いつの間に書いたんだ?
さて、無事に邯鄲攻略に乗り出した第二期筆頭生徒たちであったが、ものすごい結果に終わりかけてしまった。
何があったのかを軽く説明するなら、魔王がやんちゃしすぎて生徒たちがあっさり全滅しかけたのだ。
何故そうなってしまったのか。
それは生徒たちが邯鄲攻略を行う途中、甘粕が待ちきれず勝負仕掛けてきたせいだ。
はっきり言わなくても絶望的状況。
世間話のノリで核兵器という悪魔の産物や、未来の超兵器をノリで作り出せる魔王がひよっこ筆頭生徒に襲いかかってきたのだ。
結果も当然ながら全滅。
これにて甘粕正彦の野望阻止はあっさり頓挫する──かに思われた。
が、結末は誰も仕切れなかった予想外な展開を迎えたのだ。
筆頭生徒の一人が自分以外全滅したことをいいことに本気を出したのだ。
誰も見ていない今ならやってもバレない……といった具合に。
戦友が死ぬような事態で呑気に其れほどの力隠すなよ、と思ってしまうほどの邯鄲法を扱い、まさかの時間跳躍によって最悪の事態を免れたのだ。
盧生が死んだのに生きていた眷属、なんとも興味深い現象だろうか。
そのため迎えた結末は全滅ではなく振り出し。
しかも邯鄲における振り出しはただの振り出しではない。再び経験を積む事のできる振り出しなのだ。
もっともこれは邯鄲攻略における根幹をなすことであるが。
「しかし驚きです。あなたに対する協力強制があったとはいえ、あれほどの急段を扱うとは。とても一回目とは思えません」
「ふむ、確かにな。だが、やりすぎてしまった身としては好都合どころか喜ばしい事だ。これで再びあの輝きを。否、それ以上のものを見ることができる。彼女には感謝してもしきれぬよ」
「ははっ、あなたらしいお言葉だ──しかし」
そこで俺は一旦区切り、少し貯めてから告げる。
「それはあくまでも結果論。あなたのやり過ぎもよくありませんよ。楽しむのは程々にしたらどうですか────“甘粕大尉”?」
誰と話しているのか。
黒い軍服を纏い、不適な笑みを浮かべる男。
元凶、黒幕、真打ち、筆頭生徒たちが最後に倒さなくてはならない相手、甘粕正彦だ。
どことなく戦真館の制服のような大日本帝国軍の軍服を纏い、ただそこにいるだけで魂から屈伏してしまいそうな存在感をアホみたいに出している。
はっきり言ってラスボス。
もっとも、いつも通りの燕尾服姿で涼しくその存在感を受け流す俺も十分にラスボスか。
場所は彼の居城である戦艦伊吹。
その戦艦伊吹に創られた大聖堂の中、二人で歓談と洒落込んでいた。
「それについては反論の余地がない。俺の反省すべき点だ。しかし、俺はどうにも自分を抑えるというのが出来ないのだ。真に勇気の輝きを目の当たりにしては、試さざるを得ないだろう?」
熱く自分の考えを述べる彼の姿に、俺はある種の親近感を感じた。
「そうですか。まあ、あなたの言うことも分からなくはありませんね」
「ほぉ? 意外だな、宗冬よ。我も人、彼も人、故に皆平等と俺が重んずるように、お前は我も皆も含めて“無価値”と断じる。そのお前が理解できると? 人の勇気に価値を見出すこの俺の楽園が」
その問いに俺は頷きを返した。
「ええ。楽園についてはさておいて、俺は確かに総てを無価値と断じます。何故ならこの目に映る万象は既に知っているからです。今こうしてあなたと会話するこの一秒すらも例外なく。ですが、その逆はあなたと本質は似ていますよ? 自分の知らない“未知”。それを魅せてくれる対象がいるのであれば、俺は全身全霊をもって愛しましょう。求めましょう。抱きしめて差し上げましょう。この俺が興味を魅せてくれる相手です。“どのような事をしても、未知の手段で対処してくれる”といった具合に試すでしょうから」
偽りざる本音。
そう、俺は求めているのだ。
全人類の意志を飲み干しても、この乾きは潤うことはなかった。
