「――――というわけで、この
突然シレッと放たれた思いがけない言葉。余りの突拍子もない発言に、その場にいた人間の殆どが唖然としていた。
だが、すぐにその言葉の意味を理解した。但し、それを知らせてくれたのは次の言葉………などではなく、
『ミノフスキー粒子の反応増大!各員、警戒体制に移行!繰り返す、警戒体制に移行せよ!!』
突如として鳴り響いた地響きとけたたましい警報の音色だった。
「あれぇ、今言ったの聞こえなかったぁ?あたし達でこの艦乗っ取るって、中尉は確かに言ったわよ。平和ボケしたあんた達がどれだけできるのか、まずはお手並み拝見させて貰うわ」
そう言いながら一同を見下ろすニコは、まるで小悪魔の様にペロッと舌を覗かせて含み笑いを漏らしていた。
「あぁそれと、悪いけど今回は実弾装備で襲わせて貰ってるの。あんまり気ぃ抜いてると………
………アンタ達、マジで死ぬわよ」
*
同時刻、
「班長!」
いち早く"ヌーベル・ジムⅡ"の傍に駆け付けたリョウトは、愛機の整備作業を行っていた整備班長を呼び止める。
「ティターンズの兄ちゃん、いきなりどうしたんだぁ??」
先刻の警報で周囲が困惑している中、突然やってきた彼。このタイミングで来るなんて一体どういう了見だ??
と班長が思っていると、リョウトはやや強引に灰色の"ヌーベル・ジムⅡ"に歩いていく。
「この機体、整備は終わっているか?」
「あ、あぁ。アクチュエータも肩のアーマーも新しいのに取り替えた。何時でも
その言葉を聞くや否や、タラップを伝って開放されたコックピットハッチに取りつく。一瞬の後、リョウトの身体は操縦席にすっぽりと収まっていた。
「ありがとう……そうだ、得物の方は何かあるか?」
実は先日の戦闘で、本来の装備であるハイパーバズーカは破壊されていた。流石に武器がビームサーベルや頭部のバルカンだけというのは心許ない。
「そうだな……いいモノ用意できてるぜ」
そんな時だった。
班長がやけに嬉しそうな顔で"ヌーベル・ジムⅡ"を見上げたのは。そして、徐に自分の後ろを指で指した。
「……?」
見ると、後ろの格納スペースに何か細長いものがデンと置かれている。
「これは……昨日回収した武器じゃないか」
「武器の支給なんざ申請しても、お前さんじゃ見送られると思ってな……とりあえず"ヌーベル・ジムⅡ"用に調整はしといたぜ」
そこに安置されていたのは、昨日"マラサイ"を撃破した時に回収したフェダーインライフルだった。通常のビームライフルより強力で、そのうえビームサーベル用のデバイスまで内蔵した複合武器。かつてはティターンズでも採用されていた得物だったので、リョウトにもその有用性は理解できていた。
「そうか――――――ありがとう、なら今から存分に使わせて貰う。班長達は持ち場に着いていてほしい……恐らく、今から俺達も演習に入る筈だ」
そのまま手際よく起動ウィンドウを開き、全天周モニターを立ち上げる。これでいつでも出撃は可能だ。
瞬間――――――外から、耳を劈く様な轟音が響いてきた。
*
「うわっ……何なのよ、一体!?」
整列していた人間の中で、いち早く動いたのはマヤとアリーゼだった。
「わ、わかりません!でも、乗っ取るって言ってたって事は………」
「そーよ」
慌てふためくアリーゼに相槌を打ったのは、先程まで壇上にいたツインテールの女性だった。いつの間にか2人の傍まで降りてきている。
「いつまでボサッと突っ立ってんの、もう戦いは始まってんのよ。ホラ、さっさと何か手を打たないと……ホントに艦ごと粉微塵になっちゃうか・も・ね」
