闘技大会は黄金熾鳥の優勝で幕を閉じた。
しかし。イベントそのものはまだ終わってはいない―――。
優勝者である熾鳥へのトロフィー授与が終わると、生徒会長・醍乃佐虚はマイクを握り、驚きのアナウンスを発した。
「……では、これより『スペシャルマッチ』を行う!」
『スペシャルマッチ』という言葉に、会場がざわつく。
一体なんのことなのか。
「スペシャルマッチとは、観客の中の東山園高校の生徒ではない者で、希望者が一人だけ優勝者である黄金熾鳥と戦える試合のことだ」
佐虚の説明を聞き、会場はさらにざわつく。
「熾鳥くんと……戦える?」
暁も唖然としてしまっている。
「では、今此処にいる者で、優勝者である黄金熾鳥と戦ってみたい者は?」
佐虚が観客全員に尋ねた。
しかし、あの決勝戦を見た者で、彼と戦いたいと思う人はいなかった―――否。
一人だけいた。
「はいはーい! 私、やってみたい!」
無邪気に、そして高らかに名を挙げる一人の少女。
そう―――蝋月蝶香である。
「え、ちょっと、蝶香ちゃん!?」
「大丈夫ですよ! 向こうも多分手加減すると思いますし!」
「根拠は?」
「ないです!」
「えー…………」
根拠のない自信は、蝶香の得意分野である。
「では、そこの少女。下に降りてくるといい」
「はーい!」
そうして急ぎ階段の方へ走っていくのだろうと誰もが思った――のだが。
蝶香は客席の位置からひとっ飛びでフィールドへと降り立った。
決して低い位置ではないし、蝶香はまだ10歳だ。再び観客達にざわめきが起こる。
熾鳥も少しばかり驚いていた。
「君は……この前の」
「はい! お久しぶりです!」
思わぬ形での、しかし予想できないことはなかった再会。
まさか、戦うことになろうとは。蝶香はともかく、熾鳥にはそこまでは考えられなかった。
「……本当に来ていたんだな」
「見に来ちゃいました。決勝戦、すごかったです!」
「そりゃあ……ありがとう」
蝶香はニッコリと笑う。これから目の前にいる人と戦うことに対して一切の怖れを抱いていない。
それには熾鳥だけでなく、傍から見ていた佐虚も驚いた。
(まだ幼いだろうに……その笑顔は、余裕から来るものか、はてはただの好奇心からか……じっくり見せてもらうとしよう)
「君、名前は?」
「蝋月蝶香です!」
「黄金熾鳥だ。よろしく」
「よろしくお願いします!」
二人はガッチリと握手を交わす。
「挨拶は済んだな? では、二人、所定の位置についてくれ」
「あいよ」
「はーい!」
優勝者と挑戦者はフィールドの中央から遠ざかり、戦闘開始時の立ち位置についてから互いに向かい合う。
そこに、相手がかなり年下であることに対する蔑みや、相手が直前まで壮絶な戦いを繰り広げていた強者であることへの怖れは存在しない。
ただ、対戦相手と真摯に向き合う心と、戦いにかける情熱があるのみ。
『では、これよりスペシャルマッチ、黄金熾鳥選手対蝋月蝶香さんを開始します!!』
司会のアナウンスが会場に響く。
不穏な空気は一切ない。観客たちは大いに盛り上がる。
『双方、準備はよろしいでしょうか!?』
「問題ない」
「いつでもOKです!」
『それでは……レディ、ファイッ!!』
試合開始を告げるゴングが鳴る。
「先手打たせてもらうぜ! そら!」
ゴングと同時に熾鳥が蝶香へと突っ込む。
無論、スピードも繰り出す拳の力も加減してあるが、それでもなお一般の観客から見ればかなりの速度、パワーだ。
しかし。
「………何ッ!?」
蝶香はいとも簡単にそれを受け止めた。
「せいっ!」
蝶香はそこから右に1回転し、肘の突きを繰り出す。
少女の矮軀から繰り出されたそれを、熾鳥は難なく受け流した……が。
「ッ!?」
そこから反撃もままならぬ高速のラッシュが見舞われる。
(なんだこの子!? 下手すりゃ屋來洞より強いぞ!?)
蝶香のラッシュを紙一重で避け続けながらも、熾鳥は驚きを隠せない。
(一瞬でも気を抜けば……負ける!)
