―僕は先日の神様のことを思い出していた。あの神様は、元々外の世界の神社に祀られていたという。彼は元人間で、若くして流行り病で命を落としてしまった。それを憐れんだ村の人々により、神として祀られたという。彼のような若くして命を落とすものが今後現れぬよう、病気を治す癒しの神として、長い間人々から信仰されてきたという。
だが、外の世界では目まぐるしく情勢が変わっていく。ずっと彼を信仰し、病の治癒を願っていたはずの人間は、医術の発達により、いつの間にか彼のことを見向きもしなくなった。社は寂れ、供物が供えられることは無くなり、賽銭箱も朽ち果ててしまった。世から忘れられ、居場所を失った彼は、気が付くと見知らぬこの土地に来ていたという。
「あの物の怪の女子から色々聞かされたよ。俺は・・・もはやお役御免なんだとよ。存在価値が無くなっちまったんだとさ」
・・・紫の手引きか。たまにあるんだよな、こういうことが。
「ずっと過ごしたあの社にも、もう二度と戻れねえんだってよ。・・・畜生」
癒しの神は、寂しそうに呟いた。
「・・・ここはね、全てを受け入れる場所なんだ。ここで信仰さえ集まれば、貴方もかつての輝きを取り戻せるかもしれない」
「どういうことだ?それは」
「過去の話ではあるが、外の世界には貴方を必要とした人間が大勢いた。病気や怪我を治すために、人々は貴方を無心に信仰した。この地にも、貴方を必要とする者がきっといる」
「信仰か・・・」
「正直、今の僕にこれ以上のアドバイスをすることは出来ないかな。後は全て貴方次第だ」
「困ってる奴を助けてやりたい。病や怪我してる奴を救いたいんだ」
「ほら、それで十分じゃないか。それを実行するために、何をすればいいか?」
「そうだな」
癒しの神様は、少し考えて、
「薬師の手伝いが一番だよなあ。そう考えると」
「うむ、いい選択肢の一つだね」
「なんにせよ、まずはここの土地のことを少しずつ学んでいかなきゃなんない。とりあえずそっからだな」
「そうだね」
こうして癒しの神様は、店を去っていった。
そして、あの日の愚痴る霊夢が訪れた数日後に、もう一度神様は僕の店を訪れたのである。
―カランカラン
「おう、こんちは」
「いらっしゃい。・・・ちょっと、前より顔色が悪くなってないかい?」
「ああ、ちいとえらい目に逢っちまってな。少々、力を使いすぎた」
ん?彼に何かあったのか?
「何か・・・あったのかい?」
「まあな。大怪我した妖怪や妖精がたくさんいたんだよ。そのひーりんぐだ」
無理して横文字を使う様が若干シュールに感じたが、大勢の怪我人がいたというのが気になった。何かあったんだろうか?
「博麗の神社に向かう山道からちょっと外れた場所でな。・・・みんな強力な結界術を使う人間にやられたらしい」
結界術を使う人間・・・?
「ひでえ有様だったよ。ほとんどは何もしてないのに急に襲われたっつってた」
まさか。まさかそれって―
―カランカラン
「失礼する」
扉が開き、一人の少女が店に入ってきた。
「やあ、いらっしゃい」
「すまないな、今日はお客としてきたわけじゃないんだ」
慧音は申しわけなさそうに苦笑する。
・・・どうも嫌な予感がする。このパターンはもしや。
「ちょっと、聞いてくれないか。私の話を」
「いいよ」
今日も読書タイムは中断だ。無念なり。僕は本を閉じると、慧音のそばの椅子に腰かけた。
「この前、霊夢の弟子になりたいって子を連れて、博麗神社まで行ったんだ」
ああ、その話か。・・・まいったな、今度は慧音の愚痴を延々と聞くことになるのか。
「・・・実は、霊夢からたっぷりその時のことは聞いたよ」
僕は霊夢から聞いた厄介な奴の話をした。
「あの時は、大変だったみたいだね」
「ああ、本当に、本当に大変だった」
ふうっ、と慧音は息を吐いた。
「・・・あいつを連れて、博麗神社に向かう途中、妖怪や妖精に何回か出会ったんだが・・・」
「確か、うるさい妖怪妖精を退治したって・・・」
「うるさい妖怪、うるさい妖精、か・・・」
慧音の表情が暗くなった。
