悩める古道具屋   作:與七

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4話 結

HAPPY END(トゥルーエンドとは言ってない)


隙間の中の真実

読んでいた本に栞を挟むと、真兵衛は勢いよく伸びをした。

「さて・・・この辺にしておくか」

きりのいいところでやめにしよう、と思った真兵衛は、今日は床に着く事にした。

灯を消し、布団に足を入れた直後、ふいに真兵衛の前で空間が光りはじめた。こいつは、と思った真兵衛は、再び灯をつけ、ぱっと身構える姿勢を取る。光はすぐに黒い闇のようになり、その真ん中がまるでがま口のようにゆっくりと開いた。そして、その中からゆるり、と一人の少女が姿を現した。

「こんばんは、お邪魔だったからしら」

妖怪の賢者・八雲紫である。

「何用だ、八雲のスキマ」

真兵衛は相手を吸い込むようなギョロ目を向けたが、急にニヤッと不気味な笑顔を見せた。

「夜這いでもしに来たか」

「むぅ・・・」

紫の顔が一瞬引きつった。が、すぐにいつもの余裕のある笑みに戻る。

「上手くやったじゃない!全部見てたわよ」

「・・・」

「すっごい演技派ね。痺れちゃう」

紫は満面の笑顔になると、パチパチと手を叩いた。

「やめい。茶化すな」

真兵衛の顔から笑顔が消えた。そしてふうっーと大きな溜息をつく。

「非常に疲れた」

真兵衛はそう呟くと、紫に対して語り始めた。

「天狗の記者がしつこいのは覚悟していたが、それ以外にもまあ、色々と大変であった。もしかしたら、全てを暴かれてしまうかとも思った」

「霖之助さんのこと?」

「左様。だがやはり、真実に関しては恐らくわかるまい。可能性があるとすれば、慧音先生の口からだろうが・・・」

「彼女は在り得ないでしょ。霖之助さんには余計な心配はさせたくないでしょうし」

「いいや、万が一と言うこともある」

「用心深いのね」

「何を言うか、可能性はあるぞ」

「もう、細かいことを気にする男は嫌われるわよ」

紫は不満そうに口を膨らませた。

 

あの外来本の影響で、一つの恐ろしい噂が誕生した。しかしそれは、ある人物たちにとっては懸念でもあった。

 

本当に恐ろしい呪われた屋敷。下道荘(しもつみちのしょう)の近くにその屋敷は「実際に存在している」のである。

真兵衛とその父が暮らしていた、思い出の場所。そこでかつて、外の世界からの招かれざる客・・・非常に凶悪な怨霊が大暴れした。当時の博麗の巫女をはじめ、里の退治屋全員と、紫をはじめとする大妖怪の連合軍が何とか鎮めたが、未だにその影響は残っている。

元・下道の屋敷は、凄まじい瘴気と怨霊の残留思念で満ち溢れ、浄化には百年単位での時間がかかるという。もはや、紫でも容易には手は付けたくはないという程である。

 

かくてこの屋敷は封印された。賢者である紫の判断で歴史は喰われ、ほとんどの人々の記憶からこの事実は抹消された。屋敷へ通じる道は、紫の手引きで博麗大結界の技術を応用した強力な結界術が施され、さらに当時の博麗の巫女、そして下道勝兵衛(しもつみちのしょうべえ)・真兵衛親子の術も加わって、何人たりともそこに訪れることは不可能になった。屋敷の住人であった真兵衛は、当事者の中では数少ない、当時の記憶を消されていない一人である。

 

「そうね、今の霊夢がいればギリギリ浄化は可能かもしれない。・・・させないけどね」

「某も、其方も含めてだろう?その他大勢もだ」

「・・・結局、リスクが大きいのよね」

 

ところが、である。件の呪いの屋敷の噂が広まり出したことで、「本当に恐ろしい場所」である元・下道の屋敷のほうが明るみになる恐れが出てきたのである。

 

