天下に響く風   作:霧のまほろば

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お久しぶりでございます。

第6話更新です。かなり日を置いたので文がおかしいかもしれませんがご了承くださいませ。


第6話 韓遂反乱 夜襲編 前

ーーー布来来。

血飛沫が。肉片が。頭が。腕が。手が。胴体が。脚が。足が。骨が。空を舞う。方天画戟の姿が霞む度に悲鳴が響き、命が飛ぶ。

 

ーーー遼来来。

天翔る龍の名を冠する偃月刀が一閃する度に血線が走り、血が噴き出す。薙刀が月の光を反射し、血に塗れた刀身が紅く光る。

 

ーーー昭来来。

数多の馬蹄が頭を踏み砕き、蹴り抜き、骨を砕く。死の鎌を携えて行進を続ける。敵から見れば白銀に輝く鎌を携えて咆哮を上げる黒い外套を纏った骸骨の群れにしか見えないことだろう。

 

それらの死神の先頭には紅き眼の白き華が嵐となって吹き荒れる。触れれば死が首を狩り落とす、途方もなく鋭い棘のついた一輪の華。

 

「風来来ーー!!!」

「逃げろ……!逃げろぉーー!!」

「敵いっこねぇ……!こんな化け物、どうやって勝てと言うんーーー」

 

言い終える前に体を肩から腰にかけて袈裟斬りに斬り抜かれ、絶命する。異様な風切りの音と共に白銀の閃光が新たな犠牲を生み出し、大地に血の雨を降らし、白き華を紅く染める。白い着物が血化粧を施され、血が着物の裾から滴り落ち、雫となって飛び散りながら、紅い着物が舞う。

 

地に倒れ伏した屍を馬蹄の群れが踏み抜き、無残な姿と成り果てる。その屍は全て匈奴兵と涼州兵。

最早、戦としての姿は其処に在らず。一方的な蹂躙として後方に幾つもの屍を作っていく。

 

既に反乱軍は軍としての体を成していなかった。総大将の韓遂は首だけになり、軍を率いる筈の将も悉く敗北を喫し、潰乱、壊走といった無残な体たらく。

総大将を含む八人の将が討たれ、先の戦で七万に数を減らしていた軍は既に四万が討たれたり、降伏したりして三万にまで数を減らした。

残る者はなんとかして迫り来る死神から逃れようと逃げ惑う。仲間であった者たちを押しのけ、押し退けられ、踏みつぶし、踏み潰されて。

皆が本能で目の前の脅威から逃れようとする。本能が逃げろ、何処までも逃げろ、と叫ぶ。迫り来る死の手から逃げろと。

 

「吶喊を始めるよ」

 

死の華は命令を静かに伝えつつも月の光を振るい、数多の命を狩りとる。

一閃すれば風が巻き起こり、旋風となりて軍兵たちの間を駆け抜ける。その途端に噴き降りる紅い雨。しとしとと、降り注ぐ紅い雨が静かに命を狩りとる白き華を紅き華へと染め上げる。

 

 

 

 

 

遡る事一刻前(2時間前)。

辺りは既に闇に包まれ、三日月から照らされる僅かな月明かりが影を作る時。

曹操軍が地の利を得た小高い丘の斜面に兵を伏せ、反乱軍が古城を出て夜襲の為に通るであろう道を待ち構えていた。

先鋒に夏侯惇と曹仁が率いる騎馬隊二千。その後ろに曹操自ら率いる重装歩兵三千、その脇を固めるように夏侯淵の弓兵二千。そして、さらに敗軍が逃げるであろう【漢中】に通じる道には曹洪が千の軽装歩兵を率いて待ち伏せる。

 

「おかしいわね……」

「如何しましたか?曹操さま?」

「夜襲しに来た軍勢を伏せる為にはこの辺りが最適な地の筈。なのに、呂風軍の姿が見当たらないのよ」

 

僅かな月明かりに照らされる丘陵地帯をくまなく見回した曹操が訝しげに首を傾げる。

本来、兵を伏せるならば、森林、丘陵地帯の陰、切り立った崖の上にある平地などが常道であり、曹操軍もその常道に従って、山と山に挟まれた広い街道の脇にある樹海とも言えるような深い森の麓となだらかな丘陵が連なる時に出来る窪地に兵を伏せている。馬には轡を噛ませて嘶く事が無いようにし、兵には物音を立てたら斬ると厳命を下している。

