天下に響く風   作:霧のまほろば

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1話丸ごと模擬戦になります。
個人の武を描写したことはありますが、軍での描写は初めてですので、上手く描けているか不安です。


第13話 模擬戦の風

 

 

この日、呂風は城外にいた。そして、駆ける呂風の後ろに広がるのは視界の限り広がる太原を轟音と喚声と共に駆ける黒い影。

董卓軍全軍に当たる四万五千の軍勢で大規模演習が行われている。匈奴との交易で入手した強靭な肉体をもつ巨馬に跨り、太陽の光を反射してキラリと煌めく槍や剣を突き出しては激しくぶつかりながらすれ違い、大きく迂回してはまたぶつかり合う。ぶつかり合うたびに大きくはためく、色とりどりの旗が鮮やかに映る。

その激しい戦闘に観戦している者たちから感嘆の声が上がる。城壁の上には今回の大規模演習を聞きつけた各地の武官や武人がたむろしており、彼ら彼女らから嘆息の声が上がったのだ。

 

董卓軍は現在、漢の中でも禁中軍、孫堅軍、曹操軍と共に一、二を争う精鋭の軍として知られており、更に言うならば、現状で最も実戦経験の豊富な軍だ。

一つの巨大な生き物のように動き回る、その統率の行き届いた機敏な動きと並の軍と隔絶した破壊力に圧倒され、その黒い影の先で特に目立って咲き乱れる天下無双たる白き華に魅力される。

 

今の董卓軍の軍制は大きく分けて、

董卓直属軍二万七千。

将に賈詡、華雄、李傕、郭汜、高順、郝昭。主に弓弩兵と重装歩兵隊と軽装歩兵隊、軽装騎馬隊。

董卓、賈詡が弓弩兵七千。

華雄と高順が軽装騎馬隊四千ずつ、八千。

郝昭が重装歩兵隊六千。

李傕と郭汜が軽装歩兵隊三千ずつ、六千。

 

呂風軍一万八千。

将に呂布、張遼、趙雲、陳宮。重装騎馬隊と軽装騎馬隊。

呂風が重装騎馬隊二千。

呂布と陳宮が重装騎馬隊三千。

張遼が軽装騎馬隊八千。

趙雲が軽装騎馬隊五千。

 

尚、重装騎馬隊、重装歩兵隊の両隊は他の軍とは違って、剣や槍などの近接武器に加えて短弓に十本以上の矢を持ち、関節部も鱗鎧で覆われ、腕に装着する円状の盾といった如何にも西洋の甲冑のような重厚な佇まいであり、柔軟な戦術の取り方が可能だ。(軽装歩兵隊も弓矢を持つが全員ではなく、一部の兵のみであり、五本程度の矢しか持たず。軽装騎馬隊は無し)

しかし、軽い楚鉄で作られているため、重くても六十四斤程(15kg)であり、体重(70kg)と馬につける鎧百三十四斤(30kg)も合わせても五百十六斤(115kg)程であり、匈奴の強靭な馬であれば、1日で乗り潰すこともなく、戦死か病死でもしない限り一生乗り続けることも可能としていた。

 

そして、呂風軍の呂風隊二千と呂布隊三千の両隊は董卓軍中でも最精鋭のみを集めた最強の部隊だ。

此れを選ぶ時、四万五千で大乱闘を行い、最後まで立っていた者から順に選ばれていった結果、呂風の基準で最精鋭と認められたのが五千人。それを分けたのが呂風隊と呂布隊。

選ばれなかった兵も屈強であったが、その中でもずば抜けて屈強だったのが五千人の彼ら彼女らだ。

呂風隊の兵士一人一人は1対15を処理可能な、いわば将軍格の最精鋭の兵で構成され、実質三万相当の戦力に呂風が加わることで四万相当の大戦力となる。

呂布隊は1対10程の千人隊長格の精鋭であり、此れもまた三万に呂布を加えて四万。

其処に趙雲隊と張遼隊が加わり、

つまり、呂風軍は実質九万相当の戦力を有する。

 

勿論、これは単純計算であり、実際の戦場でこれが通じるとは思わない。戦場では何が起きるか分からないからだ。

しかし、この戦力でさえ、まだ未完成の状態であり、兵にもまだ伸びしろが残っており、呂風と呂布の目下の目標はその伸びしろ一杯を引き出させることであり、それが成された場合、その戦力は今よりも増大するだろう。

