神桜のノスタルジア   作:ヘリーR

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第6話「無限の過去」

 少年は孤児だった。

 生まれてすぐに捨てられたらしい、という伝聞でしか少年本人も聞いたことがなく、少年にとっての親に繋がる証は顔に刻まれた禍々しい大きな刺青以外になかった。

 しかしその刺青のせいで、少年は育てられた孤児院、学校、どこに行っても忌み嫌われ、友達など一人としてできなかった。預けられた孤児院の事務員や保育士でさえ、彼を気にもかけてくれなかった。

 家族も友達もいない。

 信用できる人も、自分を信用してくれる人なんかいるわけがない。

 少年は生まれてからずっと独りだった。

 そんな少年は、16歳、高校生になったとき、自分のいた孤児院を勝手に抜け出した。

 いたところで気にかけられることなどないのだから、いなくなったところで誰も心配しないし、気にしないだろう。

 そうして孤児院を勝手に出ていった少年だが、よく考えたらあてがない。高校生にもなったことだし、なんとかして暮らすところを見つけなければ。

 しかし、少年は孤児院にいたため、学費や生活費はすべて向こうの負担、その上小遣いなどないに等しい。

 ところが少年には、他の人にはない「能力」を、偶然にも手に入れていた。

 

 

 彼が10歳の時だ。

 寝ようとした彼の耳に、謎の声が聞こえたのだ。

 「おまえは特殊な世界の住人だ。それゆえ誰一人としておまえを受け入れない。だが、それによって、おまえは特別な力を得ることができる。どうだ、力は欲しいか?」

 少年は即答した。

 「欲しい…欲しい……力が、欲しいです……」

 

 翌日、彼は力を手に入れた。

 起きてすぐ気づいた。

 彼の足が、地面に入ったりしているのに。

 そんな彼の足のまわりには黒い渦が巻いており、しばらくは制御ができなかった。

 そんな彼を見てまわりの人たちは不気味がったが、彼は元々不気味がられていたのだから、気にならない。

 

 力を入れてから半年。彼は能力を制御できるようになった。

 

 

 そして少年が高校生になったときには、この能力を使いこなせるほどになっていた。

 そんな彼が街中をさまよっていたとき、彼のことを見かねた二人の青年――青年というにはまだ若いだろうか、年齢を聞くと少年の3歳年上だった――に声をかけられる。

 彼は事情をありのままに述べた。青年たちが心底心配そうに訊ねてきたからだ。

 

 青年たちはその話を聞いて、少年にある提案をした。

 

 「実は私達も生まれたときから孤児だったんですよ。確かに、私達はあなたほどの苦しみを味わってはいませんが、それでも、よくわかります。どうです、困っているのなら、私たちと共に来ませんか?」

 

 少年は青年たちと共にこれから先を生きると決めた。そして現在に至る――

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 《チルドレンマーダー》を倒し、子供たちを助けたその日の夜、無限は自室のベッドに横になっていた。

 家族。

 彼にとって関わりのない話だった―――そのはずだった。

 だが、無事を称えあって抱き合う親子を見たとき、彼はなんとも言えない気分になった。

 

 「………嘘だ……」

 

 割り切っていたはずだったのに。

 どうしてこんなに切ないのだろう、悲しいのだろう。

 

 「家族なんて………生まれてからずっと…………………縁のない話なのによ………」

 

 自分の抱いた複雑な気持ちに戸惑っていると、ドアがノックされた。

 

 「…無限、夕飯だぞ。早く降りてこいよ」

 

 ドアは開かず、ただ六四朗の声が聞こえた。

 

 しばらくして、六四朗がいなくなっただろうと思ったところで、彼は呟いた。

 

 「……なんだよ、親面しやがって」

 

 

 翌日。

 朝早くから仕事の依頼が来て、3人――六四朗と絶斗と無限は仕事に向かった。

 今回の仕事内容は、茶臼山に現れた魔物の退治。

 女神や魔王の存在が明らかとなったこの星では、魔物も当然ながら存在する。

 

 出現した魔物は、3メートルほどの中型・人型のものだ。

 山の中ゆえ人的被害は今のところ出ていないが、いつ何が起きるかわからない。早めに対処しておきたいとのこと。

 

 3人は茶臼山の中腹を越え、さらに上へと歩いていた。

 

 「いやー、この高さまで来るとひんやりするねぇ~」

 「まあな。少し厚着してきて正解だったな。おまえは寒くないか、無限?」

 「…………………」

 「……無限?」

 「…ん? あ、ああ。大丈夫だ」

 「そうか……」

 