 

それは曹操軍だけではなく、どこの軍でも当たり前のようにやる事だった。優れた軍師としても務まるであろう呂風もこの策を採ってこの辺りに布陣するのが定石だろうと思っていた。

だからこその疑問である。

伏兵をするならば、この辺りに伏せる筈。自他共に優秀な軍略家であると自負する曹操ですらそう思うのだからそんな自分と肩を並べられる存在であるだろう呂風もそうするだろうと思っていた。

だが、現実には呂風軍は未だに現れず。

あと四半刻(30分)もすれば反乱軍の先鋒がやってくるというのに一向に姿を表す気配も無い。

 

たった八千やそこらで、先の戦で大きく数を減らしたとはいえど、未だに七万を数えるような大軍にぶつかるのは如何に無謀と言える。例え伏兵による奇襲によって混乱させられたとしても後続の軍勢によって踏み潰されるのが目に見えていた。

この奇襲の作戦が成功するためには先の戦で敵軍を恐慌に堕ちいれた呂風、呂布の兄妹を擁する呂風軍が必要だった。人は一度植え付けられた恐怖を容易く消す事は出来ない。根深く心を支配し、呂風の名を聞くだけで錯乱状態にまで陥る者も出るだろう。

周りの将兵が、呂風軍が現れない事でそわそわと落ち着き無い中、曹操は一人期待に満ちあふれていた。

 

「ふふふ……、私でさえ思いつき、実行する事の出来なかった事、貴方はどんな事を見せつけてくれるのかしらね?それが楽しみで仕方ないわ……。何処まで私を夢中にさせれば気がすむのかしらね。本当に罪な人ね……」

 

妖艶でありながら、恋する乙女のような笑みを浮かべた曹操。愛しい人の耳元で囁くように言葉を紡ぐ。

そんな曹操の元に一人の女の兵が駆け込んでくる。身体中に葉っぱや蔦を絡ませて、森の藪に擬態した彼女は身軽に樹海を鹿のように軽やかに駆け抜ける隠密の一人。

 

「申し上げます。敵軍、予測通り長蛇の陣で古城を出撃、駆け足の速さで進軍中。およそ四半刻(30分)で先鋒が通過します」

「ご苦労様。……呂風軍の姿はそちらでも確認は出来なかったかしら?」

「は、申し訳ありません。それらしき影は一切確認出来ませんでした」

「そう、わかったわ。下がって良いわよ」

 

一礼して音もなく曹操のそばを離れていく。それと入れ替わるように風の模様を模した刺繍を胸当てにした2騎の騎馬が馬を寄せてくる。

周りに立つ護衛隊など居ないかのようにその間をすり抜けて来る馬捌きは目をみはるものがあった。跨る馬も大柄ながらも筋骨逞しく、速く遠い距離を走れるような体つきの名馬と言っても差し支え無いような馬だった。

 

「曹操殿、馬上にて失礼致す。某、呂 将軍麾下伝令部隊、通称【疾風】の者にて候」

「同じく【疾風】の一員です。こうして参ったのは呂風将軍からの伝令をお伝えに」

「呂風からの?なら聞かせて頂戴」

 

前方に向けていた首を伝騎の方へ向ける。この伝騎が伝える話は自身が取るべき指揮をも左右する事だと薄暗い中でも伝騎からの表情で理解出来る。

 

「我が軍は一刻半前に(3時間前)【長安】から【天水】に至る間道を全速力で駆け抜け、途中で古城がある辺りに通じる間道を出て、敵軍が城を出た頃を見計らって城を急襲、既にこれを陥しました故に候」

「陥した?」

 

思わず聞き返した曹操。

反乱軍が逃げ込んだ城は秦から漢に代わる時代ーーー項羽と劉邦の覇権争いの激動の時代に作られた古城でありながら、対異民族戦線の補給路の中継点として堅牢さを誇る砦だった。既に100年程前に廃城となっているが、およそ2万の軍勢が入れる程の巨大さを誇り、隘路を利用した狭い往路の先に関のように聳える。

曹操の見解では旧時代であっても、難攻不落の要塞であり、不要な攻めは行わないと決めていたが、それほどの砦をほんの僅かな時間で陥したのだ。付けて加えるなら、陥落時、古城には負傷兵四千を含む一万の兵と韓遂配下の将が護っていたそうである。

 

