他の連載の合間にですが、ちょくちょく書いていきますのでよろしくお願いします。
400年続いた漢朝廷も遂に権威も失墜し、各地で乱が頻発。朝廷もこれを討伐に動くが、思うような成果も成り立たず。
それを機に群雄が旗を立て、天下に武を唱えんと干戟を交え合う。
ーー世は乱世。
魏、呉、蜀。
曹操孟徳に率いられし魏。
孫権仲謀に率いられし呉。
劉備玄徳に率いられし蜀。
天下は三分す。
ーーーされど、この世は男よりも女が強いのが世の定めなり。
高祖劉邦が項羽を斃した事により、男女の立場は逆転する事になった。
高祖劉邦は女であり、項羽は男であったがために。
これにより、帝を始め、朝廷の高官は女が就く事が世の流れとなり、将軍も女が就く。
男もそれなりの官位につく事はあれど、女と比べるもなくその数は少なかった。
故に曹操も、劉備も、孫権すら世に轟く勇名をもつ武将、そのほとんどが女であった。
ここに飛将軍と謳われる三國最強の武を誇る呂布奉先。しかし、この世にはその飛将軍よりも強きーー男がいた。
姓を呂、名を風、字を万武。呂風万武【りょふう まんぶ】という。
字を見て分かるように飛将軍、呂布奉先の兄である。
武も然り。軍略も孫氏を始め、六韜に通じ、司馬徽にも教えを乞い、【天下無双】とまで謳われるようになったある男の物語ーーー
黄巾の乱より7年程昔まで遡る。
併州のある村に山賊が襲撃を掛けてきた。総勢100人程であろうか。砦を根城にする山賊にしては少ないものの、ここにいる村の住民たちはろくに対戦訓練も積んでいない者ばかりであり、なす術も無いまま、山賊に蹂躙されていた。
そんな中、村の外れにある森の麓には一つの家があった。家と呼べるかどうかも怪しいものではあったが、雨風を凌ぐには十分なものであり、その家に住む兄妹もそれを気にすることはなかった。二人は1日の殆どを山林で動物たちと共に過ごすため、寝る場所さえあれば気にすることはなかった。父と母も既にこの世に亡きにある。
山賊はその家にさえ目をつけ、略奪せんと、にじり寄ってくる。
「ーー恋。隠れて。賊みたい」
「……お兄ちゃん……」
小さな犬を抱えて震える女の子。その子こそ、後に飛将軍と謳われる呂布奉先であった。真名を恋という。10歳の子であった。
その子に兄と呼ばれた少年は呂風万武。真名を響。この時歳12である
震える呂布の頭を撫でて、出入り口に立てかけていた薪木割り用の手斧と鉈を二つ両手に持ち、外を伺う。
「……お兄ちゃん、行っちゃヤダ……!」
「恋、少しの間目を瞑って待ってて。直ぐに終わる」
カタカタと震える手で兄の裾を掴む。だが、ふわりと微笑んだ兄は妹をぎゅっと抱きしめると温和な目を鋭く吊り上がらせ、虎の咆哮を思わせる雄叫びを上げ、山賊の頭らしき人物に吶喊する。
少年のものとは思えないほど濃厚な……それこそ、虎と間違われそうなほど濃厚な殺気を振りまき、先程まで妹に接する温和な兄は鳴りを潜め、獣の如き獰猛な戦士となり、手に持った斧で縦横無尽に暴れまわる。
呂風は呂布と同じように生まれつき、力が強かった。少年の身でありながら大人の将軍以上の膂力を持っていた。
山賊の頭らしき人物の前に立ちふさがった山賊の腹に斧を投げて後ろの木に縫い付けて、絶命したその山賊が持っていた三日月のような剣を奪い取り、もう一つの鉈と剣を握り直す。
「ウオォオーーー!このガキがぁ!」
山賊も仲間を殺られた事で怒り、叫び声を上げて手に持った剣を振り上げて迫ってくる。
だが、呂風には何故かどのように動いて躱し、どのように武器を振るって命を奪えば良いのか、初めて動くにも関わらず、体が覚えているかのように動けた。
振り下ろされた剣を半身横にずらし、髪を数本散らすが、紙一重で躱し、その瞬間一気に山賊の麓へ飛び込み、右手で持った剣をすれ違い様に逆袈裟斬りに振りあげる。
ろくに研いでいない鈍のはずの剣は研いたばかりかのように山賊の革鎧に食い込む。食い込んだ瞬間、体全体を捻り上げて虎の如き強烈な瞬発力を発揮し、革鎧の中に潜り込み、三日月の刀身で撫で上げるように斬りこむ。
横腹から胸辺りにかけて斬られた山賊は斬られた事に気付かぬまま、前のめりに倒れ、絶命する。
顔に浴びた返り血を拭い、残る山賊と対峙する。およそ100人はいるだろうか。背中には家があるから見えないとして、視界全体には黒い装束を纏った山賊どもがうごめいているが、先程二人の山賊を斬り捨てたことで、動きが止まったようだ。
ーー嗚呼、愉しいものだ……!
