に立ち会う形になった。

 

「毒キノコか・・・」

僕は今まで、キノコの見分け方―毒があるか、もしくは無いか―についてはあまり意識した事は無かった。いや、正確に言えば、隣に余りに詳しい人物がいるために、丸投げにしている状態であった。そう、キノコの専門家である魔理沙がいつもそばにいたからだ。

 

―カランカラン

「よう、香霖」

これ程元気の無い声で扉を開ける魔理沙など、今まで見た事が無いような気がする。いや、一回ぐらいはあったかもしれないが。

「やあ、魔理沙」

僕は彼女以上に元気の無い声を返す。

「ちゃんと飯食ってるか?ああ、その様子じゃ全然食って無さそうだな。随分顔色が青いぜ」

「僕には食事は必要ないんだけどな」

「それでも、少しは何か口にした方がいいと思うぞ。見るからにゲッソリしてるじゃないかよ」

魔理沙は溜息を吐くと、何かが詰まった布袋を持って、店の奥へと向かおうとした。

「どこへ行くんだい?」

僕は安楽椅子に座ったまま、首をわずかに動かした。

「少し待ってろ、飯作ってやるから。厨房借りるぞ。あ、キノコ料理じゃないぜ」

魔理沙の返事が僕の耳に届いた。

「流石にあの事件の後で、キノコはちょっとまずいからな」

魔理沙の微かな呟きが、僕の耳に辛うじて入る。

 