「………陥した方法については後で呂風に尋ねるわ。それで、その後は?」

「此方の伏兵が成功し、敵軍の動きが止まった頃合いで後方の四方から突撃をかけるつもりです」

「なるほど……、分かったわ。私達は呂風軍がぶつかる頃まで敵をひきつければいいのね?その後は挟撃ね」

「ご慧眼です。それでは御武運をお祈り申す!」

 

曹操が呂風の狙いを理解したのを見て、力強く頷いた伝騎の二人は馬を返して、樹海の木々を巧みに避けながら斜面を駆け上って丘を越えて消えていく。

 

「流石は呂風が直々に鍛えたと言われる精鋭の伝騎ね。あれなら、戦場の中でも少ない数で切り抜けられるでしょう。あれほどの手練れは中々育たないというのに、ね。流石は涼州と言った所かしら」

 

曹操が呟いた事は正しく、この二人の伝騎は他の軍ならば千人を率いれる千人隊長の格を有する猛者であり、馬術から剣術、槍術に至る事を呂風が直々に叩き込んだ兵たちだ。度々異民族の侵略に晒される涼州の兵たちは素質の面からでも大陸屈指の精強さを誇る。

このような猛者たちが呂風軍では百人隊長の兵卒でしかないのだ。即ち、その猛者たちを率いるのはそれを超える猛者たちーーー将軍格の猛者たちが千人隊長を務め、それを呂風や呂布、張遼、郝昭と、【安定】に留まる華雄、高順、李傕、郭汜といった、後世にも名を残す名将中の名将が取りまとめる、これ以上のものを望むべくもない最高に限りなく近い軍勢。

 

それがどれほど得難いものなのか、曹操はよく理解していた。覇道を進む為には此れほどの軍勢が必要である事も。だからこそ、呂風軍、つまりは董卓軍そのものが欲しい。

董卓が如何程の人物かは分からない。だが、その配下にいる古参の賈詡、張遼、華雄。そして、最近加わった呂風、呂布。匈奴戦役後に仕官した高順、陳宮、李傕、郭汜。

戦役後に仕官した四人はまだ目立った働きをしていないため、能力の程は分かっていない。間者でも潜り込ませて仔細な情報を持ってこさせねばならないが、敵対していない状況で間者を潜り込ませるのは些か躊躇せざるを得ない。

 

しかし、潜り込ませたとしても、あの賈詡や呂風、呂布に気づかれない筈が無いだろう。賈詡は郭汜を筆頭に【草】と呼ばれる隠形(忍び)を独自に構築し、それによる涼州一帯と隣接する州にまで行き渡る広大かつ高精密の情報網で。呂風と呂布は勘としか言えないが、幼い頃から山で過ごしてきたのと、戦場で培った経験による鋭い勘によるその人物の違和感。

隠形たちも総じて武芸に長けるが、それは呂風たちのような英傑になるような人物のもつ武とは違い、一撃で対象の命を摘み取る、暗殺術に振り割った武であり、呂風たち武将となる人物とは洗練、鍛錬することで積み重なる氣が微妙に違う。

 

その違いは本の僅かな違いであるが、幼い頃より野生で生きて、最近まで放浪の旅を続けてきた呂風と呂布は第六感は凄まじいの一言に尽きる。

 

二人が【陳留】に滞在中、一回だけ客将として進軍中、二股に分かれた道があり、片方から嫌な予感がすると言って本来の進軍通路の反対側を選んだ時は伏兵がいたり、罠が仕掛けられたり。

又はこっちに行けば良いと思う方角に行けば知らなかった抜け道があり、進軍の日程を大幅に減らすことが出来たり。

仕官してからは、街の商人で違和感があると勘づき、賈詡が【草】を放って調べてみれば奴隷商人で街の子供たちを誘拐しては売り捌いていたり。

 

上げていけばキリが無いほど凄まじい勘を発揮する。故に間者を潜り込ませたとしても、下手すれば遠くからでも一目つけられたら即暴露される可能性が高いのだ。間者にも口外を禁ずるのは承知の上であるが、情報を吐かせる方法など幾らでもある。

だから迂闊に間者を放つ事など出来ない。

 

ーー故に曹操は来るべき時を待っている。

董卓軍の実力の一部でも見ることが出来る日を。その先に如何程の戦乱、戦禍が待ち構えようとも。

 

 

