雨にも種を。(リライト版)   作:re=tdwa

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夜になりかかった頃、執務室のドアが控え目に叩かれた。

「どうぞ」と一声言うと、ゆっくりとドアは開かれた。

リノア、である。それも一人。一体どうしたのであろうか。

 

「シオン、今大丈夫?」

「リノア?

 どうしたのこんな時間に一人で」

「ちょっと、話があって」

 

珍しいというか。今まで二人で話したことってあまりない。

それこそ、ティンバーで二人で逃げたのが最初で最後じゃないか。

様子からすると、結構深刻な話みたいだけど、何があった。

 

「取りあえず、中入って。

 仕事は一区切りついてるから、何かあったのなら話してよ」

「う、ん……」

現れたリノアはどうやら凄く落ち込んでいるようだった。

しかし、俺のところにくるのは、なんでなんだろうか。

俺とリノアでは、スコール関係ぐらいしか共通の話題はないが。

 

それにしてもここまで沈んでいるのはおかしいと思う。

今の彼女はいつもの笑顔ではなく、心底疲れたような顔をしていた。

そのリノアは、俺の促しに言葉を選びながら口を開いたのだった。

 

「あの、ね?

 さっき私、スコールたちがトラビアに行くの付いてったんだ」

「トラビア・ガーデンに?」

 

スコールたちというと。

普通に考えたらパーティのみんなだろうか。多分間違ってはないか。

頷いたリノアは、またゆっくりとした口調で語り始める。

 

「うん、アーヴァインがみんなに話があるって。

 それで、私は呼ばれてなかったんだけど、付いて行ったの」

 

トラビアで、アーヴァイン。ああママ先生についてのお話か。

正直、ないかと思っていたからあってよかったと思う。

みんなの中に、俺が入っていないのが少々気になるところだが。

 

「どんな話だったの?」

「私には、よくわからなかったんだけど……。

 みんなが実は同じ孤児院出身だったんだって」

「孤児院?」

 

イデアの家だね。俺は知らない振りをして、更に話を促す。

 

「うん。

 記憶障害っていうので、忘れちゃってたらしいんだけど」

「うん」

「それで、そこの先生の名前が、イデアって言うんだって」

「魔女と同じ名前だね」

 

言いにくそうに搾り出すリノアに、俺は淡々と言葉を繋ぐ。

 

「うん。

 旦那さんの名前はシドさんで、ガーデンとSeedの発案者なんだって」

「うん」

「うんって……知ってたの?」

 

さて。どう答えるか。嘘を言っても余計怪しまれるし。

本当らしく、嘘じゃないあたりを言っておくのが肝要だろうか。

複雑にしすぎないほうが最もらしく聞こえるものだしね。

 

「ちょっと昔、ガーデンの歴史を調べたことがあってね。

 魔女イデアと学園長の関係と、孤児院をやってたことは知ってるよ」

「……なんで言わなかったの?」

「みんなが忘れてるみたいだったから」

 

その方が、誰も悲しい思いをしなくても済むでしょう?と続ける。

その言葉に、リノアは俺から一歩離れる。

引いたのじゃない。足を縺れさせて、後ろに下がっただけである。

 

「……忘れてたら、言わないの?」

「言わなかったね。

 多分、それが学園長の望みだと思ってるものだからね」

 

倒すときに、余計な感情は持たせたくないと思ったんだろう。

それは優しいようで、残酷なだけの行動だと思うけれども。

どちらにせよ、思い出すならともかく、俺から伝えることではない。

 

「それで、落ち込んでるのはどうして?

 みんなの先生が魔女だったことがショックだったから?」

「ううん。

 それもあるけど、私が、一番ショック受けたのは……」

 

リノアは口ごもった。

どうやら言葉を選ぼうとしているらしい。

ううんとか、えっととかを数度繰り返してから漸く口を開いた。

 

「……みんながそれでもイデアと戦おうとしていること」

「……」

「私、聞いていた時はびっくりして何も言えなかったんだけど……

 大切な先生なんでしょ? 大切なお母さんなんでしょ?」

「だろうね」

 

それは、俺も否定はしない。けど続く言葉に準備をする。

 

「なんで、みんな平気で戦おうとするのかな」

「平気じゃないでしょ」

 

平気なわけないだろうよ。

大切な人、母親相手に剣も銃も向けられる人間なんて、そうはいない。

特にちゃんとした母親をしてくれていた人ならなおさらだ。

 

「でも、戦わなくていい手段とか、あるじゃない?