 

そして、その軍の突撃による破壊力は大陸屈指であり、強烈な凄まじいものがある。それを見て冷や汗をかいたのは馬超だ。

馬超。字を孟起。西涼の雄と謳われる馬騰の娘にして、西羌、匈奴のものたちから【錦馬超】と恐れられる、漢の最西端の守護神である。この大規模演習の噂を聞き、遥々【天水】から馬を飛ばしてきた。

 

「うわぁ……。あの突撃だけは食らいたくないなぁ……」

「あんなの反則だよー!」

「反則も反則だろ……。あの天下無双が先陣を切って、恐れを知らない匈奴の暴馬を軽々と駈る化け物の兵だろ。あんなのどうやって対応しろってんだよ……。弓矢の雨の中を平然と矢を弾きながら突き進むなんて普通出来ねぇだろぉ………」

 

ドン引きの声を漏らし、それに答えたのは馬岱。馬騰の姪っ子であるが、西涼の中でも馬術は随一。能天気な性格であるが、戦場での勘は馬超でも一目おく程冴え渡るものがある。

そんな彼女でも目の前で行われる激戦の中でも一際目立つ呂風隊と呂布隊を見て驚愕の声をあげて、常識をぶち壊される現状に馬超とともに頭を抱える。

 

呂風隊は隊長でもある呂風の旗の色に合わせて鎧を白で一新した白備えの【白迅隊】。

呂布隊は呂布の深紅の旗と紅い馬に合わせて赤備えの【赤虎隊】。

戦場でも非常に目立つ備えの両隊だが、彼ら彼女らを止めることは不可能。

李傕の六千の軽装歩兵隊が立ちはだかろうとすれば次の瞬間には、演習のため刃の無い棒に打ち上げられ、突き落とされ、弾き飛ばされ、仲間の体に押し飛ばされ、堅牢な陣をいとも容易く乱され、突破される。

ならばと先の鏃を潰して鏑を取り付けて、貫通出来ないようにした賈詡の陣が、李傕の陣を突破してきた呂風と呂布の五千に、ヒョウヒョウと鳴る矢を射て戦死判定を食らわせようと雨霰のように射ても、呂風と呂布の地獄の訓練を積んだ彼ら彼女らにとっては、矢の雨をかいくぐり、命中する矢を剣や槍で弾き、無傷で矢の雨を潜り抜けることなんて容易いことだった。この程度の矢など、あの二人から放たれる矢と比べくもない。

 

「う、嘘でしょ!?あの雨の中、真っ直ぐに駆けて脱落兵は無し!?」

「へ、へぅぅ……!さ、流石は響さんと恋ちゃんが鍛えた兵たちです……!」

 

「恋!両脇から挟むよ!」

「……!往く……!」

 

そして、呂風と呂布を先頭にした凄まじい破壊力が炸裂し、郝昭の重装歩兵隊六千の堅牢な方円陣が瞬く間に綻び、立て直そうにも呂風と呂布によって兵が物理的に飛ばされて、混乱に飲み込まれ、郝昭の指揮の元による立て直しも間に合わない。

 

「あ、これ、ダメですね……。もう間に合いません!助けてくださぁ〜い!」

「今行くから待ってろ!」

「不味いさ〜!急がないといけないさ!」

 

「李傕隊と高順隊の動きを警戒しながら追撃!賈詡隊の矢も味方と同士討ちになるから撃ってこないから無視して大丈夫!」

 

瞬く間に郝昭の六千は三千にまで数を減らし、潰走へ陥る。底にさらなる追撃を食らわそうと弓矢による猛攻を加え始めた。

郝昭の救援に李傕と高順が軽装歩兵隊と軽装騎馬隊を率いて呂風隊の脇腹を喰いかかろうとした瞬間、その横っ面を殴り飛ばされ、出鼻を挫かれる。

 

「ふむ、我らとの遊戯は不満ですかな?」

「くっ、趙雲隊か!油断も隙もない!……だが、攻めの限界点が浅い!よし、全軍、次の攻勢を凌いだら一時後退し、突撃を食らわせろ!」

 