悪戯っぽく舌を出しながら、さらりと恐ろしい事を言ってのける。
「こ、このぉ……バカにしてんじゃないわよ!アリーゼ、早くブリッジに行って!!ほら、あんた達もボサッとしない!モビルスーツパイロットは早く出撃するから急ぎなさい!!!!!」
「りょ、りょーかいしましたです!!」
だが、マヤも黙ってはいない。大声で跳ね除けると、周りに聞こえる様に怒鳴りつけていた。それを聞き取ったのか、何人かの男達が粟を食った様に各々の機体へと駆け出していく。
マヤとアリーゼは未だに薄ら笑いを浮かべるニコを一瞥すると、自分達も持ち場に着くために駆け足でその場から離れていった。
*
同時刻、
「もう撃ってきたか……やってくれるな」
フェダーインライフルを構えた"ヌーベル・ジムⅡ"が、今まさに拘束具から解き放たれていた。そのまま歩き出し、側面の搬入ハッチの傍でゆっくりとしゃがみ込む。
(音響センサーに変更。これで熱源と並行して振動を感知することが出来る……)
先程の爆音は、恐らくバズーカによる砲撃音だろう。遠距離武装を持っているとなれば、下手に姿を晒すのは危険だ。
幸い、初弾はビッグトレーを外れて着弾した様だが、のこのこ顔を出した瞬間に狙い撃ちにされてはたまらない。
ならば、今艦の中にいるこの状況を逆手に取ればいい。
このフェダーインライフルならば、バズーカより射程距離は長い。OSを最適化させたばかりで未だ扱い辛い所はあるが、"ガブスレイ"に乗っていた頃から扱い方は心得ている。
一瞬でも気を逸らす事が出来れば、攻撃に転ずる時間は稼げるだろう。
「……来たか」
そうしているうちに、センサーが接近してくる何かを捕らえた。
「こいつは……"ネモ"か」
表示された機体は、ジム系統によく似た風貌のMSである。リョウトには、それがかつてグリプス戦役で活躍した機体、MSA-003"ネモ"だと一瞬で理解できた。たった1機だが、そいつは真っ直ぐにこのビッグトレーを目指している。そして同時に、今"ヌーベル・ジムⅡ"が身を潜める搬入口の方から近づきつつあった。
恐らく、こちらに気付いている可能性も否めない。だが、こちらに来てくれるのならば………
(いい度胸だ……返り討ちにしてくれるッ!!)
全天周モニターの視界に動く機影を捉えた瞬間、構えているフェダーインライフルの砲口が火を噴いていた。
ビームが閃いた瞬間、灰色の"ネモ"は一瞬早く脚部のスラスターを噴射して自機の機動を逸らす。しかし、リョウトはそれを見てはいなかった。トリガーを引いた時には、既に背中のスラスターを起動させ、搬入ハッチから飛び出していたのだ。
この機体だけ事前に整備を頼んでいた事が、今回は功を奏した様だ。一般格納庫では、今頃大わらわで他の連中が機体に乗り込んでいる頃だろう。
自分がいち早く出てきたのも、班長が事前に機体を万全にしてくれた事も、今回は吉と出てくれたようだ。
しかし、今は先程撃ち漏らした"ネモ"を仕留めるのが先だ。モニターに捉えた相手は、"ドム"が使用する砲撃武装『ラケーテン・バズ』を持っている。なるほど、先程の砲撃はこいつの仕業だったか………
とはいえ元々がエゥーゴの機体である"ネモ"。それが目の前にあるという事は、元ティターンズの自分としては多少複雑な気もしなくはない。だが、敵意を持って迫っているという時点で些細な感傷は隅に追いやっていた。
今、何とかしなければ自分は殺される……そう思う程の気迫が眼前の機体からあふれ出ている気がしたからだ。
そう思った時、"ネモ"は徐にラケーテン・バズを投げ捨て、腰から小型のライフルを構える。
(ビームライフル!?)