 六四朗は無限の異変に気づいていた。

 静岡県知事の娘や、他の一緒に捕まっていた子供たちを助けた昨日から、様子がおかしいのだ。

 夕飯に呼んだあとも、10分はリビングに来なかった。

 そもそも無限は自室にこもることなど滅多になく、基本はリビングなどにいることが多い。

 いったい何があったのか。

 何となく察しはついてはいる。

 だが、無限のこの様子を見ていると、すんなり聞いて良いものではないのだろう。

 

 と、考えていたところ、絶斗の声が聞こえた。

 

 「出てきたぞ!!」

 

 絶斗の指し示す先を見ると、黒いボロ布のようなものをまとった人型の魔物がいた。体は青く、目は緑。巨大な棍棒を持っている。

 3人が気づいたのとほぼ同時に向こうも気づいたようで、猛スピードでこちらに向かってきた。

 

 ダッシュの勢いそのままに大ジャンプし、着地と同時に棍棒を振る。

 咄嗟に避ける3人。

 絶斗はそのまま距離をとり、《水弓》の弦を引き絞る。

 放たれる水の矢。

 その矢は的確に魔物の右目を貫いた。

 

 「グルルォォォォォォ!!」

 

 魔物は雄叫びをあげながら棍棒を振り回す。

 その棍棒は、無限に向かっていた。

 

 「無限! 危ない!」

 

 絶斗が叫ぶも、無限に反応がない。

 

 「無限!!」

 「……………ッ!」

 

 六四朗の精一杯の叫びで、無限はやっと自らのおかれている状況を理解した。

 しかし。

 もう間に合わない。棍棒はすぐ目の前に迫っていた。

 

 「ハアアッ!!」

 

 六四朗が《輝糸》でなんとか魔物の棍棒を止める。

 

 「…サンキュ、六四朗さん」

 

 無限は棍棒の軌道から離れる。

 

 「…………ああ」

 

 六四朗は無限の礼に返事をすると、《輝糸》を棍棒からはずし、今度は魔物の体全体を締め付ける。

 

 「今だ、絶斗!」

 「OK、完璧に射ぬいてやるぜ!」

 

 《水弓》の弦を引き絞り、矢を発射する。

 

 その矢は見事に魔物の心臓部分に穴を穿った。

 倒れる魔物。

 

 

 「ふう~、お疲れさん」

 「なんとか手早く済ませられたな」

 

 一切の害なく魔物を倒せたことに安堵する絶斗と六四朗。いくら彼らといえども、魔物と戦ってまわりへの害を出さず魔物を倒すことはなかなか難しいことなのだ。

 

 安堵の傍ら、六四朗は無限のことが気になっていた。

 あれほど気の抜けた無限を六四朗はこれまで見たことがない。

 やはり気になっているのだろうか。

 

 「………無限」

 「……あん?なんだよ?」

 

 「………悩みがあるなら一人で抱え込むな。いつでも相談しろ、相手になってやる」

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 その日の夜。

 皆が寝静まったころ、六四朗はリビングのカウンターで寝る前のホットココアを飲んでいた。

 そうすると、とてもよく眠れるのだそう。

 しかしその日は、ただ眠りを導くためだけにここにいるのではない。

 彼は顔に刺青の刻まれた少年がここに来ると信じて、否、確信して、このカウンターに腰を落ち着けていた。

 ホットココアが半分ほど減ったとき、リビングのドアが開かれる。

 

 「………来たか」

 

 入ってきたのは無限だ。

 

 「……………………」

 無限は無言のまま六四朗のとなりの席に座る。

 

 しばらくの沈黙。六四朗のココアがまた少し減った。

 

 「……俺にも、ココア頼んで良いか?」

 「ん、わかった。少し待っていろ」

 

 来るには来たが話しづらいのだろう、無限はまず、六四朗にココアを頼むことで気持ちを落ち着けようとしているようだ。

 

 「サンキュ」

 

 無言のまま六四朗がココアを無限の前に置いたので、無限は形ばかりの礼をいう。

 

 そして再び数秒の沈黙。

 

 「……無響さんたちが、孤児だったっていうのは知ってるよな?」

 「…ああ」

 

 防衛ギルド『ノスタルジア』は、生まれたときから孤児だった二人――無響、唖門――と、途中(7歳頃だったと聞いている)から同じ孤児院に入った二人――暁と九綺――の四人が立ち上げたギルドだ。

 そこに孤児だったが故の孤独や空虚感が影響していたことは、言うまでもない。

 

 「実はな、俺も孤児なんだよ」

 「……」

 「生まれた直後に捨てられたらしくてさ、俺に残された親の痕跡はこの刺青だけなんだ」

 