にやりと顔が歪むのがよくわかる。口角がつり上がり、気分が高揚して来るのが分かる。どうやら呂風は戦闘狂の気があるようだが、些細な問題でしかない。
この歪んだ笑みに怖じ気付いたのか、後ずさりする山賊。
「く、あのガキ一人に何を手間取っている!さっさと囲んで殺せ!」
「う、うおおーー!」
頭が指示を下し、それに応えた部下が一斉に向かってくる。
笑みを薄くし、武器をチャリと鳴らし、構えを取り、吶喊する。
ーー全ては恋を、妹を守る為にーー
それから5年後。呂風は妹の呂布を連れて涼州を放浪していた。
呂風はあの日から大きく成長し、17歳となりもはや青年と言っても差し支えない。だが、成長する途中で何が狂ったのか、170程で成長が止まった身長と女子のような華奢な体つきと中性よりも女性よりの顔つき。アルビノのような雪のように長く腰まである白い髪と肌を持ち、ルビーのような赤目。胸が無いことを無視すれば完全に女の子のそれとしか見れない。
本人が男であることを口に出さなければ誰しもが女と間違えるが、一度戦場に出れば、武神の如きの武勇を誇り、冴え渡る智謀を見せる。
そして、呂布も15歳であり、女性へと成長している少女。
兄とは違う黒みがかかった赤髪と日に焼けた小麦色の肌。ただ、目だけは共通して赤目だった。170に届かないものの、すらりとした体は無駄な肉がつかず、理想的な体つき。女の子らしく胸も実ってきた。誰しもが羨むくびれもしっかりついている。
されど、この呂布は兄にも肩を並べる武勇を誇るようになり、兄と共に放浪しながら戦場に飛び込んでは腕を振るう。
そんな5年間を過ごした呂風と呂布はいつしか【武神】、【飛将軍】と呼ばれるようになり、伝説にすら数えられるようになった。
涼州などを放浪する事になったのは単なる武者修行のようなものであり、涼州は度々異民族の侵略に遭っているため、武を磨くのに最適な場所だった。
軍がぶつかり合うような戦場の中に二人のみで1つの軍勢の中に飛び込み、それぞれの武器を振るっていた。
呂風は100㎝もある異常に長い矛が柄の両端に2つ付け、その他にも"細工が仕込んで"いる大槍を振るい、緩やかな三日月のような剣ーー日本刀のような刀を2本腰に。
呂布は斧と槍が一つになったような武器ーー方天画戟を振るう。
それぞれの武器の間合いに入らないように少し間を開けて背中合わせになりながら白と赤の二つの嵐を作る。
呂風が目にも止まらぬ早さで矛が長い槍を肩に担いで駒のように回りながら振り抜くと、一振りで10人程が胴体が泣き別れになり、回る度に血飛沫が飛び散り、数他の犠牲者を生み出す。そして、三身敵陣の中に踏み込み、槍を振りかぶり、渾身の力を込めて投擲し、何人かを巻き込んで突き殺す。
槍が無くなった呂風を討ち取ろうと攻め寄せてくるが、腰から2本の剣を抜き払い、舞でも舞うかのように惨殺死体を量産する。そして、槍が突き刺さった所まで斬っては斬るを繰り返すと、呂風の周りには兵士は一人とて立つものは居なかった。
一方、呂布も兄に続いて方天画戟を振り回して敵兵を近寄らせない。振り回す度に突風が吹き荒れ、寄ってくる兵を押し返し、返す刃で切り裂く。一歩踏み込んで突き出してきた槍をしゃがみこんで躱すと下から方天画戟を振り上げて数人の兵士を空へと吹き飛ばす。
吹き飛ばされた兵はちょうど兵を片付けて走り寄ってきた呂風の一閃によって斬り捨てられる。ふ、とお互いに微笑み合うと残った兵に向けて走り出す。
そして、数刻も経てば辺りは血の海に沈み、立っているのはたったの二人のみ。
今回の敵は羌族の侵略兵。その陣地に二人で乗り込んで1000人近い軍を全滅させたのだ。
「恋、怪我はない?」
「……ん、お腹すいた」
「ふふ、そうだね、もう黄昏時だもんね。酒場の親父さんに美味しいご飯作って貰おうね。でも、その前に血を落とさないと怒られるよ」
「……ん」
「ん、はいはい。甘えん坊さんなんだから」
