響、ちょいおこ回です。
どうぞ、ご覧くださいませ。
曹操の恋情の声。その声はこの澄み渡るような青い空に消えていく。
その声がこの戦乱に消えると同時に反乱軍は総崩れとなり、それに合わせて猛追した呂風軍と夏侯淵隊は敵に多大な被害を出させて、悠々と陣地に戻ってきた。
最初に戻ってきた夏侯淵の軍勢を迎えたのは大歓声。勝利を喜ぶ声だった。
しかし、その後に戻ってきた呂風の軍勢は畏怖の表情で見つめられる。否、軍勢では無く、その先頭にいる二人の将に向けられていた。他にも張遼と郝昭がいたが、注目度では呂風と呂布の二人だった。
此処に集まった将兵たちは二人が立ててきた伝説を知っている。
曰く、二人のみで十万の烏丸の軍勢を撃退しーーー
曰く、一人で十人の匈奴の猛将を討ち取りーーー
曰く、天を割るほどの武を持ち、その威は戦わずにして賊軍を降伏せしめたーーー
挙げていけば、キリがない。正に呂布たち二人を"天下無双"たらんとせしめる結果だった。
しかし、その現場を見た事のないものたちからすれば、その話は虚偽、作り話、誇張ではないかと疑う者もいる。それは致し方無い事だろう。
どうやっても、これらの伝説はあり得ないもの、あってはならないものだからだ。
されど、それがどうだと言わんばかりに目の前の白い華と赤い華はたった一回の突撃で総崩れに追い込んだ。
勿論、それまでには幾重にも重なる要因があるだろうが、反乱軍の兵士を恐慌状態に追い込み、総崩れにさせたのは間違いなく呂風と呂布の二人である。
人の範疇を超えた人ならざる武。乱世の化身、戦乱そのものが人の形を取った圧倒的、絶対の武はあらゆるものを畏怖させ、畏れさせ、平伏させる。
異端。正にその言葉が合う、痛い程の存在感。あの肌が痛むほどの威圧は治ったものの、格が。風格が、辺りをを圧する。
されど、その圧に平伏さない者がいる。
ザッという足音と共に白いストッキングで包まれた足が踏み出される。
その者こそ、新たなる覇王、曹操。
「流石ね。呂風、呂布。直ぐに戦功評論が始まるから何進大将軍の幕舎に来て頂戴」
「あ、曹操さ……曹操。今直ぐ行くよ」
敬称付けで呼ぼうとしたら、キッと睨んできたので、数年前に交わした約束を思い出して、直ぐに呼び捨てに直す。満足したのか、にっこりと魅力的な笑みを浮かべた曹操は、行きましょうと言い、呂風に並んで歩き出す。
「もう三年になるんだね。そんなに時が経ったっていう実感が中々湧かないな」
「そうね。あの時はいきなり飛び出して行くものだから嫌われちゃったのかと思ったわよ?」
「だってね、あんな風に迫ってきたら誰でも逃げると思うんだけど?そもそも、まだ子供だからとは言え、湯浴みしている時に裸で乱入して……!〜〜〜っ」
つまりはそういう事である。あの"事故"。
3年前、曹操のいる陳留を訪れ、道場破りまがいの事をして、夏侯惇、夏侯淵の二人を叩きのめした後、曹操本人にいたく気に入られ、城内に宿泊を許可された。
其処まではいい。だが、問題はその後だった。女官が湯浴みをどうぞと勧めに来ると、嬉々として湯浴みに向かった呂風だったが、それこそ、曹操の策略だった。
先程、仕官しないかと誘ったが、暫くは放浪の旅をしながら腕を磨きたいという。だが、曹操は諦めきれなかったがために、詰め寄ってしまい、その時は逃げられてしまったのだが、湯浴みの時なら、逃げられないと判断して、女官に命じて、呂風を湯浴みに行くようにと勧めたのだ。
呂風が湯浴みに入って少しした後、曹操もこっそりと侵入し、衣服を全て脱ぎ去り、産まれた時の状態になって、湯浴みしている呂風を驚かした。
何せ、相手は一つの国と言って過言ではない城郭都市の主。そんな存在が身に何も纏わぬあられもない姿で呂風の前に現れたのだから。
流石の曹操でも異性の前に一糸纏わぬ姿で出るのは羞恥があり、頰を赤く染めつつも、堂々とあられもない体を曝け出す。