 自分の顔を忌々しそうに触る無限。

 

 「これのお陰で、誰からも遠ざけられて、一人でいた。自分に家族なんていないし、いらない。それに誰からの助けも求めない。そうやって諦めがついてたんだ。そんなときだ、無響さんたちと出会ったのは」

 

 思い出すように、無限は語る。

 

 「同じ孤児だって言って、俺を仲間に引き入れてくれた………最初は半信半疑だった、結局この人たちも今までの孤児院の連中と同じ、ただのビジネスで俺を引き込んだんじゃないかって……けど、そんなの杞憂だった。あの人たちは、本気で俺を救ってくれた。暖かい場所を教えてくれた。感謝してもしきれねえよ……けどな」

 

 無限は一度言葉を切って、深呼吸をする。

 

 「…それでも、あの人たちはただの『仲間』なんだよ。昨日、泣きながら抱き合う親子を見たとき、そう思っちまった。どんなに頑張っても、俺に『家族』はいない。そう考えると……寂しくて、悲しくてさ………」

 

 六四朗は静かに話を聞いていたが、これほど深刻な悩みとは思っていなかった。驚かなかったと言えば嘘になる。

 自分は何を言ってやれるか。六四朗は考えた。

 ……ん?

 

 「……無限、『家族』ってなんだろうな?」

 

 「そんなの、分かるわけねぇだろ……家族のいなかった俺に」

 

 「じゃあ、質問を変えよう。無限、『家』とはなんだ?」

 「家だあ?んなもん、『住む場所』だよ」

 「…本当にそれだけか?」

 「……どういうことだ?」

 「おまえにとって『家』とはその程度のものだったのか、と訊いているんだ」

 「…………他に何があるんだよ」

 

 六四朗は溜め息をひとつ吐く。

 

 「気づいているはずだ、『家』がなんなのか……おまえはさっき、自分で答えを言ったはずだ、『暖かい場所』だ、と」

 「…………!」

 

 無限が息を飲むのがわかった。それほどに、彼は自分が心の底でどう思っているのか、気づいていなかったのか、それか、気づいていながら認められなかったのか……いずれにせよ、彼はその事実に戸惑っていた。

 

 「さて、ではもう一度問おう。『家族』とはなんだ、無限?」

 「………………」

 「俺はこう思う。『家族』とは、心の底から笑いあえて、心の底から泣きあえて、心から怒りあえて、そしてなにより、心の底をさらけ出せる相手だ」

 「…………」

 「俺はおまえの家族か?他のギルドのメンバーは、家族か?どうだ?……このギルドで過ごすおまえは、とても楽しそうだがな」

 「あ……ああ……」

 「俺はもう、このギルドの皆を家族として認めている。………さあ、最後の質問だ」

 

 六四朗はココアを飲み、一息ついてから無限に問いかける。

 

 「ここはおまえの『何』で、ここの皆はおまえの『誰』だ?」

 

 はたして。

 顔に刺青を刻んだ19歳の少年は、泣いていた。

 

 「決まってんだろ……ここは俺の『家』で、ここの皆は俺の『家族』だよ………こんな明るくて暖かい居場所………………今まで居たことなかったんだからよ………」

 

 無限の返事を聞き、六四朗は満足げに頷き、ココアを飲み干す。

 

 「解決したな?俺はだいぶ眠くなってきたから、そろそろ寝るぞ」

 「ああ…サンキューな、六四朗さん」

 

 スッキリした無限の様子に安堵の微笑みを浮かべながら、六四朗はリビングを去った。

 

 六四朗がリビングを出ていってから数秒後、無限は一人呟いた。

 呟きの相手は、さっきまでここにいた六四朗のほかない。

 

 「……ホント、サンキューな、『兄貴』」

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 翌朝。

 「あいつ、あのまま寝ちまったのか…」

 起床した六四朗がリビングにやって来ると、カウンターに突っ伏して眠っている無限の姿が目に入った。

 まわりではすでに他のメンバーがせわしなく動き回っているが、起きる様子もない。

 だが昨夜と違うのは、寝ている彼の肩に毛布が掛かっていること。

 まわりのメンバーたちは、皆そんな無限の様子に呆れながらも微笑ましく思っているようだった。

 

 (良かったな、無限――やはりここはおまえの『家』で、ここの皆はおまえの『家族』だ)

 

 無限のそばにあるコップは空で、彼の寝顔はとても幸せそうだった。




 急に話がシリアスになりました。
 たまにはこういうのも入れないとな~、みたいな感じで(笑)。
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