 えらい先生が、どうにかする手段を考えるかもしれないし」

 

オダイン博士か。

あの人がそんな都合のいい方法を考えてくれる人だとも思えないが。

しかし、リノアは更に話を続ける。俺が口を挟む間もないほどに。

 

「私、こういう時、思うの。

 みんなのテンポと、私のテンポがずれているって」

「テンポ?」

「うん。呼吸、っていうか考え方みたいなもの。

 みんなのテンポが、だんだん早くなっていって。

 私も頑張って追いつこうとして、でもみんなはもっと早くなっていって」

 

少しだけ、リノアの言っていることも判る気がする。

置いていかれることが怖いのだ。価値観の違いが、常識の違いが。

慣れようとするほどに、もう慣れてるみんなが遠く見えてくる。

 

「……」

「私、みんなに追い付けないことが不安で、怖い。

 私より先の場所で、みんなが倒れてるんじゃないかって思っちゃう」

「……俺だってそうだよ」

 

耐えきれなくなって口をはさんだ。そりゃそうだ。

本職の傭兵と行動派とはいえ、お嬢様では考え方は違うだろう。

それでも君は戦うことを決めたんだろう?俺と同じでさ。

 

「リノアは、いいじゃないか。一緒に戦えるんだからさ。

 みんなが倒れていても、後から追い付いたリノアが助ければいい」

「シオン?」

「俺はそうじゃない。みんなを助けることなんて出来ない。

 俺に出来るのは、倒れて行くみんなの背中を見ているだけだ」

 

ああ。

これじゃただ八つ当たりをしているだけにしかならないじゃないか。

伝えたいのはこんなことじゃない。もっと本質的なことである。

 

「――誰だって。

 誰だって、一方向しか向くことは出来ないんだ」

「え?」

「前を向いて戦ってる間に、後ろの仲間が襲われているかもしれない。

 でも、それでも戦っている内は振り返ることが出来ないんだ」

 

だけど、戦わないと。前から敵は向かってくるんだ。

前から向かってくる敵と立ち向かわないと、他の誰かが危険になる。

後ろは気にしている余裕はない。無事と信じることしか出来ない。

 

「みんなは前を向いて戦ってる。

 俺は、みんなの後ろを守るために戦ってる」

「……」

「大切なものを守りたいだけなんだよ。

 俺たちは、戦うことしかそのやり方を知らないんだ」

 

リノアは、黙って聞いていた。

俯きがちに、手を握り締めて俺の話をただ静かに聴いていた。

 

「だから、スコールたちを信じてあげて。

 彼らは強い。負けない。もし負けても、君が助ければいい」

「……私が?」

「君だって、大事な誰かを守りたいだろ。

 君は、君のやり方でみんなを守ればいいんだ。

 

それこそ、後ろからついていくなら。

戦うみんなの、直ぐ後ろを守ってあげればいいだけの話である。

それはテンポが違う、リノアにしか出来ないことである。

 

リノアに言い聞かせるのと同じぐらいに、俺にも言い聞かせる。

これが俺の戦い方だ。武器をもって戦うだけが戦いではない。

そう思ってなければ、やってられない。挫けそうになるのだ。

 

「でも。

 そうやって戦うのだって、大切な先生じゃない」

 

リノアはポツリとつぶやいた。

 

「だからこそだよ。

 大切な人が大切な人を傷つけるのなんて嫌だろ」

 

だから、止めなくちゃ。そう言った俺のことをリノアは見た。

 

「……止める」

「そう、止めるため」

 

大切な人だからこそ、その人に悪いことなんてさせられない。

止めてあげなくちゃいけないんだと、俺はそう思う。

たとえ、それで相手を傷つけることになったとしても。

 

会話が途切れ、沈黙が執務室の中を満たしていく。

だけど、それは決してそれまでの緊張感に満ちたものではなかった。

リノアは薄く呼吸を繰り返して反芻しているようだった。

 

「―――よしっ!」

 

突然リノアは、大声を出してから深呼吸を始めた。

少し驚きながらも、俺はそれを見守る。この様子なら大丈夫かな。

リノアは少ししてから俺の方を振り返り、明るく笑って見せた。

 

「シオン、ありがとね?

 すっごく楽になったよ」

「それはよかった」

 

うん。元気になったのなら何よりなことである。

 

「うん、私が落ち込んでちゃだめだよね?

 大変なのはみんななんだから、私は元気でいないと!」

「そうだね。

 無理をすることはないと思うけど、心がけは立派だと思う」

 

いや、本当に。無理だけはしちゃいけないけれど。

空元気でも元気は元気というじゃないか。まさにその通りだ。

心配と応援を同時にする俺に、リノアはガッツポーズをして見せた。

 

「うん、頑張るよ!

 こうしちゃ居られない、みんなを元気づけてくる!」

「頑張って」

「じゃあね!

 今日は本当にありがとう!」

 

リノアは来た時とは打って変わって騒がしく退室していった。

ガーデンの夜は更けて行く。戦いまで、段々と近づいていく。

これからの戦いに向けて、嫌が応にも緊張は高まっていくのだった。

 

 

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