四月十一日。士道が精霊の少女と人間離れした力を持つ剣客と会った日の翌日。
「今日は転校生を紹介します。さっ、入ってきて」
士道のクラス、二年四組の担任である岡峰珠恵が教卓に立つ。外見は生徒と言っても差し支えないほどだが、これでも教師である。
岡峰先生が声をかけると教室の扉が開いて件の生徒が入ってくる。
「はーい」
士道はその声に聞き覚えがあった。つい昨日聞いた少年の声。その予感はすぐに確信に変わった。
首の後ろで纏められた金髪に碧眼、男子にしてはやや低い身長と優男風の顔立ちから一見女子のようにも見える。
「御虚彩人です。えーっと、得意科目は物理です。よろしくお願いします」
男子からは舌打ちと軽い会釈、女子からは黄色い歓声が上がった。士道は驚いて口を開いたまま先生や彩人の話を聞き流してしまっていたが、突然彩人が士道の左横を通り過ぎて後ろの席に座ったのを確認して我に帰った。
「よう、士道」
「あ、彩人。お前なんで……」
「……言ってなかったか? 俺は元々ここの高校に来る予定だったんだぜ」
それにこの方が士道のサポートもしやすいしな、と彩人は説明を済ませた。もっと話を聞きたかったが授業が始まるからと一旦中断した。
授業を適当に受けて、ようやく昼休みに入る。
「御虚彩人、話がある」
彩人は士道と早速話をしようと思ったのだが、士道の隣の席に座っていた女子に突然声をかけられた。
「えーっと……ごめん、名前まだ覚えてないんだけど」
肩にかかるほどの白い髪に人形のように整い、表情の少ない顔立ち。背は彩人より結構低い。百五十くらいだろうか。
昨日の精霊の少女に負けず劣らずの美少女である。
「
「ああ、よろしく。鳶一さん」
彩人に声をかけた少女、折紙は変わらず無表情のまま「こっちに来て」と教室の外を指差す。
特に断る理由もなかったので士道に一言言って彼女の後ろを歩いて教室を出る。
「なっ……転校早々鳶一さんと!」
「おのれリア充め!」
「五河といい奴といい……何であんなに良い思いを!!」
………勘弁して。
男子や女子から様々な視線と声を浴びせられて精神的に参っていた。転校初日で気まずいことこの上ないのにこれからの学園生活に支障を来しそうだ。
「何でわざわざ教室から出ないといけないんだ?」
「誰かに聞かれては厄介。それに話によっては他の生徒に危険が及ぶこともある」
雑談くらいの気持ちで聞いてみたが、割と真面目に返されてしまった。何だろう、相手にそんなつもりなどないのだろうが感情の起伏が乏しい分ちょっと落ち込む。
そうこうしているうちに人通りの少ない渡り廊下に着いた。折紙は立ち止まってさっきまで向けていた背を翻してこちらに顔を向ける。
「ここなら話ができる」
「それで、話っていうのは?」
彩人としては早く話を終わらせて士道と一緒に昼食にしたい。手短に済ませてほしいというのが本音だったが、折紙から聞かれた内容はそんなものではなかった。
「あなたは昨日の昼間に何をしていたの?」
「何って……空間震警報があってずっとシェルターにいたけど」
「嘘。あなたはその頃士道と一緒に空間震の被害現場にいたはず」
彩人は表情には出さなかったものの、内心驚いた。彩人がその場にいたことを知っているのは士道と精霊の少女、ラタトスクの面々と、後はASTだけだ。
当然、肯定するつもりはない。今のところ彼女が何者かは不明だが、単に鎌をかけられている可能性もある。
「そんなわけないだろ? 大体、警報中に外にいたら危ないに決まってる」
「私は昨日精霊と――プリンセスと戦っていたあなたを見た。ここまで言っても白を切る?」
どうやら冗談ではないらしい。『精霊』という単語を知っている以上、部外者という線はなくなった。
(プリンセス? あの子の名前か?)
