宇宙世紀0088年2月 サイド2宙域
漆黒の宇宙を、巨大魚を思わせる幾つもの影がゆっくりと横切っていく。
地球連邦軍の有する”サラミス級航宙巡洋艦”である。
眼前の全天周モニターには、無数に飛び交う光芒が花吹雪の様に咲き乱れていく。その光景をバイザー越しに捉えながら、コックピットに座った青年はゆっくりと息を吸う。
自分の身体に纏った濃紺のノーマルスーツとヘルメット。その右肩に刺繍された、鷲を模った白地の鋭角的なマークを思い浮かべる。その思考が、青年の意識を夢見心地から鮮明に覚醒させていった。
『総員、傾注せよ』
それと同時に、コックピットに女性の声が響いてきた。
同時に、全天周モニターに2つの顔が映し出される。
『聞きなさい、この戦いは我々の存亡をかけた最終決戦となるわ』
左の画面の奥には、濃紺の軍服を纏った怜悧な雰囲気の女性がこちらを見据えている。先刻の冷静さを秘めた声は、この女性が放ったものだった。
切れ長の形をした深緑の双眸が、自分の顔面を鷲掴みにして離さない……そんな風にさえ思わせる雰囲気が、モニター越しにひしひしと感じられた。
『我々ティターンズは、何のためにこの
左の画面からの声が一旦やむと、今度は右側に表示された画面から別の声が響いてきた。今度は凛とした気の強そうな声色だった。
『随分と緊張しているのね……でも、姉様の言った通りよ。私達はテロに屈してはならない。ティターンズの名に懸けて、これ以上
右の画面に映っているのは、濃紺のノーマルスーツを纏った女性パイロットの姿。自分達を今まで引っ張ってきた隊長である。
「……承知しています。例え堕ちたと言えど、我々にも譲れぬものがある」
気が付くと、青年は2つの画面に向かって神妙な口調で呟いていた。
『フ……言う様になったわね、アルギス少尉』
右の画面に映る隊長は、猫の様に目を細めてクスリと笑う。左の指揮官風の女性も、思わず口元を綻ばせていた。
会った頃と変わらないな……と微かに思いながら、青年は2人の上官を静かに見つめていた。
『その譲れないもののためにも、ここで斃れる事は許しません。何があろうと、生きて戦い抜くのです』
やがて……隊長は檄を飛ばす様に、そう呟く。
それと同時に、青年は右の拳を己の心臓の位置にグッと押し当てていた。
「―――――了解」
程無くしてモニターにシグナルサインが表示される。
自分の乗っている褐色の機体。甲板に佇むそれを固定したロックが解除された合図だ。このまま機体を起動させれば、乗機はサラミスから離れて青年の操縦に委ねられるだろう。
まるで昆虫を無理矢理二足歩行にした様な異形の機体……自分の機体を、彼は慣れた様子で起動させていく。同時に、サラミスからも発艦の合図が発信された。
「そうだ―――――俺達は、負けるわけにはいかない………負けてなんかいられないんだ――――――!」
しかし……モニターから2人の顔が消えた時、青年は徐にそう言っていた。
意識が鮮明であるにも拘らず、その口から放たれたのは、まるで地の底から響く様な低い声。
さながら、何か過酷な運命に翻弄された哀れな虜囚の様に、絶望と悲しみと苛立ちが混ぜこぜになった様な……感情の見えない不気味な声で、青年は視界に広がった宇宙の光芒を睨みつけていた。
(今の俺がいるのは彼女達のおかげだ……あの人たちの為にも、退くわけにはいかないんだ――――――!)
幸い、あの2人が今の自分の心情に気付いた様には思えない。恩人と言える彼女達に、こんなすり減った自分を見せたくは無かった。
パイロットのそんな思惟を感じ取ったように、褐色のモビルスーツ……RX-110"ガブスレイ"が、コックピットに響く言葉に呼応する様に小さく…しかし、確かに鳴動していた。
「こちらカラベラス02、第6小隊所属、リョウト・アルギス少尉……"ガブスレイ"、
宇宙世紀0088年、ジオン残党の根絶を標榜する軍閥組織「ティターンズ」と、ティターンズ支配の連邦に抵抗する反連邦派閥、エゥーゴによって引き起こされた地球連邦の内戦……通称「グリプス戦役」は、同年2月に敢行されたメールシュトローム作戦を機に終結した。
これにより、一時は連邦の軍上層部を席巻していたエリート部隊であったティターンズは完全に凋落。だが、時同じくしてこれまで第三勢力として兵力を温存していたジオン残党の勢力が自らを「ネオ・ジオン」と標榜して宣戦布告を開始した。
混迷を極めつつある世界は、アクシズと共に襲来したネオ・ジオンと連邦との戦い……後に『第一次ネオ・ジオン抗争』と呼ばれる争乱へと引き継がれていく事になる。
そして……それから幾許かの時が流れた………