暑い。むしろ熱い。
どうしようもない熱気に包まれ、顔を流れる汗を袖で拭う。
少しだけクリアになった視界。対象までの距離は20メートルほど。
ブリザガの残量は残り40ほど。
これが足りなくなる前に、なんとか終わればいいのだが。
そう思いながら、更にブリザガを唱え、打ち続ける。
炎が届かぬように作り出した氷の壁からさらにその向こう。
炎の魔神イフリート。Seed試験の前課題。
ローレベルG・Fとはいえ、俺には流石に荷が重く感じる。
バラムガーデンすぐそばの炎の洞窟に入り。
ローレベルG・Fである炎の魔神、イフリートを取得する。
本来なら、何の苦もなくやり遂げてしまうのであろう課題である。
それこそ普通の生徒だったなら。
Seed試験を受けるような生徒だったならば、楽だったろうに。
だけど、その甘えは俺には許されないものだった。
「ブリザガ!ブリザガ!」
この日のために用意した氷属性の上級擬似魔法を連発する。
魔法は得意だ。格闘や剣術、他の事に比べたら。
それでも、魔神の熱気に中々冷気は打ち勝つまで至らない。
イフリートが苛立ち始めて、まとう熱気がその力を増している。
振り払うかのように起こす熱風を氷の壁で避け。
さらにブリザガを繰り返す。幾重に。幾重に。力尽きるまで。
右手につけたブレスレットが熱を吸って、熱いほど。
だけど今コレを外してしまえば、ここに立つ事すら叶わない。
このジャンクション・マシンが、最低限の力を俺にくれている。
100個用意したブリザガが無くなる頃。
漸くイフリートの熱気を打ち崩し、炎の魔神の力が尽きる。
ブレスレットを通して伝わる炎が、課題の成功を教えてくれる。
「よくやったわね」
俺に声をかけたのは指導教官であるキスティス先生だ。
俺の一つ年上である18歳だが、その容貌は大人びたものである。
いつも冷静な彼女の声が、今は呆れたような響きを持っていた。
「直接勝てるとは思わないけど、これだけやればいけますよ」
俺が今回とったのは、大量の氷魔法を使った物量作戦だ。
氷の壁でバリケードを作り、そこからブリザガで速攻をかける。
それだけ準備しないといけない理由が、俺にはあった。
「じゃあ早めにここを出るとしましょう」
先生もどうやら暑さには耐えきれないようだ。
微かに顔を顰めながら試験の終了を促す。
そんな先生に、俺は苦笑しながら確認の意をこめて聞く。
「はい。走りますけどいいですか?」
「また、全部逃げるのね?」
当ったり前ですよ、と俺は無駄に胸を張って答えた。
気が付いたのは12歳と少しの頃だった。
両親を、幼い頃に亡くしてしまったらしい“俺”は。
生まれ故郷のティンバーを離れ、ガルバディアに連れられて。
ガルバディアのそこそこ大きな孤児院で育てられていた。
そこは決して悪い待遇の場所ではなく。
子供たちはそこそこの生活を送っていたが、経営が厳しくなり。
頭角を現し始めたガーデンに取り込まれることになった、らしい。
――らしい、というのはその時に俺の記憶が始まるからである。
俺が目覚めたとき、そこはバラムガーデンの医務室だった。
ありきたりな公立学校の保健室のような外見。
戸惑う俺に、周りの誰も最初は違和感を抱かなかった。
聞くところによると。
孤児院を離れ、バラムガーデンに向かう途中の列車に。
モンスターが襲撃し、孤児院の子供は食われてしまったらしい。
その中で偶然一人だけ生き残ったらしい“俺”は、
救出されたのち、予定通りにガーデンに引き取られたそうだ。
だから、誰も俺が戸惑っていることに、不思議に思わなかった。
混乱や記憶の欠如は、惨状を見たことによるショック。
そう診断されるのも無理はなく。
そして、それ以上に俺にとってはありがたい勘違いだった。
俺には孤児院の記憶や、シオンという名前の記憶なんてなかった。
それはそうだ。俺はここで目覚めるまで、そんな名前じゃなかった。
日本に住む、普通の大学生として過ごしてきたのだ。
日常のちょっとした出来事に一喜一憂し。
