士道は一旦フラクシナスに戻り空間震を回避。琴里の言った通り、空間震によって来禅高校の校舎はボロボロに削られ鉄筋の部分が露出していた。
『士道、聞こえるか?』
「ああ、確か俺たちのクラスだろ? 例の子がいるのって」
『ああ、くれぐれも刺激するなよ』
士道は既に校舎内に入り、精霊の観測地点――二年四組の教室に向かっていた。
彩人は空中艦フラクシナスのコントロール室で琴里たちクルーと一緒に士道のサポートに回っていた。
「……ASTは本当に来ないんだよな?」
士道は第一の不安事項を解消すべくインカムで琴里に質問する。
『大丈夫よ。今のところ精霊は建物内にいて、ASTは出てくるのを待ってる。ASTとしても狭い室内での戦闘は避けたいでしょうからね』
『安心しろ、こっちでも絶えず監視してる。もし奴らがおかしな行動に出たらすぐに割って入るよ』
右耳から琴里と彩人の声が届く。多少の緊張感は残るものの、もう一度あの精霊の少女と会えることは嬉しく思う。
と、件のクラスまでたどり着いたところで士道は目的の人物と遭遇した。
「……!」
腰まで届くほどの黒髪に見惚れるほど美しい顔立ち、さらにドレスのように纏った服も相まって驚くほど神秘的な光景に見えた。
「ッ! 貴様!!」
「や、やあ……久しぶ――」
瞬間、少女の右手が水平に振るわれる。士道は全く身動きできないままだったが、何とか傷は負わずに済んだ。
尤も、士道の後ろにあった壁は綺麗に切り落とされたが。
「何者だ、一体何をしに来た?」
精霊の少女は怪訝そうな眼で士道を睨む。士道は恐怖と驚きで数秒間まともに話せなかったが、何とか言葉を紡ぐ。
「えっと……俺は」
『待ちなさい、士道』
「え?」
『ここで選択肢よ』
◆◆◆◆◆
フラクシナスでは精霊と士道の会話と並行して画面上に73三つの選択肢が表示されていた。
精霊の精神状態を絶えず分析しAIによってその状況に合った言葉を選んでくれるというものらしい。
それを踏まえて表示された選択肢はこの三つ。
①「俺は五河士道。君を救いに来た!」
②「通りすがりの一般人ですやめて殺さないで」
③「人に名を尋ねるときは自分から名乗れ」
同席している彩人は首をかしげて苦笑いしてしまった。恋愛経験のない彩人から見ても異様な選択肢だと思ってしまう。
「総員選択!」
彩人の座っている席のモニターにも選択肢が現れる。彩人はここは無難に行こう、と①の選択肢を選んだ。
「一番多いのは……③ね」
どうやら違ったらしい。それにしても疑問は抱いたが。
「①だとこの状況では胡散臭いだけでしょう。その点、③の方が確実です」
「いや、いいのかそれで」
クルーの意見を聞いた彩人は眉をひそめながら呟いた。
それを耳にした琴里は今度は彩人に質問してくる。
「彩人は……①にしてるみたいだけど、何か理由があるの?」
「あるよ。②だとこれ以上の会話が望めないだろうからまず論外。
③にしても、こっちに敵意を向けてる相手にそんな態度で迫ったら余計に刺激するだけだ。それに、さっきのやり取りで士道に戦闘力がないことはバレてるからハッタリにもならない。
①なら、相手の質問に答えつつ何かしらの反応を得られるはずだろ? だからここは①だと思ったんだよ」
「ふーん……まあ、中々参考にはなるわね」
だが、こんなに長々と話していては精霊が待ってくれるはずもなく……
『琴里! まだなのか!?』
『何を話している? 誰かに連絡でもしているのか』
「「あっ……」」
痺れを切らした精霊は士道に向けてゆっくりと歩を進める。
まずい、と彩人は手元のマイクのスイッチを入れて士道に指示を出した。
「士道! 名前を早く言え! それと敵対してないことをアピールしろ!」
『お、俺は五河士道、ここの生徒だ。敵対するつもりはない』
士道は何とか持ち直して返事をした。彩人としてもヒヤヒヤさせられる。
◆◆◆◆◆
