機動戦士ガンダムZZ外伝~オルトロスの翼~   作:エス氏

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以前から書き溜めていましたが、ガンダムの物語を投稿させていただきました。
物語の編集に助言していただいた皆様に感謝しつつ、本作も読んでいただけることを願います。

時期はジュドー・アーシタの活躍した第一次ネオ・ジオン戦役。アニメのキャラクターはほとんど出て来ない予定ですが、お楽しみいただければ幸いです。

P,S
劇中に登場する「ヌーベル・ジムⅡ」は、懇意の作者さんである『KY@RGM-79R』さんの作中に登場するエゥーゴの機体を1機譲っていただきました。


Phase-01 The First Part

 宇宙世紀0088年5月4日 北米大陸

 

 太陽の照りつける乾いた大地を、幾つもの巨大な影が疾駆する。

 かつての戦争において、地球連邦の敵であったサイド3コロニー群……旧称『ジオン公国』が戦線投入し、これまでの兵器バランスを大きく覆したとさえ囁かれる鋼鉄の巨人……人型機動兵器『MS(モビルスーツ)』である。

 その数6機。

 彼等は言いようのない怒りと怨念を秘め、眼前の敵を喰らい付くさんと突き進んでいた。

 

 

 その目前、廃墟と化したビル群に、幾つか別のMSが機を伺う様に潜んでいた。

 

 

「まさかパトロールしていたらこんなのに出くわすなんてな……しかも6機もいるなんて聞いてねぇって」

 地球連邦軍で広く使われている量産機、RGM-79R"ジムⅡ"のパイロットが面倒臭そうにつぶやく。

「宇宙の奴等の活動が活発化してるせいで、こっちの奴らも火が点いちまってるってのかぁ?」

「あちらさんは殺る気みたいだぜ、クソ!残党共が!!」

 僚機が油断なく手持ちのマシンガンを構えて、迫ってくる機影に機首を向けていた。

 

 数か月前、突如として地球連邦に宣戦布告した大規模なジオン残党勢力…通称『ネオ・ジオン』。

 彼等はさきのグリプス戦役で疲弊した連邦軍に対して温存した戦力で侵攻。多くのスペースコロニーを瞬く間に掌握していた。 

 そして、これに伴って地球の各地に潜伏していた残党達が日を追うごとに活発化していく現象が起こり始めていた。

 

 この北米はまだネオ・ジオンの影響で火の点いた者達はそう多くない。しかしアフリカやアジア地域などでは、これまで身を潜めていた彼等が苛烈な抵抗活動を始めているのが現状である。

 当然、地上の連邦軍もこれに暫時対処しなければならない。

 

 

「……おいアルギス准尉、出番だ。さっさと立って奴等をブチ殺して来い」

 程無くして、隊長機と思しき"ジムⅡ"が真後ろの機体に先行する様に促す。それを受けて、身を屈めていた灰色の機影がゆっくりと立ち上がっていた。

 

 

 

「"ザクⅡ"3機、"ドム"タイプが3機……意外に充実しているな」

 灰色と濃いブルーのツートーンカラーに彩られたMS、RMS-179"ヌーベル・ジムⅡ"のコックピットの中で、青年は淡々とした調子て呟いた。

 後方には、白と赤のカラーリングが施された機体が5機、息を潜めて蹲っている。いずれも友軍の"ジムⅡ"だ。だが、青年の機体がよく見える場所に佇んでいるのに対し、他の機体はビルの影や瓦礫の傍に潜んで出て来ようともしない。ならば遠距離武器で支援を狙っているかと思えば、そんなものを展開している機体は殆どいない。精々先頭の3番機が手持ちの「ジム・ライフル」を油断なく構えて様子を伺っているくらいだ。

 

 彼等はまるで、灰色の1機だけを囮にしている様な歪な配置を見せていた。

 

 

「……こちら第1分隊長、リョウト・アルギス准尉。目標を殲滅する」

 そんな味方の動きにも眉1つ動かさず、青年……リョウト・アルギス准尉はただ静かに操縦桿を動かした。

 

 

 

 

「何だあれは?」

 砂煙を上げて先頭を直進する"ドム・トローペン"。そのコックピットのモニターに映った映像を見て、パイロットは思わず首を傾げる。

「たった1機で出てくるとは……バカにしてんのか、それとも相当腕立つのかぁ?」

『よく見ろ、あいつ普通の"ジム"じゃないぞ』

 僚機からの通信に目を凝らすと、眼前の灰色の機体は連邦軍の”ジムⅡ”じゃない。持っている得物も通常の90㍉マシンガンやジム・ライフルではなく、砲撃武装のハイパーバズーカだけだ。

『"後期型ジム"か!?』

「どっちにしろ叩いてやる!」

 一瞬驚いた様だったが、すぐに各々が態勢を立て直して前進する。

『乗ってんのが野郎だったらすぐ殺せ!女だったら拉致れ!!』

 背後の"ドム・トロピカルテストタイプ"からそんな掛け声が聞こえる。

 

 狩りの始まり―――――

 

 そう言わんとばかりに、ジオン残党軍は一斉に動き出した。

 

 

 

 

 最初に動いたのは敵方の"ドム・トローペン"だった。。

 灰色と濃いブルーの機体を目前に捉えた瞬間、すかさず手にしていた大型のバズーカ砲をぶっ放す。

 放たれたロケット弾は、噴煙の軌跡を描きながら目標へと向かっていった………が、"ヌーベル・ジムⅡ"は狼狽える事無く手にしていたバズーカを構える。それと同時に、砲身から榴弾の閃光が閃いて敵のロケット弾に直撃、誘爆させる。

 誘爆したロケット弾が爆炎を周囲に撒き散らす。瞬間、その煙を突っ切って灰色の巨躯が"ドム・トローペン"の前に躍り出ていた。

 同時に、左手で背中から突き出ている突起状の部分を掴んで引き抜く。

「遅い……」

 引き抜いた突起から噴き出しているのは、明るい黄金色に煌めいた光の線。"ヌーベル・ジムⅡ"はそれを剣の様に構えると、面食らった"ドム・トローペン"に向けて無造作に突き出した。

 "ジム"系統に標準装備される剣撃武装「ビームサーベル」。今"ヌーベル・ジムⅡ"が構えているそれが、敵機を串刺しにしてしまっていた。

 