折紙が続けて口にした『プリンセス』という名前。それが彩人には引っ掛かった。
「……精霊って何だ? プリンセス? 漫画か何かか?」
「とぼけないで。昨日この近くで精霊と生身で戦っていたあなたが次の日に転校してくるだなんて不自然すぎる。ASTやそれに関連した組織の人間と考えるのが妥当」
「……わかった。言うよ」
もう折紙は確信を持って聞いている。これ以上しらばっくれて彼女との話を長引かせるわけにもいかない。
それに今の話からすると彼女は精霊と空間震の関係を知っている。少しは納得のいく説明をした方がいいだろう。
「あのとき外にいたのは士道と一緒に人探しをしてたからだ。
お前こそ、何でそんなことを知ってる? 偶然通りかかって見てました、なんて言わないよな?」
「私はあのとき精霊と戦っていた。当然、あなたの後に」
「なるほど、ASTか」
折紙は小さく頷いて肯定した。となれば余計なことを言うのは憚られる。部外者であるとはいえラタトスクの活動の協力をしている彩人にとって、精霊を殲滅するのが目的のASTは敵も同然だ。
「あなたが精霊と戦っていたのは何故?」
「……別に、ただあの子が襲ってきたから抵抗しただけだ。あの子も疑心暗鬼になってただけみたいだから、そこまで強くやってないけどな」
彩人からしてみれば後半のは軽い気持ち程度の言葉だったが、折紙は初めて眉間に皺を寄せて表情を変えた。
「精霊に情をかけたということ?」
「まあ……そうなるな」
「だとすれば必要のないこと。精霊は殺すべき存在」
折紙の残酷とも言える台詞に彩人は疑問を抱かざるを得なかった。ASTの隊員である彼女は精霊を殺すことが目的なのはわかっている。だが彼女のこれまでになかった感情の変化から、これはただの公的な意思とは思えなかった。
「精霊を随分嫌ってるんだな。いや、憎んでるって言う方が正しいのか」
「………」
折紙は何も言わずに目を逸らした。どうやら正解のようだ。
「昔、精霊と何かあったのか? その様子だと並大抵のことじゃないとは思うが……」
「私は……」
彩人の声を遮るように折紙は自分の過去について話し始めた。
「私の両親はある精霊に殺された。だから、私は精霊を許さない。全ての精霊を殺し、私のような人間をこれ以上生まないためにも」
「そのためにASTに入ったと?」
「そう。私はそのためにこれまで生きてきた。私は必ず……絶対に……」
彩人は同情はしたが、納得はできなかった。彼女の気持ちや経験など初対面なので理解できるはずもないが、少なくともわかることはあった。
「復讐か……まあ、咎めるつもりはないが、それがどういう結果になるかは考えておけよ」
「どういう意味?」
「その復讐で悲しむ人間がいるかもしれないってことだ」
誰とは言わないが、士道のようなお人好しもいるのだ。可能性は十分考えられる。折紙は何のことかわからないと言いたげに首をかしげた。
「……話し過ぎたな、俺はもう戻る」
腕時計を見るともう昼休み開始から十分は経っていた。士道を待たせたら悪いと彩人は早めの足取りで教室へ戻った。
◼◼◼◼◼
放課後、彩人は士道と下校しようとしたところ、ある人物に呼び止められた。
「やあ、シン、アヤ」
「令音さん?」
「だから名前間違ってるって」
目の下に隈のある眠たげな女性、ラタトスクの解析官である村雨令音が何故か学校にいたのである。
しかも士道をシン、彩人をアヤと間違えて呼んでいる。
「何で令音さんがここに?」
「見てわからないかね? この高校に物理の教師として赴任したんだ。二人のクラスの副担任でもある」
「いや、わからないから」
彩人が半眼でツッコミを入れるも、令音は「そうかね」と言っただけで他には特に何も言わなかった。
「ところでアヤ、ちょっといいかな」
「何ですか」
「君は恋人がいるかね?」
「ん? いや、いませんけど」
「では、女性との交際経験は?」
「それもないですけど……」
「……そうか、ではシンと同じだね。ついてきたまえ」
何だ、今の間は。彩人は隣の士道に目で尋ねるが、士道も首を左右に振って知らないという意を示した。
益々心配になりながら、とりあえず令音の後ろについていくことになった。
「ここだ」
令音が立ち止まったのは物理準備室というプレートのついた部屋だ。令音に続いて彩人と士道は部屋に入る。
「やっと来たわね。待ちくたびれたわ」
部屋には中学校の制服を着て、ツインテールを黒リボンで括った少女が座っていた。
それには当然少し驚いたが、それ以上に室内は異質な造りになっていた。
「士道……何だか、その……個性的だな、ここの学校の部屋は」
「いや元からこんな感じじゃないからな!」