瞬間、メガ粒子の鋭い閃光が"ヌーベル・ジムⅡ"を掠めて地表に着弾する。
「ビームの出力が上げられている……奴等、本気で殺すつもりかよ!」
*
その頃、
「くっそぉ!一体何だってんだよ!?」
「わかんねぇ!けどヤバそうだったぜ」
スーツを纏うのもままならず、慌てふためきながら各々の機体に乗り込むパイロット達。ビッグトレーのハンガーに固定されていた"ジムⅡ"が次々に降ろされ、出撃していく。
しかし……
「えぇい、どけ!」
「オレが先だ!邪魔すんなッ」
「って、暴れんな!危ない!」
我先にとハッチに殺到したため、機体同士の肩がぶつかったり足が引っかかったり、果ては得物が絡まったりと、まともに外へ出る事さえままならない。完全に虚を突かれ、混乱に陥っていた。
「あぁ、もぅ!!」
そんな中でも、マヤ・アレイアードだけは平静を保っていた。
予備パイロットである彼女は、本来パーツ取りのために置かれていた予備の"ジムⅡ"に乗り込んでいた。だが、混乱する先輩パイロット達とは異なり、あまり動かずに佇んでいる。
こういう時、パニックに陥るのは一番まずい事だと理解していたからである。
「アリーゼ、聞こえる?」
『聞こえてますよ、マヤちゃん』
そしてもう1つ、彼女はオペレーティングを行っているアリーゼと回線で連絡を取り合っている最中でもあった。
「側面のハッチから出るわ。ちょっとシャッター壊すかもしれないけど……」
『わかったです……裏口に敵影はありません。
「……了解!」
*
エルスワーズ基地西端の荒れ地で、2機の灰色のMSが乱舞する。
"ヌーベル・ジムⅡ"のフェダーインライフルが、"ネモ"目掛けて発射される。それを余裕綽々で回避した"ネモ"は、右手のビームライフルを釣瓶撃ちに放った。
胴体への直撃コース……そう気付いた時、リョウトは動きを止め、左腕のミドル・シールドを構える。同時に高熱のエネルギーが盾に直撃し、機体を後ずさりさせていた。
(なんて威力だ……シールドを3発で潰しやがった!)
今の一撃がシールドの表面を融解させ、当たった部分がボロボロに崩れている。いくら型遅れ品とはいえ、シールドを僅か数発で破壊するなど、敵のビームライフルは相当出力を上げている様だ。
とにもかくにも、これでもう盾は使えない。
フェダーインライフルのエネルギーも、チャージまであと10秒と表示されている。この出力での乱発は砲身が焼き付きかねない。
「使えるのはサーベルとバルカンだけか……ったく、割に合わないな」
幸い、フェダーインライフルのサーベル発生機構はライフルのエネルギーと別系統。たとえライフルが焼けついたとしてもある程度の展開は出来る。それに、"ヌーベル・ジムⅡ"は背部ランドセルに格闘戦用のビームサーベルをマウントしている。
相手の力は未知数だが、場を持たせるにはこれを使うしかない。
すぐさまフェダーインライフルを持ち替えてサーベルを形成する。
すると、前方の”ネモ”も、ビームライフルを不意に仕舞った。そして、腰からサーベルを引き抜いて身構える。
どうやら向こうも格闘戦をご所望らしい。
しかし、そのスタイルが更に苛立ちを募らせていく………
「この……舐めるなよ!!!!」
*
同時刻、
ぎゅうぎゅう詰めになった正面ハッチから、1機の"ジムⅡ"が這い出る様に姿を現す。
「よ、よし!出て来れたッ、これで態勢を………」
ようやく出て来れた事に安堵し、肩の力を抜くパイロット。しかし、次の瞬間―――――
ドガッ!!