「ドム1機撃破……っと、ついでに!」

 そのまま灼熱の刃を引き抜くと、右手に持ったバズーカを横溜めに構える。そして、今度は肉薄してきた"ザクⅡ"の腹部に直撃弾をお見舞いしていた。

 

 

 

 

 

 

 

『"ヌーベル・ジムⅡ"、敵MS2機を撃破』

 開いた回線から、そんな声が聞こえる。僚機の"ジムⅡ"からの通信だ。

「兄さん……」

 小さくそう呟いて、茜色の髪の少女は徐にコンソールに手を伸ばした。それに呼応する様に、彼女の"ジムⅡ"が持っていたジム・ライフルを構える。

『3番機、勝手な行動はするな!』

 しかし、分隊長らしい"ジムⅡ"が彼女の機体を制する。

「でも…これではアルギス准尉が危険です!単騎であれだけの数を相手なんて――――」

 いくら"ヌーベル・ジムⅡ"のスペックが"ジムⅡ"より高いと言っても、多勢に無勢。今は優位であってもそのうち押し切られてしまうかもしれない。

『なに、心配には及ばん。かの高名なアムロ・レイも12機の"リック・ドム"を単騎で迎撃したというではないか』

『そーそー。それに、あいつは元エリート様なんだぜ。俺ら一般兵が行っても足手纏いなんだとよ』

 回線の部隊用チャンネルが繋がっていたのか、別の機体のパイロットが分隊長に相槌を打つ。残りの数名も押し黙ったように沈黙して答えようとしない。

 

「そんな……」

 

 

 

 

 

 

「残り4機……全く、無茶を言ってくれるな」

 瞬く間に2機のMSを血祭りに上げた"ヌーベル・ジムⅡ"は、続いて向かって来る4機の敵機にゆっくりと向き直っていた。

 両足で疾駆してくる2機の"ザクⅡ"と1機の"ドム"は、マシンガンをバラバラと乱射しながら向かってくる。瞬く間に跳弾が大地を抉って大きな土埃を舞い上げた。

 

「っ!!」

 "ヌーベル・ジムⅡ"を駆る青年は、咄嗟に機体を踏んばらせて左手のミドル・シールドを構える。

 同時に、そのシールドの表面に何かが着弾した様に爆発が生じた。遠距離から狙っていた"ドム・トロピカルテストタイプ"が持っていたバズーカを撃ったのだ。

 とっさの機転で直撃は避けられたが、ロケット弾による衝撃を完全に相殺できずによろめく。それと同時に、残る残党機が"ヌーベル・ジムⅡ"目掛けて殺到し始めた。

 

 

 先行して駆けだした"ザクⅡ"が手斧(ヒート・ホーク)を抜き、同時にスラスターで跳躍を掛けながら振りかぶる。しかし、それを見逃すリョウトではなかった。

「っ……舐めるなぁ!!!」

 すかさずスラスターを噴射して踏ん張ると、"ヌーベル・ジムⅡ"は左手のミドル・シールドを構える。そして、それをコックピットのある胴体に向けて勢いよく突き出す。

 

 グチャッ!!!

 

 目前に迫っていた"ザクⅡ"は慌てて立ち止ろうとするが、それを避けきれず、シールドの先端がコックピットに食い込んでいく。そして……金属と水気の詰まった「何か」が潰れる様な嫌な音を立てて、そのまま崩れる様に大地に横たわっていた。

 

 

 

(……くそっ、何て気分にさせるんだ!)

 

 正直、こんなのは聞きたくないし見たくもない。

 生きたものがプレスされてそのまま挽き肉(ミンチ)と化す瞬間は、ひとたび想像してしまうと悍ましい事この上ないのだ。

 ひしゃげた先端が赤黒く染まるシールド。吐き気を覚えながらもそれを一瞥し、青年はそのまま無造作に投げ捨てた。

 

 

 しかし、

 

 ドォン!!

「ぐっ!!」

 動きが鈍った瞬間を見計らったのか、途端に残る"ザクⅡ"と"ドム"が一斉に持っていた機関銃で"ヌーベル・ジムⅡ"を狙い始める。

 たちまち肩アーマーは砕け、胴体にも着弾による無数の火花が舞い始めた。持っていたバズーカも機関銃の直撃で砲身が瞬く間に穴だらけになってしまう。

 

 

 

 

 

 

 

『よし、頃合だ。奴が弾除けになっている隙に後退して態勢を立て直す』

 集中砲火に晒される"ヌーベル・ジムⅡ"。被弾したバズーカを誘爆する前に投げ捨てるのが確認できたが、遠くに身を潜めている4機の"ジムⅡ"は助けるようなそぶりも見せずただ遠巻きに眺めているだけ。

 

 前方の同胞を弾除けにして撤退する腹づもりなのが、少女に手に取る様に理解できた。

 

 

 

(……もう限界よ!)

 

 

 しかし、最前列にいた1機が不意にスラスターを噴射して加速する。その先にいるのは、今まさに孤軍奮闘を強いられている"ヌーベル・ジムⅡ"の姿だった。

『3番機、何をしている!?戻れッ!』

「これよりアルギス准尉の支援に移ります!」

 隊長機からの怒声が聞こえるが、耳触りとばかりに少女は回線を切断。そのままジム・ライフルを構えると、眼前に向けてトリガーを引いた。

 

 

「兄さん、離れて!!!」

 それと同時に、少女は回線で呼びかけながら"ヌーベル・ジムⅡ"の姿を視界にとらえる。

 

 ガン!ガン!ガン!

 金属が砕ける甲高い音がしたと思うと、今まさにヒート・ホークを振り下ろそうとした"ザクⅡ"が脱力したように崩れ落ちた。

 

 

 それを見ていた残りの"ドム"と"ドム・トロピカルテストタイプ"の2機は、不意に現れた増援に一瞬怯んだものの、すぐに気を取り直して得物を構える。今度の武器は、背中に装備していたヒート・サーベルだ。

『アレイアード軍曹…助かった。だが離れていろ、奴らは俺が……』

 "ヌーベル・ジムⅡ"からは、少女を心配する様な声が聞こえる。しかし、

 

『今だ、全軍突撃!!』

 途端に、分隊長の掛け声と共に、今まで隠れていた白と赤の"ジムⅡ"4機が2機の"ドム"に狼の様に襲い掛かってきた。

『この機を逃すな、一気に畳み掛けろ!』

 突然の動きに不意を突かれた"ドム"は、慌てて得物を構える。が、遅かった。群がる様に接近する"ジムⅡ"を捌く前にビームサーベルで突き刺され、マシンガンで蜂の巣の様に撃ち抜かれて弾け飛んでいく。間もなく、残っていた2機のMSは燻った鉄の残骸へと成り果ててしまっていた。