士道が緊張しながら返事をした後、精霊の少女は訝しげに士道の顔を見つめた。
「……ん? 良く見れば貴様、以前私と会った人間だな」
「あ、ああ……確か今月の十日に」
「思い出したぞ。刀を持った男と一緒に私の前に現れた奴だ」
刀を持った男というのは多分彩人のことだろう。少女は得心いったと言わんばかりに表情を戻した。
士道が安心したのも束の間、少女は士道の頭を掴んで自分の方へと向けた。
「私と敵対するつもりはないだと? そんな言葉で油断させられると思うな。正直に言え、貴様の目的は何だ」
「……ッ! 何で……そんな顔するんだよ」
少女の顔は敵意や猜疑心に満ちているようだった。敵対しないと言っても、そんなこと信じられるかと。それが当たり前だと。
気持ち悪くてしょうがない。
「人間は……お前を殺そうとする奴ばかりじゃない」
士道は思わず自分の気持ちを口に出していた。
未だに士道の頭を掴んでいる少女はしばらく黙った後、すぐに怒気の籠った声で反論した。
「嘘をつくな。私の会った人間は皆私を殺そうとした。私は存在してはならないと言ってな」
「そんなはず……ないだろ。そんな風に思う人間ばかりじゃないんだよ。少なくとも、俺はそうは思っていない」
少女は不機嫌そうに唇を噛むと士道の頭を解放した。
しかし、まだ彼女の猜疑心はほとんど消えていないようだ。
「では聞くが、私を殺しに来たのではないと言うなら、貴様は何をしに来たと言うのだ?」
「ええっと……」
士道は少しだけ言い淀んだが、一呼吸して言いたいことを話す。
「俺は、君と会って話がしたかった! だからここに来たんだ!」
「会って話す……だと? 何の冗談だ」
「冗談で言ってるわけじゃない!」
この少女にとっての人間の認識は間違っている。そして、彼女をこんな風に追い込んだ環境も、認めてはいけない。
「俺はお前と話をするためにここに来た! 内容なんかどうだっていい! 無視してくれても構わない! ただ、一つだけわかってくれ! 俺は――」
琴里たちの指示も今は頭になかった。今の士道の頭にあるのは眼前の少女のことだけだ。
「俺は、お前を否定しない」
「……ッ!」
精霊の少女は面食らったように言葉を失う。しばらく目を泳がせた後、士道と目を合わせて真剣そうな表情で口を開いた。
「シドーとか言ったな。貴様、今の言葉は本当か?」
「本当だ」
「本当の本当か?」
「本当の本当だ」
「本当の本当の本当か?」
「本当の本当の本当だ」
少女は頭を掻くと、「ふん」と拗ねたように口をへの字にする。
「誰がそんな言葉に騙されるかばーかばーか」
「な……ッ! 俺は本当に……」
「だがまあ……その、話をする人間など初めてだからな。情報収集のために利用してやる。そう、大事。情報超大事」
こちらのことを信用しきったとまではいかないが、さっきまでの近寄りがたい雰囲気はかなり和らげられている。
士道がほっと胸を撫で下ろすと右耳のインカムから音声が届く。
『お疲れ様。中々格好良かったぞ、さっきの台詞』
彩人の声だ。士道は照れくさそうに頬を指で掻いてしまう。
一方、少女は何やら複雑そうな表情で腕を組んでいた。
「シドー、お前に一つ聞きたい」
「な、何だ?」
「お前は私を何と呼びたい?」
士道が質問の意図が読めずに首をかしげていると、すぐに少女は言い直してきた。
「つまり、私に名をつけろと言っているのだ」
………重たい。多分今までの会話の中で最も重たい。
当然そんな簡単に思いつくわけもないし、思いついたとしてもはっきり言える自信もない。
『待ちなさい、士道。ここは私たちの出番よ』
またもや右耳から琴里の声。フラクシナスのAIで候補を出してくれるのだろう。とりあえずそれにあやかることにした。
◆◆◆◆◆
「これはまたヘビーなのが来たわね」
「下手すれば一生残る傷になるだろこれは……」
フラクシナスに搭乗した彩人は、さっきの士道の勇姿に感心していたのも一変して頭を抱える始末。