ついさっきまで得物を振り回して死を振りまいていた鬼神の会話だとは到底思えなかった。呂布に至っては手を繋ぐことを要求し、それを微笑ましく笑って受け入れる呂風。何処にでもいるような仲のいい兄妹であるが、もう一度言おう。
此処は戦場である。それもこの兄妹によって全滅させられた羌族の死体が無数に転がる無残な光景が広がる戦場である。
手を繋いで街の近くにある川へ向かおうとすると、向こうから土煙が何条も立ち登り、駆ける蹄の音が轟いてくる。
羌族の援軍かと思い、手を繋いたままであったが、片手で武器を構え、いつでも戦闘を始められるようにする。
段々と土煙が近づくと、青の布地に黒字で『華』と書かれた旗が見えてくる。
華雄。董卓配下の将軍であり、董卓は涼州の刺史を務め、異民族からの侵攻を防いでいる。今回こうして張遼と配下の軍勢を率いてやって来たのも羌族を討つためにだった。
だが、目の前に広がるのは1000人を数える膨大な死体と武器を構える二人。
配下も含めて全員が茫然としていた。たった二人で1000人程の羌族の兵を斃したというのだから。
「こ、これは……」
「……?もしかして、華雄将軍ですか?」
「あ、ああ……。そうだが、この状況は君ら二人で……?」
「はい。……あ、私は姓を呂、名を風、字を万武。そして、こちらが妹の……」
「………姓は呂。名を布……字は奉先」
華雄の後ろから配下の将軍がクイクイと裾を引っ張る。なんだ、とばかりに首を振り返ると紫色の髪にサラシを巻いて、その上に羽織りをかけた露出の激しい女性ーー張遼文遠が顔を引きつらせて話しかけてくる。
「な、なぁ……、あの二人、多分やけど、【武神】と【飛将軍】やと思うで。詳しくは知らへんけど呂の"兄妹"だって聞いたことあるねんけど……、この状況じゃ間違いないあらへんで」
「へ、へぇ……ん?兄妹?え、兄妹!?え、白髪赤眼のほう、男なのか!?」
(あ、そこなん?二つ名の方じゃあらへんの?……まぁ、華雄っちの反応もあながち間違いやとは言えへんけどもな。どう見ても女の子にしか見えへんもん)
二人の視線は呂風に釘付けとなっている。やはりと言うべきか、呂風の容姿は美少女と言っても可笑しくないほど整った体つきであり、それで尚、男であるということが衝撃だったのだろう。
華雄に至っては目を見開いて興奮したように馬から飛び降りて呂風に詰め寄って顔や腕をペタペタと触って感触を確認している。
「あう、へぅ、あの、かひゅうひょうぐん?」
「なんだ、この肌の張りは!柔らかさは!?ぐぬぬ……、羨ましい!」
「いひゃいいひゃい!」
「……!離れる…!」
ほっぺたを摘んでグニグニと動かされるが、呂風の女顔負けの張りと柔らかさに嫉妬した華雄の手に力が込められてぐいぐいと引っ張られ、痛みで涙目になる。
そんな兄の様子を察したのか、呂布が華雄の腰にしがみついて、引っ張る。だが、流石は華雄と言うべきなのか、微塵とも動かない。そこで、業を煮やした呂布は腰を低くして、華雄を抱える細い腕に力を込めて後ろに頭から落とし、人の体から鳴ってはいけない音が鳴る。
〈ゴギィッ!!〉
「ぐべらっ!?」
「……お兄ちゃんに触るな……!」
およそ女子が出すような声でも、することでも無いが、このような事はこの外史では日常茶飯事(?)となっているため、気にすることはない。
華雄と共に軍勢を率いていた張遼も呆れたような笑いを零して、頭から落ちて体をピクピクと痙攣させて気絶した華雄を引っ張り、自身の馬に乗せている。妙に手慣れているのは気のせいなのだろうか。
「ウチの華雄が悪うな。スマンけど、うちらと一緒に来て欲しいんやけど、ええか?」
「理由が無いとついていけませんよ」
「アカン、うっかりしとったわ。実はな、うちらんとこ、人材不足なんやわ。特に武官とか文官とか」
「要するに、私たちに仕官して欲しいということですか。恋、どうしようか?」
「……恋はお兄ちゃんについていく」
ぺしりと自分の頭を叩いて舌を出して理由を告げる張遼。武官とか文官とかって、もう満遍なく人材不足ということである。特に、という事はない。