 

 

 

『流石だよ、アレイアード軍曹。君の見極めのお陰でこちらも大金星、お父上も喜ぶだろう』

 聞こえてくるのは、第2分隊長の歯が浮く様な賛辞。

『それに比べて、アルギス准尉……何なんだね、その体たらくは?何故もっと効率よく殲滅できない?お陰で義妹(いもうと)に多大な迷惑をかけているんだぞ』

 かと思うと、今度は"ヌーベル・ジムⅡ"目掛けて辛辣な言葉を叩きつけてくる。

 

『……申し訳ありません、第2分隊長。以後、善処します―――――

 

 

 

 

 

 

――――――――後始末は、こちらにお任せください』

 

 

 

 だが、途端に"ヌーベル・ジムⅡ"の灰色の躯体が顔を上げる。そのセンサーが、後方から捕捉した何かを補足していたのだ。

 

 

 後方の岩陰からメガ粒子の火線が走ったのは、ちょうどその時だった。

 

『うわ!!』

 分隊長機は慌ててかわそうとするが、一瞬間に合わずに右腕から先がジュッと音を立てて消し飛ばされていた。

「全機散開!」

 咄嗟にリョウトが回線を開いて指示を出す。それを受けた他の"ジムⅡ"が慌ててその場から散らばっていった。

 

 

 

 現れたのは、"ザクⅡ"を彷彿とさせる、しかし先程の"ザクⅡ"や"ドム"よりも目新しい印象を受ける緋色のMSだった。

 ジオン系特有のモノアイ、左肩のスパイクアーマーと右肩の盾状の装甲、背中には大型のバックパックを備えたその機体は、かつてティターンズで運用されていたMS、MSA-002"マラサイ"である。

 その手には、細長い大型のライフルが握られている。先程の狙撃はこの銃によるものらしい。

 

「やはりな……ティターンズの残党が、此処まで墜ちたか………!」

 今まで無機質だったリョウトの声色が険しくなったのは、ちょうどその時だった。

 同時に、スラスターを一気に噴射して"ヌーベル・ジムⅡ"は"マラサイ"の目と鼻の先まで一気に距離を詰めていった。

 

 前方の"マラサイ"も狙撃体制から起き上がると、素早く手持ちの銃……フェダーインライフルを逆手に持ち換える。

 それと同時に銃身の尻にあたる先端部からビームの刃が展開。"マラサイ"はすかさずその刃を抜き放つ。

 

 一瞬の後、2機は光刃を閃かせて激突していた。

 

 

 

 

 

「くそっ、エゥーゴに尻尾を振った犬が!」

 "マラサイ"のコックピットで、黒いノーマルスーツをラフに着た男は怒りの声を上げていた。

 

 彼はジオンの人間ではない。

 その正体は地球連邦軍の人間であり、れっきとしたアースノイドであった。

 

 

 それが何故、同じ連邦軍と戦っているのか………

 

 

 

 

「どいつもこいつも俺をコケにしやがって、今まで誰がお前等を守ってやったと思ってんだッ!!!」

 

 

 彼は、かつて連邦軍に存在したエリート部隊の人間であった。

 だが、その部隊は苛烈な弾圧や横柄さが災いして反連邦勢力との抗争に突入。結果として壊滅させられている。

 

 

 行き場を失った彼と"マラサイ"が行きついたのは、かつて弾圧の対象であったジオン残党であった。

 

 

 今や後ろ盾すらなくなってしまった彼と、戦力の増強を望むジオン残党。双方の利害が一致した末に迎えられることにはなった……だが、実際はどうだ?

 つい最近までアリを踏みつぶす様に駆逐し、見下してきた者。スペースノイドに言わせれば、本当の仲間として迎えられる要素などあるわけがない。

 それがずっと過酷な生活を強いられてきた残党達なら尚の事だ。

 

 彼と共にやって来た機体……"マラサイ"を操縦できるのが彼しかいないからこそ同行を許されているが、実際に取り巻く状況は「針の筵」。嫌がらせや無視、腹いせのリンチなどこの数ヶ月で嫌という程味わっている。

 もし自分の機体を使えるパイロットが向こうにいるなら、とうの昔に撃ち殺されてゴミみたいに捨てられていただろう。

 

 だからといって、残党共を怒りにまかせて殺してしまうわけにもいかない。

 こいつらを失えば、明日からまた浮浪者の様に北米を彷徨うだけの生活が待っている。

 宇宙の元同胞達は、一部はアクシズから飛来したネオ・ジオンに迎合してその傘下に迎えられたと聞く。それ以外にも、情状酌量のおかげで本家である連邦軍に復帰できた者だって少なくない。

 しかし、そいつらは高い腕前を買われたか世渡りの術に長けていたか、大抵はそんな連中ばかりだ。機体性能にばかり頼って、しかも部隊の意向を傘に来て好き放題していただけの自分を快く迎えるところなどありはしない。

 

 

 それがわかっているからこそ、憤懣たる感情が全身を支配していく。

 

 

 まずは目の前のコイツからだ。

 たとえ細切れにしようが中のパイロットを引きずり出して惨たらしく肉塊にしてしまおうが、この憤懣は収まる事は無い。が、相手は臨戦状態なのだ。

 

 

 いい度胸だ、叩き潰してくれる!

 

 

 

 

 

 本来なら、"マラサイ"は"ヌーベル・ジムⅡ"や"ジムⅡ"よりも新型。出力も反応速度もそれなりのものがある筈だ。それに、先刻のダメージも決して小さくない。"ヌーベル・ジムⅡ"単騎で挑むのは、一見すると自殺行為に他ならない。

 だが、

 

 

 バチュッ!!