「曹操様。敵軍先鋒、見えてきました。およそ一万五千。その後ろには中軍二万五千。総大将の韓遂の牙門旗も確認できました。後軍は二万。総勢六万」

「ご苦労様。ならば私たちは中軍を攻撃するとしましょう」

 

聞けば卒倒してしまいそうな大軍。先鋒でさえ、自身の軍の二倍以上。中軍や後軍に至っては約三倍。

近づいてくる騎馬行軍による特有の地鳴り。

駆け足の速さだといえど、総勢六万に差し掛かる大軍が発する地鳴りは凄まじく、大地を揺るがし、森から数多の鳥が鳴きながら飛び上がり、鹿や猪などの畜生たちも一斉に逃げ出す。

配下の兵にも僅かな怯えが見て取れる。無理も無い。

君主としての立場があるため、表情にはださないものの、内面では冷や汗を流している。心臓の鼓動も速く感じる。意識していなければ身体中の震えを止められそうにない。

如何しても万が一の事を考えてしまう。

もしも、敵がこの伏兵に気づいていて、対策をしようとしていたなら?

もしも、呂風が来るまで時間稼ぎが出来ず、追い込まれてしまったら?

 

ーーー………何を考えているのかしら?私は、曹孟徳よ。乱世を併呑せんとするがために生まれ落ちた存在。この程度で恐れていては前に進む事なんて出来やしないわ。

それに、あの呂風を私のものにする事も夢のまた夢。呂風は妹の呂布と二人のみで十万もいる異民族を撃退したのだから。あの絶対武を従えたいのならば、それに見合う覚悟をしなくてはならないわ。

 

 

僅かな月明かりに照らされて反乱軍の先鋒が三角形のような鏃陣で、潜んでいる森の前を通って行く。そしてその後方を四角い方陣で進んでくる。そして、総大将の位置を示す牙門旗が木々の間からチラチラと見えてきた時、時は来たと曹操の手が真っ直ぐ上に伸びる。瞬く間に集まる七千の将兵の目。

そして、顔を弓兵を率いる夏侯淵と騎兵を率いる夏侯惇、曹仁向けて、お互いに頷き合う。幼少の頃よりの付き合いがある三人にはこれだけで意図を容易く伝えられた。

 

「弓兵、連弩三連射だ。用意………放て!」

 

ビュンという弓鳴りの音とともに夏侯淵率いる二千の弓兵が構える連弩から二千の矢が三連撃、即ち六千の矢が木々の間を縫って反乱軍の騎馬隊の側面から殴りつけ、多数の兵を死傷させる。完全に不意打ちだったため、無防備のまま崩れ始めた。

 

「よし、敵は崩れた!私に続けぇー!!」

『オォオォーーー!!』

 

夏侯惇が大刀を振りかざし、自身の乗る愛馬の腹を叩き駆け出させると曹仁も盾と二股に分かれた矛を構えて突撃を始める。

直ぐに青い塗装が施された鎧を身につけた騎馬隊がそれぞれ武器を構えて、愛馬を駆らせ轟音と共に突撃を開始する。

 

「私たちは後方の軍が対応に出た時に秋蘭の部隊と共に妨害!」

 

曹操が率いる重装歩兵は突撃した夏侯惇と夏侯淵の間を繋ぐように動き、敵が騎馬隊を押しつぶそうと動き出した時にカウンターを当てられるように機敏に動く。

 

 

此れに驚き、慌てたのは韓遂だった。

予め放っていた斥候は一騎しか戻ってこなかったが、宴会を始めた模様との報告で夜襲を思いついた。大軍である自身たちに打ち勝ったのだから、油断して宴会を始めて酔い潰れ、夜襲に対する警戒が薄くなるだろうと思っていた。

其処に動ける騎馬全軍で突撃を掛ければ大混乱に陥り、散り散りに潰走するだろうと大まかにだが、策略を立てていた。

自分たちにはそれが出来る実力がある、匈奴の騎馬隊は屈強。全速力で疾走しながら天を飛ぶ雀を撃ち落とせる程の腕前を持って初めて一人前と言われる。そして、此処にいる匈奴は五万近いがその全員が一人前の腕前を誇る猛者だ。

官軍がどれほどいても何度も騎射と突撃を繰り返す事で打ち破れると自負していた。

 