バイトをし、学問を行い、そして事故や病気とは縁がなく。
非常に地味な学生として20年間を過ごしてきたその俺に。
鏡に映る中学生ぐらいの子供や、孤児院の生活。
そして、子どもたちが食い荒らされる凄惨な光景のような。
そんなものの、記憶があるはずもなかったのである。
幸い、ガーデンは不幸な環境の孤児たちも受け入れていた。
日常生活の常識や、その他一般常識の特別授業もあった。
俺はそれらを、まず一から受けさせてもらえることになった。
そして、やがては。
一般生徒の受ける基礎知識講義と戦闘技術講義を受けてもらう。
心配することはない、と担当の先生からも安心するように言われた。
そんな説明を受ける中、当の本人である俺は混乱していた。
ここはいったいどこなのか。
バラムガーデンってFF8にあったあの。
そんなことより、俺は一体どうなったのか。
その時の俺には、何をどうすればいいのかすら判らなかった。
恐らく顔を真っ青にしていただろう俺を見て、周りは心配をしたのか。
身体に大事をとって、3日程医務室に泊まることになった。
俺の混乱し、考え込む姿。それを大人は見守ってくれた。
俺じゃない“俺”が経験した惨状に思いを馳せているのだろう。
どうやら、そんな勘違いをしてくれているようだった。
特に医務室のカドワキ先生は、本当によくしてくれた。
その視線に憐れみが混じっているのが気になるけれど、仕方ない。
俺は確かに、憐れむべき子どもにしか見えないのだろう。
けれど、その間に、俺は只管今後どうするかを考えていた。
この場所がバラムガーデンであることは、周りから確認し。
そして、魔法があることも、驚きを隠しながらも、見知った。
結果的に気付けたのは、ただ一点。
この世界が少なくともFF8の世界に似ているということだ。
同じとは、口が裂けても言いたくはなかったけれど。
ガルバディア。エスタ。ウィンヒル。ドール。
Seedという傭兵、魔女の存在。魔法の存在。地形、地名。
強いて言うなら違いは、俺がいるということだろう。
この世界に何故来たのかという疑問はある。
しかし、考えても答えの出ないものだと早々に諦めるに至った。
これが夢ならば、寝れば覚めると思ったけれど、違った。
目が覚めるとそこはやっぱり医務室。
これは夢かもしれないが直ぐに醒めるものではないと知らされた。
ならば、ある程度は現実として受け止めるしかないだろう。
そうなると今の現状を受け止めるしかない。
受け止めるべき現状は、FF8に良く似た世界にいるということ。
ならば。そう。何も知らないよりはマシではないのだろうか。
FF8というと魔女の物語だ。
イデアからリノアへ受け継がれた魔女の力。
それを目指して未来から来た、ラスボスのアルティミシア。
最後にいたるまでには色々な抗争があることを俺は知っている。
ガルバディア軍がドールに侵攻。ティンバーを占領。
魔女イデアによるガルバディアの洗脳。ガーデンへのミサイル攻撃。
ガーデン同士の戦闘。月の涙・ルナティックパンドラ。
そう、この世界は決して平和な世界ではない。
俺が一人、ここにいる理由も考えればそれも当然のことである。
俺以外の子どもは、既に食い荒らされているのだ。
この世界にはモンスターが居て、そして人と人の争いがある。
俺は焦った。
非常に焦った。
俺は戦争に巻き込まれるのはどうしても嫌だった。
人の生き死ににも、未来にも、何にも関わりたくはない。
それはどうしても生臭くて、俺には我慢ができそうになかった。
そう、それにもう一つ。俺が巻き込まれたくないのに理由が一つ。
このゲームは。
この世界は、俺が何もしなくてもHAPPYENDに終わるのだ。
ならば、俺は何をしなくてもいいだろう。逃げ続けてもいいだろう。
ガーデンで自分の身を守れる程度の力だけ付けて、
物語に突入する前にガーデンを降りてウィンヒルあたりに逃げ込もう。
そうすれば、きっとこの覚めない夢もいつかは覚めてくれるはず。
そう決めた俺は、割と前向きに思えた。