俺はただ、見たいだけなんだ。
この目に映る有象無象の既知の存在ではなく、未知なる存在を。
俺の答えに満足したのか、甘粕は深い笑みを浮かべた。
「なるほど。それがお前の人類愛か」
「はい。あなたが万物の勇気を愛するのであれば、差し詰め私は万物の未知を愛しましょう」
俺たちは互いに何処までも好きな物を追いかける少年。
それがこの世界にとっては害悪かも知れない。
だが、それについては興味はない。
何故なら害悪として世界から排他させられる結末までも廬生としての経験から既知と化した。
未知でない物に価値など無い。
それこそ、俺が持つ唯一無二の価値観だ。
「おや、誰かと思えば未知が大好きな変態ではないですか」
「ん? あぁ、神野明影ですか。相変わらずその腐食で臭いがないのはどういう原理なのでしょうか。興味深いので教えてください」
独特の無量大数にも上るハエの羽音と共に現れる男。
神野空影。
いや、男と言う表現は間違いなのかも知れない。
なぜなら神野空影という存在は人類と同列に扱うことなど御法度なる存在故に。
その正体は甘粕大尉が五条楽の最奥、終段によって呼び出した神。
蠅の王。
悪神としての格であれば、魔王として有名なサタンに次ぐ。
しかしそれは甘粕大尉が故意に求めたことによる偽りの仮面、堕落した側面でしかない。
しかし、本来の姿を晒すことはない。
魔王を目指すこの男(バカ)が、わざわざ人類に手を貸すであろう元の姿(嫌いな状態)に戻すわけがないからだ。
そんな空影の言葉を軽くスルーし、俺は疑問を軽くぶつけると、空影は形容しがたい笑みをさらに深めた。
「僕の言葉すら
「なるほど、ありがとうございます。堕ちているとはいえ、主従の関係は絶対ですか。しかし、主の前以外では容赦なくその見た目同様の異臭が放たれるということになりますよね? すみませんが、クリーニングが非常に面倒──というかしたくありませんので、お嬢様にあわれる際には甘粕大尉と同等の意識で来て下さい」
他の
今の言葉には遠まわしにその意味が込められていた。
普通であるならば、怒り心頭し、襲いかかってこられても文句など言えない。
が、空影には憤怒など微塵も感じさせなかった。
「……その態度。ホント、君が彼女に好かれるわけだ。わかったよ、僕も道半ばで消えなくないし、いいよ」
「ありがとうございます」
俺の形だけの礼に「おいおい」という言葉がかけられた。
甘粕大尉である。
「宗冬、あまり私の眷属を虐めないでくれないか?」
「虐めてなどいません。興味ある存在ですし、少しだけ遊び心が沸いただけですよ。というか、あなたもあなたで、先ほど俺の後輩で遊んだでしょうに」
空影は甘粕大尉に呼び出された存在。
それが示すことは、甘粕大尉と空影には歴然たる差がある。
つまり、甘粕大尉と同等である俺も、その差は当然ある。
そこを利用した要求に甘粕大尉は咎めてきたが、同じようなことをした人にとやかく言われたくない。
そう言うと、確かになと言い、甘粕大尉は笑みを浮かべた。
「さてと、そろそろ次の幕が上がる。宗冬、お前は俺を止めるか?」
不意に投げかけられた問い。
それに俺は特に慌てることなく、ごく自然に返す。
「あなたが私の理解を超えるのであれば、自ずと」
俺の答えに満足したのか、或いは想像通りだったのか、甘粕大尉はただ「そうか」の一言と共に空影を連れて何処かへと姿を消した。
次の幕に向けての準備であろう。
誰もいなくなった戦艦の中、一人口を開く。
「さてさて、俺の興味を引くのは甘粕大尉の理想(パライゾ)か、それとも彼らの信念(仁義八行)か。どちらにせよ、俺は全てを許容しましょう。この世全て未知(興味)以外──無価値ですから」
改めで自分自身が甘粕大尉じみてきたなと実感しつつ、俺も次の幕に備えてお嬢様の元へしぶしぶ帰る。
戦艦伊吹(第一幕)には、誰もいなくなった。