「総員! 今すぐ私の端末に考えた名前を送りなさい!」
フラクシナスのAIでは候補が多すぎるらしく、ここは全員で考えることとなった。
しかし、実在する知人の名前やキラキラネームをつけようとするクルーが現れる始末。お願いだから真面目に考えて。
「名前って……こんな感じか?」
彩人は左手で頬杖を突きながら手元のモニターにペンを走らせ、送信する。
「彩人は……
「何となく思いついたからだが? 凜って言われたら『なるほど』って思わないか? この見た目だと」
琴里としては彼女の口調や雰囲気から古風な感じの名前をつけたいらしい。
それを考えると他のクルーよりは遥かにマシだろう。
「まあ、候補に入れておくわね。それと他には……ああ、これとかがいいんじゃない? ほら」
琴里が大画面の方に名前を表示させる。一応は司令なのだからまともな感性に基づく名前だろう、と彩人は安心しながら画面を確認した。
そこに大きく描かれていた名前が『トメ』だと理解した瞬間にひどく困惑したが。
「よし、これで行きましょ。士道、トメよ」
「ちょっと待て琴里ィィィ!!」
何を血迷ったか、琴里は『トメ』に決定したらしい。彩人が大声で琴里を止めるが、もう遅かった。
『トメ! 君の名前はトメだ!』
士道がそれを言った瞬間、モニターに映っている精霊の少女の好感度メーターが急下落していく。
次の瞬間には少女の指先から放たれた光線が士道の足元の床を削り取っていた。
「バカなの!? お前バカなの!? 何でトメにしちゃったんだよ!? 今士道完全に死にかけたじゃん!! 歴代のトメさんのとこへ行こうとしてたじゃん!!」
「う、うっさいわね! ちょっと間違えただけでしょ!」
琴里に大声で抗議するが、琴里自身も本気で焦ってた。本当に大丈夫か?
全国のトメさんには非常に申し訳ないが、今時の女の子につける名前としてはあまり似つかわしくない。
やっぱり士道がつけた方が丸く収まるような気がした。
◆◆◆◆◆
「何だかわからんが無性に腹が立ったな」
「そ、その、悪かった!」
士道は琴里からの指示通りの名前を言ったが、気に入らなかったらしい。
士道はすぐに新しい名前を考えるがせいぜい知人の女性の名前程度しか出てこない。
時間がかかるほど少女は不機嫌そうに目を細めていく。士道は焦りながら、ふと頭に浮かんだ名前を口にした。
「……十香」
「ぬ?」
「どうだ? その……十香って」
少女はまたもや拗ねたように唇を尖らせる。さっきよりは好印象だ。これはいける。
「まあいいだろう。トメよりはマシだ」
「そ、そうか……よかった」
十香というのは彼女と士道が会ったのが四月十日だからという安直な理由なのだが、彼女は少しは気に入ってくれたようだ。
「十香……か。そんな風に呼んでくれたのはシドーが初めてだな」
そうやって少女――十香は優しく微笑んだ。彼女の美しさとその笑顔に士道はしばらく見惚れてしまうが、突如響いた銃声が彼を現実へと引き戻した。
「まさか……AST!? 何で……」
『多分精霊をいぶり出そうつもりなのかもね。それとも校舎ごと潰すのかも……』
士道の疑問に答えるように右耳に琴里の声が届く。せっかく十香とここまで話せるようになったのにまさかここで邪魔が入るとは。
幸いまだ校舎の壁の半分以上が士道と十香を覆っているためすぐにASTが踏み込んでくるわけではないと思うが、それも長くは続かないはずだ。
『落ち着きなさい。あなたは彼女とそのまま会話を続けてていいわ』
「え? でも……」
琴里は慌てずに士道に指示を出した。まるでASTなど気にしていないと言うように。
『大丈夫よ。だって――』
琴里はそこで一端言葉を区切る。微かに笑う彼女の声がインカム越しに届いた。
『彩人をもうそっちに向かわせたから』
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