 

 

 

 甲高い破裂音がしたと思うと、灰色の機体は"マラサイ"の振り下ろすフェダーインライフルの光刃を真っ向から受け止める。そればかりか、逆に押し返そうとしていた。

 

 

 

 "ヌーベル・ジムⅡ"は、元は一年戦争後に開発された実験機、RGM-79"パワード・ジム"の流れを組む少数生産機である。同時に、後にグリプス戦役で活躍する"マラサイ"やMSA-003"ネモ"といった0087年代主力機の前段階に当たる機体でもあった。

 そして、"マラサイ"と同じ高出力ジェネレーター(1790KW級)を搭載しているため、単純な出力においてはほぼ互角と言えた。

 とはいえ、"ヌーベル・ジムⅡ"は既に幾つも被弾しており性能は万全といえない。対して"マラサイ"は装甲が土埃で黄土色に塗れていたが、目立ったダメージは見られない。

 このまま拮抗すれば、ダメージの残っている"ヌーベル・ジムⅡ"が不利になるのは誰の目に見ても明らかだった。

 

 しかし、途端に灰色の機体の背中から噴射の光が迸る。再びリョウトがスラスターを噴射したのだ。

 一瞬遅れて"マラサイ"が踏ん張ろうとするも、それと同時に"ヌーベル・ジム"の剣がフェダーインライフルの光刃を徐々に押し返し始めていた。

 

 

 

 リョウトの駆る灰色の機体は、新旧の差や負っているダメージなどものともせずに"マラサイ"と拮抗していく。敵はそれに焦りを感じたのか、開いていた左手で肩のビームサーベルを構えようとした。

 

 が、途端に"ヌーベル・ジムⅡ"の側頭部からバララララッと小気味よい音と小さなマズルフラッシュが明滅した。側頭部に設けられていた迎撃バルカンを放ったのだ。

 不意打ちを食らった"マラサイ"はこれを避けきれず、モノアイ部分に直撃。顔面から煙を噴いて仰け反る。

 

 

『ギャ!!』

 不意打ちで回線を開いてしまったのか、悲鳴じみた声が入ってくる。恐らく、前方の"マラサイ"のパイロットだろう。

「同じ組織にいた者とはいえ、敵となるなら……悪いが、始末させて貰う」

 それと同時に、リョウトは誰にも気づかれないようにそっと回線を開いた。

 その声は向こうにも聞こえていたらしい。"マラサイ"も、ボロボロの顔面を"ヌーベル・ジムⅡ"に向けて硬直していた。

『き、貴様、まさか同じ――――』

「そうだな…だが、既に『ティターンズ』は無い。そして貴様の帰る場所も―――――」

 

『こ、この…犬がァ!!!!』

 激昂したのか、途端に"マラサイ"はフェダーインライフルとビームサーベルを両手に構えてたたらを踏む。しかし……

 

「これで終わりだ」

 同時に、フェダーインライフルを握った右腕が宙を舞い、ゴシャッと音を立てて地に落ちる。斜め上に切り上げたビームサーベルの斬撃が"マラサイ"をの右腕を切断し、その胴体を袈裟斬りにしていた。

 

 

 

 

 

「……敵MS全機撃破、状況終了」

 崩れ落ちる"マラサイ"を一顧だにせず、リョウトは先程と同じ淡々とした口調で回線越しに報告する。

『フン……お疲れ様』

 聞こえてくるのは第2分隊長の声。労う……よりも、寧ろ吐き捨てる様な口調で接してくる。他のパイロット達も、皆一様に押し黙ったまま踵を返して後退していく。

 分隊制を取っている様だが第1分隊は事実上、リョウト1人の隊。残る"ジムⅡ"は全て第2分隊の機体であった。

 

 

 最も、リョウト・アルギスにとってはそれは既に慣れた事であったが………

 

 

 

 

「……犬、か…………」

 コックピットの中で、リョウトは自重する様に呟く。

 彼の視界には、先程まで自分を殺そうと向かってきていた"マラサイ"が無残な骸を晒して横たわっている。

 振り下ろしたビーム刃は胴体と右腕を完全に溶断しており、その線上にあるコックピットは無残にも原形を留めないほど融解していた。もはや乗り手がどうなったかなど、想像するまでもない。

 

「確かにな……目先に惑い、挙句に敗北して英霊にすらなれなかった死に損ないなんだよ―――――俺も、貴様も」

 

 

 

 

 

 ただ、3番機のコックピットに座る少女がギリ……と唇を噛み締めている事は、リョウトを含めた誰も知る由も無かった………

 

 

 

 

 

 

 数時間後、北米大陸エルスワーズ基地

 

 夕暮れが大地を染め上げる頃、数機の"ジムⅡ"が基地内に帰還する。

 その一団から少し遅れてやってくるのは、リョウトの駆る灰色の機体(ヌーベル・ジムⅡ)であった。

「うちの隊とティターンズ様の御帰還だ!整備班、配置に着けぇ!」

 整備班長の怒号が響く中、帰還した機体が次々にハンガーに配置されていく。灰色の"ヌーベル・ジムⅡ"も、入り口に程近いハンガーに無事におさまった。

 

「おい見ろよ、あの野郎降りてきたぜ」

「何か今日はいつにも増して暗くねぇか?」

「"ヌーベル・ジム"がこんなになっちまってるんだ。こりゃ相当ヤバかったんじゃねぇかなぁ」

 

 

 整備班や僚機のパイロット達が、濃紺のノーマルスーツとヘルメットを纏ったパイロットに対してコソコソと呟いていく。

 勿論、それは陰口。戦果を立てている以上、表だって文句を言う者は殆どいない。だが、かつて悪名を馳せたティターンズに所属していた彼に対して好意を持っている者などいるだろうか……

 

 答えは否。

 さきの大戦における『負の遺物』である彼等は、大多数の者からはそれなりの敵意を持たれているのが現状であった。

 

 

 

「ふぅ……」

 暫く悪意溢れる澱んだ空気に晒された後、彼は誰にも悟られないように人気のない倉庫裏に辿り着いた。そこでようやくヘルメットを脱ぐ。

 露わになったダークグレーの短髪と、身体にこびり付いた汗の粒が夕方の空気に晒されて飛び散った。ビジュアルを見る限りは中性的な風貌の青年の顔だったが、それには似つかわしくない憂いの表情が暗い影を落としている。

 

「……否定はしないさ。ティターンズの事は………」

 

 

 

 

 

 

 

 宇宙世紀0083年、連邦軍が宇宙要塞ソロモン(現在はコンペイトウと呼ばれている)で行った観艦式は、大規模なジオン残党である『デラーズ・フリート』によって壊滅の憂き目にあった。その後、当時准将であったジャミトフ・ハイマンの意向で設立されたのが、対ジオン残党の掃討、制圧を目的とした大規模特殊部隊『ティターンズ』であった。

 