「やらせへんわ!ほな、全軍押せや!後ろの三千は迂回して李傕隊の左後ろから奇襲を掛けや!」

「おわっ!?霞姐さんさ!?不味いさ!前の四千は亀甲陣へ移行!後ろの二千は亀甲陣の中から槍と弓矢で反撃!華雄が郝昭を救援するまで時間を稼ぐんさ!」

 

挫いたのは遊軍として回遊しながら待機していた趙雲と張遼の五千と八千。

李傕の六千(郭汜不在のため統合)と高順の四千の先鋒から中軍にかけて面を押すかのように突撃を食らわして潰す。しかし、高順はその長い経験から直ぐに兵を取りまとめ、一時後退してから突撃をかけて趙雲隊に襲いかかり、混戦状態へと陥れさせ、その場に釘付けとし、華雄の動きを援護する。

その動きに合わせるかのように李傕の軽装歩兵隊六千も盾を構えて亀の甲羅のように堅牢な防衛陣を築き、盾の隙間から槍を突き出して騎馬隊を近寄らせず、天から弓で反撃を行い、ジリジリと張遼隊の数を減らしていく。

 

「よし、趙雲隊と張遼隊の動きも止まった!今こそ好機だ!全軍突撃ーッ!」

 

董卓軍三位の破壊力を有する華雄隊が猛進撃を始め、数を減らしつつも懸命に応戦しつつ後退する郝昭隊に追撃を加える呂風隊と呂布隊を蹴散らそうと突撃を始め、地を蹄が揺がし、轟音が鼓膜を叩く。

 

「………っ!?いけない!華雄隊の援護を………!駄目、間に合わない!」

「なっ……!?しまった!罠か!」

 

心の底から焦った声が双方の隊から放たれる。

賈詡隊は華雄が危機的状況に陥りつつあったことに。

華雄隊からは罠に嵌り、殲滅しようとしたところが逆に全滅されかねない危機的状況に陥ったことからの叫びだった。

一見、呂風隊と呂布隊の背後を取った優位にあったが一体何があったか?

 

華雄隊が猛進して呂布隊の最後尾に接触しようとした瞬間、郝昭隊を追撃していた両隊は突如として速度を上げて左右に分かれて華雄隊に道を譲るかのように進路を変えた。

余りにも突然のことで猛進する華雄隊は止まれない。そして、華雄隊の進路先には重装歩兵隊の郝昭隊。慌てて進路を変えようとしても、後ろから押され、止まれず、衝突してしまい、混乱状態へ陥る。

 

「くっ、急いで分離して離脱しろ!呂風と呂布の両隊が突っ込んでくるぞ!」

「歩兵隊の皆さんはその場で盾を構えて半歩ずつ後退し、旗のところまで下がってください!」

「不味いさ!華雄隊が追い込まれつつあるさ!」

「くっ、想像以上にしつこい!」

 

危機的状況にある華雄隊を救おうと李傕隊と高順隊も動き出すが、それを見た張遼隊と趙雲隊が有利的状況を生かしたまま猛追撃を始めたため、思うように動けず、歯嚙みする。

 

「そろそろかな。全隊私に続いて!張遼隊と交戦している李傕隊に突っ込むよ!」

「……恋たちは朱耀のところ」

 

「……え?まさか、本当の狙いは、李傕隊と高順隊!?」

「んな!?なんでこっちに来るんさ!?」

「し、しまっ……!?」

 

賈詡の叫びも、李傕のあり得ないものを見るかのような声も、高順の絞り出したような声も次の瞬間には雷鳴のように轟く蹄の音にかき消される。

ごちゃごちゃになった華雄隊と郝昭隊を放置して後方で張遼隊と趙雲隊と交戦している李傕隊と高順隊の後方に雪崩れ込み、白く、赤く咲き乱れる華。

ここぞとばかりに引くことを考えない全面攻勢に出た張遼隊と趙雲隊に猛進する呂風隊と呂布隊の挟撃という憂き、悲惨な目に遭った李傕隊と高順隊。

次々と吹き飛ばされ、仲間共々なぎ倒され、戦死判定を次々食らい、気づけば、隊長である李傕と高順も戦死判定を食らってしまう。

 