これに大いに慌てに慌てた呂風は急いで飛び出そうとしたが、曹操に抱きつかれ、硬直してしまう。
ーーー甘美な毒。艶やかな声。
女の子特有の柔らかい体が呂風の華奢な体に絡みつき、その感覚が直に伝わる。
それに思わず顔を真っ赤にする呂風。抱きつきた曹操でさえ、顔を真っ赤にするが、それでも気丈に、仕官を迫ろうとするが、それよりも早く呂風の意識の糸が切れ、可愛らしい声を出して気絶してしまう。
これに思わず苦笑してしまったのは曹操だ。いつも妹の呂布と旅をしているのだから、異性に対する耐性があるものだと思っていたが、そうでもなかったようだ。
素早く襦袢を羽織ってから、女官を呼んで呂風の手当てを指示したため、事なきを得た。尚、その時の呂布は既に眠りに落ちていたので、詳細を知らない。
そして、現在。あの"事故"を明細に思い出してしまった呂風は顔を真っ赤ににして、俯いてしまう。気のせいか、呂風の頭から湯気が出ているような気さえする。
「初心な反応ね。いつか貴方を食べる時が楽しみだわ」
「んな!?な、なな、何をいっひぇ……!」
そんな反応をした呂風を見て、曹操の中で嗜虐心が芽生え、ついつい、悪い笑みが浮かんでしまう。
呂風は異性に対する耐性が低いだけであり、その知識は周りから吹き込まれたりする。
あわあわと慌てている呂風の初心な反応を楽しんでいた曹操たち。
しかし、その楽しげな顔が直ぐに無表情に戻る事になる。
何進だった。
なんと彼は幕舎の外にまで迎えに出たのだ。その大きく体からはみ出た腹を揺らし、ドスドスと足音を立てて幕を潜ってきた。
呂風たちの姿を認めると、出陣の前に見たような厭らしい笑いを浮かべる。
「おお、よくやった!流石は【武神】だな!」
「いえ、お目汚しになったようで……」
「よいよい!褒賞をつかわそう。何が良い?……おお、そうだ!わしに良い考えがある!」
と、間をとると、呂風にとっては禁句であり、曹操たちには爆笑の火種となり兼ねない言葉を吐いた。
「ーーーわしの妾にならんか!?一生愛でてやるぞ!」
ピキリと青筋が立つ音がした。
次の瞬間、何進は泡を吹いて気絶してしまう。
呂風の顔に、荊のような痣が一筋、胸元から鎖骨を這い、首を伝って目の近くにまで現れ、閉じられていた目を薄っすらと開かれる。
ーー刹那。
この場に居るあらゆる者の背筋をゾワリと悍ましいものが走り、身体中の毛という毛が逆立つ。
世界が紅い闇に包まれたような錯覚さえする程の重厚な覇気が辺りを包む。
ゴウッと物理的な圧力を伴う暴風が吹き荒れ、ギシギシと空間が軋み、息を吸う事すら困難となる。大地がその怒りに怯えるかのように鳴動し、卓を揺らし杯などがカタカタと音を立てる。
気の弱い者など意識を保てず、幕舎内外の兵士たちは次々と意識を失って倒れる。
それを見つめるは無機質な光を灯し、煌々と煌めく赤い瞳。薄っすらと口角を吊り上げて、気絶した何進を睨む。
「………肝の小さい人だね」
「……呂風、少し気を鎮めて頂戴。周りが怯えているわ」
「お兄ちゃん……落ち着く」
珍しく冷や汗を浮かべた曹操が嗜めると同時に、いつもの眠そうな顔を真剣な顔に変えた呂布が呂風を抱きしめる。
すると、荊のような痣が消え、辺りを覆い尽くしていた荒々しい乱世の覇気が消え去り、穏やかな風が吹く。
「お兄ちゃん……」
「ごめんね、恋。もう大丈夫だから」
ぎゅうと抱きしめてくる呂布を優しげな笑みを浮かべて頭を撫でる事で呂布の顔もトロンと気持ち良さげな顔になる。
その一方、曹操は呂風の底の見えない圧倒的な力に歓喜していた。
ーー素晴らしいわ!人でありながら、人ならざる……乱世の化身!この私に並ぶ覇気ーーいえ、それ以上の覇気。私でさえ気圧されるほど圧倒的!先程の戦でも本気でなかった。では、呂風の武の高みは一体どこまであるのかしら。……ああ、貴方の全てが私の手に収まるのが待ち遠しい!