 連邦軍内部では選りすぐりの精鋭部隊と言われ、当時の軍人達からは憧憬、羨望の目で見られていた事さえある。

 しかし、いつからかジオン残党の摘発を名目に強引な行為を行う様になり、それに伴って一部の者達の驕り高ぶりも目立つ様になっていった。

 そればかりか、バスク・オムを筆頭とした急進派幹部の台頭に伴って活動もより過激なものへと豹変していった。しかも、その対象にされたのは……本来ならば彼等に庇護されるべき市民だった。

 ただスペースノイドであるという事だけで疑惑を向けられ、ただコロニー生まれであるが故に無用な摘発や冤罪に晒される。そうして作り出された秩序は、かつての戦争で崩れかけていた地球と宇宙の国交を徐々に凍結させていった。

 やがてその行為は連邦軍上層部も見過ごしかねるものへと肥大化し、やがて0085年に起きた30バンチ事件によって地球圏の緊張状態は一気に炎上。後に『グリプス戦役』と称される内乱へと発展していった。

 

 

 当時ティターンズに志願し、誇りと念願の黒いスーツに袖を通したばかりのリョウト達であったが、基本的に反連邦勢力ばかりを相手にしてきたこともあり、また情報管制が行き届いていた事が災いして重要な事実など一切知らされることは無かった。

 

 

 

 

 全てが暗転したのは、宇宙世紀0087年の11月16日。当時ティターンズに抵抗を続けていた反地球連邦組織『Anti Earth Union Group(エゥーゴ)』に協力していた『赤い彗星』ことシャア・アズナブルによって、これまで上層部が隠蔽していた悪行の数々が全世界に発信された。これには同じティターンズであったリョウト達も憤りを隠せず、結果としてティターンズはその求心力を急速に失っていった。その後は坂を転げ落ちる様に世間からの風聞は悪くなり、多くの仲間はそれに耐えられずエゥーゴや正規軍に投降していった。

 

 そんな中でも、彼は最後までティターンズに残っていた。しかし、翌年2月にエゥーゴによって引き起こされた『メールシュトローム作戦』で所属する部隊は壊滅。リョウトは生き残った数少ない同胞と共にエゥーゴに捕らわれた。

 その後は突如として勃発したネオ・ジオンとの戦闘のどさくさもあり、また彼が上層部の人間でない事もあって、結果的には仲間共々軽い罪で済んだ。その後は連邦軍として生きる事を余儀なくされ、こんな辺境の基地へと配属されたのであった………

 

 

 

 

 だが、彼を待っていたのは正規軍や元エゥーゴ出身者達からの腫れ物に触る様な扱いであった。

 

 

 ティターンズであったから、それだけの理由で基地内では話す相手などおらず、また元カラバの一員であった基地司令官やティターンズに極端な敵意を燻らせる一部の連中のおかげで不条理としか言えない環境へと身を置くことになってしまった。

 こうした連中は、まるで鬼の首を取ったように自分に対して高圧的に振舞ってくる。しかも、基地内の結束を高めるため……などという胡乱な名目で、他人との必要以上の交流は制限されている。

 完全にあてつけだったが、それに口答えする権利は許されない。そのせいか、本来なら関係ない他の職員やパイロット達の大半も腫れ物に触る様な態度で接することしか出来なかった。

 

 一度はパイロット同士の乱闘で、自分を袋叩きにした相手を4人、病院送りになるまで蹂躙してやった。だが、それについては基地司令から一方的に責任を押し付けられ、准尉への降格を言い渡された。両成敗どころか、こちらが一方的に暴力事件を起こした事にされたのだった。

 実際はセクハラ紛いの嫌がらせを受けていた女性職員を庇っただけで、しかも絡んできたのは4人。本来なら被害届を出しても文句は言われないところだが、常日頃から自分を目の敵にする連中に何を言っても無駄だと思い知らされた。

 

 ただ、あの日以来直接的な嫌がらせが無くなったのがせめてもの救いであった。陰口なんてこちらが無視していればそれで大抵はおしまいだ。

 

 

 とりあえず、ほとぼりが冷めた頃にまた着替えに戻ればいい。1人である事は、何気に心地いいモノである。

 

 

 

 

「……またこんな所にいたのね」

 リョウトの背後からそんな声がしたのは、そろそろ戻ろうかと立ち上がった時だった。

「もう皆部屋に戻っちゃいましたよ。准尉は戻らなくていいんですか?」

 続いて、どこかあどけない女性の声がする。

 

 リョウトには、振り返らずとも誰なのかわかった。

 

「マヤ、あまり俺の近くにいるなと言っただろう。アリーゼも……2人揃って本当に分からず屋だな」

 

 

 

 彼の後ろに立っていたのは、連邦軍の上着を纏った2人の女性であった。

 ただし一般的なパンツルックではなく、下は2人とも学生が履くような膝丈の青いプリーツスカートという奇妙な出で立ち。その背格好を見れば、2人とも21歳のリョウトより明らかに年下である。

 最初に声を掛けたのは、赤みがかったセミロングの髪とやや吊り気味の目つきが特徴の、如何にも気の強そうな少女。今この瞬間も、どこかぶすっとした面持ちでリョウトを見ている。

 もう1人は、吊り目の少女の一歩後ろで2人の様子を困ったような表情で眺めている。栗色のふわっとした髪が特徴の、おっとりした印象の少女だ。

 

「全く……ホントに損な兄さんね」

 

 

 

 

 同時刻、北米大陸キャリフォルニアベース

 

「リョウト・アルギス准尉。元ティターンズ第6師団所属、現在は北米方面軍エルスワーズ基地のMSパイロットとして駐留……」

 離陸を待つミディア級の輸送機の中で、女性はとある士官のデータを検分していた。

「戦績は……なるほど、悪くないな。袋叩き(リンチ)で機体が損壊していたにも関わらず、1人で"マラサイ"を含めて6機も撃破するなんて中々出来る事ではないよ」

 彼の最新の戦績を見たその将校は、まるで掘り出し物を見つけたようにクスッと微笑を浮かべていた。

「最も、司令部に提出された報告書には僚機の"ジムⅡ"5機がそれぞれ連携して撃破。准尉は参加せず待機……とありましたね……でも、見た所、大破した機体の爆破痕は殆どがロケット弾によるものと一致しますね。斬撃部分の融解も、"ジムⅡ"のサーベル痕とは異なります」

「分隊長共が手柄を横取りしたんだろ?まぁよくある話じゃねぇか。しかも証拠改竄できてねーし」

 彼女の前にいたのは、車椅子に腰掛けた眼鏡の女性士官。そして、長身痩躯な男性士官の2人。いずれも彼女の部下達であった。

 