「あーあ、負けたさ〜。やっぱ強えさ、この二隊は」

「まだまだ連携の訓練を積む必要があるな……。よし、この模擬戦が終わり次第、直ぐに鍛錬だ!」

『ええ〜〜〜!!?』

「ぶつくさ文句言うんじゃ無い!お前たちは負けて悔しくも無いのか!私は悔しいぞ!」

「それは……そうですけど……」

「よし!ならば見学だ。呂風隊のやつらをしっかり見て学んでおけ」

 

へぇい、と気の抜けた返事にため息を吐きながらもそそくさと邪魔にならないように戦場から離れて、戦場を見渡せる小高い丘の上に移動し、呂風隊と呂布隊の両隊の動きをみて何か盗めるものは無いかと目を皿にして食い入るように戦況を見守る。

李傕と高順の両隊が全滅判定を食らい、離脱した頃には、華雄隊と郝昭隊も混乱から立て直し、賈詡の弓弩隊を守るように布陣する。

それに対するように呂風軍も素早く蜂矢の陣を四つ作り、静かに佇む。

 

「もう二千ですか……。此れはかなり痛いです」

「私の方は三千八百だ。さっきの郝昭隊との衝突で落馬したものが戦死判定食らったからな……」

「私の七千と郝昭の二千、華雄の三千八百。……もう半分も戦死判定食らっているのね……」

 

郝昭隊六千は二千にまで。

華雄は四千から三千八百に。

李傕の六千と高順の四千は全滅。

被害は一万四千二百。

 

当初は二万七千の軍が最早一万二千八百にまで討ち減らされ、直接交戦していない董卓隊を除き、無傷である者は誰一人とていないという状態だった。かすり傷、打撲。此れが模擬戦であるため、腕や足を失うことは無いものの、打撲はその部位を失ったとみなされ、損耗率は七割を超える、目も当てられない有り様だった。

その事実に賈詡は暫し呆然とするが、直ぐに呂風軍の方を見据え、相手の損耗率を見定めようとする。此方は七割。では、相手は如何かーーー?

 

「私の隊は百人が激突の衝撃で落馬しただけで戦死判定は無いかな。皆は?」

「私の方は、流石は朱耀殿と言うべきでしょうか、五千から三千にまで減らされてしまいました」

「ウチは……ええと、八千から六千といったところやな。いやぁ、禊も中々やるもんやな!」

「……恋は二百」

 

趙雲隊は五千から三千に。

張遼隊は八千から六千に。

呂布隊は三千から二千八百。

呂風隊は二千から千九百。

 

 

占めて四千三百。内、負傷者は五千七百。

開戦時は一万五千の軍は一万七百に。損耗率は四割。

損耗率の殆どは張遼隊と趙雲隊の被害四千で占められ、呂風隊と呂布隊の二つに限るならば、損耗率は一割にも満たないという圧倒的な結果だった。

更に加えて言うならば、董卓直属軍は二万七千。それに対し呂風軍ら一万五千。約二倍近い差があるのに、呂風軍の被害が少ないということは賈詡にとっては愕然とせざるをえなかった結果だった。

 

戦とは数の暴威で決まるというのが殆どの場合だった。それを覆すのは軍そのものを脅かす戦術、奇策。

史実の赤壁の戦いにおいて、曹操軍百万という圧倒的な数に対し、劉備、孫権連合軍は約十万程。実に十倍の数があったにも関わらず、曹操は百万の大軍の大半を失う大敗を喫した。

原因は色々あるが、決着をつけたのは火計だろう。百万の軍を運ぶ船団は膨大なものとなる。そして、地形、風向き。様々な要因が絡み、火計は凄まじい威力を発揮し、船団を燃やし尽くし、阿鼻叫喚の地獄絵図を生み出し、曹操は大敗を喫し、命辛々逃げ延びた。

此れを軍を脅かす戦術、奇策と言わずして何と言うべきだろうか。

 

しかし、今回はそれに当てはまらない。

今回は火計など使えない、正面からのぶつかり合いだ。二万七千と一万五千の衝突。普通ならば数が多い二万七千が勝つのが道理である。しかし、忘れないで頂きたいのは呂風軍は九万相当の大戦力を保有することを。

 

呂風と呂布といった一万相当の戦略級武人。

そして、1対15の二千の兵と1対10の三千。

これだけでも八万相当の戦力に加えて趙雲隊と張遼隊の一万。

反則も反則。しかも、呂風と呂布が集中して鍛えたのは五千の兵のみ。残る趙雲隊と張遼隊の一万は二人に任せてほぼ手をつけていない。現在でも二人から三人までを相手できる一万の軍だったが。