機体に強い振動が走る。
「なっ……」
慌ててモニターを見た瞬間、パイロットは凍り付いた。自機の正面に、灰色の機影が接近していたからだ。
其 処に立っていたのは、"ジムⅡ"をよりマッシブにした感じの風貌を持つ灰色のMS……RGM-86R"ジムⅢ"であった。灰色と濃紺を基調とした色合いに、右肩だけが鮮やかな青銅色に塗られている。その手にはジオン系MSに多用されていた短剣状のヒートサーベルが握られている。
『悪いな、ちょっと寝てろ』
接触回線だろうか、そんな声が聞こえたと思うと、"ジムⅡ"にヒートサーベルの一撃が叩き込まれていた。
「ぶげっっ!!」
側頭部に強烈な一撃を受け、"ジムⅡ"は成す術も無く跳ね飛ばされていた。
*
「それで、状況はどうなっていますか?」
格納庫の床に座ったニコは、降りてきたナスターシャに徐に問い掛けた。
「ハードナー大尉、ファルージャ中尉、ともに作戦行動に入りました。現在は各個遊撃に入っています」
まるで天気の話をするかのように、彼女はにこやかに返事を返す。
「あのザルな連中がどこまで耐えられるか……でも、これでニコが見つけたあいつの事も、隊長達が気に入ってくれるといいんですけどねッ」
今まで嘲笑を浮かべていたニコも、先程と同じ無邪気な笑顔でナスターシャに振り向く。
「あら……そのお気に入りの彼、隊長と戦ってるみたいですよ」
「ホントですか!?!?」
途端に、ニコは飛び付いたように跳ね上がり、目を輝かせてこちらに向き直った。
「しかも1対1……これは中々、
「……よっと」
暫くタブレットを眺めていたニコは、不意にすっくと立ち上がった。その場でスカートをパタパタと叩く。
「……じゃ、そろそろニコも行きますか♪あの赤毛のちんちくりんにも挨拶くらいはしないとねッ」
*
"ネモ"の振り下ろすビームサーベル。"ヌーベル・ジムⅡ"はすかさずフェダーインライフルでそれを弾く。だが同時に、もう片方の手に握られたサーベルが"ヌーベル・ジムⅡ"の左側面から襲ってきた。
「やらせるか!!」
咄嗟にリョウトも背中から抜いていたサーベルを展開させると、迫ってきた光刃を押し戻して逆に弾き飛ばした。
素早く”ネモ”は距離を取り、再び腰のライフルを構える。しかし、それを逃がすまいと"ヌーベル・ジムⅡ"が既にブーストを噴かして肉薄していた。
すかさずフェダーインライフルを横凪ぎに振るう。
ビームライフルの先端がフェダーインライフルの光刃で焼切られ、真っ二つにへし折れるのが見えた。
(これで飛び道具は潰した……今度こそ仕留める!!!!)
先程の格闘戦はかなり際どかったが、チャージまでの10秒はしっかり稼ぐことが出来た。そのうえ、相手のビームライフルも破壊できている。このタイミングならば、相手が態勢を整える前に捕らえることが出来る筈だ。
散々暴れてくれたが、
『なるほど、ここまでやるなんてな……納得だ、悪くないぜ』
瞬間、回線からそんな声がした。
「?」
どうやら、眼前の"ネモ"からの通信らしい。この期に及んで何を言いだすのか………??
途端に、リョウトの双眸が驚愕の色と共に大きく見開かれていた。
バシュ!バシュ!バシュ!
不意に乾いた音がしたと思うと、灰色の"ヌーベル・ジムⅡ"が不意に脱力して前のめりに転倒してしまっていたのだ。
「何!?」
咄嗟にダメージコントロールをチェックすると、四肢の関節部にダメージを受けたとの表示が記され、右膝が撃ち抜かれた様に破損していた。
「バカなッ!ビームライフルは潰した筈―――――――」
リョウトにとって、それはあまりに信じられない事だった。
サーベルは相手の手元にない。そのうえビームライフルも破壊している。相手の射撃武器はもう頭部の迎撃バルカンくらいしか残っていない筈だ。
なのに、今受けたのは明らかに『撃たれた』感触だった!