「最近、里周りの結界がどうも不安定に思えてな」

「それは私も思ったわ。外の世界で何かバランスが崩れてる影響もあるんだと思うけど」

「あの辺を確認していて、ゾッとした。ほんのわずかな歪みで、再びあそこへの道が開く恐れが出てきた」

「長年そのままにしている影響もあるかもしれないわね。ただ、時間に左右されない仕組みにはしたんだけど・・・どうして」

「他に何か原因があるのやもしれぬ。恐らくはな」

「とにかく、放っておくのはまずいわね」

 

当時の事実を知る紫と真兵衛は、一計を案じることになった。

まず、外来本の影響で惨殺屋敷とされた廃屋を、本物に「仕立て上げる」ことである。

件の廃屋に、紫と真兵衛は協力して術を施した。非常に繊細で、かつ高度な技術が必要な作業である。術をかけられた者は二週間解けない苦しみを味わい、尚且つ命に別条が無いよう、後遺症も一切残らないようにしなければならないのだから。

 

「ややこしくて苦労するな、ああいうのは」

「ええ、まったくよ」

「しかし後で聞いたことだが、月の民も治癒の神も舌を巻く程だったと」

「あらー、嬉しいわ」

紫は幼い少女のような無邪気な笑顔を見せる。

「某の非常に面倒な調整作業があったことを忘れるな。其方一人の力ではない」

「はいはい、わかってるわよ」

 

 

そのダミーの屋敷に入った者は術の影響を受け、そしてその事件を知った者は皆震え上がる。今後同じような不気味な噂が流れたとしても、同じような事態を恐れ、皆そのような場所には絶対に行かなくなるはずである。

 

「で、可哀想な犠牲者に選ばれたのは天狗の子たちだったわけだけど・・・意図して選んだのかしら?」

「うむ。腸の煮えくり返るようなゴシップを書いた輩だ。あれで相当な風評被害を受けた」「あらら、そんなことがあったの、迷惑な話ね。でも、上手い事誘導したわね、その天狗の子たち」

「やってほしい事と逆の事を言えば実に容易い。絶対にあそこには行くな、そう言えば粋がった奴らが確実に何人かは行く」

「単純な子たちねぇ」

「それにわざと傲慢で威張るように言った。案の定、『人間風情が何を偉そうに』と小馬鹿にしていた。某は退治屋といえども人間だ。見下されても仕方は無い」

「それで、見事トラップにかかった・・・お馬鹿さんねえ」

紫はクスクスと口に手を当てて笑う。

「まあ、年中戯けた騒ぎをしている天狗の奴らには良き薬になったろう。これに懲りたら、少しは自重するのではないか」

「そうだといいけどね。怖い目に逢ってもまったく反省しない子もいるし」

「反省しない子・・・」

ふいに真兵衛は口に手を当ててじっと考え込んだ。

「鈴奈庵のあの子ね」

「ああ、そうだ」

 

あの時、小鈴は屋敷の噂を確かめるために、真兵衛にも依頼をしていたのである。真兵衛はわざと法外な値段を吹っかけ、いかにそのダミーの屋敷が危険か説明したのだが、小鈴はどうも納得していない様子だった。

 