曹操の言うように、呂布と二人で匈奴の軍勢を一方的に追いやった先の戦でも呂風は全くの本気ではなかった。精々七割か八割程度といったところだろうか。
「んー……、何進大将軍もこうだし、何進大将軍を軍医に見せた後、解散という事でいいかな」
「そ、そうですわね!」
少し動揺していた袁紹が切り出し、軍医を呼び、何進を連れて行かせた。
その後、ほっとした雰囲気が流れる中、物見に放っていた兵から報告が入る。
呂風は追撃戦を切り上げた後も兵に匈奴の様子を見てくるようにと指示していた。
「敵軍はここより十里離れたところにある古城に撤退した模様。それ以来、目立った動きはありませんでした。今は交代の者が見張っています」
「ん、ありがとう。今日はもうゆっくり休んでいいよ」
「はっ!それでは失礼します」
兵が幕舎から出て行った後、呂風は卓の上に広げられた地図を見て唸り、曹操や袁紹もその輪に加わり、その様子を見た皇甫嵩、朱儁、慮植の将軍らも卓の周りに集まる。
「………今日の夜にでも夜襲をかけてくるかもしれない」
「そうね。私が相手の指揮官だったらそうしていたでしょうね」
「あら?その根拠はなんですの?」
外を見てごらんよという呂風の言葉の通りに袁紹、皇甫嵩や朱儁たちが幕を捲って外を見ると、頭を抱えたくなるような光景が広がっていた。
「ね?わかるでしょ。既に兵士たちは勝った気分で浮かれているんだよ。まだ匈奴は十里やそこら辺しか離れていないというのに、宴会の準備を始めている。一部には酒を飲み始めたのもいる」
「私なら酔い潰れる頃合いを見て残る全軍で夜襲を掛け、一気に押し潰すわ」
戦慣れしていない洛陽軍と練度が曹操や呂風に言わせればなんとか戦線に立てる程度の袁紹軍は既に戦に勝った気分で、陣幕の中で酒樽を出して宴会の準備を始め、それを冷ややかな目で見つめる曹操軍、呂風軍の兵士を誘おうとしているが、さっさとあしらわれている。
曹操軍は戦の間中で気を緩めようなら、君主である曹操からどんなお怒りが飛ぶか分からない。戒律、規律を重んじる曹操軍は戦の最中はどんな気の緩みさえ許されない。以前、賊の討伐戦では一回勝った事で気が緩み、酒を持ち出した兵士は曹操の怒りを買い、打ち首となったほど曹操は規律に厳しい。
だが、だからこそ大規模な戦の無い兗州でも精鋭の軍を編成する事が出来たと言っても過言では無い。
そして、呂風軍は異民族の侵略に晒される都市のひとつ、【安定】に駐留する軍であり、国境から長安に至る道を束ねる都市でもあるため、必須的に異民族の標的の一つとなる。そこを守る軍であり、交戦回数は一ヶ月に一回から二回と非常に多く、十万を超える大軍を以って攻め寄せてくる異民族と激戦を生き抜いてきた兵士は、新兵という例外を除いて一人一人がよその軍なら十人隊長や五十人隊長の格を有する猛者である。
増して、今の【安定】の軍を率いる将は【武神】と謳われる呂風、【飛将軍】の称号がある呂布、【神速の張遼】の二つ名がある張遼、【羅刹】と異民族から恐れられる華雄と大陸屈指の将軍に率いられ、この四人によって鍛えられるのだ。
その成果、只でさえ猛者揃いだった兵士の一人一人が百人隊長から千人隊長にまで成長し、最精鋭の名に更なる磨きがかかった。
故に、将が一々指示を下さずとも兵士が自ずと状況を正確に判断出来、それに備えることもできる。
そして、彼らが下した判断は『まだ戦は終わっていない』だった。
だからこそ、迎撃戦が終わった後でも呂風軍と曹操軍の兵士は鎧を脱がず、剣も帯びたままの臨戦態勢を維持していた。馬も直ぐに出せるように仮設の厩で秣を食べさせ、体を休ませ、厩の側にある武器庫では手空きの兵士が槍や戟、斧などの武器を研いで、次の戦に備えていた。
「確かに不味いですわね……」
「確かに、敵ならこの状態なら好機と捉えるでーーー!?」
「ーーフッ!」
いきなり呂布が背中に背負っていた弓を取り出し、天に向かって3本の矢を放つ。それに驚いたのは呂風以外の全員であり、曹操ですら片眉を吊り上げて呂布が放った矢の行き先を見遣る。
「呂布さん!一体何を?」
「……敵の偵察兵」
「ありゃ、討ち逃したみたいだね。一騎逃げていった」