魔理沙が作ってくれたリゾットを二杯も一気に平らげた僕は、久しぶりの食事により安心感のようなものが戻ったのか、いくらか心が落ち着いたように感じた。

「普段なら、マッシュルームを入れるんだけどな。今日は無しだ」

魔理沙が口元だけの、目が笑ってない笑顔で僕に言う。

「いや、とても美味しかった。ありがとう、魔理沙」

「いやいや、どういたしまして。喜んでもらえて嬉しいな」

魔理沙は照れ臭そうに頬を掻いた。

「わざわざ作りに来てくれて、感謝してるよ」

「ま、いいって事よ。気にするなって」

魔理沙は明るい声で答えるが、すぐに視線を落として僕に言う。

「結構、ショック受けてるだろうなと思ったからさ、香霖」

魔理沙の声のトーンが落ちた。表情も若干暗くなっている。

「そうだね・・・未だに信じられないんだ。文吉が死んだ事。いつも見ていた明るい笑顔がどうしても目に浮かんでね」

僕は思わず眼鏡を外すと、顔を両手で覆った。

「―葬儀の時の彼の顔は、とても辛そうに感じた。死化粧が施してあるとはいえ、表情はさぞ苦しんだという様が残っていたからね。可哀想で・・・もう」

「香霖・・・」

魔理沙は僕の肩に黙って手を載せる。

「なんで、こんな事になってしまったんだろうと思って・・・どうして、間違えて毒キノコなんかを食べたんだって・・・この数日間、もう何回も同じ事を考えていた」

「・・・」

魔理沙は無言のまま、僕の顔を見ていたが、ふいに口を開いた。

「香霖」

僕は顔を上げると、魔理沙の顔に目をやった。

「・・・今まで私は、ずっとこの事件の原因調査に協力していた。事件がどうして起きたのか、その理由も知ることができた」

魔理沙は真剣な眼差しで、僕の目をジッと見ている。

「何が原因であんな事が起こったのか、知る覚悟はあるか?」

「・・・」

僕は少し考えると、魔理沙に向かって告げる。

「教えてほしい。どうしてこんな事が起こったのか、その原因をちゃんと知りたいんだ」

「わかった。香霖なら、そう言うと思ったぜ」

そう言うと魔理沙は、袋から一冊の外来本を取り出して、僕の目の前に置いた。

「これは、あいつの家にあった外来本だ」

どうやら、山の幸の特集をした雑誌らしかった。ワラビやゼンマイと言った山菜、そしてキノコの特集記事が載っている。

「この外来本が、全ての元凶だよ」

魔理沙はそう言うとペラペラとページを捲り始めた。

「問題は、この記事だな」

魔理沙はそう言うと、白いキノコが映った写真を指差した。

「この写真、間違っているんだ」

魔理沙が深刻な表情で僕に言う。

「この写真のキノコは、食用のシロマツタケモドキって紹介されている。でもさ・・・これ―違うんだよ」

魔理沙は一旦一呼吸置いてから、また重い口を開いた。

「この写真に写っているのは、シロマツタケモドキじゃない。よく似た別のキノコだ」

魔理沙は暗い顔で淡々と説明する。

「ドクツルタケ。『死の天使』とも呼ばれる、猛毒キノコだ」

「毒キノコ・・・」

何て事だ。毒キノコの写真が、誤って食用のキノコと紹介されていると言う事か。それじゃまさか―

「この本の写真を見て、確かに食用キノコで間違いないと思って採取したんだろう。でも、それは間違っていた」

魔理沙の声が掠れている。

「こいつは恐ろしいキノコだ。毒性は、たった一本で人一人が死ぬ、それぐらい強力なんだ。それをあの一家は全員口にして―」

そこまで言うと、魔理沙は口をつぐんでしまった。

「悪い。ここから先はもう、あんまり私の口からは言いたくないな。察してくれ」

僕は魔理沙の表情を見て、何となく察しがついた。

 

魔理沙が店を去った後、僕は店の奥にしまってあった一冊の本を取り出した。随分前に、魔理沙が置いていったキノコの図鑑である。ページを捲り、例のドクツルタケの項目を見てみる。

 

―摂食後、数時間から一日程で腹痛、下痢、嘔吐と言った症状が発生。そして一旦症状は治まるものの、数日から一週間後には肝臓や腎臓といった内臓に重篤な症状が出る。大量の吐血、のたうち回る程の激しい苦痛といった生き地獄を味わった後、おおよそ、九割の人間が死亡する。

 

読んでいる途中から、非常に気分が悪くなるような内容であった。こんな苦しみを味わいながら皆息絶えていったというのか。

「こんな・・・まさかこんなことが」

僕の視界が次第にぼやけていく。堪えようとしても、堪えきれなかった。間違った内容を掲載していた外来本が原因で、文吉は―あの一家は全員・・・こんな過ちのせいで、幸せな一家が崩壊した。しかも、皮肉にも彼が手放そうとしなかった、あの外来本のせいで・・・

 

僕は数日後、新たに拾った外来本を数冊抱えて、鈴奈庵を訪れていた。

「あ、こんにちは」

僕の姿を見て挨拶する小鈴の顔は、少々憔悴したような印象を受ける。

「店主さん、ちょっと顔色悪いですよ」

それは君もだろう、とツッコミはしないでおこう。

「どうしても、あの事件の事が頭から離れなくて・・・」

「それは僕も同じだよ」

僕は小鈴の前に本を置くと、彼女に語り掛ける。

「普段よく本を読む身としては、相当ショックだった」

僕は溜息を付きながら小鈴に言う。

「今まで自分が読んできた本の中にも、当然、間違いの一つや二つはあるだろう。でも、あんな悲劇を生むような事に繋がる事もあると考えてしまうとね・・・正直、内容を全部信じていいのか疑ってしまうね」

「そうなんですよね・・・今読んでる本、外来本に限らずですけど、作者の意図しない間違いは少なからずあると思うんです。ただ、それが大きな誤解や事件を生む事になるんじゃないか、と思うとすごく不安になります」

小鈴も落ち込んだ声で僕に言う。

「それに、この前の呪いの屋敷の件もそうです。本にから得る情報は便利ですが、それが思わぬ形で広がったら収拾が付かなくなるんじゃないかって・・・」

「そうだね。実際、鈴奈庵では本による異変も何回か起きてるって―」

「うう、そうなんですよね」

小鈴は僕の顔から目を背けると、俯いてしまった。

「なんかちょっと、不安になりますね。このまま、貸本屋を続けていいものかと」

小鈴は力の無い声で言う。

「・・・」

「怖いんです、私」

小鈴が声を震わせながら言う。

「もしもあの間違った外来本が、鈴奈庵に渡っていたらと思うと・・・。以前の外来本の騒動どころじゃないですよ。それ以上の大惨事になったかもしれないんです」

 