この時、董卓の元にいる人材は、賈詡、華雄、張遼。この3人のみであり、むしろ、この3人のみで異民族からの侵攻の最前線にあたる涼州の1つの都市を回せる董卓軍がおかしいといえばおかしい。配下の将が有能だということの証拠になるだろう。
「んー……。そろそろ腰を落ち着けようかなと考えていたので、良い機会なのかもしれませんね。ついていきましょう」
「ホンマか!?あ、ウチは姓を張、名は遼、字は文遠ちゅうねん。敬語とかいらんて。仲間になるんなら、敬語とかむず痒くてたまらへんわ」
「分かった。んじゃ、よろしくね」
意気揚々と軍勢を引き返していく張遼について呂風たちも馬に乗って董卓がいる城に向かう。張遼の馬には未だ気絶したままの華雄がぶら下がっていた。
そして、数刻程馬を駆けると街全体を囲む城郭が見えてくる。茶色いレンガのようなものを幾重にも積み重ねて分厚く、高い壁で囲ったこの城郭都市【安定】。度々重なる異民族の襲撃によって荒廃した城壁と寂れた街並みによって此処がどれほど過酷な地なのかを示していた。
「此れでも『月』が来る前よりはマシになってんのや。『詠』が一生懸命政策を生み出して実行するのと同時にウチらが軍を率いて侵攻してきたヤツらとやり合ったり、街の復興を手伝ったりするんや」
「ーー幸いな事に糧秣は備蓄が大量にあるからひと安心なのだけれど、軍備の整備が侵攻に追いつかないという状況だからあんまり変わりないわね」
「お、詠やん!珍しいなぁ、詠が城外まで迎えにきてはる」
突如張遼の説明に割って入ったのは賈詡分和。真名を詠。緑色の髪に眼鏡をかけた秘書のようなきっちりした雰囲気を感じさせる少女。董卓軍の軍師を務める才女である。
いつも通りの張遼とその馬で伸びている華雄を見て呆れたような溜息を吐く。
「悪いかしら?あなたたちの帰りが予定よりも早かったのだから何事かあったのかも思ってね。……華雄は……いつものことね」
「今回侵攻してきた羌族はウチらが到着した時は既に全滅しとったわ。このお二人さんによってなぁ。ウチの後ろの二人が【武神】と【飛将軍】のお二方やで」
「………はぁ!?え、あの【武神】と【飛将軍!?」
驚愕で目を見開く賈詡。この二人の武勇は此処、涼州にまで届いていた。
呂風と呂布は併州の生まれた村落を出た後、幽州、冀州、司隷、荊州、涼州と流れて此処まで来たが、各地で村落を襲撃した賊や異民族の討伐、はたまた各地の太守が抱える武勇に聞こえある将(趙雲、顔良、文醜、黄忠、馬超)と一騎打ちもやって、圧倒的な武勇を見せつけて20合も打ち合わないうちに馬から叩き落としたこともある。更に言うならば、匈奴の軍勢や烏丸の軍勢をたったの二人で殲滅したという伝説すら残している。
そのため、武神や飛将軍と2つ名がつき、他の州にも響いている。
そして、賈詡はその武神か飛将軍のどちらかが董卓軍に来て欲しいと願っていた。それは賈詡だけではなく、各勢力にとっても同じことではあるが、それほどの豪勇を誇る人材であるという事だ。
その願ってやまない人材が二人とも転がり込んできたのだから、驚愕せざるを得ないだろう。
「姓を呂、名を風、字を万武。一介の流れ者ですが、妹共々よろしくお願いします」
「呂布……奉先。(ペコリ)」
「あ、ええと、姓を賈、名は詡。字を分和よ。董卓軍の軍師を務めているわ。早速で悪いんだけど、うちらに仕官するつもり?」
動揺もつかの間、直ぐにいつもの冷静さを取り戻し、真剣な顔で問いかける。
それに対し、呂風は至って微笑みを絶やさず、あくまで自然体のまま、伸ばされた呂布の手を握って佇んでいる。
「そのつもりがなかったら、此処に来ていません。なんなら、私たちの真名を預けましょう」
「それも、そうね。でも真名を預けるのは月にしてからにしなさい。では、月……董仲穎に会わせるわ。霞も華雄を引きずってでも来なさい」
「りょーかいりょーかい」