呂布が言ったように、矢が飛んで行った方には三騎の匈奴らしき騎馬兵が陣地から離れた小高い丘の上にある木立に隠れて此方の様子を伺っていた。
しかし、三本放った矢の内二本が二人の匈奴の体を貫き、絶命させた。残る一本は木の枝に軌道をずらされ、逃げようとする匈奴の兜を撃ち落としただけに留まり、逃してしまった。
「……ごめん」
「ううん、お手柄だよ。敵の偵察に気づいたんだからね。偵察が来たってことはやはり敵も夜襲を考えているみたいだね」
「それに、この状況。夜襲にはおあつらえね」
「そ、それでは……夜襲は?」
「間違いないなく、来るでしょう」
険しい顔つきになる皇甫嵩と朱儁、袁紹の三人。彼らの兵士は既に酒盛りを始め、夜襲に備えられる状態じゃない。それも洛陽軍と袁紹軍合わせて三万程が交戦不可という状況。
これは官軍にとってはかなりの痛手だというのに曹操と呂風はお互いに楽しげな笑みを浮かべて、地図を見て頭を寄せ合って策を交換しあう。
それも本当に心の底から楽しげな表情だ。あの曹操がだ。その光景を見た夏侯淵は暫し見惚れてしまった。
主の、曹操の此処まで楽しげな表情、今まで仕えて始めて見る光景。曹操と同格の策略を練って話し合える、肩を並べられる存在。曹操軍の中にも居なかった人材。
ーー黄金と白。
全てを照らし、魅了する魔性の魅力を持つ黄金。何物にも染まらず、純粋なままである白。
この2つの交差は運命的な何かを感じさせる。
この時、夏侯淵は曹操に必要な存在に呂風を定めた。曹操は呂風が居てこそ更なる輝きを放ち、呂風は曹操が居てこそ、自由に空高く吹き渡る風。
「ーーーうん、こんな感じかな」
「ええ、そうね。流石、【鎮風】の雅号を授かっているだけあるわね。私が考えていた策と一致するのだから」
「私なんかまだまだだよ。司馬徽先生の所でも1年しか受けてなかったし、今も賈詡や陳宮たちに教えられながら勉強しているんだから」
その言葉で夏侯淵は衝撃を受けた。
あの【水鏡】で名高い司馬徽の所で学んだという事もそうだが、1年程学んだだけで曹操と同格の策略を錬れる程にまで成長した。裏を返せば、まだまだ伸び代があるという事だ。
曹操は天才でありながらさらに努力を重ねる事で今の実力を備え、まだまた若いため、経験という何物にも代え難いものを得る事が出来るが、それは呂風も同じことである。
「袁紹さん、皇甫嵩将軍、朱儁将軍。私たちは夜襲に備えてこの陣を離れます。お三人は宴会を続けてください。必ず勝利を持って帰りましょう」
「え?え、えぇ。よろしくてよ!オーッホッホッホッ!」
「ええと……、ご、ご武運を!」
袁紹の高笑いと皇甫嵩の声を背景に、呂風たちはそれぞれの陣に戻っていく。
出立は一刻後(2時間)に定め、その頃は黄昏時であり、辺りは薄暗い刻である。
その時刻になれば、宴も闌。終わりごろになり、酔いつぶれた兵士がそこら中で眠りこける頃だろう。その辺りを見計らって襲撃をかけてくる筈。そこを奇襲や伏兵などで散々に叩きのめすという手筈である。
その時刻まで呂風と曹操の陣営では出立の用意を進め、夜通し動く事になるため、兵士たちは仮眠を取ったため、陣は妙な静けさが辺りを包んだ。
その中、曹操の陣では、曹操の幕舎に配下の将たちが集まっていた。
夏侯惇、夏侯淵姉妹を筆頭に、曹仁、曹洪たち宿将の四人とそれぞれの将たちの副官たちである。
曹操軍は軍こそ精鋭であるが、【陳留】の太守になってまだ3年かそこらであり、大陸中にはまだ知られ渡っていなかったため、人材もまだ豊富ではなく、現在は曹操の内縁の将たちで回しているといった状況だった。
「ーーーさて、匈奴の夜襲に対する方針は理解出来たわね?今回の戦いは私たち曹操軍の精強さを知らしめる絶好の機会よ。【春蘭】と【琥珀】は前線で大暴れなさい。【秋蘭】は騎馬弓隊を率いて一撃離脱を。【雹華】は伏兵を以って、撤退していく匈奴を奇襲し、うち破りなさい。ああ、それと、呂風軍は味方よ。間違えても同士討ちは避けるように」
『はっ!』
「ふふ。……呂風はどんな策で来るのかしらね。楽しみだわ」
「むー……。孟姉さん、羨ましい」
そう声を張り上げたのは曹仁。字を子孝。真名を【琥珀】。無口な彼女は呂風にぞっこんである。普段は無口であるが、呂風の事になれば滑舌になる。