だが、今回の戦役では韓遂の誤算が呂風軍と曹操軍の存在だった。

人外の域にまで達し、乱世の化身と揶揄される一騎当万を正に体現した天下無双の豪傑、呂風とその妹の呂布。その二人には及ばぬにしても一騎当千の名将張遼、守衛戦の名手郝昭。

乱世の奸雄と評され、まだ若き芽の覇王、曹操。覇王の矛と盾の夏侯姉妹と曹姉妹。

『史実』とは違う『正史』では天下に覇を唱えんとし、一方が一方を喰らい合う二頭の龍。

それが今は肩を並べ、共に自身らを狩りつつある。

先の戦でもこの二つの軍が無ければ勝てた、押し切れたと確信していた。袁紹軍や洛陽軍程度ならば、練度と数に物を言わせて圧倒出来ただろう。

 

夜襲の為に官軍が陣地を築いている所まで進軍していたが、深い森がある辺りに差し掛かった頃、突如森の中から数多の矢が飛んで来ては次々と騎兵たちに突き刺さり、落馬する。瞬く間に数千程の兵が落ちて、方陣が崩れだしたかとおもえば、大刀を振りかざした女が数千の騎馬隊を引き連れて崩れた所から兵たちをなぎ倒し始める。

騎兵も応戦を始めようとするが、騎馬は横からの攻撃に滅法弱い。というより、守勢に適さない。

其処に突破力に優れた曹操の騎兵が突っ込んだのだから溜まったものじゃない。しかも、方陣という密集陣形であったため、馬を容易に返すことも出来ず、立ち往生してしまい、パニックに陥る者たちが続出し陣形が更に乱れ、そのまま突き落とされる者が続出する。

 

「立て直せ!敵は寡兵、落ち着いて対処すれば直ぐに押しつぶせる!後続に森に進めと伝えろ!」

「ご注進!敵の旗は青地に黒字の曹!曹操軍です!」

「ほう、曹操軍か。だが、所詮は寡兵。先鋒は鶴翼の陣に移行。周りから攻め立てよ!」

 

曹操軍の精鋭さは西涼にまで届いていた。されど、僅かな兵力で六万の軍勢に襲撃を掛けたのは莫迦であると断言した韓遂は後続の二万に前進の命を下す。

圧倒的な物量を持って質をすり潰す戦術を迷わす取り、後方の軍が一斉に壁となって森に侵入しようとする。

 

ーーその戦法が自身の首を絞め付ける真綿のようにじりじりと締め付けてくる事を知らなかった。

韓遂は後方から迫り来る軍の存在を知らなかった。

既に城は陥ちている事を知らなかった。

 

 

曹操は韓遂がそう動いてくれる事を待っていた。自らを囮にして、敵の後方から迫り来る嵐を招き寄せた。

既に先ほどの偵察の女兵士によって接近しつつある軍勢を確認済み。先頭は長い白髪を持ち、漆黒の巨馬に跨る将。

 

「流石は西涼の雄、韓遂ね。普通ならば的確な指示だわ。ーーーだけど、貴方の命、もう風下の灯よ」

 

反乱軍の後続の森への侵入をゲリラ戦のやり方で翻弄し、混乱させている配下をちらりと見やり、その後、月明かりに照らされて白い嗜虐的な笑みを浮かべて韓遂の方を向く。

すると、月夜の闇の中に響き渡る剣戟と喚声の喧騒に混じって何やら地鳴りのような音が振動と共に伝わってくる。

その音に気付いた反乱軍の兵士が後方を振り向き、迫り来る黒い影を見て、警告を出そうとするが、それよりも早く鋼鉄の紐に繋げられて飛来してきた剣のような矛が首を刎ね飛ばし、落馬した体は瞬く間に影に飲み込まれる。

そして、一まとまりに迫り来る影は瞬く間に四つに分かれ、反乱軍の軍を半包囲するかのように後方四方に移動を始める。

 

「旗を掲げて!其疾如風、其侵如火。風の如く疾く、火のように侵す。……全軍突撃!」

〈ドドドドドド!!〉

 

馬でも運べるように改良された小型の太鼓が一斉に打ち鳴らされ、四つの旗が四つに分かれた影の中から起き上がり、風に靡く。

 

白地に青字の【呂】

 

赤地に黒字の【呂】

 

緑地に黒字の【張】

 

灰色の地に白字の【郝】

 

そして、呂風軍独特の【風林火山】の幟。

 