もしも、これにも手をつけてしまえば。これにも呂風、呂布隊のように徹底的に鍛え上げられてしまえば。

 

そう考えると背筋が凍る思いをする。

最初から勝ち目など無かったのだ。九万相当の大戦力に二万七千で真正面からぶつかりあおうなど、無謀そのものなのだ。

思わず乾いた笑いが出てくる。数字上では理解していたつもりだったが、実際に見るのとでは全く違う。現に数の差など無かったものとされてしまった。今では何物にも代えがたい仲間で、信頼の置ける味方であるが、もしも敵であったならば、と考えるのが恐ろしい。もしも、異民族にいたら。

なす術も無く蹂躙されて、涼州は完全に異民族の手に陥ちていただろう。

 

「……味方でよかったわね。敵だったら、抗戦するのも諦めていたわよ」

「へぅ!?詠ちゃん!?しっかりして!」

 

何処か悟ったような微笑みを浮かべた賈詡に焦る董卓。ゆさゆさと数回揺さぶるもハッと我に戻り、真剣な表情に戻った。

 

「ふぅ、よかった。詠ちゃん、何か策は?」

「予め、掘ってある落とし穴があるから、それを使って追い込もうと考えているんだけど、其処に上手く相手を追い落とせるかが問題なのよ」

 

華雄が呂布隊の後方から襲いかかった瞬間、突如速度を上げて旋回した指揮。あれは並大抵の統率では出来ない事だ。兵と指揮官の高い信頼関係の元、できる事である

いつの間にかあれほど高密度の指揮が出来るようになったのかと聞きたい思いだった。

あれほどの指揮が出来る存在がかつては苦手だと言っていたのを誰が信じられるだろうか。

 

「落とし穴に追い込んでも、直前で気づかれてしまうと思うのです。響さんの勘なら尚更なのです」

「そうなのよね……。一応陣は築けたけど、応急だから……って、動き始めたわ!華雄隊は一時後退して、郝昭隊と相手がぶつかった頃に突撃を繰り出して!私たちは張遼隊と趙雲隊の両隊に攻撃を集中させるわ!全弓弩兵、三段射撃の用意!」

 

少し離れた草原に横たわる白と赤の影が動き出すのと同時に二つの黒い影も遠回りするかのように進路を変えた。華雄が後退している地点に向かってかなりの全速力で賈詡隊の射程範囲ギリギリを掠めるように張遼隊が動く。

まるで、華雄がこう動くのを見越しているかのように。

 

「く、狙いは私か!だが、只でやられると思うなよ!」

 

「うん、うまいこと釣られてくれた。恋、星、行こう」

「………往く」

「承知!この槍働き、とくとご覧あれ!」

 

張遼隊の動きに釣られて動揺が見えた賈詡隊に目掛けて呂風隊、呂布隊、趙雲隊の八千が二つの矢のように迅速に突き進む。

勿論、郝昭も馬鹿ではない。むしろ守衛では比類する事のなき才を発揮する。

しかし、相手が悪すぎた。

盾と矛。双者の関係は正にこれだったが、この場合は矛の攻撃力が遥かに上回っている。

 

即ち、盾は敗れ去るしかなかった。

郝昭の隊は三方向から突入してきた呂風隊、呂布隊、趙雲隊によって散々に蹴散らされ、全滅判定を喰らい、すごすごと戦場を離脱していく。

そして、三隊は郝昭隊を打ち破った勢いのまま賈詡隊に突撃を繰り出そうとするが、突如、先頭を疾る呂風隊が進路を変える。それに釣られて呂布隊と趙雲隊も急激に進路を変える。しかし、最後尾の趙雲隊はその動きに追いきれず、列を乱し、離脱してしまった兵は五歩も走らない内に地面ごとその姿が消えてしまう。

一人の兵が落ちた衝撃で周りの地面も次々と穴を開けて消えていく。

 

「え、な、何でよ!?何で落とし穴に気づいたのよ!?く、と、兎に角矢を放って!」

「へぅ、やっぱりなのです」

 

「危なかったー!なんか嫌な予感したから迂回しようと思っていたんだけど……」

「あのまま突っ込んでいたら、我らは落とし穴にはまって全滅判定を受けていましたなぁ。おお、成元、無事か?」

「………危ない」

 