曹仁が幼い頃、一度会った事があるが、6歳前後の幼児であったため、綺麗な女の子だなと思っていただけに過ぎなかったが、成長して武将になる事を決意した後は憧れとなった。
今回の戦では曹操と共に防衛戦に徹していたから呂風の戦舞を見ることは叶わなかったが、兵たちの話を聞くに、人ならざる武。あれが武神の力かと興奮気味に話してくれた。更に自分の姉である曹操も珍しく興奮していたため、見れなかった事を悔やんでいた。
「あら、琥珀は会わなかったのかしら?」
「戦、終わった後はずっと雹華と一緒、兵士纏めていた。だから会えなかった」
「あら、そうだったかしら?暫くは呂風も此処に留まるでしょうからそのうちに会えるわ。……それで、皆に問いたいのだけれど、先ほどの戦いで呂風も戦っていたわ。その武威、率直な感想を聞きたいわ。そうね、春蘭から順に聞こうかしら」
悪戯っぽく微笑み、まだ少女に成り立ての妹を慈愛の眼差しで頭を撫でると、ほにゃと曹仁の顔が緩む。
満足した曹仁が自身の席に戻った頃を見計らって、次の議題に入る。最初に春蘭……夏侯惇に話を振る。夏侯惇は数瞬黙るが、やがてその口を開いた。
「は、私も久しぶりに見たのですが………怪物かと。人は……人は、あの域にまで……足を踏み込めるのかと、体が震える思いでした」
「へぇ、春蘭にしては高評価ね。何か思うところがあったのかしら?」
「私があの戦で呂風の立場に居たとしても、同じことが出来るのかと自問自答したのです。ですが……むむ……、多少なら、です」
「多少、ね。秋蘭は如何かしら?伏兵を率いて呂風軍と共に戦ったのだから、私たちの中で最も近い場所で見ていたのよ。如何?」
夏侯惇の負けず嫌いが意地を張った答えを可愛らしいと含み笑いを見せて、夏侯淵に訊ねる。夏侯淵は武人真っしぐらの姉の夏侯惇と比べて文官も務められ、曹操のように万事を卒なくこなせる優れた人材であるため、様々な点から見た答えが来るだろうと期待していた。
「私の見解は………、『風』です」
「風?」
よく分からない言葉が返ってきた。少し悩みながらも返ってきた答えに首を傾げざるを得ない夏侯惇たち。曹操は夏侯淵の言いたい事が何となく理解出来たため、軽く頷く。
だが、曹操以外にはわからなかったようで、夏侯惇が疑問を投げかけた。
「なぁ、秋蘭、それってどういう事だ?」
「今から説明するから少し待て。何故、『風』に例えたか、風とは様々な風があるだろう?優しくそよぐ風もあれば、冷たく吹き荒ぶ風もある。それを当てはめてみただけだ」
「なるほど、戦場での呂風は嵐の如き風。普段は春の暖かげな、そよ風。そう言いたいのね?」
「はい。他にもあるでしょうが、付き合いの浅い我らならば、第一印象で捉えるならば、という事です」
「面白い考えだと思うわ。琥珀は……見てなかったから論外ね。雹華は如何?」
置いてけぼりをくらった曹仁は頰を膨らませて憤慨する。だが、見た目が少女のそれなため、怖くも無いどころが、可愛らしくさえ感じる。
だが、曹操は曹仁の文句を華麗に流して夏侯淵について行ったーー曹洪子廉に話を聞く。
「わ、私も?ええと………、人の形を取った異端の存在……かな?うまく言い表せないけど、あの人ならざる武はそうとしか言えないよ」
曹洪が出した感想は奇しくも初めて呂風と手合わせした張遼や高順たち、董卓軍の将が呂風を例えるとしたら、という言葉に類似するものだった。
ーーー乱世の化身。戦乱そのもの。
狂い咲く白き華は既に人の範疇に在らず。
曹操軍最強の武人である夏侯惇でさえ、身震いし、愕然とするしかなかった武。
武の極みという境地に至った、古今東西で唯一の存在。妹の呂布もその域へ片足を突っ込んでいるが、呂風は体全てをその域に置く隔絶した存在。
それが曹操たちの見解だった。
ーーーされど、それは誤りであった。
呂風は未だ本気でその武を発揮していない。周りに味方がいるから。大切な妹がいるから。仲間がいるから。
其れ等が呂風に枷をし、本気で戦う事を不可としていた。
もしも、その枷が外れたとしたらーーー
御意見、御感想ありましたら、是非お願い致します。