「あの子は・・・気を付けたほうが良いぞ」

「わかってるわ。賢者として、絶対に見逃せない」

紫の顔から笑顔が消えた。言葉通りの、妖怪の賢者の表情になっている。

「鈴奈庵自体が、いまや妖魔本の巣窟となっている。どうにも、それが結界の歪みと関係しているように思えてな」

「関係大ありよ。早く何かしら手を打つべきでしょうね」

「とりあえずは、急ぎ結界の修繕はしておく。・・・博麗の巫に悟られぬようにな」

「あら、そう」

紫は残念そうな表情を見せる。

「それくらいだったら、別に手伝ってもらったっていいじゃない。仲良くしなさいな、妖怪退治屋同士」

「妖怪の其方がそれを言うか」

真兵衛はギョロ目を閉じ、俯きながら呟いた。

「余計な仕事をさせる必要などない。・・・あやつはあやつで大変な思いをしている。それに、所詮某は妖怪退治屋とは言っても、引き立て役に等しいからな」

「・・・悲しいわね、お父さんの頃から汚れ仕事ばっかり」

「言うな。父者はどんな務めも誇りにしていた。・・・だが所詮、花形は博麗の巫よ。あやつが幻想郷の光とすれば、某は影のようなものだ」

「何格好つけたこと言っちゃってるのよ。あなたは十分輝いているわ。今回の仕事だって・・・」

「かたじけない」

真兵衛は寂しく笑うと、真剣な目つきに戻る。

「話が逸れたな。えーと、確か・・・」

「まずは代替えね。もう一回、ダミーの屋敷を用意したほうがいいかしらね?」

「いいや、しばらくは必要ないであろう」

「あら、そう。・・・影武者がいなくて平気かしら」

「今回の事件で、里の者はそういうのには相当気を遣うようになった。だが、真に気を付けるべきは・・・」

「本居小鈴」

「そうであったな」

真兵衛はふうと溜息をつく。

「鈴ちゃんは悪い子ではないのだが・・・好奇心の旺盛さが悪い方向に行くような気がしてな。なるべく危険な真似はさせぬよう、ちょくちょく様子は見ているが・・・」

「あらあら」

「今のところは大丈夫、とは思うのだが・・・。悪気は無い様子ではあるが、よく化け狸が店に訪れているのが気になっている。・・・そのうち変な妖怪までしょっ引いて来そうで、心配で仕方がない」

「うふふ、随分気にしてるのね、あの子のこと」

紫はクスクスと笑いながら、からかう様に真兵衛に言う。

「ロリコンさん」

殺気立った真兵衛の大きな眼が、紫の顔を矢のように見据えた。

「貴様のその舌、引っこ抜いたろか!」

「やだぁ、こわ~い」

 

 

下道荘の近く、例の屋敷のそばに、僕と小鈴は立っている。―ここから先は、結界が張られているために先には進めない。だが・・・

「うん、私ならもうちょっと先まで行けると思う」

霊夢は周辺の様子を探りながら、僕たちにそう言った。

「で?どうするの。正直、行っても意味ない気がするけど」

「・・・まあ、そうなんだよね。わかる事はもう無さそうだし」

「私も・・・。やっぱりいいです。もう終わったことですから」

術は全て真兵衛が解除したし、悪霊も退治されている。もはや屋敷には何も残っていないはずだ。

「まったく、術をかけた奴なんて気にしなくていいじゃない。っていうか、その術をかけられるのは紫と真兵衛さんぐらいなんでしょ?じゃあ犯人はもう決まってるじゃない」

「そんな乱暴な・・・」

「拝み屋さんは絶対違いますよ!あんな優しい人が・・・信じられないです」

「あのねえ、あの人だって退治屋なんだから、やる時は徹底的にやるわよ。それに色々前から裏でこそこそ何かやらかしてるみたいだし・・・あの人もそのうち妖怪化しちゃったりしてね。自分の体に呪いの術をかけて、『某は人間をやめるぞー』、みたいな感じに」

「そういえば前にありましたね、そんな事件が」

・・・酷い言われようだな。本人が近くで聞いていないことを祈る。

「ふふ、今のは冗談よ。まあでも、彼には結構感謝してるわ。異変の後の後片付けとか、そういうのを手伝ってくれるのは有り難いし」

後片付けというか、後始末と言うか・・・むしろ尻拭いに近いって本人は言ってたような気がするが。

「ま、この屋敷の件についてはもういいでしょ。大方、頭の悪い妖怪を懲らしめるための罠って所かしらね」

・・・本当にそうなんだろうか。天狗とトラブルがあったというだけで、・・・たったそれだけのことで真兵衛がそんな事をするというのか?それも、紫の協力まで必要になるというとてつもなく大掛かりな事を。