確かにそうだ。もしも鈴奈庵にあの外来本が持ち込まれ、里の人々に貸し出されたとしたら―あの誤った内容を見て、多くの人があの恐ろしい毒キノコを口にする事になったかもしれない。そうなれば、その原因を作ったのは鈴奈庵という事になり、バッシングに晒される事は目に見えている。

 

「ここに並んでいる本、内容は本当に正しいのかな、大丈夫かなって考えると、キリが無いんですよね・・・」

小鈴の目には、微かに涙が光っていた。

 

鈴奈庵を出た僕は、下道荘へと向かっていた。あの時、この場所で、文吉はあの外来本を拾った。それが自らの命を奪うとは、露ほども想像していなかっただろう。

「文吉・・・」

下道荘に立った僕は、思わず呟いていた。以前にここに来た時、笑顔で外来本を手にしていた文吉は、もうこの世にはいない。

「あら、何をやってるのかしら?こんなところで」

いきなり後ろから声を掛けられ、ぎくりとした僕が振り向くと、そこには妖怪の賢者がふわふわと宙に浮いていた。

「ああ、ここはこの間亡くなった知り合いと最後に来たところでね。ちょっと思い立って来てみたんだ」

「湯浅の長者ね」

「そうだよ」

「何か、人生何が起こるかわからないって感じよね」

「ああ、そうだね」

よく考えてみたらその通りだ。あの元凶の外来本を拾ったのは文吉だったが、もしかしたら先に僕が拾ったかもしれないし、まったく関係ない他の誰かが拾う可能性もあった。

「未だに信じられないし、やりきれない。今まで何人もの友を先に見送る形になったけど、今回は相当参ったよ」

「そうね。ただ、これも一種の定めよ。私も、何人、何十人と見送る事は経験してはいるけど、今回の事件以上の辛い別れも一回や二回じゃないから。それは当然、あなたも同じ事よ」

紫は僕の顔を見下ろしながら言う。

「妖怪と人間のハーフという種族であるあなたなら・・・ね」

「これも定め・・か」

「そう。わかっているでしょうけど、この先、何度も同じような事を経験するかもしれないわ。もっと悲しい別れをすることもあるでしょうね。覚悟しておいたほうがいいわよ」

「・・・」

「それじゃあね」

紫は僕にウインクすると、開いた隙間の中に消えていった。

 

僕のような妖怪と人間のハーフの場合、必然的に一緒に過ごす人間を多数見送る形になる。どんなに長生きしようと、人間の寿命は僕よりも短い。時には今回のような、まったく予想だにしない形での別れとなる事すらある。だが、紫の言う通り、それは種族としての定めであると考えるしかない。いや、嫌でもそう考えないとおかしくなってしまいそうだ。

 

だがやはり、別れと言うものは悲しいものだ。過去、僕は何人もの友人を失ってきた。その度に生前の彼らにもっと色んな事をしてやりたかったと悔やみ、思い出の日々を回想しては涙を流していた。

 

かつて見たあの悪夢。僕は一生、妖怪と人間ハーフとして悩んでいく。中途半端な存在。いや、それでも、僕だって一つの人生を歩んでいる。様々な物を得ながらも、同時に様々な物も失っていく。それをこれからも続ける覚悟は出来ている。今回のような恐ろしい出来事も、紫の言う通り、これから何回、何十回と繰り返されるかもしれない。その度に気がおかしくなる程、悲しみ、悩み、苦悩することだろう。だが、これは僕の生きていく道なのだから、受け入れるしかない。

 

「この幻想郷で・・・生きていくしかないんだ」

僕はそう呟くと、誇り高き自分の店へ―香霖堂へと足を走らせた。

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