雲の隙間から漏れ出る月の明かりに照らされた旗は反乱軍にとって死神の到来を告げる旗だ。

それを目撃した反乱軍の兵士は瞬く間に恐慌状態に陥る。

ーーあの天下無双が。あの生ける伝説がやってきた。あの化け物がやって来た。

 

『風……来来ーーーーッッ!!!』

 

絶叫が上がり、その波は瞬く間に後陣全体に広がる。

 

「全軍突っ込みや!思いっきり暴れるで!」

「………往く……!」

「……っ!作戦開始っ!私たちは右斜めから攻めます!」

 

四つに分かれた軍勢は騎馬軍という絶対的機動力を生かして猛烈な勢いで後陣に突っ込む。

韓遂の後陣が炸裂し、悲鳴と血飛沫と共に兵士だったものが空を飛ぶ。馬が両断されて跳ね飛ばされる。剣が手ごと飛んでいく。槍が脆くも折れる。旗が薙ぎ倒される。

 

「な……、何事だ!?」

「て、敵襲です!我が軍の後方より四つの軍勢が突入!」

 

急変した事態に驚いた韓遂は目を瞠る。

その直後、駆け込んできた伝令から急報が齎される。

 

「突入してきた旗は四つ!白地に青字の呂、赤地に黒字の呂、緑地に黒字の張、灰色の地に白字の郝!」

「なにっ!?あの化け物どもだと!?如何やって後ろから来た!城がある筈だろう!?」

「わ、分かりません!ですが、既に後陣は潰乱状態に陥り、まともな反撃も出来ず散り散りになっています!このままでは曹操軍と挟み撃ちです!」

「分かっている!くそっ、どうすれば立ち直せる……!?」

 

盛大に舌打ちした韓遂。脳の回転を早めて打開策を練る。しかし、いくら考えても現状を打開できる案は浮かばす、次々と味方の兵は討たれていく。

森に突っ込もうとした後陣は後方から四軍による強襲を受けた事で大混乱に陥り、懐深くにまで喰い込まれ、壊乱状態に追い込まれる。

 

土煙を上げて猛進する呂風軍は巧みな指揮と連携を見せつけ、次々と屠っていく。圧倒的な突撃力は人という壁を容易く穿ち、穴を抉じ開けていく。その中でも鮮やかに咲き乱れる四輪の華。

 

体を動かす度に、純白の雪のような髪と法衣を象ったような面積の少ない白い布地の着物が月明かりに照らされて仄かに青白く煌めきながら宙を舞う白き華。

 

薄い黒みが混じった赤毛と冠毛のように跳ねる二筋の髪が風圧に靡き、呂風手縫いの藍色の首巻き(マフラー)が自身の起こす風に吹かれて揺れる紅き華。

 

後頭部で結わえた明るい紫色の髪を揺らしながら飛龍偃月刀を左に右にと振り回し、陣羽織を飄々と揺らして馬を駆る紫霞の華。

 

呂風の白い髪とは違って燻んだ灰色の髪をうなじで束ね、背中に流した一房の髪を、馬が脚を踏み出す度に揺れ、緩やかに咲き乱れる灰色の華。

 

 

迫り来る銀鏡の刃に自身の顔が一瞬映ったらその瞬間、地が上に、天が下になり、次の瞬間には赤いモノが顔を流れて髪を濡らし、痛みを感じる事も無く、地面を転がっていく。

死の刹那、時がゆっくりと流れるように感じ、白く美しく舞い流れる長い髪の合間からのぞき見える流れる紅い目。

月の明かりに照らされて白く浮かび、幻想的な姿が目に焼き付く。そして、次の瞬間には体ごと宙に斬り飛ばされる。

 

「風来来ーーーッ!!!」

「だ、だめだ……、こいつには……!こいつには、誰も勝つ事なんて出来やしない……!本物の……、本物の怪物だ……!」

 

咄嗟に馬から飛び降りる事で死神の鎌を躱せた兵士が息も絶え絶えに叫んだ言葉。それは正しく呂風を指す言葉である。

呂風は嘗て張遼たちに『乱世の化身、戦乱そのものだ』と言わしめた。既に人の範疇に収まらない存在であり、兵士の目には美しき少女の姿をとったナニかとしか映らなかったのだろう。

叫び終わった兵士も次の瞬間には頭から唐竹割りのように月光叉双を振り下ろされて絶命する。

 