ついてきてという言葉を皮切りに賈詡は背中を向けて董卓が待つであろう城に向けて足を進め、張遼も未だ気絶したままの華雄を引きずって賈詡に続く。
賈詡に連れられて安定の中心である城に入り、少しの文官、武官が立ち並ぶ評議場に入る。じろりと居並ぶものたちから視線が飛ぶもの、ふわりと微笑む事で気勢が削がれる。
上座に座る董卓や連れてきた賈詡や張遼も含めて全員が呂風に見惚れていた。
評議場の入り口から差し込んでくる夕陽に照らされ、オレンジ色に煌めく雪のような純白の髪が風に舞う事で幻想的な風景を作り出していた。
誰しもが見惚れる中、歩みを進めた呂風は上座の目前で立ち止まり、拱手の構えを取る。
「お初に目にかかります。姓を呂、名を風、字を万武と申します」
「へぅ……。と、董卓、字は仲穎ですぅ……」
「……あー……、客人と将軍以外は退場」
頭痛がしたのか、こめかみを押さえて配下の武官や文官を評議場から追い出す。
ぞろぞろと不満げな顔を浮かべて退場していく武官と文官たちが城からいなくなり、この場には董卓を始め、賈詡、張遼、華雄に、呂風、呂布の6人が残った。
どうも、月と呼ばれる少女ーーー董卓は内気な少女のようで、呂風の丁寧な挨拶に気後れたのか、引けた紹介をしたのだが、主として威厳を見せておきたかった賈詡としては頭が痛い問題だったようだ。
「月、しっかりなさい」
「へぅ、で、でも……」
「でもも、何もないわよ。少しは喜びなさいよ」
「そうやで?何せ【武神】と【飛将軍】のお二人さんが来ているんやで。喜ばないとアカンやろ」
董卓軍の頭脳たる賈詡と矛たる張遼は大陸最強とも謳われる呂風と呂布の兄妹が揃って仕官しに来たのだから、その喜びはとてつもないものだろう。
特に張遼は二人の壮絶な武が振るわれ、1000人程の軍勢が全滅した凄惨な場を見たため、抽象的にだったが、二人の武が遥かな高みにあるという事だけは理解出来たため、二人の参加を手放しで喜んでいた。
賈詡はまだ二人の能力について掴みきれていなかったため、大陸に知られ渡っている【武神】と【飛将軍】の参入に表情には出さなかったものの、内心でははしゃぎたいほど喜んでいた。
「あ、まだ正式に董卓軍に参入すると決めた訳ではありませんよ?」
「……(コクリ)」
「「「ゑ?」」」
「いや、だってそうじゃないですか、実力も分からないのにいきなり入れるのはおかしくないですか?それに私たちも董卓軍の強さを知らないんですよ」
「それこそ、ゑ?やで。あんさんらの2つ名は知らん方がおかしいほど知られ渡っとるんやで」
「そうよ。常山の登り竜と謳われた趙雲を始め、曹操軍の夏侯惇、夏侯淵の両将軍など武勇に聞こえる将軍を容易く捻り飛ばしたって話もあるくらいだし、匈奴や烏丸の軍勢を二人で撃退したって伝説もあるわよ」
呂風の脳裏に浮かんだのは幽州や司隷などを武者修行で放浪していた時に戟を交えあった少女たちの姿。ーー趙雲子竜。ーー夏侯惇元譲。ーー夏侯淵妙才。その誰もが天下に名を知られ始めたばかりとはいえど、武勇に秀でた将軍。数年前であり、それらの少女もまだ幼かったこともあるが、それとてこちらも同じ事。
非凡なるその才を開花させつつあったその少女らと模擬戦で一騎打ちをした際、圧倒的な武を振るい、勝利をもぎ取った。
ーーその後が面倒だった事は否めなかった。趙雲には弟子にしてくれ!と縋りつかれ、夏侯惇と夏侯淵の主である曹操孟徳には目を輝かせて配下になりなさいと迫ってくる始末。
その勢いに押され、思わず逃げてきたがいつかまた出会う事になりそうだった。
「でも、確かに実力の底を見ない事には軍略も立てられないわ。ちょうど、此処に張遼がいるから、手合わせしてみて」
「ゑ?………そう、やな!じゃ、さっそくやろーや!呂風!」
呆気にとられた表情から一転して喜々とした笑みを浮かべて、遊びにでも行くかのように呂風に声をかけつつ、練兵場に向かって走り出す張遼。あっという間にその姿が見えなくなって評議場に残ったのは、溜息を吐いて、連れて行きなさいよ……と零す賈詡。未だ気絶したまま床に転がる華雄とあわあわと狼狽える董卓。立ったまま眠りこけそうな呂布とにこにこと笑顔を絶やさない呂風。