避け続けていては埒が明かないので、熾鳥は彼女の拳を受け止めて握り、そのまま上空へと放り投げた。
そして自身も跳び、追撃に入る。
だが。
「なっ!?」
それは迎撃される――予想だにしない形で。
空中で体勢を立て直しつつ、蝶香は追撃してくる熾鳥に向け、ビームを放ったのだ。
彼女の指先から放たれた白く輝く大砲は熾鳥を飲み込み、さらに大地へ大きな穴を穿つ。
光の大砲が消えて見えたのは、氷に身を包み攻撃を凌いだ熾鳥の姿だった。
「ヒュー……すごいな君。こりゃあ、手加減した方が失礼かな?」
「どっちでもいいですよ……個人的には、手加減してほしいんですけどね」
「本当かい? 本気を出してほしそうな顔をしているけど?」
「そんなことないですよぉ〜」
「さて、どうだか。……《
熾鳥が両手を広げると、その背後に無数の氷でできた小さな刃が生成される。
「さあ、冷たい花を咲かせよう! 舞え、雪花の花弁!」
一斉射出。
その先には蝶香。
「ちょっ!? あれ本気でしょ!? 止めなきゃ……!」
熾鳥が手を抜いていないと思った暁は、制止に入ろうとする。
が、そこは無響に止められる。
「無響さん、なんで!?」
「ここで止めるのはさすがに野暮ですよ。向こうが……黄金くんが、本気を出して良いと考えたってことは、それだけ蝶香さんが強いってことですし、それに、見てくださいよ、彼女の顔」
「顔………?」
「ええ。とても……楽しんでいる顔です」
「……………」
そう。
蝶香は笑っていた。
目の前にいる強者―――赤髪の少年との戦いを、楽しんでいる。
「音式くんがあれだけ強かったんです。彼女も、おそらく」
「そう……かもしれない、けど」
「まあまずは、あれに対して蝶香さんがどう対応するか見てみましょうよ」
「……わかった」
自身に迫り来る氷の刃を見て、しかし蝶香は怯まなかった。
「ハアァァァ………!」
両手を前に出し、気合を込める。
すると、前方の地面に亀裂が生じ始めた。
そして。
「……ハッ!」
その亀裂から現れたのは、光のカーテン。否、シールドというべきか。
比喩ではない。正真正銘、光り輝く白き壁。
それに、《氷塵》はすべて弾かれた。
「…………………」
熾鳥は思わず絶句。観客も、全員が彼女の強さに言葉を失っている。
「次はこっちから行きますよぉ!」
蝶香はシールドを解除。その光の残滓は、蝶香が頭上に掲げた右手の上へと集約されていく。
再び集まった光は、膨大な熱量を持つ光球へと姿を変えていく。
その輝き、太陽のごとし。
「きっちり受け止めてくださいよ……それっ!」
そしてその光球を熾鳥へと向けて放つ。
「せやっ!」
熾鳥は氷の壁を作り、光球を防ごうとする――が。
「グッ……つぅッ………!」
徐々に押し負けていく。
壁は少しずつ削られ、小さな太陽が熾鳥へと迫る。
「ダメ、か……!」
ついぞ氷の壁は破壊され、光球は熾鳥を呑み込んだ。
そのまま光球はフィールドの壁へと突っ込み、そこで破裂した。
めり込んだ壁に、倒れ込んだ熾鳥が見える。
しかし、次の瞬間。
その身体は氷と化し、割れた。
「ッ!? 偽物…………!?」
ヒヤリとした感覚が蝶香の首に走る。
背後から、氷のナイフを突きつけられていた。
「この能力はできれば使いたくなかったんだけどな……チェックメイトだ」
「……これにはさすがに参りましたね……降参です」
『勝者、黄金熾鳥選手ッッ!!』
司会のアナウンスに観客は盛大に歓声を上げる。
決勝戦に勝るとも劣らない勝負が繰り広げられたのだ。それも、10歳の少女によって。
盛り上がるなというほうが難しい。
だが。
ただひとり、その中に隠された不穏な空気を感じ取った者がいた。
「無響さん、すごいね蝶香ちゃん! ………無響さん?」
「ん? え、ええ……そうですね」
「……?」
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富士山麓。
そこに秘密裏に造られた、ひとつの基地。
そこで黒い包帯に見を包んだ男―――《魔神》は、映像を見ていた。
東山園高校闘技大会、そこで行われたスペシャルマッチの映像を。
「ククク……ちゃんと映ってる映ってる。いやぁ、あいつらの存在は謎だったからなぁ……これはデカイ収穫だぜ。それにしても奴はしっかり仕事こなすなぁ、これからもバリバリ働いてもらうか……ククク、クハハハハハ!!」
着々と彼の準備は進められていた。
「さあ、世界を破滅に導くまで長くはない……せいぜい、楽しませてもらうぜ」
今回は蝶香メインの話でした。
これから視点が『ノスタルジア』サイドに戻っていきます。
では次回をお楽しみに!