どう考えても一般的な物理準備室とは違っていた。いくつものディスプレイやコンピュータなどの機械が置かれている。
「細かいことに拘るわね二人とも」
「琴里、これは細かいと言っていいのか……?」
「いいでしょ、別に」
琴里は得意気に口に咥えたチュッパチャップスの棒を弾いた。妙に似合ってるな。
「令音、早速例のものを二人に見せてあげて」
「ああ」
令音は部屋にある机に二つのモニターを置いて、電源を入れた。やがて画面に可愛らしい文字で〈ラタトスク〉と浮かび上がる。数秒後に映像が切り替わり、右の画面には『恋してマイ・リトル・シドー』、左の画面には『恋してマイ・リトル・アヤト』というロゴが様々な美少女キャラと共に現れた。
「「ギャルゲーかよッ!」」
士道と彩人は同時に叫んだ。予想の斜め上を突かれたような気がしたからだ。
「シンもアヤも恋愛に関する知識が乏しいと聞く。だからこの訓練でそれを鍛えようというわけだ」
「いや、精霊と話すのは士道でしょ。何で俺まで……」
そうだ。精霊と話し、デートするのはあくまで士道の役目。彩人がこの訓練を受ける意味は何だ。
「アヤにもシンのサポートをお願いしたいんだ。一口に精霊と言っても様々な性格の者がいる。戦闘面の協力を取りつけているが、どうせなら会話の方でも君の意見を取り入れたい。
そのための訓練だ。二人には女の子と話す際の心構えを理解してもらいたい」
「そ……そうですか」
「安心したまえ、こちらにも協力してくれるなら謝礼は十分払おう。コレとか」
令音が右手の人差し指と親指で輪を作る。コレとはつまり『金』のことだろう。
「そんなにリアルなの!?」
「ああ」
別に金に目が眩んだわけではないが、彩人としても精霊の説得のサポートができるのは嬉しい。
彩人と士道は隣り合わせに座りコントローラーを手に取った。映像が暗転しプレイ画面へと替わる。
『おはよう、お兄ちゃん! 今日もいい天気だね!』
『お兄ちゃん朝だよー、早く起きないと遅刻しちゃうって!』
士道の画面にはツインテールの小柄な少女が、彩人の画面には黒髪ロングのこれまた幼い少女がベッドで寝ている主人公を踏んだり揺すったりしていた。因みに双方パンツが丸見え。
「「ねぇーーーーーよ!!」」
士道と彩人はコントローラーを握り締めながら高らかに叫んだ。
こんなことが現実に起こるか!
「これのどこが精霊との会話の訓練なんですか!」
「ホントにただのギャルゲーでしょこんなん!」
「つべこべ言ってないで早くゲームに戻りなさい。進まないわよ」
二人は若干の不安を残しつつもゲームを進めた。するとほぼ同時に二人の画面に三つの選択肢が現れた。
まずは士道の画面。
①「おはよう。愛しているよリリコ」愛をこめて妹を抱きしめる。
②「起きたよ。ていうか思わずおっきしちゃったよ」妹をベッドに引きずり込む。
③「かかったな、アホが!」踏んでいる妹の足を取り、アキレス腱固めをかける。
続けて彩人の画面。
①「うるせぇな、早くどけよ」妹をベッドから蹴り落とす。
②「ありがとな、俺の可愛い妹よ」起き上がって優しく頭を撫でる。
③「ふっふっふ、愚かな娘よ。お前の兄の身体は乗っ取った」精一杯の演技で脅かす。
「「だからありえねぇよこんなの!!」」
「さっきから息ピッタリじゃない、二人とも」
隙を生じぬ二段構えというやつか。まともに生きていればまず遭遇しないであろうシチュエーションとしか思えない。
現実に妹がいてもこんな会話が存在するとは思えない。というか精霊との会話のはずが、何故二次元妹との会話に変わっているのだろうか。
「まあ、とりあえずは一番かな」
「じゃあ、俺は二番で」
士道は①、彩人は②の選択肢を選んだ。双方とも最もまともな選択肢と言えよう。
『おはよう。愛しているよリリコ』
『え? 何、やめてくれない、気持ち悪いんだけど』
士道の画面上の妹は抱き締められた途端に顔に侮蔑の表情を浮かべ、兄を突き飛ばした。結果、好感度がガタ落ちする。
彩人の画面はというと……
『ありがとな、俺の可愛い妹よ』
『って、何するの! せっかく髪セットしたのに乱れちゃったじゃない!』
頭を撫でられたことで綺麗にセットされていた妹の髪がわしゃわしゃにされてしまう。こちらも好感度ダウン。
「何で地味にリアルなんだよ!」
「てかさっきのシーンとの温度差が激しすぎるだろ!」
「あーあ、失敗したわね。じゃ、早速ペナルティね。例のやつをお願い」
琴里が近くのマイクに指示を出すと別のモニターに映った高校の制服姿のおっさんがカメラ目線で敬礼の合図を出した。
「何だこれ?」
「まあ見てなさい」
男は下駄箱に移動すると、懐から一枚の紙を取り出した。士道と彩人は何が書いてあるのかわからなかったが、男がカメラに向かって紙を広げて見せた瞬間、士道の顔が蒼白に染まる。