突如、がっくりと肩を落とし、ブツブツと何か呟き始める賈詡。どうやら心労が相当溜まっているらしい。
「はぁ……、張遼の猪突猛進には困ったものね。華雄もそうだけど。さて、案内するからついてきて」
ふるふると頭を振って雑念を追い払った賈詡と董卓について行き、練兵場に歩いて行く。
華雄は評議場に放っておいたままだった。賈詡によるとこうしていればすぐに目覚めてやってくるわということ。
長年の付き合いによる賜物だろうかと納得した。
「おっそいやん!待ちくたびれたで!」
「あんたが急ぎすぎなのよ!案内もしないで真っ先に飛び出すってどういう了見!?」
練兵場にたどり着いた途端飛んできた文句に遂に賈詡が切れた。軍師の筈が将軍として前線に出たとしてもおかしくないほどの怒気を華奢な体から噴出させて張遼の肩を掴んで前後に揺さぶる。
「ちょ、ま、まっ、うっぷ」
「ええと、賈詡さん、その辺りで……」
顔を真っ青にして口元を抑える張遼を見て、苦笑を浮かべて賈詡を落ち着かせに入る呂風。キッと睨むが、紅玉(ルビー)のように深い朱の瞳に見つめ返され、得体の知れない恐怖ーー戦場の赤を連想し、直接的に死を感じ、背筋が栗泡立つのを感じ、一歩後ずさってしまう。
そして、賈詡は気付く。
呂風の雰囲気が先程までと全く違う事に。
先程まではまるで陽光のような暖かさと春の風のような心地良さを感じさせた。だからこそ、最初の挨拶こそ董卓は腰が引けてしまったものの、練兵場に来るまでにはすっかり呂風に懐いたようで、賈詡でさえ滅多に見られないニコニコと可愛らしい笑顔を浮かべた姿を見せたのだ。
だが、今、目の前に立つ少女と間違えそうになる容姿をもつ少年ーー呂風の雰囲気はまるで冷たい月の光のよう。そして、肌を冷たく切り裂く冬の凍える風が吹き荒ぶ嵐のような雰囲気を感じる。更に柘榴石のように無機質な煌めきを放つ瞳が更に得体の知れない予感を駆り立てる。
目を細めて薄く笑って張遼に向き合う呂風。
「さあ、やろうか……張遼。ーーー楽しみだよ」
刹那。
ブワッと呂風の華奢な体からから身も竦むような濃密な殺気が空気を凍らせ、呼吸を困難にさせる。一瞬、視界が夜のような闇に飲まれたかと思えば、瞬くと元の色を取り戻す。そして、この乱世に君臨すべくして生まれたかと思えるほどの圧倒的威圧。正しく乱世の化身。闘気。覇気。殺気。
乱世そのものが唸り声を立て、暴風を生み出す。ギシギシと空間が軋むような音を立て、風が唸り、大地は鳴動する。
董卓と賈詡は絶対的武王の覇気を前にして反射的に膝をつきかけ、そんな自身に愕然として茫然とするしかなかった。
そして、張遼は全身の毛という毛が逆立ち、嫌な汗が流れ出すのを感じた。
「へへ……、こらあかんわ……。乱世、戦乱そのものやんけ……!面白いわ!」
顔が強張り、膝が震えるのも感じたが、流石は張遼。【神速の張遼】と謳われるだけあって、この圧倒的な乱世の化身を前にしても屈しなかった。それどころか、挑発的な笑みを浮かべて自身の得物たる黄竜偃月刀を振り回して自身を鼓舞した後にいつでも振れるように構える。
それをみた呂風は楽しそうに、嬉しそうにーーー狂喜したかのように凄絶ながらも美しい笑みを浮かべて、長年使ってきた巨槍ーー【月光叉双(げっこうしゃそう)】を握りなおし、ヒュンヒュンと重さを感じさせず軽やかに振り回し、矛先を天に向けて一直線に一撃。
ーーー刹那、天が割れた。
分厚い雲に切れ目が入り、そこに吸い込まれるかのように辺りの雲が飲み込まれ、穴の奥から藍色に染まりつつある空が覗き、月光の白い光が差し込む。そして彼らを暴風の如き風が吹き荒び、バタバタと旗が鳴り、髪が巻き上がる。
「ーーーな………う、ウソやろ……」
「天が……空が割れた……?」
「へぅ……。そ、そこまでですか……」