しかし、全天周モニターに表示された"ネモ"を見た瞬間、その疑問は氷解した。
”ネモ”はいつの間に構えていたのか、両手に小型の拳銃を2丁携えていた。よく見れば、大腿部には追加装甲の様なパーツが据え付けられている。もしかして、この装甲は銃のホルスターなのか………?
『どうだぃ?思いっきり戦り合った感想は』
気が付くと、あおむけに倒れた"ヌーベル・ジムⅡ"を"ネモ"が引っ張り起こして立ち上がらせる。その立ち居振る舞いに、もう敵意は感じられなかった。
「あんた、一体何のつもり……」
『こういうやり方なんだよ。死人や重傷患者さえ出さなきゃ何しても良いってお達しだったんでな、ちょいと脅かしてやったのさ……だが、とりあえずこんなところだ。試験終了だよ』
どうやら、自分達はまんまと乗せられたらしい。
そう悟った時には、既に教導隊のホバートラックがこちらに向かって来るところだった。
*
『ハッハー!どいつもこいつもこの程度か、俺1人倒せないでよくやってられんなァ』
ヒートサーベルを振りかざす"ジムⅢ"の足元には、行動不能になった5機の"ジムⅡ"が転がったり動けなくなってたりしていた。
パイロット達は突然の教導隊の動きについて行けず、逆にたった1機に手玉に取られるという醜態。連携もへったくれも無く、次々に行動不能にされていく。
こんなのが表に知れたら、減俸どころじゃ済まされない。
『……ったく、こっちはハズレか。ロクな対応も出来ない平和ボケ共め、連邦軍がこんな体たらくなんて、信じられんものだなぁ』
"ジムⅢ"のパイロットは、何処となく気怠そうに漏らす。オープン回線でべらべら喋ってしまってる所を見ると、敢えて聞かせている様だ。
「調子に乗ってんじゃ、ないわよ!!!」
途端に、"ジムⅢ"は素早くシールドを翳して身構える。一瞬の後、その表面に幾つもの弾痕が刻まれた。
「さっきから聞いてたら言いたい放題じゃない、あんた達いい加減にしときなさいよね!!」
倉庫の影から現れたのは、ジム・ライフルを構えた"ジムⅡ"が1機。カラーリングは他のと変わらないが、ぴったりと構えた銃口が狙いを定めている。
『ほほぅ、意外と出来るのがいるじゃないか』
一方、"ジムⅢ"は興味を示したのか、ヒートサーベルの切っ先を"ジムⅡ"に向けて対峙する。
『そんなライフル1丁で俺と勝負する気か?やめとけ。相手にもならんよ』
「そうかしら?」
間髪入れず、"ジムⅡ"がライフルを撃つ。"ジムⅢ"は造作もないと言わんばかりにシールドで弾き飛ばした。
だが、同時に"ジムⅢ"に向けて何かが噴煙を上げながら飛来する。
(シュツルムファウスト!?)