「ほとんどは、本気で危害を加える気は無かったと思う。ちょっと知らない人が来たから、びっくりさせてやる、それくらいの感覚だよ」
「まあ、あの辺にいる妖怪連中ならそういうのばっかりだろうね」
「私だって、それは十分理解している。ちゃんとそれをあいつにも出発前に説明した。むやみに妖怪に手出ししないこと、何かあったら私が妖怪と戦うことをね」
「うん」
「でも、あいつはその約束を平気で破った。出会った妖怪相手に、なりふり構わず思いっきり術を使い始めたんだよ」
「・・・」
「もちろん私は彼女を叱った。でもあいつは・・・っ、全然、悪びれる様子は無かったんだ。『妖怪は人間を襲う、だからやられる前にやって何がいけないんですか』ってね。・・・あいつは・・・っ、」
慧音の言葉が途切れた。手がぶるぶると震えている。
「大馬鹿だ!」
慧音は下を向き、涙声で叫んだ。
「・・・あいつは、最低だよ。ほんの悪戯でからかってきた無邪気な妖精も容赦なく・・・」
掠れた声で慧音が呟く。
「私は・・・必死でやめさせようとした。なんとか相手に致命傷だけは与えないように、感づかれないようにあいつの術を和らげようと・・・でも、無駄だった。途中で感づかれて、『慧音さんは手出ししないで下さい』、って怒鳴られた。それからあいつはもうやりたい放題だった。もう、見ていられなかった。未だに、泣き叫ぶ妖怪や妖精の声が耳から離れないんだ」
慧音の目から涙が一つ、二つとこぼれ落ちた。
「・・・こちらに何も危害は加えていないのに・・・ただその場で出くわしただけなのに・・・妖怪と言うだけで・・・そんな理不尽な理由で相手を攻撃するんだぞ・・・信じられるか?」
僕は無言で慧音の話を聞いていた。
「忘れることができないよ。あいつの言葉が。満面の笑みで言った『うざい妖怪はみんないなくなれ』って言葉が」
「・・・」
「なあ、なんでだと思う?」
「え?」
「妖怪と、人間が、仲良く暮らすことができないのは、何故なんだろうな」
「それは・・・」
「・・・幻想郷というこの地に生きてる以上、仕方のないことかもしれないけど―」
慧音は目を閉じて、ハンカチで涙を拭う。
「みんな、一緒に仲良く暮らすのが一番、でもそういうのは、やはり難しいんだろうか」
「・・・どうだろう」
僕は答えることができなかった。僕自身、過去に自分の出自で相当悩んできた過去がある。
皆が争いもせず、他人を悪く言うこともなく、平和に暮らすことは不可能ではない―そう思いたいのだが・・・
「・・・妖怪は悪、と一方的に決めつけるのは良くない。いい妖怪だって、人間と仲良くしたい人間だってたくさんいるだろうに」
慧音は寂しそうな顔で僕を見つめる。
「妖怪でも、人間でもある霖之助、お前ならわかるだろう?」
僕は黙って頷いた。
「・・・でもまあ、幻想郷もまだまだ捨てたものじゃないな」
「んん?何がだい」
慧音の表情が穏やかに戻りつつあった。
「・・・その後、やられた妖怪や妖精たちが心配になってね。あいつを里まで引っ張っていった後にもう一度近くまで様子を見に行ったんだ。必要であれば永遠亭に手配しなければならないと思ったからな。そしたら―」
「・・・癒しの神か」
「え?」
慧音の目が丸くなる。
「知ってたのか?」
「ああ。この前本人が来て、話してくれたよ。たくさんの負傷した妖怪や妖精の手当てをしたってね。ここ、幻想郷を訪れて初めての俺の仕事だったって、青白い笑顔で話してくれたよ」
「そうなのか・・・ふふ、まさかここに来ていたなんてな。・・・あの時は驚いたよ、怪我をしたみんなに、一人一人優しい声をかけていた。優しい神様だよ、彼」
「優しい神様か・・・」
外の世界でも、かつて癒しの神様として祀られていた彼は、見事にここで復活を果たしたのだ。
「・・・もっとも、全員の治療を終えた後で、意識不明になったけどね、彼」
「ええっ・・・」
「妹紅にも手伝ってもらって、永遠亭に急いで担ぎ込んだよ。能力を使いすぎて衰弱しきってたそうだ」
「まあ、無理もないだろうな」