「こっ、これは……」
「そう、士道が中学生の頃に書いたポエム・『腐食した世界に捧ぐエチュード』よ」
「そ、そんな……それはもう捨てたはずなのに……」
要するに士道の黒歴史を琴里が入手していたということ。そして琴里はさっき『ペナルティ』と言った。となれば次に行われるのは――
「まさか琴里……それを……」
彩人が複雑な表情で琴里に問うと、ツインテールの司令様はニヤリと口角を上げた。
「ええ、そのまさかよ。やりなさい」
画面上の男は返事をした後、士道のポエムの書かれた紙を丁寧に折り畳んで適当な下駄箱の中に放り込んだ。
「いやあああああッ!!」
士道は頭を抱えて悲鳴を上げる。すぐ隣にいた彩人は相当うるさく感じたが、言わないことにした。今回は士道がかなり可哀想に思えたからだ。
「いや、士道。別に名前があるわけじゃないから……そこまで悲観的になるなよ。無視しとけば大丈夫だろ……多分」
「ありがと……彩人」
彩人は流石に気の毒になって士道の肩をポンポンと叩いてフォローしておいた。
士道もそれでいくらか安心し、表情が柔らかくなる。
「彩人、他人事みたいに言ってるけどあなたにもあるのよ、ペナルティ」
「え?」
彩人は全く予想していなかっただけに素っ頓狂な声を出してしまった。彩人は昔から剣術修行漬けでそんな黒歴史などないし、ましてや彩人と琴里が会ったのは昨日だ。そんな簡単に彩人の私物を手に入れることなどできるとは思えない。
「次よ、やっちゃって」
琴里が再びマイクに指示の言葉を出すと、さっきまで下駄箱を映していた映像が切り替わる。
切り替わった後には映像が何やら清潔感のある個室に変わっていた。彩人が頭に疑問符を浮かべていると、画面の右側から一人の女性が現れる。
「琴里、これ何だ?」
「見てわからない? フラクシナスの厨房よ。今から料理をするの」
益々わからなくなってきた。料理をすることが彩人のペナルティとどう繋がるのだろう。
「ゲテモノ料理でも食わせるのか?」
「まあ……間違ってはないわね。別に食べなくていいけど」
「ん? 食べなくていいのか?」
とうとう本気でわからない。この説明だと彩人はただ料理をする映像を見るだけで済むということだ。
どの辺りがペナルティなのだろうか。
『はい、では〈ラタトスク・クッキング〉を開始しまーす!』
画面上の女性がやたらテンションを上げてタイトルコールをしている。琴里もそれに合わせて笑顔になっているが、彩人は全く安心できない。
『本日はこちらの食材を調理していこうと思いまーす』
女性が画面外に手を伸ばし、その食材とやらを引っ張る。
彩人はその『食材』を目にした瞬間、顔が凍りついた。
「なっ……あれは!!」
女性がトレイの上に置いている『食材』。それは彩人の愛用している財布だった。
「何でだァァァァァ!! ちゃんと鞄の中に入れてたのに!!」
「休み時間のうちに回収させておいたのよ。安心しなさい、中身は抜いてあるから」
「そういう問題じゃねぇぇぇぇぇ!!」
彩人はひたすら困惑していた。実を言うとあの財布は収納性が高く、値段も手頃だったので気に入っていたのだ。
それをあの女性は『調理』すると言った。一体何をするつもりだ。
『まずこちらの財布に軽く塩胡椒で下味をつけます』
女性は手に取った瓶の中身を適当に財布にかける。彩人の頬を嫌な汗が伝う。
『そして、水で溶いた小麦粉につけて……』
財布が白い液体に浸される。この調理行程には見覚えがあった。
『熱した油の中に入れて揚げていきまーす』
「やめろォォォォッ!!」
これは間違いない。日本料理における天ぷらの調理だ。
これは予想の斜め上過ぎた。まさか自分の私物が美味しく調理されるとは。
彩人の悲痛な叫びも空しく天ぷらの衣を纏った財布は油の中へ。
油の跳ねる音と財布の表面から内側へと熱が通っていく様を十秒ほど見届けた後、女性は菜箸で財布を皿へ移した。
『こちらで完成となりまーす!』
財布は見るも無惨にふやけて周りにカリカリの衣をつけている。
「あら美味しそう。上手にできてるじゃない」
「できててたまるかぁぁぁぁ!!」
彩人はただ嘆くことしかできなかった。まさか失敗するたびに二人はこのような仕打ちを受けるというのか。
「もし今のが精霊だったらこの程度じゃ済まないのよ。緊張感を持ってやりなさい。ほら次」
「士道……」
「ああ、わかってる」
士道と彩人は心に決めた。もう失敗は許されない。ここからはノーミスでやりとげてやる、と。
設定を書いておきます。
年齢:16歳
身長:169㎝
金髪に碧眼の中性的な顔の優男。飛天御剣流第十九代目継承者。使用する天使は黒い日本刀の〈
それでは、感想、意見などありましたら遠慮なくご記入ください。