「『部下の手柄は上司の手柄、上司のミスは部下のミス』……どうせ今に始まった事じゃない、あんな寂れた田舎基地じゃ日常茶飯事だろうね」

 黒豹を連想させる切れ長の瞳を細めて、いつしか女性士官はクスリと笑みすら浮かべていた。

 

「だが……そういう所にこそ、逸材はあるものさ」

 手持ちのタブレットの画面をスライドさせると、今度は何やら兵器を描いたデータ像がディスプレイに出現する。さながら戦闘機を思わせるしなやかなそれを見つめながら、女性将校はまたクスリと笑った。

 

 

 

 

 灰色を基調とした連邦軍の軍服に着替えたリョウト。彼が廊下に出ると、先程から自分を待っていたと思われる2人の少女が出迎える。

「今日はどうだったんですか?」

 一歩後ろにいるふわっとした髪型の少女は、開口一番にそう切り出した。

「もう報告は行ってる筈だ。敵MSは6機全て撃墜、こちらの被害は隊長機の中破、俺の"ヌーベル・ジムⅡ"が小破。死者ゼロ……それ以外に何か?」

 リョウトは表情1つ変えず、ただ冷静に答える。

「いや違うでしょ。偶発的になったといっても、結局兄さんがほとんど押し付けられて倒したんじゃない……私も目の前で見てたんだから」

 それに物申す様に、今度は左隣を歩いていたセミロングの少女が口を挟む。何処か尖った口調ではあるが、彼女はこれで結構自分を慮っているらしい。

「……整備班長さん、怒ってましたよ。あんな出鱈目な報告書出しやがってって……他の人達にですけど」

 

 

 

 基地にいる人間の中で、ティターンズの出身者はリョウト唯1人だ。しかし……上官連中からの圧力があるとはいえ、全ての人間が敵というわけではなかった。

 この2人や一部の技術者、整備係など、ほんの一握りではあったが彼を迎えてくれる人間は少なからず存在していた。

 

 

 基地のパイロットの1人で、彼の義理の妹でもあるマヤ・アレイアード軍曹。16歳という若輩にもかかわらず、パイロットとしての訓練課程を早期に卒業した学徒兵で、正規軍に属しながらもティターンズであったリョウトをずっと支え続けてきた人物だ。

 このエルスワーズ基地に義兄が配属されてからも、勘当同然であるリョウトを度々気にかけてくれている。

 ややツッケンドンで気の強い性格だったが、彼の知る限りこの基地の一般のパイロット連中よりは熟達した操縦技量を持っている。

 

 

 同じくエルスワーズ基地職員で、オペレーターとして修業中のアリーゼ・フィレル軍曹。年は18歳と、マヤと程近い年齢の女の子である。

 そのおっとりした風貌と均整の取れたスタイルも相俟って、一時は幾人もの男性職員の注目の的となっていた……が、ある時、基地のパイロット達に絡まれていたところを通りすがりのリョウトに助けられた。それ以来、彼を嫌悪しない数少ない人間となっている。

 

 

 本来なら2人とも自分に関わらせたくなかったのだが、いくら言っても、脅しをかける様な口調で諭しても、一向に聞き入れようとしない。

 結局無駄な事と分ったため、いつしかこの2人が近くにいる事も自然と受け入れる様になってしまっていた。

 

 

 

「そういえば、ご飯まだなんでしょ?私達もこれから行こうと思ってたところだし、兄さんも来ない?」

 暫くして、マヤは不意にそう言った。

「あ、いいですね。久し振りに3人でお食事しましょうよ」

 アリーゼも、何処となく嬉しそうに同調する。

 よく考えると、ここ最近はあまり一緒にいられなかった様だ。今日は久しぶりに一緒になれたし、食事に付き合ってもいいだろう……

 最も、かき入れ時はとうに過ぎていて、あと数十分で閉鎖になる時間帯だったが。

 

 

「そうだな……久し振りに付き合うとするか」

 リョウトが頷くと、マヤもクスッと笑いながら背中をポンと叩いていた。

 

 

 

 

 

 

 

「そういえば、いよいよ明日ですねぇ」

 

 食堂で自分の分を持ってきたアリーゼは、ふと興奮した様に言った。

「明日って……何かあった?」

 マヤはミートパイを器用に切り分けながら顔を上げる。

 

「キャリフォルニアベースから、ルナツーを拠点とする教導隊が出張してくる。我々全員を相手に実戦訓練や指導と言った研修活動を引き受けてくれるそうだ」

 隣では、リョウトが食事をしながら丁寧な説明を始める。アリーゼやマヤがしっかりしたメニューなのに対し、リョウトの食卓にあるのは大きなリンゴが1個だけ。それを皮ごと咀嚼し、噛み砕いて飲み込む。

 定刻通りの食事に間に合わないときは、彼はリンゴだけで済ませるのが日常。もう閉鎖時間ギリギリだった事もあるが、残っていたのはこれだけだった。

 とはいえ、これだけなら面倒な手間もいらない。後は部屋に置いてあるサプリメントでも事足りるだろう。

 

「教導団『オルトロス』……ルナツーきっての精鋭を揃えたエースっていう話です。きっと凄い人達なんですね……!」

 アリーゼは、明日現れるであろう珍客の事を想像し、口調も興奮気味の様だ。

 

 

 

 

 『オルトロス』

 

 それは、ルナツーを拠点とする連邦宇宙軍が結成した、新進気鋭の教導隊の名前であった。本来はギリシャ神話に登場する双頭の魔犬の呼称だが、キャリフォルニアベースに降り立ってから数ヶ月、各地の連邦軍に対して実戦さながらの熾烈な演習、教導を行っているとの噂の部隊だ。

 その名の通り、背中合わせになった恐ろしげな2頭の犬を模ったエンブレムが特徴で、同じ宇宙軍の教導隊である『ネメシス』と並んで有名な存在である。

 

 

 

「噂では、かなり腕の立つ猛者揃いということだ。恐らくその気になれば、此処の連中など造作もなく潰されるだろう………ま、お手柔らかにしてくれればいいがな」

 

 実のところ、懸念材料はその辺りだ。

 教導隊の活動は、基本的に『仮想敵(アグレッサー)』として実戦形式での指導を行うのが通例。しかし、その多くは実戦さながらの過酷なスタイルで行われる。

 当然、並みの模擬戦とは比べ物にならない運動力、判断が必要となるのだ。その過酷さについてこれず、なし崩しでパイロットを引退する人間も少なくない。

 