天変地異を引き起こした呂風の武力に茫然とするしかなかった張遼たち。真逆ここまで実力に差があるとは思いもしなかった。
人としての存在が一桁も二桁も違う。
ーーー格が違いすぎる。この乱世の化身そのものに勝てる筈が無い。絶対的な力の象徴。
見物している兵士も腰が抜けたかのようにへたり込み、肌が痛く感じるほどの覇気と殺気に震える。
「……お兄ちゃん、やり過ぎちゃダメ……」
「うん、分かってるよ。模擬戦なんだから、殺しはしないよ」
乱世の化身の覇気に満たされた中でも呂布はいつもの眠そうな顔を崩さず、それどころか、自制を促すように言付ける。
呂布の言葉を聞いたからなのか、呂風の体から溢れる殺気と覇気が幾ばくか収まり、心臓が締め付けられるかのような殺気も薄まる。
「ーーーセェイッ!」
間髪入れず、張遼の偃月刀が頭上に振り下ろされるが、半身ずらすことで躱す。並の将ならここで負けていたであろう、凄まじい速度だった。
すかさず横薙ぎが飛んでくるが、【月光叉双】を右手で掴み、地面に突き刺すことで防ぎ、空いた左手で腰に差された剣【朧月】と【月影】のうち朧月を抜き、逆袈裟斬りに振り上げる。
ビュウと鳴って迫り来る刀。
「うわっち!?危なかったでぇ!」
とっさの反射で偃月刀を斜めに構えることで柄に沿って朧月の一撃を反らす。だが、構えたことによって槍に対する防御がおそろかになる。
そんな隙を呂風が見逃す筈がなく、神速の突きが放たれる。
「ーーくぅうっ!」
本能的に偃月刀を盾にすることで防ぐが、突きの威力は凄まじく、張遼を弾き飛ばし、十数m轍を残して後退させる。
そして、張遼の頬から一筋の血が流れる。
「はぁ……はぁ……。強すぎるわ……」
「霞!下がりなさい!」
「へ?ーーーっ!?」
賈詡の悲鳴染みた叫びに反射的に下がると先程までいた地点に月光叉双が轟音と共に突き刺さる。ーー否、鋼鉄の紐で先端部が柄と繋がった100㎝程の長い矛だった。
つー……と冷や汗が流れる張遼。もし、一瞬遅れていたら間違いなく死んでいた。
気を絞め直そうとして呂風の方を向く。だが、そこに呂風の姿は無く、その代わりにヒュンと風鳴りの音がして首筋に月光叉双の矛が突きつけられる。
「勝負あり、ですね」
張遼の後ろから声がする。
偃月刀を地面に突き刺して降参の意を表して両手をおどけたように挙げて後ろを向くと、全く息を荒げた様子も無く、衣服にすら乱れも見られない呂風がいた。
あの乱世の化身のような気配もなりを潜め、暖かい雰囲気に戻り、太陽に照らされて咲き乱れる花のような微笑を浮かべて月光叉双を引っ込めて拱手して、呂布の元へ歩いていく。
「……おかえり」
「ただいま」
兄妹なのに恋人のような甘い雰囲気を醸し出す二人。そんな二人についていけない董卓と賈詡は敗れたばかりの張遼の元に歩み寄る。張遼は呂風に負けるまで董卓軍最強としての自負があった。だが、そんな張遼でさえ、手も足も出ず、敗れたのだから、誇りに傷ついたかと心配したのだ。
「霞……」
「あーあ……、負けた負けた!やっぱ天下は広いわ。あんな強いやつが居るとは思わんかったわー。うちもまだまだってことやな」
負けたというのに、清々しい表情の張遼を見てほっとため息をつく。
だが、張遼にはもうひと頑張りしてもらわなくてはならなかった。呂布の相手は華雄に任せようと思っていたが、未だ気絶したままなのか、評議場から一向にやってこないのだ。愚痴愚痴と文句をいう張遼を宥め、呂布の相手をしてもらっていたのだが、呂布は方天画戟の破壊力にモノを言わせて張遼の偃月刀を弾き飛ばして勝利をもぎ取った。
「なんやねん……この兄妹。バケモンやないか。呂風はともかく、呂布も相手にならんとは思わんかったわ。逃げるだけで精一杯や」
息を荒くして地面に横たわる張遼。その周りの地面は爆発でもあったのか、所々穴が開き、陥没しているところばかりだった。
呂布が方天画戟を叩きつけた場所であり、凄まじい重量である方天画戟は地面に突き刺さるのでは無く、破壊したのだ。