"ジムⅡ"は、盾の内側に単発式のロケット弾「シュツルムファウスト」を仕込んでいた。それをジム・ライフルと同時に撃ったのだ。
『ヒュゥ♪やるな…だが!』
直撃すればシールドでも吹っ飛ばせる威力のロケット弾。しかし"ジムⅢ"は狼狽えず、頭部のバルカンで迎撃する。飛来した弾頭は、瞬く間に蜂の巣となって爆散した。
"ジムⅢ"のパイロットは狼狽えるどころか、寧ろ感嘆した様に唸っている。
しかし、
「後ろがガラ空きよ!!」
発生した爆炎を突っ切って、"ジムⅡ"が側面へと躍り出ていた。その手にはビームサーベルが握られている。
『マヤちゃん、今です!』
「わかってるわ、これで……!!」
"ジムⅡ"のコックピットの中で、マヤは勝機を確信していた。"ジムⅢ"はシュツルムファウストの爆炎に飲み込まれ、こちらの位置が把握できていない。その隙をついて背後に滑り込み、一気に畳み掛ける。
危険な賭けではあったが、1度優位を取ればこちらのものだ。後は気絶なり何なりしてリタイアして貰うだけ。
『ふふ~~ん、着眼点は立派ね。でも、注意力散漫だわ』
『しかも、俺ばかりに気ぃ取られて、周りが全然見えてない……いい感じだが、まだ青いなぁ』
瞬間――――――"ジムⅡ"は、何の前触れも無く後方に吹っ飛ばされる。
「え……!?」
そして同時に、彼方から飛来した何かが直撃し、ボンッ……!という着弾音と共に機体の胴体と頭がピンクの斑模様に染め上げられていた。
「痛ぅ……な、何?」
マヤには一瞬、何が起きたか解らなかった。理解できたのは、機体ごと自分が吹っ飛ばされたことくらいである。
咄嗟に全天周モニターを見ると、頭部と胴体にそれぞれ直撃弾を喰らって撃破された……という意味の表示が無情に閃いていた。
『流石にあたし達に啖呵切るくらいのことはあるわね。他の奴よりは幾分かマシだわ』
何時の間にか、前方にはもう1機のMSが佇んでいた。"ジムⅢ"以上にがっしりした重厚な体躯、背中に装備された2門のキャノン砲。一年戦争時の名機"ガンキャノン"を連想させるそれを見て、マヤはそれがRGC-83"ジムキャノンⅡ"だと気付いた。
さらに後方から、大型の狙撃用ビームライフルを装備した機体が接近してくるのが分かった。モニターには、RGM-79SC"ジム・スナイパーカスタム"との表示がされている。
通信を掛けてきたの"ジム・キャノンⅡ"……そして、それに乗っているのが誰なのかもマヤは朧気ながら感づいていた。
「あんた、可愛い顔して結構悪趣味ね……一本取られたのは認めるけど」
撃破判定の出た自分の機体に、目の前で佇む3機のMS……今のマヤに出来るのは、回線を通じて投降のサインを出す事くらいであった。
「MS全機行動不能、これにより当基地は制圧されました。MissionFaild」
暫くして、基地全域にナスターシャの透き通った声が響き渡った。
*
「……と、いうことですよ。これでもまだ
ビッグトレーの管制塔の内部。其処で通信を切ったナスターシャは、にこやかな表情で手にしたアサルトライフルをくるくる回転させる。
その先には………
「こ…降参ですぅ………」
隊員達に四方から銃口を向けられ、今にも泣きだしそうなアリーゼと数名の要員が手を挙げて縮こまっていた。
*
数時間後、講堂にはパイロットばかり十数人が集められていた。
その中にはリョウトやマヤの姿も、そして完膚なきまでに叩きのめされたパイロット達の姿も見える。
『あんた達のやり方、練度、抜き打ちで見せてもらったわ。それじゃ、今回相手役をしてくれたラダメス・ファルージャ中尉から一言あるからよく聞いておきなさい』
何時の間にか、壇上にはニコが仁王立ちで一同を見下ろしている。その隣にはもう1人、大柄な軍人が立っていた。
肌の色はアジア系の様だが、立ち居振る舞いは寧ろ西暦時代のベドウィンを思わせる様にさえ見える。
そんな彼は、鷹の様な目つきで一同を見渡して……そして徐に口を開いた。
「諸君達の振舞い、練度は幾分か見せてもらった。それを踏まえた上で幾つか言いたい事はあるが……まずは結論を言わせて貰おう」