 

「何だ、ここにいるということはまだ気になるか、香霖のダンナ。お、博麗の巫と鈴ちゃんも一緒か」

おっと、噂をすれば・・・

「犯人が来たわね」

霊夢が苦笑している。

「真犯人は現場に舞い戻る、って奴ね」

「おい、失礼だろう!」

「止めて下さいよ、霊夢さん!」

「まあまあ・・・。もう良い。気にせずとも良い」

真兵衛は僕たちに向かって手を振った。

「新聞などは面白おかしく書いていたが・・・。結局里の者は、誰が術を仕掛けたかなど、単純に悪霊の仕業としか思っていないようだ。私も色々言われたが、もはや済んだことだし、ほとんど誰も気にしてはいない」

真兵衛は伏し目がちに言う。何日も天狗に追われっぱなしだったのが、ようやく落ち着いてきたようだ。

「まあ、とりあえずは里の者たちの教訓にはなったな。そうであろう?鈴ちゃん」

「は、はい。勉強になりました・・・」

「危険な場所に軽々しく入るもんじゃないと。・・・被害者は天狗共だったがな」

真兵衛は顔を上げると、ニヤリと笑った。・・・相変わらず気持ち悪い笑い方だな。

・・・まあ、とりあえずはこれで良かったのかな。わからないことはあるけど、これ以上考えるのはもういいかもしれない。

「さあて、某は菜園に行くとするか。女巫、薬草要るか?大量に生え過ぎたからタダで譲るぞ!」

「本当!?」

霊夢の顔が一気に明るくなった。貧乏な巫女さんはわずかなそういう支援がたまらないのだろう。

「勿論そちの分もたんまりあるぞ、鈴ちゃん」

真兵衛は小鈴に向かってニッコリする。・・・おいおい、なんでそういう時だけ営業スマイルなんだ。

「いいんですか?ありがとうございます!」

小鈴もパッと明るい笑顔を見せた。

「有り難いわねー、それじゃあ、お言葉に甘えちゃおっかなー、犯人さん」

「其方・・・」

真兵衛が苦笑いを浮かべている。あ、こりゃ霊夢の分はタダじゃなくなるかもな。

「ダンナ、其方も来るか?」

「ああ、もちろん」

僕は真兵衛と霊夢・小鈴の後を追い、下道の菜園へと足を走らせた。

 

「そもそも」

菜園への道中で、霊夢の声が僕の耳に響く。

「きっかけは、霖之助さんが拾った外来本じゃない。つまり、一番罪深いのは霖之助さん」

「なっ・・・!」

「そして、それを買い取って、色んな人の目に触れるのを作ったのは小鈴ちゃん。共犯よ」

「ええっ、それはいくらなんでも言い過ぎですよ」

霊夢の言い分も間違っているわけではないのだが・・・。噂が広まったのは僕たちに責任があるわけではない。完全な言いがかりじゃないか・・・

「こらこら、いい加減その辺にしておけ」

真兵衛が苦笑しながら言う。

「相変わらず一言多いな。・・・楽園の素敵な巫女」

真兵衛の顔つきが好敵手を見る表情に早変わりした。

「お互い様でしょ。・・・乱魔に塗れた呪術師」

霊夢も似たような顔を向けている。・・・同業者として、色々いざこざが絶えないんだろうか。

「はいはいはい、とにかく皆さん仲良く、みんな仲良くいきましょうよ」

小鈴がグイッと二人の間に割り込んだ。

「もうあの話題は忘れましょうよ。・・・あのことは」

小鈴はあの屋敷の方向へ、不安そうな目を一瞬向けた。

・・・うーん、やっぱりどうしてもすっきりしないな。あの事件は一体・・・。

「結局真相は、闇の中、か」

僕はポツリと呟いた。

 

 

(それは違うぞ、香霖のダンナ)

霖之助の呟きを耳にした真兵衛は思った。

(真相は、隙間の中、だ)

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