「………ふぅ……。さて、と……?あれ、私だけ突出し過ぎた?」

 

振り下ろした月光叉双を、重さを感じさせず持ち上げて、ブゥンッと振る事で血糊を飛ばし、脇に挟んで辺りを見回す。

すると、自身のみが敵陣深くまで斬り込んで辺りを斬死体で覆い尽くし、僅か数十秒で千を優に超える死体が呂風の凄まじいまでの暴威を此処に刻み込んだ。

本来ならば自身に向かってくる筈の敵兵は尻込みして距離を置こうとジリジリと後ずさりするばかりで打ち掛かってこない。打ち掛かろうとした瞬間命を絶やされるのが分かっているから迂闊に手を出せないのだ。

そして、背後をちらりと見遣れば、付いてきているはずの後続の騎兵が居らず、呂風が切り開いてきた道筋を更に広げるべく周囲の兵に突撃をかましているところだった。突撃して少しでも隙間が開けば後続の騎兵が更に突撃を繰り出す事で道筋を無理やり抉じ開けて呂風へと続く道を広げる。

それを見届けた呂風は前を見据える。その視線の遥か先には韓遂らしき男が【韓】と黒地に白字で書かれた旗の麓で報告に来たらしい伝騎に怒鳴り返しているところが見えた。

 

『うおおぉぉぉぉおおお!!!』

「ん?……邪魔」

 

武器を振るわなくなった呂風を討ち取ろうと攻め寄せてきた数十人。その中には韓遂の息子も将として、精鋭の配下を引き連れて剣や槍を構えてきた。

並の兵士よりはそこそこ戦える。更に鍛錬をすれば勇将として名を馳せるようになれるだろう。猛将とすら称されるかもしれない。そう思わされる程、武に冴えがあった。

 

だが、それだけだった。

『乱世の化身』と称される呂風にはその動きさえ止まって見える。片足を上げて剣や槍を振りかざした無防備な状態で止まっているように見えてしまう。

脇に挟んた月光叉双がピクリと揺れた瞬間、突風が吹きわたり、迫り来る兵士の体中から夥しい血が溢れ、地に倒れ伏せる。

それは韓遂の息子も同様だった。いつの間にか全身を切り裂かれ、信じられないという愕然とした表情を張り付かせたまま斃れる。

死体の山に又新たな死体が積まれ、同時に反乱軍の後陣二万は呂風軍の攻撃によって壊滅し、生き残った兵たちは散々に逃げていく。

 

「な、なんだ……、今のは!?」

「槍が揺れたと思ったら、次の瞬間には死んでる……?」

 

異様な風景に呂風軍に合流すべくして近寄ってきた夏侯惇と曹仁から声が上がる。

 

「呂風!今のは一体何だ!?一体何をした!?」

「え?普通に月光叉双をたった三閃しただけだよ」

「え……!?」

 

夏侯惇の怒鳴りに至って何の事?と言いたげな顔で平然と応え返す。ここでも又、呂風と一般の常識のズレを感じさせる答えが出た。

本人にとって、一瞬で三閃するという事は至って極普通に複数の人を殺すのに十分であっただけのもの。

速さを極めて、極めていけば、この神速の域にまで達する事が出来る。その場を動かず、迫り来る数十人を捌く為には此れで十分と判断したから、“たったの三閃”しか月光叉双を振り回していない。

 

そう、“たったの三閃”だ。呂風には“まだ本気ではない”。

 

「な……、何だと……」

「此れが……、此れが天下無双。生ける伝説の武神……!」

 

言外に本気で戦っていないと理解した夏侯惇と曹仁は思わず戦慄する。辺りを見回せば、呂風が斬ってきたと思われる夥しい死体が此処までの凄まじい暴威をありありと刻み込んでいた。突入から僅か数十秒で千を優に超える死体を作り出した武威が本気ではない。

 

ーー巫山戯ている。天下無双の、最強の名は、此処まで遠く険しいものなのか……!

 

夏侯惇は曹操軍随一の武人であるが故に己の武に自信を持っていた。されど、そんな己でも僅か数十秒で千を超える敵兵を葬る事は出来ない。精々数百程度に留まるだろう。

だからこそ、挑み甲斐があるというものだ。夏侯惇の体の震えは畏怖から昂りへと変わり、獰猛な笑みを浮かべて、内心で呂風に肩を並べ得る程の武を得ようと決意を固めた。




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