 

「そうかしら……兄さんなら心配ないと思うわ」

 そんなリョウトを遮るように、マヤが呟く。

「ほぇ?どうしてそう思うんですか??」

 アリーゼが興味津々に聞き返す。

「当たり前じゃない。私の知ってるパイロットじゃ、兄さんが一番強いんだから!……ってヴェッ!」

 自慢する様にそう返すマヤ。しかし……

 ドヤ顔で言ってしまったものの、正面にアリーゼのにこにこした顔があるのに気付いて素っ頓狂な声を上げてしまう。

 

「マヤちゃん、准尉のこと信じてるんですね……いいなぁ」

 当の本人は、兄を強く信頼している妹の姿を微笑ましげに見守っているだけだった。

 

 

「ちっ、違うの!違うのよッ!アリーゼってば、何変な想像してんのよ~~~~~!!!」

 一方、マヤの方は何故だか顔を真っ赤にして慌てふためいている。

 

 

 結局、食堂が閉まるまで3人のほのぼのしたやり取りは続いたのだった。

 

 

 

 

 

「なぁ、明日の教導隊連中との模擬戦、どうなると思う?」

 男子兵舎の談話室では、数人のパイロットがカードゲームをしながら明日の事についてあれこれ話し合っていた。

「そりゃ当然、泣く子も黙るオルトロス隊の奴等だぜ。一般パイロットにゃ勝てやしないって」

 

 それは、当然と言えば当然の意見だ。

 

 

 今、連邦はネオ・ジオンの攻勢を受け、戦闘状態に突入している。だが、軍本部はさきの大戦で、本拠地であるジャブローを失っていた。 そのため指揮系統が追い付かず、現在はまともな連携も取れずに個々が戦っているという脆い状況なのだ。

 特に宇宙は戦火が激しく、一年戦争時は外様扱いされていた宇宙軍が必死に食い止めているのが現状である。逆に言うと、宇宙軍はそれだけの修羅場の渦中にいる事になる。

 そんな戦場を常に渡り歩いている様な連中、お世辞にものどかな辺境基地のパイロットで食い止められるわけがない。

 ましてや、そんな連中を教練して育て上げるためのエキスパート揃い、それが教導隊である。

 

 

 ただ、ネオ・ジオンとの戦争に陥る直前に宇宙軍の教導隊である『ニューディサイズ』が大規模な反乱を起こしたこともあり、良くも悪くも……という意味で教導隊そのものは畏怖されていた。

 

 

「まぁいいんじゃね?いくらネオ・ジオンと戦ってるっつってもお偉いさんは消極的なんだし、俺等にお鉢が回るって事ぁ無いって」

「だな。どうせ適当に訓練して、帰っちまったらまた元通りさ」

 とはいえ……こんな辺境基地にスクランブルなどそうそうかかるわけでもない。精々、今日みたいなジオン残党の駆逐がいいところだが、それも大して多いものではない。

 言うなれば、この北米はかなり退屈な場所でもあるのだ。寧ろ、給料泥棒と陰口を叩かれている始末。

 

 

「あ~あ、早く終わってくれねぇかなぁ………」

 誰かがポツリと漏らした愚痴が、夜の闇へと消えていく………明らかにだらけきったその声色に、反応する者は誰もいなかった。

 

 

 

 

 5月5日、早朝

 

 エルスワーズ基地より数十キロの地点にある古びた滑走路に、大型のミディア級輸送艇が着陸する。随伴するガンペリー2機も、その両側に降り立っていた。

 その中から、幾人もの連邦軍士官がゾロゾロと地上に現れて迅速に自分の持ち場へと移っていく。

 

 彼等の服はデザインは通常の軍服と変わらない。しかし、本来黒とベージュのツートーンカラーである筈の軍服の色が、灰色と青銅色に変更されている点で通常と異なっている(リョウトが未だに赤、黒を基調としたティターンズの制服を纏っているのと似たような感じである)。

 その中で数人、雰囲気の異なる人間も見受けられた。

 

 

「さてと………あんたが狙ってる原石ちゃんは、どんな野郎かねぇ」

 ウェーブのかかった濃いブルネットの長髪を靡かせた長身の青年が、手に握った胡桃をカラカラと鳴らしながら呟く。

「それは、自分の目で見て確かめるさ。自分の中では確定だが、一応は大尉や皆にも品定めして貰うよ」

 先頭を行くのは、怜悧な雰囲気を湛えた黒髪の女性士官。口元に薄紫のルージュを塗っているせいか、何処となく妖艶さすら覚えてしまう。

「大丈夫だよ~~、だってニコが見つけたんだもん。絶対、大尉の眼鏡にだって適うと思いますよ♪」

 そんな青年と女性に声を掛けるのは、彼等より頭2つ分小さい童顔の女性。ルビーのような赤い双眸と可愛らしく纏められた黒いツインテールが特徴の、少女と言っても遜色ない隊員であった。

「いずれにせよ、まずはカリキュラムを始めてから……ですわね」

 その少女を制すように、彼女の後ろにいた眼鏡の女性士官が呟いた。彼女はこの中では1人だけ車椅子で移動していたが、仲間達と同じく軽快な仕草で彼等と共に歩を進めていく。

 

 

「そうだ。とりあえずは始めようではないか」

 先頭を行く黒髪の女性士官は、一同を振り返りながら眼前の大地へと足を踏み出していった。

 

 

 

 

 

 

 エルスワーズ基地は、規模としては中の上に当たる北米有数の拠点である。

 そのため、講堂に収容できる人数も、また所有するパイロットの数も決して少なくは無い。

 

 

 本来なら地上にいるジオン残党の対抗措置として、本部からも戦力増強が求められるものだが……しかし、一年戦争時、この基地でジャブロー攻略失敗を契機として多数の軍高官を招いた式典が開かれている最中に、ジオンの襲撃を受けて多くの犠牲者を出した。所謂曰くつきの場所でもあった。

 地下に会った鍾乳洞を伝って基地内部に潜入されてしまったが、その場に居合わせた教導隊が指揮を執って鎮圧させた………というのが顛末であるが、これによって今も尚よくない印象の基地と認識されていた。

 

 それに加えて、北米のジオン残党は既にその多くが鎮圧されたり、またゲリラ活動から足を洗った者達も多く、激戦地とは程遠い場所となっているのも現状であった。

 