穴というよりも堀に近い巨大な落とし穴。其処に細い木の棒を張り巡らし、網のようにして、その上から布をかけて土をかけることで擬装された落とし穴は呂風の目をしても見抜けないものであった。もしも、少しでも進路を変えるのが遅かったならば、呂風隊は大半が落ちてしまっていたかもしれない。呂布隊と趙雲隊は全滅していたかもしれない。

それほど巧妙で精巧な、有効的な罠だった。

 

穴の中から、大丈夫っすーと成元の反響音を伴う声が上がったのを確認した呂風は趙雲隊を狙って降り注ぐ矢を呂風隊と呂布隊と共に弾き、趙雲隊が体勢を立て直す時間を稼ぐ。

 

「忝ない!我らはもう大丈夫です!」

「分かった!星は霞と連携して華雄を挟み撃ちにして。霞なら星が動いたことに気づいて上手く合わせてくれると思うから」

「承知!……妬けますなぁ……」

 

ポツリと呟かれた趙雲の最後の言葉は嘶きと馬蹄の音にかき消され、呂風の耳に届くことが無く、颯爽と落とし穴を迂回するように呂布隊とともに駆けていく。

しかし、配下の兵にはしっかりと届いていたようで、ニヤニヤと含み笑いを浮かべた副官が此方を見やってくる。

それに思わず赤面してしまう趙雲。意外と……というのは失礼であるが、一人の想い人に心を寄せる初心な少女なのだ。

 

優しげな笑みを直ぐに消して、馬首の向きを変えて戦場を見遣る。

華雄隊とぶつかって、董卓隊の援護射撃に晒されつつある張遼隊を救援すべく、華雄隊に突撃を開始する。

 

「お、星が来よった!おっしゃ、ウチらは星と入れ替わるように後ろに下がるんや!星がぶつかったら、迂回して側面を突くんや!」

「うむ、動いたな。では、我らはこのまま直進し、華雄隊とぶつかるぞ!」

 

応!と雄たけびの声とともに速度を増し、先頭にいる趙雲の脇を固めるように長い棒を持った騎兵が前に出て穂先を華雄隊の横腹に向けて突進する。

しかし、華雄も負けていない。

 

「む、趙雲隊が突っ込んでくるか!ならば、逆に突っ込んでやれ!我らの強さを趙雲隊に教えてやれ!」

『オオォーーー!!』

 

攻撃は最大の防御という言葉を体現したような戦術を取るのが得意な華雄だ。突撃に突撃で返し、趙雲隊と混戦状態に陥る。

張遼隊も混戦状態である両隊に、突っ込むことも出来ず、趙雲隊が離脱できるように華雄隊の兵士を一人一人馬から落としていくが、こういった乱戦で滅法強い実力を発揮するのが華雄隊の兵士だ。

華雄隊の兵士は何故か街の呑んだくれや荒くれどもが集まって出来た隊であり、他の隊の兵士と比べるといささか気性が荒く、喧嘩に強い者が多かった。

 

「へっへっへ、こんなもんよ!呑んだくれを舐めんじゃねぇ!」

「おうとも!うおっと、あぶねぇあぶねぇ、オラッ!!」

「はっはっはぁ!とことん殴りあおうぜ!」

 

と、まぁ、こんな風に荒くれの会話であった。しかし、確実に一人ずつ趙雲隊の兵士と落ちていくが、趙雲隊の兵士も黙ってやられるほど軟弱者ではない。

隊長である趙雲が棒を一閃し、二人ほど馬から突き落とすとそれに呼応するように二人一組で華雄隊の荒くれをボコボコにする。

 

「いやはや、最早戦闘が喧嘩になってしまいましたなぁ」

「こうなることをわかってわざと突撃を食らっただろう。逃げる機会を逃すほど愚鈍ではないだろう」

「はて、なんのことやら?」

「全く、変わらんな!」

 

木で作った斧と棒がぶつかり合い、二人の卓越した技量を伺わせる激しい武のぶつかり合い。華雄が斧を振り下ろせば、趙雲は棒を斜めにして受け流し、反撃とばかりに棒を振り上げると斧の柄で弾きかえす。