開口一番にそう言うと、今度は先程より低い声色で再び口を開いた。
「何もかもなっていない。ジュニアスクールのお遊戯会以下、ダメダメのE判定だ!」
突然、とんでもない事を言われ、眼下の者達はざわざわと動揺し始める。
「ろくな統制も取れず、必要な管制もほとんど機能せず、MSの操縦に至っては歩かせる事すら満足に出来ていない!これだけ言われて恥ずかしいと思わんのか!?」
(あれだけの醜態となれば、無理もないか……)
ざわつく先輩達を尻目に、リョウトはやれやれと言わんばかりに溜息を尽いていた。
厳密には自分も負けた分、同じ穴のムジナと言ってもいいくらいだ。とはいっても、あの連中は基礎的な戦術すら組まずに勢いだけで飛び出してコテンパンにされたのだ。これでは教導隊でなくても頭を抱えたくなる。
唯一マシだったのは予備機で”ジムⅢ”に立ち向かったマヤ、その彼女のサポートに徹したアリーゼくらいだろうが、どちらにしろ全員『戦死』させられたのだ。連帯責任でもあるため、お咎めは免れないだろう。
これだけの激戦をやった後に説教など、想像すると本気で胸が重くなる。
「そもそもスクランブル警報を受けてもすぐに動けず、機体の点検確認や武装チェックもろくに行わず、あまつさえ敵の情報さえ知ろうともしないでノコノコ出てくる……最低限必要な動作も満足に出来んのか、Eクラス共め!!」
よりによってEクラス……基礎習得レベルにも達しない、最底辺と判断されたらしい。士官学校なら良くて留年、最悪、適正なしとして退学も視野に入れざるをえないレベルだ。
エルスワーズ基地の練度が高くないとは知っていたが、まさかここまで酷いものだったとは……
(……これならティターンズの方がずっとマシだったな)
少なくとも、かつての
そう考えると、平和ボケというのは実に恐ろしいものである。
「見ろよ、あのバカ共を。何で怒られてんのかまるで分かってねぇ面だ」
そんな風に思っていると、不意に横合いから声を掛けられる。
視線だけをそこに向けると、何時の間にかそこには背の高い男が立っていた。
リョウトよりも頭1つ分高い身長。軽いウェーブのかかったブルネットの髪を持つその青年は、こちらを見て面白そうにニヤニヤしている。
だが、声を聞いた瞬間―――――リョウトの全身に戦慄が走っていた。
「貴様……さっきの"ネモ"のパイロットか!?」
「……御名答♪」
一瞬早く懐に手を入れ、拳銃を抜こうとする。しかし、眼前の青年は流れるような動作でリョウトの手を掴んでいた。
「おいおい、友軍に手荒い歓迎だなぁ……が、動きが見え見えだ。そんなんじゃ、拳銃抜く前に撃ち殺されちゃうぜ♪」
その口調は穏やかだったが、手首を握る力は万力の様にギリギリと締め付けてくる。
何故オルトロスのパイロットがここにいるかは解らなかったが、今リョウトの目の前にいるこの白人男が只者でない事だけは理解できた。
「なるほど、ニコが推してくるわけだ……ますます気に入ったぜ、お前。うちの隊に来ねぇ??」
だが、パイロットはまるで悪戯好きの子供の様にリョウトを眺めているだけ。危害を加える気は無いらしい。
*
「リョウト・アルギス准尉……元ティターンズ第6小隊に所属、グリプス戦役時はRX-110"ガブスレイ"に搭乗するも、メールシュトローム作戦時に母艦『コロンビア』が轟沈され、エゥーゴに拘束される……その後、再編された連邦軍に復帰し、こんな僻地に飛ばされた……」
基地内の貴賓室で、女性はある男の経歴に目を通していた。
「ふむふむ……やはり撃墜スコアは悪くない。この分だと、この機体を存分に扱ってくれそうだな」
タブレットを操作すると、今度は戦闘機を思わせるシルエットが表示される。MSZ-006A1"ゼータプラス"と表示されたそれを見つめながら、女性はクスリと口元を緩めていた。
「さて…残り48時間。彼はどんな活躍をしてくれるのだろうか………???」
*
ひと時の平和が終わりに近づく時、戦いの足音は密かに地球圏へと忍び寄る。
かつて忌むべき組織の一員であった青年が『双頭の魔犬』と邂逅する時、誰も気付かないうちに物語の火蓋が切って落とされていた……
宇宙世紀0088……