そして、真に恐るべきは其れ程の重量がある方天画戟を片手で軽々とふりまわせる呂布だ。その細い小麦色の肌の何処にそんな力があるのかと疑問に思うほどである。
「風やん、あんさんの武器……確か月光叉双ったけ?それどうなっとんの?」
「そういえば確かに……。言われてみれば不思議な形状ね」
呂風の愛槍、【月光叉双】は長さ150程の柄の両端に100㎝程の剣のような矛がつき、全長350にもなる長大な武器。そして、柄の中には鋼鉄の紐が内蔵されて、先端を柄から外すことで鞭のように振りまわせる代物だ。そして、その長大な槍は矛から柄に至るまで全てを鋼で作られているため、重量も並大抵の武器の比にならない。
現にその槍を手に持ってみた張遼がよろめく程重いのだ。
「なんや、めっちゃおも!?この重さであの動きってめっちゃ反則やないけ!?」
「私よりも恋の方天画戟の方が重いですよ〜」
「た、確かに、見ただけでどれほど重いのかなんと無く想像できるわ」
改めてこの兄妹はオカシイと認識を改めた張遼たち。当の兄妹は首を傾げて疑問符を多数浮かべるばかりだった。
されど、二人の董卓軍入りは歓迎され、その晩、ようやく意識を取り戻した華雄も含めて城の奥にて細やかな宴会が開かれた。
その中である話題が賈詡の口によって開かれた。
「さて、改めて自己紹介しましょう。もちろん、真名もよ」
「異議なーし!月からやな」
既に酒を飲み始め、テンションが上がり始めた張遼の合いの手によって、董卓に視線が集まる。
「え、えっと、わ、私は姓を董、名を卓、字を仲穎と申します。真名は……【月】」
少し気後れしたようにおどおどと言葉を並べていくが、真名だけは強い意志を感じさせる口調で言い切る。太陽とは正反対の位置にあるが、夜の闇を照らす月の真名のように賈詡たちを照らす君主。
「姓を賈、名を詡。字は分和。真名を【詠】というわ」
淡々と。だが、彼女らしく冷静に詠みあげる。主人である董卓の意を詠みあげ、涼州を動かす才女。
「ウチは張遼、字を文遠。真名は霞や。よろしゅうな!」
霞の名のようにつかみどころの無い少女であるが、芯の通った女傑。友人である董卓と賈詡に付き合って此処まで来た。
「私は物心つく前に親を亡くしたから字と真名が無いんだが、華雄と呼んでくれ」
哀しげに笑うが、華雄の名に誇りを持つ女傑。董卓軍の中で張遼と並んで双璧の将軍。
此処まで自己紹介をした四人は改めてというと何だか恥ずかしいなと笑いあって、今回新たに入ることになった二人に顔を向ける。
「姓を呂、名を風。字を万武。真名を【響】です」
拱手の姿勢で董卓に優しげな微笑みを向けて名を告げる。万の敵に匹敵する武を誇る男であれと親の願い通り……否、その願いを超えて天下無双にさえ手が届く天性の戦の才能。名はいつまでも、何処までも響いていく。
「呂布……奉先。【恋】と呼んで……」
兄の呂風の隣で珍しく真剣な顔で董卓の顔を見つめる。人に恋し、大切な人を守れるように、大切な人に恋し、生きて欲しいという願いを真名に込められた呂布。
「響……恋……」
「優しい真名だな。ともあれ、これからよろしく頼む。響、恋」
二人の名を噛み締めるように董卓ーー月がつぶやき、董卓の隣にいた華雄が笑いかける。
「はよう乾杯しようや〜!」
「ちょっとは我慢しなさいよ!」
「ずっと我慢してきたんやで!これ以上我慢せいっちゅうんか!?」
「今良い雰囲気だったのが台無しよ!」
もう酒飲みが我慢できないという風に器を鳴らす張遼。すかさず賈詡が噛み付き、喧々囂々と言い争いが始まるが、華雄と董卓はまたかと言わんばかりに苦笑を浮かべて見守る。
「……お兄ちゃん、ここ、あったかい……」
「そうだね。恋は此処が好きかい?」
「……〈コクリ〉」
呂布の頭を優しく撫でて、未だに続く言い争いを楽しげな表情で見つめる。
細やかながらも賑やかな宴会は夜遅くまで続いた。
5/21 董卓の賈詡を呼ぶときの『詠』を『詠ちゃん』に修正。