互いに一歩も譲らない両隊の隊長の演舞に鼓舞されたかのように両隊の兵士のぶつかり合い、殴り合いも激しくなっていく。

 

「全く、星の気紛れには困ったものだね……」

「華雄の猪武者ぶりもいつになったら治るのかしらね……」

 

これに奇しくも同時に溜息を吐いたのは呂風と賈詡だった。

此方のほうでも決着が急速に訪れようとしていた。

落とし穴を迂回して急進してきた呂風隊と呂布隊を受け止めるように董卓隊の陣が弓なりに移行し、包囲、殲滅の効果的な戦術を指揮するのは賈詡。

史実では曹操を追い詰め、あわや、命の危機とまで追い込む程英智を見せつけた賈詡。此処でもその智謀が発揮されようとしていた。

 

「両翼の弓弩兵は水平に矢を放ち、馬をつんのめさせなさい!両翼の中軍は縄を引き、馬を転ばせ、呂風、呂布の両隊を足止めして!止めは本隊が務めるわ!」

 

即席の罠であったが、騎馬軍の相手には非常に有効な威力を発揮する。

先ず、矢で馬を怯ませ、機動力を削ぎ、次に縄を張って馬の足に絡めさせることで馬から騎手を落とし、止め。

それが賈詡の対騎馬軍の必勝法だった。実際に呂風たちが仕官する前はこの戦術で異民族の侵攻を跳ね返してきたのだ。

 

しかし、呂風はその罠も承知で突撃をしてきた。しかも、騎乗している兵士は皆矢を構えている。そして、狙いは縄を持つ兵士。

 

「「放て!」」

 

奇しくも同時の命であった。

ブンッと弦が風を裂く音が響き、細長い影となった矢が空を覆い尽くさんばかりにお互いを襲う。

しかし、賈詡隊は弓手の後方に身を覆い隠せる程の盾を持った兵が待機しており、弓手は矢を放ち、直ぐに退避することで弓手には被害は出なかった。しかし、呂風隊、呂布隊の主な狙いは縄を持った兵士だとは気づかず、次々と戦死判定が下り、思わず歯噛みする賈詡。

一方、呂風隊と呂布隊は騎射で矢を射たため、矢を放ったら直ぐに全速力でその場を駆け抜け、僅かに間に合わなかった兵が五十人程戦死判定を受けたのみに終わった。

何故駆けずに射たのか。騎馬なら騎射という有効な手段があるのに、という賈詡の疑問は直ぐに解消した。

わざと駆けながら射ずに、その場に留まって此方の狙いを引き付け、矢を射た瞬間全速力で駆け出すことで狙いを大幅にずらすことが出来たのだ。

 

言葉に表すことは簡単であるが、実行するのは限りなく困難なことだ。僅か一拍でも遅れれば、その分被害が増える。人数が多ければ多いほど一拍の乱れもなく動くことは難しい。

しかし、呂風隊と呂布隊はそれを易々と成し遂げた。

 

「………流石ね。完敗だわ」

「へぅ」

 

呂風隊と呂布隊が落とし穴を迂回して突撃を始めたと同時にいつの間にか華雄隊を崩壊させた趙雲隊と張遼隊も含めて四方向から同時に攻めかかられてはどうしようもなかった。

四つに軍を引き裂かれ、落とし穴に突き落とされ。

七千いた軍は瞬く間にその数を削り、半数以下にまでなってしまう。

そして、遂には董卓と賈詡がいる本隊は呂風軍に包囲された。

上の賈詡の言葉は敗北を表明し、降伏をする言葉だった。

 

 

此処に二万七千の董卓直属軍は、一万五千の呂風軍に敗北。

 

戦死判定

董卓軍二万七千のうち二万四千。残る三千も負傷判定のため、損耗率九割を超え、実質全滅。

呂風軍一万五千のうち九千。残る六千のうち無傷であるのは四千。損耗率は六割。

 




董卓直属軍は凡庸性を持ち、あらゆる状況に対応出来る軍として。
呂風軍は機動力最優先の編成ですが、状況に合わせて馬を降りて重装歩兵として戦闘を行うこともできます。
重装騎馬隊のイメージとしては、中世の西洋騎士を想像していただければなんとなくご理解できるかと。
シルクロードを伝って製鉄技術、甲冑が伝わったという設定にしています。
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