 

 今、そこから1隻の”ビッグトレー級移動戦艦”が朝日を浴びて出撃していった。

 

 

 今回、オルトロス隊から通達されたのは、基地の北東45キロ地点に位置する訓練地帯への集合。鍾乳洞が点在するこの地域は天然の遮蔽物に富み、またそこかしこに大戦時の機体の残骸が放置されていることから軍事演習に度々用いられていた。

 

 

 

 やがて、目的地周辺までやって来たビッグトレーは徐々に減速して停止に移行する。上空から1機のガンペリーが降りてきたのは、ちょうどその時だった。

 

 

 

 

 

 

 

(確かに莫迦らしい……)

 

 最後尾に整列したリョウトは、明らかに緊張感のない同輩達を見つめながら首をコキコキと鳴らした。

(朽木不可雕也。糞土之牆(腐った木に彫刻は彫れないし、ボロボロの壁は治しようがない)……全く、よく言ったものだ。が……)

 昔読んだ古代中国の書『論語』の一説を思い起こしながら、彼の目線は眼前に集結した者達へと向けられていた。彼等の雰囲気は、明らかに基地職員のそれとは違っていた。

 

 眼前にいるのは2人の人影。今しがた接触したガンペリーからこちらに降りてきた、オルトロス隊の構成員だった。

 1人は車椅子に腰掛けた長身の女性で、肩にかけたショールも相俟って何処となく穏やかそうな雰囲気を醸し出している。

 もう1人は、一際小柄な体格をした少女らしき人物だ。くりっとした赤い双眸とセミロングの黒いツインテールが可愛らしさを強調している様で、一見するとジュニアハイスクールの生徒がコスプレをしている様にすら思えてしまう。

 

 

 だが、全身から染み出てくる微かな威圧感をリョウトは確実に感じ取っていた。

(こいつら、一体何を始める気だ……?)

 

 少なくとも、普通に訓練をやって終わり……というような感じではない。きっと何か、予想もつかないアクションを起こしてもおかしくない………

 確証は無い。しかし、ティターンズの時分から培ってきた感性が微かに放つ警告。それを無視できずにいる事も事実だった。

 とにかく、万一のため機体はいつでも出られるようにした方がいい。

 

 そう結論付けると、リョウトはさりげなく後方の"ヌーベル・ジムⅡ"を見上げた。

 

 

 

 

 

 

『初めましてーーーーー、ルナツーからはるばる出張してきました、オルトロス隊でぇ~~~~っす♪』

 壇上に立つ小柄な女性は、まるでアイドルが自己紹介でもするように高らかに言い放つ。

『てへっ♪』

 連邦軍の軍服を着ているが、知らない人物が見れば完全に芸能活動だ。現に、集まったパイロットや後方要員の中には、ヒューヒューと口笛や歓声で返す者も多い。

 

「……なんっっっかムカつく笑顔ね」

 そんな光景を見てイライラしているのは、最前列に立つマヤ。何故だか眼輪筋をヒクヒクさせ、その端正な顔に青筋が走っている様にさえみえる。

「そ、そんなこと言っちゃダメですよ。きっとまた物凄い訓練をするかもしれないです………」

 真後ろに並ぶアリーゼが、思わず窘めた。

 

 

 

「あのねぇ……コレのどこをどう見たら、ルナツーきっての教導隊に見えんのよ?完ッ全に学芸会気取りじゃない……ホントに意味わかんないわ」

 

 

 

「わぁ~~~凄~~い、今日は元気いっぱいな子がいて、ニコも嬉し~~~い」

 

 

 だが……その時、壇上にいる女性が不意にマヤの報に振り向いた。どうやら、今言ったことはしっかり聞こえてしまっていたらしい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――――――なんてね。随分威勢のいい事言うじゃない、ガキが」

 

 

 

 瞬間、その口調は先刻とはうって変わって底冷えする様な冷たいものへと変貌していた。同時に、周囲からの雑音もピタリと止んでしまう。

 気が付けば、水を打った様な静けさとゾッとさせられるような威圧感が講堂を支配していた。

 

 

「そこのアンタ……随分ナメきってるみたいだけど、あまり人を見かけで判断しちゃダメよ。でないと……ここぞって時に痛い目見る事になるわ」

 先程まで幼い少女の様に輝いていた双眸は、何時の間にか獲物を狙う猛獣の様にぎらついた輝きへと変わっている。その視線は、最前列にいたマヤとアリーゼに殺気と共に向けられていた。

 

 

「あっ、そぅ……」

 

 しかし、マヤも負けてはいない。

 一瞬のうちにその表情から侮蔑や落胆は消えうせ、殺気交じりの鋭い視線を壇上へと向けていた。

「ならそっちこそ、今のセリフそっくりそのまま返して差し上げますよ。お客さんだからって調子に乗ってると………本ッ気で泣かすわよ」

 互いに譲らない視線で双方を睨みつける2人。

 

「こら、何バカな事してるんですか、ニコ」ぺちっ「あぅ」

 

 一触即発……と思いきや、その均衡はいとも簡単に締め括られてしまっていた。

 車椅子の女性が、何時の間にか小柄な女性を背後からタブレットで引っぱたいていたのだ。

 

「って、ナスターシャ中尉、痛いですよ~~~~!!」

「自業自得です。勝手に話の腰を折るからですよ……そこの貴女もです」

 一見穏やかな眼鏡女子の様だが、その柔和な表情の奥に何かを感じ取ったらしい。マヤも思わず強張った表情で後ずさりしていた。

 

 

 

「さて、ちょっと脱線してしまいましたが……申し遅れました。私は戦術士官のナスターシャ・マカロフ中尉です。そしてこちらが、モビルスーツパイロットの――――」

「ニコ・J(ジュナス)=エストレア准尉。これでも20歳よ」

 先程より憮然とした表情で、女性-ニコ・J=エストレア-は眼前の緊張感のない職員を見渡す。

「さて……もうご存知かと思いますが、我々オルトロス隊はこれから72時間の間、この基地での滞在、共同演習を行える許可を得ております」

 車椅子の士官―ナスターシャ・マカロフ―も、やや真剣みを帯びた表情で説明を始める。

 

「ですが……こちらもせっかく宇宙から地上に下りられたのです。ですので感謝の意も込めて、一日目は少々趣向を凝らした形で演習を行う事にしました」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――――というわけで、この拠点(ビッグトレー)は一先ず乗っ取らせていただきますね」

 

 

 

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