僕は先日の神様の顔を思い浮かべた。病み上がりの表情だったんだな。
「それで面白いことにな、担当の玉兎ナースの子に一目惚れしたらしくて」
「ええっ・・・!?」
「永遠亭で働かせて下さい、薬師の心得はすぐに身に着けられます、って永琳に直談判してたよ」
何だか次から次へととんでもない情報がもたらされてる気がする。神様、大出世じゃあないか。
「・・・あれ。でもあそこは、男子禁制じゃなかったかな」
「・・・ああ、今でも規則が変わってなければ、そうなんじゃないか?」
前言撤回。神様の就職活動はこれからもまだ続きそうだ。
幻想郷は全てを受け入れるという。それは邪な心を持つ者であっても、善の心を持つものであっても平等だ。そう、ここには様々な者たちが、魑魅魍魎の如くひしめいている。
他者のことをろくに理解せず、一方的に敵対して憎む者がいる。かと思えば、困っている者は放っておけず、自分の身を犠牲にしてでも救おうとする者がいる。今回の出来事でも、僕は色々と考えさせられた。
霊夢に弟子入り志願したあの子は、果たして自らの行動を悔いる日が来るのだろうかと。彼女には・・・悪気はないのだろう。だが、自分の力を過信し、これからも自分が否と考える者に対しては有無を言わず敵対するのだろうか。そんな彼女の先に待つのは身の破滅・・・いや、絶対にそうはなってほしくはない。というか慧音がそうはさせないはずだ。彼女は帰り際、こんなことを言っていた。
「あいつは神社からの帰り道、ずっと泣いてたよ。霊夢にクソミソに説教されて、それでもなんであんなこと言われなきゃならないのか、自分は悪くないのにって言ってた。私は、最初あいつは最低な奴だと思った。けど、そんな歪んだ心を持ったままにさせるわけにはいかないとも考えるようになったんだ。
あいつの結界術の才能は中途半端でメチャクチャだ。だが、今からでも遅くはない。一から学びなおせば、きっとこれからは頼りになる術を見事に披露してくれるはずだ。
それから、あいつには妖怪や妖精たちと仲良く過ごす人間になってほしい。確かに妖怪には人間を見下したり憎んだり、危害を加えようとする者もいる。でも、人間と仲良く過ごしていきたい妖怪だって星の数ほどいるんだ。あいつは今まで里の外に出たことが無かったからな。
相当時間が掛かるって?まあ、かかるだろうな。でもあいつは、心の底から妖怪を憎んでいるとは思えないんだ。試しに質問してみたよ。『妖怪が嫌いなくせに、なんで天狗の書いた新聞や雑誌をよく読んでいるのか』ってね。そしたら顔真っ赤にしてもじもじしてたからな。
・・・実は、あいつを家に送り届けた後に親御さんから気になる話を聞いたんだ。小さいころに妖怪に驚かされて、散々怖い目に逢ったらしい。あいつも以前色々あったんだろう。これからちょくちょく、あいつと会って話をしていきたいと思ってる。・・・そうでもしないと、やりきれないんだよ」
慧音は一度、「その子」を香霖堂に連れてきたいとも言っていた。・・・やれやれ、話す言葉は慎重に選ばないと、とんでもないことになりそうな気もする。
癒しの神様は、こんな事を言っていた。
「俺は一度、いや、二度死んだも同然だな。人間として一回、神としても一回。でもその度に、不死鳥みてえにしぶとく復活してるからな。今、実にすがすがしい気分だ。ずっと誰からも相手にされず、忘れられてた俺を必要としてくれる連中がここにはいる。そのためだったら身を粉にしてでも動いてやる。
え?何だって?いやいや、休むわけにはいかねえよ。確かに例の騒動でぶっ倒れたが、可愛いウサちゃんたちを見てたら一気に疲れが吹っ飛んじまったよ。・・・あっこで働けなかったのはちと残念だがな。あー、だから顔色が悪いのは前からだっての。そんな心配そうな顔すんなよ、気持ちは嬉しいけどな」
癒しの神様は、しばらく幻想郷中のあちこちを周ると言っていたっけ。そのうち、どこかで開業でもするのだろうか。・・・あ。
「傘・・・」
結局、神様はまた傘を忘れてしまっていた。忘れ物を取りに、もう一度彼がここを訪れる日は近いかもしれない。