「……さて、まずは1人」
《鉄仮面》は一切の感情が籠もっていない左目で春夏を見ながら静かに呟き、彼女の首を切った《惨訝》を右へと振り抜いた。
しかし。
「……おかしいですね。なぜ、切った首が離れない?」
彼女の首は、離れなかった。
――――――否、
「………おいおい、奇襲仕掛けた上に二人がかりたぁ、感心しねえなぁ?」
「なっ………!?」
彼女に、《惨訝》の刃は通じなかった。
「アタシを誰だと思ってるんだ? 東山園高校の副生徒会長だぞ? そんなやすやすと殺されるかよ」
そう言った春夏は、勢い良く身体を捻らせて拘束を振りほどき、そのまま拘束していた人物の鳩尾に蹴りを見舞い、さらに勢いそのままに《鉄仮面》にも蹴りを見舞う。
「グッ……」
《惨訝》を使って蹴りを防いだものの、その衝撃の重さに《鉄仮面》は思わず息が漏れる。
「なぜです……《惨訝》の呪いが通じないなど……」
「まあ、ちょいと事情があってなぁ。避けれるんだよ、その呪いを」
「……! 貴方まで、一体何だと言うんですか……?」
「その口ぶりだと、他にもソレが通じない奴に会ったみてーだな」
「ええ、まあ……。失敗したのなら、長期戦は避けたいですね。撤退します」
《鉄仮面》と春夏を拘束していた人物は、そう言って春夏の前から消えていった。
「……ったく。あんま使いたくないんだがな、あの力。でも、そうでもしないとあの鋏の餌食だもんな……」
先程まで自身の中で渦巻いていた闘技大会の熱を打ち消すかのように影を落とす曇天を眺めながら、春夏は言う。
「……しっかし、仕事が早いな。このままだと、アタシたちの正体がバレるのも時間の問題か………む、そうだ」
ふと思い立ち、春夏は携帯電話を取り出す。番号を打ち、耳に当てる。
かけた相手は佐虚だ。
「……もしもし? アタシだ」
『春夏か。どうした?』
「《鉄仮面》が奇襲を仕掛けてきた。こっちの動向が読まれているぞ」
『……そうか。思っていたより向こうは鋭いようだな』
「ああ。ところで……」
『なんだ?』
「……《鉄仮面》ともう一人、フードで顔を隠した男がいた。蹴りを入れたときに顔が少し見えたんだが、あいつは………」
春夏は、とある名前を口にする。
電話の向こうで、佐虚が息を飲むのが分かった。
『……それは本当か?』
「ほんの少し見えただけだから、多分、だけどな。どうする?」
『……しばらく様子を見よう。下手に動いて勘付かれても困る』
「了解」
電話を切る。
携帯をしまい、思わずため息が出てしまった。
「こりゃあ、かなり厄介なことになってきたかもな……」
佐虚に課されたとある任務。
それに伴う危険。
そして―――。
「もし、本当にさっきの男があいつなら、それはつまり―――」
自身を一度は拘束した、フードの男。
「――――内通者、ってことだよな」
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「………ふむ、ふむ。なるほど。やはりか」
前置は、自室でパソコンの画面を見ながら、ひとり呟いた。
その画面には、難解な言葉が並べられた文章や、謎のグラフなどが映っている。
「信じたくはなかったが、彼女がこう言うんだ、間違いないだろう」
彼の顔は苦しさを示している。
「どうするか……これが事実である以上、放ってはおけない。だが、どうしたものか……」
ある種の矛盾を心に内包したまま、彼は考える。
「ひとまずは、様子見、かな………」
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翌日。日曜日。
音式と蝶香はそれぞれ友達と遊びに行った。
「……………」
見送った後の無響は不安そうな顔をしていた。
「……無響さん? どうしたの?」
隣で一緒に見送っていた暁が訊ねる。
「……昨日の件を考えれば、あの二人には外出は控えてほしいのですが、本人の意思に反することはあまりしたくないものですから………」
「ああ……」
理由を聞いた暁も表情が曇る。
「生徒会長が悪い人と断言はできまけんが、しばらくの間はあの二人に何らかの危険が及ぶこともありえます。注意していただかないと……」
「何か手は打ったの?」
「無限くんに追尾させてます。影で隠れられますし、もってこいかと」
「何かあったらこっちに連絡が?」
「ええ。……まあ、そんなことがないことを祈りますがね………」
「ただいまー」
「帰りましたっ!」
「お、おかえりなさい。楽しかったですか?」
「はい!」
結局、二人は何事もなく、普通に帰ってきた――――が。
「………でもそういえば、何か騒がしかったな」
「騒がしかった?」
こくり、と音式は頷く。
「なんだか、戦闘音のような気がしないでもなかったよ」
と、音式が言ったことで、まだひとり、帰ってきていない人物がいることに気付く。
「まさか……無限くんが………?」
そう言った矢先、無限が影から姿を現した―――
「――――無限くんッ!?」
とっさに無響が駆け寄り、無限の様子を確認する。
「グッ……痛ぅ……なんとか、大丈、夫、だ………」
「何か欲しいものは?」
「そう、だな……ひとまず、何か飲み物を…………」
その言葉を聞くや否や、暁はキッチンへと駆け込んでいく。
無響や唖門は無限を柔らかい長椅子にとりあえず寝かせ、容態が回復するのを待つ。
あれほど傷だらけの状態で能力を使用して逃げてきたのだ。肉体的にも精神的にもかなり疲労しているだろう。
「……はい、抹茶オレ。これで一息ついて」
「ありがとう………」
無限は抹茶オレを一口飲み、ほっと息を吐く。
「……やっぱり、暁さんの作る飲み物は美味しいな」
「ふふっ。それは何より」
「……お話を伺ってもよろしいですか?」
無響の言葉に、無限はやや顔をしかめ、
「……ああ。どのみち話さなきゃいけない話だ」
と言った。
「俺は最初、ただ普通に二人を見守っていた。だが、二人が別れてそれぞれ別の方向へ歩き始めた頃に、音式を観察するような視線を感じたんだ」
「ふむ」
「その後、音式が友達と会って遊び始めてからも、それは途切れなかった。そこでその視線の主を探ったら、深々とフードを被ったやつが離れた高台からずっと見下ろしているのを見つけたんだ」
皆、沈黙して無限の話を聞いている。
「俺はそいつが何者か確認しようとした。気配はきっちり消していた。だが―――気付かれた。後ろの影から身体を半分も出さない間に、そいつは俺に襲い掛かってきた」
「…………」
「応戦したよ。だが、向こうは異常に強かった。こっちの攻撃は全てかわされて、それでいて向こうの攻撃は全て当たる。避けようとしても、その方向すら読まれていた」
全く歯が立たなかったことを思い出し、無限の顔は暗さを増すが、そのまま淡々と続ける。
「……勝つ必要はない。ただ二人が帰るまで、時間が稼げれば良かった。だが、それすらも難題だった。必死に耐え抜いて、ほぼ負け確定の状態だったが、なんとか凌いで、戦線離脱した、というわけさ」
「……なるほど。無事帰ってこられて、何よりです。無限くんをそこまで圧倒するとは、その人は一体何者なのでしょう……?」
音式を観察し、無限を圧倒した、謎の人物。
その正体を知るとき、彼らは驚愕の色を顔に浮かべることになる。
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無限に逃げられたフードの人物は、音式が帰ったことを確認すると、足早にその場を去った。
しかし、その数分後にフードの人物が再びやってきた。
ただ、フードを色が異なる―――無限と戦った人物はグレーのフードをかぶっていたが、その後やってきた人物は黒のフードをかぶっていた。おそらく、別人だろう。
その人は、無限たちの戦闘のかすかな痕跡、そして音式が遊んでいたあたりの場所を見て、呟く。
「………なるほど。大方、前に調べた通りで合っているな。あとは、奴らも少しずつ気づき始め、動き出している……か」
時折フードから覗く細い目は、極めて冷静に状況を把握、分析する目であり、悪く言えば―――ひどく冷めたものであった。
徐々に立ち籠めていく暗雲。
それは、混沌を伴って、渦巻いていく―――。
超亀更新はこれからも続きます。すみませんm(_ _)m